軽口ばかりの魔術師が、私を救う白銀の守護獣だったなんて〜婚約破棄された聖女は、死に戻りの果て、人外の彼に溺愛される〜   作:鈍色シロップ

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あの日――午後の定例の儀で起きた騒ぎは、王家と神殿を大きく揺るがした。

 

私とフェルが「大いなる災い」の一部を封じたあと、広間の外から駆けつけた兵たちによって、セオドリクは拘束された。

災いを持ち込んだ疑いは、当然ながら彼に向けられた。

最後までそれに縋っていたのだから、無理もない。

 

報告を受けた国王陛下と王太子殿下の命により、すぐに王家主導の調査が始まった。

調査の末、セオドリクたちの企てが明らかになる。

 

彼らは、封印どころか「大いなる災い」すらも偽りだとする筋書きを用意していた。

ラグレイン家を「代々この国を欺いてきた一族」として断罪し、その立場も名誉も奪うつもりだったのだ。

 

セオドリクにとっては、望まぬ婚約を正当な理由で破棄したように見せるための口実。

そして重臣や上位神官たちにとっては、ラグレイン家が何百年も特別に扱われてきた状況を崩す好機だったのだろう。

 

けれど、セオドリクがその筋書きのために広間へ連れてきたものこそ、彼らが偽りだと暴くはずだった災いそのものだった。

封印の聖女である私をはじめ、多くの人々を危険に晒しただけではない。

王家と神殿の中枢に災いを招いた以上、その責任はあまりにも重かった。

セオドリクは王位継承権を剥奪され、継承順位から完全に外された。

 

関わっていた者たちも、それぞれの立場を失った。

重臣たちは職を解かれ、二度と政に関われなくなった。

上位神官たちも役目を剥奪され、大神殿から追放された。

封印庫を管理していたマルクにいたっては、こっそり祭具や消耗品を横流しして私腹を肥やしていたことまで、結局バレてしまったらしい。

 

そしてセオドリクは、王都から離れた離宮へ送られることになった。

表向きは静養のため。

けれど実際には、二度と公の場へ戻ることのない幽閉だった。

 

離宮で過ごすセオドリクは、まるで抜け殻のようになってしまったという。

災いの病に蝕まれた身体は弱り、王族としての立場も失った。

そばで仕える者たちからすれば、それだけで十分な理由に見えたのだろう。

けれど、彼が本当になにを失ったのかまでは、きっと彼らにはわからない。

 

というのも、不思議なことに……神託の巫女メルディアの存在を覚えているのは、私とフェル、そしてセオドリクだけのようだった。

広間にいた者たちに尋ねても、みな彼女を知らないと言う。

彼は、縋った相手の存在すら誰にも信じてもらえないまま、生涯を離宮で過ごすことになったのだ。

 

一方で、ラグレイン家の立場は大きく変わった。

長い年月のなかで、封印も、「大いなる災い」も、古い伝承のように扱われていた。

そのせいで、偽りと疑われる隙ができてしまったのだ。

 

皮肉にも、災いを封印したことで、むしろそれが紛れもない真実であったことを、王家と神殿の前に示した。

何百年ものあいだ受け継がれてきた聖女の祈りは、ただの慣習ではなかったのだと。

 

王家と神殿は、ラグレイン家へ正式に謝罪した。

私とセオドリクとの婚約は、王家側の有責として解消された。

そして、ラグレイン家は改めて、封印を守り継ぐ一族として認められることになった。

 

フェルが封印の守護獣だったことは、公には知られていない。

押し縮められた災いを呑み込んだあと、彼はすぐに身を隠した。

やがて、混乱が少し落ち着いた頃、何食わぬ顔で戻ってきていた。

もちろん、いつもの魔術師の姿で。

 

そのうえで、自分の正体に気づかれないよう、人々の認識を少しだけずらしたのだという。

広間に巨大な白銀の獣がいたことも、それがフェルだったことも、私たち以外にはうまく結びつかずに済んだようだった。

 

ただ……私があの場でフェルを新しい婚約者として立てたことだけは、そうはいかなかったらしい。

私自身が大勢の前ではっきり口にしたせいなのか、それとも皆の印象に妙な形で刻まれたせいなのか。

はっきりとした理由はわからない。

 

もちろん、「あれは災いの隙をついて封じるための嘘だった」と、周囲には何度も説明した。

けれど、フェルがあまりにも堂々と新しい婚約者の役に徹したせいで、否定すればするほど話はこじれていった。

最後には、「互いに望んでいるのなら、よいのでは……」みたいな空気になってしまう始末だった。

 

フェルはお得意の軽口すら言わず、苦笑いしたまま固まっていた。

ちなみに婚約者の演技は、どうやらお芝居を特集した本を参考にしたらしい。

その結果が、こんなことになるなんて。

 

(ごめんなさい、フェル……)

 

そう、頭では謝りながらも……もし、本当にそうなったら、と。

つい考えてしまったのは、本人には絶対に言えなかった。

事後処理で騒がしい日々のなか、私は時折、屋敷の裏庭――フェルがいつも昼寝していた、あの大木へ向かうのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「フェル? 起きてるんでしょう?」

 

ある日の午前。

日々の封印の務めを終わらせたあと、私は屋敷の裏庭までやってきた。

大木の根元から上に向かって呼びかけると、すぐに声が返ってきた。

 

「……起きてるよ」

 

言葉とは裏腹に、声はひどく眠そうだった。

いや、眠そうというより……疲れ切っているのかもしれない。

 

フェルはもともと、自分の魔力の大半を封印の維持に使っていた。

そのうえ今回は、私の時間を封じ、守護獣としての正体を隠し、「大いなる災い」の一部まで自身に取り込んだのだ。

しばらくは魔力を溜め直すため、できるだけ力を使わずに過ごす必要があるらしい。

 

「その……細工職人に預けていた初代の髪飾り、なんとか直してもらえたのよ。もちろん、元通りとはいかなかったけれど」

 

それだけでも、早くフェルに伝えたかった。

 

「フェルの調子がよくなったら、渡すわね」

 

そう言って、踵を返そうとしたところで。

 

「エステア」

 

木の上でガサリと音がして、枝のあいだから手が差し出された。

 

「おいで」

 

「……」

 

そんなふうに呼ばれたら、断れない。

その手を取り、枝の上に引き上げてもらった。

横に張り出した太い枝に、フェルと並んで腰を下ろす。

 

「……大丈夫なの? 魔力とか……」

 

彼はいつもよりほんの少しだけ、弱々しく微笑んだ。

 

「大丈夫と言うには、もう少し時間がかかるだろうけど……心配はいらないよ。それより――」

 

軽く腕を組んだフェルは、「はぁ……」とひとつため息をつく。

 

「どうすれば、このややこしい状況を自然に落ち着かせられるか……さっぱり思いつかなくてさ。そっちのほうが大変かも」

 

「……ややこしい状況?」

 

「僕が君の新しい婚約者みたいに扱われているってこと」

 

「うっ……やっぱり、いつまでもこのままなのは……フェルにも迷惑よね」

 

しゅん、と肩を落とす。

とはいえ――すでに何度も否定して、かえって話をこじらせてしまったあとだ。

これ以上どうすればいいのか、私にもわからなかった。

 

いっそ私に別の想い人でもいれば、話は早かったのだろう。

けれど、セオドリクとの婚約を受け入れていた私に、そんな相手がいるはずもなかった。

フェルは、静かに首を横に振る。

 

「迷惑しているのは僕じゃなくて、エステアのほうだろう? いまの君はもう、王子様との婚約に縛られていた時とは違う。これからのことを、改めて考えられるはずなのに」

 

そう言って、軽く肩をすくめた。

 

「こうなったら……ラグレイン家の魔術師の立場を捨てて、一度身を隠すしかないのかな」

 

「そっ、それはダメ……っ!」

 

声が裏返った。

フェルがいなくなるかもしれないと思って、慌ててしまった。

 

「私は……迷惑なんてしていないわ。もちろん、後継ぎのこともあるから……いつかは向き合わなければならないのも、わかってる。ただ、いますぐには想像できないというか……つまり、私のことは気にしないで!」

 

フェルは小さく息を吐く。

今度はため息じゃなかった。

 

「……僕は人間じゃない。そのうえ、この先もずっと……いつか君がいなくなってからも、封印を見守り続けなければならない。そもそも、前提が違うんだ。わかるだろう?」

 

わからない……はずはない。

フェルはこれまで、ラグレイン家に仕える魔術師として、曖昧なまま人々の認識のなかに紛れていた。

年齢も、来歴も、はっきりしない。

それでも、昔からそういう人がいるのだと、誰も深くは気にしなかった。

 

けれど、もし私の正式な婚約者となってしまえば、話は変わる。

その関係は、ラグレイン家の記録にも、人々の記憶にも刻まれる。

そうなれば、フェルはいままでのようにはいられなくなる。

「前提が違う」とは、そういうことなのだろう。

 

そこまで考えたところで、ふと引っかかった。

 

「……待って。そもそも、どうしてフェルは――自分の正体や封印の真実を、そこまでして隠すの?」

 

「うん?」

 

「だって、別に……封印を保つ守護獣として知られていても、問題なさそうな気がするのだけれど」

 

「うーん……むしろ、問題大有りじゃないかな」

 

くくっ、とフェルは喉の奥で笑う。

 

「初代が災いを封じ、代々の聖女が祈りで封印を保ってきた。人間たちは、そう信じている。ラグレイン家の立場や、神殿の権威だって……その上に成り立っているようなものだ」

 

「……」

 

「それなのに、もとは魔獣と呼ばれていた僕が、『実は封印を支えていました』なんて出てきたら……到底受け入れられないだろう?」

 

「そういう……ものかしら」

 

フェルの言うことも、わからなくはない。

実際、私だって……聖女の祈りだけで封印を保っていたわけではなかった事実には、少しだけショックだった。

 

「でも……それは、封印の真実を知られたら困るという話でしょう?」

 

「まあね」

 

「それなら、フェルが私の婚約者みたいに扱われることとは……少し違うんじゃない?」

 

言ってから、自分でも驚いた。

どうして私は、そんなふうに食い下がっているのだろう。

フェルも不思議そうに、ゆっくりと瞬きをする。

 

「違う?」

 

「だって……普通とは違う存在だからって、人の世に関われないとは限らないでしょう? ラグレイン家だって、普通の一族ではないわ。フェルみたいに長く生きて、姿の変わらない存在だって、本当に他にいないとは――」

 

「少なくとも、僕は知らないよ」

 

「しっ……知らないだけかもしれないじゃない」

 

そう言った瞬間、フェルは黙った。

金の瞳が、じっと私を見る。

 

「エステア」

 

「な、なに?」

 

「君はいま……僕が婚約者でもおかしくない理由を、探していないかい?」

 

「……っ」

 

息が詰まった。

違う、と言おうとした。

そういうつもりで言ったわけではないと、言い返そうとした。

けれど、言葉が出てこなかった。

 

「あ……あの時は、メルディアの意表を突くために……一番ありえなくて、誰もが驚くような嘘を選んだだけで……」

 

声が震えて、思わず目を伏せる。

自分で口にして、ようやく気づく。

本当にありえないと思っていたなら、きっとあんな案は思いつかなかった。

考えるだけで恥ずかしくて、それでもフェルにお願いしようとして。

 

――その時には、もう。

 

「でも、いまになってみれば……どこかで、そうだったらいいって……望んでいたのかもしれない」

 

「……」

 

フェルはなにも言わなかった。

だから、余計に止まれなくなった。

 

「フェルが――私の新しい婚約者だったらいいのに、って」

 

言ってしまった。

言ってから、もう後戻りできないのだとわかった。

 

私は顔を上げて、フェルを見る。

その表情には、少しの笑みも残っていなかった。

それでも、もう目を逸らせなかった。

 

「私……フェルが好き」





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