とあるヒーローの奮闘

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絶対理性遵守・背反

昔から、誰かを助けるという行為が嫌いだった。生き物など、全て死ねばいい。

 

明確なきっかけなど無い。自意識に目覚めた頃からぼんやりと、生命に対する嫌悪感があった。そしてそれは、罵声と痛みに(まみ)れた家庭(かてい)によって深まっていった。

 

今や生命という存在の全てが気持ち悪く、殺したい。

 

「うわああああ!!」

 

「誰か助けて!」

 

「死にたくない!」

 

「ははは! 死に晒せゴミ共!」

 

燃え盛り、瓦礫が振り注ぐ東京。災禍を齎したのは、たった一体の異形の存在。人々が甲高い悲鳴を上げて逃げ惑う中を、顔を顰めながら歩く。

 

ああ、なんて聞くに堪えない音だろうか。奴等は生温いぶよぶよとした喉の肉を広げ閉じ、吐き出す息を遮り空気を震わせているのだ。それが、自分の耳の奥にまで伝わっている。

 

煩く、不愉快だ。

 

「この力は素晴らしい! 醜い人間共を皆殺しに出来る! ……おっと、まだ逃げ遅れた人間が居るようだなぁ」

 

「ママー!」

 

「ヒッ! お、お願いします! せめてこの娘だけでも見逃してください!」

 

「ん〜……駄目だね! 俺様は泣いてる女が人間の次に嫌いなんだよオ! 死に晒せ肉便器がぁ!」

 

時は二〇五八年。人類絶滅を企む闇の組織フォールが、人々の平和を脅かす暗黒の時代。今東京の一角を火の海に変えているのも、そのフォールによって改造された、改造人間と呼ばれる存在である。

 

全く素晴らしい力だと思う。命を奪い、脅かす。それはとても喜ばしく、心が安らぐ光景だ。このまま一帯の生命が無くなるよう願っている。だが

 

「そのくらいにしておけ」

 

「誰だ!?」

 

世界に闇があれば、光もあるということだろうか。フォールに対抗して、ある天才科学者がとある装置を開発してしまった。使用者にアーマーを装着させ、怪人から人々を守る力を齎す変身装置である。そして

 

「……貴様らフォールから人々を守る者だ」

 

何の因果かそれは自分に託されてしまった。その日から、地獄の様な日々が始まったのだ。

 

「何ィ……? ケケ、そうかお前か! 最近組織の怪人を倒しているヒーローとやらは! そんなムカつくやつをこの手でブチ殺せるたぁ運が良いなァ!」

 

「──変身」

 

その言葉と共に、自分の身体が光り輝いた。全身が特殊合金の鎧に覆われる。そうして外界と自身が隔たれるが、最後に装着されたバイザーが視覚と聴覚を強化。それが変身前よりも世界との繋がりを強める。災禍の中の人々の悲鳴がより鮮明に聞こえ、脳髄の裏に寒気が走る感覚に顔を顰めつつも、怪人の下に駆け出した。

 

「このファイヤースパイダー様を舐めるんじゃねぇ!」

 

──ヒーローという存在が嫌いであった。自らが嫌悪する者を守るなど、考えただけで吐き気を催す。しかし、皮肉にも自分は力を得てしまった。

 

ボン! ボン!

 

敵は火炎弾を吐いた。それは容易く人体を燃やし尽くす、恐るべき攻撃。

 

しかしスーツの装甲の前にはマッチ同然。火炎弾など意に返さずに走り続ける。

 

「残念だが、そんなものは効かない」

 

「何ィ!?」

 

「喰らえ」

 

ドゴォ!

 

「うぎゃあ!」

 

右腕に、生き物の肉を打った重い衝撃が走る。その感触に堪えるように奥歯を噛み締めながら、敵をコンクリートの壁に叩きつけた。鈍く、肉を打った音が響く。

 

「ふ、フザげやがっでぇ! これで死ねぇ!」

 

追撃の為に走る自分に向けて、敵は口から高速で糸を吐き出した。その危険性を察知したスーツは、警告を出す。

 

「……」

 

警告が出るまで気にせず突撃しようとしていたが、(すんで)の所で糸を回避。その後も、何も知らなければそのまま死ねただろうという失意と、態々警告をしてきたスーツへの怒りを抱えながら必死に身体を動かし続けた。

 

「おらおらァ! 最初の威勢はどうしたんだ!? 仲間をちょいと倒せたからって調子に乗ってんじゃねぇよ雑魚が!」

 

「……ッ!」

 

一方的に攻撃され、避ける事しかできない危機的状況。だが

 

「!」

 

連続攻撃の合間に一瞬だけ隙ができる事に気が付いた。

 

「あの瞬間にあの技を撃ち込めれば……今d「頑張れ……!」……ッ!?」

 

それは、小さな囁きだった。自分達を助ける為に戦う存在の苦戦に、思わず漏れ出た応援の言葉。火が燃え盛る中で、通常の人間が聞き取れる筈のない囁きはしかし、スーツで強化された聴覚に確かに響いた。

 

そして不快生物(ニンゲン)が粘着質な喉を震わせ発生させた振動が、空気を伝って自身の鼓膜を揺らしたという事実。全感覚を総動員して回避していた為、通常よりも鮮明にその感覚が分かり、あまりの不快感に一瞬動けなくなってしまった。

 

シュパッ!

 

「ぁぁぁぁぁあ!」

 

「ケケ! いい悲鳴だなぁ! このまま八つ裂きにしてやる!」

 

「ッ……!」

 

「「「頑張れ!」」」

 

一転攻勢。敵の糸攻撃が一気に苛烈になり、窮地に立たされた自分に、市民の応援が届く。あまりの不快感に再び動きを止めてしまいそうになる。逃げて死ね。いや、それは駄目だ。

 

無理矢理力を込めて動き続けたが、怒りと回避で血流が速くなり、傷口から血が溢れた。

 

「「「負けるな!」」」

 

バイザーの中では、命の危機を知らせるアラートが鳴り響いている。疲労と失血により朦朧とする意識の中、必死で息をする自らの呼吸の音と、動く度に飛び散る血を鮮明に感じられる。

 

そしてそれにより、自分自身もまた大嫌いな生き物の内の一体である事を思い知らされる。

 

「ッ!!」

 

実のところ、自分の心はこのまま死ぬ事を望んでいた。大嫌いな動く肉(ニンゲン)の命を守る為に戦う事は、余りにも苦痛であった。全てを殺したいという衝動を前頭葉で抑え続け、身体を無理に動かしているのだ。ニンゲンなぞ、自分を含めて皆死ねばいいのに。

 

「これで……どうだぁ!」

 

「カハッ!」

 

負傷し朦朧とした状態では攻撃を避け切れず、膝から崩れ落ちた。

 

「ケケ、辛そうだなぁヒーローサマ? 優しい俺様が楽にしてやるよ。そしてその後にあの逃げた肉便器共を見つけ出してバラバラにしてやるぜ。ケケケ!」

 

「……」

 

最初に助けようとした二人の母娘を思い出した。命の危機を前にして、再び目から涙を流していた二人。顔が真っ赤でしわくちゃになった醜い泣き顔。人中でテカっていた透明な鼻水。幼女の方は少し黄ばんでドロっとしていた。そして喚く幼女の口には唾液の糸も引いていた。それに伴う甲高い喚き声。親の方はヒッヒッと引きずった甲高い嫌な音をしていて──

 

「ッッッ!!」

 

全身が青褪めたような、皮膚から血の気が引いたような感覚。鳩尾のあたりにこみ上げる胃液のキリキリとした痛みと気持ち悪さが意識される。ああ、本当に二人を殺して欲しい。ニンゲンの嫌いな所は数多くあるが、中でも特に嫌いなのが泣き顔と泣き声なのだ。

 

『なんでお母さんの言う事全部聞けないの』

 

とても、醜い。

 

だが、そうはさせない。自身の身体に再び力を込める。

 

「頑張って!!」

 

「ッ!」

 

強化された聴覚が、あの時の少女の甲高い声を拾った。身体が再び崩れ落ちそうになる。

 

「あああ!!」

 

だが、それでも尚死力を尽くして立ち上がった。

 

「何ィ!?」

 

「ハァ……! ハァ……!」

 

「何故だ!? 何故まだ立ち上がる!? 何故そうまでしてゴミ共を守ろうとする!?」

 

"生き物を殺してはいけないのは何故であろう"

 

自らの望みが悪であるらしい事は、生きていく中で自然と理解できた。では何故命が大切とされるのか。調べた所、倫理、秩序、リソース等、他にも様々な理由で命は大切であるらしかった。そして何より

 

グシャ!

 

ある日、癇癪を起こした父親によって、家の庭に投げ飛ばされた際、何かの生き物の卵を割ってしまった事がある。中を覗くと、黄ばんだ粘液に包まれ、まだ完全には身体が形成されていない半分液体のトカゲの様なものが入っていた。

 

そしてそれを見た瞬間、いつかの授業中に、変わり者の中学教師が高揚した様子で語った事を思い出した。

 

『宇宙の創生、地球の誕生、海の発生……その他にも様々な出来事を経て、生命が誕生したのです。このような奇跡は十の四万乗分の一とも言われています! そして生命はそこから進化し、幾度もの大量絶滅を乗り越えた……! 宇宙の創生の時点でどれ程の奇跡か!? それに加えて星が生じ、生命が誕生する土台が出来、誕生し、億年を超えて今日まで存続するなど、十の四万乗分の一さえもあまりに大き過ぎると感じる程のあり得ない超超超低確率! そうです! 全ての命が数多の奇跡の果ての産物なのです!』

 

ドロドロの液体が、生き物として形成されていく様を見て、教師が語った"奇跡の果ての産物"というのが、心から理解できてしまった。

 

ああ、最悪な事に

 

「──命は尊い」

 

それ故、それを無闇に奪うべきではないのだと考えた。

 

そしてだからこそ、自分がフォールの殺戮を防ぐ力を授けられてしまった時、自らの好悪に依らずに人を守るべきだと思った。

 

「それだけだ」

 

バン!

 

右腕が突如発光し、ボウガンのような物が装着される。それは、敵の装甲を貫き、特殊な電磁波で敵を動けなくする制圧機構。一度の戦闘で一度しか使えないため、今の様に、絶対に外さない距離まで近付く必要がある。

 

「な!? ッグアアア!?」

 

バタン!

 

敵は意識を失ったようだ。そしてパトカーのサイレンの音が聴こえてきた。この後は怪人専用特別収容施設に収容され、法の裁きを受けるだろう。ああ、自分が止めなければ一体どれだけの命を奪ったのだろうか。本当に惜しい。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ありがとう!」

 

感謝の声が、鼓膜を揺らす。そんなものに何の価値も感じられ無い。不愉快だ。本当に報いたいなら口を閉じて死ね。

 

いや、命は粗末にしてはならない。

 

「……」

 

朦朧とする意識の中、足を引きずり立ち去った。手当てが間に合わず死ぬ事を願う心に蓋をする。自分の命もまた、尊いのだ。

 

 

 

 

こうして、世界の平和は守られていった。人々は忘れないだろう。命を賭して戦う"  "の勇姿を。

 

自分達を守ってくれた、真のヒーローとして。


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