「━━キャスターの真名はダンテ・アリギエーリね」
翌朝。
昨夜の戦闘の余韻が未だ街のどこかに残っているような静かな朝の空気の中、凛は当然のような口調でそう告げた。
それは昨夜、突如として襲撃を仕掛けてきたサーヴァントの一体。
キャスターの正体について、彼女なりに導き出した推論だった。
サーヴァントの真名はそのまま弱点へと繋がる。
だからこそ聖杯戦争において真名の秘匿は絶対であり、逆に言えば真名を暴くことができれば戦局を大きく有利に運べる。
昨夜の短い交戦の中で得られた僅かな情報。
その断片を繋ぎ合わせた結果として、凛はキャスターの正体をそう結論付けたのだろう。
「ダンテ‥‥‥あー、確かDMC*1━━なわけないとして、何かの物語の主人公じゃなかったか?」
士郎は顎に手を当てながら記憶を探る。
どこかで聞いたことのある名前だった。
しかし歴史や文学にそこまで詳しいわけでもない彼の知識は断片的で、どうにも靄が掛かったようにはっきりしない。
そんな士郎の反応に、凛は小さく肩を竦めた。
「半分正解」
「半分?」
「そう。ダンテ・アリギエーリは中世イタリアの詩人。ルネサンス文化の基礎を築いた人物の一人としても有名ね」
凛は教師が生徒に講義するような口調で説明を続ける。
「そして彼の代表作が叙事詩『神曲』。地獄篇、煉獄篇、天国篇からなる世界文学史上でも屈指の大作よ」
「神曲‥‥‥ああ、聞いたことくらいはあるな」
「聞いたことがある程度でも十分有名ってことよ。で、その神曲なんだけど、物語の主人公の名前もダンテなの」
士郎は一瞬きょとんとした。
「え?」
「だから、作者本人が主人公として作中に登場してるのよ」
「ああ、なるほど」
そこでようやく士郎も凛の言葉の意味を理解する。
確かにそれなら先程の答えは半分正解だ。
ダンテという名前は物語の主人公でもある。
しかしそれだけではなく、その物語を書いた詩人本人の名前でもあるのだから。
「つまり物語の主人公であると同時に詩人でもある。だから半分正解ってわけ」
「なんというか、自分を主人公にするって結構思い切ったな」
「そういう感想になる?」
凛は呆れたように額へ手を当てる。
普通なら世界文学に名を残した大詩人だとか、神曲が後世へ与えた影響だとか、そういう方向へ感想が向かうはずなのだが、衛宮士郎という少年はどこか視点がズレている。
もっとも、それが彼らしいと言えば彼らしいのだが。
「ちなみに神曲の内容を簡単に言うと、ダンテが地獄、煉獄、天国を巡る旅の物語ね」
「地獄巡り?」
「そう。古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれて地獄と煉獄を巡り、最後は最愛の女性ベアトリーチェに導かれて天国へ至るっていう」
凛はそうざっくりとした説明しながら、昨夜のキャスターの戦い方を思い返す。
「あのキャスターの戦い方も特徴的だったわ」
「戦い方?」
「ええ。普通のキャスターなら後方から魔術を行使するのが基本。でもあいつは違った。悪魔を召喚して戦わせるだけじゃない。自分自身も剣を手に前線へ出ていた。本来のキャスターならまずやらないわ」
「ああ、確かに言われてみればそうだな」
士郎も昨夜の戦闘を思い出す。
あのキャスターは魔術師でありながら戦士でもあった。
使い魔を操りながら自らも戦場へ立つという、妙に中途半端で、それでいて完成された戦い方をしていたのである。
しかし実際には違う。
使い魔による制圧力。
魔術による支援。
そして本人による近接戦闘。
その全てが噛み合っていたからこそ、あの戦い方は成立していた。
むしろ純粋な魔術師よりも遥かに厄介な相手だったと言える。
「神曲のダンテは地獄、煉獄、天国を巡る旅人であり、物語の主人公そのもの。純粋な魔術師というより、自らも旅路を歩む人物として描かれているのよ」
凛はそう言いながら、自身の推論を補強していく。
「神曲は誰かを遠くから観察する物語じゃない。ダンテ自身が地獄へ降りて、煉獄を登り、天国へ至る旅の記録。その主人公性がサーヴァントとして反映されているなら、自分の足で歩き、自分の手で剣を振るう戦い方になっても不思議じゃないわ」
「だから自分でも戦うのか」
「多分ね」
凛は頷く。
「それにマレブランケだけなら偶然で済ませられたかもしれない。でもケルベロスまで出てきた」
地獄篇に登場する悪魔達。
冥府の番犬。
神曲を知る者なら連想せざるを得ない要素が次々と現れていた。
「その上で近接戦闘までこなすとなると、流石に神曲との共通点が多すぎるわ」
そう言って凛は肩を竦める。
「まぁ、隠す気があるのか疑うくらい分かりやすい特徴だったけどね」
「なるほどな」
士郎は納得したように頷いた。
真名を隠すことが大前提の聖杯戦争において、ここまで露骨な能力構成はむしろ珍しい。
もちろん全てがブラフである可能性も存在する。
だが現状の情報を整理する限り、ダンテ・アリギエーリという推測はかなり有力に思えた。
「彼が使っていた剣の宝具は、神曲でダンテの額に文字を刻んだとされる『天使の剣』でしょうね」
凛は続ける。
「神曲の影響で、本来は自分の得物ではない武器が宝具になったと見ていいと思うわ」
「ん?」
士郎は首を傾げた。
「遠坂。サーヴァントの宝具って、そのサーヴァントの逸話由来の物事とか、生前使っていた武器だって聞いたけど」
そこまで言ってから疑問を口にする。
「本人が使ったことのない武器が宝具になるなんてこともあるのか?」
それは素朴な疑問だった。
宝具とは英雄を象徴する存在。
ならば普通は本人が愛用した武器や、生涯の偉業そのものが形になるはずである。
ダンテの場合は詩人だ。
剣豪でも戦士でもない。ましてやその剣は本人が振るった武器ではなく、むしろ神曲の中で天使がダンテの額へ七つの罪を示す"P"の文字を刻んだ際に用いられた象徴的存在に過ぎない。
それが宝具になるのだろうか。
「あるわ」
凛は即答した。
「英霊という存在は、生前そのものじゃない。人々が抱く伝承や逸話を含めて成立している存在だから」
魔術師として学んだ知識を思い返しながら説明を続ける。
「特に宝具っていうのは、その英雄を象徴する逸話が結晶化したもの。だから本人が実際に使っていたかどうかだけが基準じゃないの」
そして少し間を置く。
「聖杯戦争に召喚される英霊達の到達点は死。だから『この英霊の最期にはこの逸話が不可欠だった』という理由で、自身の死因や死に纏わる伝承が宝具になる場合もあるわ」
例えばペルシャの大英雄アーラシュの
これらは死因が由来の宝具となっている。
他にもランサークラスでメデューサやかのヴラド三世の宝具も似たような感じなのだが、ここで深くは語らない。
一通り情報共有を終えて、今日も今日とて平日なので学校へ登校である。
さすがに霊体化できないセイバーを連れて行くわけにはいかないので留守番をさせる。
ランサーのように霊体となって姿を隠せるサーヴァントならばともかく、彼女は特殊な現界状態にあるためそれができない。
本人は当然のように護衛を主張していたが、学校へ英霊を連れて行くという発想そのものに無理がある。
ただでさえ目立つ容姿をしているのだ。穂群原学園に現れれば一日と経たずに噂が広がるだろう。
今は聖杯戦争の真っ只中であり、敵の正体も出揃っていない以上、不用意に戦力を晒すわけにはいかなかった。
その辺りを説明するとセイバーも渋々ながら了承し、衛宮邸で待機することになった。
「ああ、そうだ。衛宮君」
玄関前に着いたところで凛から話しかけられた。
「教育実習生の人たちは知ってるよね?」
「ああ、鬼灯先生と伊勢三先生だったな。それがどうした?」
士郎が振り返りながら問い返す。
その問いに対し、凛はすぐには答えなかった。
どこか考えを整理するように小さく息を吐き、それから慎重に言葉を選ぶように口を開く。
「最初は季節外れの教育実習生ってことで少し違和感を感じていたのだけど、今なら言える━━あの二人のどちらか、いや両方が聖杯戦争に関わってるわ」
「‥‥‥それはあの二人が魔術師っていうことか?」
思わず声が低くなる。
昨夜の戦闘を経験した今となっては、聖杯戦争に関わっているという言葉の重みは嫌というほど理解していた。
それは単なる関係者ではない。
場合によっては命を奪い合う敵である可能性を意味する。
「多分。伊勢三っていう苗字を前に魔術関係で見かけたのよね。四年ぐらい前だったはずだけど‥‥‥」
凛は眉間に皺を寄せながら記憶を辿る。
魔術師の家系や協会関係者の情報は頭に入っているが、それでも四年前の記録となれば曖昧になるらしい。
「片方は聖杯戦争のマスター、だな?」
「ほぼ間違いなく。ありえるとすれば昨夜襲撃したキャスターかアサシンのマスターのどちらか」
「‥‥‥。」
士郎は黙り込んだ。
脳裏に浮かぶのは学校で見かけた二人の姿だ。
穏やかで、生徒への対応も丁寧で、少なくとも表面上は争いとは無縁に見える人物たち。
鬼灯も伊勢三も、士郎の印象ではむしろ善人寄りだった。
だからこそ違和感がある。
魔術師であるというだけなら理解できる。
魔術師の全員が冷酷非情というわけではないことくらい、この数日の経験で分かっている。
しかし聖杯戦争のマスターとなれば話は別だ。
願いを叶えるためにサーヴァントを従え、必要なら他者を蹴落とし、時には殺し合うことすら辞さない。
そんな戦いの当事者として考えた時、あの二人の人柄と結び付かないのである。
もちろん、それは士郎自身の主観に過ぎない。
凛のように外面と内面を切り分ける魔術師もいる。
善人に見えるから安全とは限らないし、優しそうだから敵ではないという保証にもならない。
頭では理解している。
理解しているのだが、それでもどうにも納得しきれなかった。
「まぁ今日彼らの大学に尋ねてみるわ。あの二人が生徒として存在しているかどうかを」
凛はそう言うと話を切り上げるように玄関へ手を伸ばした。
もし本当に教育実習生として登録されている学生ならば問題はない。
だが、そこに記録が存在しなかった場合━━話は大きく変わってくる。
その一言と共に玄関の引き戸を開けた。
「なるほどねぇ‥‥‥」
それを盗聴器で聞き終えた俺は学校内を歩いていた。
時刻は昼過ぎ。
想定通りと言えばそうだが、セイバーを連れてこなかったのは想定外か。
授業中に警戒されているのはちょっとばかり面倒だったけど、魔術回路をオフにしてたら魔術師である確証は持てないだろう。
「しっかし、この呪刻どんだけあるんだ‥‥‥」
そんでもって今は日課になりつつあった呪刻潰しをしているのである。
メデューサの宝具には
これはある位置に魔法陣を設置し、その後呪刻というマーカーのようなものを複数個囲むようにして設置することで魔法陣を中心にして囲まれた内部にいる人間を溶かし、その肉塊を自身の魔力として還元するという大量虐殺向けの宝具である。
性質だけ聞くと結構厄介な宝具だと思うでしょ?
だけど、完全発動に1週間掛かる、同じ場所で連続で使えない、魔術に耐性がある者はほぼ効かない、やれば一発で教会から討伐命令が出されると挙げれば挙げるほどデメリットしかない宝具だったりする。
こんなので得をする奴が居るのかというといないのだが、慎二君にとっては自分の自我を保とうとしたのか、将又誰かへと八つ当たりなのか、今こうして呪刻があるようにこんな強行に走ったようだ。
自頭は成績を見ていても良いと分かるんだが、こうもダメな動きをするとは‥‥‥。
「ペルs━━伊勢三先生、次は?」
「ちょっと待って‥‥‥次は体育館倉庫だね」
危ない危ない。
周囲には生徒も少なからずいるからね。
真名で呼ぶと不審がられる。
実習生役をペルセウスにして正解だった。
対メデューサに詳しいペルセウスなら呪刻を探知できる力を持っててもおかしくはいないと思っていたが、こうも手早く探し出してくれるとは。
まぁたまに慎二君の横を通り過ぎると体が一瞬震えたりしているが‥‥‥。
一応彼曰く、偽装が上手く行ってるのかそっくりさん程度にしか認識されていないだろうとのこと。
ちなみに余談だが、先ほどの宝具の名称を聞いた時のペルセウスの反応はと言うと「えぇ‥‥‥」というような引き気味な感じだった。
さすがに最愛の妻の名前が因縁の相手の宝具の名称となってたら怒り以前に困惑だろう。
「ああ、そう言えばだけどさ。ペルセウスって結局どうやってメデューサを倒した?」
ふと疑問が浮かんだので移動の最中に問うことにした。
周りには人もいないので真名で呼んでいる。
「ひたすら
「え、あ、他の宝具使わなかった感じ?」
「いや使ったよ。使ったんだけどねぇ‥‥‥補助系の宝具ばっかりで肝心のメイン武器が
言われてみれば‥‥‥確かに。
ペルセウスの持つ宝具の大半が自分に使うタイプの対人宝具だし、ステータスもそこまで肉弾戦が出来るタチではない。
となれば搦め手に頼らざるを得ないのか。
そこは意外と現実的と言うかなんというか‥‥‥。
「一応聞くけど、今のメデューサ相手に勝利はできる?」
「そうだね‥‥‥正直言うとどっちとも言えないかな。僕が戦った時は既に怪物に成り果ていた上にほぼ不意打ちのような感じだったけど、
「となると、令呪でブーストかけた方が?」
「うん。頼むよ」
少なくともメデューサは倒す。
というのも、倒さないメリットがほぼ存在しない。
仲間に引き入れたところでペルセウスと一触即発なのは間違いなく、強みとも言える魔眼はペルセウスの宝具にもある。
また、聖杯の浄化に聖杯を実体化させるためにサーヴァントが一騎脱落してくれないと困る。
なので倒さないメリットがない。
メデューサにペルセウスをぶつける予定だが、基本はタイマンで負けそうになったら三郎さんや幽弋さんが割って入る予定だ。
これはペルセウスも承諾している。
「これで‥‥‥10個。マジでどんだけ設置してんだ?」
呪刻を潰しまわっているが、数日前に消しまわったはずが増える一方だ。
少なくとも主人公たちとは別で潰しまわってる魔術師が居るのはバレてるだろうが、こうも沢山呪刻を設置しまくるということは物量で押すつもりか?
あの感じからすると主人公たちも呪刻潰しに周るっぽいし、しばらくは主人公たちに任せておいていいだろう。
てことで今日は適当に呪刻を重要な箇所だけ的確に潰しておいたので授業を終えたら帰ろう。
恐らくここで衛宮君たちがライダーを倒してくれるだろうという希望的観測を持ちながら。
◇
なんていう希望的観測を抱いていたからこそ俺は後悔した。
「━━しくじった」
2月
本来であればその日は何も起こらなかった。
その日、俺や伊勢三もといペルセウスは学園を休んでいた。
聖杯戦争に参加している以上息抜きが必要だったからだ。
新都辺りをふらついていると葛木さんから連絡が届いた。
━━ライダーが宝具を使用した、と。
計算が甘かった。
そう思わざるを得ない。
呪刻というものは作るのにそれなりに時間が必要だと考えていたが、まさか三日足らずで元通りにしてしまうとは。
連絡を受けて大急ぎで向かった先は異常な光景があるグラウンドだった。
けたたましいサイレンの音の主は救急車と消防車となぜか"警視庁"と書かれたパトカー。
救急隊が担架で生徒を運ぶ姿、酸素マスクを着けて荒い呼吸をする生徒、災害が起こったかのような光景だった。
「‥‥‥クソッ!」
葛木さんの方はキャスターの魔術防御で特に影響は出なかったらしい。
それと今のところは意識不明の重体となっている者、重軽症者複数といったように大量に犠牲者が出ているが幸いにも死人は出ていなかった。
だが、ある意味これは俺の責任だ。
メデューサを甘く見過ぎた。
「━━今夜だ」
「?」
「今夜メデューサを倒すぞ、
「ああ、分かった」
聖堂教会がバックアップで事件を「理科室から偶然こおれあであろう薬品が気体となってそれが何らかの有毒性の物質と混ざり合い校内に浸透した」という科学的な回答で神秘の露見を防いでいるが、割れた窓ガラスと焼け焦げた廊下はさすがに隠蔽できなかったらしく「何者かによる人為的な犯行」という事件性を持たせる方にシフトしたとか。
あながち正解だけど。
ちなみに、この件を聞いたメタトロンは案の定と言っていいのかガチキレた。*2
神秘の露見は百歩譲っても一般人を虐殺しかけるのはルール違反どころのレベルじゃない。
追加で今夜メデューサを倒すことを言ったら、メタトロンが機転を利かせて神明裁決でペルセウスに「メデューサを倒せ」としてきたのでもうメデューサは退場確定だ。
深夜の新都のビル群にて。
ぶつかり合っていたのは二騎のサーヴァント。
セイバーとライダー。
そして、その近くで見守る影が二つ。
衛宮士郎と間桐慎二。
アーチャーと遠坂凛はいない。
あくまで新都を散策していた時に喧嘩を売られ、それを買ったに過ぎないのだ。
本来であればここはセイバーが宝具を初めて使う貴重な場面であり、風王結界によって姿を隠された聖剣が真なる輝きを解き放つ瞬間だった。
「勝負と行こうか、ライダー!」
「ええ。受けて立ちましょう、セイバー」
竜巻を纏うかのように風が集約するセイバーの剣。
対するライダーもまた、己が切り札たる幻想種を呼び出そうとしていた。
何度も言うが、本来であればこの後、セイバーが聖剣の真名を解放し、ライダー━━メデューサを打ち倒す場面である。
風が螺旋を描きながら渦巻く中、それがまさに今解き放たれようとしていた、その時━━
「それは、まだ使うべきじゃないよ━━セイバー」
「!?」
突如として後方から自分のクラスを呼ぶ声が響いた。
その一言によってセイバーの意識が僅かに逸れ、集約していた風が制御を失って夜空へと散っていく。
当然ながら、その場にいた全員の視線は一斉に声のした方向へと向けられた。
「伊勢三、先生‥‥‥?」
「やぁ、数日ぶりだね。衛宮君、そして間桐君」
そこに立っていたのは伊勢三杏路。
二人の通う学園の教育実習生であり、遠坂凛から聖杯戦争の関係者ではないかと疑われていた人物だった。
「何で、先生が‥‥‥ん?」
ふとその場にいた二人はセイバーとライダーへ視線を向ける。
するとそっちの二人は揃って驚愕の表情を浮かべていた。
しかし流石は英霊と言うべきか、戦場で隙を晒し続けるような真似はしない。
すぐさま得物を構え直し、平静を取り戻していた。
「‥‥‥やはり、でしたか。最初はただのそっくりさんかと思っていましたが‥‥‥よく顔を出せましたね?」
「恨んでいるなら恨んでくれて構わないよ。あの時の僕は神々に唆された哀れな人形でしかなかったから」
その声音には、どこか自嘲にも似た悲観の色が滲んでいた。
「えっと、セイバーこれは一体━━」
「シロウ、あれは現代に生きる者ではありません━━サーヴァントです!」
「なっ‥‥‥」
今日一番の衝撃だった。
伊勢三先生がサーヴァント‥‥‥?
確かに違和感はあった。
時折見せる浮世離れした言動。
そして聖杯戦争に関わる重要な出来事が起こる日に限って何故か姿を見せなかったこと。
思い返せば不自然な点はいくつもあった。
だが、それでも士郎は疑わなかった。
彼は善人だったからだ。
魔術師特有の冷徹さや打算を感じさせず、どこまでも人を気遣う教師だった。
しかしそれは当然のことだったのかもしれない。
彼は魔術師ではなく、遥かな過去を生きた英霊だったのだから。
「さてと、マスターからは好きなようにやってくれて構わないと言われているからね。なら真名を明かすとしよう」
そう言うと彼は前髪を掻き上げるようにして髪をたくし上げた。
同時に大気が震える。
凝縮された光の粒子が彼の身体を包み込み、仮初めだった姿を剥がしていく。
「バーサーカーの顔立ちに‥‥‥似ている‥‥‥」
ふとセイバーがそう呟いた。
たくし上げられた髪の下から現れた顔立ちは、先日対峙したバーサーカー━━ヘラクレスにあまりにも酷似していた。
血縁者と言われれば誰もが納得するほどに。
だからこそセイバーは気付いてしまう。
生前、自らを殺した因縁の相手たるライダー。
その存在に次いで忘れ難き神話の英雄へと。
「まさか、あなたは━━」
セイバーが言い切るよりも早く、目の前の男の装いが一変した。
黒きマント。
腕や上半身を覆う西洋風の鎧。
そして左手には感情を持たぬかのような無機質な鉄仮面。
教育実習生としての姿は完全に消え失せ、そこに立っていたのは神代を駆けた英雄そのものだった。
「我が名はペルセウス。かつてアルゴスを統べた王の一人にして、ミュケナイ王家の創始者その人。そして━━
彼は名乗った。
ペルセウス。
神話に疎い士郎ですら知る名である。
そして怪物メデューサを討伐し、数多の試練と困難を乗り越えた大英雄。
その名を聞いた瞬間、慎二の顔色が目に見えて青ざめた。
無理もない。
彼の従えるライダー━━メデューサは、逸話的にも能力的にもペルセウスと最悪と言っていいほど相性が悪い。
英雄譚において既に一度敗北している相手であり、神話そのものが天敵と断言しているような存在だった。
名乗りを終えたペルセウスは鉄仮面を顔へ装着し、得物であるショーテル型の剣を取り出す。
その姿にライダーもまた静かに得物を構え直した。
「‥‥‥幸福な人々を望んだ彼の為に━━
「‥‥‥ふふ、面白い。あの時と違って全盛期の私相手にどれほど戦えますかね?」
神話の再現━━否、神話の再臨。
かつてギリシャ神話の中で交わった英雄と怪物が、時代も場所も越えて再び相対する。
冬木の地にて、本来であれば決して交わるはずのなかった二騎のライダーが得物を取り、互いを討たんとしていた。
次回 メデューサVSペルセウス (両方とも本気)
ちなむと結構書くのに苦労しましたが1万文字越えの戦闘になります。
今回のまとめ:
士郎&凛:キャスターの真名は分かった。それとあの教育実習生のどちらかが関係者(マスターかどうか不明)まで分かっている。
ペルセウス:ついにメデューサとぶつかった。生前の未練もあるのでこれで払拭できるか。自己紹介でゼウスの子の1人と言わなかったのは股開きまくった親父に悪い方で思うところがあるから。
メデューサ:セイバーと戦ってたらなぜか同じライダークラスで宿敵がやって来た。何か生前と変わりすぎていることに内心驚きつつも殺すつもりでいる。