━━って言わないともらえないぐらい知名度低いのかな、私の作品。
タイトル名はわざと伏字。
「ん‥‥‥ぐぅ‥‥‥ハッ!」
間桐慎二は目を覚ました。
重たかった瞼を勢いよく開き、肺の中へ新鮮な空気を流し込む。
意識が浮上するにつれて、ぼやけていた視界も徐々に鮮明になっていった。
つい先ほどまでメデューサとペルセウスの壮絶な一騎打ちを見て自分が滅多に感じなかった渇望と魅了という感情を宿し、いざ自分のサーヴァントだったメデューサが敗退すると苛立ちというよりも燃え尽きたような感じになった。
神話そのものが激突しているかのような戦いだった。
互いに一歩も譲らず、持てる力の全てを振り絞ってぶつかり合う姿は、これまで慎二が知っていた世界とはまるで別物であった。
蟲爺に怒られるのは当然だろうと思いながらも、メデューサの最期を見届けてビルのエレベーターを降りたところで、確か‥‥‥
「あ、起きましたか」
不意に掛けられた声によって思考が現実へと引き戻される。
目の前に居るのは白髪の鎧を着た女性。
白銀の髪に凛とした雰囲気を纏い、その立ち姿には一切の隙がない。
静かに座っているだけにも関わらず、只者ではないということが本能的に理解できた。
そうだ、自分はエレベーターを降りた瞬間にこいつの手刀で気絶したんだったか。
思い返せば情けない話である。何かを察知する暇もなく意識を刈り取られたのだ。
「初めまして、間桐慎二。私は此度の聖杯戦争でルーラーとして召喚された上杉謙信です」
「ルー、ラー‥‥‥!?」
思わず声が裏返った。
ルーラーという単語は蟲爺が何度か言ってたのもあって聞覚えがあった。
聖杯戦争の調停役。
聖杯戦争が成り立たなくなった際に呼ばれるサーヴァントだ。
通常の七騎とは異なる特殊なクラス。その存在自体が異常事態の証明とも言える。
右腕に描かれた令呪を見るに本物のルーラー‥‥‥となればあれか、学園での一件を裁きに来たのか。
慎二の脳裏には最近起きた騒動の数々が浮かぶ。
「ある意味ではそうですね」
「‥‥‥ある意味?」
何か含みのある言い方だな、と思ってしまう。
肯定とも否定とも取れる曖昧な返答だった。
今居る場所は恐らく柳洞寺。
キャスターのサーヴァントの拠点だと思われていた場所だが、なぜここに。
寺特有の静かな空気が漂っており、周囲を見渡しても敵意らしいものは感じられない。
すると、そこへ人がやって来た。
障子の向こうから聞こえてくる足音は迷いなくこちらへ近付いてくる。
「さっきぶりだね、慎二君?」
「は‥‥‥鬼灯? いや、でもここは‥‥‥え?」
目の前に居るのは教育実習生という肩書を持っていた鬼灯という男だ。
学校で何度か顔を合わせた人物。
しかし、こんな場所に居る理由が分からない。
瞬間的に慎二の脳が回転する。
状況的にキャスターとアサシンが組んでいたというのは間違いない。
そしてここに鬼灯がいるということは自動的にこいつがアサシンかキャスターのマスターと割り振れるが、彼はペルセウスのマスターなので恐らくその同盟に一枚かんでいる別のマスターと考えるのが妥当だろう。
思考を整理しながら可能性を一つずつ潰していく。
多少の意味不明な点はあれど、これで凡そ理解できる。
しかし、なぜルーラーがここに連れてくるのかが分からない。
一体どういう━━
「起きたところ早々悪いが、間桐慎二━━今から言うことは他言無用だ」
その言葉と共に場の空気が僅かに変わった。
先ほどまでの軽い雰囲気が消え、真剣なものへと切り替わる。
そして、目の前の鬼灯‥‥‥いや相良豹馬と名乗る男は様々な情報を喋った。
第二魔法的転移、聖杯大戦、第五次聖杯戦争の聖杯の正体、言峰神父の暗躍、間桐臓硯の目的、今の設定etc‥‥‥。
一回だけでは処理しきれない常識を覆すような情報だった。
しかし、二度、三度聞いてようやくほぼ全てを理解することができた。
理解したくない内容も含まれていたが、それでも辻褄は合っていた。
「ははっ、つまり俺は蟲爺にとって動きを予測できる捨て駒だってわけか‥‥‥ああ、ふざけてるな」
乾いた笑いが漏れる。
そこには軽い絶望があるか、ないか。
「それを聞いてその態度なら大丈夫か」
相良は慎二の様子を観察するように目を細めた。
結局何もかもあの蟲爺の予測の範疇だったと今までの自分の行動の数々に嫌悪感がでてきた。
反発していたつもりだった。
好き勝手やっていたつもりだった。
だが、その多くが掌の上だったのだ。
まぁ命綱とも言える令呪を使うとうことは想定外だったろうが。
それだけが僅かな意趣返しと言えるかもしれない。
さて、目の前の魔術師は何をこの後するのやら。
「取引をしようか━━間桐慎二」
「‥‥‥は?」
思わず目を見開く。
相良から言われたのはただただ取引の招待だ。
いや、状況的には脅しで何かを得たいというのは分かるが、『取引』?
何で対等な目線で持ち掛けた?
捕虜に近い立場の自分に対して、命令ではなく交渉を持ち掛ける意味が分からない。
「俺が提示できるものとしては間桐臓硯‥‥‥いや、マキリ・ゾォルケンの排除と、お前の妹のサクラの救済だ」
「!?」
またも驚く。
蟲爺の排除だと‥‥‥!
この際知らなかったあれの本名を何故知っていたのかはどうでもいい。
本当に目の前の男はあの怪物を倒そうとしているのか?
慎二にとって臓硯は恐怖の象徴だ。
倒せるなど考えたこともなかった。
「ああ、本気だよ。あんな奴が居ると動きづらいったりゃありゃしない。いつ迷惑な行動を取るか分からんから早急に排除したいし」
こいつ、本気だ‥‥‥!
眼の色がその気になれば人を殺せる覚悟が篭っている。
軽い調子で話しているにも関わらず、その瞳の奥には確かな決意が見えた。
自分ですら痛い目を見せる程度なのに。
だが、こいつは違う。
必要ならば本当に殺すつもりで動いている。
「その代わり、ある程度指示には従ってもらうし、排除した暁には間桐の魔術関係の資料は全てもらう」
成程、これが取引を持ち掛けた主目的の一つか。
確かに間桐の家の魔術は他の魔術師からして手に入れたい至高のモノがいくらかあるだろう。
長い年月をかけて蓄積された知識や研究資料には計り知れない価値がある。
別に自分の家にあるそれ系のモノを使ってまで魔術を極めたいとは‥‥‥蟲を見た時点で微塵も思っていないので、対価として出すには良いか。
自分は聖杯戦争に負けた身だ。
そして、身に着いていた錆のような物が取れた感覚がしていて冷静に物事を判断できる状況だった。
肩に乗っていた重石が消えたような感覚。
まぁ燃え尽きたという表現が正しいかもしれないが。
相良が提示した条件は全然受けても問題ないレベルのモノだ。
魔術の道に行ってみたかったという欲望はあるが、よくよく考えれば魔術にこだわっていたのも蟲爺のせいが8割だったので、あれの理想から大きく外れた別の道を歩む方が自尊心を満たせる。
蟲爺が死ねば自由になるし、サクラに怖がる日々もないので良いことばっかりである。
そして、間桐慎二は相良豹馬から次に告げられたことでその首を頷いた。
「追加条件はセイバーレベルの剣術を持つ英霊を一時的に譲渡するのと■■■■だ」
その条件は自分にとって利益しかないものだった。
予想もしていなかった提案。
だが、だからこそ魅力的だった。
アイツらの驚きに満ちた顔を見れるなら、面白い‥‥‥引き受けてやろうじゃねぇか。
慎二の口元には、久しぶりに心からの笑みが浮かんでいた。
■■■■t■■■■■r■■■■ー!■
一方で早朝の衛宮邸は重い空気が張り詰めていた。
昨夜の戦闘で得た情報はあまりにも多い。そして、そのどれもがこれまでの認識を覆しかねない内容ばかりだった。
「━━伊勢三先生が、
凛は驚きを隠せなかった。
普段の彼女であれば、ここまで露骨に感情を表へ出すことは少ない。しかし、それほどまでに衝撃的な事実だったのだ。
というのも自分は魔術師として上だと自覚していたが故に魔術師及びサーヴァントの識別が一目見ただけで分かると思っていた。
少なくとも一般人と魔術師、あるいは魔術師とサーヴァントを見誤ることはないと考えていた。
しかし、結果は彼らの正体を見破ることが出来なかった。
学校で何度も顔を合わせていた。
言葉も交わしていた。
それにも関わらず、違和感すら抱けなかった。
いや違和感は1割ほどあった。
だからこそ、ペルセウスというビッグネームを聞かされてより一層驚いたのだ。
ペルセウス。
ギリシャ神話におけるゼウスの息子の一人で、ライダーとして呼ばれていたメデューサの討伐をやったという大英雄。
その名は神秘に疎い者であっても一度は耳にしたことがあるほど有名であり、知名度と実力はヘラクレスに肩を並べるとされている。
セイバーや士郎から聞かされたペルセウスの情報は厄介極まりないものだった。
かつてのメデューサ討伐の際に神々から授かったとされるハルペー、タラリア、ハデスの隠れマント、アイギスと更にペガサスを自由に操る黄金の手綱というライダークラスなのも納得と言えるほどの宝具の数々だった。
神々から与えられた加護をそのまま武装として持ち込んできたかのような構成である。
幸いにも筋力や耐久が低めだが、それを補えるだけの手札がありすぎる。
一つ対処したと思えば別の宝具が飛んでくる。
まさに神話級の万能型英霊と言ってよかった。
更に問題なのがあのキャスターやアサシンと同盟を組んでいるという事。
近接戦ができて神代クラスの使い魔を呼び出せるキャスターに、魔力の消費がほとんどない奇襲と暗殺に特化したアサシンに加わるように、様々な場面に対応できるペルセウスという同盟。
攻撃、防御、索敵、暗殺、制空権。
その全てを高水準で担える布陣だ。
最優のセイバーと同盟を組んだ自分たち、いや、三騎士全員が相手でも余裕で渡り合えるだけの実力があるだろう。
そう考えると自然と表情も曇る。
「それで、遠坂。お前は知ってたか? 偽の聖杯戦争と真の聖杯戦争について」
「知らなかった。いや、知るワケないわよ。そんなこと一度も聞いたことないし」
即座に否定した凛。
少なくとも遠坂家に伝わる資料の中にそんな情報は存在していない。
最も彼らを混乱させているのはそのペルセウスが言い放った偽と真の聖杯戦争についてだろう。
今まで相対したサーヴァントは全て存在もしない聖杯に呼び出された所謂"偽"のサーヴァントで、それを呼び水として召喚するのが"真"のサーヴァント。
常識外れにも程がある話だった。
もしそれが事実なら、自分たちは未だ本番ですらない段階で命を賭けて戦っていたことになる。
なぜルーラーが2騎もいたのかというのはペルセウスの発言で理解できたが、今更考えると納得しかない。
大英雄クラスがわんさかいる聖杯戦争で今までとは違う形式の聖杯戦争となるとルーラーが召喚されるのも必然だったか。
むしろ居なければ収拾が付かない。
それほどまでに危険な戦争になることは容易に想像できた。
それよりも今は集まった情報の共有である。
「まず、福岡教育大学に問い合わせてみたけど、やっぱりあの二人は生徒ではなかったわ」
告げられたのは教育実習生としての側面を被っていたペルセウスと相良豹馬について。
なお、問い合わせは
当然のように受話器を押し付けられたアーチャーは終始呆れ顔だったらしい。
「恐らくは暗示の魔術の類か、偽造書類でも作成して潜入したのだろうね」
「暗示‥‥‥」
士郎は顔をしかめる。
学校全体を騙していたとなれば相当な実力だ。
「それでもって二人の名前、伊勢三杏路と
凜は机に書類を出す。
内容はその人物が何者なのかが明確に記されていた。
複数枚に渡る資料には魔術教会側で調査したであろう痕跡も残されている。
「魔術師‥‥‥」
「ええ、どちらもね。相良については兎も角伊勢三っていう名前に何で気づかなかったのか‥‥‥」
そうして記載された内容を凛が読んでいく。
「伊勢三杏路、東京で活動していた伊勢家当主の伊勢三玄莉の息子。周りからの評価は、現代に溶け込もうとした魔術師らしい魔術師一族」
「元々魔術師家系としては没落寸前の所だったのだけれど、ある一件で完全に伊勢三は没落したわ」
「ある一件?」
「4年前に魔術との併用で作っていた試作機が暴走した結果、一族は伊勢三杏路だけを残して死亡した」
その場の空気が少し重くなる。
一族壊滅。
魔術師の世界では珍しくない話だが、それでも軽く扱える話ではなかった。
「そ、それでどうなったんだ?」
「生き残った伊勢三杏路はそのまま遠縁の家庭に預けられて魔術のまの字もない生活を送ってるそう」
「そうか‥‥‥」
士郎はホッとする。
少なくとも子供がそのまま魔術師社会に飲み込まれなかったことだけは救いだった。
そして、凜はもう一枚の資料を読み始めた。
「相良豹馬、こっちも東京で活動している魔術師で相良家の現当主。先代同様生贄を使った防御魔術を使う典型的な魔術師よ」
「なっ! 生贄!?」
士郎の声が大きくなる。
当然の反応だった。
生贄と言うのは人の魂を扱うからだ。
「驚くのも無理はないわ。私だって生贄を用いた魔術は好印象を持てないし。話を続けるけど、恐らく聖杯戦争には第三次聖杯戦争に参加していたマスターの1人である八枚舌ことダーニック・プレストーン・ユグドミレニアから聞いて頼まれた感じでしょうね」
「ダーニック?」
「今言ったように第三次聖杯戦争にランサーのマスターとして参加していた凄腕の魔術師。まぁ外道寄りの魔術師だからいい評判はほとんど聞いたことも無いけど。相良は一時トラブルか何かで彼に恩があるから、それを返すために参加してるのでしょうね」
凛は淡々と説明する。
だが、その評価には明確な警戒が混じっていた。
「成程‥‥‥ん? 髪型が‥‥‥」
「どうせ、染めたんでしょうね。ああいう魔術師は定期的に顔を変えるし」
資料を読み返す。
資料内での相良豹馬という人物は悪人と言っても差支えが無い経歴の人物である。
冷徹な魔術師、典型的な根源至上主義者と、そう書かれている。
しかし、自分たちが実際に見たのは善性と一線を持ち合わせた良識ある人間だ。
少なくとも学校で見せていた姿はそうだった。
ただ単に猫を被っているようには思えないし、どちらが本当の側面なのやら。
そして議題は変わり、この相良が残したメモについてと変わる。
「じゃあ早速だけど、行きましょう?」
と思ったが、そうでもなかった。
凛は迷う様子もなく立ち上がった。
「ちょ、行くってどこに?」
「? ルーラーの所だけど?」
あっけらかんと言う凛に対して士郎は意外だと思わんばかりの顔をした。
というのも凛ならば罠の可能性を考慮してじっくり考えてから動くものとばかり思っていたからだ。
「それは正しいわ。実際、最初こそ罠の可能性は考えてたけど、わざわざルーラーの名前で罠にはめるなんてあの天使や軍神が許すと思う?」
「それは‥‥‥そうかもな」
士郎も昨夜の二人を思い出す。
少なくとも卑劣な真似を好むようには見えなかった。
聖杯戦争でルーラーの名を出してまで罠を仕掛ける魔術師はそういないだろう。
少なくとも相良豹馬という人間はそれなりに頭が回る。
ルーラーの名を悪用して痛い目を見ることは理解しているはずだ。
ならば、この場所にルーラーは間違いなく居る。
万が一、億が一それが罠だとしてもあのルーラーであれば中立的立場から戦闘を起こさせないようにするだろう。
そして、何より━━。
今の彼らには真実を知るための情報が圧倒的に不足していた。
だからこそ、その誘いを無視するという選択肢は存在しなかったのである。
■r■■t■u■■■r■■r■ー!!
そして、数時間後。
メモに書かれていた場所へと赴いた一同。
場所は新都の様々な店が立ち並ぶ、歓楽街のような所だ。
休日ということもあってか人通りは多く、買い物客やカップル、仕事の合間に休憩を取る会社員らしき人影が絶え間なく行き交っている。
その中の一つ、日当たりのよくオープンテラスのあるカフェにて。
目的の人物の姿を見つけた一行は声を掛けた。
「━━待っていました」
そう返ってきた声は穏やかで、それでいてどこか神秘的な響きを帯びていた。
その姿は周りに溶け込んでいながらも咲き誇る一輪の花のように美しかった。
天使、と言われているだけあってその姿は周りの視線を集中させかねない美貌だが、その姿を拝んでいる人は一切いない。
一般人には気が付かないようにしているのだろうか。
あるいは無意識への認識阻害か。
凛はそんなことを考えながら目の前の少女を見つめる。
「偽のセイバーとアーチャー、そして、それぞれのマスターですね」
「偽の、って言われると少し複雑なんだけど」
凛が苦笑混じりに肩を竦める。
「今まで命懸けで戦ってきたのに、実は前座でしたなんて言われたら流石にね」
「お気持ちは理解できます」
メタトロンは素直に頷いた。
メタトロン、ルーラーとして呼ばれた絶対的な中立者。
上杉謙信の方は見受けられないが、冬木の街を巡回していると解釈すればいいのだろう。
しかし、以前の墓地に現れた時とは違い、終始落ち着いた様子で活力がありそうな少女のそれに見える。
「今の私はあの時の大天使メタトロンとしての側面とは違い、
「5%なの?」
「はい」
「意外と少ないのね」
「残り95%はジャンヌです」
「ほぼジャンヌじゃない」
「ほぼジャンヌです」
妙に堂々と認められた。
墓地の時の大天使とは思えない程活力が見受けられる。
つまり、今は救国の聖女と呼ばれたジャンヌ・ダルクその人(に限りなく近い状態)らしい。
‥‥‥何となくだが、セイバーと似ている気がしなくもない。
具体的に言えば真面目で、頑固そうで、後は‥‥‥魂のカタチ(?)なのだろうか。
セイバーも「似ては、いる‥‥‥キャスター‥‥‥見間違え‥‥‥」と後半部分は不明だが似ていると自覚している。
すると、メタトロンは小さく微笑んだ。
「用件は何でしょうか?」
「真の聖杯戦争について。何で今までと違う形式で聖杯戦争が起きたのか、それとその真の聖杯戦争の詳細」
「なるほど‥‥‥前者はお答えできませんが、後者であればお答えしましょう」
「待って、何で前者は答えられないの?」
凜が指摘する。
すると、メタトロンはマカロンを一つ手に取りながら話し始めた。
「あくまで憶測混じりになりますが、聖杯の意向だと思います」
「思いますって‥‥あなたルーラーなんでしょ。その辺詳しくなくて?」
「いいえ」
メタトロンは首を横に振る。
「私が知っているのは偽と真の聖杯戦争が行われるということとそのルールのみ。
「管轄外?」
「警察官が法律を作る訳ではないでしょう?」
「ああ、なるほど」
「私たちは管理者です。設計者ではありません」
士郎も納得したように頷く。
そう言いながらモグモグとマカロンを頬張るメタトロン。
どうやらルーラーといっても全てを知っている訳ではなく、あくまでその聖杯戦争の管理者として与えられた役割をこなすだけらしい。
少し間が空き、食べていたマカロンを飲み込んだのか、メタトロンは紅茶で喉を潤した。
そして、再び口を開く。
「それで、真の聖杯戦争の詳細ですね。今から言いますのでメモを取りたければどうぞ」
そうしてメタトロンから真の聖杯戦争の詳細について語られた。
真の聖杯戦争。
偽の聖杯戦争で召喚された七騎のサーヴァントを呼び水にして本来の真のサーヴァントを呼び出し、戦う聖杯戦争。
仕組みは聖杯の予備システム『召喚された七騎全てが同盟を組んだ時に行われる令呪の再配布と追加召喚』というものの応用。
そして、以下箇条書きがルールである。
・召喚されるサーヴァントは七騎
・クラスは基本七クラス以外のエクストラクラスが呼ばれる可能性があり、更にクラスが被る可能性がある
・召喚されるサーヴァントは聖杯の概念に関わらないため、西洋以外の地域の英霊が、アサシンがハサンではない英霊が何でも召喚される可能性もある
・召喚のされ方は通常と同じ令呪を宿したマスターが召喚する場合と、マスター無しでも自立できる魔力量を持った逸れサーヴァントが自動的に召喚されるという2パターンに分けられる
・逸れサーヴァントは既存のマスターまたは魔術師と同盟・契約を結んでもよい
・呼び水となった偽のサーヴァントも参加資格がある
・真の聖杯戦争の監視役は聖堂教会ではなくルーラーが執り行う
などなど既存の聖杯戦争と似ている点もあれば異なる点が様々だ。
そして、その説明を聞いていた一同の顔色は徐々に悪くなっていった。
この詳細の中で強いて疑問に思ったことと言えば‥‥‥
「七騎、"以上"!?」
凜が驚いたようにそれを指摘する。
「はい」
「はい、じゃないわよ!」
凛は思わず机を叩いた。
「七騎以上って何!? 普通は七騎でしょ!?」
「普通の聖杯戦争ならそうですね」
「じゃあこれは普通じゃないの!?」
「普通ではありません(というか普通の聖杯戦争が起こったことは‥‥‥ああ、月の聖杯戦争はちゃんと成立してましたか)」
「でしょうね!!」
そう、『以上』という表現をしているのだ。
つまりあれほどの強さを持った英霊が少なくて七人、最大でも99人召喚されるという事になる。
そうなれば冬木は‥‥‥
「ああ、心配しないでください。霊脈が枯尽くさないように私の宝具でその分の魔力は補っていますので」
「そうじゃなく‥‥いや、まぁそれもそれだけど‥‥‥」
「そっちも十分おかしいぞ」
士郎が頭を抱える。
ルーラーが当然のように冬木全域を支える規模の魔力を供給している事実も十分異常だった。
言いたいのは冬木がどうなるかだろう。
まぁそんなことをルーラーに聞かずとも、答えはすぐに分かる。
((間違いなく、消える━━!!))
比喩表現とかではなく、本当の意味で地図から消え失せるだろう。
ただでさえまだバーサーカーやアサシン&キャスター&真ライダーやランサーという脅威があるのにそれに大勢が加わるとなれば乱戦は不可避だ。
そんなことに恐怖している中でマカロンを食べ終えたメタトロンは会計を済ませ、その場から一旦立ち去ろうとする。
「では私はこれで。もしまた会いたいときはここに早朝か昼に来ることをお勧めします」
「ちょっと待ってまだ話は━━」
「まだ聞きたいこと山ほどあるんだけど!?」
しかし、そんなことを聞かん振りして去るメタトロン。
「失礼します」
「あっ」
「消えた‥‥‥」
メタトロンはその場から消えた。
まるで最初からそこに存在していなかったかのように。
令呪も無しに瞬間移動したのだろう。
ルーラーで高位の神霊だからこそできる業か。
そして、残された一同はしばらく沈黙した。
「‥‥‥なぁ遠坂」
「何よ」
「ルーラーってあんな感じなのか?」
「知らないわよ」
凛は疲れたように額を押さえる。
「私だってルーラーなんて初めて会ったんだから」
「そうか」
「でも、少なくとも嘘は言ってなかったと思うわ」
凛は先ほどまでメタトロンが座っていた席を見る。
その言葉に誰も反論しなかった。
だからこそ厄介なのだ。
語られた内容が全て事実だとするならば━━彼らが思っていた以上に、この聖杯戦争は異常だったのだから。
■r■rt■u■r■r■■rーー!!
「台本通りに動きましたが、いかがでしょうか、マスター?」
「とりあえず完璧。それと‥‥‥嘘つかせることして本当にすみませんでした!!」
「許します」
「即答!?」
先ほどの場所から少し離れたホテルの一室で俺はメタトロンに盛大な土下座で謝罪をした。
聖書の大天使に嘘をつかせるとはどういう了承だ、ゴラァ!と言われてもおかしくない状況だからである。
最もルーラーの役割を持つ彼女は嘘をつくのにあまり乗り気ではなかったというのもあるが。
「実際嘘が真になりかけてるので違和感を持たれるよりかは理由付けをしておく方が得策だと思いましたので」
「だよなぁ‥‥‥」
つい数日前に起こったことを話そう。
メデューサを討伐し、帰っていたタイミングでメタトロンが「間桐邸宅に何か
メディアに調べてもらった結果、何か聖杯の予備システムが作動していた。
つまるところ、
盛大に慌てた俺は冷静を取り繕って、慎二君を囲って大急ぎで間桐臓硯の排除準備に動く羽目になった。
と言っても臓硯の排除の仕方は分かりやすく、
①メタンヌの聖なる炎で燃やす
②サクラの体内に逃げるからすかさずメディアの宝具か何かで体内の蟲を除去する
と二工程しかない楽な作業である。
ただ、面倒なことになったのは聖杯の予備システムが作動してしまったということ。
つまりは追加で最大七騎のサーヴァントが召喚されてしまうということ。
しかも誰がマスターとして選ばれるのかが分からないという状況だ。
最悪の場合召喚されたいくらかのサーヴァントが言峰陣営として襲い掛かって来てもおかしくない。
「だから、対策はした」
「やり方自体はルールに反していなかったというか前例があるので許可しました」
それが慎二君に持ちかけた実験と追加条件に関係する。
おっと、どうやら近くで何かが起こっているようだ。
■rrrthu■r■rr■rーー!!
「よう、衛宮に遠坂」
ふと、声が掛けられた方向を振り返る。
聞き覚えのある声音だった。
だが、この場で聞くとは思っていなかった声でもある。
そこには数日前から姿を消していた、慎二の姿があった。
以前と変わらない制服姿。
学校へ向かう途中で偶然見掛けても何ら不思議ではない、ごくありふれた格好。
しかし、その表情にはどこか以前とは違う落ち着きが見て取れる。
まるで一度大きな嵐を潜り抜けてきた人間のような、妙な余裕すら感じさせる落ち着きだった。
「慎二? でも、一体‥‥‥」
士郎が目を丸くする。
突然姿を消したかと思えば、今度は何事もなかったかのように現れたのだ。
しかも、その表情に焦りや困惑はない。
まるで自分が姿を消していたことなど些細なことであるかのような態度だった。
「魔術師でもない上に既に聖杯戦争に敗退した身であるあなたが私たちに何か用?」
凛も警戒を隠さない。
むしろ以前よりも警戒していると言ってよかった。
今の冬木では何が起きても不思議ではない。
ルールなど既に崩壊しつつある。
一度脱落したはずの人間が再び現れたとしても、それだけで安心できる状況ではなかった。
「ほぅ‥‥‥そうかそうか‥‥‥」
しかし、慎二は怒らなかった。
いつもなら即座に噛みついてくる。
嫌味の一つでも返してくる。
それどころか大声で反論し、その場で言い争いに発展しても不思議ではない。
だが、今の慎二は普段の慎二のように棘のある発言で青筋を一切立てずに、ただ冷静に返事をしていた。
その様子に凛が僅かに眉をひそめる。
警戒の色がさらに濃くなる。
怒るべき人間が怒らない。
それは時として怒られるよりも不気味だった。
「何よ、その反応」
「いや?」
慎二は肩を竦める。
その仕草すら妙に自然だった。
以前のような虚勢めいた雰囲気が薄れている。
「別に怒ってないさ」
「それが一番不気味なんだけど」
士郎も凛も違和感を覚える。
慎二らしくない。
らしくなさすぎる。
まるで別人と話しているような感覚すらあった。
「最初の質問に対する答えだけど‥‥‥それは‥‥‥どうかな?」
「何?」
「どういうこと?」
だからこそ、この応えは二人とも一瞬疑問符を浮かべた。
しかし、慎二は口元を吊り上げる。
どこか愉快そうに。
まるで今から面白い種明かしでもするかのように。
二人の反応を楽しんでいるようですらあった。
「お前ら、本当に気付いてないのか?」
「何をよ」
「俺を見て何か思わないか?」
「何かって‥‥‥」
凛が慎二へ視線を向ける。
頭から足先まで観察する。
魔術師としての観察眼を働かせるように、細部まで注意深く。
そして、やがて二人は気が付く。
慎二の右腕の甲に見える特徴的なあざ模様を。
「━━令呪!?」
凛が目を見開く。
「そんな‥‥‥でも、どうして‥‥‥」
「なっ!?」
士郎も息を呑んだ。
間違いない。
あれは令呪だ。
既に脱落したはずの慎二の手に、それが存在していた。
「ルーラーから聞いたんだが、別に魔術回路を持たない人間でも令呪を宿すことがあるとのことでね」
慎二はわざとらしく右手を見せる。
まるで自慢の品でも披露するように。
「まぁ、俺も驚いたよ」
「待ちなさい」
凛が即座に問い詰める。
一歩前へ出ながら鋭く言葉を放つ。
「何であなたがまた令呪を持ってるの?」
「分かってるだろうに」
「‥‥‥。」
凜は黙る。
そう、理解できているのだ。
彼が真の聖杯戦争のマスターになったから令呪を宿したのだと。
一方慎二はケラケラと笑う。
以前のような見下した笑みではない。
純粋に面白がっているような笑みだった。
自分自身もまた、この異常事態を楽しんでいるような笑み。
だからこそ余計に不気味だった。
驚愕に満ちた一同の顔を余所に慎二は告げる。
「少し場所を変えて、互いのサーヴァントを戦わせようか」
「何ですって?」
凛の声が一段低くなる。
「慎二、お前まさか━━」
「話は場所を変えてからだ」
「おい、慎二!」
「どうせお前らも確認したいだろ?」
そうして場所を変えた。
場所は人気のない埠頭。
かつて第四次聖杯戦争の緒戦が繰り広げられた場所だ。
海風が吹き抜け、潮の香りが鼻を掠め、コンテナが並ぶ無機質な景色。
無数の鉄箱が整然と積み上げられ、人気の無さも相まってどこか荒涼とした雰囲気を漂わせている。
戦場にするには十分だった。
一瞬にして慎二の横にサーヴァントが
二騎とするならば片方は逸れだったサーヴァントか。
「真のセイバーだ。真名は伏せさせてもらう」
片方は真のセイバーと名乗った日本刀を持つアジア系の美少女。
長い髪を揺らしながら静かに立つ姿は美しく、それでいて隙がない。
一切の気負いも見せず、ただそこに立っているだけ。
それだけで達人であることが伝わってくる。
まるで抜き身の刀が人の姿を取ったかのようだった。
そして、もう片方は━━。
「‥‥‥Au‥‥‥thurrr‥‥‥!」
低く唸るような声。
耳に届くだけで背筋を寒くさせる声だった。
目の前に見えるのは漆黒の鎧を身に纏い、黒ずんだ剣と銃を持った中世の騎士という見た目だった。
全身から黒い瘴気のような魔力が漏れ出しているように見える。
理性など存在するか怪しい、暴力だけを形にしたような怪物のような何か。
しかしながら狂乱の檻に閉じこもっているのはその第一声から分かる。
その濁った咆哮には明確な執念があった。
何か一つだけを求め続ける亡者のような執念が。
「そんな‥‥‥なぜ‥‥‥!!」
セイバーの顔色が変わった。
凛や士郎が見たこともないほど露骨な動揺。
呼吸が僅かに乱れる。
握る剣に力が入る。
「セイバー?」
士郎が振り返る。
だが、セイバーは答えない。
目の前の黒騎士から視線を離せなかった。
そして、その黒騎士の姿はセイバーには見覚えがあった。
いや、
剣を握っていた力が思わず弱まる。
忘れるわけが無い。
第四次聖杯戦争で相まみえた旧友であり、臣下の騎士。
かつて誰よりも信頼し。
そして誰よりも後悔した騎士。
自分が其れを願うようになった過ちの一つ。
「ランスロット━━ッ!!」
叫びにも近い声だった。
士郎と凛が驚く。
「ランスロット?」
「まさか、あの円卓の?」
「理想の騎士と呼ばれた━━」
セイバーは静かに頷く。
「ええ」
その声には動揺が混じっていた。
ランスロット、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の1人で様々な逸話を持った英雄。
「はは、やっぱ蟲爺に頼んで四次の触媒を貰った甲斐があった」
慎二は愉快そうに笑う。
そして、ニヤリと口元を吊り上げた。
「だろ、セイバ━━いや、騎士王
「!?」
「セイバーが、アーサー王!?」
驚愕する士郎を余所に凛が思わずセイバーを見る。
一瞬、言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「今さらそんな情報を爆弾みたいに投げないで!」
「本当なのか!?」
「シロウ、それについては後で語ります」
セイバーは視線をランスロットから外さない。
その蒼い瞳には複雑な感情が宿っていた。
「今は‥‥‥」
その声には迷いと決意が混ざっていた。
すると、目の前で慎二がおもむろに手を上げる。
「やれ、僕のサーヴァントたち」
「了解しました」
真のセイバーが静かに刀へ手を添える。
僅かに腰を落とす。
それだけで空気が変わった。
「Aurrrrr‥‥‥Arrrrrthurrrrrrrr━━!!」
咆哮。
それは様々な感情から来ているのだろう。
黒騎士は一直線にアルトリアへ視線を向けた。
その瞳には様々な姿を捉えている。
王だけ、騎士王だけを"今は"見ている。
その瞬間。
埠頭の空気が張り詰める。
海風すら止まったかのような錯覚。
誰も言葉を発しない。
誰もが理解した。
戦闘が始まる、と。
開戦の火蓋を斬ったのは
XIV: Arrrthurrrrrrrーー!!
副題:其れは我が国の偉大なる王の名