励みになります。
「今更だけど、お前らの正式な真名って何なんだ?」
「「「え?」」」
一度柳洞寺へ戻ってから双子館(東)へ帰還した俺は、メタンヌが連れていた四騎のサーヴァントのうち、三騎へと視線を向けた。
そういえば、召喚された直後から戦闘続きだったせいで、こいつらの真名をまだ聞いていなかった。
いや、ワルキューレなのは分かる。
クンドリーと同じ白い衣装を纏い、手には劣化版とはいえグングニルの槍を携えているのだから、そこは疑いようがない。
問題は、どのワルキューレなのかだ。
改めて観察すると、赤みがかった茶髪の少女、橙色に近い金髪の少女、黒味を帯びた深緑色の髪を持つ少女。
さらに茶髪はメイス、金髪はグングニルがやや蒼白く輝き、緑髪は特徴的な意匠の兜を身に着けている。
‥‥‥特殊召喚の影響が、思った以上に強く出ているな。
本来ワルキューレというサーヴァントは、召喚者の人格や性質、歩んだ人生、魔力量などに応じて最適な個体が選定される。
もっとも、外見は基本的に統一されており、装備や衣装にも大きな違いはないはずだった。
それがここまで個体差が明確ということは、特殊召喚であることに加え、召喚者が高位神霊であるメタンヌだった影響か。
全盛期に近い姿と能力を、そのまま引っ張って来られたのかもしれない。
「あっ、そういえばマスターに真名を名乗ってませんでしたね」
「言われてみれば、戦ってばかりだったもんね」
「失礼しました。自己紹介が後になってしまいました」
ちなみに俺を"マスター"と呼んでいるのは、名前で呼ぶよりその方が慣れているかららしい。
実際の契約主はメタンヌなのだが、形式上は俺がマスターという扱いになっているため、彼女たちはメタンヌを"ルーラー"と呼び分けていた。
そんな事情を説明した後、三人は順番に一歩前へ出る。
「私の個体名はランドグリーズ。気軽にランドって呼んでくれればいいよ」
茶髪の少女が軽く胸へ手を当て、落ち着いた笑みを浮かべる。
続いて金髪の少女が元気よく手を挙げた。
「私はヘルムヴィーゲ! みんなからはルヴィって呼ばれてるよ。よろしくね、マスター!」
「最後に、私の名前はヴァルトラウテです。ヴァルトと呼んでいただければ」
緑髪の少女は丁寧に一礼し、柔らかな微笑みを見せた。
「なるほど‥‥‥全員、名無しの量産型って訳じゃなかったのか」
「それは少し失礼では?」
「悪い」
ヴァルトラウテに即座に返され、思わず謝る。
いや、Fate世界だと本当にそういう個体もいるからさ。
確かリンドとかいうヴァ―リを産んだアース神族の女性と同名の北欧神話の資料書に載ってなかった奴がいたか。
そんでランドグリーズが『グリームニルの言葉』で言及される、『盾を壊す者』の名を持つワルキューレ。
となると、そのメイスはシールドブレイカーの意味を象徴した武装なのだろうか。
そしてヘルムヴィーゲとヴァルトラウテ。
どちらもワーグナーの『ニーベルングの指環』で広く知られる名だ。
もっとも、あれは原典の北欧神話ではなく、後世の
とはいえ、同じワーグナー作品出身であるクンドリーが実在している以上、このFate世界の北欧神話は後世の創作要素まで神話へ取り込んでいると考えるのが自然か。
オーディンとヨルズの娘でありながら、この世界では例によって神造兵器じみた存在として生み出されたらしい。
それぞれ『兜のゆりかご』『戦場の勇気』を意味する名だったか。
「そして、私ことクンドリーを含めまして‥‥‥」
クンドリーが一歩前へ出る。
四人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
そして息を合わせるように胸を張る。
「「「「ワルキューレ後期改良型四姉妹//です!!」」」」
聞けばランドとヴァルトが第四世代、ドリー*1とルヴィが第六世代の同期らしい。
さらに生前、オーディンによる(良心の)改良で感情表現をある程度獲得してからは、この四人で行動する機会が多かったという。
「じゃあ、普通に召喚されるなら四騎一組で来てもおかしくなかったんじゃないか?」
俺がそう尋ねると、三人は一斉にドリーを見た。
ドリーは目を逸らした。
「ドリーがやらかしたので」
「私たち、あの時は本当に肝が冷えたよね」
「まさかあんなことするなんて思わなかったもん」
「うぅ‥‥‥その件につきましては、本当に、本当に申し訳ありませんでした‥‥‥」
ドリーは深々と頭を下げる。
対する三人は呆れたように笑いながらも、その目には責める色はない。
「でも私たちが先に消えちゃったからね」
「もしあの任務も四人一緒だったら、止められてたかもしれないし」
「だから全部ドリー一人の責任じゃないよ」
「みんな‥‥‥」
どうやら本心では、責めるより心配していたらしい。
かつて中東、イスラエル方面への任務でゴルゴタの丘へ赴いた際。
あろうことかドリーは某救世主の方のセイヴァーを嘲笑ってしまった。
本来、感情を持たないワルキューレならば何も感じず通り過ぎるだけだった。
だが、(大神の良心で)感情を与えられていた彼女は、中学生が悪ノリするような軽い気持ちで笑ってしまった。
その結果、不死の呪いを受ける。
ラグナロクで姉妹たちが消滅した後も、一人だけ永遠に世界を彷徨い続けることとなり、神性を失い、魔女となり、踏んだり蹴ったり運命を歩むことになった。
ただし最期は運命が味方してくれたのか‥‥‥
「何だかんだあって、
「むぅ‥‥‥ドリーだけずるい」
「恋愛イベント独り占めは反則」
「ご、ごめんって。また今度詳しく恋愛話をするから」
「本当?」
「約束?」
「うん、約束」
「それなら‥‥‥許す」
三人は素直に頷いた。
やはり同時召喚というのは、相性の良い者同士が集まりやすいのだろう。
こうして笑い合う姿を見ていると、本当に仲の良い姉妹にしか見えない。
「そういえばさ、お前たちに前から気になってたことがあるんだけど」
「はい?」
「何でしょう?」
「答えられる範囲なら」
俺は一度間を置いてから、ずっと抱えていた疑問をぶつけた。
「何で
「「「‥‥‥」」」
三人は互いの顔を見合わせる。
それから無言で自分たちの腰あたりになぜかあるP90を見下ろした。
再び顔を見合わせる。
「「「確かに、これ何なんだろ?」」」
「だよね!? おかしいよね!?」
「言われるまで違和感ありませんでした」
「普通に使ってました」
「冷静になると意味分からないですね」
北欧神話にいきなり現代火器が存在していたらたまったものではない。
生前持っていなかった武器を逸話や概念から獲得する英霊は珍しくない。
しかしワルキューレにP90が結び付く逸話など聞いたことがない。
ドリーの場合はアーサー王伝説で魔術師に従った逸話から投影したロンギヌスを宝具として扱う理屈はまだ理解できる。
だが、このゴリゴリにカスタムされたP90だけは本当に説明が付かない。
しかも本人たちまで困惑している始末である。
「あ、そうだ」
丁度メタンヌがいた。
尋ねてみよう。
「メタンヌー。ワルキューレのあの銃って何ぞ?」
「あー、それねぇ。ちょっと霊基情報を確認するね‥‥‥」
メタンヌは目を閉じ、少しだけ考え込む。
「あ、分かった、これ宝具だね。えー名前は『
「何そのバグ」
「それとー多分だけど、どこか別の聖杯戦争で現界したワルキューレが持ち帰った装備かあるいは
「あー、それならスルーズ姉たちのタッグかも」
ルヴィが納得したように頷く。
「いいよねぇ、スルーズ姉たち。珍しい形式で現界して、色んな経験してるし」
「分かる。それを言うなら、私たちも四騎同時召喚なんて十分レアだけどね」
「そうですね。これはこれで貴重な経験です」
どうやらメタンヌ自身も、以前カルデアへ召喚された経験があるらしい。
もっとも、その頃は今よりずっと融通の利かない性格だったそうだ。
カルデアで様々な人間と接した結果、俺みたいな面倒くさい相手にも多少は甘くなったらしい。
‥‥‥やっぱりカルデアって凄いんだな。
本来召喚不可能な英霊すら現界させ、不自由なく維持できる設備と魔力供給システム。
まさしく規格外といっていい組織だ。
もっとも、俺の世界にカルデアは存在しない。
マリスビリーが冬木の聖杯戦争へ勝利することで誕生する組織らしいが、俺の世界では冬木の大聖杯はすでに解体済み。
つまり、カルデアという可能性そのものが、最初から存在しないのである。
さて、戦乙女たちのそんな日常会話を聞いたのち、俺が向かったのは衛宮邸だ。
共闘態勢に入ってからというもの、ここには何騎ものサーヴァントが自然と足を運ぶようになっていた。
敵としてではなく、互いの力量を高め合うための鍛錬や情報交換の場として機能し始めているらしい。
屋敷へ近づくにつれ、剣道場の方角から乾いた音が耳に届く。
竹刀同士が激しく打ち合わされる鋭い衝突音。その一撃一撃に込められた気迫だけで、相手が並の剣士ではないことが伝わってきた。
既に先客がいるようだ。
「ハッ!」
「セイッ!」
掛け声と共に響く一閃。
道場へ視線を向ければ、向かい合っているのはアルトリアと義仲だった。
手にしているのはあくまで竹刀。しかし、それを振るう二人は共に英霊の中でも剣士として頂点に近い存在である。
踏み込みは疾風のように鋭く、振り下ろされる一撃は竹刀とは思えぬほど重い。
互いに一歩も譲らず、斬り結び、受け流し、間合いを奪い合うその攻防は、木剣による稽古というより、真剣勝負を寸前で寸止めしているような緊迫感が漂っていた。
その傍らでは士郎君が腕を組みながら真剣な眼差しでその立ち合いを観察している。
恐らくは一つ一つの太刀筋を自分の中へ落とし込もうとしているのだろう。
やがて幾度となく打ち合いを重ねた末━━
バキィッ!!
甲高い破砕音と共に、二人の竹刀がほぼ同時に砕け散った。
飛び散った竹片が床を跳ねる。
元よりサーヴァント同士の打ち合いだ。
いかに竹刀とはいえ、一振りの木材で英霊同士の膂力と技量を受け止め続けられるはずもない。
むしろここまで耐えたことを褒めるべきなのだろう。
互いに残った柄だけを見つめ、小さく息を吐く。
「やはり貴殿の太刀筋は素晴らしい」
義仲が感嘆を隠さず口にする。
するとアルトリアも静かに頷いた。
「そちらこそ。凄まじき読みだ。中盤で放った初見の技を完璧に見切る剣士など、そうはいない」
どちらの声音にも敵意はなく、純粋な敬意だけがあった。
同じセイバークラス。
剣を極めんとする精神性が近いからだろうか。二人の相性は思っていた以上に良好らしい。
互いの技を認め合い、高め合う好敵手という空気が自然と出来上がっている。
ちなみに義仲の見た目は、いつもの重厚な白い鎧姿ではない。
肩当てや籠手などを所々パージした比較的軽装な格好となっており、遠目には防具を身につけた剣道経験者にも見える程度だ。
もっとも、霊体化できるとはいえ、現代で常時鎧武者の格好をして歩けば不審者一直線である。
最低限、人目につく可能性を考慮しているのだろう。
そして今は面頬も兜も外している。そういえば、義仲の素顔を見るのはこれが初めてだったか。
鋭い眼光には歴戦の武人らしい迫力がある一方で、その顔立ちは意外にも若々しい。
見た目だけなら二十代半ばといったところか。
そんなことを考えていると、こちらの気配に気付いた義仲が振り返った。
「マスターか」
「ああ、お疲れさん。魔力の補充は必要か?」
「いや、問題ない‥‥‥が、やはり少し頂こうか」
「あいよ」
遠隔でパスを通し、義仲へ魔力を送り込む。
義仲はランクEXの単独行動を有しているため、宝具でも使用しない限り魔力消費はほとんど発生しない。
だが、どれほど燃費が良くともサーヴァントである以上、現界しているだけで魔力は少しずつ漏洩していく。
その減少分を定期的に補うのも、マスターとしての仕事だ。
義仲は静かに目を閉じ、流れ込む魔力を確認すると満足そうに頷いた。
「十分だ」
「そりゃ良かった」
俺はそのまま視線を士郎君たちへ向ける。
「どうだい士郎君たち。魔力の回りの方は?」
「今までと違って、こう何と言うか‥‥‥イメージしやすくなったというか、体が軽くなりました」
「私の方も従来のサーヴァントのように、パスを通して十分な魔力が行き渡っています」
今の会話から分かるように、俺は自身の魔術刻印の一部を士郎君へ分け与えている。
その影響なのか、士郎君の歪だった魔術回路は以前より正常に近い形で開くようになったらしい。
さらに魔力効率変換器の効果も相まって、以前とは比べ物にならない低燃費で魔術を行使できるようになり、アルトリアへも十分な魔力供給が可能になった。
これなら原作のように魔力不足が原因でセイバーが退去する、といった最悪の事態はまず起こらないだろう。
余談だが、魔術刻印を飲ませた時のやり取りは実に愉快だった。
『とりあえず、これを二人*2とも飲んで。さすがに毒ではないから』
『うーん‥‥‥無味ね。これ何?』
『俺の魔術刻印の一部』
『ぶぅーーーッ!!??』
『ま、魔術刻印!? い、いいのか!? 魔術刻印って、その魔術師の家系では大切な物なんだろ!?』
『そうだけど、俺の物は特殊でね。正確には魔術刻印っていう名称だけど、実際は変異した魔術回路なんだけど━━』
その後は、俺の魔術刻印がどれほど規格外の性能を持っているのかを一通り説明した。
遠巻きに聞いていたサクラやイリヤまで目を丸くして驚いていたのを覚えている。
もっとも、便宜上「魔術刻印」と呼んではいるが、相良家に代々受け継がれてきた本来の魔術刻印は別に俺の体内へ継承されている。
俺が配布しているのは、相良豹馬の代で突然変異的に生まれた、魔術回路という名の
つまり家として継承すべき魔術刻印とは完全に別物であり、俺個人が所有する追加回路に過ぎない。
だから、それを誰へ渡そうと渡すまいと、俺の自由なのである。
さて、これは荒療治になる。
だが、今この場で伝えなければならない。
アルトリアが抱え続けてきた願いは、この先へ進むためには捨てなければならない願いなのだから。
「それで、用っていうのは‥‥‥?」
打ち合いを終えたアルトリアが、汗一つかいていない穏やかな表情のまま俺へ視線を向ける。
その隣では士郎君も何事かと首を傾げ、義仲も腕を組んだまま静かに耳を傾けていた。
「うん。主に
「私に、ですか?」
意外そうに目を瞬かせるアルトリア。
自分が呼ばれた理由に心当たりがないらしく、僅かに困惑した色が浮かぶ。
「そそ。もっと正確に言えば、説明するのは俺じゃない。こういう話は専門家が一番だからね。メタンヌ、出番だぞ」
「えぇーーー」
返ってきたのは、案の定やる気の欠片もない声だった。
てくてく、と気の抜けた足取りでこちらへ歩いてくるメタンヌ。
肩を落とし、欠伸でもしそうな表情を浮かべるその姿は、どう見ても世界を管理する高位存在には見えない。
最初に会った時など、士郎君たちはあの厳正荘厳なメタトロンがこんな怠惰な少女へ変化したことに、しばらく言葉を失っていたほどだ。
まあ、その気持ちは分かる。
今では見慣れてしまったもんだ。
もっとも、今からやることは極めて単純。
アルトリアが胸に抱き続けてきた願い。
その幻想を、この場で終わらせる。
「はぁ‥‥‥私が説明するのー? こういう真面目な話って疲れるんだけどなぁ。
「無理。途中で俺が余計な例え話始めるから」
「否定できないのがまた何とも‥‥‥」
肩を竦めたメタンヌは、小さく息を吐くとアルトリアの前へ歩み出た。
「あの、私に要件とは何でしょうか。そこまで改まって話されるとなると、少し身構えてしまうのですが」
アルトリアも自然と姿勢を正す。
その瞬間だった。
先程まで漂っていた気怠さが霧散する。
空気が変わる。
少女の纏う気配が、一瞬で天上の裁定者へと変貌した。
「━━では、抑止力の一端として、一人の騎士へ謝罪を、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。汝の願いは、いかなる聖杯を用いたとしても叶うことはありません」
静かな、それでいて場の全員を圧する声。
碧眼が真っ直ぐ見返す。
静寂が落ちた。
風の音すら止まったような錯覚。
誰も口を開けない。
それほどまでに、その一言は重かった。
「━━っ!?」
最初に反応したのはアルトリアだった。
息を呑み、目を見開き、信じられないという表情でメタンヌを見つめ返す。
「ど、どういうことですか、ルーラー。私の願いが叶わないとは、一体どういう意味なのですか。聖杯は万能の願望機ではなかったのですか?」
動揺は隠し切れていない。
それでも必死に冷静さを保とうとする姿勢は、流石は騎士王と言うべきか。
メタンヌはそんな彼女を真っ直ぐ見つめたまま、淡々と言葉を続ける。
「貴女の願い━━『選定の剣を引き抜かなかったことにする』、あるいは『ブリテンを救済する』。そのどちらであろうと、冬木の聖杯では不可能です。いえ、正確には主の聖杯を用いたとしても、その結果だけは覆せません」
「なぜですか。何故、そのように断言できるのです」
「理由は極めて単純です」
そこで一拍置き、メタンヌは静かに告げた。
「既に『ブリテンは滅亡した』という歴史が、人理定礎として確立しているからです」
「━━人理、定礎?」
聞き慣れない単語にアルトリアだけではなく、士郎や遠くから聞いてた義仲も僅かに眉をひそめる。
まぁこれはロードレベルの魔術師でようやく知ってる情報で俺も二世経由で聞いたことがある程度の話だ。
「分かりやすく言えば、人類史を一定周期ごとに固定する仕組みです。無数に存在する可能性の中から、人類が歩むべき歴史を一本に定着させる節目。その固定が終わった出来事は、余程のことがない限り覆ることはありません。花の魔術師から既に説明を受けているものだと思っていましたが‥‥‥その様子では聞かされていなかったようですね」
「‥‥‥。」
アルトリアは黙ったまま視線を伏せる。
どうやら図星らしい。
「全く、あの冠位魔術師も肝心なところでは仕事をしていただきたいものです」などと呟きながらいつの間にか完全に委員長モードへ移行していた。
やっぱり怠惰モードでは真面目な説明は無理だったか。
「仮に貴女が聖杯へ『こういう過程を経てブリテンを救済する』と事細かに願ったとしても、人理定礎が存在する以上、歴史は必ず修正されます。どれほど過程を変えようと、『アルトリア・ペンドラゴンは聖剣を抜きアーサー王となる』『ブリテンは滅亡する』という二つの転換点だけは、世界そのものが強制的に成立させます」
その言葉に、アルトリアの表情が僅かに曇った。
希望を否定されるというのは、これほど残酷なのか。
俺はそんな彼女を見ながら、改めてこの話を避けて通れなかった理由を胸の中で噛み締めていた。
「待ってくれ」
それまで黙って話を聞いていた士郎君が、考え込むように眉間へ皺を寄せながら一歩前へ出る。
アルトリアの願いを否定するだけの話で終わらせたくない。
そんな焦りにも似た感情が、その表情からはっきりと読み取れた。
「その人理定礎っていうものを破壊したり、内容そのものを書き換えたりすることは出来ないのか? もしそれが出来るなら、セイバーの願いだって叶えられる可能性はあるんじゃないのか」
士郎君らしい発想だった。
出来ない理由ではなく、出来る可能性を探す。
それが衛宮士郎という人間だ。
そして実際、理論だけで言えば間違ってはいない。
特定の人理定礎を書き換える、あるいは破壊することが出来れば、『ブリテン滅亡』という結末そのものを覆すことも不可能ではない。
だが、その"方法"が問題なのだ。
「出来なくはないよ」
メタンヌはあっさりと肯定した。
いつのまにかまた怠惰な人格になっている。
結局これで喋るのか。
その一言にアルトリアが僅かに顔を上げ、士郎も希望を見出したように目を見開く。
しかし次の瞬間、その希望は容赦なく現実へ叩き落される。
「けど、それを実現する方法が現実的じゃない。極端な話をすれば、エクストラクラスのビーストによる人理災害を利用するか、あるいは魔法使い級の技量と能力を持った根源接続者を用意するか。そのどちらかになるね」
「しかも前者は、人理そのものへ干渉する規模の災厄になる。下手したら死者は万単位、いや、それ以上だ。願い一つ叶えるために世界を滅茶苦茶にするような真似になる」
「そんな‥‥‥」
士郎君は言葉を失った。
アルトリアも何も言えず、ただ静かに拳を握り締めている。
それを見ながら、俺は以前メタンヌから聞かされた話を思い出していた。
かつて東京で行われた聖杯戦争。
そこでセイバーとして召喚されたもう一人のアーサー王。
そして、迷宮で一度だけ出会った、『 』へ接続した少女━━沙条愛歌。
彼女はビーストを利用し、人理そのものを書き換えようとした。
あと一歩で成功しかけたその計画を止めたのは、他ならぬアーサー本人だった。
願いよりも未来を選び、自ら過去を捨て去った彼は、暴走機関車のように止まらなくなっていた沙条愛歌へ剣を振るい、人理を守り抜いたという。
願いを叶える方法は存在する。
だが、それは願いを叶えて良い方法ではない。
だからこそ、この話には意味がある。
しばらくの沈黙が場を支配した。
誰も口を開けない。
重苦しい空気だけがゆっくりと流れていく。
やがて、俯いたままだったアルトリアが、小さく声を漏らした。
「では‥‥‥私が世界と交わした契約は、一体何だったというのですか。私は、あの時、確かに聖杯を得られると信じて契約を交わしました」
その声には怒りはない。
ただ、積み重ねてきた信念が音を立てて崩れていくような、深い喪失だけが滲んでいた。
メタンヌはそんな彼女を静かに見つめ返す。
「元より、抑止力がアーサー王という英雄を駒として利用するために差し出した悪魔の誘いだね」
その口調は冷静だった。
だからこそ、その内容は残酷だった。
「世界は汝ほど優秀な英雄をただ一
「言っちゃ悪いが詐欺でしかないな。そもそもアーサー王、いや、円卓の騎士のほとんどに言えたことだが、
「なっ!?」
アルトリアの表情が初めて大きく崩れた。
「そんな話は聞いたことがありません‥‥‥!」
「だろうな。円卓の騎士のほとんどには聖杯探索の逸話から聖杯戦争に勝ったとしても聖杯は手に入れられないという呪いが隠しステータスで付与されてるから己とそのマスターは気づくことはないだろうし」
俺の世界では既にサーヴァントシステムの解析もかなり進んでいる。
その中でも『聖杯探索の呪い』は有名な隠しスキルだ。
このスキルを持つサーヴァントは、聖杯戦争に勝利しても聖杯を得られない上、ランクが高ければ高いほど、そのマスターまでも聖杯へ辿り着けなくなる可能性が高まる。
しかも隠しステータスである以上、通常では閲覧不可能。
確認できるのはルーラーのような特殊権限を持つ者か、全ステータスを完全開示する能力を持つ特殊なサーヴァントだけだ。
だから現在では、円卓の騎士は
ちなみにここで言う例外というのはパーシヴァル、ギャラハッド、ボールスの聖杯探索組である。
彼らは聖杯の加護というスキルのおかげでその呪いが付与されてないどころか聖杯戦争で9割勝利して聖杯を手に入れている。
「君はカムランと聖杯戦争を何度も行き来している。それ自体が既に、抑止力の駒として扱われている何よりの証拠ではないの?」
「呼び掛けに応じて現界する聖杯戦争は、どれも何らかの異常事態を抱えている。つまり抑止力が介入する案件ばかりってことだ。なら契約で縛った君へ『聖杯』という餌をぶら下げながら、守護者の仕事をさせ続けてる━━そう考えるのが一番自然なんだよ」
追撃の手は緩めない。
申し訳ないとは思う。
だが、ここで決着を付けなければならない。
原作では聖杯が汚染され、願いそのものが実現不可能だった。
さらに衛宮士郎という、過去より未来を選ばせてくれる存在がいたからこそ、アルトリアは願いを手放せた。
しかし今は違う。
聖杯の汚染は除去できる。
願いが叶うかもしれないという希望が残っている。
だからこそ、この幻想だけは今ここで断ち切らなければならない。
俺はアルトリアを真っ直ぐ見据えた。
「━━この事実を全て知った上で、それでも聞く」
「君の願いは何だ、アルトリア・ペンドラゴン」
「私は‥‥‥」
「はぁ‥‥‥まさかアーサー王の始まりが、ああいう結末だったとはね」
しみじみとした口調でそう零したメタンヌは、衛宮邸の軒下へちょこんと腰を下ろし、膝を抱えるように座り込んでいた。
夏の風が庭木を揺らし、遠くからは竹刀を打ち合う乾いた音や、誰かが話している声が微かに聞こえてくる。
そんな穏やかな空気の中、俺も壁へ背を預けながら隣へ腰を下ろした。
「会ったことがあるのか? どこかの聖杯戦争で」
「聖杯戦争っていうよりは、
「へぇ‥‥‥意外だな。カルデアってもっと顔を合わせる機会が多いもんだと思ってた」
「人数が人数だからねぇ。とはいえ、物語を終えた後だったからなのか、それとも既に自分なりの答えへ辿り着いていたからなのか、彼女は凄く印象に残ってる。あの時見た彼女はもう迷ってなかった。騎士王としても、一人の剣の英雄としても完成されていて、カルデアでもかなり注目されてたよ。まぁ、なぜか円卓を囲めるくらい同じ顔がいたんだけど」
「…………」
「…………」
「それは聞かなかったことにしておく」
「その方がいいよ。私も深く考えるのをやめたし」
カルデアって何なんだろう。
考えれば考えるほど訳が分からなくなる。
同一人物が何人もいる時点で、前世の常識なんてとっくに投げ捨てるべきなんだろうな。
「そういやさ、メタンヌって、
「‥‥‥どうしてそう思ったの?」
唐突に話が変わってしまったが、俺は何となく前から気になっていたことを口にする。
瞬間、僅かに笑みが消える。
ほんの一瞬、本当に一瞬だけだったが、普段の気怠げな雰囲気が揺らいだ。
「いや、
「あちゃー‥‥‥そんなに分かりやすかった?」
「かなり」
「隠すつもりだったんだけどなぁ」
困ったように頭を掻くメタンヌ。
そう言えば、こいつ自身の過去について聞くのはこれが初めてかもしれない。
「私の懺悔聞いてくれる?」
「構わんけど、神って懺悔するのか?」
「感情を持ってるからね。後こう見えて前世は
「そう言えばそうだったな」
内容はかつて、自らがメタトロンとして顕現した特異点。そこで裁定者として
その裁定には、そもそも正当性も前提も存在していなかったこと。
裁定者でありながら私情を挟み、人類を見捨て、公私混同とも言える判断を重ねたこと。
そして何より、その裁定を彼ら━━特に彼、あるいは彼女へ下してしまったことを今でも後悔していること。
「最初から滅ぶ予定だった世界を滅ぼすよう誘導されて、その責任まで全部背負わされてさ。人理から異聞帯を切除しろって推奨されて、その通りにしただけの相手に機械のように裁定を下した。そんな資格、本当は私にはなかったんだよ」
自嘲気味に笑うメタンヌ。
その声音はどこまでも静かだった。
怒りでもなく、悲しみでもない。
ただ、自分自身への失望だけが滲んでいる。
そう言って笑うその顔は、少しだけ寂しそうだった。
怠惰な態度ではあるが、相当後悔してるんだなと思ってしまう。
メタンヌが好きそうな法律で言うと日本の刑法第39条や刑法第66条などが争点になりうる可能性の高い裁判だが、責任能力の有無や減刑以前に、そもそも裁判そのものの正当性が成立していない。
つまるところ公平性など欠片もない、ただの茶番だったと言っていい。
「ま、とは言っても過ぎたことだから。今さらどうこう言っても時間は戻らないし。後悔はしてるけど、それを引きずって前へ進めなくなるほどでもないよ」
「そうか。なら俺がとやかく言う義理もないか」
前世でFGOを遊んでいたなら何か言えたのかもしれない。
だが、生憎俺は詳しい経緯を知らない。
中途半端な知識で慰める方が失礼だろう。
‥‥‥今度、少し高めの洋菓子でも買ってやるか。
甘い物を食ってる時のこいつは機嫌がいいし。
「それで、こんな話を聞いてた目的は何、
「いやなに、つい声が聞こえたものでな。それと、その名で呼ぶのはルーラーであれ止めてもらいたいのだが」
空気が僅かに揺らぐ。
霊体化を解くように姿を現したのは、凛の嬢ちゃんのサーヴァント━━アーチャー。
つまりは正義の味方を目指し続けた末に辿り着いた、衛宮士郎の未来の姿である。
ここに凛の嬢ちゃんが来ていることは知っていたから、近くに潜んでいるだろうとは思っていた。
どうやら、こちらの会話を聞いていたらしい。
「はぁ‥‥‥分かった。それで、わざわざ私に何か聞きたいことでも?」
メタンヌは肩を落としながらも、すぐに気持ちを切り替えて問い返す。
丁度いい。
元々このアーチャーには声を掛ける予定だった。
そこへメタンヌが自然な形で話題を振ってくれたのだから、むしろ手間が省けたと言える。
俺は念話で一部の台詞をメタンヌへ送る。
彼女は一瞬だけこちらへ視線を向け、小さく頷いた。
どうやら理解してくれたようだ。
「念のために言っておくけど、この世界で衛宮士郎という人物を殺しても、汝は消えないよ」
「そうか」
返ってきたのは、あまりにも淡白な返事だった。
驚きも、落胆もない。
恐らく、その可能性は以前から理解していたのだろう。
英霊となった以上、過去を変えた程度で自分という存在が消えるほど因果は単純ではない。
だからこそ、その事実を聞かされても表情一つ変えなかった。
そこでメタンヌは人差し指を一本立てる。
「だけど、そうだねぇ‥‥‥ある条件に従うのであれば、衛宮士郎と戦う会場を後先響かないように用意してもいいよ」
「‥‥‥なに?」
その一言で十分だった。
釣れた。
本当に興味がないのなら、この場で断るか、それとも話を打ち切るような返答をしている。
だが、再び問い返した。
つまり、その提案を聞く価値があると判断したということだ。
ならば、もう応じるしかない。
「条件は二つ。衛宮士郎を殺害するのであれば、彼の心を折ってからにすること。そして、一方的な有利を作らないため、戦場は汝の
「もし、その条件を破った場合は?」
「当然、介入するよ」
先ほどまでの軽い口調とは違う。
大天使として契約を司る者の声音だった。
「大天使の前で契約を破ったら、当然ペナルティもつくから」
有無を言わせない断定。
そこに交渉の余地は存在しない。
アーチャー━━いや、エミヤは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
この条件では、どう頑張っても衛宮士郎はまず死なないからだ。
俺がやろうとしていることは、万が一にも余計なバタフライエフェクトが発生した際の保険だ。
UBW√のフラグを一部起こすことでフラグ管理をすることが今回の目的だ。
悪く思うなよ、エミヤ。
こっちは、お前自身が過去に積み上げた
世界終焉なんていう、誰一人得をしない結末だけは避けなきゃならない。
しばしの沈黙。
庭を吹き抜ける風だけが静かに流れ、誰も口を開かない時間が続いた。
やがて、エミヤは小さく息を吐く。
「‥‥‥仕方あるまいか。いいだろう。その条件を呑もう」
観念したように目を閉じると、静かに言葉を告げた。
そう答えるしか、エミヤには選択肢がない。
万が一、億が一にも衛宮士郎を殺せる機会が得られるのであれば、彼は必ずその可能性へ賭ける。
いや、それ以上に━━この機会を逃せば、次に同じ条件で士郎と相対できる保証などどこにもない。
だからこそ、どれほど条件付きでではいえ、彼には受け入れる以外の道は残されていない。
・ワルキューレ
召喚者によって選出される個体が違うため、今回は高位神霊が召喚した影響で藤丸と縁を結んだ三姉妹とは別個体の姉妹が選出。
アサシンとランサーの二重召喚だったため夏霊基の銃が同時に引っ張ってこれたが、真名解放はできないただのカスタム銃。魔弾や対応弾丸も魔力ではなく自腹(money)で買わないといけないし、射撃能力も高いわけでもない。
型月設定にワルキューレ関連を整合させるとランドグリーズ、ヴァルトラウテは四女、つまりオルトリンデ(本来は五女)の同期に当たるっぽいんですよね。
ちなみに各々の(姿の)参考元はというと、
ランドグリーズ…終ワル
ヴァルトラウテ…鎌池先生(とある作者)の『ヴァルトラウテさんの婚活事情』
ヘルムヴィーゲ…神姫覚醒メルティメイデン
クンドリー=(最初の世が)ワルキューレ だとするとオーディンが何らかの理由で感情を与えていたとかいう面白設定がありそうだなと思いオリジナル設定として入れてみました。
たまに口調が崩れるのもオリジナル設定。
人理定礎云々の話については割愛を。
そしてメタンヌは奏章Ⅳの一件を後悔してますが引きずっては無いです。
過去は過去だからと割り切ってます。
余談ですがメタンヌが相良君に甘いのは別に甘いのではなくただ他の裁定者みたく少しは主のことも聖杯戦争のルールも考えずに(ある程度)ハメを外したい=マスターと契約して色々する という人間っぽい理由です。
最後にエミヤへの行動は牽制と下手なことをするのを防ぐためですね。
間違っても士郎を殺されると主人公不在で変な方向に物語りが進む可能性があるので。