「迷宮」入りの「探偵」だなんて、冗談だろう。

俺はただの、死体(たから)拾いなんだから

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世の中にはプロバビリティの犯罪というものがございます


Detecteve in Dungeons

 モルグは悲鳴で目を覚ました。迷宮内部に作られた安全拠点。ソロの冒険者も、熟練パーティも等しく使用している小さな村だ。誰かが大声をあげれば全体に伝わるのは間違いないだろう。枕元に居た小さな蜘蛛を手のひらで潰して起き上がる。個人用テントの入り口は閉じられたままだ。外の様子は伺い知れない。体内時計は夜明け頃を伝えている。朝の早い冒険者なら起きてきているだろうが、モルグはまだ眠っている時間だった。

 眠気が強い、咄嗟に戦闘態勢に移れなかったことを恥じたが、すぐにどうでも良いと思い直した。この拠点に居る冒険者は自分より腕が立つ。どうせ、誰かが対処するだろう。それより面倒事に関わりたくない気持ちの方が強かった。

 足音が騒がしくなる。もう一度眠りにつくには目が冴えてしまった。泥のように重い体を壁に押し当てて、耳をそばだてる。だが、事件のあった場所はここから遠いようで、誰かが怒鳴り声で指示を出していることしか分からなかった。諦めて再び体を横にする。

 

 しばらくすれば静かになるだろう。彼の予想は外れ、いつまでも声は途切れることが無い。それどころか、足音が一つ、こちらに向かって近づいてきていることが分かる。眠った振りで誤魔化そう。彼は目を瞑る。

 

「おい、起きているだろモルグ。出てこい」

 

 了承も取らず、テントの幕があげられた。金属鎧を着たプラチナブロンドの髪の女性がモルグを見下ろしている。拠点のリーダー役であるライヘンだ。女性ながらモルグより頭一つ分大きい体で、なおも狸寝入りを続けるモルグの胸倉を掴んで叩き起こす。

 

「眠っているわけではないだろう。たとえそうでも今起きた筈だ。そうでないなら次は床に叩きつける」

「分かりました分かりました。あんたに叩きつけられたら骨が折れる程度じゃ済まないよ」

 

 観念したモルグは目を開いた。彼女の翡翠の目が鋭く彼を睨みつけている。

 

「……なんですかライヘンさん。騒がしいけれど、自分に関係は無いでしょう」

「ここに居る限り、全員パーティだと思え。とにかく起きろ、ついてこい」

「説明は」

「後でやってやる」

 

 時間が惜しいようには見えない。説明が面倒だから、とりあえず身柄だけ確保したいといった様子だ。これ以上問答したところで、殴られるか、死体袋のように引きずられるだけだろう。

 

「分かりましたよ。逃げませんから、手を放してください」

 

 そう判断したモルグは、白旗代わりに両手を上げた。解放されると頭の後ろに手を組んで、連行される罪人のようにライヘンの背中についていく。

 

 テントを出ると、ライヘンの様子をうかがってついてきていたのだろう冒険者たちが、モルグの顔を見て嫌悪感をあらわにする。

 

「タカラ拾いだ」

「くそ、なんで今更出てきた」

「ライヘンさんには何か考えがあるのか」

「気持ち悪い」

 

 聞かれることも気にしない、むしろわざと聞こえるような声量で罵倒する声に、ライヘンはちらりと振り返るのみ。モルグに至っては松明が弾ける音の方が気を引いている様子だ。

 整備されてはいても迷宮の中。がたついた道を歩く。目的地はすぐに分かった。冒険者が蠅のように群がっていたからだ。珍しいのは、何人か道の脇で嘔吐していたことだった。少なくともモンスターによる敵襲では無かったらしい、しかし、良いことでも無さそうだ。そもそも、自分が呼び出されたのだから、良いことであるわけがないとモルグは自分の役職を思い出して自嘲する。何より、嗅ぎなれた匂いがそれを証明している。

 最終的に辿り着いたテント。モルグのテントとは対照的に、ライヘンは控えめに幕をつまんだ。これでは外から中を眺めることは出来ない。入れとばかりに顎でモルグを促す。

 

「そういうの、先に入るもんじゃないんですか」

「あたしはもう見たからな。無いとは思うが中で吐くなよ」

「何を見せられるんですか俺は」

「見れば分かる」

 

 意地でも言葉で説明するつもりは無いらしい。観念して中に入ると、一人の男が横たわっていた。

 

「……うわ」

 

 モルグは顔をしかめる。無意識のうちに両掌を合わせていた。彼のルーティーンだった。それから、嘔吐者が出るのも仕方が無いと納得した。

 

「オタカラですか」

 

 オタカラとは、冒険者の死体を示す隠語である。装備していた武器や防具、換金できなかった戦利品。同業者にとって宝の山と変わりないことからそう呼ばれる。

 

 つまりこの男は既に息絶えていた。麻布の服を着ているが、その腹部が不自然に凹んでいる。モルグはそっと服の裾を捲った。

 男の腹には何も無かった。空洞、というべきだろうか。本来ならばたくましい腹筋で守られている筈の男の体はぽっかりと穴が空いていて、背中を通してテントの灰色の床が見える。その過程にあるはずの、胃や腸といった内臓はきれいさっぱり消えていた。骨だけが残っている状態は一種の悪趣味なオブジェにも思える。

 

「誰が持ち帰ってきたんです?」

 

 モンスターに襲われて、食い荒らされたのだろう。モルグはそう判断した。誰だか判別できる状態で戻ってきたのは幸運と言っても良い。遅れて入ってきたライヘンに尋ねると、舌打ちが返ってくる。

 

「この場に居るタカラ拾いはお前だけだ」

「そんな。モンスターに襲われたわけじゃないんですか」

「ここにモンスターは出て来てないし、こいつも冒険に出た記録はない。間違いなく、こいつはここで死んだ。最初の発見者はこいつとパーティを組んでた魔法使いだ。いつものように朝起こしに来たらこの有様だったらしい」

 

 目を覚ました時の悲鳴はそれだったのだろう。眠りぼけた知り合いを起こすつもりだったのに、体の三分の一を失った死体を見せられたのだ。不意打ちであればあるこそ衝撃は凄まじいだろう。

 

「それじゃあ、なんで俺はこれを見せられたんですか」

「死体の専門家だろ。調べろ」

「なんで俺が」

「別に、お前が下手人になっても良いんだったら調べなくても良いぞ」

 

 ライヘンは鼻を鳴らして首を切る動作で答える。

 

 冒険者同士による刃傷沙汰は大罪だ。それが殺人にまで至ったのであれば、死罪は免れないであろう。それでもまだ迷宮を探索している最中であれば、モンスターに罪を押し付けることもできるだろう。モルグが拾ってきた中にも、明らかに人間によって殺されたような死体はあった。深入りすることはしない。誰にとっても、悲しい事故として終わらせてしまった方が都合が良いからだ。

 だが、事実として死体はここにある。モンスターの仕業ではなく、人間の仕業に思える形で残ってしまっている。安全拠点という閉鎖空間であればこそ、その疑心暗鬼は容易に彼らの心を蝕むだろう。たとえそれがまやかしであったとしても、犯人が居なければ彼らの心は休まらない。

 

「俺を生贄にしようってことですか」

「身の潔白を証明するチャンスをやろうって言うんだ。あたしが何か言わなくたって、槍玉にあげられるのはお前だ。タカラ拾いなんて嫌われこそすれ、好かれはしないからな」

「……そりゃそうですけど」

 

 迷宮に潜り、モンスターを討伐し、財宝や素材を持ち帰る華やかな冒険者。それと違い、タカラ拾いが持ち帰るのは死体(たからのやま)だけだ。息を潜めてモンスターの目をかいくぐり、志半ばで散った冒険者の亡骸を回収する。きれいな形で残っていなくても骨と鉄製のタグさえ回収できればギルドで引き取ってもらえる。運良く荷物が残っていれば銀蠅したところで誰にも分からない。そうやって人の不幸を飯の種にするのがタカラ拾いだ。

 当然冒険者からすれば不吉の象徴であり、汚らわしいものだ。まだこうやって会話してくれるライヘンは好意的な方だと、モルグも分かっている。

 

 これが冒険者による殺人だと認められた時、モルグを庇う人間は誰も居ない。

 

「それとも見なかったことにして眠るか? お前に倣って手くらいは合わせてやるが」

「……もう少し詳しく見てみます。犠牲者の情報を聞いても?」

 

 モルグは両手に浄化魔法をかける。聖職者が居ればもっと高等な奇跡で身を守れるのだろうが、信徒ではない彼は聞きかじりの魔術で穢れから身を守るしかない。

 

「犠牲者の名前はエドガー。ジョブは戦士で登録されている。同じ戦士のアラン、魔法使いのポーとパーティを組んでいた。最後に冒険に出たのは三日前。その時点で異変は見られなかったそうだ」

「最後に目撃されたのは?」

「昨晩だ。不眠だったらしく、魔法使いに睡眠魔法をかけてもらっていたそうだ」

「それじゃあ、半日も経たない間に殺されたってことですか」

 

 躊躇なく腹部の空洞に手を入れる。骨はきれいな形で残っていた。外も内も外傷一つ無い。これは実に奇妙なことだった。襲い来る相手に対して抵抗したり、苦痛を誤魔化す為肌をかきむしったり。死体というのは傷だらけになっているものだ。しかし、こうも傷が無いと、はらわたをくり貫かれている間、身じろぎすらしなかったことになる。睡眠魔法で深い眠りに掛かっていたとはいえ、一切苦痛を感じなかったなんてことがあるだろうか。

 

「……腹だけじゃないな。心臓、肺、全部無い。犯人は随分几帳面な性格ですね。でも、どうしてこんなことをしたのかさっぱり分からない」

「禁忌魔法を使う輩が死体を素材にするって話は聞いたことがあるが」

「奴らだったら死体も残りませんよ。皮も爪もなんだって使うし、なんなら五体満足な死体は丸々死霊術に使える。中身だけ抜きとるなんて、こんなもったいないことはしない」

「詳しいな」

「あの手の輩にはよく声をかけられますから」

「ほう?」

「……それ以上は知りませんよ。あんまり好きじゃないんで。それに今のこととは関係ない」

 

 言い訳するようにモルグは言葉を重ねる。禁忌魔法の使い手はそれだけで処罰の対象であり、関わりがあるだけでも国から目を付けられる。モルグは稀に死体の融通を持ちかけられることがあったくらいで、その全てを断っていた。リスクにリターンが見合わない以上に、彼ら自身のことが気に入らなかった。孤児院生まれのモルグからすれば、同郷の仲間の死体を弄ぶ悪趣味な集団でしかなかったからだ。

 

「被害者が何か怨みを買っていたとかは?」

「さあ。ただ、女癖は悪かったらしい。花街で散財するのは珍しくなかったそうだ」

「痴情のもつれ……だったら地上で起きてますね」

「娼婦がわざわざこんなところまで降りてくるなんて想像つかないな」

「こんなことが出来るなら娼婦じゃなくて暗殺者に転職した方が良い」

「暗殺者こそこんな手間はしないだろう。目につく危険性が高まるだけだ」

「おっしゃるとおりで」

 

 ぐっと奥に手を伸ばす。ぐにょりとした嫌な感覚、手足の

筋肉だろう。臓器は丁寧にくり抜いても、肉そのものには興味が無かったのだろうか。

 

「やっぱり人間の仕業には見えないっすよ。仮に殺すとして、こんなことする理由が無い」

「じゃあモンスターが出て来て食い散らかしたって言うのか?」

「モンスターだったらこんなきれいにならないんですよね。内臓だけ喰うにしてももっと乱暴だ。奴らはナイフとフォークの使い方なんて分からない。しかも傷口から見えない胸の方まで残さず食べようなんて殊勝な心掛けをしているわけがない。これじゃまるで内側から……」

 

 内側から?

 

 どっと背筋を冷たい汗が伝う。手が震えた。死体を見ても変わらなかった顔色が土気色になる。それは一つの可能性でしか無かった。だが、モルグからすれば全ての事象に説明がつけられる答えでもあった。もし、推測が正しければ次の犠牲者は自分かもしれない。反射的に自分の腹部に手を当てた。荒い呼吸で横隔膜が上下する。食道を胃液が上ってきたことに安堵した。まだ胃は残っているという事なのだから。

 

「ライヘンさん」

「どうだ、何か分かったか」

「モンスターに詳しい人ってここに誰か居ますか? 冒険者というより、研究者畑の。いや、薬師でも良い」

「うん? だからモンスターは目撃されてないって言っただろうが」

「勘違いかもしれないんですけど、聞きたいことがあるんです。ちょっと、質問してきてもらっても良いですか?」

 

 モルグが告げた質問の内容に、ライヘンの顔は青褪めた。

 

場面転換

 

「お前の言った通りだった」

 

 戻ってきたライヘンは小さな小袋をモルグに向かって投げる。中には赤い丸薬が一つ入っている。遺体の横で待たされていたモルグは、疲れた顔でそれを口に放り込んだ。

 

「ありがとうございます」

「礼はいい。駆虫薬に心得のある薬師が居て助かったな」

 

 全くその通りだ、とモルグは独り言ちる。駆虫薬とは、体内に潜む寄生虫を排除する為の薬だ。普通の冒険者が持ち歩いているものではない。現場で調合できたとしても、全員に行き渡らせてなお余る量でなければ、自分の元には届かなかっただろう。そうすれば、自分の末路はこの死体と同じだ。

 

「蜘蛛が見つかりましたか」

「ああ。少なくない数がな。見つけた奴らは殆ど潰してしまったらしいが、これだけ目撃数があれば間違い無いだろう。次に見つけたら生け捕りにするよう指示を出しておいた」

 

 ふぅ、と息を吐く。おそらく、これで次の被害者が出ることはない。何よりも、身の潔白が証明されたことがモルグに取って有難かった。

 ライヘンがモルグの胸元を叩く。お疲れ様、と言いたいらしい。

 

「それにしても、よく考え着いたな。体内に蜘蛛の卵があったんじゃないか、なんて」

「聞いたことがあったんで」

 

 モンスターの中には、他の生物に卵を産み付ける生態を持ったものもいる。体内で孵化した子は、苗床を食らい外へと出て行く。蜘蛛や蜂、植物型のモンスターなど、種類は多岐に渡る。目覚めの時に自分で潰したあの蜘蛛が居なければ可能性に行きつくことは無かった。

 

「一部の蜘蛛は麻酔毒を持っていて、寄生先が苦痛で暴れることがないようにするそうです。人間に寄生するなんてのは初めて聞きましたが……」

「犠牲者の仲間に聞いたところ、蜘蛛型のモンスターと出会った覚えはないが、三日前の冒険中に、現地でモンスターを狩って食事を摂ったそうだ。その時の獲物に卵が産み付けられていたんだろう」

 

 深い眠りに落ちる睡眠魔法と、異変に対して鈍感にさせる麻酔毒。二つが合わされば、一切の苦痛無く身体を食い荒らされることもあり得ない話では無いだろう。

 そして孵化した子蜘蛛たちはこの拠点を闊歩する。全部を踏みつぶすことは不可能かもしれない。それらがまた繁殖すれば、全滅もあり得る話だった。

 

「現実的な話には思えないですけどね」

「主張したお前が言うか」

 

 たまたま蜘蛛の卵が産み付けられたモンスターを、たまたま冒険者が狩って食糧とした。たまたま蜘蛛の卵が取り除かれず、火を通しても死滅せず、噛み砕かれず胃の中まで届き孵化した。その上、被害者は睡眠魔法で目覚めにくい状態にあった。

 

「偶然にしては出来過ぎですよ。何百回とやったところで一回成立するかも……」

 

 では、もし偶然では無かったら。

 

 モルグの言葉が詰まる。最悪の想像が彼の脳裏を駆け抜けた。もし偶然ではなかったら、或いは結果自体は偶然だとしても。何度も、何度でも、この結果が出るまで繰り返していたとしたら。

 被害者の不眠は慢性的なものだったという。もし今日この悲劇が起こらなかったとして、次の機会に持ち越されてきたとして。彼はきっとその時も同じように眠っていたのではないだろうか。

 

「モルグ」

 

 余程恐ろしい顔をしていたのか。ライヘンが彼の思考を遮る。彼女の表情は珍しく彼を心配する色をしていた。

 

「御苦労だった。これより先は専門家に調査してもらおう」

「……そうですね」

 

 仮に誰かが卵を食事に混入させていたとして、睡眠魔法を強くかけていたとして。それを証明する手段は無い。そして、赤の他人の為にわざわざそれを暴いてやる義理も無い。

 この事件は蜘蛛型のモンスターによる不幸な事故だった。そう言って、迷宮入りにしてしまえば良いのだ。

 

「ねむ……」

 

 そういえば眠っていたところを叩き起こされたのだ。不意に戻ってきた眠気にモルグは大きなあくびをした。


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