そこは物語の先を読むことを諦めてでも、忘れたくない思い出を抱え続けている者達が集まる場所。或いはかつて、忘却の軍勢すら封じてみせた神話の武器に守られた場所。そして、今日はあの日の冒険を懐かしむ者達が訪れる場所。
誰かはそこを『幼き記憶の家』と呼んでいる。
人は節目ごとに過去を懐かしむ生き物だ。
それはきっと『あなた』も例外ではなく、それ故に物語を後にしたはずの彼、或いは彼女は虚構を演じ合う今日この日、この場所を訪れていた。
そして、この場所に限って言えばもしかすると『あなた』よりも珍しいかもしれない人物もそこにいた。
「おや、お久しぶりです。と、同時になんでこんな所に?」
彼女の名前はイトマキ。幽霊を殴れるだけのただの人だった。
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「……なるほど。あの日の冒険を思い返していたらここにいた、と。たしかに、ここはそういう場所ですからね。そういう事もあるでしょう」
そう1人、納得した彼女に対し、『あなた』はなぜイトマキさんもここにいるのだろう?と聞きたそうな目を向けていた。
気配りのできる彼女はその視線に気づいてしっかり答えてくれた。
「それはね!あ、そうだ。せっかく会ったんですからちょっとお話しましょう」
……もっとも、内容はセリフがすっ飛ばされていてよくわからなかったが。
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「謎は謎のままなら誰だって覚えている、そんな話をした事がありましたね?ここに住んでいる人達はそれを本気でやろうとしている人達です。だけど、私が見る限りではうまくいっているように思えませんね。
灰色の男達は、そして忘却は『余計なもの』を無くそうとしました。それは『あなた』達の世界を少しばかりつまらなくさせる事なのだったと思います。……そして、ここに住む人達は結果的に同じことをしてしまっているのです!」
どういう意味?と視線を向ける『あなた』に対し、イトマキさんは話し続ける。
「それは、ここに住んでいる人達はみーんな、過去だけを見て未来を見ることをやめてしまっているからです。たしかに忘却に抗うことはできたんでしょう。だけど、そのために次の物語、次の次の物語を『余計なもの』として向き合う事をやめてしまったのです。彼らにとってそれは悲しむ事ではなく、仕方のない事だったんでしょうね。でも、多分それはもったいないよ!……って誰かさんなら言うと思います。」
……。
「謎は謎のままなら、と今でも思うことはありますが……『あなた』が今でもここを訪れてくれることを思えば、それは世界を続けるための必要条件ではないのでしょうね。少なくとも『あなた』にとってはこの世界はまだまだ謎に満ちているようですから」
『あなた』は、ならこの場所にはあまり訪れない方がいいのかと尋ねたところ、イトマキさんは首を横に振る。
「そんなことは全くないですよ?たしかに、ここに居続けることは空の果てをエンドレスに飛び続けるようなもので、中々大変な事だと思います。ですがたまにくる分にはいいところですよ、ここ。少なくとも、始まることも終わりゆくことも物語だと知っているあなたなら、ここはその彩りに満ちた過程を振り返り懐かしむにはちょうどいい場所でしょう。そして、それは終わりのその先を『そうぞう』するのに必要なことでもあると思いますよ?」
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「そういえば最近、なんだか私は普通の人じゃなくて勇者の仲間だったような気がしてきたんです。ここには……幼き記憶にはなかったものだと思うのですが、いつの間にか増えていて此処の住民達も驚いていたように思います。まぁ、物語はそれを思う人それぞれによって変わるものです。きっと、誰かが私のことをそういう人だと『そうぞう』したんでしょう。どんな内容であれ、思われるというのは悪い気はしませんね」
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「さて、話しすぎてしまいました。そろそろ帰った方がいいですよ。明日も平日なんですから、ってなんですかそんな目を向けて?まだ何かそんなに気になることでもありました?
……ここに私がいた理由を聞けてない?あぁ、すっかり忘れてました。端的に言えばアマシロさんのせいですよ。あの人ったら大事な鍵を何処かに忘れてきちゃったそうなんですよ!しかも『忘れるとは……悲しいことだね……』とかなんとか言ってごまかすんですよ!全くどうしようもない人ですよね!
仕方がないので私が鍵の在処を確かめるためにここに来たわけです。過去の事を確かめるのにここほど便利な場所はありませんからね」
ここってそんな便利なところだっけ……と思う『あなた』だったが、何故だか次第に意識がぼやけてくる。
──夢から醒める時間だ。
「あ、お別れの時間ですか?では、どうかいい現実を。そして、私達があなたの良い夢であれたのなら、なによりです」
どうか、あなたの四月馬鹿が良い夢でありますように。