帝国騎士は、叙任されるとともに、帝室より3つの物を下賜される。
拍車、サーベル、そしてミゼリコルド。
すなわち、馬を駆り、敵を討ち。
そして慈悲の一撃をもってとどめを刺す。
あるいは、帝室に仇なすならば、これで自害せよと。
いずれ買い替えざるを得ないものを、まるで唯一無二の品であるかのように押しいただく。
まあ、しかたない。
この度叙任された129名の騎士の中で、主席となってしまった俺には、皇帝陛下御自ら、サーベルを下賜なされるのだから。
正直、伯爵家の子弟もいる中で、たとえ俺の成績が1番だとしても、そこは高度な政治的判断で、一番家格の高い者が主席となるものではないのか。
いくら伯爵家に次ぐ家格の男爵家であるとはいえ。
実態としては、男爵家の中でもぎりぎり中の下に引っかかっている程度の我がホルツマルク家が、このように皇帝陛下の御恩寵に賜っても良いものなのだろうか。
「汝、フリドゥリク・リキオン・ホルツマルクよ。汝の剣は、何に捧ぐ。」
「我が剣は、帝室と帝国の民に捧ぐ。」
支配者にふさわしい、威厳に満ちた声で俺の名を呼んだ陛下は、俺の返答にうなずくと、抜身のサーベルで、俺の左肩を2度たたく。
帝国では、叙任の際は、武官は左肩、文官は右肩をたたかれる。
騎士は、手綱を握れぬように。
官僚は、ペンを握れぬように。
裏切れば、忠誠を誓ったその腕をそぎ落とすという意味らしい。
「その誓いに恥じぬ騎士となれ、若きホルツマルクよ。」
そう言って、陛下はサーベルを鞘に戻し、俺に手渡す。
改めて押しいただき、立ち上がった。
陛下が腕を広げて宣う。
「新たなる騎士たちの誕生に祝福を!」
帝都、皇居は黒瑪瑙の間。
1000人は入るだろう大広間に、居並ぶ貴族たちの大歓声が響き渡った。
歓声やまぬまま、俺たちは先導する文官に従って広間を出る。
これから、街中を通り、帝都郊外の各駐屯地へと移動する。
帝国を守る騎士たちの、民衆への顔見世もかねて。
案の定、大通りは民衆でいっぱいだ。
常勝不敗の帝国。
その新たな伝説を築く勇士たちに、心からの礼賛を浴びせるために。
未来の英雄に祝福あれ、と。
若き騎士に、神の恩寵あれ、と。
くそったれめ。
俺が配属されるのは、皇翼重装騎士団。
帝国最精鋭にして、大陸最強と謳われる騎士団だ。
曰く、帝国の鉾。
曰く、主神ヴァルドグリムの鉄槌。
曰く、死を招く白き風。
きらびやかな鎧に身を包み、3馬身はあろうかという長大な槍を携え。
轟音を立てて敵陣を貫く破壊の権化。
神の御名のもと、帝国の敵を討ち滅ぼす。
帝国貴族としては、誉なのだろう。
俺からすれば、呪いでしかない。
得られるものは、名誉と誇りのみ。
命の対価は、金貨20枚。
金貨5枚もあれば、平民の一家族が1年帝都で生活できることを考えれば、破格の報酬ではある。
しかし、それが何だというのだ。
帝国は、いずれ世界の敵になる。
攻撃こそが最大の守りという国是。
敵の継戦能力を削ぐために、定期的に隣国への略奪騎行を繰り返している。
反抗的な村に対しては、民の虐殺すらいとわない。
帝国の平穏のためという言葉の裏で、いったいいくつの村が炎の中に消えたことか。
度し難いのは、それを帝国が、皇族や貴族にいたるまで、悪と断じたうえで行っていることだ。
帝国の民を戦禍から遠ざけるため、他国の民を焼く。
それが必要なことはわかる。
理解もしよう。
だが、それを栄誉だなどと思うことはできない。
いずれ弱者の群れが、帝国に牙をむく。
その日が、遠いか近いかだけだ。
ここが皇帝陛下の御前でなければ、俺は苦虫を100ダースほども嚙みつぶしたような顔をしていただろう。
能力が認められたのは、うれしいとは思う。
だが、俺程度など、田舎の男爵領で民と一緒に畑を耕しているくらいがお似合いだ。
「ホルツマルク。」
後ろから、声がかけられた。
テウドリク・ヴァルトリング。
伯爵家の御曹司にして、本年度次席。
文武に優れ、精悍な顔立ちの彼は、俺よりもよほど帝国の騎士にふさわしい。
「ヴァルトリング卿。なにか?」
「貴様、またおかしなことを考えていただろう。」
「はて、顔は見えないはずですが。」
「否定くらいはしろ。貴様の事だ、自分は田舎に引っ込んでいるのがお似合いだとでも思っていたのだろう。」
「事実でしょう。本家であるリキオン伯爵の御意向がなければ、私は今頃、自分の領地で芋でも掘っていましたよ。」
「今は芋の時期ではない。」
そういう問題か?
まあ、そんな妙な生真面目さもふくめて、たびたび突っかかってくるこの御曹司を、俺は好いている。
だからこそ、彼が比較的危険の少ない近衛騎士団に配されたのは喜ばしい。
「だいたい、貴様がそんなだと、貴様に負けた私がみじめであろう。この私を差し置いて主席をとったのだ、私のためにも、堂々と胸を張れ。」
「そんな理不尽な…。」
従騎士時代からいろいろと突っかかってきて、正直うっとおしかったが。
どこか憎めないこの御曹司に、どこか友情めいたものを感じている俺がいる。
育ちの良さもあってか、陰険じみた嫌がらせをしてくることもなかったし。
少なくとも、死んでほしくはないと思っている。
「私は近衛、貴様は皇翼騎士団。所属は違うが、ともに民と皇帝陛下のために働く身だ。顔をあげろ。民が我々を見ているぞ。」
「…まあ、やれるだけはやってみますよ。主席ですから。」
「ほざけ。いつか私が、貴様をこき使ってやるぞ。」
「…楽しみにしてますよ。」
民のためでもなく、皇帝陛下の御ためでもなく。
この男のためにも、少しは頑張ってみようか。
そう思いながら、帝都の高い門をくぐった。