騎行戦術、というものがある。
大きく分けて、軽装騎兵の一団で敵後方に浸透するものと、ある程度の軍勢で敵領地に侵入するものの2つがある。
それぞれ敵補給線の遮断、敵主力の誘引という目的のために実施されるが、どちらも、敵村落から略奪し、経済を破壊するという点において共通している。
前者はレコンキスタ期のスペインにおけるもの、後者は百年戦争時のイングランド軍によるものが有名だろうか。
俺は今、エドワード黒太子さながら、帝国の東に隣接する小国家群の一つに侵入し、村を焼き払っている。
帝国に攻め入る力を蓄えせないために。
帝国に逆らう気力すら持たせないために。
帝国の、民衆を守るために。
帝国の巧妙なところは、略奪を恐れて村を捨てさせないために、不定期に、様々な村を襲うことだ。
土地に根差した農民にとって、その土地を捨てることは、すべてを失うことにつながる。
去年は来なかった、来年も来ないかもしれない――――
その程度の希望であっても、村を捨てさせないためには十分なのだ。
そして略奪騎行の目的は、それだけではない。
食料をはじめとする物資を、他国から奪うことで兵を養うという目的もあるが。
最大の目的は、新兵に人を殺すという経験を植え付けることだ。
正規軍の騎兵を相手に、村人が手向かうことはほとんどない。
それを逆手に、新兵に人を斬る感覚を覚えさせること。
悪を成してでも、帝国を守らなければならぬこと。
それらを身に着けさせる、教育の機会としているのだ。
今回騎行に参加した数百騎のうち、半数以上が新兵や経験の浅い兵だ。
皆、一様に青い顔をして、古参兵に尻を叩かれながら、村人を蹂躙している。
俺も同じような顔をしているのだろう。
血のにおい。
肉の焼けるにおい。
男の叫び声。
女の悲鳴。
子供の泣き声。
無数の屍と怨嗟を糧として、帝国の安寧は築かれている。
「…帝国の礎とやらは、よほど生臭い素材でできているらしいな。」
「おや、坊ちゃん。気分でもお悪くされましたかな?」
思わず口に出していたらしい。
近くにいた古参の平民騎士が声をかけてくる。
坊ちゃん、か。
「卿から見たら、そうだろうな。なにぶん、先日叙任されたばかりだ。」
俺の返しに、おや、という顔をする。
「坊ちゃんと呼ばれて、怒り出さなかった貴族の方は初めてですな。たいがい、怒るか恥じるような顔をされるのに。」
「年が若いのも、経験が浅いのも事実だからな。怒るようなことでもない。」
「未熟であると、お認めになると?」
「伸びしろだらけだ、鍛えがいがあるだろう?」
「はっはっは!面白い方だ。後でおごりますよ。今のうちに存分に吐いておかれるといい。」
そういって離れていった。
気に入られたのだろうか。
まあ、古参兵に気に入られて悪いことはない。
飲みついでに、武勇伝でも聞いておくとしよう。
この時代、誇張は入るとはいえ、口伝は重要な資料だ。
後世のために、日記として記しておいてもいいかもしれないな。
頭で余計なことを考えていても、体は訓練通り正確に動く。
俺もすっかり帝国の狗だ。
やがて、あらかた掃討し終わったのか、撤収のラッパが鳴る。
あちらこちらから、一仕事終えた兵たちが集まってきた。
よろよろと整列する。
訓練でこんな動きをしていたら間違いなくどやされるが、さすがに今日は大目に見られるようだ。
「どいつもこいつも、ひどい顔だな、え?」
先任の百騎長が笑う。
何人かは吐いたのだろう、口元をぬぐっているやつもいる。
「ふむ。すこしはましな面をしてるやつもいるな。」
なんだろう、俺を見ているのだろうか。
はやく終わらせてほしい。
鼻を洗いたいんだ。
「いいか、なれる必要はない。なれる必要はないが、こういうものだと覚えておけ。我々が負ければ、帝国の民がこうなるのだと!」
ハッとしたように、何人かが顔をあげる。
ようやく実感がわいてきたらしい。
負ければ略奪されるのは自分たちだと。
妻も子も、領民すらも。
「今日はこんなものだが、いずれ貴様らも戦場へ出る。その後何人が生き残るかは知らんが、簡単に死ぬなよ。貴様らが死ねば、それだけ民が危険にさらされるのだと思い知れ。いいな!」
「はい!」
「よろしい。ではこれより帰投する。吐きたい者は申告するように。途中の小川で丸洗いにしてやる。」
派手な音を立てて、荷馬車が動き出す。
いくばくかの金品、豆、干し肉など。
すべて奪うことはしない。
いずれ村人には、この地を再建して再び稼いでもらわねばならない。
迎撃の軍が出てくれば、帝国東部の平原におびき寄せ、遅滞戦闘で引きずり回しながら補給線を断つ。
帝国は長年、この戦略で国境を維持してきた。
その一翼を、我が皇翼重装騎士団が担っている。
そこに所属した以上、俺もまた、先達たちと同様の道を歩むのだろう。
帝国の弥栄を担う力への道は、血と鉄によって舗装されているのだ。