「何かさ、私達の出番って少ないよね」
新入生勧誘期間で騒がしい生徒達の声を遠くに聞きながら、屋上で顔を付き合わせて、最近流行りの多人数で協力して巨大な生物を狩るゲームをしていたミルクが画面から目を離さずに唐突にそう言った。
同じようにゲームをプレイしていたココア・リカルド・マッドの3人が、画面から目を離して彼女を見遣る。
「どうしたんだ、急に?」
「いやさ、私達ってただエリちゃん達と一緒に学校に行ってゲームしてるわけじゃなくてさ、エリちゃんが魔族とかに襲われたときに守るのが役目なわけじゃん? だけどここのところ魔族もあまり悪さしなくなったし、そもそもエリちゃん自身が変身しなくてもプリティ☆ベルの魔法を使えるようになってからめっきり出番が減ったなー、と思ってさ」
「あれ? だとしたら、ひょっとして俺達いらなくね?」
「そんなことないよ、兄者。いくらエリちゃんがあれだけの実力があるからって、無闇にプリティ☆ベルの力を奮うわけにもいかないでしょ? 面倒なことになる前に、俺達だけで対処できることは対処しちゃった方が後々楽だからね」
「そうそう。だからこうして私達が近くにいて、不測の事態に備えてるってわけよ」
ココアのその言葉を最後に、4人は再びそれぞれのゲーム画面に注目してプレイをし始めた。
と、ふいにリカルドが、
「そういえばさ、エリちゃんを守るのは良いとして、達也の方は放っておいて良いのか?」
「達也? あれは『二科生のくせに風紀委員になるなんて許せない!』って奴が、みみっちい嫌がらせをしているだけでしょ? 仮にも“戦略級魔法師”の達也が、たかだか学生レベルのなんちゃって魔法師にやられるようなタマじゃないでしょ」
「それもそうか」
そうして再びゲームに没頭するリカルドの隣で、ふふ、とミルクが笑った。
「どうしたの、ミルク? 何か面白いアイテムでも見つかった?」
マッドの問いに、彼女は首を横に振って、
「いや、何ともちょうど良いタイミングで襲われてるな、と思って」
彼女の言葉に、リカルドとマッドは「ああ……」と納得したように呟いた。
それと、ほぼ同時刻。
「2年生同士での喧嘩ですね。分かりました、すぐに向かいます」
無線で生徒同士が喧嘩しているとの連絡を受けた達也は、現場の場所を聞くとすぐさまそこへと向かった。学校の外れに位置するその現場に行くためには、木の生い茂っているちょっとした森の中を通る必要があった。達也は周りに目を配りながら、同年代と比べても速い足でその中を通り抜けようとする。
と、そのとき、木の陰からサイオンの光がちらりと見えた。そちらへ目を向けると、起動式を展開しながらこちらに腕を伸ばす人物の姿が見えた。
――狙いは俺の足元か。地面に穴でも空けるつもりか? 完全に嫌がらせだな……。
達也は心の中で呆れながら、手首に装着した2つのCADを密着させて、例のジャミング魔法を使った。途端に展開式が粉々に砕け散り、魔法は不発に終わる。
するとそいつは、すぐさま達也に背中を向けてその場から逃げ出した。達也は即座に追い掛けようとするが、その瞬間そいつの足が異常に速くなり、達也との距離をみるみる離していった。捕まえようと思えばできないことはないが、少し思うところのあった達也はかなり早い段階でその足を止める。
――今の奴……。
このように突然襲撃を受けたのは、今回が初めてではなかった。
おそらく、二科生でありながら風紀委員となったことによるやっかみだろう。乱闘騒ぎの騒動に乗じて達也に魔法を向けてきたこともあったし、時には後ろから不意打ちのように魔法を向けられることもあった。そしてその度に達也は冷静に対処し、それがますます彼らの反感を買うという悪循環に陥っている。
今回の襲撃も、そのような生徒によるものとして見ることもできた。現に先程の人物は、学校指定のジャージを着用していた。
しかし、達也には妙に引っ掛かるものがあった。先程の人物が急に速くなったのは、おそらく移動魔法と慣性中和魔法を併用した高速移動なのだろうが、それを使った後もそいつの体が揺さぶられる様子が無かった。つまりそれは、高速移動にも耐えうるほどに鍛え上げられていることを意味する。
そしてもう1つ、やけに印象に残る
――俺の記憶が正しければ、あのリストバンドは……。
達也はポケットから携帯端末を取り出し、どこかへ電話を掛けた。数回のコールの後、相手が出る。
『はいはーい。達也、大変だったねー』
その声の主は、ココアだった。
「その口振りからすると、俺が襲われたのは知ってるみたいだな。そいつの気配は分かるか?」
『ん、ちょっと待って……うん、見つけたよ』
何てことないかのように、ココアは平然とそう言った。実際、彼女にとっては何てことないのだろう。
“
元々は天界に所属する天使だったのだが、人間界にて初代プリティ☆ベルである桃地美雪と出会って以来、歴代のプリティ☆ベルをサポートする役目を担っている。ちなみに2代目プリティ☆ベルが目覚めたときに、見解の相違で天界と袂を分かってからは堕天使扱いとなっている。
その能力は名前の通り策敵に特化しており、半径20キロ以内なら相手の能力や敵意の有無まで知ることができ、さらに直接目で見ればそいつが何らかの魔法に掛かっているかすらも分かるという。また敵の位置を把握する能力だけに限って言えば、その効果は半径数千キロとも言われ、正確な範囲は本人ですら分からないほどだ。
「しばらくの間、そいつの行方を追い掛けてみてくれないか?」
『え、達也さん……。いくら襲われたからって、そいつの家を突き止めて家族もろとも報復とか、まじパネェっすわ……』
「そうじゃない。今の奴が、単なる学生とは思えなくてな。ちょっと気になるんだ」
『ふーん。まぁ、別に良いよ。どうせ暇してたし』
「悪いな。それじゃ、頼む」
達也は電話を切ると、自分を襲った犯人が走り去っていった方を睨むように見つめた。
* * *
日が暮れて、すっかり暗くなった頃。
魔法科高校のすぐ近くにあるその建物は、かつてはバイオ燃料を生産する工場だった。しかし経営難にでも陥ったのか、かなり昔に使われなくなって以来ずっと放置されていた。しかし、秘匿技術を取り扱うことの多い場所だっただけに今でもそこらの建物より強固な守りをしており、しかも廃墟ということもあって極端に人の目が行き届きにくい。
そのような場所は、“彼ら”のような存在にとって非常に都合が良かった。
「それで、例の1年生については何か分かったのか?」
「……申し訳ありません。どうやら一科生による嫌がらせを受けているらしく、それに乗じて色々と確かめてみたのですが、どうしても仕組みを知ることができなくて……」
その工場の一室である、おそらく元は生産ラインの中核として様々な機械を置いていたであろうだだっ広い部屋にて、魔法科高校の制服を着て眼鏡を掛けた黒髪の男からの報告を、白衣と長いマフラーを身につけ同じく眼鏡を掛けた茶髪の男が聞いていた。2人の様子からして、おそらく制服の男は白衣の男の部下なのだろう。
「それにしても、高い魔法力やアンティナイトも無しに相手の魔法を無力化する技術か……。社会基盤も揺るがしかねないこの技術を、もしその司波という男が実現していたのだとしたら、これほど“我々”の計画にとって都合の良い存在がいるだろうか……」
「仲間に引き入れられれば、これほど心強いことはないのですが……」
「ふむ、確かに……」
制服の男の言葉に、白衣の男は少し考える素振りをして、
「そういえば、“おまえのクラブ”には壬生紗耶香がいたな? ちょうど彼女は例の件で彼に助けられているわけだし、彼に近づいても警戒されることはないだろう。彼女に働いてもらうとするか」
白衣の男はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
「…………」
そしてそれを、ダッチがじっと見ていた。しかも彼女は白衣の男が真正面に見える場所に位置しており、普通に考えたら彼らが彼女の存在に気づかないはずがない。
しかし彼女は、絶対に彼らに気づかれることはない。
小学校低学年にも見える容姿をしている彼女だが、その正体は、魔界を支配している4つの国が1つ“北の国”の魔王に仕える最上級魔族である。モカを始めとした“ザイニン”で構成された北軍斥候部隊を率いて、自国に仇なす存在を殲滅する役目を担っている。
その能力は、世界とは別の次元で存在する“亜空間”に潜り込み移動するというものであり、その移動速度は他の亜空間能力者と比べても圧倒的に速く、30分で地球の裏側に辿り着けるほどである。一度亜空間に潜り込んでしまうと、よほど策敵能力の高い者か専用に開発された機械でも無い限り絶対に気づかれることはなく、安全な場所から相手の懐にまで潜り込み暗殺する、というのが彼女の戦い方だ。
しかし彼女の今回の目的は、彼らを暗殺することではない。
「モカー、ちゃんと見えてるー?」
「はい、ちゃんと見えていますよ。――工場の中にいるのは、魔法科高校の制服を着た生徒らしき男と、白衣を着てマフラーを巻いた二十代前半くらいの男です。2人共眼鏡を掛けていて雰囲気が似ていますから、おそらく兄弟か親族ではないかと」
ダッチの部下であるモカは、彼女と感覚を共有することができる。現在モカは厚志の家にいながらにして、遠く離れた所にいるダッチが見た光景をそのまま見ていた。
「眼鏡を掛けた男子生徒か……。剣道部の主将も確か眼鏡を掛けていたが、もしかしたらそいつか?」
そして彼女の近くでそれを聞いているのは、達也と美雪の司波兄妹に加え、エリにミルココにリカルドにマッド、そしてこの家の主である厚志だ。
昼間に達也を襲った人物をミルココに追跡してもらった結果、そいつは魔法科高校の目と鼻の先にある廃工場へと入っていった。そこで、セキュリティなど一切関係なく安全な場所から観察できるダッチに協力してもらい、廃工場の中を偵察しているのである。
つまり達也たちは、一切彼らに接近することなく拠点を割り出し、一切彼らに気づかれることなく内情を調査していることになる。
「それで達也くん、君は彼らをどのような組織だと考えているんだい?」
「はい、おそらく“ブランシュ”の下部組織――“エガリテ”ではないかと」
厚志の問いに対する達也の答えに、深雪は首をかしげた。
「ブランシュというのは確か、反魔法活動を行う政治結社でしたよね? なぜそのような組織に、魔法科高校の生徒が関わっているのでしょうか?」
「確かに一見すると、魔法科高校の生徒が魔法を否定しているわけだから矛盾しているように思える。しかし押さえておきたいのは、奴らは“魔法そのもの”を否定してるのではなく、あくまでも“魔法による社会的差別”を否定しているんだ」
「あー、それなら魔法科高校の生徒が引っ掛かっちゃうのも納得だね。二科生なんて、まさに“魔法による差別”を受けてる当事者じゃない。そんな中でそんな組織の存在を知ったら、ついコローっと騙されちゃうかもしれないね」
「何も差別を感じるのは二科生だけじゃないさ。同じ一科生の中でも、実力による階級というものが存在する。特に今なんて、十師族2人とそれに匹敵する1人による“三巨頭”のような分かりやすい“頂点”が存在している。そういう人間と自分を比べて、生まれたときから決定づけられた魔法の才能に打ちのめされる一科生がいたとしても、まったく不思議ではないだろう」
「はーん、随分と複雑なんだなぁ……。そしてそういった感情を利用する輩が、達也たちの通う高校に紛れ込んでるってわけか……」
リカルドがどこか感心したように呟いた。
「それにしても、反魔法主義の政治結社が魔法科高校の生徒を使って工作活動か……。これはちょっと、面倒臭いことになりそうだよねぇ……」
「面倒臭いことっていうのは、どういうことかしら?」
ミルクの言葉を疑問に思った深雪が尋ね、達也がそれに答える。
「わざわざ魔法による社会的差別をでっち上げてまで、反魔法運動を行う奴らの真の目的は何だと思う?」
「それは……、魔法の社会的価値を無くすことでしょうか?」
「その通り。そして魔法が評価されない社会では魔法が発展しなくなり、結果として魔法が廃れていく。つまり奴らの真の目的は、この国の魔法を廃れさせることだ」
「そしてそれを、十師族のような人々が放っておくわけがないんだよ。――特に、四葉家とかがね」
厚志の言葉に、深雪は緊張したように顔を強張らせた。
「それにそういう組織の過激派ってのは、相手の象徴的存在を攻撃するのがセオリーだからねぇ。新入生総代で生徒会の深雪とか、飛び級入学で風紀委員のエリとか真っ先に狙われそうじゃない?」
「それよりもまずは、達也の方が危ないんじゃないの? 現にこうして襲われてるし、近いうちに紗耶香って子が達也に接触してくるんでしょ? どうすんの?」
ミルココがそう言うと、他のメンバーも一斉に達也へと顔を向けた。
達也は少しの間考える素振りを見せると、おもむろに口を開いた。
「とりあえず、話だけでも聞いてみるさ」
* * *
それから数日後。
新入生勧誘期間も過ぎ、狂乱とも呼べた熱気も収まってようやく普段の日常が戻ってきた。
ここ1週間は授業が終わるやすぐさま教室を出ていっていた達也も、今日は授業が終わった後も教室に留まり、落ち着いた動きで帰り支度の準備をしている。
「あれ、達也? 今日は風紀委員の仕事は?」
「ああ、今日は非番だ。新入生の勧誘期間も終わったし、久し振りにゆっくりできそうだよ」
レオと達也が話していると、エリカがにこにこと笑いながらやって来た。
「達也くん、大活躍だったもんね! 魔法を使わず、並み居る生徒を連破した謎の1年生って感じで、学校中で持ちきりだよ?」
「一説によると、達也は魔法否定派に送り込まれた刺客みたいだぜ?」
エリカとレオの軽口に、達也はうんざりしたように溜息をついた。
「2人共、他人事だと思って……。俺はこの1週間、誤爆のふりをした魔法攻撃が何度もあったんだぞ?」
「えぇっ! 大丈夫だったんですか!」
美月の心配する声に、達也は大丈夫だと言うように頷いた。
「ひょっとして、ここ何日かエリと一緒に巡回しなかったのって、それに巻き込みたくなかったからとか?」
「……まぁ、それもある」
「?」
達也にしては珍しい歯切れの悪い返事に、3人は一様に首をかしげた。
と、そのとき、
「司波くんはいるかしら?」
入口から自分を呼ぶ声がして、達也を含む4人が一斉にそちらへと顔を向けた。
そこにいたのは、長い黒髪を後ろで縛った凛々しい顔つきの女子生徒だった。レオと美月はきょとんとした表情で彼女を眺めていたが、彼女を知ってるエリカだけはピンときたように笑顔になる。
「初めまして……で、良いのかな?」
「はい、直接話すのは初めてですね。――壬生先輩」
「そう。2年の壬生紗耶香、司波くんと同じE組よ」
レオ達3人が見つめる中、紗耶香が続ける。
「この前はありがとう。助けてもらったのに、勝手に帰ってしまってごめんなさい。そのときのお礼も含めてちょっと話がしたいんだけど、今から少し付き合ってもらえないかな?」
紗耶香の言葉にレオは驚きの表情を浮かべ、美月は顔を紅く染め、エリカはにやにやと笑みを浮かべていた。
そして達也は、
「今は無理です」
「――え?」
「は?」
きっぱりと言い放ったその言葉に、言われた紗耶香だけでなく、レオ達も戸惑いの声を漏らした。
「妹を生徒会に送っていく用事があるので、15分後で宜しければ」
「え、えっと……、それじゃカフェで待ってるから」
困惑したようにそう言った紗耶香に達也が頷くと、彼女はそのままくるりと彼に背を向けて教室を出ていった。
「……達也、さすがにそれはどうかと思うぜ?」
「ははは! 達也くんも罪な男だねぇ!」
「わ、私は深雪さんを大切に思う達也くんは、素敵だと思います!」
口々にそう言うレオ達に、達也は本気で分からないといった感じで首をかしげた。
「そういうわけで、俺はもう出るぞ」
「おう、分かった。また明日な」
教室を出ていく達也を、レオ達3人は手を振って見送った。
そして、彼の姿が見えなくなった直後、
「――ねぇ、みんな気にならない?」
悪戯っぽい笑みを浮かべたエリカの囁きに、レオはノリノリで、美月は多少躊躇いがちに顔を寄せた。
「ミルク、向こうが接触を図ってきた。今から15分後にカフェだ」
『オッケー、分かった。こっちもすぐに行くから』
周りに誰もいない廊下にて、達也は携帯端末を片手にそんな会話を交わしていた。