魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第87話 『???「通算100話到達を記念して、新キャラを投入してみたよ」』

 ドナルド・ダグラスは40代後半の平凡な白人男性だ。知り合いからはDDと呼ばれている彼は、3ヶ月前までビルメンテナンスの作業員をしていた。

 元々は技術系の大学を優秀な成績で卒業したのだが、ちょっとしたボタンの掛け違い(と本人は思っている)で自尊心を満足させられるような仕事に就けず、結婚するまでは職を転々としていた。現在の職も給料自体は悪くないものの、もっと自分に相応しい仕事があると信じていた。しかし家庭を無視して自分の野心に正直になるには、彼は克己心が強すぎた。

 そんな風に自身の野心を心の奥底に閉じ込めていた彼は、その日、例のマイクロブラックホール実験が行われた施設に隣接するビルの外壁で配電盤の点検作業を行っていた。巨大な線形粒子加速器が置かれたその施設を眺めていたとき、彼の心を満たしていたのは純粋な憧れだった。

 そんな感情に反応したパラサイトによって、彼は吸血鬼へと変貌を遂げた。

 潜在的なサイキックだった彼は、パラサイトと同一化したことでその能力に目覚めた。それは一般的に“催眠暗示能力”(ヒュプノシス・フォース)と呼ばれるもので、彼はその力で妻を騙して、()()()()()()()日本へとやって来た。

 能力自体はそれほど強力なものではない。常識とは著しく乖離することを信じ込ませたり、心に深く刻み込まれた価値観に反する行動を取らせることはできない。しかし“日本への長期出張”とか“不動産屋に必要書類を全て提出した”と信じ込ませるくらいは可能であり、仲間の拠点を確保したり活動を隠蔽することに一役買った。

 しかしここ数日で、活動の中心的なメンバーとなっていた仲間達が相次いで宿主を失った。それ自体は新たな宿主を見つければ済む話だが、今のような活動が困難になることは必至だ。なので彼は日本に入国する際に手引きをしてくれた協力者と連絡を取りながら、次の潜伏先の手配を進めていった。

 荷物を纏め終えたアパートをざっと見渡したDDは、声を出さずに仲間達へと呼び掛ける。

――移動の準備は完了したか?

 DDの呼び掛けに、全ての個体が肯定を示した。

――それでは出発する。くれぐれも目立った真似をしないように。

――もう夜中と言っても良い時間だ。今すぐに動くと、却って怪しまれるのではないか?

――ならば、夜が明けるのを待って行動した方が自然だ。

――しかし奴らの手は、確実に我々に届きつつある。こうしている間にも、奴らが迫ってきているのではないか?

――焦ってはいけない。だからこそ我々は、慎重に動かなければならない。

 パラサイトは元々1つの個体であり、この世界にやって来たときに12に分裂した。つまり彼らは1つの意識を共有しているものなのだが、人間が様々な可能性を多角的に見て分析するように、彼らが幾つもの立場に分かれて議論を交わすことは珍しいことではない。

 こういうときは、彼らの中でも中心的な役割を担っていた個体が纏めるのだが、現在その個体は新たな宿主との融合が不完全なために連絡が取れない。

 ならば自分がその役割を果たすべきか、とDDは仲間に呼び掛けようとして

「――――?」

 胸の辺りにほんの少しだけ違和感を覚えて、彼は視線を下に下げた。

 ラベルピンのような小さな針が、服を貫いてその先端をほんの僅か肌に突き刺していた。血が出るどころか、チクリとするような違和感しかないような微々たるもの。

 しかし彼がそれを認識した途端、彼の全身に激痛が走った。

 その激痛によって、彼の意識は刈り取られた。

 

 

 

「1秒か。なかなか、叔父上のようにはいかんな……」

 床に落ちたラベルピンを拾いながら、黒羽貢は自嘲気味に呟いた。

 彼のオリジナル魔法である“毒蜂”は、ターゲットが認識した痛みを増幅する精神干渉魔法である。本来ならば死に至るまで無限に増幅するのだが、今回の任務はターゲットを生きたまま拘束することなので、気絶する程度で留めている。

 気を落とすのもそこそこに、貢はポケットから短冊状の紙を取り出した。それには幾何学の模様が描かれており、それを吸血鬼の体に貼りつけてサイオンを流し込むと、吸血鬼の体が青白い光に包まれて、すぐに消えた。

「ボス」

 背後から声を掛けられた貢は、頭に乗せたソフト帽を片手で押さえながら振り返った。かなり芝居がかったポーズだが、なかなか様になっているように思える。

「周辺に怪しい人影は見受けられません」

「よし、ここからは時間との勝負だ。間に合わずに自爆させてしまったとなれば、御当主様に顔向けできないものと思え」

 彼の指示に部下は小さく頭を下げて応え、即座に行動を開始した。

 

 

 *         *         *

 

 

「1体の意識が途切れた。今こっちに向かってる」

「……うん、分かった」

 ミルクの言葉に、幹比古は言葉少なく返事をした。その表情には緊張がありありと滲み出ており、ポケットに忍ばせた呪符を握る手にも力が籠もっている。

 幹比古達がいるのは、常に明かりが街を覆っている東京の中でふと生まれた、真っ黒な“空白地帯”だった。公園というよりも空き地であるそこは、生け垣は手入れされているものの遊具やベンチは一切無い。おそらく戦時中に防災空地として確保されていた公有地が、再開発の過程で放置されたのだろう。

 疎らな街灯しかないその場所で、闇に身を潜めるようにして待機している幹比古は、何度目になるか分からない大きな溜息を吐いた。

「大丈夫か、幹比古? おまえが作戦の“中心人物”なんだ、しっかりしてくれ」

「そんなこと言われても――いや、分かったよ」

 達也の言葉に反論しかけた幹比古だが、すぐにそれが不適切であると気づいて口を閉ざした。たとえ本人がどれほど否定しようとも、今の彼の立場は間違いなく達也の言う通りなのだから。

 今回の“吸血鬼一斉摘発作戦”は、整理してみると実に単純な作戦である。

 ずばり、点在している吸血鬼を一斉に襲撃して気絶させた状態で封印する、というものだ。

 吸血鬼の居場所は、例の学校に襲撃した個体を除けばミルココが全て把握している。なので吸血鬼の襲撃自体はさほど問題ではなく、今回集まった面々ならば吸血鬼に遅れを取ることも無い。

 ただ問題は、気絶させた後にどうやって封印するか、である。“この世のものならざるモノ”を封印するなんて技術は、普通の魔法師が習得しているものではない。しかも宿主を気絶させたところで、パラサイトが即座に自爆を試みてしまえば、普通の魔法師ではどうしようもない。

 よって今回の作戦は、幹比古が用意した簡易的な呪符で気絶した吸血鬼を一時的に封印し、それが解けるまでの間に幹比古の待機している場所まで運び、改めて封印を施すという流れになった。呪符自体はサイオンを流し込めば自動的に発動するようになっているので、普通の魔法師でも使うことができる。

 つまり今回の作戦は幹比古が重要な役目を担うことになり、そして仮にパラサイトを狙う組織が襲撃してくるとしたら、彼が封印を施した直後が最も狙われやすいということだ。彼がプレッシャーで憂鬱になるのも当然のことだろう。

 しかし、ミルココ達だってそれを見越したうえで何の対策も講じないはずがない。この場所を作戦本部に位置づけて、“人間以外”の敵に対して絶対的な感知能力を持つミルココ、その2人が唯一苦手とする“亜空間”に対する監視の目としてダッチ、そして“精霊の眼”で彼女達の能力を補完する達也という、監視体制としては厳重すぎるほどの布陣を敷いている。

 そして、仮に敵が来たときに出迎えるのは、

「心配しなくても良いよ、幹比古くん。私達がいる」

「大丈夫だよ、幹比古さん! 誰が来たって、幹比古さんは私が守るから!」

「……ありがとうございます、厚志さん、エリちゃん」

 にっこりと笑顔を浮かべる厚志に、力強く拳を握りしめるエリ。そんな2人に、幹比古は表情を曇らせたまま返事をした。もちろん2人のことは非常に信頼しているが、厚志はともかく、年下の女の子に守られることを恥ずかしく感じるくらいには、幹比古にも“男のプライド”なるものが存在していた。

「まぁ気持ちは分からなくもないけど、今の幹比古はそれだけ重要なポジションにいるということで、大人しくここで待っててよ。その内に嫌ってほど働いてもらうから」

 そしてその想いを、ココアにあっさりと見破られていた。幹比古は気まずそうに彼女達から視線を逸らして空を見上げた。

 星も月も見えない、生憎の曇り空だった。

 

 

 *         *         *

 

 

 その吸血鬼は“疑似瞬間移動”と呼ばれる、慣性中和と高速移動の複合術式を得意としていた。その機動力に加えて街灯を蹴って宙へ飛び出すなどして、三次元的に移動しては出現先から銃撃や魔法を浴びせてくる。

 多くの魔法師が五感で魔法の狙いをつける以上、あちこちに消えては現れる()()()()()()彼は、実に厄介極まりない相手となることだろう。

 その魔法師が、ごく一般的な実力であるならば。

「行くよ、レオ!」

「おう!」

 エリカの声にレオが反応するのと同時に、彼女は吸血鬼に向かって走り出した。その手に持つのは、五十里家に作ってもらって達也が調整した、“大蛇丸”のダウンサイジング版である武装一体型CAD“ミズチ丸”。

 疑似瞬間移動が脅威となるのは、相対する者の手足や目が追いつかないからだ。つまり相手のスピードが術者のそれを上回っていたとしたら、疑似瞬間移動は単なる曲芸に成り下がる。

 類い希なる動体視力、慣性中和術式の制御下でも体勢を崩さないボディコントロール、不要に体を浮かせずに地面を掴んで突き進む足捌き、そして相手が着地する瞬間をピンポイントで捉える洞察力。

 魔法の力は吸血鬼が上でも、エリカの武芸者としての実力がそのアドバンテージを覆した。街灯を蹴った吸血鬼がまさに着地しようとしたその瞬間、エリカの持つ“ミズチ丸”の峰が吸血鬼の急所を捕らえた。

 通常の人間ならば確実に意識を失っていたであろう衝撃も、パラサイトと同一化したことによって頑丈になった体では気絶するに至らない。仮面は被っているものの苦悶していることが分かる吸血鬼は、それでも目の前に対峙するエリカに対して魔法の狙いを定めた。

「――――!」

 しかし次の瞬間、吸血鬼の体に何かが絡みついた。それが吸血鬼の体を微弱ながらも拘束し、何より吸血鬼の意識をそちらへと向けさせる。

 それが何の変哲も無いロープであることに気がついたのとほぼ同時、

「うらあぁっ!」

 勢いよく飛び込んできたレオの膝が、吸血鬼のこめかみにクリーンヒットした。そのまま全体重を乗せて地面に叩きつけられた吸血鬼は、さすがにそれには耐えられずに意識を失った。

「うし、こんなところか」

 地面に倒れる吸血鬼を見下ろして満足げにそう言うレオに、エリカは若干白い目を向けていた。

「さっきのって、空気圧でネットを発射する防犯グッズよね? 景さんに護身術教わってから、随分と戦い方が変わったんじゃない?」

「まぁな。他にも目眩ましのライトとか催涙スプレーとか、色々と仕込んでるぜ。ああいう一瞬の隙を作るのに、結構役立つんだよなぁ」

「…………」

 嬉しそうに話すレオに、エリカは何とも複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 その吸血鬼は、常に3人1組で行動していた。根城も3人で同じ部屋を使い、何か行動を起こすときも必ず3人一緒である。1人では対処できない事態にも対応するためには有効だが、逆に3人纏めて攻撃される危険性を孕んでいる。

「ぐ……ぐあ……」

「何だ、この能力は……。現代魔法ではないな……」

「まさか、BS魔法師……」

 そしてその危険性が、今まさに表れていた。

 現在彼らは根城としていたアパートの一室にて、苦悶の表情を浮かべながら床を転がり回っていた。コートを着込んでいるためにほとんど肌を覆い隠している彼らだが、僅かに見える喉元には不気味な斑点がびっしりと浮かび上がっている。

 そしてそんな3人を感情のない目で見下ろすのは、モカだった。

「残念。“BS”じゃなくて“BC”よ」

 吸血鬼が苦しんでいる原因は、説明するまでもなくモカの能力“病害呪指(ガンド)”によるものだ。彼女の手に掛かれば、即座に相手を殺すことも、行動不能になるほど苦しめたまま生かしておくことも思いのままだ。しかもその能力の性質上、多人数を一度に制圧するのに向いている。

 だからこそ彼女が、彼らの担当に選ばれたのである。唯一欠点を挙げるとするならば、彼女では行動不能に陥った吸血鬼を運ぶ手段が無いことくらいか。

 しかしそれも、今回においてはまったく問題無い。

「亜夜子ちゃん、終わったわよ」

「お疲れ様です、モカさん」

 モカが表に呼び掛けた直後に部屋に入ってきたのは、ふんだんにリボンやフリルをあしらったクラシックドレスを身に纏う、艶のある黒い巻き髪が特徴的な少女だった。達也よりも年下に見えるその少女の格好や立ち振る舞いは、そのままどこかのパーティーに出席しても違和感の無い、実に洗練されたものだった。

 そしてその少女――黒羽亜夜子に続いて部屋へ入ってきた黒服の男達が、床に転がる吸血鬼に呪符を貼りつけて簡易的な封印を施すと、吸血鬼を抱えて外へと出ていった。ちなみに彼らはウイルスによって衰弱したことで気絶し、それを確認したモカがウイルスを取り除いているので感染の心配は無い。

 今回亜夜子はこの作戦において、直接対峙して戦闘を行うのではなく、このように戦闘不能になった吸血鬼を目的地まで運ぶ役割となっている。そして弟の文弥は父の貢と同じく、吸血鬼と戦闘する担当へと駆り出されている。今頃は吸血鬼のどれかと戦闘しているのだろう。

「さすがモカさん。実に効率が良く、そして容赦の無い仕事ですね」

 外に運ばれていく吸血鬼を眺めながら、亜夜子が朗らかにそう言った。生きているとはいえ、出血性のウイルスに冒された彼らは、普通の中学生少女にはあまりに刺激が強すぎるはずなのだが、彼女は特に気分を害した様子は無い。

「…………」

 魔王直属の斥候部隊に所属するモカは、そんな彼女を油断の無い目つきで眺めていた。

 

 

 *         *         *

 

 

「よし、これでオッケー」

 軽い調子でそう呟くマッドの体からは、短冊状の布が幾つも伸びていた。それらは数メートル離れた仮面の吸血鬼に巻きつき、今にも潰れてしまいそうなほどに強い力で拘束している。そしてどこからか現れた黒服の男達が、吸血鬼に呪符を貼りつけてサイオンを流し込んだ。

 そんな光景を眺めながら、リカルドは深い溜息を吐いた。

「それにしても、やっぱマッドの能力って万能だよな。俺の能力ももう少し小回りが利いたら、こういうときに役に立てるんだが」

「兄者の能力は、辺り一帯を巻き込む“殲滅”だからね。確かにこの能力は色々と応用が利くけど、魔王級の破壊力を生み出すことはできないからね。そういう攻撃が必要になったときが兄者の出番だよ」

「吸血鬼を相手にしている限り、そんな場面にはならなさそうだけどな。――ったく、やっぱ魔族とか天使でも来ない限り、俺の出番はお預けってことか」

「そんな場面、来ないに越したことはないけどね」

 背後から聞こえてきたその声に、リカルドとマッドは揃って後ろを振り返った。

 そこにいたのは、大田景だった。

「どうも、景さん。そっちは終わったんですか?」

「まぁね。今ハルピュイアを飛ばして、他がどうなってるか確認してるとこ」

 景はそう言うと、近くの街灯に寄り掛かった。リカルド達だったら地面だろうと気にせずに座り込むところだが、やはり景はその辺りは気になるのだろう。

 そしてその姿勢のまま、景は口を開いた。

「……どう思う? あまりにも静かすぎない?」

「パラサイトを狙っている奴らがってことか? そもそもそんな奴いるのか?」

「少なくとも天界は気になっているはずよ。ファミレスで客を装って私達を監視してたくらいなんだから。それに直接行動に出た北の魔王以外の魔王達も、私達の動向は注目しているはずよ。もっとも、パラサイトを欲しがっているかどうかまでは分からないけど」

「もしそんな奴らがいたとして、まったく動いている様子が無いっていうのは……。つまりどういうことだ?」

 首をかしげて尋ねるリカルドに、景はぼんやりと空を見上げながら答える。

「とにかく、油断は禁物ってことよ」

 

 

 *         *         *

 

 

 比較的明るい路地を横に並んで歩くのは、十文字克人と七草真由美。傍目にはお似合いのカップルに見える2人だが、現在2人の間に流れている空気はけっして甘ったるいものではなく、むしろピリピリと肌を刺すものだった。もっとも、これから2人はデートではなく吸血鬼と戦闘を繰り広げるのだから、当然といえば当然だ。

「どうした、七草。何か気になることでもあるのか?」

「…………」

 しかし真由美は克人と顔を合わせてから、どこか心ここにあらずといった感じだった。既に国際ライセンスの基準に照らしてもA級相当の実力を有している彼女なので、いざ戦闘になればそれに集中するだろうが、克人が不安の種を取り除こうと思うのも無理はない。

「……ちょっと、気になることがあってね」

「気になること? それは何だ?」

「……何だか最近、父の動きが怪しいように思えてね」

「七草の父親というと、七草弘一殿か?」

 克人の確認も兼ねた問い掛けに、真由美はこくりと小さく頷いた。

「ええ。今日家を出る前にも父に呼び出されてね、吸血鬼について色々と訊いてきたのよ。それに今回の作戦に参加する人達のことも何かと訊いてくるし」

「吸血鬼に対して純粋に興味があるんじゃないのか? そんな未知の存在を相手に戦おうという者達についても、興味が湧いたとしても不思議じゃない」

「父は昔から裏工作が好きな謀略家だし、何を考えているのか娘の私でも分からないところがあるわ。そんな私が言うんだから間違いない。あの顔つきは、何か良からぬことを企んでいる目よ」

「…………」

 腕を組んでウンウンと頻りに頷いている真由美に、克人は何も言えなくなった。“身内の目から見たことによる直感”という理屈では、所詮他人でしかない克人では口を挟む余地が無い。

「……まぁ、頭に入れておこう」

 なので克人としては、そう言うしかなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 深雪にとって学校で魔法の授業を受けるというのは、他の生徒のような“己の限界を引き上げるための手段”ではなく、むしろ“己の力を抑え込むための手段”だった。

 そもそも彼女は、普段から十全の力を出せる訳ではない。達也の中に眠る“戦略級魔法”を本人の意思のみで発動しないように、深雪の魔法制御力を使って達也の魔法演算領域の機能を部分的にブロックしているために、下手に全力を出すと魔法が暴走してしまうからである。

 しかしそんな状態でさえ、深雪は1年生の中で圧倒的な成績を誇っている。もしかしたら3年生を含めた全生徒の中でも、下手したら教師を含めても彼女が実力的にトップかもしれない。達也の陰に隠れてはいるものの、彼女も間違いなく“異常”な実力の持ち主だった。

「何だこれは……! 貴様、本当に人間か……!」

 そしてそれは、元々の魔法師としての実力に加え、パラサイトと一体化したことでサイキックに目覚めた吸血鬼を相手にしても、変わることがなかった。

 その吸血鬼の能力は、リーナがテキサス州ダラスで交戦した吸血鬼と同じ“パイロキネシス”だった。視線を向けるというプロセスのみで発火現象を引き起こすその超能力は、リーナと違って事前の準備をしていない深雪にとって苦戦を強いられる相手だ。

 苦戦を強いられる、はずだった。

「…………」

 吸血鬼が視線を動かした瞬間、深雪の意識はその視線と自分の体がぶつかる箇所へと即座に移動する。そして自然発火を起こすよりも前に対抗魔法を編み上げ、魔法的な兆候を完膚無きまでに捻り潰す。

 深雪と吸血鬼の攻防は、傍目にはとても静かなものだったが、時間が経つにつれて吸血鬼には仮面の向こうからでも分かるほどの焦りが生まれ、深雪はその冷たい表情を一切崩さず吸血鬼を見遣るのみだった。

「くっ……、この……!」

 そして吸血鬼が攻撃の手を緩めたその瞬間、深雪の手が動いて吸血鬼の方へと差し出された。

 その瞬間、

「――――あああああああああああああああっ!」

 吸血鬼が叫び声をあげて地面に倒れ、頭を抱えながらのたうち回った。仮面が外れたことで顕わになった表情は恐怖で歪み、やがてプツリと糸が切れたように暴れるのを止めて静かになった。

「……ちょっと加減を間違えたかしら」

 現在深雪が吸血鬼に掛けたのは、精神を直接攻撃する“ルナ・ストライク”だ。精神干渉系の系統外魔法では珍しくプロセスが定式化された、同系統の魔法の中では最も有名な魔法の1つである。

 つまりこの魔法は、同系統の魔法の中でも初歩的なものに位置づけられている。深雪としては牽制のつもりで放ったものなのだが、相手が“精神に由来する情報生命体”だからよく効いたのか、それとも、

「……私もまだまだ、修行が足りないということね」

 呪符を使っていないのに自爆する気配の無い吸血鬼を前に、深雪は大きな溜息を吐いて自省していた。

 

 

 *         *         *

 

 

 今回の作戦を決行するに当たって、厚志と達也は吸血鬼と相対する人員の選抜に大きく気を揉んだ。何よりも実戦慣れしているメンバーを揃えただけあって、普通の魔法師ならば充分脅威となり得る吸血鬼を順調に捕らえている。

 そしてここでもまた、1つの戦闘が終結した。

「ターゲット、沈黙しました」

『了解。事前に渡した“(ふだ)”を吸血鬼に貼り、サイオンを流し込むんだ。後はこちらが手配した者が引き取る』

 アンジー・シリウスの姿に変装したリーナが、ほとんど苦も無く気絶させた吸血鬼を見遣りながら通信機に呼び掛けた。そして機械を通した声から命令を受けた彼女は、ポケットから幾何学模様が描かれた短冊状の紙を取り出した。

 その紙は作戦を開始する直前に、バランス大佐直々に渡されたものだ。そのときに教わった使い方の通りに、吸血鬼に貼りつけてサイオンを流し込む。すると吸血鬼の体が青白い光に包まれ、そして一瞬にして消えた。

 特に傍目には変化の無いその光景にリーナが首をかしげていると、どこからともなく黒服を着た日本人が幾人も現れた。咄嗟に彼らに対して構えの姿勢を取るリーナだったが、先程言っていた“こちらが手配した者”だと思い至って構えを解いた。

 彼らの手によって吸血鬼が運ばれていくのを見届けながら、リーナは考えを巡らせていた。

 明らかに、今回の作戦はおかしすぎる。

 ターゲットに対する処遇が、明らかに変化したこと。

 今までスターズと支援部隊のみだったメンバーに、正体を知らされない協力者が現れたこと。

 リーナ以外のメンバーは達也たちと距離を保っていたにも拘わらず、今回の吸血鬼捕獲作戦で協力者に仕立て上げることができたこと。

 自分に対して作戦の全容が明かされないことは今までに何度もあったが、今回はその中でも不自然な点が多すぎた。自分の与り知らぬところで事態が進行し、何かしらの密約が交わされたような雰囲気すら漂っている。そしてそれに対して軍の本部から何の妨害も無いところを見るに、それは軍も織り込み済みなのだろう。

 ――こういうのを、日本語で“蚊帳の外”って言うんだっけか。

 国家を揺るがすほどに強大な力を有している軍では、ごく少数の人間によって好き勝手に動き回れないように、組織内で完全なる分業体制を敷いている場合がほとんどだ。なのでリーナに情報の全てが回ってこないことも理解できるし、言われたことを淡々とこなすことの重要性も分かっているつもりだ。

 ――それでも、単なる“部品”に成り下がるつもりは無いわ。

 全ての情報を得ていない以上、上からの指示に反発すると事態が悪化する恐れがある。しかし思考停止の状態で作戦を遂行することは、スターズの総隊長としてのプライドが許さなかった。

 とにかく今回の作戦が終わったら、自分なりに色々と調べてみよう。そのうえで、これから先もスターズの総隊長として国のために尽くすか、じっくりと考えて――

「――誰っ!」

 突然背後から感じた人の気配に、リーナは咄嗟に後ろを振り返った。

 そして、

「――――えっ」

 そこにいた人物の姿に、リーナは驚きのあまり息を呑んで目を丸くした。

 

 

 *         *         *

 

 

「タツヤぁ、暇なんだけどー」

「暇ならそれに越したことは無い。ダッチは引き続き監視を続けてくれ。俺だって常に“精霊の眼”を解放できるわけじゃない」

 ダッチは不満そうに口を尖らせながらも、達也の言う通りにその体を地面に潜り込ませた。そんな彼女を苦笑いで見送る厚志だが、周りへの警戒は微塵も薄まることはない。

 ターゲットとなる吸血鬼11体は、戦闘担当の者達によって全員が速やかに捕縛された。予定ではもう少し手間取るかと思っていたので、想像以上に彼らの手際が良かったことになる。

 しかし、本番はここからだ。パラサイトを狙う者達からしても、いつ逃げられるか分からない状態で奪い去るような真似はしないだろう。何度も言う通り、この作戦は吸血鬼を封印した後が本番なのである。

「さぁ、こっからどうなるか……」

 ミルクがそんなことをぽつりと呟いたそのとき、

 プルルルル――。

 達也の携帯端末が、電話の着信を知らせる音を鳴らした。何か問題でも起こったのかと思いながら、達也はポケットからそれを取り出して画面を見遣る。

 画面に表示されていたのは、『非通知』の3文字だった。

「……もしもし」

 

 

『やぁ、魔法科高校の劣等生』

 

 

「――――!」

 その瞬間、達也の目が大きく見開かれ、そして鋭く細められた。

「……その声、ルラか」

「はぁっ? ルラだって!」

 達也の声はちょっとした風でも掻き消されそうなほどに小さなものだったが、それでもその場にいるミルココ達が聞き逃すことはなく、途端に夜の空き地が緊張感に包まれた。

『さすが司波達也、そんなに聞いたことのないボクの声をよく憶えているね』

「こっちとしても、おまえの声はさっさと忘れたかったんだがな」

『おっと、随分と気分が悪いみたいだね。せっかく多くの人間達に指示を出して大将気分に浸っていたのに、それをボクに邪魔されて胸糞悪いってところかい?』

「それで、こうして電話を掛けてきたということは、今回の吸血鬼事件がおまえの差し金だということで間違いないか?」

『ははは、こんな安っぽい挑発には乗らないか。それにこの事件がボクの仕業だなんて、とっくに分かってたことだろう?』

 達也と電話の相手――ナイアルラトホテップの会話を、厚志達は固唾を呑んで見守っている。

『せっかくだからもう少し話をしたいところなんだが、あまり時間も無さそうだ。――今回ボクが君に電話をしたのは、まぁ平たく言うと“宣戦布告”の意味合いが強いかな?』

「宣戦布告、か」

『そう。“今回のボク”は今までと少し趣向を変えてみてね、人間以外の協力者を作らないという“縛りプレイ”に興じてみることにしたんだ。――司波達也、ボクが君を電話の相手に選んだ意味が分かるかい?』

「……つまり、今度の狙いは俺ということか」

『ご名答。まぁそんな訳で、今まではせいぜいプリティ☆ベルの戦いに巻き込まれる程度だった君が、今回晴れて主役に選ばれたってことだ。――それを記念して、君に“プレゼント”を用意させてもらったよ』

「……プレゼント、だと?」

 ルラの口から飛び出した単語をそのまま訊き返すと、電話口の向こうからは実に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

『君ならきっと、いや、君だからこそ喜んでくれることだろう。もうすぐそっちに届くはずだ。楽しみに待っててくれよ。――それじゃ』

 その言葉を最後に、ぷつり、と電話が途切れた。

 その直後、

 

 

「みんな! 行方をくらましてたパラサイトが現れた! リーナの所だ!」

「しかもこの気配、まさか……! ――成程、そういうことか! あの野郎、どこまでもふざけやがって!」

 

 

 ミルココの叫び声に、達也は胸がざわつく心地になった。

 

 

 *         *         *

 

 

「……あなた、何者?」

 リーナの問い掛けに、“その人物”は意味ありげな笑みを浮かべるだけで口を開かなかった。

 そいつは暗闇に包まれた夜の街にはどこまでも似つかわしくない、見た者の誰もが上流階級で育った“お嬢様”であると確信できる姿をしていた。黒真珠よりも黒く澄んだ瞳と夜空よりも深い漆黒の髪、しかしその肌は雪を連想させるほどに真っ白で、その年頃には見られがちなニキビなどは一切見られない。

 またその体つきも、人間の構造上有り得ないと思えるほどに左右対称で、発展途上でありながら既に大人の色香すら感じさせるほどの完成度を誇っていた。年相応の健康的な美と、男性ならば劣情を感じずにはいられない色気という相反する印象が同居するその姿は、いつまでもこの目に焼き付けておきたいという感情を湧き上がらせずにはいられない。

 まさに“絶世の美少女”と断言できるそんな少女を、リーナは1人しか知らなかった。

 

 

「……あなた、ミユキなの?」

 

 

 リーナの目の前で不敵な笑みを浮かべるその少女は、リーナの知っているクラスメイト兼潜入捜査のターゲットである司波深雪に瓜二つだった。

 中学生の頃はこんな感じだったのだろう、と納得できるほどに。

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