魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第88話 『「もっと早く来いよ」と思わないでもないが、やっぱり主人公が遅れて登場するシーンは格好良い』

 今回の吸血鬼一斉捕縛作戦にエリカとレオが抜擢されたのは、達也たちの知り合いの中でも上位に位置するほどに実戦闘能力が秀でているだらだ。しかし何が起こるか分からない今回の作戦においては、2人だけで吸血鬼を気絶させて目的地まで運ばせるのは些かリスキーにも思える。

 ではなぜ達也たちは、2人をペアで行動させているのか。

 タネを明かせば何てことはない。ただ単に2人だけで行動している訳ではない、というだけのことである。

 エリカは今回の作戦に参加するに当たって、千葉家から数名ほど動員している。その全員が門下生の中でも熱烈なエリカのファンであり、同時に確かな実力の備わった者達だ。今回の彼らの役目は、気絶した吸血鬼の運搬係兼エリカの護衛である。もっとも後者に関しては、エリカ自身が強く否定するだろうが。

 しかし目的地まであと半分といったところで、厄介な相手に見つかった。

「おい、おまえ達! そこで何をしている!」

 モーター付きの自転車を街灯の下に停めて、大声で詰問しながらこちらに駆け寄ってくるのは、100年以上経ってもさほどデザインの変わらない警察の制服を着た2人組だった。

「おまえ達、これはどういうことだ! 納得のいく説明をしろ!」

 確かに、大勢の人間が気絶した1人をどこかへ連れて行こうとしている光景を見れば、警察官であるならば止めようとするのは当然だ。

 しかしここにいる誰もが、そして最年少であるエリカやレオでさえも、彼らに対して狼狽する様子は見せず、むしろ不貞不貞しい笑みを浮かべている。

「あんた達こそ、何者なの?」

「何だとっ!」

「今この周辺には、警官が立ち入らないように通達が出ているはずよ。うちの馬鹿兄貴も、こういうときに抜かったりしないわ。私服警官の“設定”で来たんなら、話くらいは聞いてあげても良かったんだけど」

 エリカの言葉は、実際には何の根拠も伴っていない。なので彼らは鼻で笑って無視すれば良かったのだが、あろう事か彼らはほんの一瞬だけだが動揺を見せてしまった。

 しかしすぐに気を取り直すと、その内の1人が威圧感たっぷりに口を開いた。

「訳の分からないことを言って、シラを切ろうとしても無駄だぞ。暴行と誘拐未遂の現行犯で、一緒に来てもらおうか」

 その言葉に、エリカはニヤリと笑みを深くした。

「一緒に来てもらおうか、ねぇ……。どこに連れてってくれるのかしら? 警察署? それとも、アタシ達を取り囲んでる“お仲間”達のアジトかしら?」

「……ならば、力ずくで従ってもらうまでだ」

「来るぞっ!」

 エリカのその台詞が合図だったかのように、周りの木陰や塀の向こう側などから一斉に人影が姿を現した。一瞬にして濃密な殺気が辺り一帯を支配し、産毛が逆立つようなピリピリした空気が肌を撫でる。

「――行くよ、レオ」

「おうよ」

 それぞれ得物を握り直したエリカとレオは、獰猛な笑みを浮かべてそれを迎え撃つ。

 

 

 それを皮切りに、あちこちで戦闘が始まった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ここ1ヶ月ほど深雪を観察していたリーナの見立てでは、彼女は体術を得意としない典型的な魔法師である。つまり叛逆した魔法師を処断する任務に就くリーナ、すなわち“シリウス”にとっては最も(くみ)しやすい相手ということだ。

 もちろん、目の前にいる者は深雪そっくりというだけであって、あくまでも偽者だ。オリジナルと同じ特徴の魔法師である確証は無いし、そもそも魔法師でないかもしれない。

 しかしながら、学校の実技で何度も深雪と相対したことのあるリーナの感覚で、彼女とオリジナルがまるで鏡写しのようにそっくりな印象を持っていた。それは何も見た目だけの話ではなく、魔法師としての感覚に照らし合わせてみても同じ結果となる。

 なのでリーナは深雪の偽者に対し、近接戦闘で一気に片を付けるつもりだった。

 だが、

 ――くそっ! まただわ!

 自己加速で一気に間合いを詰め、情報強化で相手の魔法を無効化したうえで格闘術を繰り出そうとしていたリーナに、突然(あられ)混じりの突風が襲い掛かってきた。咄嗟に横に大きく跳んで回避するリーナだが、即座にブリザードが軌道を変えて横殴りに彼女に迫ってきた。

 空気の密度を操作して真空の壁を作ることで凌いだリーナは、ブリザードの発生原因である目の前の敵を睨みつけた。

「――――」

 自分の知っている深雪よりも何歳か幼いその少女は、何も言わなくても伝わるほどに小馬鹿にした態度で口元をにやつかせた。

 ――随分と余裕じゃない!

 思わず頭に血が上りそうになるのを堪えながら、リーナは拳銃を取り出して深雪の偽者に向けた。撃鉄を起こして引き金を引くことで音速を超える弾丸が発射される、現代魔法よりも圧倒的な歴史の中で発展してきた武器だ。

 しかし引き金を引こうとしたまさにその瞬間、リーナは自分の体が深雪の偽者へと引っ張られる強風を感じ取った。普通にしたら立っていられないほどの力だが、リーナは自分の体に静止の魔法を掛けて地面に足を踏み留まらせた。

 それと同時に、リーナは引き金を引いた。

 しかし拳銃から発射された銃弾は、深雪の偽者へと近づくにつれて明らかに減速していった。そして彼女の肩目掛けて突き進んでいた銃弾は、()()()()()()()()()()()()体を捻った彼女の脇を通り過ぎていった。

 ――彼女の周囲には、物質の運動を静止させる力が働いている……?

 だとしたら先程自分を引き摺り込もうとした力は何か、とリーナが考え始めたそのとき、今度は先程とは逆方向(つまり深雪の偽者から離れるように)へと働く強烈な力を感じ取った。それはまさに、“爆風”と表現して差し支えないほどの強風だった。

 リーナはそれを、本能的に張った障壁魔法を自身に被せ、慣性増大魔法で自分の体が動かないように固定しながら、地面に腹這いになるほどの低姿勢になることでようやく堪えた。

 そして荒れ狂う風を睨みつけながら、リーナは深雪の偽者が何をしたのか思い至った。

 対象領域内の物質の運動を減速させる魔法自体は、非常に有り触れたポピュラーなもの。しかし深雪の偽者はそれを、領域内の気体分子に発動させたのである。もちろん並の魔法師にはできないことだが、深雪(この場合は本物の方だ)の実力があれば可能だと考えられる。

 気体分子の運動速度と気体の圧力は、正比例の関係にある。つまり気体分子の速度が遅くなれば、その分だけ気体の圧力が弱くなる。そうして圧力の低くなった領域内の空気は、圧力の変わっていない領域外の空気に押されて体積を小さくし、それによって空いたスペースに領域外の空気が入り込んでいく。先程リーナを引き摺り込もうとした力は、そうして生まれたものだ。

 すると領域内には、本来有り得ないほどに量の多い空気が充満することになる。もしこの状態で減速魔法を解除すれば、領域内の気体分子が運動速度を取り戻すことによって気体の圧力も元に戻り、局地的に密度の大きくなった空気は本来の姿に戻ろうと一気に空気を膨張させる。

 吸い込まれた者が減速魔法に対抗できなければ領域内に引き摺り込まれ、対抗できる者ならば気体分子が本来の速度を取り戻して膨張した空気がそいつを襲う。本来なら飛び道具を減速させる程度でしかない術式だが、深雪(の偽者)の手に掛かれば立派な対魔法師用対人術式となる。

 ――まさかこいつ、本当にミユキの……!

 頭の中に最悪の可能性が浮かび上がったが、それでもリーナが怯むことはなかった。“世界最強の魔法師部隊”を謳う部隊の総隊長として、ここで負ける訳にはいかないのである。

 深雪の偽者の様子を伺うと、彼女の周辺が未だに仮想領域の支配下にあることに気づいた。おそらく先程の魔法は何回かに分けて発動できるようになっており、再び拳銃を放ったところで先程と同じ結果になるはずだ。

 ――だったら……!

 するとリーナは右手を懐に突っ込み、そこから鋭く研がれたコンバットナイフを取り出した。それを深雪の偽者に見せつけるように構えながら、隠すように引いた左手で素早く“何か”を周辺にばら撒いた。

 そしてリーナは、右手に握ったコンバットナイフを深雪の偽者へ向けて横に薙いだ。しかし2人の距離は10メートルほど離れており、とてもナイフが届く間合いではない。

 しかし、それで良かった。

 コンバットナイフは武装一体型のCADであり、それに登録されているのは“分子ディバイダー”という術式だ。これは薄板状の仮想領域を物体に挿入し、クーロン引力のみを中和してクーロン斥力により分割する魔法である。要は、不可視の刃を作り出して離れた場所から斬りつける、というものだ。

 この魔法を開発したのは先代のシリウスであり、この術式に組み込まれている“分子間結合分割魔法”はUSNA軍の機密術式となっている。スターズ隊員にとって、この魔法が戦闘における切り札となる。

 だが、そんな魔法でさえ深雪の偽者には届かなかった。ナイフから伸びる不可視の刃が、2人の間に突如発生した圧倒的な魔法干渉力によって掻き消されたのである。確認するまでもなく、深雪の偽者によるものだ。

 しかし、そんなことはリーナにとって織り込み済みだ。スターズ隊員にとっての切り札でさえも、戦略級魔法を有している彼女にとっては単なる攻撃の1つでしかない。

 ――“ダンシング・ブレイズ”!

 “分子ディバイダー”の無効化を確認するよりも前に、リーナは次の一手を繰り出した。先程コンバットナイフを取り出したときにばら撒いたダガーが、彼女の魔法発動と同時にふわりと宙に浮き上がる。

 そして、目にも留まらぬスピードでダガーが飛び出した。地面スレスレを飛ぶダガーは、夜ということもあって識別が非常に困難だ。そしてそれらは深雪の偽者による仮想領域を避けて彼女の後方へと回り込むと、一斉に彼女へと襲い掛かった。

 暗闇。死角。多重攻撃。

 これだけの策を弄しても、まだ深雪の偽者には届かなかった。ダガーは彼女の周辺に差し掛かった辺りで急激に推進力を失い、重力に抗えずにボトボトと地面に落ちていった。

 悔しそうに歯噛みするリーナに、深雪の偽者が感情の無い目を向けた。

 そして、次の瞬間、

「――――!」

 深雪の偽者がほとんど一瞬で移動系魔法を編み上げ、爆発か何かで吹き飛ぶような勢いで後方へと飛んだ。

 地面から突然現れた黒い翼が、深雪の偽者が一瞬前までいた空間を切り裂いたのは、それからゼロコンマ数秒後のことだった。

「うっそぉ、避けられた! 完全に不意討ちだったのに!」

 そうしてプールから上がるようにして地面から姿を現したのは、先程の黒い翼を背中から生やした黒髪の幼女・ダッチだった。深雪の偽者は既に10メートルほど離れた場所まで移動しており、ダッチは実に悔しそうな表情を浮かべて地団駄を踏んでいる。

 そしてそんな彼女の姿を、リーナは驚愕と警戒が入り混じった表情で見つめていた。

「あなた、もしかして“隠密斥候”(シークレット・スカウター)……! なんで――」

「話は後! 今はこいつを倒すのが先!」

 何か訊きたそうにしているリーナの言葉を遮り、ダッチは地面に魔力を流し込んだ。複雑な模様の描かれた魔法陣が地面に描かれるや否や、そこから先程のダッチと同じように地面から7人の人影が現れる。

「行くよ、ザイニン!」

 ダッチが“ザイニン”と呼び掛けた彼らは、B級映画に出てくるようなゾンビみたいな外見をしていた。そんな彼らの体には包帯のような拘束具が幾重にも巻きついており、ダッチの声と共にそれらが剥がされていく。

 そして全員が拘束具から解放された瞬間、7人全員が一斉に口からレーダー光線を発射した。7本のレーダーは全て深雪の偽者へと向かい、着弾した瞬間に大きな音をたてて爆発した。

「ちょっ――!」

 突然現れたかと思いきや、1人の魔法師に向けるにはオーバーキルな威力の攻撃を集中砲火させた彼らに、後ろでそれを見ていたリーナが思わず声をあげた。彼女の眼前では、黒い煙がもうもうと空高く昇っていく光景が広がっている。

 先程のレーダーが“切断熱線”という魔王直伝の必殺魔術であることをリーナは知らないが、その威力の高さは初めて見たリーナでも分かるほどだった。それを見た誰もが、まともに受ければ命の保障は無いと確信できる攻撃だった。

 と、そのような前置きを長々と続けているということは、つまり深雪の偽者は未だ健在だということだ。風が吹いて視界が晴れたそこでは、先程とまったく同じ姿勢で立っている彼女の姿があった。ザイニン達は動揺を見せ、ダッチも悔しそうに舌打ちする。

「おまえら! とにかくあいつを攻撃しろ!」

 ダッチの叫び声にザイニン達が反応し、一斉に口を開けてレーダーを溜め始めた。

 しかしその予備動作は、深雪の偽者にとっては長すぎる。

「ぐっ!」

「がぁっ!」

「ぬわっ!」

 ザイニン達とダッチ、そしてリーナを襲ったのは、巨人に頭から押さえつけられているのではと錯覚するほどに大きな不可視の力だった。リーナは即座に加重系魔法だと察して対抗魔法を構築するが、そのような対抗手段を持たないザイニン達とダッチは、地面に這い蹲って苦しそうな声をあげる。

「この――!」

 しかし亜空間能力者であるダッチにとって、地面に這い蹲るというのはいつでも亜空間に入り込めることを意味している。ダッチはすぐさま地面に自身の体を潜り込ませ、その姿を消した。

 その瞬間、よく訓練された兵士であるリーナでさえ彼女の気配を探知できなくなった。彼女の能力は資料で読んではいたが、改めてそれを目の当たりにして、その能力の恐ろしさにリーナはゴクリと息を呑んだ。

 しかし、実際に狙われている深雪の偽者は、実に平静とした表情で待ち構えていた。

 そして、

「えっ――」

 リーナの前で繰り広げられたその光景に、彼女は呆けたような声をあげた。

 深雪の偽者の足元から何の前触れも無く現れた、ダッチの背中から生えた黒い翼。その翼は大きく広げて振るうことで鋭い切れ味を生み、亜空間を介して突然足元に現れるそれを避けるのは不可能に等しい。

 そんな黒い翼を、深雪の偽者は真正面から受け止めた。

 そして一瞬後に地面から飛び出したダッチに、カウンターパンチを食らわせた。

「ぐっ――!」

「お嬢!」

 腕にはさほど筋肉は無いのでそれほどダメージは無さそうだが、ダッチは苦しげな声をあげて地面を転がり、地面に這い蹲っているザイニン達は狼狽して彼女に呼び掛けた。

 確かにダッチの亜空間からの攻撃は、何の警戒もしていない完全なる不意討ちの方が効果は高い。目の前で亜空間に入り込むのを目撃した状態では、自分に対して攻撃してくるという心構えができ、地面から出てくるところを狙い撃つなんてことも一応可能だ。

 しかし理論上はできるといっても、実際にやるのでは訳が違う。亜空間から飛び出してから攻撃が届くまでの時間は、普通の人間では到底反応できない。しかも深雪の偽者は、自分達への加重系魔法を行使している最中なのである。亜空間の中にいる状態ではこちらの攻撃が届かない以上、たとえ来ると分かっていても対処できないはずなのだ。

 だが現実は、ダッチは返り討ちに遭い、そして深雪の偽者に襟首を掴まれて持ち上げられている。喉への圧迫感で顔を歪めるダッチを、彼女は感情の薄い両目でじっと見つめている。

 すると、

「――――! ぐ、あぁ――」

 ダッチが突然大きく目を見開き、苦しそうな呻き声をあげた。最初は暴れて抵抗しようとしていた彼女だが、目の焦点が合わなくなって虚ろになり、それにつれて暴れる力も弱くなって顔から感情が消えていく。

 そして深雪の偽者の腕を掴んでいたダッチの手がぶらりと垂れ下がり、彼女はそのまま――

「――――!」

 深雪の偽者が両手で掴んでいたダッチを放り投げ、そして大きく背を逸らした。

 一瞬前まで彼女の頭があった空間を、移動系魔法で加速して飛んでいくダガーが貫いた。

 そのダガーを投げたリーナは、深雪の偽者の手がダッチを離した瞬間に、ダガーを投げたときに使った移動系魔法をダッチに使用した。もちろんダガーほどスピードは出さないが、それでも充分速いスピードでダッチの体がリーナへと引き寄せられる。

「はぁ……、はぁ……。サンキュ、助かった……」

 リーナの足元に転がったダッチが、大きく息を荒げながら立ち上がった。その顔には冷や汗が幾筋も流れていて、まるで何度も全力で走ったかのような疲労感である。

「今の魔法は……? あなた、何をされたの……?」

「えっと……、アタシも受けたのは初めてだけど、あれは多分“コキュートス”だ」

「Cocytus……? どんな魔法なの、それ……?」

「うーん、アタシもよく分かんないんだけど……、肉体を殺さずに精神だけ殺す、とかそんな感じかな? アレ系の魔法ってブラックボックスだから、そういうの全然分かってないんだよね」

「ってことは、精神干渉系……? でもあんな魔法、見たことも聞いたこともない……」

 系統外魔法の中でも特に精神干渉系魔法は、ダッチの言う通りまだまだ分からないことが多く、新たな魔法が発見されたとしても不思議ではない。

 しかし精神系干渉魔法は、それ自体が難易度の高い魔法だ。元々人間の体は“エイドス・スキン”と呼ばれる情報体で守られており、人間の体に直接作用を及ぼす魔法は一段難しくなる傾向にある。特に相手を操ったり幻覚を見せる精神干渉系魔法は、現時点で判明している魔法の中でも最高難易度の1つとして数えられている。

 そして先程の魔法がもしダッチの言う通りの効果をもたらすのなら、その難易度は現時点で判明している同系統の魔法の中でも最難関に位置するものになる。それを使いこなせる彼女は、おそらく精神干渉系に対する適性が非常に高いのだろう。

 いや、もはや“非常に高い”ということを通り越して“異常”と表現できるほどだ。

 それこそ、“あの一族”の人間だと言われても納得できるほどに――

「……あなた、まだ戦える?」

 頭に過ぎった可能性を振り払って、リーナはダッチにそう尋ねた。

「何だ、おまえ? 何か策があるのか?」

「ちょっとの間だけでも、動きを止めてくれればね」

「よし、分かった。――おまえ達!」

 つい先程顔を合わせたばかりだというのに、ダッチはリーナの提案に即座に乗ってザイニンへと呼び掛けた。彼らもそれに応えるように立ち上がり、7人は一斉に深雪の偽者へ向けて指を突き出した。

 ザイニン達がゾンビのような外見をしているのは、モカの能力である“邪眼”と“病害呪指(ガンド)”の魔術プログラムの移植実験を受けたからである。ほとんどの実験体は死亡してしまったが、彼ら7人だけは人の顔を失った状態で生き残り、微弱ながら“邪眼”と“ガンド”を使える。

「――――」

 7人による邪眼とガンドの重ね掛けにより、深雪の偽者の動きがピタリと止まった。しかし戸惑うような表情を見せたのは一瞬だけで、すぐさま彼女の周辺に仮想領域が出現して邪眼の力を掻き消した。ガンドに至っては、効いているのかどうかすら分からない。

 しかし次の瞬間、そんな深雪の偽者を煌めく光条が襲い掛かった。闇夜を切り裂くほどに強烈なその光が、ほぼ一瞬で彼女のいた空間を駆け抜け、そして周辺の木々に衝突する寸前で忽然と消え去った。

 幻かと錯覚するほどにあっという間だったその光景に、ダッチも「うおっ!」と驚きの声をあげてリーナの方をちらりと見遣った。

 赤髪金瞳の魔法師“アンジー・シリウス”だったリーナは、金髪蒼瞳の“アンジェリーナ・クドウ・シールズ”へと姿を戻していた。そして彼女の手には、“杖”と呼ぶにはあまりに奇妙な形をしたものが握られている。

 全体の3分の2が細く、残りの3分の1が太くなっており、大小の境目に箱状の棒が十字に取りつけられた、全長1.2メートルほどの携行兵器。

 そしてその太い筒の先端から撃ち出される、闇夜を切り裂くほどに明るい光条。

 これこそがリーナの切り札であり、戦略級魔法に指定されている“ヘビィ・メタル・バースト”である。

 重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にばら撒く、という原理で繰り出されるこの魔法は、本来は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射するものだ。これを指向性を持つビームへと変化させたのが、リーナが持っている武器“ブリオネイク”である。最大威力は戦艦の主砲にも匹敵し、そのスピードは光速には及ばないものの音速の100倍を誇る。

 先程のザイニン達による“切断熱線”は、物理的破壊力こそ凄まじいものの魔法的な防御には弱い傾向にある。しかしこちらの場合は、リーナの尋常でない情報干渉力も相まって、魔法的な障壁もぶち抜いてターゲットを消し炭にするほどの威力がある。

 本来人に対して使われる魔法ではなく、故にリーナも幾分か威力を抑えている。指定したコース以外にプラズマ光線が漏れ出さないように、プラズマの制御には最大限気を遣っている。なのでリーナにとって、この威力が100パーセントの本気でないことは確かだった。

 しかしながら、これほどの至近距離でぶっ放したにも拘わらず、掠ることもなく無傷で避けられるのは、正直予想外だった。

 それでもリーナに落ち込む暇は無い。深雪の偽者はプラズマ光線を避けた瞬間に移動系魔法を自分の体に掛け、人間には出せない勢いでこちらへと迫ってきたからである。

 その狙いは、ダッチだった。

「まずっ!」

 自分が狙われていると知るや否や、ダッチは即座にその体を地面に潜り込ませた。一瞬前まで彼女がいた場所に着地した深雪の偽者は、そのまま方向転換して一番近くにいたザイニンへと跳び掛かった。

 魔王直伝の“切断熱線”に、微弱ながらの邪眼とガンド。そんな遠距離攻撃の魔法ばかりを得意としているだけあって、ザイニン達は基本的に近接戦闘が苦手だ。兵士として最低限の技術は備えているものの、深雪の偽者の見事な体捌きには反応できず、1人、また1人と打ちのめされていく。

 まるで踊るような動きでザイニン達を翻弄していく深雪の偽者に、そんな状況ではないと分かっていながらもリーナは目を奪われていた。

 すると、亜空間に逃げ込んでいたダッチが顔の上半分だけ地面から出した。

「何ボーッとしてんの! さっきのビームもう1回!」

「えっ! でも、あなたの部下が戦って――」

「大丈夫! ちょっとくらい当たっても良いから!」

 ダッチの言葉に「そりゃ無いっすよ、お嬢!」とザイニン達が一斉に嘆きの声をあげるが、それでもダッチの目に宿る本気度は衰えなかった。『マジで?』と思いながら、リーナは再びブリオネイクを構えた。

 リーナほどの腕ともなれば、重金属をプラズマ化して発射するまでに1秒掛からない。しかしその1秒というのが、常に動き回る深雪の偽者を狙い撃つには長すぎる。

「――――」

 しかしここで、ザイニンの邪眼によって深雪の偽者の動きがピタリと止まった。先程よりもザイニンの数は少ないものの、腕を伸ばせば触れる距離までに詰め寄ったことで効き目が増大されたのだろう。

 ――どうなっても責めないでよね!

 彼女の周りには未だにザイニン達が纏わり付いているが、ダッチの言うことを信じてリーナはプラズマ光線を放つことに決めた。筒の先端に重金属パウダーが仕込まれており、そこに混ぜてある顆粒状の接着剤と一緒に突き棒で圧力を加えることで“銃弾”が出来上がる。

 その銃弾を、放出系魔法によってプラズマ化。

 1秒足らずでその行程を終えたリーナは、再び“ヘビィ・メタル・バースト”を放った。夜闇に包まれた空き地が昼間のように明るくなり、SF映画くらいでしか見たことのないようなビームが一瞬の内に駆け抜けていった。

 ビームが駆け抜けていったその場所に、深雪の偽者の姿は無かった。

 その事実に、思わず目を見開くリーナ。

 そして、

「右っ!」

 ダッチの声に反応して、リーナは咄嗟にそちらへと顔を向けた。

 黒真珠よりも黒く澄んだ瞳と夜空よりも深い漆黒の髪をした深雪の偽者が、まっすぐこちらを見据えながら手を差し出していた。

 リーナはそれを、指1本動かすことなくじっと見つめていた。“動かさない”のではなく“動かせない”のだと気づくこともなく、彼女の視界は色を失ってモノクロとなっていき、焦点が合わなくなって境界があやふやになっていく。

 そしてリーナは意識を遙か彼方へと追いやったまま――

 

 

「“ダブル・バイセップス”!」

 

 

 リーナの目の前を、先程自分が放ったプラズマ光線よりも太い光条が過ぎっていった。

 その瞬間に彼女はハッと我に返り、そして自分が意識を失っていたことに気づいたときには、その元凶である深雪の偽者はその場所から姿を消していた。

 まさか自分は“コキュートス”なる魔法を掛けられていたのか、とリーナが戸惑いながら現状を理解しようとしていると、

「まだ敵は目の前にいるよ。気を抜かないで」

 ピシャリと窘めるような、それでいてどこか優しげな声を掛けられ、リーナはぼんやりとした表情で声のした方へと顔を向けた。

 そこにいたのは、奇妙奇天烈な出で立ちをした人物だった。

 女の子が好みそうな可愛らしい装飾品がキラキラと輝くピンク色の服に、ひらひらと風に靡く短いスカート。大きなベルがよく目立つステッキを持つその姿は、女児アニメでよく見るような“魔法少女”の格好だった。

 そんな女児アニメでよく見るような“魔法少女”の格好をしているのは、2メートルもの長身で見事なまでに鍛えられた体を持つ、男の中の男だった。少女が好みそうな可愛らしい服は筋肉に押し上げられて今にも破けそうで、スカートは短すぎてもはや常時パンチラ状態といっても過言ではなかった。

 もはや“変態”の誹りを受けても文句の言い様がない格好をしているその男――高田厚志の登場に、リーナは緊張した表情で息を呑んだ。

 しかしそれは、変態的な格好をした人物を目撃したときの一般人の反応と同じようで、根本はまるで違っていた。

「――5代目“プリティ☆ベル”、高田厚志ね」

「その通りだよ、スターズ総隊長“アンジー・シリウス”」

 たったそれだけ言葉を交わし、厚志はリーナから視線を逸らして前を見据えた。彼女も厚志に倣って、そちらへと目を向ける。

 そこにいたのは、先程プラズマ光線を放たれたときと、そしておそらく厚志の仕業であろうビームを放たれたときとまったく同じ姿をした深雪の偽者だった。

 彼女の視線は現在、リーナの隣にいる厚志へと固定されていた。

「――高田厚志」

 彼女の口から、ぽつりと言葉が漏れた。

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