魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第89話 『本物のカニよりもカニかまの方が好き、という人は割と多い』

 エリカやレオ達が謎の組織に襲われていたのとほぼ同時刻、作戦本部に位置づけられている空き地に集まる者達も襲撃を受けていた。戦闘能力を持たないミルココ、そして今回の作戦で重要な役目を担う幹比古を守るようにして、エリと達也が襲撃者の迎撃に当たっている。

「ひゃっはぁ! 相手はただの人間だぜ!」

「さっさと殺して金一封ゲットだぜ!」

 羊のような立派な角が生えていたり、明らかに人間では有り得ない色をした肌を持つ者達が、一斉に達也に襲い掛かった。10人ほどで徒党を組む彼らの目には、ギラギラとした殺意が滲み出ている。

 しかし達也は冷静な表情を崩すことなく、拳銃型のCADを彼らに向けた。とはいえ、誰か1人に対して狙いをつけている訳ではない。そもそも拳銃型だからといって、銃口から魔法が飛び出す訳ではない。

 だが魔法を発動させる条件は、拳銃型に相応しい“引き金を引く”という行為だ。

「ぐあっ!」

「がぁっ!」

 そしてその瞬間、10人の襲撃者が一斉に悲鳴をあげて地面に倒れ込んだ。彼らの肩や膝にはぽっかりと穴が空き、四肢に力を込めることができない彼らはその痛みに呻きながら地面を這い蹲っている。物質を元素レベルにまで分解する“雲散霧消”(ミスト・ディスパージョン)によるものだ。

「死ねぇ!」

 殺意をそのまま言葉にする声が聞こえたが、達也はそれが聞こえる前からそちらへと視線を向けていた。10メートルほど離れた場所で、コウモリのような翼を背中から生やした男が達也に向けて大きく口を開き、そこに眩いばかりの光が集まっていくのが見えた。

 いかにもレーザーやビームが放たれる直前といった光景に、それでも達也は冷静なままCADを彼に向ける。

「――――」

「うおっ!」

 そして次の瞬間、光の塊が突然掻き消えた。風紀委員の活動時にも度々世話になっている分解魔法“術式解体”(グラム・デモリッション)だ。普段から目にしている現代魔法とは発動の仕組みが異なるものだったが、情報そのものを読み取ることのできる達也には関係無い。

 一方、彼と同じように襲撃者を迎撃する役目を負うエリは、

「ハハハッ! プリティ☆ベルに変身できないから、ここまで来ることができないだろ!」

「悔しかったらここまでおいで、お嬢ちゃーん!」

 白い羽根を背中から生やし、10メートルくらいの高さに漂っている男達から挑発されていた。侮蔑で顔を歪める彼らを、まるで観察するように冷静な表情でじっと見つめている。

 そしてエリは彼らに向けて、スッと腕を伸ばした。

 その手首には、ブレスレット型のCADがぶら下がっている。

「こっちから行けないから、そっちが来てよ」

「えっ、ちょ――うわっ!」

「ぐおっ!」

 そして次の瞬間、翼の生えた男達が目に見えない何者かに引っ張られるように地面へと墜落していった。勢いよく地面に衝突し、ごぎり、と骨の折れる音が響き渡る。

「……凄いな、2人共」

 達也とエリの戦闘風景を眺めながら、幹比古がぽつりと呟いた。空き地の中心に腰を下ろす彼の傍には、ミルココの2人が付き従うように寄り添っている。

 そしてそんな2人は、愚痴を零していた。

「ルラの奴、『人間以外の協力者を作らないという“縛りプレイ”に興じてみることにしたんだ』とかドヤ顔で言ってたくせに、普通に天使や魔族がいるじゃんか……」

「あれじゃない? 『こちらからは助力を乞わないが、向こうが勝手にこちらの作戦に乗ってくるのは構わない』とかそんな感じのヤツ。ルールの隙間を突くなんて“縛りプレイ”にはよくあることじゃない」

「ったく、本当ムカつく奴だわ。ってか、まだ封印もしてないのに襲ってくるなんてねぇ……」

「ひょっとしたら、向こうには自前の封印術とかあるのかもね」

「ああ、そういうことか」

 揃って溜息を吐く2人に、幹比古がおずおずと話し掛ける。

「ねぇ、ミルココ。僕も2人を手伝った方が――」

「ああ、大丈夫大丈夫。2人だけでも事足りるし、幹比古にはこれからパラサイトの封印って大事な仕事があるでしょ」

「あっ、そうこうしてる内に来たよ! 幹比古、初仕事だ!」

 ココアが指差す先に目を遣ると、大人の男を肩に担いで運ぶ黒服の男と、その男を守るように周りを取り囲む黒服の男達が空き地に入ってくるのが見えた。

 そしてそんな男達を追い掛けるように、空を飛ぶ男達の姿も見えた。

「はい、幹比古。手伝ってあげて」

「……分かったよ」

 溜息を吐きたい気持ちを抑えつけて、幹比古はゆっくりと立ち上がった。

 

 

 *         *         *

 

 

「“サイド・トライセップス”!」

 ボディービルのポージングの1つである、腕を背面に組んで横を向くことで上腕三頭筋を協調させるポージング。

 しかしプリティ☆ベルに変身した厚志がそれを使えば、体の至る箇所から細いレーザービームが幾十本も発射され、それら1本1本が指向性を持って敵を追い掛け回す遠距離攻撃となる。今回も雨のような密度のレーザービームが、深雪の偽者へと一斉に襲い掛かった。

「――――」

 ところがそのレーザーが深雪の偽者にぶつかる直前、彼女は加速系魔法を自分に掛けることによる高速移動でそれを避けた。まるで煙のように彼女の姿が掻き消え、一瞬前まで彼女がいた場所に次々とレーザーが衝突していく。

 しかし厚志の攻撃は、それで終わりではなかった。そもそも避けられることを前提としたうえでの“サイド・トライセップス”であり、レーザーが突然空中で軌道を変えると、移動先に姿を現した深雪の偽者へと即座に狙いを定める。

 そして深雪の偽者も、逃げた先でレーザーが追い掛けてくるのを前提としたうえでの“加速系魔法”である。彼女はベクトル転換によって即座に方向を転換し、自分を追ってくるレーザーを避けながら四方八方へ移動を繰り返した。彼女の体をレーザーが掠めるが、彼女の動きが止まることはない。

「私がやります!」

 すると厚志に代わって前に躍り出たリーナが、大規模な減速系魔法を辺り一帯に掛けた。深雪の偽者の体に掛かっていた加速系魔法の力が弱まり、彼女の体が空中で大きく減速する。

「“ダブル・バイセップス”!」

 胸を大きく反らしながら腕を肩の高さまで上げて肘を上に曲げることで、脚から上体にかけたすべての筋肉を魅せるポージング。先程のレーザーとは比べ物にならないほど極太のレーザービームが厚志の前方から発射され、動きの鈍くなった深雪の偽者へとまっすぐ向かっていく。

 そのスピードは本来のレーザーと同じ光速であり、1秒間に地球を7周半するスピードでは彼女との距離など一瞬の内にも入らない。

「――――」

 そしてレーザーで狙われる以前から魔法の準備をしていた深雪の偽者は、厚志のレーザービームに対して障壁魔法を間に合わせた。レーザーが衝突した瞬間にサイオンの青白い光を迸らせ、ほんの僅かに角度をつけることでレーザーを逸らした。

 思わぬ展開に、ほんの少し目を見開く厚志。

 そんな彼に見つめられながら、深雪の偽者は自身の体に加速系魔法を掛けて再び移動を始める。

 彼女のいた空間をダッチの翼が通り抜けたのは、それから一瞬後のことだった。

「ああもう、くそぉ!」

 地面から顔を出して悔しがるダッチを尻目に、深雪の偽者は10メートルほど離れた箇所に下り立った。艶のある綺麗な黒髪をふわりと舞い上がらせる彼女は、深雪に瓜二つな外見と感情を表に出さない無表情さが相まって、どこか気品を感じるような佇まいをしていた。

 そして彼女は顔を上げた。その視線は、厚志へと固定されている。

「成程、確かに見た目だけじゃなくて、もしかしたら中身も私達が初めて会った頃の深雪ちゃんにそっくりかもしれないね……」

 彼女を見つめながら、厚志はポツリとそんな言葉を漏らした。

 そしてそんな呟きを、すぐ隣にいるリーナが聞き漏らすことはなかった。

「……5代目プリティ☆ベル、訊きたいことがあります」

「何だい? あ、私のことは気軽に名前で呼んでくれて良いからね」

「このタイミングで出てきたところから推察するに、今回の作戦はあなた達が裏で糸を引いていたのですか?」

 注意深く深雪の偽者を見つめながら問い掛けるリーナに、厚志も同じように彼女の動向に注意しながら答える。

「“裏で糸を引いていた”というのは語弊があるけど、結果的にはそうなるね」

「なぜ私達に情報が下りてこなかったのですか? おそらくあなた達は、私の正体について既に気づいていたはずです」

「……残念だが、それは答えられない」

「…………」

「…………」

 互いに顔を見合わせていない状態で腹を探り合うという、非常に独特で緊迫した空気が2人の間に流れる。とはいえ、それを醸し出しているのはリーナだけなのだが。

 やがて観念したようにリーナが首を横に振ると、

「分かりました。それでは今ならば、アイツの正体について説明してくれますか?」

「良いよ。――“吸血鬼”の正体が、人間に取り憑いた魔性だというのは?」

「それは知っています。“パラサイト”と呼ばれる存在によって、肉体の強化とサイキックの能力が付与されたんですよね」

「その通り。おそらく君は私達のことも調査しているだろうから話すけど、そのパラサイトをこの世界に手引きしたのは、間違いなく“ナイアルラトホテップ”だ」

「な――!」

 厚志の口から飛び出したその名前に、リーナは驚愕で目を丸くした。過去に何度も世界を滅亡の危機に陥れている危険人物が新たに動き出したのだから、その驚きも当然のことだろう。

「つまり我々の仲間を吸血鬼にしたのは、Nyarlathotepの仕業だと?」

「ああ、そういうことだ。そして目の前にいるあの子も、ルラが引き入れたパラサイトの1体が取り憑いたことによって生まれた“吸血鬼”だ。おそらくあの中には、第一高校に襲撃した例の個体が取り憑いているのだろう」

「つまり、あの中にいる奴がミアを――!」

 リーナの表情に怒りの色が浮かび、ブリオネイクを握る手に力が籠もる。そのままの勢いで深雪の偽者に跳び掛かりたい衝動に駆られるが、隙のない彼女の立ち姿と自身の理性によって何とか踏み留まった。

「今回の吸血鬼事件の首謀者については分かりました。それでは、そのパラサイトが取り憑いているあの“人間”はいったい何者なんですか? 私にはあれがミユキにしか見えないのですが……」

「ああ、おそらくあれはルラが作り上げた、深雪ちゃんの“クローン”ってところだね」

「クローン……? しかし単なるクローンでは本物(オリジナル)ほどの魔法的素質はコピーできない、という研究結果が出ているはずじゃ……」

 魔法師の人権が今よりも軽く扱われていた頃、魔法師のクローンを作ることで魔法師を量産しようという計画は世界各地で行われていた。しかし遺伝子学的にはまったく同じ人間であるはずなのに、魔法的素質に関しては著しく劣化するという結果しか得られなかった。当然USNAでも同じような実験が行われ、そして同じような結果に終わっている。

 どこまで説明したものか、と厚志は考えながら深雪の偽者を改めて観察した。こちらが長々と話している間も、彼女はじっとこちらを見つめたまま動こうとしない。まさか自分達の会話が終わるのを待っているのか、あるいは何かの目的のために時間稼ぎをしているのか、という考えが頭を過ぎる。

 しかし“時間稼ぎ”という点では、こちらも同じだ。自分達を襲撃している奴らを片づければ、こちらに戦力を割くことができる。“ダブル・バイセップス”を真正面から受け流され、ダッチの奇襲も意味を成さない以上、増援が来るまで足止めする方が確実だ。

 よって、厚志はリーナに教えることにした。

「君は“哲学的ゾンビ”を知っているかな?」

「哲学の用語ですよね? 『物理的化学的電気的反応としては普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間』という、思考実験の産物である架空の存在だったはずです」

「さすが、よく勉強しているね。私もそっちの意味については、あまり知らなかったよ。――ただ今回の場合は、ルラが独自に持っていた複製技術に、どこかの狂った技術者が辿り着いたことによって生まれた奴らを指すんだ」

「Nyarlathotepの複製技術……? すみません、その辺りについては私も……」

「こいつらが暴れた事件については、人間側の協力は要請しなかったからね。君達が知らなくても無理はないよ」

 図らずも、自分の知識不足に落ち込むリーナを厚志が励ます、という構図になった。

 ぴくり、と深雪の偽者の体が僅かに動いた、気がした。

「そいつが開発した複製技術は、本物と接触せず、遠隔スキャンによって通常クローンを作るのに必要なサンプルを使わずにクローンを作り出すことができる。しかも肉体・能力・知能・知識の全てが、本物と完全に一致するらしい」

「どういう理屈かまったく分かりませんが、それが事実だとするならとてつもなく恐ろしい技術では……いや、違いますね。“哲学的ゾンビ”と名付けられているということは、まさかそのクローンには“意識”が無いということですか?」

「さすがだね、その通りだよ。しかも意識が存在しないだけじゃなく、本物と比べても魔力が極端に落ちるんだ。思考することもないから、非常に高性能な“肉塊”でしかないんだよ。――でも何かの拍子に“方向性”を得ることがあって、そうなると本物と同じ能力を持った、交渉も制御も不可能な“生体機械人形”と化すんだ」

 それを聞いたリーナは、確かに紛れもなく“ゾンビ”だな、と納得した。

 そして同時に、ルラがパラサイトをこの世界に引き入れた理由にも思い至った。

「成程、だからパラサイトなんですね。そのままでは意識が無く使い物にならないから、別の所から“意識”を持ってきてしまおう、と思った訳ですか」

「そうだろうね。それにパラサイトには、肉体強化やサイキックの能力がある。戦闘力の強化にも繋げることができるんだ」

 だとしたら今回の吸血鬼事件は、パラサイトを用いた戦力開発のための“実験”だった可能性もある。そんな実験によって仲間が異形のバケモノへと変えられ、そして自分がそれを処分しなくてはならなくなったという事実に、リーナの怒りは姿の見えぬ首謀者へと向けられた。

 そしてその怒りは、目の前にいる“実験結果”にも向けられる。

 しかしここで、疑問も生まれた。

「先程の話では魔力、つまりサイオン量は本物と比べると著しく減少するとなっています。しかし私との戦闘では、大規模な魔法を展開し、非常に強大な干渉力も備えているように見受けられました。これは“哲学的ゾンビ”の定義に反すると思うのですが」

「そうだね。これは私の推測でしかないが、もしかしたらルラは自分の複製技術から生まれた“哲学的ゾンビ”をフィードバックして、新たな複製技術を確立させたのかもしれない」

「…………」

 深雪の偽者は、動く気配も無くじっと厚志を見つめている。

 傍目には、彼の話を熱心に聞いているようにも見えた。

「おそらくルラが元々持っていた複製技術は、本人の同意があって初めてコピーできるんだと思う。だけど深雪ちゃんはルラに自分のコピーを作らせることに同意なんてするはずがないし、かといって同意無しに作ったら魔力が著しく減少してしまう」

「それじゃいったい、どうやって……」

 リーナの疑問に、厚志は少しの間考える素振りをしてから口を開いた。

「あの偽者は、ちょうど私達が出会った3年ほど前の深雪ちゃんにそっくりだ。――そしてそのとき、私達はパラサイトに取り憑かれていたと思われる女の子と接触したことがある」

「パラサイトにっ!」

 リーナが驚くのも無理はない。もしそれが本当だとするならば、ルラは3年以上も前からパラサイトを使って実験していたことになるからだ。

「もちろん当時は、それがパラサイトだって気づかなかったけどね。そして深雪ちゃんはその子によって、一度死にかけるほどの大怪我を負ったんだ。――おそらくそのときに採取した深雪ちゃんのサンプルを使って、彼女を作り出したんだ」

 厚志はそう言って、深雪の偽者を指差した。それでも彼女は、じっと厚志を見つめたまま動くことがない。

「にわかには信じられないですが、そう考えれば辻褄が合いますね……」

 そして仮にそれが事実だとするならば、これはかなり厄介な相手だ。

 リーナが深雪と対峙したのは、学校における実習だけだ。しかしその経験だけでも、深雪の潜在能力が非常に高いものであることが分かる。若干十代にてUSNA軍最強の部隊であるスターズの総隊長を務めるリーナがそう言うのだから、その凄まじさが分かるだろう。

 そんな深雪の潜在能力を持ちながら、パラサイトの持つサイキックの能力によって、その強大な力を現代魔法のプロセスを介さずに発動できるようになった。しかも人間とは違う知覚を持つことから、人間では反応できない速度にまで対応できる感覚を備えているかもしれない。

 思わず溜息を吐きたくなったリーナだが、それは厚志も同じことだった。

 仮に彼女が普通の魔法師とは違う枠組みでの実力を有する“劣等生”(イレギュラー)だったら、まだ厚志にも付け入る隙があった。しかし深雪の場合、魔法師として“ただ単に強い”のである。正直、敵に回すと一番厄介な類の相手だ。

 さてどうするか、と厚志が考えを巡らせ始めたそのとき、

「――――」

 厚志が説明している間は静観を貫いていた深雪の偽者が、突如動き出した。肉体強化による自力と加速系魔法を組み合わせた移動により、普通の人間では不可能な速さで厚志達に迫ってくる。

「この――」

 咄嗟にリーナが撃ち出したのは、周辺の空気を圧縮して撃ち出す空気砲だった。系統魔法を学ぶ際に最初に習う術式だけあって非常に単純なものであり、その分発動までの行程が少なくて済む。そしてリーナほどの腕前になれば、魔法師を迎撃するのに充分なほどの威力を備えている。

 しかしながら急ごしらえの魔法では深雪の偽者を捕らえるには至らず、彼女は目には見えないはずの空気砲をスッと横にずれてあっさりと避けてみせた。ふいに横にずれたことで、足を横に滑らせながら次の1歩を踏み出すべく体重を地面に掛けていく。

 そのタイミングを狙って、ダッチが地面から翼を伸ばしてきた。

「あっ――!」

 しかしそれも、深雪の偽者が加速系魔法でむりやり体を宙に投げ出したことで回避された。普通の人間では有り得ないタイミングでの有り得ない動きは、最初からダッチがこのタイミングで仕掛けてくることを読んでいなければできない芸当である。

 そうして2人の攻撃を避けながら、深雪の偽者は厚志へと迫っていった。

 ボディービルのポージングを取りながら、それを迎え撃とうとする厚志。

 しかしこのとき、

「…………?」

 厚志はふいに、彼女に対して違和感を覚えた。

 目の前に敵を見据えているというのに、まったく戦意を感じなかったのである。

 いや、むしろこの感じは――

 

 

 次の瞬間、厚志は彼女にキスされていた。

 

 

「はっ?」

「えっ?」

「――――!」

 咄嗟に腕を振り抜く厚志だったが、深雪の偽者はすぐさまその腕に自身の足を添えることで、逆にその勢いを利用して宙に跳び上がった。そして10メートルほど離れた場所、つまり先程まで厚志達と睨み合っていた場所まで戻っていった。

「――ふふっ、ごちそうさまです、厚志さん」

 そうして再び厚志に目を向けたときの彼女は、妖艶な笑みを浮かべながらそう言った。ペロリと唇を舐めるその仕草は、中学生の見た目をしているというのに大人の女性を彷彿とさせるような色気が漂っている。

「…………」

 そして戦闘中に唇を奪われるという希有な事態に見舞われた厚志は、警戒心を顕わにした目で彼女を睨みつけた。その表情には、先程の出来事に対する欲情の類は一切無かった。

「さすがは厚志さん、自分で言うのも何だけど、こんなに可愛い見た目の女の子にキスされても、全然動揺しないなんて。隣で顔を真っ赤にしてる初心(うぶ)な女の子とは大違い」

「だ、誰が赤くしてるっていうの!」

 大声をあげて反論するリーナだが、それが逆効果であることに気づかない辺り説得力は皆無だ。

「今のは何だ? 何かしらの魔法を掛けたのか?」

「嫌だわ、厚志さん。せっかく女の子が純粋な想いでキスをしたっていうのに、そんなことを言うだなんて。でもまぁ、“魔法”というのはあながち間違っていないかも。私のことを記憶に焼き付ける、とっても素敵な魔法だものね。……なんて、ちょっとクサかったかしら」

 実に楽しそうに、その白い頬を紅く染めて笑みを浮かべるその姿は、先程まで無表情で対峙していた彼女と同一人物なのか疑うほどにギャップがあった。

「それにしても、さすがは厚志さんね。初めての戦闘だっていうのに、あそこまで的確に私の正体を見抜くだなんて。事前に幾つかヒントを与えていたとはいえ、それと即座に結びつけて結論を導く頭の回転は素晴らしいわ。そこら辺の、脳味噌まで筋肉で出来ているような奴らとは大違い」

「ということは、やはり――」

「そう。私は司波深雪をオリジナルとして作られた“哲学的ゾンビ”に取り憑いて生まれた……何て言えば良いのかしら? こういうときに名前が無いのって不便ね」

 おどけたように笑ってみせる彼女だが、それに反して立ち振る舞いには一切の隙が無い。先程からリーナやダッチが攻撃を仕掛けるタイミングを伺っているが、なかなかそれを掴めずにいた。

 すると深雪の偽者が、ふいに周りへと視線を遣った。

「……残念、時間切れみたい。でもまぁ、私の目的は果たせたも同然ね。だって厚志さんの頭の中には、私のことが強烈に残っているんだもの」

「待ちなさい、吸血鬼! 私が逃がすとでも思ってるの!」

 リーナがブリオネイクを構えて1歩前に踏み出すも、深雪の偽者がそれに動揺した様子は無く、むしろ面倒臭そうな白けた目を彼女に向けた。

「うっさいわね、“劣化版厚志さん”風情が。その程度で“戦略級魔法師”を名乗るだなんて、笑っちゃうわ」

「――このっ!」

 リーナは即座にブリオネイクの先端を彼女に向けると、辺り一帯が明るくなるほどのレーザーを、常人には一瞬にしか感じない早さで撃ち出した。そして常人には一瞬にしか感じない速さで、深雪の偽者へと迫っていく。

 しかしレーザーが当たる直前、彼女の姿が掻き消えた。何も無い空間を、レーザーが通り過ぎていく。

「――――!」

 それと同時に彼女の気配を感じ取れなくなった3人は、彼女の姿を捉えようと辺りを隈無く見渡した。しかし目に映るのは薄暗い空き地の光景のみであり、彼女の姿などどこにも見当たらない。

 睨みつけるように目を凝らす厚志の耳元に、突如声が響く。

「最後に私の名前、教えてあげる」

「――――!」

 バッと後ろを振り返った厚志だが、そこには誰の姿も無かった。

「ああもう、“アンジー・シリウス”ともあろう者が、目の前の敵に逃げられるなんて!」

「まさか亜空間に逃げたのか! よーし!」

 リーナが奥歯を噛みしめて悔しさを顕わにし、ダッチは逃亡手段に思い至ってその体を地面に潜り込ませて姿を消した。

 2人がそのような行動をしている間も、厚志は何も無い空間を眺めたまま動かなかった。

「――スノウ、か」

 厚志の口から漏れ出たのは、つい先程聞いた“彼女”の名前だった。

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