魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第90話 『刹那的な悦楽主義者ほど面倒臭いものはない』

 今回の“吸血鬼捕獲作戦”の結果について結論から言うと、途中に“乱入者”があったこと以外は、全てつつがなく事が進んでいった。吸血鬼を狙って襲撃してきた者達も数多くいたし、実際に奪われかけたグループもいたのだが、そこはエリのドッペルゲンガーと黒羽家の黒服達が走り回ったことで乗り切った。

 幹比古による封印が施された後は、襲撃者の攻撃もさらに激しくなった。しかし既にその空き地には、今まで吸血鬼を捕らえるために分散していた戦力が全部集まっている。どれほど襲撃者が数を揃えようと、正直彼らの敵ではなかった。なのでここでは描写を省略する。

 問題は、襲撃者を撃退した後のことである。

「はーい、それじゃ今から、吸血鬼の“分配”を始めまーす」

 ミルクがその場に呼び掛けると、集まっていた面々が1歩前へと踏み込んだ。無表情を装ってはいるものの、内心そわそわしていることはミルココに筒抜けである。

「それじゃ、まずはダッチとモカ。1人につき1体ってことで、合計で2体はどう?」

「良し! これで魔王様に褒めてもらえるな!」

 ダッチは嬉しそうにそう言いながら、地面に転がった吸血鬼2体を大きな布で纏めて括ると、それを持って亜空間へと潜り込んでいった。初めてそれを見る面々は、地面に潜り込んで完全に姿を消す光景に「おぉっ」と小さくどよめいた。

「それじゃ、次は亜夜子と文弥ね。今回文弥はお父さんと一緒に吸血鬼捕獲で動いてくれたし、亜夜子も“知り合い”を呼んで後方スタッフとして色々働いてくれたからね。3体くらいはあげても良いかなって思うんだけど、どうかな?」

 ココアが周りに呼び掛けるが、特に反論は無かった。この2人に渡すのは実質的に“四葉家”の分であり、司波兄妹が働いた分も含まれているのだが、周りからの追及が無かったことに関してミルココ達は内心ホッとした。

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

 亜夜子と文弥が丁寧な所作で頭を下げ、黒服の男達が粛々と吸血鬼を運んでいった。ちなみに2人と達也たちとの関係を悟られないように、この場での接触は禁じられている。だからだろうか、昔から達也に懐いている文弥は若干不満そうだった。

「それじゃ次に、幹比古ね。今回の作戦は幹比古がいたから成立したところもあるし、思い切って4体渡しちゃうね。吉田家で研究してくれれば、パラサイトの生態についても色々見つけてくれそうだし」

「うん、分かった。滅多に出会うことのない怪異のサンプルが手に入るなんて普通は無いからね、とても助かるよ」

 口ではそう言う幹比古だったが、意識の無い4体の人間を目の前に差し出されても、正直彼1人では手に余った。後で家の人間を呼びつけよう、と彼は地面に転がる吸血鬼を眺めながら思った。

「んじゃ、次に……真由美」

「あ、はいっ!」

 ココアの呼び掛けに、真由美が手を挙げながら前へと躍り出た。

「何か、お父さんに吸血鬼を貰ってくるように頼まれたんだって? まぁ、今回の作戦でも真由美は働いてくれたし、1体くらいならあげても大丈夫だよ」

「……うん、ありがとう」

 地面に横たわる吸血鬼(見た目には変なお札を貼られた人間にしか見えない)を、真由美は若干引き気味で眺めていた。いくら十師族の人間とはいえ、年頃の少女の反応としては普通だろう。

「ところで、克人は大丈夫なの?」

「十文字家が信条とするのは“一騎当千”であり、こういった“未知のモノに対する研究”に関しては畑違いだ。だから構わない」

 腕を組んで堂々と答える克人に、ミルクも「分かったー」とあっさり引いた。“当主代理”である彼が言うことなので、おそらく問題は無いだろう。ちなみに同じような理由で、エリカの属する千葉家も吸血鬼の受け取りを辞退している。

「それじゃ、最後に1体余ったから……。――せっかくだし、リーナも貰っておく?」

「へっ?」

 ココアが最後に呼び掛けたのは、空き地の端っこにいたリーナだった。既にアンジー・シリウスの格好から着替えているが、あまり目立ちたくないという理由で、人混みから離れて1人佇んでいたのである。

「良いじゃん、貰っちゃいなよ。こんなサンプル、滅多に入手できないよ? 大学の研究機関にでも持って行ったら、凄く喜ばれるんじゃないの?」

「……そうね、せっかくだし貰っていくわ」

 リーナは戸惑いながらも、首を縦に振った。確かにこんな機会は滅多に無いだろうし、()()()()()()()を追うに当たっての重要な手掛かりにもなり得る。

「ちょっと、大丈夫なの? 貴重なサンプルが海外に流出するのよ?」

 しかし、それに異を唱えたのはエリカだった。とはいえその口振りからして、何が何でも反対するという強い意志は感じられず、せいぜい『ミルココ達の思惑を確認しよう』という程度のものだと思われる。

「あぁ、別に大丈夫だって。こういうのって、色々な所で研究してくれた方が、その分早く真相に辿り着けるだろうし。それに――」

 ココアはそこで言葉を区切ると、周りの者達(特に先程吸血鬼を渡したリーナ)をグルリと見渡しながら、言い聞かせるようにゆっくりとこう言った。

「仮にコレを使って何か企んだとしても、出所はすぐに掴めるからね」

「…………」

 成程な、とリーナは思った。どうにも羽振りが良いと不思議に感じていたが、こうして皆が見ている前で吸血鬼の受け渡しをすることで、パラサイトを悪用しようとしたときに首謀者を簡単に絞り込むだけでなく、ここにいる全員でその情報を共有して互いに監視しようという訳だ。

 皆がそのことを感じ取ったところで、パンパンッ! とミルクが大きく手を叩いた。全員が彼女へと向き直り、幾十もの視線が彼女に集中する。

「はい、それじゃ以上で“吸血鬼捕獲作戦”を終了しまーす。皆さん、夜遅くまで大変お疲れ様でしたー。――あっ、でも家に帰るまでが“作戦”だから、皆さん注意して帰宅してくださーい」

 どこの遠足だ、と思わなくもない彼女の言葉だが、戦力が散り散りになったところを狙われる危険性も充分に存在する以上、確かに注意しておくに越したことはないだろう。

 そのことを胸に刻みながら、作戦の参加者はそれぞれ帰路に着いた。

 

 

 

「……ねぇ、今回の襲撃、どう思う?」

 既に“終電”という概念が消滅して久しい現代において、深夜でも市民の足として機能を発揮するキャビネットに乗ったエリカが、同乗者であるレオにそう問い掛けた。

「どういう意味だよ?」

「襲撃してきた奴らって、天使とか魔族とかもいたんでしょ? 確かに空から攻撃してくる奴とかもいたから、結構大変だったけど……。厚志さん達から話で聞いていた印象と比べると、何だか拍子抜けっていうか『こんなもんなの?』って感じがしなかった?」

 随分と自信過剰に受け取られかねないエリカの物言いだが、レオは真剣な表情で考え込んだ。どうやら彼も同じようなことを考えていたようである。

「……でもアイツらの雰囲気からして、手を抜いていた感じは無かったぜ?」

「うん、それはアタシもそう思う。でも仮に奴らの“親分”の立場として考えたとき、もっとやりようがあったとは思うのよ。――何ていうか『あまり攻めすぎないようにしよう』って意図が見え隠れしているように感じたのよね」

「……つまり、吸血鬼を奪うことが目的じゃなかったってことか?」

「『奪うことが目的の“1つ”であって、奪えなくても特に支障は無い』くらいかしら? だとすると問題は“メインの目的”なんだけど……」

「さすがに情報が少なすぎて分からねぇしな……」

 キャビネットに揺られながら、2人は唸りながら考え込んだ。

 

 

 *         *         *

 

 

「……どうやら、作戦は終了したようですね」

 街路カメラをメインに有毒ガスや違法電波の検知器と合わせて組み込まれた、魔法の無許可使用を感知するサイオン波レーダーのモニター。これが魔法師が世間に認知された現代社会における、先進国においてごく一般的な“市街地監視システム”である。

 そんなシステムのモニターを前にして、独立魔装大隊の一員である藤林響子は無意識に溜息を吐いた。つい先程までモニターを注視していたことによる疲れが表れたのか、それとも――

「いやはや、なかなか面白いものを見られた。長生きはするものだな」

 藤林の背後から聞こえてきた、いかにも呑気な老人然とした台詞に、藤林は再び吐きそうになった溜息を呑み込んで後ろを振り返った。

 そこにいたのは、元・国防陸軍少将で現・国防軍魔法顧問である、90歳近い年齢になるであろう九島烈だった。年齢的に考えれば先程の台詞が実によく似合うが、まっすぐな背筋とぴっしり撫でつけられた総白髪によって実年齢よりもかなり若々しく、そしてどこか人を惹きつけるオーラを放っている。

 2人がここで何をしているのかというと、先程まで行われていた作戦のバックアップである。

 市街地監視システムはハード面でもソフト面でも融通の利かないシステムだが、市街地を包括的に監視できるシステムである。しかも手動で閲覧・使用記録を制限できることもあり、今回のような作戦の場合にはもって来いである。

 正規のオペレーターとしてシステムを動かしているので、藤林にとっては技術的には楽でも操作性では不自由で窮屈だった。しかし今回は、個人的に知り合いでもある七草真由美からの依頼(もちろん、そうなるように仕向けておいた)である。普段のように好き勝手する訳にはいかない。

 それに今回は、すぐ背後に烈の姿もある。そもそも彼はこの場にいるはずではなかったのだが、どこから話を聞きつけたのか、こうして藤林のすぐ後ろでモニターを眺めている。いくら彼が自分の祖父であったとしても、かつて世界最強の魔法師の1人と目されていたほどの実力者であり、現在も大きな影響力を持つ彼の前で下手な真似を打つ訳にはいかない。

「それにしても、今代のプリティ☆ベルが声を掛けただけあって、なかなかの実力者が揃っているな。力ある者は力ある者を、異能は異能を引き寄せるということだろうか。――もっともこの場合、引き寄せているのが“彼”である可能性もあるが」

 烈の言葉には個人名が出てこなかったが、藤林がそれを聞いて勘違いすることは無かった。

「“類は友を呼ぶ”という言葉もあるが、彼はどうやら平穏とは程遠い星の下に生まれたようだな」

「確かに。周りを振り回しているように見えて、実際には振り回されているのかもしれませんね」

 薄い手袋に包まれた細い指でコンソールパネルを操作しながら、藤林がそんな相槌を打った。烈としてはその“類友”に独立魔装大隊の面々(つまり藤林自身)も含まれているのだが、幸か不幸かその真意は伝わらなかった。

 しかし烈はそれを何とも思わず、むしろクスクスと面白そうに含み笑いを漏らした。

「それにしても、思いがけず面白いものを見せてもらった」

 その言葉には、さすがの藤林も椅子を回して咎める視線を向けた。それに対して烈はごまかすように咳払いを1つしたが、その仕草も単なるポーズに見えてしまう。

「あの吸血鬼は、“彼”の妹に瓜二つだったな。おそらくクローンか調整体の類だろう。そして先程の戦闘から察するに、おそらくパラサイトが憑依していると思われる。――成程、そのような使い方もあるのだな」

「…………」

 最後にポツリと聞こえたその言葉に藤林が烈を見上げると、彼の顔には久しく見なかった“野心の影”が垣間見えた。

 

 

 

「…………」

 四葉本家、一般的に言う“執務室”に相当する部屋にて、四葉真夜は目を覆うシェード型のモニター装置を外してデスクに置くと、背もたれに体重を掛けてゆっくりと目を閉じた。

 彼女が先程まで見ていたのは、藤林が見ていたのと同じ光景だ。普段のハッカーとしての藤林だったら気づいただろうが、システムの操作手順に則ったオペレーターとしての彼女では、システムの想定外である手段での傍観者には気づかなくても仕方がない。

 真夜はモニターをデスクの引き出しにしまうと、脇に置かれたハンドベルを鳴らした。

 程なくして、真夜の執事であり腹心でもある葉山が部屋の扉を開けて入ってくる。

「お呼びでしょうか、奥様」

 真夜の前まで歩み寄った葉山が、恭しく頭を下げた。真夜は結婚歴が無いので“奥様”と呼ぶのは本来そぐわないのだが、その辺りについては“便宜上”といった感じだろう。

「貢さんが戻りましたら、こちらに来るように言ってください」

 笑顔を浮かべることもない簡潔な命令ではあったが、付き合いの長い葉山はそれだけで真夜の心情を読み取った。

 今の彼女は、普段とは比べ物にならないほど()()()()()、と。

「……了解しました」

 葉山は下手なことは言わず、深々と一礼して答えた。

 そして顔を上げたとき、その視線を彼女の座るデスクへと向けた。その視線の先にはちょうど、先程まで彼女が使っていたシェード型のモニター装置がしまわれている。

 しかし葉山は口を開くことなく、その視線を脇にあるソファーの方へと向けた。すると“そこに座っている人物”は目敏くそれに気づき、彼の意向に気づいたことを示すように軽く手を振る。そして葉山もそれに応えて小さく一礼する。

 その遣り取りの後、葉山は部屋を出ていった。

「……あんまり葉山さんを困らせるものではないわ、真夜」

 するとその直後、部屋のソファーに座っている人物――四葉深夜が、微笑みを携えながら真夜にそう声を掛けた。

「困らせる? 確かにこんな時間に起こしてしまうのは、少し悪い気が――」

「分かってて言ってるでしょう? 葉山さんが言いたいのは、そこにしまってる装置のことよ。――最近のあなた、“フリズスキャルヴ”の情報収集能力に頼り過ぎていないかしら?」

 真夜にとってはあまり愉快ではない話題に、普段から余り本心を表に出すことのない彼女には珍しく眉を潜めた。とはいえ、怒りを見せる、とまではいかなかった。

「アレの使用がメリットばかりではないことくらい、オペレーターである私は理解しているつもりよ。それにアレは純然たる科学技術の産物であって、未だにブラックボックスの部分が少なくない魔法よりはよっぽど――」

「そういうことを言っているんじゃないの。それにブラックボックスで言うのなら、フリズスキャルヴは本体の設置場所すら分かっていないものでしょう。今まで嘘を吐かなかったからって、これからも嘘を吐かないなんて保障がどこにあるの?」

 屁理屈を正論で切り捨てられ、真夜はバツの悪そうな表情を浮かべた。もっとも彼女の場合、ただ単に“拗ねている”と受け取れなくもないが。

「いっそのこと、その装置の在処も達也さんに突き止めてもらったらどう? 本体に直接アクセスできれば、独占的に支配することも可能じゃなくて?」

「まだ早いわ」

 いったい何が早いのか。適切なタイミングとはいつなのか。

 解釈の余地を残した曖昧な回答ではあったが、深夜はそれ以上追及はしなかった。

 その代わり、彼女に問い掛けた。

「――随分と機嫌が悪いじゃないの。“アイツ”が出てきたからかしら?」

「…………」

 深夜のその一言により、真夜を取り巻く空気が明らかに変わった。

 耐性の無い者ならば震え上がってもおかしくないほどの、肌を焼くような純粋な“殺気”。

「……深夜姉さんは、“アイツ”に対して何とも思わないの?」

「思わない訳ないでしょ? 愛する妹を助けただけでなく、国際テロリストになりかけた四葉家をも救ってくれた“恩人”を踏みにじるように、その姿や能力を写し取って世界を破滅に導く奴に対して怒りを覚えるのが当然の反応だわ。――でも、さすがにあなたの怒りには負けるわよ。桃地美雪を()()しているあなたには、ね」

「……自分の娘を殺しかけ、しかもその姿をコピーした“兵器”を生み出したことについては?」

「もちろん怒りはあるわよ? でも、私達が言えたことではないでしょ?」

「…………」

 深夜の言葉に対し、真夜は何も言わなかった。

 彼女がそのとき何を思ったか、それは精神構造干渉魔法の使い手である深夜でさえも読むことができなかった。

 

 

 

 アメリカの西海岸に建つ、とあるマンション。そこはまさしく“可もなく不可もなく”といった評価が相応しい、単身者向けとしては実に中流的で特徴に乏しい建物だった。

「…………」

 そんなマンションの一室にて、1人の少年がシェード型のモニター装置で目を覆いながら、ベッドに腰掛けていた。西海岸では今時珍しい生粋のアングロサクソンであり、実際の年齢よりも幼く見える貴公子然としたルックスをしている。

 ふいに彼はモニター装置を外すと、それをベッドに無造作に放り投げた。そして天井を見上げながら、深い深い溜息を吐く。

 そしてその姿勢のまま、ぽつりと呟いた。

「……実に面白かった」

 その少年――レイモンド・S・クラークが発したその声には、静かな興奮がありありと滲み出ていた。それを示すかのように彼の頬は紅く上気し、心臓はバクバクと大きく脈動している。もしも事情を知らない者が彼の姿を見れば、生中継されていたスポーツの試合でも熱心に観戦していたんだろう、と思うかもしれない。

 確かに“それ”を観ていたときの彼の心境は、それと非常に似通っていた。

 実際にはスポーツの試合などではなく、USNAと日本の両国で大きな騒ぎとなっていた“吸血鬼”が捕獲されていく映像だったのだが。

「それにしても、今頃ジード・へイグは悔しがっているだろうね。まるで狙い澄ましたかのように、自分の企みを潰されているんだから」

 ジード・へイグ。またの名を顧傑(グ・ジー)

 無国籍の華僑であり、国際テロ組織“ブランシュ”の総帥。達也たちが昨年の春に捕まえたブランシュ日本支部のリーダー・司一(つかさはじめ)の親分であり、国際犯罪シンジケート“無頭竜”(ノー・ヘッド・ドラゴン)の前首領・リチャード=孫の兄貴分でもある。

 パラサイトが人間世界に現れたのはルラの仕業だが、吸血鬼となった彼らが日本に上陸したのには彼が関わっていた。ブランシュ日本支部と無頭竜の日本拠点を立て続けに失ったことによって日本に干渉する手段を無くした彼が、吸血鬼事件の騒ぎに乗じて日本での工作拠点を再建することが目的だ。

 しかしその企みも、結局のところ失敗に終わった。

 他ならぬ、プリティ☆ベル達によって。

「だけど今回の場合、単なる失敗には終わらなかった。プリティ☆ベルの協力者である者達の戦闘風景をこうして見ることができただけじゃなく、5代目プリティ☆ベル・高田厚志をも出し抜いてみせた“兵器”もお披露目された。――そしてナイアルラトホテップが直々に宣戦布告したことで、タツヤ・シバへの注目が俄然大きくなった」

 レイモンドが先程まで観ていた映像は、日本の市街地に張り巡らされている市街地監視システムによるものだ。当然ながらそう易々と覗き見できるものではないが、彼のように“フリズスキャルヴ”を使えば見ることは可能だろう。

 しかも今回の場合、事前にルラからフリズスキャルヴのオペレーターに対して“宣伝”が行われている。先程の映像は、非常に局地的な範囲で注目度が高いものだったのである。

 そこまで頭を巡らせたところで、レイモンドはハァッと大きく息を吐いた。その表情は歓喜を通り越して“陶酔”の域にまで達している。

「あぁ、凄くワクワクするよ……。おそらくこれから数年の間で、世界情勢は大きなうねりと共に移り変わっていくだろう……。もしかしたら第四次世界大戦の幕開けになるかもしれない大事件が、手を伸ばせば届く距離にまで迫っているのを感じるよ……」

 弾むような足取りで部屋中を歩き回るレイモンドの姿は、まるでゲームを買ってもらう約束を貰った子供がその日を待ち侘びているかのような、あまりにも純粋な“期待”に満ちたものだった。

「うーん……、こんなビッグウェーブ、乗らなきゃ勿体ないって感じだなぁ……。でも今までのような、フリズスキャルヴを振りかざして“賢者”(セイジ)を名乗るのとは危険度が段違いだし……。あぁ、でもこんな面白そうなこと、そうそう無いに違いないし……」

 悩ましげな、それでいて実に楽しげな声は、しばらく止みそうになかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 人間の住む世界とは地続きの、しかし普通の人間にはけっして越えることのできない壁の向こう側には、地平線の彼方まで見渡せる空間が広がっていた。地面には草1本生えておらず、炎のように真っ赤な空を闇のように真っ黒な雲が流れていく。

 そのような空間のど真ん中で、口の字型に組まれたテーブルに座る4人の男女がいた。

 青い髪を背中に流した、豊満な大人の体にあどけない少女の顔立ちをした女性。

 長い金髪をきつく縛り眼鏡を掛けた、キャリアウーマンの風貌をした女性。

 金色の髪が目にも眩しい、刃のように鋭く冷たい雰囲気を醸し出す男性。

 そして、黒い長髪に黒い髭を蓄え、爬虫類のような鋭い目つきをした男性。

 この4人こそが、魔界を総べる4人の魔王である。上から、南の魔王・シャルエル、東の魔王・イカタ、西の魔王・ベルベリオン、北の魔王・ドゥール=ヴァリオンという名前であり、それぞれ“大淫婦”、“風に乗りて歩む者”、“騎士王”、“黒龍”(シュヴァルツ・ドラッツェ)といった二つ名を持っている。

 そんな4人が、なぜこうして集まっているかというと、

「魔王様! パラサイト、持ってきましたー!」

 地面からいきなり顔をだしたダッチが、その手に持っていた吸血鬼を無造作に地面に転がしながらドゥールにそう呼び掛けた。当のドゥールは視線を僅かに吸血鬼へ向けるのみだったが、他の魔王は「ほう……」と感嘆の声を漏らしたり、「まぁまぁ」と身を乗り出して熱心に観察したりしていた。

「成程、これがナイアルラトホテップが()()()()とも違う次元から呼び出した“魔性”か……」

「人間の意識を乗っ取り、その人間が心の奥底にしまっていた欲望や才能を引き出し、さらには超能力にも目覚めさせる“情報生命体”……」

「ふーん、確かに色々と面白いことができそうねぇ。ナイアルラトホテップが興味を持つのも分かるわ。――んで、これを私達を集めてこうして披露しているってことは、これを()()()()研究しようって感じかしら?」

 ドゥールへ向けて、他の3人が一斉に視線を向ける。

 そして、ゆっくりとした動きでドゥールが口を開いた。

「その通りだ。ナイアルラトホテップがこうして再び動き出したことが判明した以上、奴が主力とするであろうパラサイトについて早急に研究を進めなければいけない。ならば我々が個別に研究するよりも、共同で研究所を設立して進めた方が合理的というものだ」

 彼の言葉に真っ先に反応したのは、ベルベリオンだった。

「ふっ、面白い。ならば俺の国からはガリレオを派遣しよう。珍しくアイツも乗り気だからな、面白い結果を示してくれるだろう」

「あら、私の国だって教育レベルは高いのよ? 優秀な研究者がたーくさんいるんだから」

「私の国も、技術開発に関しては胸を張れる自信があります。しかし他国の研究者と交流を図ることにより、技術力の発展が臨めることもまた事実。良いでしょう、その話に乗ります」

 彼だけでなく、イカタやシャルエルの女性2人もドゥールの提案に乗った。というよりも、人間の世界と違って“4つの大国”とごく少数の民族しか存在しない魔界では、共同で行う事業に乗っておかないと自分だけ置いていかれてしまうことになる。

「協力、感謝する」

 3人に対し、ドゥールは短くそう答えた。

 その胸の内に何を隠しているのか、外見からは窺い知ることはできない。

 そしてそれは、他の3人も同じことだった。

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