そういったものが苦手な方は、ブラウザバックすることをお勧めします。
第91.5話 『こういう話のときにこそ、“挿絵投稿”が生きるのだろう』
たとえ学校の無い春休みであろうと、深雪の起床時間が遅くなることはない。それは達也の世話をすることが至上の喜びである彼女だからこそであり、それは桜井水波が深雪達の家に住むようになってからも変わらない。
「……おはようございます、深雪姉様」
「おはよう、水波ちゃん」
リビングにやって来た水波が、既にキッチンで朝食の準備を始めている深雪の姿を見つけ、若干悔しそうな表情を浮かべて挨拶をした。主人に先を越されてしまったことが、彼女の使用人としてのプライドを傷つけたからかもしれない。
ちなみに水波の深雪達に対する呼称について、彼女が司波家に住むことになったその日の内に“達也兄様”と“深雪姉様”に変更となった。
彼女が“護衛”としての役割を兼ねている以上、常に2人と一緒にいるための“理由”が必要だ。そこで考えられたのが『水波は2人の母方の従姉である』というものだ。元々2人の戸籍は嘘で真っ赤に染まっているため、今更従姉が1人増えたところで問題は無い。本当は“達也さん”や“深雪さん”と呼ばせたかったが、水波がそれをきっぱりと拒否したため現在の形に落ち着いた。
そして呼称と共に話し合われたのが『達也の世話を誰がやるか』についてだった。水波は自分がやるものとしてここに来た訳だが、深雪としても達也の世話を誰かに譲る気なんて更々無かった。呼称よりも随分長い時間を掛けて話し合った末に、それぞれ仕事を分担することで決着となった。今回のような“出し抜き”が常に行われてはいるが。
そんな紆余曲折を経ながら、2人は今朝も横に並んで朝食の準備を進めていった。コトコトと静かに味噌汁が温められ、リビング中に食欲をそそる匂いが立ち籠める。
と、そのとき、ふいに深雪がハッとした表情で顔を上げた。天井からほんの微かに足音らしき物音が聞こえてきたのはその直後のことで、2人の絆はこんなところにも作用されるのか、と水波はそれを見る度に不思議に感じざるを得なかった。
階段を下りていく足音に合わせ、深雪がリビングのドアの前へと移動していく。
そうして深雪が待ち構える中、がちゃりと音をたててドアが開かれた。
そこから入ってきたのは、引き締まったスレンダーな体躯ながら柔らかな印象も与える、絶妙なプロポーションを持った人物だった。黒くて艶のある長い髪が背中に垂れ、整った顔立ちは切れ長の双眸も相まって“クールビューティー”の評価を違和感無く受け入れる。
さすがに深雪と並んでしまうと分が悪いが、それでも“美人”の部類に充分入るほどの
「おはようございます。――
「……おはよう」
ニコニコと満面の笑みを浮かべて挨拶する深雪に、その少女――司波達也は口から出そうになった言葉を呑み込んで挨拶を返した。
* * *
事の発端は、昨日の夕方。
いつものように厚志家で夕飯を摂ることになった司波兄妹だが、その日は深雪だけが一足先に厚志家へと向かった。達也が開発者として勤める
深雪が厚志家の居間に足を踏み入れたとき、普段見ない珍しい顔に気がついた。
「あら、レティじゃない」
「おぉ、深雪やん。久し振り」
座布団に座ってテレビを観ていたのは、水色の長い髪に同系色の眠そうな目をした、魔法使いのようなとんがり帽子を被った幼い見た目の少女――レティシアだった。彼女はリカルドの(色々と事情はあるが)恋人であり、現在はエリの両親を護衛する任務に就いている。
「どうしてここに? あかねさん達の所は良いの?」
「ちょっと暇もろてな、リっちゃんに会いに来たんよ」
「そう。リカルドさんはエリの護衛に行ってるから、もう少しで帰ってくると思うわ」
「今って春休みちゃうの?」
「入学式に向けて色々準備があるのよ。エリは風紀委員だから、打合せすることも多いのよね」
「成程な。まぁ、リっちゃんの“仕事”の邪魔したらアカンし、ここで待たせてもらうわ」
最初は他の女性と話すだけで殺意が湧いていたのに随分と成長したな、と深雪は思った。おそらく3年ほどに渡るリカルドとの交際が、彼女に心の余裕をもたらしているのだろう。リカルドが裏で並々ならぬ努力をしている結果がきちんと表れていることに、深雪はホッと胸を撫で下ろす。
と、そのとき、深雪は台所から料理しているような物音が聞こえてくるのに気がついた。おそらくモカ辺りが既に料理を始めているのだろう。
厚志家に来た本来の目的を果たすべく、深雪も早足で台所に向かおうとした。
しかし、
「――あら?」
居間のテーブルに置かれた掌サイズのビンに、深雪はふと足を止めた。
「レティ、それって魔法薬?」
「せや。ついさっき出来てな」
彼女の武器は“ちらかし砲器”と名付けられたブースター付きの散弾銃だが、それ以外にも、彼女の魔力を材料に月に1度のペースで何かしらの“魔法薬”が出来上がるという能力がある。かなり便利な能力に思えるが、その効果はランダムだ。もの凄く使用期限の短い万能薬が出来るときもあれば、半径300メートル内の生物を皆殺しにする毒ガスが出来るときもある。
もっとも、大まかな種類は魔法薬の色で判別できる。現在ビンの中にある魔法薬は青色なので、人体には無害で何かしらの変化をもたらすもののようだ。
「それの効果って、いつもみたいに分からないの?」
「いや、今回は分かる。前にも同じ薬が出来たからな。前は気化系で、今回は液体系って違いはあるけど」
「へぇ。ちなみに、どんな効果?」
「――“性転換”やな」
ぴくり、と深雪の体が反応した。
「……それって、ずっと前に厚志さんが女性になったときと同じヤツ?」
「せや。本人と周りの人間には、その人の性別が変わったように見えるっちゅう魔法薬や。変わるのは“認識”だけやから、カメラとかに映るのは本来の姿やけどな。持続時間は……せやな、今回は50時間ってところやな」
「……それって、何かに混ぜて飲ませても体に害は無いのよね?」
「もちろん。――何や、誰かに混ぜて飲ましたいんか?」
レティシアの質問に、深雪はニコリと笑みを浮かべるだけだった。
「お兄様、紅茶をどうぞ」
厚志家での夕飯を終え、司波兄妹と水波は自分達の自宅へと戻った。そして一息吐いたところで、深雪が紅茶を淹れて達也の目の前へと差し出してきた。水波は自分が淹れると言ったのだが、深雪が頑なに拒否したために叶わなかった。
「ああ、ありがとう深雪」
達也が礼を言った後も、深雪はその場を離れようとせずにニコニコと彼を見つめている。彼が訝しげな視線を向けても、彼女はその笑顔を崩すことなく小さく首をかしげるのみである。
――成程、いつもとは紅茶を変えたんだな。
そして達也はそれを、いつもと違う紅茶を淹れたことによるリアクションを見たいのだと解釈した。それはそうだろう。自分にとって最愛の妹である深雪に対して、何か自分に危害を加えるかもしれないなんて警戒をするはずがない。彼女の自分に対する普段の態度を考えれば尚更である。
なので達也は何の疑いも無く、その紅茶を口にした。
ボフンッ!
「――――えっ?」
その瞬間、どこからともなく現れた煙が達也を覆い、深雪は小さくガッツポーズをした。
煙が晴れた後、彼は“彼女”になっていた。
* * *
「……申し訳ございません、お兄様。どうしても女性になったお姿を拝見したくなりまして……」
「いや、深雪が気に病むことはないよ。俺の体が魔法薬の効果を拒絶しなかったことは、さすがに驚いたけどな……」
さすがに反省した様子で落ち込む深雪に対し、達也は微笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でた。それを少し離れた場所で眺めていた水波は、まるで“そういう系統の物語”のワンシーンであるかのように絵になる光景だ、と秘かに思った。主人である達也の意向を汲んで、けっして口にはしなかったが。
「私達の認識を変えるだけで、お兄様自身には何ら影響を及ぼさなかったからでしょうか……?」
「そうだろうな。――それにしても、効果が切れるまで50時間か……。とりあえず、今日は学校に行く用事が無くて助かったよ」
学校自体は仮病でも何でも使って休めば良いが、そんなことをすればエリカを始めとしたクラスメイトが家に押し掛けてくるに違いない。体調を悪くした達也を心配して、という意味ではない。そもそも彼女達がそれを素直に信じるはずがなく、何かあったと確信して家に押し掛けてくるに違いないからだ。
と、達也がそんな台詞を口にした直後、
プルルルル――。
彼の携帯端末に着信が入った。どうにも嫌な予感がするが、無視する訳にもいかないので彼は電話を取ろうとポケットから取り出し、
「もしもし」
『すみません、御曹司。お休み中に』
電話口の相手は、F・L・TのCAD開発第三課主任を務める牛山だった。
『……御曹司、何だか声が変じゃないですかい? 普段より高いような――』
「すみません。どうにも風邪気味でして」
『そうなんですかい? 参ったな……、だとしたら御曹司に来てもらうのも……』
「何かあったんですか?」
達也がそう尋ねると、牛山はしばらくの間悩むように言い淀んでいたが、やがてポツポツと喋りだした。
『実は御曹司のアイデアで開発していたCADですがね……、想定していた効果と違う結果が表れるトラブルが起こりまして、その原因がどうにも分からないんですよ……』
「原因不明のトラブル、ですか……。具体的にどんな?」
達也に促されて、牛山はそのトラブルについて話し始めた。もしそれで原因が分かればわざわざ赴かなくても済むのだが、残念ながら実際に行って確認しないことには分かりそうもない。
「……分かりました。今からそちらに行きます」
『えっ、良いんですかい? でも御曹司、風邪気味なんじゃ――』
「はい。なので、今から行くのは俺の“従姉”です。こいつもCADの知識に関しては俺に引けを取らないので、きっとお役に立てると思いますよ」
『従姉? 御曹司、従姉なんていたんですかい?』
「ええ、まぁ」
まさかこんな短期間で2人も従姉をでっち上げることになるとは、と達也は内心で溜息を吐いた。しかしそれをおくびにも出さず、最後に「それではよろしくお願いします」と言って電話を切ると、傍で話を聞いていた深雪へと視線を向けた。
「という訳だ。今から行ってくる」
「それでしたら、私も――」
「いや、大丈夫だ。――水波、留守の間は深雪を頼んだぞ」
達也が水波を見遣ってそう言うと、彼女は短く「畏まりました」と返事をして頭を下げた。今までは護衛の都合上深雪も同行してもらっていたが、こういうときに水波がいると何かと助かる。
「…………」
もっとも、深雪は非常に不満そうだったが。
* * *
「まったく……。蓋を開けてみれば、単なる起動式のコピーミスとは……」
F・L・Tの開発第三課を後にした達也は、大きな溜息を吐いてそう呟いた。
結局のところ、原因は実験用のデバイスにサンプルのCADをコピーしたときに、何らかの手違いで起動式のごく一部が書き換わってしまったことによるものだった。原因自体は非常に単純なものだったが、アルファベット換算で何十万文字にも上る情報量では一般の人間が読み取ることはほぼ不可能であり、達也の力を借りなければ解決できなかったことは間違いない。
しかし達也自身としては、些か拍子抜けな結果だったことだろう。何せ1時間も掛けてやって来たというのに、実際にそこにいたのは15分にも満たないくらいだったのだから、達也が不満に思うのも無理はない。おそらく今頃、起動式のコピーを担当した新人は牛山によってこってり絞られていることだろう。
ちなみに女性の姿になった達也については、思っていたよりも質問攻めにされることはなかった。おそらく達也が部屋に入ったときから放っていた“何も訊くなオーラ”が効いたのだろう。
「……このまま帰るのも、さすがにな」
達也はそう呟くと、たまたま目に入ったスイーツショップの駐車場へとバイクの進行方向を変えた。きっと達也の脳裏に、家を出る直前に不満そうな表情をしていた深雪を思い出したからに違いない。そうでなければ、1人ではまず入ることのないそこへ足を踏み入れようなどとは思わない。
女性が乗るには大きいバイクを停め、フルフェイスのヘルメットをハンドルに引っ掛けて、達也は店の中へと入っていった。途端に甘ったるい匂いが達也の鼻を直撃し、達也は思わず顔をしかめそうになって何とか堪えた。
達也にとっては嗅覚的に辛いそんな空間ではあるが、視覚的には楽しい空間であることは達也も認めるところだ。ショーケースには様々なケーキが色取り取りに並べられ、隣接するショコラティエのスペースにはまるで宝石のように煌びやかなチョコが整列している。
深雪やエリがショーケースに入り込む勢いでケーキを眺める姿を思い浮かべながら、達也はどのケーキを選ぼうか吟味し始めた。
口元に微笑みを携えながらケーキを見つめる今の達也の姿は、どこからどう見ても甘い物が好きな普通の女の子だった。
その男がその店に入ったのは、簡単に言えば“ご機嫌取り”だった。有象無象に自分の“アクセサリー”を見せびらかすためにも、自分に対する好感度を上げておいて損は無い、と考えてのことである。
彼が現在付き合っている女性は、未だ少女を卒業していないような年齢の美少女だった。それもそのはず、彼女は芸能界にデビューしてから2年足らずの、ここ最近にわかに注目を集め始めた若手女優であり、彼はそんな彼女が所属する芸能プロダクションの3代目社長だった。
“3代目”という肩書きからも分かる通り、彼は親からその地位を譲り受けただけで、エンタメ業界の厳しさというものをその身で感じたことなど1度も無い。彼にとって社長の椅子は刹那的な虚栄心を満足させるための手段でしかなく、プロダクションに所属するタレント達は単なる商品であると同時にアクセサリーでしかない。
彼が現在付き合っているその女性は、彼が
そんな考えを持っているだけあって、彼はタレント達を“宝石”だと考えている。自分の手で原石を丹精込めて磨き上げるという意味でもそうだし、たとえ他の職人が磨いたものでも金さえ積めば買い取れる商品という意味でもそうだった。
しかし現在、彼の脳内のほとんどを占めているその“少女”は、金を出せば買えるような代物ではないと直感で理解した。
唯一問題があるとすれば、同年代の少女のように“芸能関係者”を匂わせるだけでコロッと引っ掛かるような性格ではないだろう、ということだ。しかし彼も親から与えられただけの立場とはいえ、芸能界でそれなりに立ち回ってきた経験がある。たかだか20年も生きていないような少女に遅れを取ることはない。
あくまで余裕の態度を崩すことなく、男はその少女の下へと歩いて行った。
「君、ちょっと良いかな? 邪魔をして申し訳ない」
微笑を浮かべてケーキを眺めていた達也だったが、ふいに近づいてきた男にその笑みをスッと消した。言葉の割に口調が無遠慮で馴れ馴れしく、パーソナルスペースに入り込むほど至近距離でジロジロと見つめてくるのが、達也にとって(というか、ほとんどの人間はそうだろうが)不快なのだろう。
余談だが、達也は男が自分に話し掛けてくる前から、彼が自分のことを熱心に見つめていたことに気づいていた。本人は誤魔化しているつもりだったのだろうが、こんな狭い空間であんなお粗末な視線に気づかないはずがない。
「僕はこういうものです」
そう言って男が渡したのは、チップが内蔵されているわけでもない、ただ文字列を印刷しただけの昔ながらの名刺だった。一応達也はそれを受け取ったが、ちらりと、たったそれだけで中身を読み取れるのかと疑問に思うくらいに一瞬だけ目を遣ると、すぐさまそれをポケットに無造作に突っ込んだ。もしこの場にゴミ箱があれば、即座にそこへ投げ捨てる勢いだ。
達也の態度にこめかみをピクピクさせる男だったが、意識的にそれを無視して再び達也に話し掛ける。
「君、映画とか興味無い? 君にぴったりの役があるんだけど」
しかし達也はそれに反応することなく、言葉無しに拒絶している雰囲気を醸し出していた。それでも男はめげることなく、少し屈んで達也の顔を覗き込むように体を近づける。
すると、ついに達也が男へと視線を向けた。その瞳に宿る冷たい光に男は一瞬たじろぐ様子を見せるも、すぐさま気を取り直して作り物の笑顔を貼りつけると、「名前を教えてくれないかな」と達也に向かって手を差し伸べてきた。
そして達也に触れるか触れないか、というそのとき、
「ああああああああああああああああ!」
突然男が叫び声をあげた。店内にいた数人の客が、何事かと一斉に顔を向ける。
そんな彼らの目に飛び込んできたのは、苦悶の表情と脂汗を浮かべて床に膝を付く大人の男と、そんな彼の手首を掴んで捻り上げる黒髪の美少女、という摩訶不思議な光景だった。苦しそうな男と対照的に少女はひたすら無表情であることも、その光景をシュールたらしめている要因だった。
「そういうモノには興味無いので。――では」
たったそれだけ言い残して、達也はその店を立ち去っていった。
膝を付いた姿勢のまま取り残された男の姿を、数人の客が遠巻きに眺めていた。
* * *
「まったく、余計な時間を過ごしたな……」
結局手ブラで店を出てしまった達也は、他にスイーツショップは無いか道路の両脇をチラチラ見遣りながらバイクを走らせる。ここでケーキを買うのを止めない辺りが、達也が達也たる所以と言えるだろう。
自動運転となっているシティコミューターを、達也のバイクが追い越していく。自動運転のときは安全第一のために制限速度を上回ることは無く、むしろ制限速度よりも幾分かスピードが遅い。なので達也のように自分で運転すると、自然とシティコミューターを追い越していく形となる。
しかし街中を走る車の大半は自動運転なので、必然的にそういった車は目立つことになる。
――俺を尾行している奴らがいるな……。
一定距離の間隔を空けて自分のバイクを追走するバイクが何台かいることに、達也が気づくのにそれほど時間は掛からなかった。店を出て少し経ってからそのようなバイクが現れたことから、店で話し掛けてきた男と結びつけるのはとても自然なことだ。
――自宅を特定されるのは好ましくないし、仕方ないか……。
面倒臭さに大きな溜息を吐きながら、達也はバイクを1本裏道へと走らせた。
「おいおい、随分とお
「何だ何だ? ひょっとして“その気”になっちまったのか?」
「まぁ、どっちにしても結末は変わんねぇんだけどな!」
達也が裏道を少し入った所でバイクのエンジンを止めて降り立つと、4人の派手な格好をしたな男達が同じようにバイクで達也の周りを取り囲んでいった。そして如何にも軽薄そうな笑みを浮かべながら、獲物を狙うように舌なめずりをしてバイクを降りていく。
そして達也はそんな彼ら(いつの時代になっても不思議と絶滅する気配の無い人種)を、実に冷えきった目で見つめている。
「君は馬鹿じゃなさそうだから、これから俺達がナニをしようとしてるか分かるよね?」
「あんまり抵抗しないでよねぇ。君だって痛いのは嫌でしょお?」
「はい、カメラ準備オッケーでぇす」
携帯端末をいじる男以外の3人が、達也へと迫っていく。達也が口を閉ざしたまま黙っているのを見て、男達はその醜悪な笑みをますます歪めた。おそらく恐怖のあまり声も出ないと思っているのだろう。
確かに彼らは、体自体はとてもよく鍛えられており、同年代の男子より若干身長が高い程度の達也よりも頭1つ抜きん出た体格をしている。しかもそんな奴らが4人も迫ってくるのだから、性別に関係無く怖い状況に違いない。
しかし当然ながら、達也は恐怖など感じていない。
「せっかくだし、今の状態で1枚撮っとけよ」
「おっ、そうだな。どうせすぐ
「よしよし、任せておけ――ん?」
携帯端末を覗き込んでいた男が、不思議そうに首をかしげた。
その瞬間を待っていたかのように、達也が動き出した。
「ぐ――がぁっ!」
「ぶべっ!」
携帯端末を覗いていた男の股間を思いっきり蹴り上げて、すぐ隣にいた男の顔面に裏拳を叩き込んだ。股間を蹴られた男は泡を吹いて地面に倒れ伏し、裏拳を食らった男は鼻を骨折して鼻血を噴き出した。
「てめ――んぐっ!」
そして怒りに任せて殴り掛かろうと拳を振り上げ、そのせいでちょうどガラ空きとなった腹に向かって、達也は拳を叩き込んだ。相手が走り寄っていたのもあって達也の拳は実に深く突き刺さり、男は目をグリンと明後日の方へ向いて崩れ落ちた。
そして、
「てめぇ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
その声に達也が後ろを振り返ると、最後に残った1人が息を荒げてナイフをこちらに向けていた。普通の人間だったら顔を青くする光景だが、残念ながら達也には通用しない。
男は懸命に威嚇しているつもりなのだろうが、腕を伸ばしきった状態で刃物を向けたとしても、達也に刺すためには自分で歩いて近づかなければいけない。根本的に刃物の使い方がなっていない人間に対し、百戦錬磨の達也が動揺するなんて有り得ない。
なので達也は、男の不意を突いて即座に距離を詰め寄った。自分の腕よりも内側に来られた男は咄嗟にナイフを引っ込めることもできず、そのまま達也によるアッパーカットを顎に食らい、脳を揺さぶられたことでほぼ一瞬の内に意識を刈り取られた。
瞬く間に4人を倒した達也は、用件は済んだとばかりに足早にバイクへと歩き――
「おぉっ、さすがだね」
かけたそのとき、表通りへと続く方向からそんな呑気な声が聞こえ、達也は即座にそちらへと顔を向けた。
そこにいたのは、非常に見知った顔だった。
――エリカ、なぜここに?
学校の制服とはまるで印象の違う、デニムジャケットにパンツルックというボーイッシュな格好をした千葉エリカに、達也はほんの僅かに目を細めた。
「いやぁ、たまたまここら辺を歩いていたら、あなたが路地裏に入った直後に如何にもヤバそうな男達が追い掛けていくのを見掛けてさ、さすがに助けなきゃと思って向かったのよ。でもあなた、結局1人で全員やっつけちゃったのね。凄いじゃない」
「……どうもありがとう。それじゃ、私はこれで」
エリカの言葉に反応を見せることなく、達也は再びバイクへと歩き出した。彼女には自分の姿が完全な女性に見えているとはいえ、知り合いにジロジロと見られて平然としていられるようなものでもない。達也は1分1秒でも早く、ここから離れたかった。
「…………」
するとエリカはそんな達也の姿を眺めながら、難しい表情を浮かべて首をかしげていた。そのまま無視してこの場を去ろうかと思ったが、何となく気になったために達也は足を止めた。
「……どうかしましたか?」
「……いやぁ、別に勘違いだったら申し訳ないんだけど――
――あなた、もしかして達也くん?」
「…………いいえ、違いますよ。そもそも“タツヤ”なんて名前、どう考えても男の名前じゃないですか」
「うん。だからアタシも最初は変だなって思ったんだけど、でもやっぱり達也くんだと思うのよ。達也くんも同じバイクに乗ってたし、手足の運びとか首の振り方とか、ちょっとした仕草が達也くんそのものだし……」
「…………」
「それにしても、どこからどう見ても女の子だねぇ。しかも随分と美人さんになっちゃって。やっぱり深雪と血が繋がってるだけあるわ」
「…………」
「ひょっとしてそれって、天使とか魔族のせい? 向こうの魔法とか能力って常識外れのヤツがたくさんあるから、相手の性別を変えちゃう魔法だって存在してもおかしくないし」
「…………」
「大丈夫だって。達也くんがみんなに内緒にしたいならそうするし、もし元に戻らなくなったらアタシが色々話を合わせてあげるから。その前に1回だけ写真撮らせてくれない? いやぁ、達也くんって女の子にしたらそんな感じになるの……って、あれ? カメラで見ると元の達也くんだ」
「…………」
「ははーん。成程、そういう魔法か。つまり変わったのは達也くん自身じゃなくてアタシ達の認識ってことね――って、達也くん? あの、さっきから全然返事無いけど大丈夫?」
「…………」
「おーい、達也くーん。大丈夫かーい?」
「…………」
* * *
「あの、お兄様……。夕飯が出来ましたが……」
「……すまない。少し1人にしてくれ……」
その日の夜、達也は自室に籠もったまま出てこなかった。