魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第2話 『第一印象というのは、9割方当たっている』

 入学式開始まであと30分ほどになると、会場である講堂には大勢の生徒や教師がやって来て、皆がそれぞれ談笑に華を咲かせている。いくら国の将来を担う魔法師の育成機関といえども、生徒の姿というのはあまり変わりが無いのかもしれない。

「おー、立派な建物だねぇ」

「そうだな。さて、早いとこ席を確保しておくか」

 入口でその光景を眺めながらそんな会話を交わすのは、エリと達也だった。ミルクとココアとはあの後早々に別れ、今まで2人で色々と校内を見て回っていたのである。

「席って、特に決まってるわけじゃないのかな?」

「そのようだ――」

 エリの言葉に同意をしかけた達也だったが、あることに気づいてそれを中断した。

 講堂は日本武道館のような円形になっており、新入生は2階席に座るようになっている。2階席は後ろへ行くほど床が高くなる階段式となっており、真ん中の通路を挟んで前半分と後半分に分かれている。

 そして、前半分には一科生、後半分には二科生が、見事なまでに綺麗に分かれていた。

「……まったく、ここまで綺麗だと逆に感心するな」

「え? あ、本当だ。“最も差別意識が強いのは、差別を受けている者である”ってやつだね?」

 エリが笑顔で言ったことに、達也は彼女の頭を優しく撫でることで肯定した。

「さてと、そういうわけだ。ここで他の奴らと違う行動をすると目立つだろう。俺は後ろに行ってるから、エリはどこかてきとうな席に着くと良い」

「うん、分かった」

 エリの返事に達也は軽く頷くと、くるりと踵を返して階段を上がっていった。

 その後ろを、エリがついてくる。

「……エリ、おまえは一科生だ。俺と一緒にいると目立つぞ」

「そんなの今更じゃない。それとも達也さんが、一科生と一緒に座る? 多分そっちの方が目立つし、色々と面倒臭いことになると思うけど」

「……俺とエリが別々に座るという選択肢は?」

「無い!」

 腰に手を当てて胸を反らして断言するエリに、達也は大きな溜息をついた。しかしその口元には、微かながら笑みが浮かんでいる。

「……分かったよ、俺の負けだ」

 達也はそう言って、比較的人の少ない場所を選んでそこに座った。その隣に座るエリが「本当は勝つつもりなんんて無かったくせにー」と言ってきたが、あえて無視することにした。

 すると、

「あのう、隣、空いてますか?」

「うん、空いてるよー! どうぞどうぞ!」

 聞き慣れない少女の声とエリとの会話に、達也はそちらへと目を遣った。

 エリに話し掛けてきたのは、肩に掛かるほどの黒髪に眼鏡を掛けた、どこかおっとりとした印象を受ける少女だった。彼女自身は「ありがとうございます」と控えめに頭を下げたが、彼女の胸の膨らみは随分と自己主張が激しかった。

 そしてエリはそわそわと落ち着きなく、彼女のその膨らみに釘付けだった。どうやら大きいものを見ると揉みたくなる癖は、未だに治っていないらしい。

 と、そのとき、

「やったー! 一緒に座れるね美月!」

「ひゃぁ!」

 後ろからいきなり抱きついてきた少女に、美月と呼ばれた眼鏡の少女は驚きのあまり変な声をあげていた。

 その少女は美月と対照的にとても活発で、明るい栗色の髪とスレンダーな体つきが目に留まる、まさに“美少女”と呼んで差し支えない外見だった。どこか日本人離れした容姿に見えることから、ひょっとしたら彼女に外国の血が混ざっているのかもしれない。

「ええと、そちらの方は?」

「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は柴田美月っていいます、よろしくお願いします」

「あたしは千葉エリカ! よろしくね!」

「司波達也だ。よろしく」

「私は美咲エリ! よろしくね!」

「司波くんにエリね! それにしても“エリ”か……。あと1字であたしと同じ名前とか、随分と凄い偶然じゃない? っていうか、エリって何だか幼く見えるわねー。本当に高校生?」

「ううん、本当は中学に行くつもりだったんだけど、飛び級でここに来たの」

「へぇ、凄いじゃない――って、エリって一科生だったの!」

 エリの左胸にあるエンブレムを見て驚くエリカに、美月もそれを見て驚きの表情を浮かべた。

「エリちゃんって、一科生だったんですね。後ろに座ってるから、てっきり私達と同じ二科生なのかと」

「うぅ……、やっぱり一科生は後ろに座っちゃいけないの?」

「そ、そんなことありませんよ! ごめんね、余計なこと言っちゃって!」

「そうだよ、エリ! 私達はもう友達なんだから!」

 女の子同士できゃっきゃっと仲良く話している陰で、達也は注意深く2人の少女を観察していた。

 ――あの美月という少女、眼鏡を掛けているのか。弱視なんて簡単に完治できるこの時代に……。それにもう1人の彼女は“千葉”か……。名字に数字が入ってるってことは、数字付き(ナンバーズ)か……?

『静粛に! 只今より、国立魔法大学付属第一高校入学式を始めます』

 と、そのとき、会場に鳴り響いたアナウンスに達也は思考を止め、他の3人も会話を止めてそれに集中した。

 それを合図に始まった入学式は滞りなく進行し、やがて深雪の答辞に差し掛かる。

『続きまして、新入生答辞。――新入生代表、司波深雪』

 アナウンスと共に壇上に現れた深雪の姿に、会場のあちこちから溜息のような声が漏れる。エリカが「うわぁ、あの子美人だなぁ」と呟く中、美月はちらりと達也の方を見遣り、また壇上へと視線を戻した。

 やがて、答辞が始まった。

『この晴れの日に、歓迎のお言葉を頂きまして、誠に感謝致します。私は新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく勉学に励み、魔法以外でも共に学び、この学び舎で成長することを誓います――』

「!」

 一見すると何の変哲も無い答辞のように思えるが、それを聞いた達也は一瞬体が凍りつく思いがした。“皆等しく”“魔法以外でも”という言葉は、試験の結果で一科生と二科生に分け、魔法師を育て上げることを第一の目標にしているここにおいては、決して相容れるような言葉ではなかったからである。下手をすれば、選民意識の強い生徒達の神経を刺激することにもなりかねない。

「大丈夫だよ、達也さん。みんな深雪さんに見とれちゃって、肝心の中身なんてほとんど聞いちゃいないから」

 しかしエリの呟きに達也が周りを見渡すと、皆一様に頬を紅く染めながら、ほぅっと溜息をついて深雪の姿を目に焼き付けようと見つめていた。その表情には、怒りなどといった負の感情は微塵も感じない。

「……確かに、杞憂だったな。ありがとな、エリ」

 そう言って優しく頭を撫でる達也に、エリは「えへへー」と笑ってみせた。

 

 

 

 やがて入学式も終わり、生徒達が続々と講堂を後にする。

「あたしE組なんだけど、みんなは?」

 エリカの問い掛けに、美月と達也は揃って自分もE組であることを口にした。

「うぅ……、私だけA組だ……」

「ちょっと、そんな悲しい顔をしないのー! 休み時間には会いに行ってあげるからー!」

 エリカはそう言って、エリに抱きついた。どうやら2人はこの短時間で、随分と仲良くなったらしい。

「それじゃさ、今からみんなでホームルーム覗かない?」

「あ、悪い。俺達は妹と待ち合わせしてるんだ」

「そうなんだー。ごめんね? エリカさん、美月さん」

「妹って、ひょっとして司波深雪さんですか?」

 美月の問いに、達也は首を縦に振った。

「え、そうなの? ってことは双子?」

「いや、俺は4月で、深雪は3月の早生まれだから同じ学年なんだ。――それにしても柴田さん、よく俺と深雪が兄妹だって分かったね。全然似てないのに」

「いえ、それは……、お二人とも名字が一緒でしたし。それに何より……、“オーラ”が似ていましたから……」

「……柴田さんは、随分と“目が良い”んだね」

 美月の言葉で、達也は確信した。

 魔法などの超心理現象が起こるときに観測される粒子として、“霊子(プシオン)”というものが存在する。その粒子が活動するときに魔法師にしか見えない光が生じるのだが、その光を必要以上に感じ取ってしまう“霊子放射光過敏症”という症状を抱えた人間が存在する。

 しかも美月の場合、常に特殊なレンズで遮断しなければいけないほどに症状が重い。つまりそれは、それだけ彼女の目が“特別”であることを意味している。

 ――これ以上彼女に見られるのは、危険かもしれないな……。

 達也がそんなことを考えていた、そのとき、

「お兄様! エリ!」

 聞き慣れたその声に、名前を呼ばれた達也とエリ、そして美月とエリカがそちらを向いた。

 深雪が笑顔を浮かべながら、こちらへと駆け寄ってくるのが見えた。少しでも達也たちを待たせてはいけないと走ってきたのか、彼女は呼吸を乱すほどに疲れていた。

 そしてそんな彼女の後ろには、朝に出会った七草真由美の姿もあった。彼女の隣には、一人の少年が付き従うように同行しているのも見える。

「みゆ――」

「お兄様?」

 なぜ彼女と一緒にいるのか尋ねようとした達也だったが、それは深雪によって遮られた。

 彼女の視線は、達也の後ろにいる美月とエリカに注がれている。

「その方達は?」

「ああ、同じクラスの柴田美月さんと、千葉エリカさんだ」

「そうですか……。――早速クラスメイトと、デートですか?」

 それを聞いた達也は、美月でもないのに、彼女の背後で吹雪が巻き起こっているかのようなオーラが見えたような気がした。

 ――まぁ、あの答辞の後だ。色々な人に囲まれて、深雪も相当ストレスが溜まったのだろう。

「もう、駄目だよ深雪さん! 2人共、私のお友達なんだから!」

 エリが口を尖らせて注意すると、深雪の背後にある吹雪が収まったように思えた。

「そうね。――申し訳ございません、柴田さん、千葉さん。司波深雪です、お兄様同様よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしくね! ――ねぇねぇ、あたしはエリカで良いから、深雪って呼んで良い?」

「ええ、お兄様と区別がつかないものね」

「あはは! 深雪って実は案外気さく?」

 楽しげに話す深雪達を横目に、達也は真由美の方をちらりと見た。彼女はにこにこと笑みを携えて彼女達を眺めるのみで、特に口を挟もうとはしない。

「深雪。生徒会の方々との用があるんじゃないのか?」

 達也が気を利かせてそう言ったが、真由美は手を横に振って、

「大丈夫ですよ、今日は挨拶だけですから。先にご予定があるんですもの、また日を改めますわ」

「会長! それでは、こちらの予定が――」

 真由美の言葉に、彼女の隣にいた少年が口を挟む。しかし真由美は意に介した様子も無く「それでは、またいずれゆっくりと」と言ってその場を後にした。最初は真由美に何か言いたげだった少年だが、それが意味の無いことだと知ると、達也をぎろりと睨みつけてから彼女の後を追っていった。

「…………」

 気がつくと周りには、達也に恨みがましい視線を送る者が何人もいた。彼らに共通しているのは、皆が左胸に八枚花弁のエンブレムをつけていることだった。

「達也さん、深雪さん。そろそろ帰ろっか」

「……そうだな」

 エリの提案に、達也と深雪は小さく頷いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「はいっ! ワンツー、ワンツー! アン、ドゥ、トロワ! もっと元気よく声出してー!」

 街中に建つとあるジムでは、軽快な音楽に合わせて踊るエアロビが行われていた。

 飛び跳ねたり足を上げたり体を捻ったりと、体の気になる所を的確に刺激してシェイプアップを行うこの運動は、誕生から100年以上が経った現在でも変わらず人気だった。前面の壁が一面鏡張りとなっている広い部屋の中で、最近お腹が気になる主婦から、単純に体を動かしたい若者まで、様々な人が一糸乱れぬ動きで自身の鍛錬に勤しんでいる。

 そんな中、彼女達と比べても文句なしに体を動かしているのは、一番前で声をあげながら一緒に体を動かして指導している人物だろう。

 その人物は、身長が2メートルで全身の筋肉がこれでもかと盛り上がっている超重量級の体つきをしていながら、その動きには一切の淀みが無く機敏だった。飛び跳ねる度に床がずどんずどんと揺れ動き、みしみしと嫌な音をたてている。

「はい、それではテンポを上げますよー! しっかりついてきてくださいねー!」

 彼はその真っ白な歯をにかっと見せつけながら、後ろで踊る生徒達にとって地獄のような一言を宣言した。

 おそらくお気づきだと思うが、この人物とは高田厚志のことである。

 

 

 

「お疲れ様です、厚志さん。飲み物をどうぞ」

「お、ありがとう、モカちゃん」

 左目を髪の毛と眼帯で隠した大学生くらいの年齢に見える女性――モカから飲み物を受け取り、厚志は汗をタオルで拭いながら一気にそれを飲み干した。

「先程のレッスンで、今日はすべて終了でしたよね?」

「ああ、そうだね。もうすぐエリちゃん達も帰ってくるから、そろそろ夕飯の支度をしなきゃね」

「夕飯! あたしも食べる!」

 そう叫びながら突然“床から上半身を出してきた”のは、長い黒髪を元気に振り回す小学校低学年くらいに見える少女――ダッチ・アイスだった。彼女は床から下半身を抜き出すと、まるで母親に甘えるようにモカに抱きついてきた。

「あ、そういえば、エリ達って今日から高校に通うんだよね!」

「ああ、そうだよ。もう少しで帰ってくるかな?」

「だったらさ! せっかくだから“入学記念パーティー”しようよ! 美味しい料理いっぱい作ってさ!」

「そんなこと言って、お嬢が食べたいだけじゃないんですか?」

「良いじゃん良いじゃーん! モカの料理美味しいんだもーん!」

 モカとダッチの会話を、厚志は笑って聞いていた。

「確かに、それは良いかもしれないね。だけど今日はさすがに急すぎるから、明日でも良いかな?」

「うん、良いぞ! 楽しみにしてる!」

「というわけなんだけど、モカちゃん頼めるかな?」

「もちろん。腕に寄りを掛けますよ」

 と、3人でそんな会話を交わしていたそのとき、厚志のポケットにしまっていた携帯端末がぶるぶると震えた。

 画面を覗くと、ミルココの名前が表示されている。

「もしもし、ミルココ。何かあったかい?」

『厚志さん、そこから東に30キロほど行った場所に魔族が現れました。中級が3人、上級に近い中級が2人です。悪意や敵意といった負の感情も観測しました』

 その瞬間、いつもはほとんど閉じられているように見えるほど細い厚志の両目が、ほんの少しだけ開かれた。

「……分かった。“職務質問”に向かおう」

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