魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

21 / 105
第20話 『“ちょっとしたパーティーに着ていく服”というが、そもそも“ちょっとしたパーティー”が何を指すのか分からない』

 九校戦の会場となる富士演習場には、視察に来た文官や会議のために来日した高級士官などが宿泊するためのホテルがあり、大会中は代表選手や関係者はそこに寝泊まりすることになっている。民間の高級なホテルと大差ない造りをしているが、一応軍の施設であり、さらに現在は高校生の大会ということもあり、ドアマンや専従のポーターなどといった者はよほどVIPな来賓者でもない限り存在しない。

「ほら、早く来ないと置いてくよ!」

「おい、エリカ! 自分の荷物くらい持ちやがれ!」

「大丈夫、幹比古くん……? 私も少しくらいは持てるよ?」

「平気だよ、柴田さん。これでも鍛えてるからね、これくらいの荷物は大丈夫さ」

 なので基本的に荷物は自分達で運ぶ必要があり、たとえコネでこのホテルに泊まれることになった彼女達ですらもその例外ではなかった。特に隠しておくことでもないので書くが、エリカ・レオ・美月・幹比古の4人だった。

「それにしても……、エリカ、服装が少し派手じゃないか?」

 前を歩くエリカをまじまじと見つめていた幹比古(彼の名誉のために書いておくが、特に下心があって見ていたわけではない)がそう言うと、エリカは「え、そう?」と言って自分の服装に目を下ろした。彼女は現在、タンクトップにホットパンツという健康的な肢体を惜しげもなく晒すファッションに身を包んでいた。

「そうだよ、エリカちゃん……。いくら夏だからって、そんなに肌を晒すのはどうかと思うよ?」

「いや、美月も結構派手だと思うぞ?」

 レオの言う通り、彼女もキャミソールのアウターに随分と短いスカートと、露出こそエリカよりは少ないものの、彼女の持つ豊満な胸のせいでかえって扇情的に見える格好をしていた。どこかの避暑地ならば問題無いのだろうが、軍用施設での格好としてはお世辞にも適しているとは言えなかった。

「そ、そうかな? エリカちゃんに、堅苦しいのは駄目だって言われたから……」

 美月のその一言に、レオがエリカに白い目を向けた。しかし彼女はとぼけるように、知らん顔で口笛を吹いていた。

「……幹比古くんは、どう思いますか?」

「えっ? そ、そうだね……。服装自体はとてもよく似合ってると思うけど、やっぱりTPOは弁えた方が良いかなぁ、なんて……」

「うぅ、やっぱり……」

 幹比古の言葉に美月は今更になって恥ずかしくなったのか、周りの目を気にするように体を縮こまらせてしまった。慌てたように幹比古がフォローを入れるも彼女の恥じらいは収まらず、そんな2人の様子をエリカは笑って眺め、レオはそんな彼女を呆れ果てた目で眺めていた。

 と、そのとき、

「……ん? あれは……」

 チェックインの時間だからか、フロントには結構な数の人が集まっていた。しかしレオはそんな人集りの中に、一際目立つ後ろ姿を見掛けた。

 周りの人よりも頭2つくらいは抜きん出ている身長、周りの人の何倍もあろうかという肩幅、そして綺麗に切り揃えられた髪。ホテルのスタッフらしき男性から何やら説明を受けているらしいその人物の周りには、妙齢の男性2人と女性1人、そして女の子が3人寄り添うように立っている。

「もしかして、厚志さん?」

「え、本当? おーい、みんなー!」

 エリカが大声をあげて手を振ると、彼らが一斉にこちらを振り返った。その途端、彼らの表情に喜びの色が浮かぶ。

「何だ、厚志さん達も来てたんだね! 言ってくれれば、一緒にここまで来たのに!」

 エリカとレオと美月の3人は、嬉しそうに彼らのもとへと走っていった。ただ1人彼らと面識の無かった幹比古だけが出遅れ、戸惑うような表情と共に3人の後をついていく。

「エリカ達もこのホテルに泊まるの? ここって関係者以外は泊まれないんじゃなかったっけ?」

「そりゃ私達は関係者だもん。何てったって、“千葉家”だからね」

 ミルクからの質問にウインク混じりで答えたエリカに、厚志達は納得したように頷いた。

 エリカが生まれた千葉家は、十師族を含む28の家柄に次ぐ位を持つ“百家本流”の内の1つに属する数字付き(ナンバーズ)である。しかも千葉家は自己加速・加重魔法を用いた白兵戦技の名門であり、警察や陸軍の歩兵部隊に属する魔法師の大半が彼らの指導を受けている。つまり実戦部門に関するコネという点では、ある意味十師族以上の権勢を有しているのである。

「でも、何か意外ね。エリカって、そういう実家の後ろ盾を嫌うと思ってたんだけど」

 モカの言葉に、ちっちっちっ、とエリカは人差し指を立てて横に振り、

「あたしが嫌いなのは“千葉家の娘って色眼鏡で見られる”ことだからね、コネは利用するためにあるんだから使わなきゃ損でしょ?」

 随分と実利的な考え方をするエリカに、厚志達は彼女に対する認識を改めた。

「ところで、そこにいるのは誰だい? ひょっとして、クラスメイトかな?」

 先程からエリカ達の後ろに隠れるように立っている少年を見ながら、厚志がそう尋ねてきた。その少年――幹比古は若干緊張した面持ちで彼の前へとやって来た。おそらく、彼の迫力に圧倒されているのだろう。

「は、初めまして。吉田幹比古と言います。彼女達と同じ、1年E組の生徒です」

「私は高田厚志、プロのボディービルダーをやっているよ。達也くんたちの隣の家に住んでいて、エリちゃんは私の家に居候しているんだ。そしてここにいる彼女達も、私の居候だよ」

「あたしは違うけどね! あ、あたしはダッチ! よろしく!」

「私はミルクで、こっちがココア。んで、ダッチの隣にいる眼帯の子がモカで、その隣にいる痩せてる男がリカルドで、大きい男がマッドね」

 皆がそれぞれ頭を下げたり手を振ったりしているのを、幹比古は未だに緊張した様子で頭を下げて応えた。それを見ていたエリカが「何緊張してるのよ!」と思いっきり彼の背中を叩き、彼は痛みに涙を浮かべて彼女に詰め寄る一場面があったが、結果的にそれによって彼が厚志のグループに溶け込めたような気がする。

「ところで厚志さん達は、何をしていたんですか?」

 美月のその言葉に、厚志達は思い出したようにホテルのスタッフ(彼らだけで話し始めるものだから、随分と居心地悪そうに視線をさ迷わせていた)へと顔を向けた。

 しかし彼らは再びエリカ達へ視線を向けると、今度は何やら小声で話し合いを始めてしまった。彼らの不可解な行動に、エリカ達は互いに顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべている。

 そして厚志は再び彼女達に顔を向けると、こんなことを尋ねてきた。

「君達、もう部屋は取っちゃったかな?」

 

 

 

「おー! さすがに良い部屋だねー!」

「すごーい! 大きなベッドがいっぱいあるよ!」

「ほら、お嬢。そんなに暴れたら下に響きますよ」

「おお、ちゃんと部屋が分かれてるじゃん。これなら男女分かれて寝られるね」

 部屋を物色しながらはしゃぐミルココ達とそれを微笑ましく見つめている厚志の後ろで、エリカ達4人は呆然とした表情を浮かべてその部屋を眺めていた。

「……何だ、この部屋」

「私、こんな凄いの初めて見ました……」

「なぁエリカ、彼らはいったい何者なんだ?」

「……いやぁ、あたしもよく分からなくなってきたよ……」

 エリカ達の目の前に広がっている光景は、まさに未知の領域だった。

 ドアを開けてまず飛び込んできたのは、ホテルの客室にも拘わらず存在している“玄関”だった。靴を脱いで絨毯敷きの床を歩いて目の前の扉を開けると、いかにも豪勢なソファーやらテーブルやらが並んだ、そこだけでも普通の部屋が幾つも入るほどに広いリビングが彼らを出迎える。正面には巨大な窓が取りつけられているが、軍用施設だけあって開けることのできない防弾仕様となっている。

 もちろん、部屋はそこだけではない。大理石で作られたジャグジー付きの豪勢な風呂もさることながら、壁とドアで仕切られた寝室が幾つもあった。それぞれの部屋にはキングサイズのベッドが2脚ずつ置かれていて、彼ら全員が眠るには充分すぎる広さが確保されている。

 この部屋はいわゆる、“スイートルーム”と呼ばれるものだった。

「いやぁ、君達が来てくれて助かったよ。むりやり部屋を確保してもらった身でこんな部屋に泊まるなんて、さすがに気が引けるからね」

「……あ、あの、なんで厚志さん達はこんな良い部屋に泊まれるんですか?」

 美月の質問は、他の3人もまさしく訊きたいことだった。

「いやぁ、私達の“知り合い”がこの大会の来賓者になっていたみたいだからさ、その人に頼んで私達の部屋を確保してもらったんだよ。そしたら、まさかスイートルームだったとはね……」

「まぁ、シャルエルさんに頼んだって時点で、こうなることは予期しておくべきでしたね」

 苦笑いを浮かべる厚志とミルクだったが、それを聞いていたエリカ達は笑い事では済まなかった。

 軍用施設にあるホテルのスイートルームというのは、民間のホテルのように金を積めば泊まれるような代物ではない。一国の大統領やそれに準ずる立場の人間など、いわば外交上“絶対に嘗められてはいけない相手”を泊めるのに使われる部屋である。この国の人間ならばそれこそ総理大臣であったり、あるいは十師族レベルの人間しか泊まることはできない。

 そのような部屋に案内される厚志達とは、いったい何者なんだろうか。

 ふいにそんな疑問が頭を過ぎるエリカ達だったが、せっかく彼らと親しくなれたのに何だか遠くに行ってしまいそうな心地になり、彼女達はむりやりそれを考えないことにした。

「ところで厚志さん、この日にホテルに来たってことは、厚志さん達も“懇親会”に参加しようと思ってる?」

「……懇親会?」

 気を紛らわせるためにエリカがそう尋ねると、厚志だけでなく他の面々も一様に首をかしげていた。

「あれ? ひょっとして、知らなかった?」

「いや、私達は達也くんたちが出発するから、それに合わせてここに来ただけなんだが……」

「成程、そのイベントに参加するためにこんな早くに会場入りしたってことか。数時間で着く場所なのにやけに早く行くんだな、とは思ってたけど」

 厚志達がそんな話をしていると、先程までベッドの上を飛び跳ねて遊んでいたダッチがやって来て、

「こんしんかい、ってパーティーのことでしょ? あたしも行きたい!」

「あー、どうだろうなー。懇親会って、代表選手と関係者しか参加できないんだよねぇ」

「でも厚志さん達なら、頼めば普通に参加させてもらえるんじゃねーのか?」

「ふむ……。懇親会はとても興味があるが、さすがにこんな部屋まで用意してもらったうえに、関係者しか入れないパーティーに参加させてくれと言うのは……」

 レオ達の言葉に、厚志は苦笑混じりでそう答えた。ダッチは「えー? 出ようよー」と彼にせがんでいたが、それ以外の面々は仕方ないとばかりに諦めかけている。

 しかしそのとき、エリカが不敵な笑みを浮かべた。

「だったら厚志さん、パーティーを“手伝う”ってのはどう?」

 彼女のその言葉に、厚志を始め皆が興味を示したように彼女へと顔を向けた。

 

 

 *         *         *

 

 

 懇親会のパーティーでは、各校にそれぞれ控え室が与えられている。裏方とはいえ立派な代表選手の1人である達也は、何やら憂鬱な表情を浮かべながらブレザーに袖を通していた。ちなみにそのブレザーには八枚花弁のエンブレムが刺繍されており、彼のすぐ傍では深雪が恍惚とした表情でそれを眺めている。

「あの、渡辺先輩……。別に俺は、普段のブレザーでも良いのですが……」

「何を言ってるんだ。正面から校章が見えないと、一高生だと分かってもらえないぞ?」

「いや、校章よりも色で区別がつくと思うんですが……。それに、脇も窮屈ですし……」

 普段なら妬みの視線を一身に受けても堂々としている達也がそわそわと落ち着かなくしているのを見て、摩利は思わずぷっと噴き出してしまった。

「予備のブレザーですまないな。何なら、新調すれば良いんじゃないか?」

「2回しか着ないのに、そんなの勿体なさ過ぎますよ。ワッペンみたいに取り外せるならまだしも、これ刺繍ですからね……」

「いや、2回とは限らないぞ? 秋には論文コンペもあるし、君が一科に転籍しないとも限らないんだからな」

 含みのある笑みと共にそう言った摩利に、達也は「そんなことはあり得ないと思いますけどね」と呟いた。

 すると深雪が、エンブレムの刺繍が施された達也の左胸の辺りに手を差し伸べながら、

「すみません、お兄様。時間があれば、私がお直ししたのですが……」

「いや、大丈夫だ。すまないな、気を遣わせてしまって」

 控え室には、当然他の一高代表メンバーの姿もある。そんな人目のつく場所で、達也と深雪はまるで恋人のように互いの顔を見つめ合っていた。

「あらあら、また兄妹で妙な雰囲気を作っているわね」

「仕方ないよ真由美さん、あれがあの2人の日常なんだから」

 そんな2人に、真由美とエリがにやにやと笑みを浮かべて近づいてきた。

「いや、2人共……。“雰囲気”って何ですか……」

「そんな、雰囲気だなんて……。私とお兄様は血の繋がった兄妹であって、決してそのようなことは――」

「深雪? なんで照れてるんだ?」

「まぁ、エリちゃん。あの人ったら、女の子にあそこまでさせておいて、全然気づかないのよ?」

「相手の行為にあぐらを掻いていると、知らない内に愛想を尽かされて別の人に靡いちゃうこともあるのにね」

「よし、2人共。ちょっと話があるから、こっちに来なさい」

 非常に珍しい達也のツッコミも見られたところで、真由美も気が済んだのか真面目な表情に戻った。

「さてと、そろそろ時間だから行きましょうか。懇親会といっても対戦相手の初顔合わせよ、くれぐれも“嘗められる”ようなことはしないようにね」

 真由美の言葉に、その場にいた全員が表情を引き締めて控え室のドアを通り抜けた。

 

 

 

「ようこそ、懇親会へ! 飲み物はいかがかな?」

 そして会場へと入ってきた一行を出迎えた男に、ほとんどの生徒は面食らったように顔を引きつらせ、一部の生徒は驚きと喜びの入り混ざった表情を浮かべ、そして1人の生徒だけが今にも頭を抱えそうな苦い表情を浮かべた。

「……何をしてるんですか、厚志さん?」

「九校戦の代表選手が集う懇親会がどんなものか気になってね、スタッフとして働かせてもらっているんだ」

 苦い表情を浮かべたたった1人の生徒である達也が尋ねると、白いシャツに黒い蝶ネクタイに黒いベストと、まさにホテルのスタッフといった服装に身を包んだ厚志が、いつもの満面の笑みを浮かべてそう答えた。普通ならば執事や召使いを連想させる格好だが、尋常でないほどに体つきの良い彼がそれを着ると、まるでSPのような妙な貫禄が生まれてくるのだから不思議なものである。というか、よく彼の着られるサイズを用意できたものである。

「厚志さん、凄く格好良いです!」

「ははは、ありがとう、ほのかちゃん」

 両手を合わせて賞賛の言葉を述べるほのかに、厚志はにっこりと笑ってジュースを差し出した。

「……シャルエルさんの伝手でここに来ているのですから、普通に頼めば参加させてもらえたのでは?」

「それじゃ、つまんないでしょ? こっちの方が面白そうじゃん?」

 達也の質問に答える声に、その場にいた全員(彼と面識の無い生徒はすでにその場を離れており、残っているのは彼と面識のある生徒のみである)がそちらへ顔を向けた。

 そこにいたのは、丈の短いヴィクトリア調ドレス風味の制服に身を包んだミルココ・ダッチの3人だった。普通ならばメイドを連想させる格好だが、小学生のような体つきをしている彼女達が着ると、まるでコスプレのような妙な背徳感が生まれてくるのだから不思議なものである。というか、よく彼女達の着られるサイズを用意できたものである。

「おや、これは随分と可愛らしいコンパニオンじゃないか」

「本当ね。ジュースを貰えるかしら?」

「はーい、どうぞー」

 摩利と真由美が彼女達からジュースを貰っている間、達也は会場を丹念に見渡していた。

「他のみんなも、スタッフをやっているんですか?」

「ああ。とはいっても、モカちゃんとリカルドとマッドは厨房だけどね」

「なぜ配置を逆にしなかったんですか……」

 彼ら3人の方が、まだミルココ達よりもスタッフとして自然に見えるだろうに。

「お兄様、宜しいではありませんか。あまりよく知らない方々との懇親会よりも、みんなと過ごした方が楽しいですよ」

「そうだ、司波。何をそんなに苦い顔をしている?」

 深雪が微笑みながら話し掛け、克人が疑問の声をあげる。

 すると桐原がにやにやと笑いながら、

「こいつはアレだよ、授業参観で自分の親が来たような気恥ずかしい思いをしてるんだよ」

「何を言ってるんですか、桐原先輩。そんな小学生みたいなこと、桐原先輩じゃあるまいし」

「てめぇ! 事あるごとに小学生ネタを持ち出すのはやめろ!」

 顔を紅くして目くじらを立てる桐原に、達也はふっと口元に笑みを浮かべた。

「いや、達也……。いくら何でも子供っぽすぎるよ……」

「深雪、一科生の人達がおまえと話したがっているぞ。みんなの所にいっておいで」

「おい、何普通に話を進めようとしてんだコラ」

 ミルココのツッコミをスルーして深雪に話し掛ける達也に、周りの面々は苦笑いで(そして若干の暖かい目で)それを眺めていた。

 と、そのとき、

「何々、随分と騒がしいじゃなーい」

 ミルココと同じドレス風味の制服を着たエリカが、にこにこと笑みを浮かべてその集団の中に入っていった。場所柄を考えてか随分と大人びたメイクをしている彼女は、これだけ近くにいるのにまるで20歳を過ぎた大人の女性に見え、普段の年相応の溌剌とした印象とはまた違って見える。

「あ、エリカさん! 何だか大人っぽい!」

「ほんと、“上手く化けた”って感じだよねぇ」

 エリの感想に、ココアがにやにやと笑みを浮かべて追従した。ちなみにココアの言葉に達也が驚いたように彼女の方を見たのは、完全な余談である。

「ふふーん、そうでしょう? どう、達也くん?」

 エリカは達也に感想を求めながら、彼の目の前でくるりと1回転してみせた。スカートが風によってふわりと浮かび上がる。

「駄目よ、エリカ。お兄様は相手の中身を見ているから、表面的なことに囚われたりしないわ」

「まぁ、単純に服のことが分からないだけって可能性もあるけどねー」

 深雪の横で茶々を入れるミルクに、深雪は不満そうに目を細めて彼女を睨みつける。

「そっかー。達也くんはコスプレに興味無いか」

「コスプレ? 誰かに言われたの?」

「ミキがね。しっかりお仕置きしてやったけど」

 初めて聞く“ミキ”という単語に、深雪が首をかしげる。それに気づいた達也が、横から説明を入れる。

「俺達と同じクラスの吉田幹比古だ。名前だけは聞き覚えがあるんじゃないか?」

「ああっ、この前のテストで筆記4位だった方ですね」

「そっか。そういえば、深雪達には紹介してなかったわね。ちょっと呼んでくるわ」

「エリカちゃん。それなら私が呼んでこようか」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 厚志の言葉にエリカが礼を言って頭を下げ、厚志は手を軽く挙げて応えて会場の奥へと歩いていった。

 

 

 

 幹比古は会場の隅っこで目立たないようにしながら、会場全体を見渡すように眺めていた。

 豪華な料理に舌鼓を打っている者、仲の良い友人と楽しく語らっている者、ここぞとばかりに他校の気になる生徒に話し掛ける者――。それぞれ楽しみ方は違うが、皆が今この瞬間をめいいっぱい楽しんでいるように見える。

 対して、自分はどうだろうか。

 魔法科高校に入学こそできたものの、実技の成績が不充分なために二科行き。九校戦の代表選手として選ばれることもなく、せいぜい裏方として懇親会の会場に潜り込むのが関の山。

 ――「行ってこい、幹比古。そして見てくるんだ、本来自分が立っていたはずの場所を」

 ふいに彼の脳裏に、一昨日父親から言われた言葉を思い出した。ぎりっ、と食いしばった歯が音をたてる。

 と、そのとき、

「幹比古くん、こんな所にいたのか。みんなの所には行かないのかい?」

 声を掛けられてそちらを振り返ると、そこには厚志が立っていた。ここに来る途中で受け取ったのであろう空のグラスを幾つもトレーに載せ、しかしまったくバランスを崩す様子は無い。

「厚志さん……。いえ、何だかこの格好で会うのが気恥ずかしくて……」

「そうかな? よく似合ってるよ。それに格好なら、私も同じじゃないか」

「いや、確かにそうなんですけど……。厚志さんの場合は凄みがあるというか、仕える側じゃなくて仕えられる側というか……」

 はっきりと口に出さない幹比古に、厚志は首をかしげた。

「それにしても、随分と豪華な懇親会だね。高校生の大会のイベントだから、もう少し質素なものだと思っていたんだが……」

「高校生といっても、将来国を支えることになる魔法師の卵ですからね。それに今回は特に、十師族の人間が何人も参加していますからね。主催する側としても、下手に質素なパーティーを開く訳にはいかないんでしょう」

「成程、将来国の有力者になる逸材が出てくることを見越して、嘗められないようにしているという訳だね。なんだか外交みたいで面白いじゃないか」

 ははは、と気持ち良く笑う厚志を、幹比古はじっと見つめていた。

「……厚志さん、あなたは何者なのですか?」

「何者? それはどういう意味だい?」

「様々な意味で、です。あなた達が泊まるスイートルームは、普通の人間が泊まろうと思って泊まれるような部屋ではありません。それだけの有力者にも拘わらず、僕はあなたに会うまであなたの名前や顔すら知らなかった。――とはいえ、僕が気になっているのは厚志さん“自身”なんですが」

「私自身、かい?」

 厚志の問い掛けに、幹比古はこくりと頷いた。

「あなたからは、まるで武道の達人のような威圧感を覚えます。ボディービルで筋肉を鍛えたからじゃない。その変形した耳はプロレスや柔道の類をやり込んだ証拠だし、異常に安定した重心・佇まい・歩き方は並の人間ができることじゃない。とはいえ、ボクシングや空手のような“攻め”の武道というよりは、合気道といった力に頼らない“守り”の武道を極めているように思えます。――いかがですか?」

「……凄いな、君。プロレスと合気道だよ、13年やってた」

「……でも、僕が気になっているのはそこではありません。――僕が吉田家の直系であり、SB魔法(Spiritual Being)を使うことは知っていますか?」

「ああ、達也くんから聞いてるよ」

「僕が使う精霊魔法では、自然現象から生まれた精霊を使います。精霊を用いて魔法現象を起こすだけでなく、精霊が見聞きしたことを読み取ることもできます」

「ほう、それは凄いね」

「ありがとうございます。――それでですね、精霊が厚志さんに対してだけ反応が違うんですよ。懐いているというか、畏れているというか……。僕は何年も修行をしてきましたが、精霊がこんな反応を見せるのは初めてです」

「…………」

「厚志さん。あなた、何者ですか?」

 幹比古の話を聞いていた厚志は、思わず笑みを浮かべていた。体中に流れる血がにわかにざわめき始める。ひょっとしたら、初めて桜に会ったときと似た感覚を味わっているのかもしれない。

 厚志は表情を引き締めると、改めて幹比古に向き直った。それを受けて、幹比古も構えるように彼へ向き直る。

 じっと彼を見つめていた厚志が、やがてゆっくりと口を開けた。

 

 

「幹比古くん、実は私……、“魔法少女”なんだ」

 

 

「――――はい?」

 素っ頓狂な声を上げる幹比古に構わず、厚志は話を続ける。

「今から3年前にミルココと出会って、彼女達の持ってた魔法の杖で魔法少女になったんだ。彼女達は元々天界に所属している天使だったんだが色々あって堕天使となり、今は魔法少女である私のサポートをしてくれている。ダッチやモカ、リカルドやマッドは元々私と対立していた魔族だったんだが、根はとても良い子達でね、今は私と共に戦ってくれているよ」

「…………」

 厚志の話を、幹比古は口をあんぐりと開けて聞いていた。

 しかし彼の話が終わると、ふっと口元に笑みを浮かべ、

「……成程、確かに会って間も無い僕に、本当のことを正直に話すはずがありませんね。失礼致しました」

 深々と頭を下げる幹比古に、厚志は右手を挙げてそれを制した。

「いや、別に気にすることじゃないよ。――それよりも、そんなことを聞いて、君は何が狙いなのかな?」

「――――」

 厚志の問い掛けに、幹比古はぴくりと体を強張らせた。

「さっき憂鬱そうな目で会場を眺めてたのと、何か関係があるのかな? 何も事情を知らない赤の他人の方が話せることもあるだろう、解決策は残念ながら授けられないが、話を聞くくらいのことはできると思うよ?」

「……あそこのテーブルに、空になった皿がありますね。僕が片づけておきましょう」

 幹比古はそう言って、その場から離れていった。厚志の質問を躱すための方便であることは分かりきっているが、厚志は特にそれを咎めようとはしない。

「……ちょっと、お節介が過ぎたかな」

 その呟きを聞く者は、誰もいなかった。

 

 

 

「なぁ、見ろよ! あの女の子、すげー可愛くねぇか!」

「ん? あぁ、あんな高嶺の花、おまえなんかにゃ無理無理」

 一方その頃、別の場所にいる代表選手が何やらこそこそと内緒話をしていた。紅蓮色のブレザーに黒のズボン、胸に八芒星のエンブレムが刺繍されている彼らは、戦闘系の魔法実技を特に重視する第三高校の生徒である。九校戦では第一高校と優勝を争うほどの実力校であり、今回も優勝候補筆頭の第一高校への対抗馬として期待が寄せられている。

 そんな彼らだが、現在は入口付近で友人らしき人物達と会話をしている深雪を遠巻きに眺めていた。いくら魔法師としての実力があったとしても、やはり彼らも青春真っ盛りな学生である。

「そりゃ俺は無理かもしんないけどさ、一条ならいけるかもしれないぜ? なんせあいつは顔良し腕良し頭良し、そのうえ十師族の跡取りなんておまけ付きなんだからよ」

 その生徒はそう言って、ふと深雪から視線を逸らして別の方へと向けた。

 そこにいたのは、甘いマスクというよりも古風な美男子という形容が当て嵌まるような凛々しい顔つきをし、広い肩幅に引き締まった体を持つ、いかにも女性が好みそうな外見をした男子生徒だった。そんな彼――一条将輝は、友人達の会話が聞こえる位置にいるにも拘わらず、ぼうっと深雪の方を見つめていた。

 そんな彼に気づいた、モンゴロイドの見た目をした小柄な少年――吉祥寺真紅郎が声を掛ける。

「どうしたの、将輝? 将輝が女の子に興味を持つなんて、随分と珍しいじゃない。彼女は第一高校の1年生、司波深雪だよ。出場種目はピラーズ・ブレイクに、フェアリー・ダンス。一高1年のエースさ」

「…………」

「将輝?」

 真紅郎が深雪について説明しても、将輝は一切反応を見せなかった。不思議に思った彼だったが、将輝をよく観察してみると、彼は深雪を見ているわけではないことに気がついた。

 彼が見ていたのは、深雪のすぐ傍にいる、他の生徒よりも頭1つ分は背の低い少女である。

「ああ、そういえば噂になってたよ。彼女も1年の美咲エリ。とはいっても年齢は僕達よりもずっと下で、本来ならば中学1年になるような歳だ。第一高校で試験的に導入した“飛び級制度”で入学して、成績も司波深雪に次ぐ2位の成績だそうだ。彼女も要注意だね」

「……そうか」

 真紅郎の言葉を聞きながら、将輝はぼうっとした表情でエリを眺めたままだった。

「……え? ちょっと待って、将輝。まさかとは思うけど、彼女に対してそういう感情を持ってるわけじゃないよね?」

「…………」

「ちょっと、将輝? 返事してくれないかな? おーい! 将輝!」

 

 

 

「おや、懐かしい顔がいるね」

 そんな2人の姿を、テーブルを片づけていた厚志が嬉しそうに眺めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。