魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第21話 『大事なことは、常に“裏”に隠されている』

「あーあ、何かつまんないなぁ……」

 会場の舞台脇に置かれた来賓者用のテーブルに着くシャルエルが、いかにも不機嫌ですと言いたげに口を尖らせて愚痴を零した。主催者にとても失礼なその発言を聞いたのは、幸いにも彼女のすぐ傍に控えるエミリオのみだった。

「エリちゃん達を応援できればそれで良かったのに、なんでこんなパーティーに参加しなきゃいけないのかしら?」

「仕方ありません。あなたは魔王様、いわば人間達にとってみれば自分達を滅ぼしかねない存在です。そしてそれを避けるには、我々と対等な関係を築かなければいけません。こういったパーティーも、彼らにとってみれば外交の手段の1つなのですよ」

「それは分かってるわよ? でもエリちゃん達に話し掛けることもできないなんて……」

「事情を知っている者ならばいざ知らず、我々のような来賓者が表向きは普通の高校生に話し掛けるのは些か問題です。周りからの余計な疑惑を彼らに与えてしまいかねません。――このパーティーが終わったらいくらでも話せる時間はあるので、それまで辛抱してください」

 シャルエルもそれは分かっているのか、しぶしぶ了承したように頷いて、彼の持ってきた飲み物に口をつけた。

 と、そんな彼女達に近づく1人の人物がいた。

「シャルエルさん、パーティーは楽しんでくれてますかな? もっとも、あなたには些か退屈かもしれませんが」

 その人物はかなりの歳に見えるのに背中はぴんとまっすぐ立っており、スリーピース・スーツを隙無く着こなした老人だった。白髪を綺麗に撫でつけているその姿は、見た目に反して若々しい印象を受ける。

 彼こそが、この国に十師族という序列を確立したと言われ、20年ほど前までは世界最強の魔法師の1人と目されていたほどの人物――九島烈である。元国防陸軍の軍人であり、現在は国防軍魔法顧問という役職に就いている彼は、そろそろ90近い年齢になるということもあって人前にはほとんど姿を現さないのだが、九校戦にだけは毎年顔を出しているという。

「あら、そんなことありませんわ? 前途ある若者の姿を見ているだけでも、楽しいものですわよ」

 一国の主に相応しい外向けの笑顔を貼りつけたシャルエルは、烈の質問にそう答えた。先程まで彼女の本音を聞いていたエミリオは、傍目には一切反応していないように見えるが、心の中でその変わり身の早さに感心していた。

「これから来賓者の挨拶があるのですが、シャルエルさんも挨拶なさいますかな?」

「うーん……、結構ですわ。見ず知らずの私に何か言われても、選手達は別に何とも思わないでしょうし」

 それに彼女が挨拶をするとなると、魔界や天界の存在が秘匿事項になっている以上彼女の経歴をでっち上げる必要がある。正直なところ、彼女にはそれが少々面倒臭かった。別に選手は来賓者のことなど目に入っていないのだ、1人くらい挨拶しない人物がいたとして疑問に思うことは無いだろう。

 彼女の答えを聞いた烈は、まるで待ってましたとばかりににやりと笑みを浮かべた。それはまるで、何か悪戯を企んでいる少年のようだった。

「それではシャルエルさん、私の“戯れ”に協力してくれませんかな?」

 彼のその一言に、今まで外向けの表情を貼りつけていた彼女が、心の底からの笑みを浮かべて彼の方を向いた。

 

 

 

『それでは続きまして、かつて世界最強と目され、20年前に第一線を退いた今も九校戦をご支援くださっております工藤烈閣下より、お言葉を頂戴します』

 来賓者挨拶が始まってしばらく経った後、このアナウンスが流れた途端、今まで話半分で聞いていた生徒達が一斉に表情を引き締めて壇上に注目した。今や伝説の存在といっても過言ではない人物を生で見られるチャンスということで、その注目度は他の来賓者に比べて群を抜いている。

 しかし、会場中の視線を受けて壇上に上がってきたのは、水色のドレスを身に纏うシャルエルだった。ほとんどの人間にとっては見覚えの無い彼女の姿に、会場中から疑問の声があがる。

「あれ? なんでシャルさんがあそこにいるんだ? クドーって人の挨拶じゃないの?」

「うーん……、ひょっとして何か事情があって、急遽あの人が挨拶をすることになったとか?」

 ダッチの疑問に、ほのかが首をかしげながら答えていると、

「いいや、違うね。九島って人は、間違いなく壇上にいるよ」

「うん、あそこだけ気配がぽっかりと抜けている。気配を消す魔法が使われてるね」

 ミルココの言葉に、その場にいたほとんどの面々が驚きの表情を浮かべる。

 ――精神干渉魔法か……。

 達也は壇上にいるシャルエルを、正確に言うとシャルエルの“背後”を見つめながら、そんなことを考えていた。

 おそらく現在、会場すべてを覆うほどの大規模な魔法が展開されているのだろう。目立つものを置いて注意を逸らす、事象改変と呼ぶまでもない些細なものだが、だからこそ気づくことが非常に困難なほどに微弱なものだ。

 ――これこそが、かつて“最高”にして“最巧”と謳われた、“トリックスター”九島烈の魔法か……!

 達也の目がすっと細められたのとほぼ同時、壇上のシャルエルがゆっくりとその場を離れる。

 すると、彼女が先程まで立っていた場所に老人の姿が現れる。

「――――!」

 会場中が驚きに包まれる中、烈はちらりと達也へと視線を向け、そして彼の隣にいる小さな少女へ向け、そして会場の端にいる大きなウエイターへ向け、すぐさま視線を前に戻すと口を開いた。

『まずは、私の悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する』

 マイクを通したその声は、90歳近い老人とは思えないほどに若々しかった。彼の声に、驚きの声をあげていた会場が静寂に包まれる。

『今のはちょっとした余興だ。魔法というよりも手品の類と言って良いだろう。だが、私の魔法に気づいた選手は、私の見たところ6人だけだった。――つまり、もし私がテロリストだったとして、私を阻むべく行動を起こせたのは6人だけだということだ。選手という括りを無くすなら、もう少し人数は増えるんだがね』

 烈の言葉に、会場のあちこちで息を呑む音が聞こえた。

『諸君。私が用いたのは低ランクの魔法だが、君達はそれに惑わされ、私を認識できなかった。明後日からの九校戦は、まさに魔法の使い方を競う場なのだよ。――諸君の“工夫”を、楽しみにしている』

 挨拶が終わると、一斉にとはいかなかったものの、会場中から拍手が巻き起こった。

 魔法ランク至上主義である現在の魔法師社会において、その社会の頂点に君臨する人物がそのことに異議を唱える。魔法はあくまで“道具”であると言ってのけ、そして実際に分かりやすく実践してみせる。しかも、誰にも真似のできないレベルで。

 ――これが“老師”か……。

 他の生徒と同じように拍手をしながら、達也は他の生徒の誰よりも心の中で笑っていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 次の日の夜。

「はぁ……、気持ちいい……」

「うんうん、やっぱり温泉は最高だね!」

 選手の泊まるホテルの地下には、軍事演習による怪我の治療目的に温泉施設が造られていた。とはいえ普段の主な利用者は高級軍人であり、大勢の観光客が利用するようなものではない。

 しかし現在その温泉を利用しているのは、深雪にエリにほのかに雫、そして同じ1年生の女子である里見スバル(少年っぽい見た目と声をしている少女)に、この温泉を使わせてもらえるように交渉した明智英美(ルビーのように紅い髪を持つ小柄な少女)の6人である。

 ちなみにこの温泉は裸での入浴が禁止されているので、現在は皆、帯を使わないミニ丈の浴衣のような形をした湯着を着用している。

 そんな中、深雪がじっとほのかの姿を見つめていた。それに気づいたほのかは、頬を紅く染めて体を丸めるという、まるで男性に見られたかのような反応を見せる。

「あ、あの、深雪、どうしたの……?」

「ははは、ほのかって意外とスタイル良いからねー。……剥いて良い?」

「い、良いわけないでしょ、エイミィ!」

「ご、ごめんなさい、ほのか! 別にそういうつもりじゃなかったのよ。ただちょっと、前よりも体つきが変わったかなぁ、って思って……」

 深雪がそう言った途端、ほのかは先程までの反応が嘘のように喜色満面の笑みを浮かべて、

「や、やっぱりそう思うかな! 筋トレした甲斐があったよー」

「筋トレ? ほのかって、そんなことしてたのかい?」

「ほのかは2ヶ月くらい前から、厚志さんって人のジムに通ってトレーニングをしてる」

 スバルの質問に答えたのは、ほのか本人じゃなく雫だった。

「見た目にはそれほど変わってるようには見えないけど……、ちょっと触らせてもらっても良いかな?」

「うん、良いよ! どうぞ!」

 先程は英美に対して嫌がる反応を見せたほのかだったが、今回はやけにあっさりと了承して右腕を差し出してみせた。ひょっとしたら筋トレに嵌っている人がよく陥る症状である“やたらと人に筋肉を自慢したがる”に掛かりかけているのかもしれない。

 彼女の言葉に甘えて、他の皆が一斉に彼女の腕をぺたぺたと触り始める。

 しかし程なくして、スバルと英美の2人が不思議そうに首をかしげた。

「うーん……、確かに私達の腕よりも引き締まってるようには感じるけど、特に硬いって訳じゃないなぁ……」

 しかしほのかはがっかりした様子を見せず、むしろにやにやと笑みを浮かべていた。

「ふふふ、筋肉って力を入れなきゃ結構柔らかいんだよ? でも、こうやって力を入れると――」

 ほのかが腕に力を入れた瞬間、彼女の右腕が一回り太くなった。そして、腕を触っていた2人の目の色が変わる。

「凄い! 急に硬くなった!」

「おおっ! 力を加えても、全然びくともしない!」

「でしょでしょ? 前よりも重い荷物を持てるようになったし、速く走れるようになったし、運動しても疲れにくくなったんだよー!」

 にこにこと笑ってそう言うほのかは、すっかり体を鍛える楽しさに目覚めているようだった。

「ところで、さっき雫が言ってた“厚志さん”ってどんな人なの? その人もやっぱり筋肉ムキムキ?」

「さっきのパーティーのときに、凄く体の大きな人がウエイターがいたでしょ? あの人が厚志さんだよ?」

 エリの言葉に、英美とスバルの2人が驚きの表情を浮かべた。

「えっ? あの人って、ホテルの従業員じゃなかったの? ていうか、エリちゃんの知り合いなの?」

「うん。私達を応援してくれるために来てて、懇親会を見たかったからスタッフとして働かせてもらってたんだって。ちなみに私だけじゃなくて、達也さんと深雪さんも昔からの知り合いだよ?」

「私とほのかは、4月のときにエリ達を通して知り合った」

 エリの説明に付け加えるようにして、雫が横から口を開いた。

「へぇ……、そうか、あの人が……。確かに服の上からでも分かるほどに凄い筋肉だったな……。ちょっと近寄り難かったけど」

「うん。そりゃ男の人の体はだらしないよりも引き締まってた方が良いけど、あそこまで鍛えられるとちょっと……って感じかなぁ?」

「2人って、どんな人がタイプなの?」

 ほのかの質問に、英美とスバルはうーんと唸って、

「2年の五十里先輩とか? あの人って、見た目と違って頼りになるよね」

「確かに頼りになるけど、あの人って婚約者持ちじゃん? そんな人を好きになっても虚しいだけだよねぇ」

「頼りになるのがタイプなら、十文字先輩は?」

「いや、あれは頼りになりすぎるでしょ。あれって絶対、付き合ってるこっちが相手に釣り合わないって悩むタイプだよ。いくら何でも、十師族の跡取りってハードル高いよねぇ……」

「同じ十師族といえばさ、三高に一条の跡取りがいたよね?」

「ああ、いたいた。なかなか格好良い人だったよね」

 一条将輝の名前は、第一高校の中でも有名だった。当時13歳で佐渡侵攻事件の際に義勇兵として加わり、敵味方の血に塗れて戦い抜いた姿から“クリムゾン・プリンス”の名で呼ばれるようになった彼は、今回の新人戦でも最有力選手として名を連ねている。

「そういえばその人、やけに深雪の方を見てたよね。もしかして、深雪に一目惚れしてたりして」

「ええっ? 私のことを? 全然気づかなかったけど……」

「そりゃ、深雪はお兄さんに夢中だからね。やっぱり深雪って、お兄さんみたいな人がタイプなのかい?」

 スバルの質問に、深雪は溜息をついてそれに答える。

「私とお兄様は実の兄妹よ? お兄様のことを“恋愛対象として見たことは無い”わよ。それに、お兄様みたいな人が他にいるとは思えないわ」

 深雪の言葉に、スバルと英美は明らかにがっかりした表情を見せた。

 そしてほのかと雫の2人は、彼女の“恋愛対象として~”のくだりに言葉以上の意味を感じ取った。具体的にそれが何を意味しているのかまでは分からなかったし、分かるはずもないのだが。

 

 

 *         *         *

 

 

 一方その頃、達也は一高の作業車にてCADに登録する起動式のアレンジを行っていた。

「司波くん、そろそろ切り上げた方が良いんじゃないかな?」

 一緒に作業していた五十里に声を掛けられた達也が、時計へと目を向ける。作業を開始してからすでに数時間が経過しており、周りに目を向けると五十里と自分以外にすでにエンジニアの姿は無かった。どうやら作業に夢中になりすぎてしまったせいで、時間の経過に気づけなかったらしい。

「司波くんの担当は4日目以降でしょ? あまり最初から根を詰めすぎない方が良いよ」

「……確かに、そうですね」

 達也が担当するのは、1年女子のスピード・シューティング、ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの3種目である。これは深雪達の希望であるのと同時に、森崎を始めとする1年男子による反発が強かったからという経緯がある。

 ちなみに1年女子の出場種目だが、エリがクラウド・ボールとミラージ・バット、ほのかがバトル・ボードとミラージ・バット、雫はスピード・シューティングにピラーズ・ブレイクである。ミラージ・バットでエリとほのかが被っており、この競技では2人はライバルということになる。

 そして深雪はなんと、新人戦のピラーズ・ブレイクに“本戦”のミラージ・バットに出場することとなった。新人戦のミラージ・バットに有力選手が集中するのを防ぐという狙いもあったが、何よりも深雪ならば本戦でも充分に優勝を狙えるという思惑があってのことである。本戦で得られるポイントは新人戦の2倍なので、これは責任重大だろう。ちなみに彼女に限り、本戦でも達也がエンジニアを担当することになっている。

 いずれにしろ、達也が担当するのは大会の後半部分である。確かに五十里の言う通り、今は英気を養う時期なのかもしれない。

「それでは五十里先輩、お先に失礼します」

「うん。僕は明日出場する担当選手がいるから、もう少し残ってるよ」

 五十里に見送られ、達也は作業車を後にした。

 真夏ということもあって、夜が更けても気温はあまり下がらない。Tシャツ1枚で外を出歩いても困らないということもあり、達也はすぐに部屋には戻らずホテルの周辺をぶらぶらと散歩することにした。

 すると、

「厚志さん、どうしてここに?」

「おや、達也くん。寝る前に、少し散歩がしたくなってね。君もかな?」

 厚志の言葉に達也は頷き、そのまま2人は横に並んで散歩をすることにした。

「いよいよ明日から本戦開始だね。どうだい、調子は?」

「本戦に関しては、あまり問題視することはありません。普段通りの実力を出せば、ほぼ間違いなく一高が優勝するでしょう。もちろん、油断は大敵ですが」

「新人戦は?」

「こればっかりは、何とも言えませんね。初めての大きな舞台で普段通りの結果を出せるか分かりませんし、あるいは誰にも注目されていないダークホースが他校に潜んでいるかもしれません」

「だけど、達也くんがエンジニアを務めるんだ。少なくとも、君が担当する競技については心配いらないんじゃないのかな?」

「最大限の努力はしますが、はたしてどう転ぶでしょうね?」

「ははは、“トーラス・シルバー”の片割れによる“最大限の努力”か。それは頼もし――」

 厚志の台詞が、途中で途切れた。彼が途中で口を閉ざしたからである。

 しかし達也は、それを疑問に思うことはなかった。彼も厚志から目を逸らし、まったく違う方向へと意識を集中させているからである。

「……達也くん、どうだい?」

「生け垣に偽装したフェンス間際に3人、それぞれ拳銃と小型爆弾を所持しています」

「武装して軍の管理地内のセキュリティを突破か……。それは危険だ」

 達也と厚志は互いに顔を見合わせると、その気配を感じた方向へと同時に走り出した。一般人の走る速度を優に超えたスピードで、2人は森の中をすいすいと走り抜けていく。照明がまばらで星明かりも木々に阻まれて満足に届かないような場所だったが、2人には何ら問題は無い。

 やがて、賊を視認できる場所まで辿り着いた。頭の先から爪先まで黒い布で覆い隠した彼ら(体つきががっしりしていることから、おそらく全員男で間違いないだろう)は、何やら3人で話し合っている最中だった。

「……達也くん」

「はい」

 しかし現在2人の関心を惹いているのは、3人の賊ではなくその近くに潜む1人の少年だった。

 その少年――幹比古は、幾何学模様の描かれたカードを取り出し、それに力を込めるような仕草をしていた。すると彼の手元が微かに輝き、賊の真上に電子が集まってパチパチと火花を散らす。

 ――成程、あれが古式魔法の呪符か。だが……。

 その瞬間、賊が幹比古の存在に気づき、拳銃を彼に向けてきた。彼はそれに気づき対処しようとするが、その表情は苦々しい。

 間に合わないと判断した達也は、右手をその拳銃に向けてかざした。

 すると次の瞬間、賊の持っていた拳銃がまるでネジが外れたようにバラバラに解体された。

「な、何だ!」

「くそっ、こうなったら――」

 賊の1人が腰の辺りに手をやり、何かを取り出そうと――

 

 

「カハァ――」

 

 

 幹比古の背後から姿を現したその“怪物”の姿に、賊は思わずその動きを止めてしまった。身長2メートルの巨体に、限界まで鍛え上げられた筋肉。まっすぐ獲物を睨みつける2つの目玉に、まるで獲物を食らおうとするかのように舌なめずりする口。

 達也による武器の解体と、厚志による威嚇。

 その2つによって作り出した隙は、幹比古の魔法を完成させるには充分だった。空中に生じた雷が、3人の賊を頭上から貫いた。賊はその衝撃によって意識を刈り取られ、そのまま地面に崩れ落ちる。

「厚志さん――達也まで!」

 自分の後ろに突然現れた厚志に驚きの声をあげる幹比古だったが、さらに茂みから姿を現した達也の姿にますます驚きを増幅させていた。しかし2人は彼の驚きに応えることなく、地面に倒れる賊を確認している。

「死んではいません、気絶しているだけです」

「見事な腕だね、幹比古くん」

 厚志に突然褒められた幹比古は、思考が追いついていないのか「へ?」と疑問の声をあげた。

「死角から複数の標的に対して正確な遠隔攻撃を行い、あくまで捕獲を目的とした攻撃で相手を一撃で無力化、しかし致命傷は与えていない」

「あの状況でこの戦果はベストだよ、幹比古くん。相当な修練を積んだんだろうね」

 2人の言葉に、しかし幹比古は逆に表情をどんどん曇らせていく。

「でも僕の魔法は、本来ならば間に合っていなかった……。2人の援護が無ければ、僕は確実に撃たれて――」

「そうだね」

 幹比古の言葉をはっきりと肯定する厚志に、実際にそれを口にしていた幹比古は驚きの表情を浮かべ、達也はちらりと厚志を見遣るのみで無表情を貫いていた。

「確かにあのとき私達の援護が無かったら、君は確実に撃たれていた。しかし実際には撃たれていないし、それ以外については完璧な結果を出した。だったら次に向けて改善することができるし、改善すべきポイントははっきりしている」

「改善すべき、ポイント……」

 自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟く幹比古を横目に、厚志は達也へと視線を向ける。

「幹比古。自分でも気づいていると思うが、改善すべきポイントは魔法の発動スピードだ」

「……確かに、それは分かっている。だけど“今の僕”には、それを改善することなんて――」

「いや、できるかもしれない」

「――――!」

 達也のその言葉に、幹比古は目を丸くする。

「さっき使ったあの術式には、無駄が多すぎる。問題は自分の能力ではなく、術式そのものだな。そのせいで、自分の思っている通りに魔法が発動しないんだ」

「……ま、待て! なんでそんなことが分かるんだ! この術式は吉田家が長い年月を掛けて、古式魔法の伝統に現代魔法の成果を積極的に取り入れて、何度も何度も改良を重ねてきたものだ! それなのに、なんで君は一目見ただけでそんなことが言えるんだ!」

「分かるからだ」

 はっきりと言い切る達也に、幹比古は息を呑んだ。

「俺は“視る”だけで魔法の構造が分かる。起動式の記述内容を読み取り、魔方式を解析することができる。――別に、信じてもらう必要は無いがな」

 達也の突き放すような言い方に、幹比古は戸惑いながら厚志へと視線を向けた。

 厚志はあえてそれに答えることはせず、

「ところで、こいつらはどうしようか? 誰か見張りをつけて、他の誰かが警備員を呼ぶのが良いと思うけど」

「あ、それじゃ、僕が呼んできます」

 幹比古はそう言って、その場を離れていった。達也と厚志、そして地面に倒れたままの賊3人が残る。

「さて、達也くん、どうする? 私のプリティ☆ベルの能力で、彼らを拘束することもできるが」

「誰かに見られる危険性があります。俺が地面に埋めますよ」

 達也がそう言って賊に向かって腕をかざしかけたが、誰かがここに近づく気配に気づき、腕を下ろした。

「相変わらずだな、君達は」

 2人の前に姿を現したのは、日焼けや火薬焼けによってなめし皮のようになった顔を持つ男――風間だった。

「お久しぶりです、風間さん」

「厚志さんも、お元気そうで。――それにしても特尉、基本的に他人に無関心な特尉にしては随分と珍しいじゃないか」

「無関心は、言い過ぎだと思いますが」

「それとも、身につまされる思いでもしたかな? 特尉と同じような悩みを抱えているようだな」

「……どうでしょうね。もしかしたら、知り合いのお節介が移ったのかもしれません」

 達也はそう言うと、ちらりと厚志へ視線を向けた。ははは、と厚志は笑った。

「少佐、この者をお願いしても宜しいですか?」

「分かった。基地司令部には、俺の方から話を通しておこう」

 風間の言葉に達也が頭を下げると、厚志が横から風間に尋ねる。

「彼らはなぜ、ここに侵入したんでしょうか? なかなかの技量のようですが」

「分かりません。しかし、予想以上に積極的です。とばっちりを食らわないように、くれぐれも注意してください。――明日の昼、我々も楽しみにしています。エリちゃんにも、宜しくお伝えください。それでは」

 風間はそう言い残し、2人と別れてその場を去った。

 

 

 *         *         *

 

 

 様々な思惑を孕みながら、九校戦が幕を開ける。

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