魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第22話 『“大会”や“トーナメント”こそ、少年漫画で最も手っ取り早く盛り上がれる展開である』

 九校戦の会場は、まさに熱狂に包まれていた。富士の麓という交通の便の悪い場所で行われるにも拘わらず、直接観覧するギャラリーは1日平均1万人、有線放送での中継の視聴者はその100倍を優に超える。確かに他のプロスポーツに比べれば少ない方かもしれないが、わざわざ足を運んでまで見に来るような人物は多かれ少なかれ“マニア”がほとんどだ。盛り上がりは、そんじょそこらのプロスポーツには引けを取らないだろう。

 そしてそういった熱気というのは、自然と選手達にも伝わってくるものである。いつものように静かな朝を迎えた会場内のホテルも、戦いを前にした緊張感というものがホテル中に張り詰めているような雰囲気すらある。

 とはいえ、そのような緊張感が届くのにも限界がある。特に他の客室とは切り離されているスイートルームは、普段とまるで変わらない優雅でゆったりとした空気が流れている。

「んがー、んごー……」

 そんなスイートルームのベッドルームで眠るレオも、すっかり太陽が昇っているにも拘わらず、大きないびきを掻いて眠っていた。同じベッドに幹比古も眠っているが、ベッドがキングサイズとかなり大きいので、のびのびと手足を伸ばして眠ることができる。

「うーん……」

 ふと目を覚ましたレオだったが、それでもまだ眠気の方が遙かに勝っている。彼はごろりと寝返りを打って、身近にあった何かにしがみつくと、そのまま二度寝をしゃれ込もうと――

 ふにふに。

「ん……?」

 最初は枕か何かだと思って抱きついた“それ”だったが、思っていたよりも柔らかく、そしてほのかに暖かかった。その温もりは本能的に人間が求めているようなちょうど良い温度で、手触りも自身の肌にしっとりと貼りつき、ぎゅっと抱きつくと適度に跳ね返ってきて非常に気持ちいい。いくらでも触っていたくなる感触であり、元々の眠気も相まってすぐさま夢の世界へとトンボ返りできそうである。

 と、そのとき、

「……うふふ、そんなに強く抱きついちゃって、そんなに気持ちいい?」

 自分のすぐ耳元で、そんな声が聞こえてきた。声の振動のせいか心地良く耳をくすぐる可愛らしい声で、大人の女性にも無邪気な少女にも聞こえる不思議な声である。

 つまりそれは、紛れもなく女性の声であり、

「――えっ?」

 レオや幹比古だけでなく、隣のベッドにはリカルドも眠っている。レオ達が泊まっているスイートルームは幾つもベッドルームであり、初日の夜にエリカ達との入念な話し合いの末、男性と女性で寝室を明確に分けた経緯がある。特にエリカに至っては「部屋に入ってきたら殺す」とレオに念入りに言って聞かせ――もとい、脅していた。

 なので、この部屋に女性が入ってくることは本来有り得ない。

 恐る恐る、レオが目を開ける。

 咄嗟にピントを合わせられないほどに近い場所に、女性の顔があった。まるで十代の少女のようなあどけない、しかし彼女が纏う妖艶な雰囲気から間違いなく経験豊富な大人の女性であることが分かる整った顔が、にっこりと笑みを浮かべてレオをじっと見つめている。

 そしてその女性――シャルエルは、ぺろりと舌を出して唇を湿らせると、

「でもぉ、もーっと気持ち良くなる方法があるんだけど……、試してみない?」

「うわああああああああああああああ!」

 思春期真っ盛りな男子なら思わず飛びついてもおかしくないシチュエーションだが、生憎彼の頭に浮かんだのは欲望よりも驚愕だった。

「な、何だ! 敵か!」

 そしてレオが大声をあげたものだから、当然ながらすぐ隣に寝ていた幹比古が驚いて飛び起きた。そして隣のベッドに眠っていたリカルドも目を覚まして慌てたように辺りを見渡し、互いに肌を合わせる(けっして性的な意味ではない)レオとシャルエルに気づくと、

「……レオ、“そういう事”に興味を持つなとは言わない。だがそういうのは、最低限の節度を持ってやるべきではないか? 少なくとも、寝ている人間のすぐ隣でやるものではないだろう」

「いやいや、寝ている人間のすぐ隣でやるってのも、なかなか興奮するもんなんじゃねぇのか? かなりマニアックだけど」 

「い、いや! 違うんだ2人共! これは誤解で――」

「あれぇ? そっちから私に抱きついてくれたのに、寂しいなぁ」

「ちょっと! 余計なことを言わないで――」

「ねぇレオ! 何か悲鳴が聞こえたんだけど、何があった……の……」

 幹比古に弁明をしていたまさにそのとき、部屋のドアが開いてエリカが中に飛び込んできた。そして同じベッドで肌を合わせる(けっして性的な意味ではない)レオとシャルエルの姿を見つけると、ぱくぱくと口を開けたり閉めたりしながら顔を真っ赤に染め上げていく。

 そして彼女の後ろでは同じように部屋に駆けつけた美月が顔を紅くし、ミルココやモカや厚志なども部屋の中を覗き込んでは、何かを察したのか苦笑いを浮かべていた。

「ま、待てみんな! これには訳があって――」

「良いからさっさとその人から離れろやぁっ!」

 どこから取り出したのか、エリカはいつの間にか手に握っていた伸縮警棒型のCADを振り上げながら、自己加速術式で一気にレオに迫り、その頭目掛けてCADを思いっきり振り下ろした。

 

 

 *         *         *

 

 

「1日目は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボードか。七草会長と渡辺先輩とは、いきなり真打ち登場だな」

「そうですね! 新人戦では私達が出る競技だし、見逃せません!」

 達也の言葉に、ほのかがぐっと拳を握りしめた。華やかさよりも厳粛さを印象づける開会式はさっさと終わり、現在は選手や観客がそれぞれ目当ての会場に向かって移動している。司波兄妹にエリ、エリカ達二科生4人、そしてほのかと雫の9人も、現在はスピード・シューティングの会場へと足を進めている最中である。

「ところでレオさん、なんで朝からそんなにボロボロなの?」

「ははは……、エリちゃんが気にすることじゃないさ」

 その途中、エリが好奇心に耐えきれなくなって、青痣やたんこぶをあちこちに作ったレオに問い掛けるが、彼は弱々しくサムズアップしながらそう答えたために会話は打ち切りとなった。

 そんなこんなで、9人はスピード・シューティングの会場へと辿り着いた。やはり九校戦の中でも最も注目されてる選手の1人である真由美が出場するだけあって、会場はほとんど満席になっている。

 と、そのとき、達也は観客席の後ろの方にやたらと体の大きい男性が座っているのを見つけた。

「厚志さん、おはようございます」

「おお、達也くん。他のみんなも、おはよう」

「やっぱりここに来たね。そうだと思ってたよー」

「ささ、席は空いてるのでどうぞー」

 厚志の隣にはミルココにモカにダッチにリカルドにマッドと、お馴染みの面々が揃っていた。そして彼らの周りの席は、達也たちが座るために確保してくれたのか空席となっている。ちなみに厚志は体が大きいために2席分占領しており、その代わりなのかミルココとダッチを自分の膝の上に乗せて、少しでも占有する席を減らす努力をしていた。そしてそんな彼女達を見て、モカがこっそりと羨ましがっていた。

「厚志さん、もっと前の席の方が良かったんじゃないですか?」

 レオがそう尋ねると、厚志は困ったように笑みを浮かべて、

「私が前に座ると、後ろの観客の迷惑になるからね。それにこの競技は、後ろの席から見た方が全体を把握できて良いだろう?」

「確かにそうですね。……我慢できずに、前の方に詰め掛けてる奴らもいるけど」

 エリカが呆れ果てた表情で眺めているのは、今にもフェンスから乗り出しそうな勢いで観客席の最前列に詰めかけている観客の群れだった。大半がカメラを持っており、大多数が男性だったが、女性の姿もけっして少なくない。

「まぁ、気持ちは分かるけどねぇ。普段の真由美とは、全然雰囲気が違うもん」

 ミルクの言った通り、現在フィールドに立っている真由美は、長い髪の上からつけたヘッドセット、透明なゴーグル、ストレッチパンツの上から着る、ミニワンピースと見紛うほどにウエストを絞った襟付きジャケットと、可愛らしさと凛々しさが絶妙に合わさった近未来映画のヒロインのような雰囲気があった。

「会長はかなりの人気ですからね。会長を題材にした同人誌が作られているくらいですし」

「……え? 美月ってそういう趣味だったの? まさか美月も、周りの人達を題材にした“ウ=ス異本”を描いてるとか……」

「い、いや、私は違いますよ! そういうことをしてる人がいるのを知ってるだけで、中身も見たことは――」

「そろそろ始まるみたいだぞ」

 達也の言葉に美月達は喋るのを止め、フィールドに注目する。

 スピード・シューティング。30メートル前方にある有効エリア(1辺15メートルの立方体)に入ったクレーを破壊する競技である。クレーは5分間にランダムに射出されるため、素早さと正確さが求められる。予選は1人だけでフィールドに立つが、上位8人の決勝トーナメントからは2人同時にフィールドに立ち、自分の色のクレーのみを撃ち分ける対戦形式になる。

「だからこそ、予選と決勝トーナメントでは使用する魔法を変えるのがセオリーなんだが……」

「会長の場合は、どちらも同じ魔法を使用しますね」

 達也の言葉に深雪が答えている内に、シグナルが点灯した。複数の赤のシグナルがカウントを刻み、緑のシグナルが点いた途端にクレーが2つ射出された。

 クレーは綺麗な放物線を描いて、有効エリアへと迫っていく。

 そして、有効エリアにクレーが完全に入った、その瞬間、

「――早い」

 雫が思わず感嘆の声を漏らすほどに一瞬で、2つのクレーが同時に破壊された。

 真由美の目の前で、小さな白い粒が寄り集まって塊が形成され、クレーが有効エリアに入った途端にそれが射出される。白い塊は寸分違わずクレーのど真ん中を射抜き、ランダムに射出されるクレーをただの1つも取りこぼすことはない。

 彼女の魔法を見て血が騒いだのか、リカルドが身を乗り出して尋ねる。

「なぁ達也、ひょっとしてあれはドライアイスか?」

「はい、ドライアイスを亜音速で射出しています」

「ほぅ……、それをあの精度で操るとは、只者じゃねぇな……」

「あれだけの精度を実現させているのは、遠隔視系の知覚魔法“マルチスコープ”を使っているからです。実体物をマルチアングルで知覚する、いわば視覚的な多元レーダーのようなものですね。しかしそれによって得た情報を処理するのは、自前の頭です。よほどの修練を積んだのか天性のものか……、どちらにしろ凄いですね」

 ちなみに真由美の“マルチスコープ”が登場したのは、これが初めてではない。4月の討論会で講堂にガス弾が撃ち込まれたとき、真由美が真っ先にそれに気づくことができたのは、その魔法によって講堂中を多元的に監視していたためである。

 しかし、その説明を聞いて疑問の声をあげたのはレオだった。

「それにしても、こんな真夏にドライアイスを生成して亜音速で射出なんて、よく魔法力が持つよな。相当なエネルギーが必要になりそうなもんだが」

「確かに魔法は“エネルギー保存の法則”の埒外だが、逆にそれを利用することで少ない負担で魔法を行使することができる」

 エネルギー保存の法則とは、運動・熱・化学・光・電気などのエネルギーは形態が変化しても総和が変わることは無い、という物理法則の最も基本的なものの1つである。

「達也くん、どういうこと?」

「ドライアイスを作ってそれを加速させる魔法の場合、奪い取った熱エネルギーを運動エネルギーに変換するスキームで魔法力の負担を軽くしているんだ。本来の自然界ではこれを“エントロピーの逆転”といって、熱エネルギーのすべてを他のエネルギーに変換することは絶対に不可能なんだが、熱力学的には辻褄が合う」

「うーん……、何か上手いこと騙されてる気がするなぁ……」

「憶えておくと良いぞ、レオ。“世界を上手く騙す技術”が魔法なのさ」

「つまり魔法師ってのは、世界を相手にした“詐欺師”ってことだね!」

 エリのあんまりな言い方に、周りの面々は思わず笑ってしまった。

 ちなみに真由美は、100個のクレーをすべて撃破し、パーフェクトで予選を通過している。

 

 

 

 一行は次に、バトル・ボードの会場へと移った。本戦では摩利が、新人戦ではほのかが出場することになっている。

 バトル・ボードは、長さ165センチ、幅51センチの紡錘形ボートに乗って、全長3キロの人口水路を3周するタイムを競う競技である。水面への魔法行使は認められているが、他者の体やボートへの直接攻撃は禁止されている。予選は1レース4人、準決勝は1レース3人、3位決定戦は4人、決勝戦は2人のタイマン勝負となっている。

 こちらも会場は超満員となっており、前の方に観客が詰め掛けている。しかしこちらは先程とは違って、女性の方が多いように見受けられる。

 それもそうだろう。スタートの準備をしている摩利の姿は、他の選手がボードに膝をついて構えているのに対し、彼女だけはボードの上にまっすぐに立っており、見ようによっては他の選手をかしずかせている“女王様”のように見えなくもない。また彼女の着ているウェットスーツが、彼女のスレンダーで魅力的な肢体を浮かび上がらせ、少年少女向けの騎士道物語をも彷彿とさせる格好良さが際立って見えていた。

「こっちもこっちで、凄い人気ですね……」

 周りの熱気に圧倒されがちな深雪の言葉に、達也はふっと笑って頷いた。

「それにしても、生身の体で時速60キロにもなるボードの上に乗って空気抵抗に耐えるというのは、なかなか体力が消耗されそうだな……」

「ほのかさんを心配してるんだったら、それは大丈夫だよ! ほのかさん、厚志さんのジムでトレーニングしたおかげで凄い筋肉ついたんだから!」

「エ、エリちゃん! それだと何だか、私が厚志さんみたいに筋肉モリモリに聞こえるから!」

 ほのかの言葉に、彼女の顔に厚志の体をコラージュさせた映像を思い浮かべたらしいレオと幹比古が噴き出し、エリカに頭を思いっきり叩かれていた。自業自得だろう。

「大丈夫だよ、ほのかちゃん。君はこの2ヶ月くらいの間、一生懸命トレーニングをして筋肉をつけてきた。体幹もトレーニングしてきたから、バランス感覚も養われているはずだ。その努力は、必ず結果として返ってくるよ。後は、練習の成果を思いっきりぶつけるだけさ」

「厚志さん……。はい、頑張ります!」

 ほのかはぐっと拳を握りしめて、厚志へにっこりと笑顔を見せた。

 その頬を、ほんの少し紅く染めて。

「……え? ほのかって、そういうことなの?」

「いや、まだだ。まだ判断する時間じゃない」

 ミルココがにやにやと笑いながら内緒話をしていたそのとき、アナウンスによる案内が入った。間もなくレースがスタートするらしい。

『用意』

 スピーカーから流れる声に選手が一斉に構え、空砲と共にレースがスタートした。

 その直後、四高の選手が後方の水面を爆破した。おそらく大きな波を作り、自身の推進力にすると同時に他選手の妨害も兼ねようとしたのだろうが、

「……自分もそれに巻き込まれてたら、意味無いよな」

 レオの言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 ちなみにその大波は他の選手も巻き込むことには成功したが、優勝候補筆頭の摩利は一瞬だけ足を取られたようにバランスを崩しかけたが、すぐさま持ち直すと水面を滑らかに進んでいく。早くも独走態勢に入った彼女は、直線でもカーブでも滝のような段差でも、一切バランスを崩すことなくコースを走破していく。

「それにしても、あんな不安定なボードの上でよくバランスが保てるね」

 マッドの言葉に答えたのは、すっかり解説役が板に付いた達也だった。

「硬化魔法の応用と移動魔法とのマルチキャストですね」

「硬化魔法? どこに使ってるんだ?」

 その言葉に食いついたのは、自身も同じく硬化魔法を得意とするレオだった。

「ボードと自身の相対位置を固定しているんだ。そうした上で、自分とボードを1つの“もの”として認識して移動魔法を掛けているんだ。しかもコースの変化に合わせて、持続時間を細かく設定している。面白い使い方だ」

「硬化魔法って、そういう使い方もできるの?」

 ココアの質問に、達也は頷いた。そもそも硬化魔法は物質を“硬くする”のではなく、パーツの“相対位置を固定する”魔法である。物質の形を保持するという効果を得られるので、結果的に物質が硬くなったように見え、それにより“硬化魔法”という名前がつけられている。

「いや、それだけじゃないな。上り坂では加速魔法も使われているし、波の抵抗を弱くするために振動魔法も併用されている。一度に3種類や4種類のマルチキャストを展開しているのか」

 芸術的なまでに磨き上げられた魔法で他を圧倒する真由美。

 臨機応変に多種多様な魔法をコントロールする摩利。

 1試合観ただけでも、他の選手との差は歴然である。

 ――いや、これはすでに高校生のレベルを超えているな……。

 余裕のトップでゴールインした摩利を眺めながら、達也はそんなことを思っていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 バトル・ボードは今日は予選だけであり、スピード・シューティングの準々決勝以降は午後からである。なので午後にまた会場で落ち合うことを約束して、達也とエリと厚志は一旦皆と別れた。

 3人が向かったのは、ホテルにある高級士官用の客室である。警備の兵士に案内され、3人はその部屋へと通される。

「来たか、達也。厚志さんもエリちゃんも、ようこそ。どうぞ、こちらの席に」

 3人を出迎えたのは、風間だった。彼の階級は少佐であり、本来ならばこの部屋は大佐クラスの軍人でなければ使えない。しかし彼が率いる“独立魔装大隊”の特殊性、そして過去の職歴が評価され、軍内では階級以上の待遇を受けている。

 部屋の中央には円卓が置かれ、そこに風間以外に4人の男女が座っている。彼らの大隊では円卓の精神をモットーとしており、このテーブルもわざわざ余所から持ってきたものである。

「昨日はどうも、風間さん。他の皆さんも、お久し振りです」

「みんな、久し振りー!」

 厚志とエリは風間に言われてすぐに席に着いたが、達也は入口に立ったままでいる。

「達也、上官ばかりで気後れするのも分かるが、今日は君を“戦略級魔法師・大黒竜也特尉”ではなく、我々の友人“司波達也”として招いたんだ。あまり遠慮されると、我々の方が困ってしまう」

「それに君が立ったままだと、話もしづらくて困る。座ってくれないか?」

「真田大尉、柳大尉……。分かりました、失礼致します」

 2人の上官――真田と柳に促され、達也は厚志とエリの間の席に着いた。

「お久し振りです。ティーカップでは様になりませんが、乾杯といきましょうか」

 達也たちを出迎えた5人の中でも紅一点、レディーススーツを着こなし、まるで大企業の若手秘書の雰囲気を漂わせる女性――藤林少尉の言葉に賛同したのは、一級の治癒魔法師でもある山中軍医少佐だった。

「うむ、そうだな。再会の祝杯はぜひとも必要だ」

「山中先生の場合、カップにブランデーを注ぎ足す口実が欲しいのでは?」

「めでたい席に酒精はつきもの」

「……まったく、“医者の不養生”という言葉はもっと別の意味合いだったと思うんだが」

 柳の呆れの言葉も無視して、山中は厚志にブランデーを勧めていた。もちろん、厚志は断ったが。

 こうして8人は、互いのティーカップを合わせて乾杯した。

 

 

 

 久し振りとはいっても、長くて半年、短くて1ヶ月ほどなので、特に積もる話があったわけでもない。互いに近況を世間話レベルで語り合った後は、自然と話題は九校戦を狙う謎の組織へと移っていく。

「やはり昨日の賊は、“無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)”の一味でしたか」

「ああ。だが、詳しい目的はまだ調査中だ」

「それにしても達也くんも厚志さんも、昨夜はあんな遅くまで警戒していたんですか?」

「いえ、自分はCADの調節をしていたんです」

「私はたまたま散歩をしていただけで」

「ははは。達也と厚志さんのコンビに出くわすとは、あの賊も可哀想に」

「それにしても、天下の“シルバー殿”が高校生の大会でエンジニアかぁ。レベルが違いすぎてイカサマのような気もするな」

「もう、真田少尉。彼だって、れっきとした高校生なんですからね?」

 真田を窘める藤林だったが、そんな彼女も苦笑いを抑えることができなかった。

「ところで、達也くんは選手として出場はしないの? 結構良い線行くと思うんだけど」

「藤林、たかが高校生の競技会だ。戦略級魔法師の出る幕じゃないだろ」

「でも、そんなことを言ったら、戦略級魔法師と同等のレベルに位置するエリちゃんだって同じことが言えるでしょう? それに去年だって、十師族の十文字家や七草家がAランク魔法を使用したじゃないですか。――ねぇエリちゃん、もし達也くんが九校戦に出場するとしたら、どこまで行けると思う?」

 藤林がエリに話題を振ると、彼女は少しの間考えて、

「優勝する可能性がある競技は、“ピラーズ・ブレイク”と“モノリス・コード”かな? “ピラーズ・ブレイク”は殺傷ランク制限の対象外だし、“モノリス・コード”も実戦的なセンスが求められるから優勝も狙えると思う」

「他の競技では、優勝は難しいかしら? 達也くんには“フラッシュ・キャスト”があるから、発動のスピードという点では問題無いと思うけど」

「スピードは確かにそうだけど、それって単純な魔法しか安定して使えないんだよね? それだと予選を勝ち抜くのはまだしも、優勝できるかどうかは分からないかな。――まぁ達也さんの場合、その単純な魔法をどう使うか考える能力が凄いから、実際はどうか分からないけど」

 すらすらと言葉を並べるエリに、その場にいた大人達(厚志含む)は感嘆の溜息を漏らした。

「さすがだね、エリちゃん。もう現代魔法の知識では、エリちゃんには敵わないな」

 はっはっはっ、と気持ちいい笑い声をあげて、厚志がそう言った。エリはそれを聞いて、照れたように頬を掻いている。

「いずれにしろ、自分はエンジニアですので競技に出場することはありませんよ」

「まぁ、確かに達也はそうだろう。――しかしエリちゃん、君は実際に選手として出場するんだ。プリティ☆ベルの魔法を使うのは、できれば避けてもらいたいのだが……」

 達也の言葉を受けて、風間はエリに対してそのような“お願い”をする。

 しかし、

「風間さん、残念ながらそれは確約できないね。そもそもこちらには、そのような“お願い”を聞く理由が無い」

 相変わらずの満面の笑みを浮かべながら、厚志がそれをばっさりと切り捨てた。

「大丈夫だよ、風間さん。殺傷ランク制限に違反しそうな魔法は使わないつもりだよ。私だって優勝したいし」

「……分かっているのなら、それで良いのだが」

 口ではそう言っているが、風間の表情は晴れなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「あ、来た来た! おーい! こっち!」

 スピード・シューティングの会場に戻ってきた達也たち3人を、エリカが大きく手を振って出迎えた。見ると席がちゃんと確保されていて、達也たちが座れるようになっていた。3人はそこに腰を下ろし、ダッチとミルココが厚志の膝の上へと移動する。

「そういえば、幹比古は?」

「気分が悪くなったみたいです。人が多いですからね、私も眼鏡が無ければ危なかったです」

 達也の問い掛けに美月が答え、エリカがその横で呆れたように溜息を吐いていた。

「確かに、準々決勝なのに凄い人気だな」

「真由美が出るからね、他の試合はここまでじゃなかったよ」

 ココアがそう言うのと同時に、観客席のあちこちに設置されているディスプレイに『お静かにお願いします』という注意書きが表示された。もうすぐ試合が始まるという合図であり、観客は素直にそれに従っていたが、熱気はむしろ強くなっていることがひしひしと伝わってくる。

「この熱気は、対戦相手にとっては大きなプレッシャーだろうな……」

 準々決勝からは対戦形式となるので、真由美意外にもう1人フィールドに上がっている。真由美は観客の声援など気にしていない様子で準備に取り掛かっているが、対戦相手の方は明らかに彼女のことを意識している。

 予選と同じように赤のシグナルが点滅していき、やがて緑のシグナルに変わった。

 それと同時に、赤と白のクレーが射出される。

 そして有効エリアに入った途端、赤のクレーが破壊された。真由美である。

「おぉっ! さすがだな!」

 予選と同じく寸分違わぬ精度を見せる真由美に、リカルドはすっかり夢中なようだ。

 その後も、真由美は有効エリアに入ったクレーを次々と破壊していく。

 と、そのとき、エリカが疑問の声をあげた。

「でもさ、あんなに早くクレーを破壊しちゃったら、逆に相手にとっても有利にならない? 向こうは自殺点を気にすることなく狙えるわけだからさ」

 彼女の言う通り、対戦相手は真由美のクレーを気にすることなく次々と白のクレーを破壊しているようだった。1回の攻撃で白のクレーを破壊、その破片でもう1つのクレーも破壊する、なんて芸当すら見せている。

 エリカの問い掛けは、特に答えを期待したものではなく、ただ単に自分の中に湧き上がってきた疑問を吐き出しただけのものだった。

 しかし、律儀にも達也がそれに答える。

「つまりそれだけ、自分の魔法に自信があるということだ。それに――」

 達也が話している間に、赤と白のクレーが同時に射出された。ちょうど白のクレーが赤のクレーと真由美の間を塞ぐように飛んでおり、そのまま撃ってしまうと白のクレーも破壊してしまう。相手もそれを分かっているのか、わざとそのクレーを残したままでいる。

 しかし次の瞬間、赤のクレーのみが破壊された。

「――――!」

 対戦相手のみならず、観客の誰もがその光景に息を呑んだ。

 達也と深雪、厚志とエリ、ミルココの6人を除いて。

「……凄いね。今のが“魔弾の射手”かい?」

 厚志が尋ねたのは、自分の膝の上に乗っているミルココだった。

「ええ。“マルチスコープ”で狙いを定めて、離れた場所に“銃座”を作り出す、彼女の得意とする魔法です」

「この魔法を使えば、彼女に“死角”という概念は存在しません」

 2人の説明を横で聞いていたレオが、混乱したように頭を抱えている。

「えっと、つまりどういうことだ?」

「簡単に言えば、好きな場所から好きな方向に弾丸を撃ち込むことができるってこと」

「な、何だそれ! そんなん有りかよ!」

「スポーツ競技なら、まだ良いよ」

 驚きの声をあげるレオに話し掛けるのは、真剣な表情を浮かべるエリだった。

「想像してみてよ。今ここは戦場で、自分は狙撃兵。相手は真由美さんで、壁に隠れて狙撃する機会を伺っている最中だとする。――そんな中、もし真由美さんに“殺傷力を最大にした魔弾の射手”を使われたら?」

「――――!」

 エリの言葉に、レオにエリカに美月、そしてほのかと雫の背筋が凍りついた。

「そう。自分の知らない間に背後から――ズドン」

 エリは親指と人差し指を立てて拳銃の形を作ると、発砲したようにその手を跳ね上げさせた。

 ごくりと唾を呑み込んで、ほのかが口を開いた。

「たった1人で戦争を勝利に導く切り札となる……。それこそが、“十師族”というものなんですね……」

「……ああ、そうだと言えるな」

 震える声で呟く美月に、ほんの少し間を空けて達也がそれに答えた。彼のすぐ隣にいるエリ、そして厚志は、黙ったまま口を開こうとしなかった。

「…………」

 そんな3人を、深雪が少しだけ悲しそうな目で見つめていた。

 

 

 

 結局真由美は、そのまま決勝までパーフェクトで勝ち抜き、優勝した。

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