魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第23話 『勝っても負けても、それで得たものを活かせるかは本人次第である』

「スピード・シューティングの男子部門・女子部門同時優勝を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 その日の夜、真由美の部屋にてささやかな祝勝会が行われていた。メンバーは真由美に摩利にあずさに鈴音、そして深雪、エリの6人――つまり、普段から一緒に昼食を摂っているメンバー(達也除く)である。

「会長、優勝おめでとうございます!」

「ありがとう、あーちゃん。摩利も無事、準決勝進出ね」

「ああ。まずは、予定通りといったところか」

「真由美さん、凄く格好良かったよ!」

「ええ、とても素晴らしかったです」

「ふふふ、エリちゃんも深雪さんも、ありがとうね」

 まだ1日目が終わったばかりだし、真由美は明日も競技がある。本格的なパーティーは総合優勝の後ということで、今は女子だけ集まってジュースで簡易的な祝勝会――と取ることもできる。しかし何もパジャマパーティーという訳でもないのだから、別に男子が参加しても良さそうなものである。

 だが、何も彼女達は好きで男子を省いている訳ではない。

「少しヒヤッとしたが、服部も何とか勝ち残りか……」

 摩利の呟いた通り、男子のバトル・ボードも何とか準決勝まで勝ち進んだが、摩利のような圧倒的勝利ではなかった。普段の彼の実力から考えて、このようなところで躓くとは思えないのだが。

「CADの調整が間に合わなかったみたいです。試合が終わった後も、木下先輩と2人で調整していたみたいだし……。それに服部くん、ここに来てから何だか調子が悪いみたいで……」

「スランプかしら……? 少し心配ね……。明日ははんぞーくんオフだから、木下くんとゆっくり2人で調整させてあげましょう」

 真由美の言葉を受けて、鈴音が自分の端末で何やら確認をする。

「そうなると、他のエンジニアに明日の調整を頼まないといけませんね。木下くんは明日、女子クラウド・ボールの副担当です」

「クラウド・ボールは1日の試合数が多いからな、副担当がいないと厳しいぞ」

「それじゃ、男子のサブを女子にも回すというのは?」

「そうなると、石田くんには1日中働いてもらうことになるわね。さすがにそれは負担が大きすぎるわ」

「うーん、明日と明後日の両方ともオフの人が望ましいんだけど……」

 上級生だけで顔を合わせてうんうん唸っていると、今まで黙って聞いていたエリが口を開いた。

「だったら1人、適役がいるよ。――ね、深雪さん?」

「え? ……ああ、確かにそうね」

 エリと深雪の遣り取りに、他の面々もその人物の顔を思い出した。

 

 

 

「服部副会長が、自信を無くしている?」

「ああ。ここに着いたときに、ちょっと聞かされてな」

 ホテルの廊下を歩きながら、達也と桐原がそんなことを話していた。

「ここに来るときに、自動車が俺らのバスに突っ込んでくる事故があっただろ? あのときに自分は何もできなくて、おまえの妹がきちんと対処してみせたことが気になったらしくてな」

「あのときは魔法が相克していました、下手に動く方がかえって事態を悪化させたのでは? それに深雪は冷却魔法が得意です、単に深雪の魔法が事態の沈静化に適していただけでしょう」

「俺もそう言ったんだけどなぁ……。でもあいつが気にしていたのは、何も“魔法の資質”に限った話じゃないらしいぜ? ――渡辺先輩も会頭もおまえの妹も、自分の役割をしっかり認識したうえで、魔法の相克が起こらないように声を掛け合って、冷静に事態に対処してみせた。そういう“魔法師としての資質”って意味で、年下の女の子に負けたのが納得いかねぇってことだろ」

「そういうものは、場数を踏むことで自然と身につくものでしょう。こればっかりは、どうしようもないですよ」

「それってつまり、おまえの妹は場数を踏んでるってことか?」

「…………」

 桐原の言葉に、達也は苦い表情を浮かべた。余計なことを喋ってしまった、といった感じに。

「別に俺に対しては、そんな隠すことでもねぇだろ。なんせ俺は、厚志さん達の“正体”を知ってるんだ。そうなると、厚志さんと旧知の仲のおまえらも、自然と只者じゃねぇって結論になる」

「……そうでしたね」

「しかし、最初に“天界”だの“魔界”だの聞いたときは、ひょっとしてこいつらトチ狂ったんじゃねぇかって思ったもんだぜ? でもまぁ、その後にあいつらの能力を見せられた後は、嫌でも信じるしかなかったがな」

「……誰にも、そのことは話していませんよね?」

「話すわけねぇだろ? そんなことしたら、俺の頭がイカレたと思われちまう」

「……助かります」

「良いってことよ。元はといえば、俺がおまえの指示を無視してアジトに向かっちまったのが原因なんだからよ」

「そういえば、あの後壬生先輩と何かあったんですか? あの後しばらく、壬生先輩に怯えていたように見えたんですが」

「……何も聞くな」

「……分かりました」

 そうして自然と会話の無くなった2人は、黙ったままで廊下の角を曲がった。ここから少し進んだ先に、達也など一高男子選手の泊まる部屋が並んでいる。

 と、そのとき、達也の部屋の前で今まさにノックをしようとしていた少女と出くわした。

「――深雪?」

「お兄様!」

 達也は驚きの声をあげ、その少女――深雪は喜びの声をあげた。

 深雪は満面の笑みを浮かべて、達也のもとへと駆け寄って――

「達也ちゃ――――――――ん!」

 いこうとした途端、別の方向から駆け寄ってきた女性がその勢いのまま達也に抱きついてきた。女性らしい豊満な体つきをした女性のまるで子供のような行動に、達也の隣にいた桐原は顔を真っ赤にして硬直し、達也に駆け寄っていた深雪は笑顔のまま硬直する。

「な――! 何をしてるんですか、シャルエルさん!」

「だってだってー! ずっと達也ちゃん達に会えなくて寂しかったのよー! 大会の観戦もVIPルームに閉じ込められるしー! せっかく達也ちゃん達と一緒にわいわい楽しく観られると思ったのに、あんなおじさんと一緒に観戦なんて聞いてないー!」

「……シャルエルさん、エミリオさんはどうしたんですか? 多分怒ってますよ」

「お兄様を離してください、シャルエルさん!」

 深雪が顔を真っ赤にしてシャルエルに抗議すると、彼女はぶーぶーと口を尖らせて、

「良いじゃない、深雪ちゃんはいつも達也ちゃんに抱きついてるんでしょ? 私は久し振りに顔を合わせたんだから、今くらいは譲ってよー」

「……シャルエルさん、怪しい奴がこのホテルに侵入したことは聞いてますよね? こんな夜更けに1人で出歩くなんて、少しは自分の立場を弁えてください」

「わ、私だってお兄様に抱きつくなんて滅多にありません! そんな恐れ多いこと――とにかく、シャルエルさんは早く離れてください!」

「えー? 仕方ないなぁ……。その代わり、達也ちゃんの魔力を補給させてくれないかしらぁ? も・ち・ろ・ん、2人っきりでベッドの中で――」

「シシシシ、シャルエルさん! な、な、何を破廉恥な! そんなの許せるわけがありません!」

「それじゃ、こうやって抱きつくしかないわねぇ。そーれ、うりうりー」

 シャルエルはそう言って、摩擦で火が点きそうな勢いで達也に頬擦りをした。深雪はそれを、羨まし――忌々しげな表情で彼女を引き剥がしに掛かる。ちなみに達也は先程から、どこか遠くを見るような目つきの無表情を貼りつけたまま、まるでこの場をやり過ごすように動かなかった。

 と、そのとき、

「あ、やっぱり! ミルココの言う通り、達也くんの所にいた!」

「シャ、シャルエルさん! 早く部屋に戻りましょう!」

 エリカが呆れたような顔で、美月が顔を真っ赤に染めながらやって来た。

 しかしシャルエルは、2人に対して口を尖らせて不満を露わにし、

「えー? 久し振りの達也ちゃん成分がぁ!」

「はいはい! そんなこと言ってないで、早く部屋に戻りますよー!」

 彼女の言葉に耳を貸すことなく、2人はシャルエルをむりやり引っ張ってその場を離れていった。「達也くーん! 寂しくなったらいつでも来て良いんだからねー!」などと叫ぶシャルエルだったが、廊下の角を曲がって姿が見えなくなった辺りでその声も小さくなり、やがて聞こえなくなっていった。

 大騒ぎだった廊下が、途端に静寂に包まれた。

「……何だ、今の」

 そんな静寂の中で、桐原の呆れ声がやけに響いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 九校戦、2日目。

 第一高校に与えられた天幕内にて、技術スタッフのユニホームとして定められたブルゾンを着た達也がノートパソコン型のCAD調整機を操作していた。このユニホームに袖を通したのは学校で開かれた発足式以来であり、彼はどうにもこの着心地に慣れることができなかった。

 と、達也が口に手を当てて大きくあくびをした。

「あら、随分とお疲れみたいね。ごめんなさい、急に頼んじゃって」

「いえ、それとは別件なので大丈夫です」

 ちょうど天幕に入ってきた真由美にそれを見られ、申し訳なさそうに頭を下げられた達也は、疲れを隠しきれないのか投げやりな感じで彼女の言葉を否定する。

「ところで、何かご用があったのでは?」

「いえ、ただ様子を見に来ただけなんだけど……データはもう頭に入ったのかしら?」

「ええ、まあ」

「全員分?」

「ええ、まあ」

 何てことなく言ってのける達也に、真由美は目を丸くする。

「それって瞬間記憶とか、完全記憶じゃないの! 達也くんって、本当に凄いのね」

「俺としては、普通の魔法力が欲しかったところですけどね」

「もう! 受験生としては許し難い贅沢ね!」

 受験などせずとも推薦で引く手数多であろう真由美は、腰に手を当てて頬を膨らますという分かりやすい仕草で怒ってみせた。

 そしてそれを間近で見た達也は、口をぽかんと開けて彼女を見つめている。

「どうしたのかしら、達也くん?」

「……いえ、何でも」

 その仕草って演技じゃなくて素だったんですね、という言葉はすんでのところで呑み込んだ。

「さてと、そろそろ試合の時間ね。それじゃ、行きましょうか」

 そう言って天幕を出ていく真由美の後を、達也は黙ってついていった。試合直後にCADを調整する場面も無い訳ではないが、わざわざコート脇までついていく必要は無い。しかし達也には、それを指摘する気力が無かった。ひょっとしたら、昨日の騒動がまだ尾を引いているのかもしれない。

 コート脇に到着した真由美は、羽織っていたクーラージャンパーを脱いだ。ジャンパーの下に隠されていた姿が露わになった途端、達也は思わず目をぎょっとした。

「……もしかして、そのウェアで試合をするんですか?」

 彼女が着ていたのはテニスウェアとしか形容できないポロシャツにスコート姿、しかも競技用ではなくファッション用だった。ちょっと体を傾けただけでアンダースコートが見えてしまうその格好は、ボールを追い掛けてコート中を走り回るクラウド・ボールにはどう考えても相応しくない。

「え、そうだけど……。もしかして、似合わない?」

「……いえ、とてもお似合いです」

 まぁ彼女なら何でもありだろう、と達也はこれ以上考えないようにした。

 すると真由美はコートにぺたりと座り込み、大きく脚を広げた。ちょっと手を貸してもらえるかしら、という真由美の言葉に、達也は了承して彼女の背中を押してやる。ほとんど抵抗も無く、彼女の胸は脚についた。

 そうやって真由美のストレッチに付き合っていると、ふと彼女が口を開いた。

「そういえば、深雪さん達は観に来てるの?」

「エリが新人戦の参考にするために観に来ていますが、彼女以外はピラーズ・ブレイクの会場に行っています。深雪と雫が出る競技ですので」

「ふーん。――厚志さん達は?」

「厚志さんはこの試合を観てますけど、他はみんなピラーズ・ブレイクに行きました。向こうの方が見た目にも派手ですし、いかにも“魔法を使った真剣勝負”って感じがするらしいので」

「ふふふ、それじゃ厚志さんに観られている達也くんに恥を掻かせないためにも、私も頑張らないとね」

 冗談めかしてそう言う真由美に、達也は何とも複雑な表情を見せた。ちょうど彼女の後ろに立っているので、彼女に表情を見られる心配が無いことが救いだった。

「それにしても、あなた達って不思議な感じよね」

「そうですか?」

「ええ。あなた達って、見た目も年齢もバラバラじゃない? しかも達也くんと深雪さん以外は、みんな厚志さんの家に居候しているし。そもそもどうやって知り合ったの? 最初からあの家に住んでたの?」

「…………」

 にこにこと笑みを浮かべて尋ねてくる真由美に、達也はしばらく考え込んでから、口を開いた。

「厚志さん達は元々あの家に住んでいましたが、俺達は全然違う場所にある実家にいました。3年前くらいから、厚志さん達の隣に引っ越したんです」

「ふーん。それじゃ、知り合ったのはそのとき?」

「いいえ、知り合ったのはそれより少し前ですね。ちょっと事情があって実家を離れなくてはいけなくなったときに、厚志さん達を頼る形であそこに住み始めたんです」

「確かに厚志さんって頼れるものね、体が大きいという意味じゃなくて。――んで、住む場所も全然違う2人は、どうやって知り合ったのかしら? しかもそんなに親しい関係になるなんて、何かきっかけがあったの?」

「…………」

 真由美の質問に、達也は再び黙り込んだ。今度はいくら待っても、彼が口を開く気配が無い。

「……達也くん?」

「さあ、終わりましたよ、会長。頑張ってください」

 達也はそう言って会話をむりやり断ち切ると、真由美のもとを離れていった。慌てて呼び止めようとする彼女だったが、相手選手もコートに入ってきたので仕方なく準備に取り掛かる。準備といっても、用意していた小銃型のCADを取り出すだけなのだが。

 

 

 

 クラウド・ボールはテニスに似た競技だが、サーブという制度は無い。圧縮空気を用いたシューターから射出される低反発ボールを打ち込む競技であり、相手コートに1回バウンドするごとに1ポイント、転がったり止まっているボールに対しては0.5秒ごとに1ポイント加算される。コート全体は透明な壁に覆われており、20秒ごとにボールが追加射出、最終的には9個のボールを1セット3分間休み無く追い掛け続けることとなる。インターバルを3分ずつ挟んで、合計3セット(男子は5セット)行われる。

 そう。普通ならば、ボールを追い掛け続けるはずなのである。

 ――さすが会長、もはや勝負にすらなっていない。

 達也の目の前で繰り広げられているのは、試合などではなく一方的な“蹂躙”だった。

 相手も代表に選ばれるだけあって、かなりの手練れである。移動魔法を使ってボールが飛び込んでくる場所に先回りし、両手で持つ拳銃型のCADをボールに向けて打ち返していく。

 そしてボールがネットを超えた瞬間、倍のスピードになって返ってくるのである。相手はそれを打ち返すために、再び移動魔法でそのボールを追い掛けていくはめになる。

 一方真由美は、ただ立っているだけだった。祈るように小銃型のCADを握りしめているだけで、ネットよりもこちら側に来たボールが自動的に返されていく。一歩も動いていないのだから、達也が試合前に心配していた短いスコートが微塵も揺れることはない。

 真由美の魔法はただ来たボールを跳ね返しているだけなので、ボールが1個の内は相手も頑張って返していた。しかしそれが2個、3個と増えていくごとに相手のミスが比例して増えていき、最終的に9個になったときにはもはや手の施しようが無くなっていた。

 第1セット終了のブザーが鳴る頃には、相手選手は膝から崩れ落ちるほどに疲労していた。

 結果は85対0。どちらが0かは、書くまでもないだろう。

 小さく息を吐いてコート脇に戻ってくる真由美を、達也はタオルを彼女に手渡して出迎えた。もっとも、1滴も汗を掻いていないので無意味かもしれないが。

「お疲れ様でした、会長」

「もう達也くん、まだ第1セットが終わったばかりよ。気を抜いちゃ駄目」

「いえ、おそらく相手は棄権しますよ。ペース配分を誤ったせいで、サイオンが枯渇してるので」

 なぜそれが分かるのか真由美が聞き返そうとした次の瞬間、審判団による相手選手の棄権が告げられた。戸惑う彼女を尻目に、「次の試合に備えてCADの調整をしましょう」と言い残して達也は天幕に戻っていった。彼女は慌てて、その後を追い掛けていった。

 

 

 

 達也が天幕内でCADの調整をしている間、真由美は試合中のウェアのままで彼の隣に座った。下手に体を冷やさないよう、達也がクーラージャンパーの使用を止めたからである。彼の話によると、厚志から選手への様々なケアについて聞いたらしい。

「ご自分で上手に調整されているようですね。特にソフトはいじっていません」

「分かったわ、ありがとう」

 達也からCADを受け取って、真由美は第2試合に臨んだ。

 試合開始が宣言され、真由美がCADにサイオンを込めたその瞬間、彼女はその“違和感”に気がついた。

 ――なんで……?

 疑問を頭に浮かべながらも、真由美は1試合目と同じ魔法を展開した。1試合目と同じように、相手が打ち込んだボールはネットを超えた瞬間に向こうへと返っていく。ただの1つも、取りこぼすことなく。

 第1セット終了のブザーが鳴った。

 結果は、105対0。

 そしてその瞬間、真由美はずんずんと大股でコートを出ていき、すぐ傍のベンチで座って待っていた達也に今にも突進しそうな勢いで問い詰める。

「達也くんの嘘つき! CADのソフトを変えてないって言ったのに、どうして効率が“上がってる”の!」

「……いや、上がってるんなら、良いんじゃないですか?」

 ごくごく当たり前のツッコミに、真由美の勢いはみるみる萎んでいった。

「……いや、そりゃまぁ、そうだけど……」

「確かに、俺の言葉が足りませんでしたね。ソフトは変えていませんが、ゴミは取りました」

「ゴミ取り? 隣でずっと見てたけど、分解掃除もクリーナーでの掃除もしてなかったじゃない」

 真由美は疑問を口にしながら、達也の隣に寄り添うように座った。

「俺がしたのはハードのゴミ取りではなく、ソフトのゴミ取りです」

「ソフトの?」

「CADのシステム領域に、アップデート前のファイルの残骸が残っていたんです。不要なデータを削除したので、魔法の効率が上がったんです」

「そうだったの……。ごめんなさい、疑うようなことを言って」

「いえ、普通なら気づかないような些細なレベルだからと説明を怠った俺の責任です。次からは会長の集中を妨げないよう、どんな細かい修正も報告していきますので、安心して試合に集中してください」

 可愛い後輩からの激励に、先輩である真由美はにっこりと笑って言った。

「もちろんよ! お姉さんに任せなさい!」

 

 

 

 その言葉通り、真由美は全試合無失点ストレート勝ちし、優勝した。

 

 

 *         *         *

 

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクは、縦12メートル、横24メートルの屋外フィールドを半分に区切り、縦横1メートル、高さ2メートルの氷柱をそれぞれ12本ずつ配置、相手陣内の氷柱をすべて倒した方の勝ちとなる。この真夏に何百本も氷柱を用意しなければいけないせいで、1日に行えるのは2面のフィールドで計18試合が限界だった。

 とはいえ、1日ですべての試合を消化されると選手の方が参ってしまうだろう。競技の性質上魔法力の消耗が激しく、特に2日目の決勝リーグは試合の間隔も短くなることから“最後は気力勝負”とまで言われるほどである。

 真由美の試合が終わった後達也は厚志とエリの2人と共に、先に会場に行っていた深雪達と合流した。とはいっても、午前中にこの会場に移動したメンバーが全員揃っているわけではない。ちょうどこの時間には桐原が出場する男子クラウド・ボールが行われており、レオ達二科生メンバーとミルココ達はそちらの観戦へ行っていた。残っているのは、達也に深雪、ほのかに雫、エリに厚志の6人である。

 そして深雪と雫と達也の3人は、五十里に招かれて櫓の後方にあるスタッフルームへとやって来た。間近で試合を観て、本番の感覚を掴んでおこうという訳である。

 フィールドの全景が見えるように大きく開けられた窓から、今まさに櫓に立っている花音の後ろ姿が見える。

「千代田先輩の調子はどうですか?」

「随分気合いが入ってるよ。明日に影響しないか心配になるくらい」

 五十里が苦笑いと共にそう言った。それを聞いた達也は、午前中に行われた1回戦で彼女が最短時間で決着をつけたという話を思い出した。それと同時に、その割には自陣の氷柱も結構倒されていたという話も。

「始まる」

 雫の簡潔な言葉に、達也たちはフィールドに注目した。

 試合開始の合図が、会場中に響き渡る。

 それと同時に、会場に地鳴りが生じた。

「――“地雷源”」

 達也が無意識の内に呟いたのは、花音の生まれた千代田家の“二つ名”だった。

 振動系統・遠隔個体振動魔法の中でも、材質を問わず地面を強く震動させる魔法である“地雷原”。それを生み出す者という意味を含んだのが、千代田家の二つ名である“地雷源”である。直下型地震に似た上下振動の衝撃によって、相手陣内の氷柱が2本同時に破壊された。

 相手選手は振動をゼロにする移動系統魔法“強制静止”を試みるが、次々と炸裂する“地雷原”に処理が追いついていない。5本目を倒されたところで防御を諦めたのか、相手選手は攻撃優先の戦法に切り替えた。

 そして花音はそれに対し――何もしなかった。

「思い切りが良いというか、大雑把というか……。“倒される前に倒せ”が花音のモットーなんだよね」

 少しは慎重に行ってくれた方が安心して観られるんだけど、と不満を漏らす五十里だったが、それを聞いていた達也たちにはそれがただのノロケにしか思えなかった。

 やがて相手陣内の最後の氷柱が破壊された。対する花音は、まだ6本残っている。圧倒的と表現して良いだろう。花音はくるりと後ろを振り返ると、五十里に向けて得意気な笑顔を浮かべてVサインを作ってみせた。仕方ないなぁ、と言いたげな笑顔で五十里が手を振り返す。

 お似合いだな、と達也たち3人は思った。

 

 

 

 意気揚々と天幕に戻ってきた花音と、彼女に付き添う形で天幕に入っていった達也たちを出迎えたのは、何とも重苦しい雰囲気を漂わせるチームメイト達だった。

 その中でも比較的普段通りの鈴音に狙いを定め、達也が声を掛ける。

「何かあったんでしょうか?」

「男子クラウド・ボールの結果が芳しくなかったので、ポイント計算をやり直しています」

 その競技はまさに、桐原の出場しているものだった。

「……芳しくなかった、と言いますと?」

「3人出場し、1回戦敗退、2回戦敗退、3回戦敗退です。何とか来年度のエントリー枠は確保しましたが、計算外でしたね」

 鈴音の声がやけに冷たく聞こえたのは、こちらがショックを受けているからか、それとも彼女が感情を意識的に抑えているからか。確かに男子クラウド・ボールは他の競技に比べても力不足の印象はあったが、他の競技と違って大本命がいなかっただけに、充分優勝を狙える位置にいたはずだった。

「新人戦のポイント予測が困難ですが、現時点でのリードを考えれば、女子バトル・ボード、男子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードで優勝すれば安全圏だと思われます」

 作戦スタッフである2年生の言葉に、達也は少しハードルが高すぎるように思えた。克人と摩利が出場する競技だからこそその予測が成立するのだろうが、何事にも“絶対”などというものは存在しない。そのような見通しは、万が一のことが起こったときに不安があると思うのだが。

 ――いや、それよりも……。

 達也の頭に過ぎったのは、無鉄砲な性格の反面、責任感の強い桐原のことだった。

 

 

 

 桐原と紗耶香は現在、ホテルのラウンジにあるソファーに2人並んで座っていた。

 互いに言葉は交わさない。いや、紗耶香は何度も会話を試みようと口を開きかけるのだが、何を話して良いのか分からないといった感じに視線を辺りにさ迷わせ、すぐさま口を閉ざしてしまう。

 そして桐原はそんな彼女の隣で、彼女がそうしていることを知っているうえで、何も行動に移ろうとしなかった。表情から感情を読み取ることができず、ただじっと顔を俯かせて目の前の床を見つめるだけである。

 どれくらい、そうしていただろうか。

 紗耶香にとって永遠に続くと思われていたこの緊張感は、2人の人物の来訪によって終わりを告げた。

「はい、どーん!」

「ぐふぅ!」

 後ろから突然タックルする勢いで抱きつかれ、その衝撃が変な場所に入ったのか桐原は苦しそうな悲鳴をあげた。

「てめぇ! 何いきなり――っておまえか」

 最初は怒りを見せていた桐原だったが、抱きついてきた人物が誰なのか知るとその怒りも引っ込んだ。

「いきなりこんなことして何の用だよ――ミルココ」

「いやいや、武明が落ち込んでんじゃないかって思って、励ましに来たんだよー」

 あまりに正直なココアの言葉に、隣で聞いていた紗耶香は表情を強張らせた。

 しかし桐原はそれを気にする様子も無く、ふっと自嘲的な笑みを浮かべると、

「まったく……、いっちょまえに人の心配をしている癖に、俺自身があっさりとやられてちゃ世話無ぇよな。向こうは本調子じゃなくてもしっかり準決勝まで行って、こっちは特に調子が悪いってわけでもないのに2回戦止まりなんて……。自分が情けなくなってくるぜ」

「いやぁ、そんなことはないでしょ」

 ミルクの言葉に、力の無い桐原の視線が彼に向く。

「2回戦は最終セットにもつれ込む、白熱した大接戦だったじゃない。しかも相手は、優勝候補だった三高のエースときてる。そんな選手を相手に善戦し、しかも相手は武明との試合で消耗しきったせいで3回戦はストレート負け。充分に“痛み分け”って言える結果だったと思うけどね」

「……俺の試合、観てたのか?」

「まぁね。ていうか、紗耶香だって観てたでしょう? どうだった、その試合? 武明の言うように、情けないものだったの?」

「そ、そんなことないわ! 観客も凄く盛り上がってたし、誰も桐原くんを情けないなんて思ってない!」

 ココアの問い掛けに、今まで口を閉ざしていた紗耶香は拳を握りしめて力説した。

 桐原はそれを呆然とした表情で眺め、やがて口元に笑みを浮かべた。

「……まぁ、おまえらがそう言うんだったら、本当にそうなんだろうな」

 桐原はそう言って、ソファーから勢いよく立ち上がった。振り返って3人へと向き直ったときには、彼はすっかりいつもの調子に戻っていた。

「そうさ。三高のエースと互角に戦ったんだ、俺も捨てたもんじゃねぇよな」

 桐原のその言葉に、ミルココがにっこりと笑って頷く。桐原はにかっと満面の笑みを浮かべると、ずんずんと大股でその場を離れていく。それを見ていた紗耶香が慌てて立ち上がり、ミルココに軽く頭を下げて早足で彼の後を追い掛けていった。

「……良いねぇ、若いって」

「どんどん壁にぶつかっていくのだ、若人よ」

 小さくなっていく2人の背中を見つめながら、ミルココはからかうような笑みを浮かべてぽつりと呟いた。

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