九校戦、4日目。ここで本戦は一旦休み、いよいよ新人戦がスタートする。
現在のポイント獲得状況は、一高が320ポイントで1位、三高が225ポイントで2位だ。新人戦で獲得できるポイントは本戦の半分だが、ここの結果次第ではまだまだ三高に逆転のチャンスがある。それに当事者である1年生にとってはここでの優勝こそが真の名誉でもあるので、気合いの入り方は本戦に勝るとも劣らない。
本日のスケジュールは、午前が女子スピード・シューティングの予選から決勝(雫が出場、達也がエンジニア)と、男女バトル・ボードの予選が第1レースから第3レースまで。午後は男子スピード・シューティングの予選から決勝(森崎が出場)と、男女バトル・ボードの予選が第4レースから第6レースまで(ほのかが出場、あずさがエンジニア)となる。
試合中にCADの調整を行うのは不可能だが、試合の合間に選手から要望があればチェックするのがエンジニアの大事な役目だ。なのでエンジニアは基本的に、自分の担当する競技の最中はそれに集中することになる。
「雫、感触を確かめてくれ」
達也はそう言うと、自分の手に持っていた細長い小銃型のCADを目の前にいる雫に手渡した。彼女はそれを受け取ると、魔法師からサイオンを吸収し起動式を展開する交信機能を特に入念にチェックする。いくらソフトやハードを巧みに仕上げていても、そこにトラブルが生じるとどうしようもないからである。
「どうだ、雫。何か違和感はあるか?」
「ん……万全。自分のより快適」
言葉数の少ない彼女だが、嘘をつくことはない。都合が悪ければ、黙秘するだけだ。
「達也さん、やっぱり雇われない?」
「……試合前にそれだけ冗談が言えるなら、大丈夫だろうな」
「冗談じゃない。専属じゃなくても良いから」
「……雫には、すでに立派な魔工師がついているじゃないか」
正確には“雫の”ではなく“北山家の”であるが。
彼女の家はいわゆる“大富豪”であるが、十師族や百家のような魔法師の名門というわけではない。一流の魔法師だった母を父が見初め、色々あった末にゴールインしたという経緯があり、父の家系にも魔法師はいないし、彼女の弟も実用レベルで魔法を使えるわけではない。
そのせいか、彼女の父は娘を立派な魔法師に育てることに随分入れ込んでいるらしい。彼女のCADを調整しているのも日本で5本の指に入るほどの有名な人物であるし、九校戦のような魔法競技を観戦するツアーを財力に物を言わせて組んでいるという。
「その件に関しては、俺が正式にライセンスを取ってからな」
「うん、分かった」
雫の答えに、達也は憂鬱そうに溜息を吐いた。
彼女のその言葉は、このような話題になる度に言っている“いつものこと”だからである。
「エリカ、隣空いてる?」
「あら、深雪じゃない。ていうか、深雪のために空けたんだからドーゾドーゾ」
スピード・シューティングの会場の観客席にて、深雪がエリカに礼を言ってその席に座った。
雫(と裏方としてだが達也も)が出場する競技なだけあって、そこには彼女と顔見知りである人物が勢揃いしていた。エリカ・レオ・美月・幹比古といった二科生だけでなく、エリ・厚志・ミルココ・モカ・ダッチ・リカルド・マッドという面々もいる。
そしてその中には、ほのかの姿もあった。
「あら、ほのか? レースの準備はしなくて大丈夫なの?」
「……大丈夫だよ、深雪。私の出番は午後だから」
深雪の質問にそう答えたほのかだったが、その表情は固く、よく見ると若干青ざめているようだった。気分転換も兼ねて雫の試合を観に来たものの、確実に迫ってくる自分の試合に緊張が否応なしに高まっていく。
しかもほのかの場合、本戦のバトル・ボードで摩利が大怪我を負っていることが、不安に拍車を掛ける結果となっていた。達也の見立てでは人為的なものであることがほぼ確実視されており、自分が彼女と同じ目に遭わないとは限らない。おそらく彼女の頭の中では、事故に遭った瞬間の摩利と自分の姿を重ねた映像が何度も再生されているのだろう。
そんな彼女の肩に、大きな手が優しくぽんと置かれた。
厚志だった。
「大丈夫だよ、ほのかちゃん。君ならきっと、予選を通過するどころか優勝すら夢ではない。それにあんな事故は、もう二度と起こさせはしないさ。――今はとにかく、雫ちゃんを応援することに集中しよう」
「――はい! ありがとうございます!」
青ざめていた顔をほんのり紅く染め、ほのかは満面の笑みで頷いた。そしてそれを、厚志の膝の上に乗っているミルココやダッチがにやにやと笑みを浮かべて眺めていた。
「それにしてもよ、やっぱ同じ二科生としては達也の活躍を見逃すわけにはいかねぇよな」
レオのその言葉に、周りの面々は本来の目的である“スピード・シューティングの観戦”へと意識を戻した。
「達也くんのことですから、面白い試合を見せてくれるかもしれませんね」
「ひょっとしたら、一高の選手がトップ3を独占するかもしれないわねぇ」
「エリカ、いくら達也の技術が凄いからって、いくら何でもそれは無いんじゃ……」
期待の込められた表情であれこれ話す彼らの姿に、深雪の表情にも自然と笑みが浮かんでいた。周りから軽んじられることの多い達也がこうして期待の目を向けられていることが、彼女には何よりも感慨深かったのである。
しかしながら、彼に期待を寄せているのは何も彼らだけではなかった。
その人物達は、深雪達とは少し離れた席に座っている。
「摩利、寝てなくて良いの?」
「病気じゃないんだ、暴れなければ問題は無い。真由美こそ、テントに詰めてなくて良いのか?」
「ここから何キロも離れてるわけじゃないんだし、何かあれば連絡くらい来るわよ。それよりリンちゃん、あなたは選手についてなくて良いの? 女子スピード・シューティングの作戦スタッフでしょう?」
「私は強制オフのようなものです。私の役目は、司波くんに取られてしまいましたので」
「……市原、おまえの冗談は分かりにくいぞ」
元々鈴音も了承したうえで達也はエンジニアに加わっているのだから、彼女がそのことで不満を覚えるわけがない。摩利が苦言を呈すると、鈴音は無表情のまま軽く頭を下げた。
「それにしても、あいつのエンジニアとしての腕を実戦で見るのは初めてだな」
「そうね。私のときは、本当にお手伝い程度だったもの。彼が一から調整したCADが、どんな性能を見せてくれるのか楽しみだわ」
「北山さんだけでなく、女子の選手からは好評のようですよ。最初は1年女子の選手団も彼が代表入りすることに抵抗があったようですが、彼の腕を見てそんな抵抗は吹っ飛んだのでしょう、今日も自分のCADを持ち込む選手がいましたよ」
「おいおい、競技に差し支えるようなことは止めてくれよ?」
「それは大丈夫です。司波くんはその辺りを弁えていますので、ちゃんと試合後に見ることにしているそうです」
「自分の都合を優先させながら、女子へのフォローも忘れない。達也くんもすっかり“女誑し”ね」
本人が聞いたら苦い顔で否定するであろう言葉を、真由美は冗談交じりで口にした。
雫の出番がやって来た。位置についてCADの準備をする雫を、達也は真剣な表情で見守る。
傍目には、自分の担当する選手のことを心配していると思うだろう。もちろんそれは正解だ。
しかし彼はそれとは別に、違うことを警戒していた。
スタートのランプが灯り始め、雫がCADを構える。
――雫のCADには、細工はされていないようだな。
達也がほっとしたのと同時、ランプがすべて灯り、クレーが射出された。
そして有効エリアに入った途端、そのクレーは粉々に砕け散った。
矢継ぎ早に、次のクレーが射出される。今度は有効エリアの中心辺りで破壊された。2つ同時に射出された次のクレーは、それぞれエリアの両端で破壊された。
雫の視線はまっすぐ前を向き、クレーが射出されてもそれがぶれることはない。有効エリア全体を見渡しているようであり、クレーそのものには目を向けていないようにも見える。
「うわ、豪快」
エリカが漏らしたその言葉は、雫の魔法を見た率直な感想だった。
「ひょっとして、有効エリア全域が魔法領域なんですか?」
美月の質問は、おそらく達也から事前にCADの性能について聞いているであろう深雪に向けられた。
「そう。雫は有効エリアに幾つか“震源”を設置して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。震源から球形に広がった波動に標的が侵入すると、その振動波が標的内部で現実のものとなって標的を崩壊させるという仕組みよ」
深雪と同じ内容を、鈴音が真由美達に説明していた。
「有効エリアは一辺15メートルの立方体です。司波くんはこのエリア内部に一辺10メートルの立方体を想定し、その各頂点と中心に震源を設定しています。各ポイントは番号で管理されており、展開された起動式にその番号を変数として入力すると、半径6メートルの仮想波動が広がるようになっています」
「随分と余計な力を使っているな。ピンポイントで発動させた方が、魔法力を温存できるんじゃないか?」
「“震源を番号で管理してる”って点に、何かポイントが隠されていそうね」
真由美の言葉に、鈴音が頷いた。
スピード・シューティングの有効エリアは、試合開始から終了まで一度も動くことはない。つまり細かい座標を変数として毎回入力する必要は無いということであり、よってあらかじめ大まかなポイントを選択式で設定しておいて、発動時にその番号を入力するだけで事足りる。
さらにこの魔法は、威力や持続時間を考える必要が無い。制御面での操作が必要無いので、魔法の発動そのものに演算領域をフル活用できる。連続発動もマルチキャストも思いのままだ。
鈴音の説明が終わったタイミングで、試合終了のブザーが鳴った。
撃ち漏らしはゼロ。文句なしのパーフェクトだ。
「魔法の固有名称は
「……私の魔法とは、まるで発想が逆ね。よくこんな術式を考えつくものだわ」
真由美が感心しながら頷いていると、その横で摩利が興味津々な様子で雫を――正確には彼女が先程まで使っていた魔法を見つめていた。
「しかし面白いな……。自分を中心とした円を想定してその円周上に震源を設置すれば、有効なアクティブ・シールドとして使えそうだ……。そうなると問題は持続時間だな……。短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自滅しかねない……。いや、それこそ術者の腕次第だな……。よし! さっそく今晩にでもあいつを捕まえて、私のCADにインストールしてもらおう!」
「……試合の邪魔にならないようにね」
試合前に1年女子に対して苦言を呈していたのは誰だっけ、と真由美は思いながら、呆れの表情を浮かべてそう言った。
* * *
「凄いわぁ、達也ちゃん! 担当の選手3人全員を予選突破に導くなんて!」
スピード・シューティングの会場にあるVIPルームでは、シャルエルがガラスに貼りつく勢いで競技を観戦し、興奮したように叫び声をあげていた。その隣では烈が、そんな叫び声を気にする様子も無く一高の選手を――そしてその裏に潜む達也の姿を見つめている。
「スピード・シューティングの予選に出場する選手は24人、その内決勝トーナメントに進めるのは上位8人。その8人の中に同じ高校の選手が3人共入るというのは、確かにあまり例にありません。しかもあの魔法、私の記憶に間違いが無ければ、既存魔法の亜種ではない新規の魔法ではないでしょうか? もしかしたら、あの魔法が『インデックス』に掲載されるかもしれませんね」
「達也ちゃんなら全員予選突破どころか、トップ3を独占することだってできるわよ!」
感心したように呟く烈にずいっと顔を寄せて、シャルエルが力強く宣言した。目見麗しい彼女に迫られたらほとんどの男性は戸惑ってしまいそうなものだが、烈は余裕の笑みを浮かべてそれをやり過ごしている。
と、そのとき、彼女の傍らに立っていたエミリオが、気難しい表情を浮かべて小さな咳をした。シャルエルは不機嫌そうに口を尖らせながらも、大人しく烈の傍から離れていった。
「今年の一高1年女子は特にレベルが高い……というわけでもなさそうですな。バトル・ボードの方は、女子がすでに2人出場して1人予選落ちしている。予選を通過したその1人も、特別速いタイムだったわけでもなさそうですな。――そう考えるとやはりこの快進撃の裏には、エンジニアの技術が隠れていると見て間違いなさそうだ」
「でしょでしょー? 達也ちゃんは凄いんだからー! ああもう、何とか私の国に技術者として雇えないかしら?」
興奮したように話すシャルエルに、烈がにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「しかし予選は1人だからあの魔法で良いですが、決勝トーナメントからは2人で同時に行う対戦形式になります。はたして彼は、どんな戦法を採るのでしょうね?」
「ふふふ、今から競技が楽しみね!」
2人はそう言って笑うが、その裏に潜ませている思惑はまるで違っていた。
そして2人共、そして2人の傍にいるエミリオも当然のようにそれに気づき、しかしそのことについて言及することはなかった。
* * *
「いやぁ、ありがとうございます、達也さん! 何か魔法の腕が急に上がった気がしますよ!」
「俺がしたのは、あくまで明智さんの手助けだよ。準決勝に進めたのは、間違いなく明智さんの実力だ」
英美は嬉しそうに、達也はいたって平静のまま会話を交わしながら、2人は選手控え室である第一高校の天幕の中へと入ってきた。それを出迎えたのは浮き足立っているように見える滝川(スピード・シューティングの選手である1年女子)と、こんな状況にも拘わらず無表情な雫だった。
「待たせて悪い、雫。すぐさま調整に入ろう」
達也は天幕に着くや否や、すぐさま雫が次の試合で使うCADの調整に入った。準々決勝までは同じ高校の選手が重ならないように時間が調整されるとはいえ、どうしても予選よりも試合間隔が短くなる。しかも一高は3人共予選を突破しているので、エンジニアである達也の負担はどうしても大きくなってしまう。
「大丈夫、達也さん?」
「心配するな、大丈夫だ」
達也はそれだけ答えると、調整機のモニターを注視する。画面には様々な計測結果が高速でスクロールされており、普通の人間ならばそれを目で追うことすら困難だろう。
やがて達也は小さく頷くと、そのCADを雫に手渡した。
小銃形態のそれは、ストラップがついている以外は他の選手が使用しているものと大差ないように見える。しかし実弾銃の機関部にあたる箇所が、他の選手のものに比べて随分と厚みを帯びていた。
「分かっているとは思うが、予選で使った機種とはまったくの別物だ。時間は無いが、少しでも違和感があったら遠慮無く言ってくれ。可能な限り調整する」
その言葉を聞きながら、雫はCADを構えたり、トリガーに指を掛けたり離したりする。
「違和感なんて無いよ。むしろしっくり来すぎて怖いくらい」
雫の言葉に、達也の表情がほんの僅かだけ和らいだ気がした。
それを見た雫は、彼から視線を外して横にいるチームメイトを見遣る。
「2人共、勝ったんだよね」
その言葉に、英美と滝川の2人がにこりと笑って頷く。
「大丈夫。いつも通りやれば、雫も勝てる」
「もちろん。――優勝するためのお膳立ては、すべて達也さんがしてくれた。後は、優勝するだけだよ」
雫はそう言って、天幕を後にした。達也はそれを、笑顔で見送る。
「……あれ? ひょっとして今のって、私達に対する宣戦布告?」
「いやぁ、本当の敵は一番身近な所にいたんだなぁ」
「そうだな。2人共、準決勝に進んだからといって、油断するんじゃないぞ。ここまで来たからには、優勝を狙っていけ」
「えぇっ! 達也さん、目標が厳しすぎるっすよー」
「そうだそうだー!」
笑みを多分に含んでいるためにまったく説得力の無い2人の抗議を、達也は笑って受け流した。
「い、いよいよ雫さんの出番ですね」
「こらこら、美月ちゃんが緊張してどうすんのよ」
「だってエリカちゃん、もし雫さんが勝ったら準決勝に一高生が3人も行くことになるんだよ?」
「はいはい、とにかく深呼吸ねー」
エリカに言われるがままに深呼吸をする美月に、エリカは何だか癒されるような心地になった。
「さてと、達也くんは今度はどんな工夫を見せてくれるのかな?」
「そうだよな。今度は何が飛び出してくるのか、まったく予想がつかないぜ」
「本当、彼の頭脳はまるでビックリ箱だよ」
「ははは、言えてる」
傍目には普通に聞こえる幹比古とレオの会話だが、幹比古のことをよく知っているエリカにはとても不思議なものだった。魔法に対してこれほど前向きな姿勢を見せる幹比古を見るのが、随分と久し振りのことだったからである。
と、雫が会場に姿を現した瞬間、その幹比古が疑問の声をあげた。
「えっ? あれって……」
「どうしたの、幹比古?」
「雫さんが持っているのは……、ひょっとして汎用型か?」
「え、まじかよ。でもあれって――」
「小銃形態の汎用型ホウキなんて聞いたことないよ? というか、あのCADに取りつけられてるのって照準補助装置よね? 汎用型と照準装置の組み合わせなんて技術的に可能なの?」
「ちょ、ちょっと待って! 私達にも分かるように説明して!」
何だか話が盛り上がっていく魔法科高校の生徒組に、ミルクが慌てた様子でそれを止めた。こういう専門的な話題で盛り上がることのできる辺り、やはり彼らも二科生とはいえ立派な魔法師の卵である。
「ああ、ごめんごめん。――照準補助装置っていうのは、特化型のアーキテクチャに合わせて作られたものなんだよ。汎用型CADと特化型CADはハードもOSもアーキテクチャからしてまるで違うから、照準補助装置と汎用型CADを繋ぐなんて技術的に不可能だと思われてたんだよ」
「わ、悪い! そもそも“特化型”と“汎用型”って何だ?」
リカルドの質問に答えたのは、彼と特に仲の良いレオだった。
「現代魔法が色んな系統に分かれているのは知ってますか? その内の1つだけを使うために作られたのが“特化型”で、様々な系統の魔法を1つのCADで使えるように作られたのが“汎用型”なんです。1つの系統魔法を最大限活かすなら特化型、様々な魔法を使い分けるなら汎用型って感じに使い分けるんです」
「おお……、何だかレオが賢く見えるぜ」
「本当よねぇ。普段は全然そんな風に見えないのに」
「おい、エリカ! 余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「まぁまぁ、そう怒らずに。――でも雫ちゃんが持っているのは、汎用型ってやつなんだろう? 照準装置らしきものがついているんだが、実は可能だったってことなのかな?」
いつものように喧嘩を始めようとするレオとエリカをさりげなく止めながら、厚志が会話の先を促すように問い掛けた。しかし誰もそれに答えず、皆一斉に深雪へと視線を向ける。
深雪は苦笑いを浮かべながら、その期待に応えるように口を開いた。
「汎用型CADと照準補助装置を一体化する技術自体は、去年ドイツで発表されているものよ。今回お兄様は雫のCADを作成するにあたり、その実験結果を基に“改良”を加えてるの」
「……いや、1年前ってほとんど最新技術じゃないの。そんな最新技術を取り入れてまで、達也くんはいったい何を企んでいるの?」
「ふふ、それは実際に自分の目で確かめてみた方が良いわね」
深雪はそう言って、会場の方を指差した。エリカがそちらへ目を向けると、スタートのシグナルが点灯し始め、雫と対戦相手がCADを構えていた。
やがて試合開始のブザーが鳴り、赤と白のクレーが射出された。2つのクレーが、有効エリア内に侵入する。
そして、赤のクレーのみ中央部に吸い寄せられるように起動を変え、破壊された。
「移動系、もしくは収束系か?」
幹比古が頭に思い浮かべた言葉をそのまま口にしている間にも、2色のクレーは次々と射出されていく。
それを眺めている内に、観客全員があることに気づいた。
赤のクレーは中央部に吸い寄せられ、それとは逆に白のクレーが外縁部へと追いやられている。そのせいなのか、赤のクレーが1つの取り零しも無く破壊されているのに対し、白のクレーは幾つも撃ち漏らしている。
彼女が使っているのは、収束系の魔法である。有効エリア内を飛び交うクレーをマクロ的に認識し、中央に行くほど赤のクレーの密度が高くなるように設定している。白のクレーが外縁部に追いやられているのは、その魔法による副産物である。
スピード・シューティングのルールでは、相手選手を直接攻撃しない限り妨害が認められている。しかし通常は相手を妨害しながら自分のクレーを狙うことは難しいため、このような妨害策が実際に適用されるケースは少ない。しかしこの方法なら妨害と狙撃の両方を行えるため、過去の大会でも実例こそ少ないものの採用されている。
「でもよ、なんで最後の振動系魔法が発動したりしなかったりするんだ? 何か見てる感じだと、吸い寄せられたクレーが1つのときだけ振動系の魔法が発動してるみたいだけど」
吸い寄せられたクレーが複数あるときは互いに衝突させて破壊、1つだけのときは振動系魔法を使って破壊している。1つの魔法として構成されているのなら、最後の行程である振動系魔法が発動したりしなかったりするのはおかしいのである。
「標的が複数のときは、振動系魔法が発動する前に衝突するようにスケジュール設定されているということでしょうか?」
「いやいや、そんな時間差を設定するメリットなんて無いでしょ?」
美月の言葉を、エリカが即座に否定した。本人も信じているわけではなかったのか、彼女に否定されても特に反論する様子は見せない。
そんな彼女達を楽しそうに眺めながら、深雪が口を開いた。
「――みんな、これは収束系魔法と振動系魔法の“連続発動”よ?」
その瞬間、その意味をいち早く理解した幹比古が目を丸くした。
「そうか……! 特化型CADだと系統の組み合わせが同じ起動式しか格納できないが、汎用型なら複数の系統の起動式を格納することができる……! 2つの系統魔法は、まったく別の起動式で発動されていたということか!」
幹比古の言葉に、深雪は深く頷いた。
「雫は元々、細かい制御よりも大規模な魔法で圧倒することを得意としていた。だから彼女は今までも、ある程度スピードを犠牲にしてでも確実に魔法を制御できるようにCADを調整していた。――でもお兄様は、彼女の長所を最大限活かすことをコンセプトになさったの。雫の高速な連続発動を可能にする処理能力と、大規模な魔法式を構築するキャパシティを発揮するために、細かい制御を必要とする行程を極力排除する方針を打ち立てた」
「その方法が、汎用型CADと特化型用の照準補助装置を繋いでしまうというものか……。いったい彼の頭はどうなっているんだ……」
深雪の説明に幹比古は舌を巻き、美月は感心したように頻りに頷いていた。
――やばい、何が凄いのかさっぱり分からない……。
――やばい、何が凄いのかさっぱり分からない……。
そして地面に視線を落としながら汗を掻くリカルドとマッドの2人が、偶然にも思考をシンクロさせていた。
試合終了を知らせるブザーが鳴った。
「パーフェクト」
満足そうな笑みを浮かべて、雫がぽつりと呟いた。