魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第26話 『他人を介さない自己評価は、大抵“独りよがり”となる』

 お昼を挟んで、午後の競技が始まった。午後は男子のスピード・シューティングに、男女バトル・ボード予選の後半。もうすぐ試合が始まるということもあり、選手もエンジニアも落ち着きなくそわそわとし、彼らが控えるフィールド脇の入場口は独特の緊張感と高揚感に包まれている。

 そんな中、第一高校の一部生徒だけは他の高校とは違う空気に包まれていた。

 男子スピード・シューティングの選手もエンジニアも、皆一様に暗いのである。地面に座り込んで体を丸め、項垂れて地面に視線を落とし、誰1人口を開こうとせずに黙り込んでいる。

 まるで、選手全員が予選落ちでもしたかのような雰囲気だ。しかし試合はまだ始まっていないし、それどころか第一高校は直前にとんでもない記録を叩き出していたはずである。

 午前中に行われた、新人戦女子スピード・シューティング。

 第一高校はその競技で、前人未踏のトップ3独占という快挙を成し遂げたのである。1位が50ポイント、2位が30ポイント、3位が20ポイントなので、第一高校はこの競技で一気に100ポイントも手に入れた計算となる。しかも本戦のポイントにもこれの半分である50ポイントが加算され、2位の第三高校に大きく差をつけ、独走態勢の足掛かりとなる成績だ。

 しかし、だからこそ彼らはこんな空気になっていた。

 もちろん、女子の活躍は彼らにとっても喜ばしいことだった。彼女達の成績はまさしく“偉業”と名付けても良いものだし、同じ一高選手として誇らしい気分にもなる。

 しかしその偉業の立役者が、二科生から選ばれたエンジニアだということが、彼らが素直に喜ぶのを妨げる原因となっていた。そしてそんな偉業の直後に自分達の出番が回ってきたことが、まるで自分達が彼と比べられているような気分になってしまうのである。

 普段からあれだけ馬鹿にしてきた二科生が、こんな偉業を成し遂げたんだ。

 まさかおまえ達が、それよりも悪い成績を残すなんてあり得ないよな?

 彼らの頭の中には、先程からこのような言葉がぐるぐると巡っているのである。

 そしてその傾向が最も顕著なのが、森崎だった。

「……くそっ、なんであいつが……」

 もうすぐ本番が迫る頃、フィールドの脇で1人順番を待っていた森崎が、ぽつりとそんな言葉を漏らした。周りに誰もいないので、その言葉に答える者はいない。もし返事をされたとしても、彼がそれに答える余裕は無いだろうが。

 彼の生まれた森崎家は、百家支流の家系である。魔法的な才能は本流や十師族には劣り、彼も最初はごく平凡な技術しか持ち合わせていなかった。しかし彼は努力に努力を重ね、学年の総合成績5位、実技でも4位と、明らかに才能で自分より上位にいる深雪達に食らいついてみせている。彼の努力は、まさしく本物だった。

 だからこそ、自分の魔法に絶対の自信があるからこそ、達也の存在が許せなかった。エリや厚志の“教育”によって入学時ほどあからさまな態度ではなくなったものの、彼に対する敵意は未だに消えることはない。

 ここであいつよりも良い成績を残さなければ、自分の今までの努力が否定されてしまう。

 森崎は自分でも知らない内に、自分のことを追い詰めていた。

 と、そのとき、

「うわ、空気重っ」

 この雰囲気にまったく似つかわしくない軽い声に、森崎は力無く頭を上げてそちらへと視線を向けた。

「み、美咲さん!」

 突然森崎は大声をあげて、思わずその場から立ち上がっていた。そこにいたのが普段から自分のことをからかって遊んでいるエリであり、今はバトル・ボードの予選に出るほのかを観るためにそちらへ行っていると思っていたからである。

「本番前だからどんな感じかなって思って見に来たんだけど……、随分とくらーい感じになってるね」

 そう言ってくすくすと笑うエリの姿に、森崎の気分がどんどん下降していく。

「女子のみんなが、流れを作ってくれたんだよ? ここはその勢いに乗って、男子もトップ3独占するくらいの勢いで行かなきゃ駄目でしょ?」

「……美咲さん、冷やかしに来たなら帰ってくれないか? 僕は今、試合前に気持ちを集中させているんだ」

 森崎の言葉は、口にした本人ですら驚くほどにトゲのあるものだった。

 しかしエリは、その程度のことで怯むような性格ではない。

「気持ちを集中? 自分を追い込んでる、の間違いでしょ?」

「……何?」

「前から不思議に思ってたんだけど、どうして森崎さんはそんなに達也さんのことを意識してるの? そんなに嫌なんだったら、達也さんのことなんか考えずに無視してれば良いじゃない。達也さんの方から森崎さんに関わることはないんだから」

「…………」

「達也さんを考えてるときの森崎さん、すっごく辛そうな顔してるよ? なんでそうやって、自分で自分を追い込もうとするの? 達也さんの何が、森崎さんは気に食わないの?」

「……美咲さんには関係無いだろ」

 呻くように吐き出したその声は、いつもの彼からは想像もつかないほどに低いものだった。

「どうせ美咲さんにも、僕の想いなんて分かるわけがないんだ! 僕がどれだけの想いで、魔法に取り組んできたか! 才能だけでのし上がってく奴に食らいつくために、僕がどれだけの努力をしてきたのか! 血の滲むような努力をしてきたのに、自分よりも魔法の才能が無いはずの奴にあっさりと抜かれる気持ちが! 自分の今までやってきたことが、全部無駄だったんじゃないかって思ってしまうことが! 飛び級で一高の一科生になれるくらいに才能のある美咲さんには、才能が無いから必死に努力するしかない僕の気持ちなんて分かるわけがない!」

「うん、分からないよ」

 胸の奥から絞り出した森崎の咆哮に、エリは顔色一つ変えずにそう答えた。

 彼女の言葉に、森崎は信じられないといった感じで目を見開いた。「そんなことはない」とか「私にも森崎さんの気持ちは分かるよ」とか、とにかく自分の言葉を否定する返事が来るものだと思っていたからである。

 しかし彼のそんな戸惑いに構わず、エリは言葉を続けた。

「確かに私には、森崎さんの気持ちを完全に理解することはできない。あんまり詳しくは話せないけど、森崎さんの言う私の“才能”って、自分で努力して手に入れたようなものじゃないから、魔法に関しては今まで努力っていう努力をしてこなかったと思ってる」

「…………」

「でも、達也さんは違う」

「……あいつが?」

 森崎の力の無い問い掛けに、エリは小さく頷いて話を続ける。

「確かに達也さんには、“普通の人には分かりにくい形”で才能はあった。でも達也さんはそれだけに頼ることなく、“血の滲むような”努力をしてきたんだよ」

「努力を……?」

「魔法的な才能が無かったから、戦闘手段を増やすために格闘術を身につけた。格上の相手に打ち勝つために、実戦で試行錯誤しながら効果的な戦術を学んだ。技術ではどう頑張っても上を目指すことはできないから、CADを勉強して魔工師でトップになることを目指した。――森崎さんとは努力の方向性が違うけど、達也さんは間違いなく努力してる」

「…………」

「そもそも才能だけでトップにのし上がれるほど、魔法師の世界は甘くない。それは森崎さんが、一番よく知ってるでしょう? 森崎さんは今までにそういう人達を、何十人って蹴落としてきたんだから」

「…………」

「逆にトップにのし上がってる人達は、どれだけ才能があろうと努力している。そして努力の方向性は、1人1人違うんだよ。森崎さんみたいに自分の技術を極限まで高める人もいれば、達也さんみたいに戦術や武器で技術をカバーする人もいる。努力の方向性が違えば当然結果も違ってくるから、その能力が活かされる“場面”も必然的に違ってくる」

「…………」

「森崎さんはさっき、達也さんの存在が自分の努力を否定するんじゃないかって言ってたけど、そんなことはないんだよ。だってそもそも、達也さんと森崎さんじゃ目指している方向性が違うんだから」

「…………」

 エリの話を、森崎は黙って聞いていた。何を考えているのかは本人にしか分からないが、少なくともエリに怒鳴っていたときのような焦燥は見られない。

「うーん、何か説教臭くなっちゃった。こんなつもりじゃなかったのに。――まぁ、何が言いたかったかというと……、頑張って!」

「――ぷっ」

 最後の最後であまりにシンプルすぎる言葉を掛けたエリに、森崎は思わず吹き出してしまった。それを自分が馬鹿にされてると勘違いしたエリが不機嫌そうな表情をすると、森崎は笑い声を漏らしながら手を横に振ってそれを否定する。

「……何だか随分と気分が楽になった気がするよ。ありがとう、美咲さん」

「ううん、こっちこそごめんね。本番前の大事な時間にお邪魔しちゃって。――客席から観てるから、頑張ってね」

「ははは、そんなにプレッシャーを掛けないでくれよ」

 そう言って手を振る森崎の表情は、晴れやかな――とまではいかないものの、穏やかな笑みを浮かべていた。

 エリもにっこりと笑って、くるりと彼に背を向けた。

 

 

 

「凄いじゃない、達也くん! これは快挙よ!」

 一方その頃、第一高校の天幕では真由美が興奮しながら達也の背中をばしばしと叩いていた。小柄な彼女だけあってあまり痛くはないのだが、あまりにしつこいので達也は視線だけで鈴音に助けを求める。

「会長、そろそろ落ち着いてください」

「あ、そうね、ごめんなさい。でも本当に凄いことなのよ! トップ3を独占だなんて!」

「凄いのは俺じゃなく、実際に戦った選手の方ですよ」

「いやいや、司波くんが私達のCADを調整してくれたからだよ!」

「そうだよ! 今でも信じられないんだから!」

 興奮したように話すのは、それぞれ2位と3位を取った英美と滝川だった。

「みんな、達也さんのおかげで入賞できたと思ってるよ。私だって、達也さんが担当していなかったら優勝できたかどうか分からない」

 いつものように淡々と、しかしいつもより饒舌に話すのは、女子スピード・シューティングで見事優勝に輝いた雫だった。彼女の言葉に英美や滝川だけでなく、真由美や摩利もうんうんと頷いていた。

 と、そのとき、鈴音が達也に近づいてくる。

「ところで司波くん、北山さんが予選で使用した魔法について、大学の方から『インデックス』に正式採用するかもしれないという打診が来ていますが」

「そうですか。では、開発者を聞かれたら北山さんの名前を答えておいてください」

「――だ、駄目!」

 あまりにも自然だったのでそのまま流しかけたが、雫はすんでのところでそれを食い止めた。

 鈴音の言った『インデックス』とは『国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス』の略であり、国立魔法大学が作成する魔法の百科事典に記された魔法の固有名称の一覧表である。ここに採用されるということは、大学が正式に認めた“新種魔法”として独立した見出しがつけられることを意味している。そこに載るということは、魔法開発に従事する研究者にとって1つの目標とされているほどの名誉なのである。

「これは達也さんのオリジナルなのに!」

「開発者の名前に最初の使用者が登録されるのは、割とよくあることだぞ」

「達也くん、謙遜も過ぎると嫌味だぞ?」

 摩利の呆れたような言葉に、達也は首を横に振った。

「謙遜ではありませんよ。自分の名前が登録された魔法を、当の本人が使えないだなんて恥でしかないでしょう?」

 確かに新種の魔法の開発者として名前が知られると、実演を求められることが多い。それなのに本人が使えないとなったら、最悪他人の手柄を横取りしたと思われかねない。

「……自分が使えない魔法を、どうやって試したんだ?」

「別に発動できないわけではありませんよ。ですが、俺だと時間が掛かり過ぎるんです。実戦レベルで使えなかったら“使える”とは言わないでしょう?」

「まぁまぁ、本人がこう言ってるんだから良いじゃないの! 達也くん、この調子でどんどん頼むわよー!」

 満面の笑みと共にそう言った真由美に、達也は軽く頭を下げて応えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 女子スピード・シューティングの結果は、他の高校でも波紋を呼んでいた。1つの高校がトップ3を独占するというのは、本戦を入れても前代未聞の事態である。皆がその結果に衝撃を受け、第一高校の1年生に対する畏怖の念を強くしていく。

 特に今年こそは優勝の座を取り戻すと息巻いていた第三高校は、その結果に他校以上の衝撃を受けていた。

「どういうことだ、将輝? 彼女達が特別強かったから、トップ3を独占できたんじゃ?」

 男子スピード・シューティングと午後のバトル・ボードに出場する選手以外の1年選手が集まった第三高校の天幕にて、彼らの視線を一身に受ける将輝がその質問に頷いた。

「確かに優勝した北山って選手は、あの3人の中でも飛び抜けて卓越していた。あれなら優勝するのも納得できるが、他の2人はそこまでとは思えない。魔法力だけを考慮すると、一高がトップ3を独占するとは考えにくいんだ」

「……それじゃ将輝は、選手の実力以外に何か要因があるって考えてるのか?」

 チームメイトの質問に、将輝は力強く頷いて答えた。

「女子スピード・シューティングを担当したエンジニアが、おそらく相当の凄腕だったんだろう」

「エンジニア?」

「ああ。――優勝選手が決勝トーナメントで使ってたデバイス、あれは汎用型に補助装置をつけたものだった」

 将輝の発言に、天幕中がどよめいた。彼らの中でも、汎用型と補助装置を一体化するのは不可能だという認識だったからである。

「俺も最初は信じられなかった。だが、汎用型と補助装置を一体化したデバイスの実例はある。去年の夏にデュッセンドルフで発表された新技術だよ。俺もジョージに言われるまで、その実験のことを忘れてたくらいだ」

「去年の夏なんて、最新技術じゃねーか!」

「それにしても、吉祥寺くんはよく知ってたわね。さすが私達のブレーンだわ」

 彼らの中で話題に挙がっている真紅郎は現在、男子スピード・シューティングの選手として今まさに試合を行っている最中だった。

 その場にいない彼に感心するように頻りに頷いている中、将輝の表情が悔しそうに歪む。

「だがデュッセンドルフで披露されたその試作品は、とても実用に耐えられるような代物じゃなかったんだ。動作も鈍いし精度も低いし、本当に“ただ繋げただけ”の技術的な意味合いしかない実験品でしかなかったんだ」

「でも、あのときのデバイスは……」

「ああ。あれは特化型にも劣らぬ速度と精度、そして複数の異なる系統の起動式を処理するという汎用型の長所を兼ね備えたものだった。もしそれが1人の高校生によって実現したものだとしたら……、そいつはもう高校生レベルの域を突き抜けた、一種の“バケモノ”だよ」

「おいおい、おまえがそこまで言う奴かよ……」

 天幕にいるチームメイト全員が、ぶるりと体を震わせた。

「1人のエンジニアがすべての競技を担当するわけではないが、そいつが担当する競技は今後も苦戦は免れないだろう。少なくとも、デバイスの面では2世代から3世代分はハンデを負っていると考えるべきだ」

「なぁ、そのエンジニアの名前って何だっけ?」

 1人の選手の発言に、他のチームメイトが揃って携帯端末を取り出して調べ始めた。

 しかし彼らが名前を見つける前に、将輝がその質問に答えた。

「――司波達也、だよ」

 

 

 *         *         *

 

 

 達也に深雪、エリカにレオに美月に幹比古に雫、そして厚志の計8人は、昼食を終えてすぐにバトル・ボードの会場へと向かっていた。ぞろぞろと大人数で移動していることに加え、先頭を歩く厚志の大柄な体が一際目を惹くため、そのグループは明らかに周りと比べても目立っていた。

 とはいえ、普段の彼らからしたらこの人数でも少ない方だ。試合に出場するほのかは一足先に会場へと向かい、他のメンバーはエリが男子のスピード・シューティングを観たいと言い出したことで、彼女に付き添う形でそちらへと向かっていったからだ。ちなみに厚志が残ったのは、ほのかの筋力トレーニングの成果を見届けるためである。

 しかし、ほのかの試合は最終レースである。今が昼食の時間を少し過ぎた辺りであることを考えると、彼女の試合まではまだまだ2時間以上はある。

 ではなぜ、彼らがすでに移動を開始しているかというと、

「それにしても、達也くんも別に気にしなきゃ良いのに。他の人なんて関係無いでしょ?」

「確かにその通りだが、俺は居心地の悪い場所に平然といられるほど肝が据わっていないんだ」

「達也が? うっそだー!」

「…………」

 達也が(というより一高選手が)ホテルの食堂で遅めの昼食を摂っていたとき、選手達の話題は自然と女子スピード・シューティングが中心となった。あくまで話題の中心は雫達であり、達也はそのついでに褒められていたに過ぎないのだが、1年男子にとっては非常に面白くないのだろう、異常なまでに対抗心を燃やしていた。その目つきはまるで親の仇でも見るかのようであり、達也は下手にトラブルが起きる前にそそくさと退散したのである。

 やがて会場にやって来た一行は、代表選手である達也・深雪・雫の3人は関係者しか入れない選手控え室へ、残りの5人は観客席へと向かった。

「あ、みんな! どうぞいらっしゃい!」

「達也くんに深雪さんに雫さん、みんな揃ってどうしたんですか?」

 インターホンを鳴らして中へ入ると、ほのかとあずさが驚きながらも快く出迎えてくれた。

「ちょっと時間が空いたので、お邪魔させていただきました」

「落ち着いてるみたいだね、ほのか」

「うん……、厚志さんが励ましてくれたからかな?」

 雫の言葉に、ほのかは頬を紅く染めながらそう答えた。それを横で見ていたあずさが不思議そうに首をかしげていたが、すぐに何かを思い出したようにパッと達也たちへ顔を向けた。

「あ、聞きましたよ、雫さんに達也くん! 優勝、おめでとうございます!」

「達也さんのおかげで優勝できました」

「選手の腕に助けられましたよ」

 ほぼ同時に相手をたてる言葉を発した2人に、あずさは苦笑いのような、それでいて微笑ましいものを見るような笑みを浮かべた。普段は小動物のような可愛らしさばかり目に着く彼女だが、こういう仕草を見ると彼女が2人よりも年上であることがよく分かる。

 と、そのとき、雫が何か思いついたようにぽんと手を叩いた。

「達也さん、せっかく早く来たんだから、ほのかのCADを診てあげたら?」

「いや、それはさすがに――」

「本当ですか! ぜひともお願いします!」

 さすがにあずさに悪いんじゃないか、と言おうとした達也だったが、他ならぬあずさ自身から力強く頼まれてしまっては断るに断れない。

 さらに、

「ほ、本当ですか! それじゃ、お願いします! あ、そうだ! 実はちょっと作戦を考えていまして、ぜひとも達也くんの意見を聞いてみたいと――」

「あ、それじゃ達也くん、私もちょっと訊いてもらって良いですか! 私としてはこういった方向性で調整しようと思うんですけど、達也さんから見て何か無駄な箇所とかありませんかね! あるいは、もっとこうした方がほのかさんの実力を引き出せるとか――」

 ほのかが興奮したように捲し立て、さらにあずさもそれに乗っかったおかげで、達也は美少女2人に迫られるという今まで経験したことの無い事態に陥っていた。どう対処して良いか分からず、無表情ながらも見る人が見れば戸惑っているのがよく分かる。

「……深雪、別に2人にはそういう気は無いんだから、そんなに不機嫌にならなくても……」

「あら、雫? あなたには、私が今不機嫌なように見えるのかしら?」

「……何か、ごめん」

「あら、雫? あなた何か、私に謝らなければいけないことでもしたのかしら?」

 魔法を発動していないにも拘わらず、控え室の気温ががくんと下がった気がした。

 

 

 

 バトル・ボードの試合時間は、平均して15分。しかしボードの上げ下ろしや水路の点検、損傷した箇所の補修などが試合の合間に行われるため、競技スケジュールは1時間ごとに1レースとなっている。後のレースになるほど選手は長く待たされることとなり、テンションの調整が上手くいかずに不本意な結果に終わる選手が毎年1人か2人はいる。

 しかし、スタート位置に待機しているほのかを見ると、そのような不調は感じられなかった。おそらく試合前に達也たちと取り留めのない会話をしたおかげで、上手い具合にテンションを調整できたのだろう。

 ちなみに彼女は現在、摩利がそうしていたようにボードの上で仁王立ちをしていた。しかし彼女の見た目からか摩利のような女王様然とした印象は受けず、気丈に振る舞う様が微笑ましくすら思える。

「さてと、達也くんはいったい何を企んでいるのかなぁ?」

「……何を言っているんだ、エリカ? 人聞きの悪い」

 観客席に移動した達也たち一行の内、にやにやと笑みを浮かべながら問い掛けるエリカに、達也はうんざりしたような目を彼女に向けた。

 しかし周りの面々は、エリカの意見に賛同したようで、

「いやいや、明らかに何か企んでるだろう?」

「そしてその結果が“あれ”でしょ? もはや、何も企んでいないって方がおかしいよね」

 レオの言葉に乗っかるようにエリカがそう言って指差したのは、スタートの合図を今や遅しと待つほのかだった。

 彼女が今つけている濃い色のゴーグルは、達也が持ってきたものである。確かに日は大分傾き、直接向き合うと邪魔になる程度には眩しくなっているが、グラス面に付着した水飛沫が視界を遮るのを嫌い、ゴーグルの類を使用する選手はまずいなかった。現在も、ゴーグルを着用しているのは彼女1人だけである。

 周りの面々に疑いの目(とはいっても、エリカと同じように面白がっているだけだが)を向けられた達也は、観念したように両手を軽く挙げて口を開いた。

「別に大したことじゃない。ちょっと考えれば、すぐに分かることさ」

「……いや、そう言われてもよ、もうちょっとヒントをくれよ」

 レオの言葉に、他の面々も無言で頷いていた。

「それじゃ……、バトル・ボードで禁止されていることは?」

「えっと……、他の選手を魔法で直接妨害することです」

 達也の質問に真っ先に答えたのは、深雪だった。

「その通り。この場合、“直接”っていうのがポイントだ。バトル・ボードでは、水面に魔法を掛けることは許されている。だから水面に魔法を掛けて“結果的に”他の選手を妨害した場合は、ルール違反にはならない」

「うん、それは分かってるよ。だから他のレースでも、大きな波を立ててライバルを妨害したりしてるんだから」

 幹比古達が首をかしげて達也の真意を考えている中、

「ああ、成程ねぇ。確かに有効だ」

 真っ先に気づいたらしい厚志が、にこにこと笑いながらそう言った。

「さすが厚志さん。もしかして、達也くんの企みに気づきました?」

「ああ、おそらくね。そんなに難しいことじゃないさ」

 厚志がそう言ったちょうどそのとき、静かにするようにとの文章が観客席のモニターに映し出された。スタートが近づいている合図に、観客が途端に静まり返る。

 やがてブザーが鳴り、本日最終レースの火蓋が切って落とされた。

 その直後、水面が強烈な光を放ち、選手は反射的に目を覆った。選手の1人に至っては、光をもろに見てしまった影響でバランスを崩し、落水していた。

 そして突然のアクシデントで他の選手がスタートにもたつく中、ただ1人悠然とスタートダッシュを決めたのは、ほのかだった。

 その瞬間、会場の誰もが気づいた。犯人は彼女だと。

「よし」

「いや、よしじゃねーよ! 何だよ今のは! いくら何でも狡すぎんだろ!」

「何を言ってるんだ。イエローフラッグは振られていない。つまり審判はさっきの魔法を認めたということだ」

「確かにルールには反してないけどさ……」

「水面に干渉するとなると、波を立てたり渦を作ったりとか“水面の挙動”にばかり意識を向けがちだが、許可されているのはあくまでも“水面に魔法で干渉して他の選手の妨害をする”ことだ。さすがに水面を沸騰させたり凍結させるのはまずいが、目眩まし程度のことは逆に今まで行われてこなかったことの方が不思議だな」

「ほえぇ……、“工夫”って本当に大事なんですねぇ……」

「いや、確かにこれも“工夫”だけどさ……。何か納得できないわぁ……」

 美月が素直に感心し、レオやエリカ達が悩ましげに頭を抱えている中、なお平然とした表情のままの雫が達也に話し掛ける。

「でも達也さん、大丈夫なの? 予選の段階で手の内を見せて。多分これ、1回しか通用しない戦法でしょ?」

「もちろん、その辺りも考えている。この目眩ましは予選を勝ち抜くためのものだけでなく、次の試合の布石でもあるんだからな」

 意地の悪い笑みを浮かべる達也に、雫は感心したように頻りに頷いていた。

「おいおい、まだ何か企んでいるのかよ……」

「何だかあたし、達也くんがラスボスか何かに思えてきたわ……」

 そんな彼らの後ろで、レオとエリカがそんなことをひそひそと話していた。

 レースの結果は、もちろんほのかがぶっちぎりで1位となった。

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