魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第27話 『“才能”とは、結果を出した者に与えられる事後評価である』

 その日の夜、第一高校のミーティングルームにて。

「森崎くんが準優勝したけど、他の2人は予選落ちか……」

 摩利のその言葉に、その部屋に集まった3年生幹部――真由美・克人・鈴音が揃って黙り込んでしまった。

 彼女達が見ていたのは、午後に行われた男子スピード・シューティングの順位表だった。先程摩利が呟いたように森崎が見事準優勝を果たしたが、他の2選手は予選落ちという不甲斐ない結果に終わってしまった。ちなみに現在総合成績2位の第三高校の選手は1位と4位であり、せっかく女子スピード・シューティングで稼いだポイント差を縮められてしまっている。

「だけど森崎くんは、本当によく頑張ったと思うわ。自分があまり得意ではないスピード・シューティングで、ここまでの成績を残すことができたんだから。もし決勝の相手があの“カーディナル・ジョージ”じゃなかったら、優勝できたかもしれないわね」

 真由美の言葉に、他の3人が無言で肯定する。

 だからこそ、歯がゆかった。

「男子の不振は“早撃ち”だけじゃない。“波乗り”でも女子は2人が予選突破したのに対し、男子は僅かに1人だ。このままずるずると不振が続くようでは、今年は良くても来年以降に差し障りが出るかもしれない」

「それはつまり、負け癖がつくということか?」

「その恐れは、充分にあるだろう」

 克人の言葉が、他の3人に重くのし掛かる。自分達の所属する第一高校は、ただの魔法科高校ではない。九校戦で過去9回中5回も優勝している“強豪”だ。一高のリーダーを自認している彼らからすると、“今年が良かったから”などという安逸に甘んじることはできないのである。

「男子の方は、テコ入れが必要かもしれんな」

「テコ入れと言っても、いったいどうするんだ? もう九校戦は始まってしまっている、今更選手もスタッフも変えることはできないぞ」

 摩利のその言葉に、克人は何も答えなかった。

 それは答えに窮しているというよりも、何か考えはあるが今はあえて黙っている、といった感じではあったが。

 

 

 

 明日行われる競技は、男女クラウド・ボールの予選から決勝に、男女ピラーズ・ブレイクの予選である。ピラーズ・ブレイクは深雪と雫が出場する競技であり、当然達也も担当になっている。

 風間から警告された例の犯罪組織は、摩利の事故以来目立った動きを見せていない。しかし達也は、決して気を抜くことはしなかった。彼の読みではCADに細工を仕掛けるのは競技の直前ではあるが、夜の内に妨害工作を受ける可能性もゼロではない以上、用心するに越したことはない。

 なので達也は作業車でCADの最終調整を終えると、システムで厳重にロックを掛けた後に保管庫のドアを三重に施錠した。作業車を出た後も周りに常に意識を向け、人間の気配も人間以外の気配も感じないことを確認してからホテルの中へと入っていった。

 もう夜も遅いし、明日も朝一からエンジニアとしての仕事が待っている。睡眠不足は集中力を低下させ、思わぬミスに繋がりかねない。なので達也は、さっさと自分の部屋に戻って寝ようと思っていたのだが、

「……エリ?」

「あ、達也さん」

 思わぬ所でばったりと顔を合わせたエリに、達也は思わずその足を止めていた。

「どうしたんだ、エリ? 明日はエリが出場するクラウド・ボールじゃないか。早く自分の部屋に戻って、明日に備えるべきだ」

「うん、ちょっと森崎さんと話してて」

 エリの口から出たその名前に、達也は驚いたように目を丸くした。

「……エリは森崎と仲が良いのか? 今日も森崎の試合を観ていたようだが」

「うーん、どうだろ? 私が森崎さんの準優勝をお祝いしたら、割と喜んでくれたと思うけど」

 達也が自分の競技を終えた森崎と顔を合わせたのは、第一高校の代表が全員集まっての夕食時だけだった。あのときは遠巻きからでしか分からなかったが、確かにあのときは達也に敵愾心を向ける1年男子の中で、1人だけ穏やかな表情をしていたように見える。

 それにしても、

「……森崎の奴、随分と印象が変わったように見えるな。今まではとにかく俺に突っ掛かって余裕が無いような感じだったが、今は何だか堂々としているようにも思える」

「まぁ、心境の変化があったとか、そんな感じでしょ」

「……エリ、森崎に何か言ったのか?」

「ふっふっふー、ひ・み・つ!」

 人差し指を口に当てて笑うエリの姿は、何だかとても楽しそうに見えた。

 それを見ていた達也が、ふいに口を開く。

「……エリ、もしかして森崎と“そういう関係”なのか?」

「……達也さん、その質問はさすがに無いよ。答えがどっちだとしても、そうやって正面から訊くのはデリカシーに欠けるよ」

「……そうだな。すまなかった」

 素直に頭を下げる達也に、エリはふざけた様子で「うむ、許してつかわす!」と胸を張った。

 そして達也は頭を下げながら、ふいに自分と彼女が出会ったばかりの頃を思い出していた。

 美咲エリという少女は、特殊な人間だという自覚のある達也の目から見ても特殊だった。普通の少女が興味を持つであろう少女漫画には目も向けず、世界情勢や戦史研究や地政学の本に興味を持ち、恋バナよりも政治談義や経済談義に華を咲かせる(しかも相手は同じ小学生のクラスメイト)方がいきいきとしていたほどだった。

 しかしそんな彼女も次第に恋愛に興味を持つようになり、仲の良い友人といわゆる“恋バナ”に興じることもあった。しかしやはり普通の少女のような浮ついたものではなく、それこそ政治や経済のときと同じ“研究対象”としての知的好奇心でしかなかったために、エリ本人が恋愛をするようなことはなかった。

 そんな彼女も、やがて誰かと恋をするようになるのだろうか。

 だとすると、相手はいったいどんな人物になるのだろうか。

「達也さん、どうしたの?」

「……いや、少し考え事をな。大したことじゃないさ」

 口元に笑みを浮かべて首を横に振る達也に、エリはきょとんとした表情で首をかしげていた。

「……まぁいいや。――そういえば達也さん、訊きたいことがあるんだけど」

「俺に? 何だ?」

 先程までのおふざけの延長線のような軽い感じで尋ねてきたので、達也は特に気構えることなく彼女の言葉に耳を傾ける。

「雫さんから聞いたんだけど、『インデックス』に名前を載せるのを断ったんだって?」

 なのでその質問をぶつけられたとき、達也は答えるのに1拍遅れた。

「正式に、ではないがな」

「でも正式に話が来ても、達也さんは断るつもりなんでしょ?」

「まぁな」

 ようやく普段の調子を取り戻したのか、今度は間髪入れずに答えることができた。

「それって、自分が“四葉家”の人間だって知られたくないから?」

「ああ。新魔法を開発する研究者は大学の資料を利用するうえで様々な特権が与えられるから、スパイやテロ組織を警戒してその身元を詳細に調べ上げる。魔法大学の調査力は軍の諜報機関に匹敵するほどだ、徹底的に情報をブロックしている“シルバー”ならともかく、“司波達也”では四葉との繋がりを暴き出される可能性は低くない」

「そうなったら、確かにまずいかもしれないね。偽名だけど魔工師として有名なうえに、“四葉家の人間”っていう裏社会の地位も確立されるわけだから」

「そうでなくとも、四葉家の人間というだけで、国内外問わずに常に命を狙われることになるだろう。“四葉”というのは、それだけ影響力の大きいものだからな。そのときに俺だけが狙われるならともかく、俺の周りの人間が狙われたときに充分な対処ができるほどの準備が、今の俺にはできていない」

 遠くを見るような目つきをしてそう言う達也に、エリがそっと隣に寄り添って言った。

「……別に私達が守るけど?」

「…………」

 達也はエリの言葉には答えず、彼女の頭を優しく撫でるとその場を立ち去っていった。「おやすみ」と小さく言い残して。

 小さくなっていく達也の後ろ姿を、エリは寂しそうな表情で眺めていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 九校戦5日目、新人戦2日目の朝。

 ピラーズ・ブレイクの会場では、野戦工作用の特殊車両が大型のアームを使って、縦1メートル、横1メートル、高さ2メートルの氷柱を等間隔で並べていた。その光景はまるで、かつてアニメなどでよく見られた巨大ロボットのようだった。

 そんな会場の観客席で試合を待っているのは、エリカ・レオ・美月・幹比古・ほのかの5人だった。達也と深雪と雫はすでに選手控え室に入っており、厚志達は同じ時間に行われるクラウド・ボールの会場に向かっていた。

「つまり今回の解説役は、必然的に幹比古が請け負うということだな!」

「いや、レオ。何を言ってるんだ?」

「だってこの前のテスト、この中で筆記試験の結果が一番良かったのは幹比古じゃねぇか」

「期待してるわよー、ミキ」

「頑張ってください、幹比古くん!」

「お願いします、幹比古くん!」

 その場にいる全員からエールを贈られた幹比古は、渋々ながらもその役目を引き受けることとなった。

 と、ちょうどそのとき、観客の感性が一際大きくなった。選手が入場し、間もなく試合が始まるからである。

「お、ついに雫が来るな! 明智って選手も第1試合でさっさと勝ち進んだし、この勢いに乗れたら良いんだが」

「雫なら大丈夫よ。実技の成績が3位だし、何てったって達也くんがエンジニアとしてついてるんだから!」

 レオとエリカがそんな会話を交わしている間に、雫が櫓に姿を現した。

 そして、皆が一斉に呆然とした表情になった。美月1人を除いて。

「うわあ! 雫さん、凄く綺麗ですね!」

「いや、確かに似合ってるけど……」

「何というか……、度胸が据わってんなぁ……」

 櫓に登った雫の格好は、紛うことなく“振袖”だった。

 ピラーズ・ブレイクは純粋に遠隔魔法の技術のみで競い合う競技であり、肉体を使う必要はまったく無い。つまり選手の服装が試合に影響することがなく、ルール上も公序良俗に反するものでなければ基本的に認められている。なので女子ピラーズ・ブレイクは必然的に、ファッションショーの様相を呈するようになった。

 本戦に出場していた花音は丈の短いスパッツにスニーカーとボーイッシュなスタイル、そして雫の前に出場していた英美は赤いライディングジャケットに黒のロングブーツとホースキャップという乗馬スタイルだった。特に変わっている訳ではないその服装を基準にしていたので、振袖という普段着では絶対にありえないであろう格好に面食らってしまったのである。事実、会場中の観客は雫の格好に目を奪われているようだった。

 とはいえ、これは彼らも知らないことだが、振袖をいう格好は別段珍しいものではなかった。むしろ今年は、そういった格好をする選手は少ない方である。だからこそ雫も、振袖という格好を選んだのだが。

「使用するCADは……、今回は汎用型のようだな。攻守にバランス良く力を配分した戦法には打って付けだ」

「つまり今回は正攻法ってこと? なーんだ、つまんないの」

「エリカちゃん……、別に達也くんはウケ狙いで奇策を使ってる訳じゃないから……」

 幹比古の言葉にエリカが不満の声をあげ、美月が苦笑いしながら窘めていた。

「さて、そろそろ始まるぜ」

 レオの言葉通り、フィールドの両サイドにあるポールに赤いランプが灯った。競技がもうすぐ始まることを知らせる合図である。会場中が、途端に緊張感に包まれて静かになる。

 そしてそれが黄色へと変わり、青へと変わった瞬間、相手フィールドの氷柱すべてに雫の魔法式が展開された。

 1拍遅れて、相手の魔法が雫の氷柱に襲い掛かる。移動系統であるその魔法は、相手の氷柱を倒すには最もポピュラーなものである。

 しかし、雫の氷柱はびくともしなかった。

「雫は何をしてるんだ?」

「見たところ、情報強化だね」

 レオの質問に、幹比古が即座に答えた。“情報強化”とは、対象物の状態を記録する情報体――エイドスの一部または全部を魔法式でコピーして投射することにより、情報が書き換えられるのを抑制する魔法である。雫の情報強化はかなり強力なようで、相手選手が何度魔法を仕掛けても、雫の陣内にある氷柱はびくともしなかった。

 そして次の瞬間、相手選手の氷柱が3本続けざまに破壊された。

「――何ですか、今の! 何が起こったんですか!」

「俺的には、地面にある魔法式が怪しいと見た!」

「いや、レオ……。それは私達でも普通に分かることだから……」

 一頻りそんな会話を交わすと、その場にいる全員が幹比古へと顔を向けた。

 幹比古は大きな溜息を吐くと、少しだけ考えた後に口を開いた。

「今のはおそらく、“共振破壊”の応用だと思う」

「共振って、或る一定の振動数に対してだけ極端に脆くなる、というものですか?」

 美月の質問に、幹比古は頷いた。

「あの魔法式は、おそらく振動数を無段階で調節できる振動魔法だ。そして氷柱が共振を起こしたときに一気に出力を上げて、氷柱を破壊したんじゃないかな?」

「成程、情報強化はそれまでの時間稼ぎってことか」

「それにしても、同じ地面媒体の魔法でも千代田先輩の“地雷原”みたいな力任せに押しきるものとは違って、随分と技巧的だ。しかも振動数の操作はお手の物ときている。――いったい、誰の差し金なんだろうね?」

 その口振りは疑問系だったが、幹比古の頭の中では達也の姿しか浮かんでいなかった。そしてそれは、その場にいる全員も同じことだった。もし彼らが4月の達也と服部の模擬戦を観ていたら、そのときに達也が見せたサイオン波の振動数を調整して合成波を作り出したあの魔法を思い浮かべ、ますますその思いを確信へと変えていただろう。

 そうこうしている間にも、相手の氷柱は次々と崩れ落ちていった。残り3本になったところで、相手選手が雫の氷柱の1本に狙いを定めて、残りの力を振り絞るように魔法を展開した。おかげでその1本だけは何とか破壊することができたが、その瞬間残りの3本がほぼ同時に破壊された。

 圧倒的とも言える勝利だった。

 

 

 *         *         *

 

 

 それとほぼ同時刻。場所は、クラウド・ボールの会場。

 フィールドのすぐ脇で、エリはCADの最終調整を行っていた。本戦で真由美が使用していたものと同じ小銃型であり、1つの系統魔法だけしか使えない特化型だった。

「どう、エリちゃん? 違和感はある?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 この競技のエンジニアを務める平河というエンジニアから渡されたそれを、エリは丹念にチェックしていた。その表情は気迫が伝わってくるほどにとても真剣なもので、普段にこにこと可愛らしい笑みを浮かべている彼女と同一人物とは思えない。

「大丈夫、あなたならきっと優勝できる。自分を信じなさい」

「はい! ――行ってきます!」

 エリはそう言い残して、試合を行うコートへ早足で駆けていった。真夏の太陽が直接降り注ぐフィールドに出たため、視界が一気に明るくなる。自身の遙か頭上にいる観客からの歓声が、まるで雨のように降り注いでくる。

「エリちゃーん! 頑張ってー!」

「フレー! フレー! エ・リ・ちゃ・ん!」

 そしてそんな歓声の中でも、親しい人達の声はまっすぐエリの耳に届いていた。エリは観客席を見渡すと、何千人という人混みの中でもやけに目立つ厚志の姿を見つけ、にかっと満面の笑みを浮かべてVサインを作ってみせた。

 コートに入ると、すでに対戦相手は到着していた。彼女はエリの姿を見て驚いたような表情を見せ、すぐさまにやりと不敵な笑みを浮かべた。想像以上に幼い対戦相手の姿に面食らい、そしてチャンスだと思ったのだろう。

 ――まったく、実力が無かったら代表選手に選ばれるわけないのに……。

 エリは心の中で不満がっていたが、けっしてそれを口に出すことはしない。勝負の世界で相手が油断している以上に、自分に有利に働くことはないからである。

 やがてスタートの合図が鳴り、試合が開始された。その瞬間、低反発のボールがエリのコートへ向けて射出された。

 そしてネットを超えた瞬間、ボールが反転して相手のコートへと戻っていった。

「――――!」

 相手選手は素早く反応してボールをエリのコートに打ち返すが、ネットを超えた瞬間に再びボールが反転した。その光景はまさに、本戦にて真由美が見せたあの反射魔法に酷似している。

 1個のボールを巡って激しい攻防が行われている中、2個目のボールが射出された。相手選手はそれを見て、1個目のボールと一緒にそれをエリのコートに打ち返した。方向はバラバラであり、それぞれコートの両端に同時に襲い掛かっていく。

 点数を取ったことを確信したのか、相手選手がにやりと笑みを浮かべた。

 その瞬間、2つのボールは“相手選手のコート”に“ほとんど同時に”跳ね返されていた。笑みを浮かべていた相手選手が、呆然としたような表情へと変わっていく。

 試合が進み、どんどんボールが増えていく。3個、4個、5個、6個と増えていく中で、相手選手は徐々に点数を奪われるペースが早くなっていき、自身のコートに次々と飛んでくるボールに明らかに対処できなくなっていた。

 一方エリは、最初に試合が始まった場所から1歩も動くことなく、どんどん増えていくボールを難なく打ち返していた。1つの取り零しも無く、相手選手のスコアには未だにゼロの数字がでかでかと刻まれている。

 最終的に9個のボールが同時にコートを飛び交う状態になっても、それは変わることはなかった。“飛び交う”といってもそれは相手選手のコートだけの話であって、エリのコートは時々ボールが侵入しては即座に打ち返されているおかげで静かなものである。

 ブザーが鳴り、試合が終了した。

 結果は、71対0。

「うーん、さすがに真由美さんには届かないか……」

 エリはぽつりとそう言い残して、一旦コートを後にした。

 その後すぐに相手選手が棄権を宣言、エリの勝利となった。

 

 

 

「お疲れ様、エリちゃん。この調子で、次も頑張ろうね」

 タオルを持って出迎えた平河に、エリは笑顔でそれを受け取った。額の汗を拭っているが、それは単純に気温によるものであり、運動による汗は1滴も掻いていなかった。1歩も動いていないのだから当然なのだが。

 そんな彼女を眺めながら、平河がぽつりと呟いた。

「それにしてもエリちゃん、私が調整しておきながらこんなこと言うのも何だけど、よくそんなCADで戦えるわね。私だったら、というか他の選手だったら、絶対にそんな調整で戦えないわよ」

「そうかな? まぁ、クラウド・ボールでしか通用しない性能なのは確かだけど」

 エリは首をかしげながら、自分が先程の試合で使用していたCADを見遣った。

 彼女が使用した魔法は、こちらに向かってきたボールを等倍速度で跳ね返すほどの機能しかない、非常にシンプルな加速系魔法である。しかも魔法規模はボールの直径の3分の1という、普通の人間だったらボールにまともに当てることすら難しい代物だ。

 しかしそれこそが、エリが平河に求めたCADの調整方針だった。

 その目的はただ1つ、“魔法規模や威力を多少犠牲にしてでも、連続発動の速度を高めること”である。そして平河の尽力もあり、まったく別の方向へ飛んでいくボールを“ほぼ同時に”打ち返せるまでには発動時間を短縮することに成功した。しかも魔法の威力や規模を極限まで抑えたことでサイオンの消費も少なく、試合の間くらいはまったく問題無く魔法を使い続けることができる。

 しかしここで、大きな問題が出てくる。真由美の場合は、ネットから数ミリこちら側に不可視の壁を作り、こちらに飛んでくるボールを自動的に打ち返すようになっていた。なので幾つボールが増えようが構わなかったのだが、エリの場合は飛んでくるボールに対していちいち照準を合わせなくてはならない。普通の人間ならば、予測不可能な飛び方をする9個のボールに対して同時に気を配り、即座に対応するなんて芸当ができるはずがない。

 しかし、エリは“普通の人間”ではなかった。

 ――プリティ☆ベルの魔法のおかげだね。

 彼女の体に眠る現代魔法とは別の才能――プリティ☆ベル。

 その魔法の中に、“もう1人の自分(ドッペルゲンガー)”というものが存在する。その性能は読んで字の如しであり、自分の分身を幾つも生み出すことで、エリ1人だけで集団戦を行うことができる魔法だ。

 そして彼女が一度に生み出すことができる分身の数は、数億とも数兆とも言われている。エリはそれらすべての状況を完璧に把握して、遠隔操作することができるのだ。たかだか9個のボールなど、携帯端末で厚志達と会話をしながらでも把握できる。

「さてと、次の試合までしっかりと体と心を休めること! 良いわね?」

「うん、分かった!」

 やっていることは正攻法だが、それを実現する手段が達也も真っ青な奇策という変則的な戦法を引っ提げて、エリは平河と共にフィールドを後にした。

 

 

 *         *         *

 

 

「やっぱり、達也ちゃんは凄いわ! 自分が担当してる選手をみんな強くしちゃうんだから!」

「確かに……、彼の調整を受けた選手は皆好成績を残していますな」

 ピラーズ・ブレイクの会場にあるVIPルームにて、興奮した様子のシャルエルと感心した様子の烈がソファーに並んで座り談笑していた。現在は昼食の時間ということもあり、2人の傍らには食堂で学生選手に振る舞われているものとは比較にならないほどに豪華な料理が並んでいた。

「一見奇策のようにも見える方法も、選手の特徴を正確に捉えたうえでの策だというのが実によく分かる。しかもそれらのすべてが、選手の短所を補うものではなく長所を最大限に活かすという手法……。これならば、選手との軋轢を生む心配も無い……」

「軋轢? それって、どういう意味?」

 首をかしげるシャルエルに、烈はまるで教師のように説明を始めた。

「人間というものはそう単純なものではなくてですね、たとえエンジニアのおかげで優勝できたとしても素直に選手が感謝するとは限らないのですよ。選手の短所をカバーするというある種“自分の魔法を否定されたと受け取れる”手法で選手を優勝に導いたとき、選手は『自分はあくまでエンジニアに勝たせてもらっている』という劣等感のようなものが生まれてしまう訳ですな」

「ああ、成程。その点、達也ちゃんみたいに選手の長所を伸ばす手法だったら、選手は『エンジニアは自分の潜在能力を引き出してくれている』と感じることができて、自分の力で優勝できたって気分になれるってことね。どちらもエンジニアの力が無くては優勝できなかったことに違いは無いけど、そういうちょっとした気の持ちようが相手との信用を左右するものね。――とはいえ、達也ちゃんはそういった考えで調整しているのかしら?」

「さぁ、どうでしょうな。案外、たまたまということも充分有り得る」

 烈はそう言って、傍らに置かれていたワインをくいっと煽る。

「さてと、午前中に一高の選手が2人出てどちらも1回戦を突破しましたな。午後にも1人出場するようですが、はたしてその選手も1回戦を突破できるでしょうか?」

「ああ、それは大丈夫ね。というか、あの子なら普通に優勝できるでしょ。達也ちゃん抜きでも」

 やけに自信たっぷりにそう言ったシャルエルに、烈が興味を持ったように彼女の方を向く。

「随分とその選手を買いますな。その選手は、それだけ優秀なのですかな?」

「優秀なんてもんじゃ無いわよー。多分、私じゃ勝てないんじゃないかしら?」

「……ほう、シャルエルさんがそこまで言う選手ですか。それはぜひとも注目ですな」

 烈は防弾ガラス越しのフィールドをじっと見つめながら、にやりと笑みを浮かべた。

 そしてシャルエルはそれをちらりと見遣り、にこにこと笑みを浮かべた。

 そして彼女の傍らにずっと立っているエミリオは、2人を交互に見遣りながら複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 

 深雪の出番は、1回戦の最終ゲームである。いくら昼食を挟んでいるとはいえ、午前中から数えるとかなりの時間が経っているため、観客はだれてしまうことが多い。なので予選のときは、後の試合になればなるほど盛り上がりが小さくなっていくのが普通だった。

 しかしながら、深雪がフィールドに登場した途端、その“普通”は脆くも崩れ去り、観客は大きくどよめいた。

「いやぁ、確かにもの凄く似合ってるけど……」

「この場合、似合いすぎて問題って感じよね……」

 レオとエリカの会話に、周りの面々も苦笑いと共に同意するしかなかった。

 櫓の上に登る深雪の格好は、白の単衣に緋色の女袴、白いリボンで長い黒髪を首の後ろで纏めたスタイルだった。髪の纏め方は厳密には異なるが、CADの代わりに榊か鈴を持たせれば更に絵になるであろうあの格好だ。ただでさえ彼女の美貌は常人離れしているというのに、そのような衣装を身に纏うと神懸かりを通り越して神々しいとすら表現できてしまうほどだった。

「あーあ、相手選手は完全に呑まれちゃってるよ」

「ひょっとして、それを狙ってたんでしょうか?」

「いや、多分偶然でしょ」

 観客席の騒音など気にする様子もなく、深雪は静かに目を閉じて佇んでいた。他の選手にとっては闘志を高めるための時間だが、気合いを入れすぎると魔法が無意識に発動するという悪癖を持つ彼女にとっては、試合前の時間はひたすら自分を抑えつけるためのものだった。そしてその佇まいが、彼女の神々しさにますます拍車を掛ける結果となっている。

 フィールドの両サイドにあるポールに、赤いランプが灯った。

 深雪がゆっくりと目を開いて、相手選手をまっすぐ見据えた。その瞬間、会場のあちこちから溜息が漏れた。

 ポールのランプが黄色に変わり、やがて青に変わった。

 その瞬間、強烈なサイオンの光がフィールド全体を覆った。そして相手選手の陣内は熱波に陽炎が揺らぎ、深雪の陣内は極寒の冷気に覆われた。相手選手が必死に魔法で抵抗を試みるも、フィールドは極寒地獄と焦熱地獄へと変貌していき、やがて氷の霧と昇華の蒸気に覆われてフィールドが見えなくなっていく。

「まさかこれ……、“氷炎地獄(インフェルノ)”か……?」

 幹比古の戸惑うような呟きが、レオ達周りの面々の耳に届いた。彼らはそれを聞いて、いかに深雪の魔法がレベルの高いものであるかを知った。

 中規模エリア用振動魔法である“氷炎地獄”は、エリアを二分して一方の空間内にある全物質の振動エネルギー・運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアへ逃がし加熱することで熱エネルギー収支の辻褄を合わせる、熱エントロピーの逆転魔法である。魔法師ライセンス試験でA級受験者用の課題として時々出題され、多くの受験者を不合格の海に沈めている高難度魔法である。

「高校生のレベルで使えるような代物じゃない……! 只者ではないとは思っていたが、まさかこれほどまでだったとは……!」

 動揺する幹比古の呟きに、答える者はいなかった。全員が深雪の魔法に目を奪われ、言葉を発することすら忘れてしまっているからである。

 そんな中、最初に口を開いたのはほのかだった。

「私、中学までは雫以外にライバルがいなかったんです」

 突然の独白だったが、誰もそれに口を挟むことなく聞いている。

「同じ学校や塾にも百家出身の人は何人かいましたが、その人達ですら私達と肩を並べるほどではありませんでした。こう言うと何だか自慢しているみたいですし、実際自慢しているのかもしれないですけど、本当に雫以外に切磋琢磨できる人がいなかったんです」

 ですが、とほのかは深雪へと視線を向けた。それでいて、ここではないどこか遠くを見るような目つきだった。

「私のそんな“思い上がり”は、深雪の魔法を見て粉々に打ち砕かれました。張り合おうとも、嫉妬しようとも思えないほどに、私達とは何もかも違っていました。入試試験も期末試験も、私は総合成績が3位でしたけど、深雪の次の次に私がいるなんて素直に喜ぶことはできません。私と深雪の間には、けっして頂上の見えない高い高い山がそびえ立っているような気がしてなりません」

 そう言って寂しそうに笑うほのかの姿は、一科生の中でも上位の成績を誇る“優等生”などではなかった。

 優秀な人間と自分を比べて苛む、まさしく“劣等生”のようであった。

 フィールドではすでに、相手陣営の気温は摂氏200度を超えていた。急冷凍で作った氷柱に含まれる気泡が膨張を起こし、12本の氷柱はいずれもひび割れを起こしている。

 そして、ふいに気温の上昇が止まった次の瞬間、相手選手の陣の中央から衝撃波が広がった。空気の圧縮と解放により、脆くなっていた氷柱は一瞬で粉々に砕け散っていった。

 深雪の陣内に残っている氷柱は、12本。

 圧倒的な勝利だった。

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