魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第3話 『コミュニケーション能力が高くなければリア充になれない』

 次の日。

 朝の“日課”を終えた達也とそれについていった深雪は一旦家に戻ると、制服に着替えて出掛ける準備をしていた。

 そしてそれも終わり、まさに出掛けようとしたそのとき、深雪が突然口を開いた。

「……お兄様」

「どうした、深雪?」

 達也が尋ねても、深雪は何やら言いにくそうに視線をあちこちにやった後、ぽつぽつと話し出した。

「実はその……、あの人達から電話がありまして……」

「あの人達……親父達か? 何か深雪を怒らせるようなことでも言ったか?」

「いいえ、中身は私の入学を祝うものでした。……それで、お兄様には?」

 深雪の質問に、達也は納得したように小さく頷くと、

「ああ、いつも通りだよ」

「……そうですか。いくら何でもと淡い期待をしていましたが……、お兄様にはメールの1つも……」

 深雪の声はだんだん消え入りそうなほどに小さくなっていき、顔を俯かせて体を小刻みに震わせていく。

 それと同時に、部屋の室温がみるみる下がっていった。床や壁に霜が降りて真っ白に染め上げられ、ポットに残っていたお湯がぴきぴきと音をたてて凍りついていく。

 ――魔法の暴走か!

 それに気づいた達也はすぐに深雪の元へ駆けつけ、彼女の手を取って「落ち着け」と囁いた。たったそれだけのことで、深雪の体の震えは止まり、室温も徐々に元へ戻っていく。

「……申し訳ございません、取り乱してしまって」

「会社を手伝えって命令を無視して進学したんだ、仕方ないよ」

「15歳で進学するのは当然です! それにこの件は、きちんと“話し合い”をしたうえで――」

「深雪」

 達也は深雪の手を取っていたその手を彼女の頭に移動し、優しい手つきで撫でた。彼女の頬はみるみる紅く染まり、再び昂ぶりかけていた感情を落ち着かせていく。

「高校は義務教育ではないし、手伝えってことはそれだけ当てにされてるってことさ」

「……ですが」

「それに、俺には高校入学を祝ってくれる存在がちゃんといる」

 ぴんぽーん。

「達也さーん! 深雪さーん! 一緒に学校行こー!」

 チャイムと共に玄関から聞こえてきたその声は、エリのものだった。

「深雪も昨日聞いただろう? 今日の夜、厚志さんの家で俺達の入学記念パーティーをやってくれるって。何なら新しい友人も誘ってみたらどうだ、とも言ってたな」

「……そうですね」

「俺には厚志さんやミルココやエリ、それ以外にも大勢の味方がいる。その存在のおかげで、俺は救われているんだよ。――そして、その中には当然、深雪も含まれている」

「……お兄様。ありがとうございます」

 まるで自分が励まされているかのように、深雪は目に涙を浮かべて礼を言った。そして静かに目を閉じて、自分の頭を撫でる達也の手の感触を味わっていた。

「達也さーん! 深雪さーん! もう出掛けちゃったのー?」

「いや、二人共まだ中にいるね」

「こりゃ、いつもみたいにラブラブタイムか?」

 ドンドンとドアを叩くエリ達を置いてけぼりにしながら。

 

 

 

 第一高校、1年E組。

「あ、おはよー」

「おはようございます」

 達也が教室に入ると、すでに登校していたエリカと美月が挨拶をしてきた。美月は自分の席に着いているが、エリカは本来の持ち主が別の場所でお喋りしているのを良いことに、美月の真ん前の席を陣取っていた。

「おはよう、エリカに柴田さん。柴田さんとは隣同士なんだな」

「うん、よろしくね」

「あーあ、あたしももっと席が近かったらなー」

 エリカのぼやきを聞きながら、達也はポケットから学生証代わりのカードを出して机にある穴に差し込んだ。すると先程まで何も無かった机の上に、半透明の画面とキーボードが現れた。

「あれ、達也くん何してるの?」

「選択科目の履修登録だ、さっさと済ませてしまおうと思ってね」

 達也はそう言うと、さっそく登録を開始した。

「って、キーボードで手打ち入力!」

「しかも凄い早さ……!」

 2人が驚くのも無理はない。達也はタッチパネルでの操作が主流になった現代においてキーボード操作、しかも指が目で追いきれないほどに早く動いていた。淀みない動きでどんどん登録を終えていく様に、2人は口を開けたまま黙ってその様子を見つめていた。

 と、そのとき、

「すげー! キーボードオンリーの入力なんて初めて見たぜ!」

 突然後ろから掛けられた声に、達也は作業を止めて後ろを振り返った。

 そこにいたのは、背が高く、髪は黒いがどことなく白人系を思わせる彫りの深い顔立ちをした少年だった。

「ああ、悪い。作業を止めちまったな」

「いや、気にすることはない。慣れるとこっちの方が早いんだ」

「へー。――おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前は、西城レオンハルト。親がハーフとクオーターでさ、こんな名前なんだ。レオって呼んでくれよ」

「司波達也だ、よろしく」

「おう。ところで、達也は何志望なんだ? 俺は機動隊か山岳警備隊なんだが」

「俺は実技が苦手でね、魔工師志望だ」

 達也の言葉に、傍で聞いていた美月とエリカが反応した。

「わ、私も魔工師志望です!」

「え、何々! 達也くんって、魔工師志望だったんだ!」

 2人の声に、レオは今気づいたといった感じにそちらを向いて、

「ん? 達也、こいつ誰?」

 エリカを指差して、そんなことを言った。

「うわっ、いきなり“こいつ”呼ばわりとか! もてない男の典型ね!」

「んだとっ! ちょっと面が良いからって、調子こいてんじゃねぇぞ!」

「あらぁ? もてないって図星だったぁ? ごっめーん」

「ちょ、ちょっと2人共、喧嘩は止めて……」

 どんどん口喧嘩がヒートアップしていくレオとエリカ、そしてそれを懸命に止めようとする美月の姿に、達也は静かに溜息をついた。

 このままでは他の生徒に迷惑だろうと、達也が2人に声を掛けようとしたそのとき、

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 何十年も変わらない予鈴の音と共に、1人の女性が教室の中に入ってきた。教師による授業が行われない二科生の教室に、である。当然、生徒達の表情に戸惑いの色が浮かぶ。

「皆さん、入学おめでとう。この学校の総合カウンセラー、小野遙です」

 生徒達の前で自己紹介をしたその女性は、美人と言うより可愛らしいと称される顔立ちをしていた。しかし、厚着の服の下からでも主張されている胸の膨らみが、彼女が大人の女性であることを伺わせる。

「皆さんの相談相手となり、専門的なカウンセリングが必要なときはそれを紹介する役目を負っています。もちろん、プライバシーの保護も万全です。皆さんが充実した学校生活を送れるよう全力でサポートしますので、どうぞよろしくお願いしますね」

 にっこりと笑みを浮かべてそう言う遙に、達也はこの学校のセールスポイントの一つに、充実したカウンセリング体制が挙げられることを思いだした。

「これから本校のカリキュラムに関するガイダンスの後、選択科目の履修登録を行います。もし履修登録が終わっている人がいるなら、退席しても構いませんよ」

 もちろん達也はレオに話し掛けられるまでの間に、履修登録を済ませていた。しかし今このタイミングで立ち上がるのはさすがに目立つだろうと思い、周りが動き出すまでてきとうに時間を潰すことにした。

 すると、1人の男子生徒が立ち上がり、早足で教室を出ていった。右目の目元にほくろのあるやせ形の彼に、他の生徒達の視線が集中する。

 ――うん、やはり目立つな。

 そんな彼の姿を見て、達也は改めて時間を潰すことを決めた。

「…………」

 そんな達也の姿を、遙は口元に笑みを携えて見つめていた。

 

 

 

 時間は、ほんの少し巻き戻る。

「はぁ……」

「どうしたの、深雪さん?」

 廊下を並んで歩く深雪とエリの姿に、他の生徒はまさに釘付けとなっていた。何せ新入生の中でも試験の成績が1位と2位の揃い踏みであるうえに、深雪は老若男女誰でも惹かれるほどの美貌の持ち主、エリは第一高校始まって以来の飛び級による入学者だ。自然と周りの視線も集中するというものである。

「いくら一科生と二科生で区別をつけるためとはいえ、昇降階段まで別にするのはやりすぎだとは思わない?」

「あはは、確かにちょっとね」

「せっかくお兄様と一緒の学校に進学したというのに、何もかも別だなんて寂しいわ」

「むぅー、深雪さんは私と一緒じゃ不満だっていうの?」

「そ、そんなことはないわ。そうね、エリがいてくれるんだもの、寂しいことなんて無いわよね」

 深雪が優しくエリの頭を撫でると、エリも嬉しそうに口元を綻ばせた。そしてそんな2人の仲睦まじい様子に、周りの生徒達も癒されていくのであった。

 そうこうしている内に、1年A組に到着した。

「おはようございます」

「おっはよーございまーす!」

 挨拶をしながら教室へ入ってきた2人に、先に登校していたクラスメイトは一斉に反応し、そしてざわざわと騒がしくなった。皆が近くの生徒と「総代の司波さんだ」とか「あっちは飛び級の天才だよな」とか「あの2人って知り合いだったのか」とか囁き合っている。

 そんな中、彼女達の到着に一際激しい反応を見せる者がいた。

「ほのか、司波さんが来たよ。話し掛けないの?」

「ま、待って雫! 心の準備が!」

 教室の隅の席でそんな会話を交わすのは、栗色の髪を耳の後ろ辺りで縛る少女――光井ほのかと、もみあげを長く伸ばし後ろを短く切り揃える黒髪の少女――北山雫。深雪達が来てからも無表情を貫く雫に対し、ほのかは顔を真っ赤にして慌てふためき、深雪の顔をまともに見ることすらできない。

 ほのかは入学試験のときに、たまたま深雪と一緒のグループになった。そこで彼女の実力を目の当たりにし、洗練された彼女の美貌や所作と相まって、ほのかはすっかり彼女の虜になっていたのである。入学式の日もほのかは何とか深雪に話し掛けようとしたのだが、大勢の人に阻まれて結局それは叶わなかった。

 そんな彼女だったが、なぜか深雪がこちらに向かってくるのを見て、頭がパニックになってしまった。

「し、雫! なんで司波さん、こっちに来るの!」

「……ああ、司波さんの席、私の後ろかも」

「ええっ! 早く言ってよ!」

「今思い出した。それよりほのか、もう少しで来るよ」

 雫の言葉に、ほのかのパニックは頂点に達した。彼女の頭の中では、深雪にどう話し掛けるか候補が幾つも挙がっては消えを繰り返していた。

 やがて深雪が腕を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づいたのを見て、ほのかはとうとう覚悟を決めた。

 ――とにかく、話し掛けないと!

 そしてほのかは一歩足を踏み出し、こけた。顔面からだった。痛かった。

「…………」

 終わった、とほのかは思った。

 しかし、運命の女神は彼女を見捨てなかった。

「大丈夫ですか?」

 ほのかが顔の痛みを堪えながら顔を上げると、心配そうに眉を寄せてこちらに手を差し伸べる深雪と目が合った。そしてその後ろから、エリが物珍しそうな表情で覗き込んでいる。

「あ、ありがとうございます、司波さん」

「どういたしまして。お怪我はありませんか? えっと……」

「み、光井ほのかです!」

「光井さんですね? 司波深雪です、仲良くしてくださいね」

「は、はい!」

 結果オーライ、というより深雪に助けてもらう形となった親友の姿に、雫はほとんど動かない口元をほんの少しだけ上げて笑みを浮かべた。

 すると、ほのかの名前を聞いてから何かを考えるように腕を組んでいたエリが、ぽんと手を叩いた。

「深雪さん、この人、入試で3位だった人だよ!」

「あら、そうなの?」

「そ、そんな大したことじゃ! 2位の美咲ちゃんよりも大分離れてるし!」

「あれ、私のこと知ってるの?」

 きょとんと不思議そうな表情を浮かべるエリに、雫が横から説明を入れる。

「美咲さんのことは、この学校のみんなが注目してるよ。何てったって、この学校で初めての飛び級で入学してきた生徒だし。――あ、ほのかの友人の北山雫です。お二人のお名前はかねがね」

「ほのかさんに、雫さんだね! よろしくね!」

 何やかんやあったが、こうして4人は知り合うこととなった。

 ちなみに彼女達の遣り取りを遠巻きに眺めながら、男子生徒が羨ましそうにしていたのは完全な余談である。

 

 

 いくら魔法師を育成するエリート学校とはいえ、初日から本格的な授業が始まるわけではない。一科生も二科生も、この日は上級生の授業を見学するのがメインとなる。とはいえ、一科生は教師による解説付き、二科生は基本的に放置という待遇の違いはあったが。

 とはいえ、上級生や教師による魔法を間近で見られるというのは、新入生にとっては刺激的な体験である。

「工房見学、楽しかったですね」

「ああ、実に有意義だった」

「俺にあんな細かい作業ができるかな……?」

「あんたには無理よ、決まってんでしょ」

「何だと、エリカ!」

 そして現在は、昼食の時間。達也と美月とエリカとレオの4人は、食堂の6人掛けのテーブルに座り、少々騒がしくも午前中の見学について語らっていた。

 と、そのとき、

「お兄様! ここにいらっしゃったのですね!」

「達也さん、私達も今からお昼なんだー。一緒に食べよー」

 深雪とエリが手を振りながら、達也たちのテーブルに駆け寄ってきた。ちなみに2人の後ろからは、おそらく同じクラスと思われる生徒達がぞろぞろとついて来ていた。

 そんな2人の姿を見て驚いたのは、今日初めて達也たちと知り合ったレオである。

「あれって、新入生総代の司波深雪だよな? てかその隣にいるのって、飛び級入学の美咲エリじゃねーか!」

「あらぁ、知らなかったのぉ? 達也くんは深雪のお兄さんなのよ? それにエリとも昔から仲が良いし」

「うっせーな! 仕方ねぇだろ、今日初めて会ったんだから!」

「そう言うエリカも、柴田さんに言われるまで気づかなかったじゃないか」

「ちょ、達也くん! ばらさないでよ!」

 友人と仲良く話している達也の姿に、深雪は思わず笑みを零していた。

 しかし、

「悪いが君達、ここを空けてもらえるかな? 今から深雪さんと僕達が、ここの席を使うんだ」

 深雪達の取り巻き(本人非公認)の1人である少年の言葉に、深雪の笑顔が消えた。

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