魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第30話 『大抵の面倒事は、気づいたときにはすでに手遅れになっている』

 九校戦7日目。新人戦4日目。

 この日ほど観客がどちらの競技を観るか悩む日も無いだろう。なぜなら、男子は魔法による迫力満点の戦闘を観られることで九校戦随一の人気を誇る“モノリス・コード”の予選リーグ、そして女子は華やかな衣装を身に纏い宙を舞う光景が妖精を彷彿とさせることで主に男性の心を鷲掴みにする“ミラージ・バット”の予選から決勝まで行われるためである。

 ミラージ・バットのエンジニアに選ばれている達也は、第1試合の開始時間が午前8時ということもあり、朝早くからすでにホテルを出発している。そして最愛の兄が働いているというのに寝てなんていられないと豪語する深雪は、選手でもないのに彼と一緒にホテルを出ている。

 そんな中、ミラージ・バットの選手であるはずのエリは、未だに部屋のベッドで夢と現実の間を行ったり来たりしていた。それもそのはず、彼女が出場するのは予選の最終試合であり、それが始まるのは午前11時を過ぎた頃だからである。

『妖精が踊っているようだ』と例えられるほどに華やかな印象のあるミラージ・バットだが、その試合時間は15分1ピリオドを3回という九校戦の競技中最長である。しかもピリオド間の休憩時間は僅か5分であり、つまり選手は長時間ほとんど休み無しで魔法を使い続けなければいけない。その負担たるやフルマラソンに匹敵するとも言われる、非常に過酷な競技なのである。

 そんなわけで、来たる試合に備えて英気を養っている、と言えば聞こえの良い理由により、エリは試合時間のギリギリまで眠ることにしているのである。ルームメイトである深雪もそれは理解していたので、寝ぼけながら試合をすることのない程度に早く起きるようにと忠告して部屋を出ていった。

 エリがベッドの中から時計を覗き込む。ちょうど第1試合が行われている時間である。エリは二度寝しようと決め、もぞもぞとベッドの奥へと潜り込んで――

 ぴんぽーん。

 いこうとしたところで、部屋のチャイムが鳴った。一瞬無視してしまおうかと考えたエリだったが、先輩だったら大変だと思いベッドから起き上がってドアを開けた。

「……や、やあ」

 ぎこちない笑顔を浮かべて挨拶する来訪者に、エリは意外そうに目を丸くしていた。

「森崎さん……、なんでここに? あ、深雪さんに用事? だったら達也さんと一緒だから、ミラージ・バットの会場に行った方が――」

「いや、美咲さんに用事があって来たんだ……」

「……私に?」

 緊張したように視線をさ迷わせる森崎に、エリもそれが伝染したように表情を固くする。

「……美咲さん、僕の試合を観てくれないか?」

「森崎さんの? ってことは、モノリス・コード?」

 エリの問い掛けに、森崎はこくりと頷いた。

「……スピード・シューティングで準優勝できたのは、美咲さんのおかげだと思ってる。美咲さんが試合を観てくれたら、モノリス・コードも良い成績を残せる気がするんだ」

「スピード・シューティングの成績は、普通に森崎さんの実力で勝ち取ったものだと思うけど」

「いいや、そんなことはない。あのときに美咲さんから励まされなかったら、僕は普段通りの実力も出せずに負けていたと思う。今回の1年男子みたいに」

 森崎の言葉を、エリは否定することができなかった。今回の男子の不調が達也の活躍を過度に意識しているのが要因であることは、彼ら以外のチームメイトの間では共通認識となっていたからである。

 何て言葉を掛ければ良いか、エリは頭の中で必死に考えていた。今まで異性とこうして面と向かって会話をしたことがなく、あったとしても政治や経済の話題でしかなかった彼女にとって、このようなシチュエーションはまったく免疫が無いのである。

 と、そんなとき、

「それに僕は、美咲さんに僕の試合を観てほしいと思ってる」

 森崎がまっすぐそんなことを言ってくるものだから、エリは何だかむず痒くなる心地がした。先程と同じようにエリもあちこちに視線をさ迷わせ、そして自分が今パジャマ姿であることに今更気がついた。

「……分かった。すぐに支度して会場に行くから、森崎さんも早く行って。試合開始の時間まで、あんまり余裕が無いんでしょ?」

「ははっ、大丈夫だよ。ダッシュで向かえば間に合うさ」

 森崎はそう言って、ふっと笑みを浮かべた。エリを誘うのに成功してほっとしているのか、先程までの緊張から解けて緩んだ笑顔になっている。

 そして森崎は軽く手を振って、その場を離れていった。廊下の角を曲がって彼の姿が見えなくなった後も、エリは部屋の入口に突っ立ったままだった。

 しばらくして、エリはぽつりと呟いた。

「……とりあえず、顔を洗わなきゃ」

 

 

 *         *         *

 

 

「さすが人気の競技だけあるな、こんなにも観客がいるなんて」

 会場の観客席をぎっしりと埋め尽くす人の群れに、達也は感心したようにそう零した。

 現在は第2試合が行われており、第一高校はほのかが出場していた。カラフルなユニタードにひらひらのミニスカートに袖無しジャケットを身に纏い、達也に調整してもらったCADで華麗に空を舞う彼女の姿はまさしく“妖精”と呼ぶに相応しく、そして彼女は現在他の選手よりも明らかに多くのポイントを獲得してトップに君臨していた。

「自分のことになると鈍いというのは、どうやら本当のようだね」

 そして達也の独り言に答えたのは、つい先程試合を終えたばかりである里美スバルだった。タキシードを着せれば“劇団の美少年役者”にでもなりそうなほどにボーイッシュな彼女は、達也のすぐ傍に座り込んでタオルで汗を拭っているところだった。

「鈍いのは残念ながら否定できないが……、それなら里美にはなぜこんなに観客が集まっているのか分かるのか?」

「もちろんだよ。みんなは、司波くんを観に来たのさ」

「俺を?」

「当然だろう? 君が担当した2つの競技では、いずれも第一高校が上位を独占。見る人が見れば、エンジニアの技術がそれに大きく貢献したと分かるし、ちょっと調べれば誰が担当したのかすぐに知ることができる」

 スバルの言葉を、達也は否定することができなかった。否定できる材料が何も無かった。

「他の高校にとって、司波くんは警戒すべき逸材なんだよ。さっきの試合も、君が調整してくれたCADのおかげで僕は見事予選突破さ」

 いかにも同姓受けしそうな笑みを浮かべて、スバルは腕輪型のCADを達也に見せた。

 一方彼女の言葉を聞いた達也は、何とも複雑な表情を見せていた。

 達也にとって、“司波達也”が表舞台で注目されるのはまだ早すぎた。せめて高校を卒業してからと思っていたのだが、今はまだ準備が足りなさすぎる。

 とはいえ、今の彼には手を抜くなんてことは許されなかった。誰からも期待されていなかった幼い頃ならいざ知らず、今の彼には自分を代表選手として推薦し、代表選手として迎え入れてくれて、そして代表選手として応援してくれている存在がいる。そんな彼ら彼女らのためにも、達也は負けるわけにはいかなかった。

 と、そんな存在を脳裏に思い浮かべていたそのとき、ふと達也はあることに気がついた。

「そういえば、エリはまだ会場に来ていないのか? そろそろ来ないとさすがにまずい気がするんだが」

 ほのかの試合は、現在第3ピリオドが行われている。つまりこのピリオドで試合が終了するということである。もちろんすぐさま次の試合が始まるわけではないが、そろそろ会場に来ないと試合前にかなりバタバタすることになるだろう。

「ふむ……、確かに遅いね。モノリス・コードの試合を観ていると聞いているが、まさかそれに熱中しているわけではないだろうね?」

 スバルの言葉に、達也は意外そうに目を丸くしていた。

「モノリス・コード? まさか、森崎の応援をしているということか?」

「おや、別に不思議ではないだろう? 彼だって第一高校の代表選手なんだ。同じ高校の代表選手を応援したって、別におかしいことではないさ」

「……いや、確かにその通りだが。エリが自分の試合前に、わざわざモノリス・コードの応援に行くとは思えなくてな」

「何でも、森崎くんの方から彼女を誘ったらしいよ。彼も奥手に見えて、なかなか情熱的なところがあったみたいだね」

「……森崎の方から? それはまた、どうして?」

 積極的にスバルから情報を聞き出そうとする達也に、スバルは思わず笑みを漏らしてしまった。

「司波くん、君もやはり“妹”の恋愛事情は気になるかい?」

「……別に森崎から誘ったからといって、恋愛に結びつくとは限らないぞ? それに俺が言うのも何だが、エリは恋愛の類とは最も縁の無い存在だ。俺が彼女と知り合ったのは3年前だが、その頃からクラスメイトの男子には目もくれず政治や経済に傾倒するほどなんだからな」

「司波くん、女の子というのはね、いつも一緒にいるほど親しい人間ですらびっくりするくらいに成長の早い生き物なんだよ。君にとっては恋愛よりも勉強が好きな女の子かもしれないが、君の知らない間に男性の一挙手一投足に一喜一憂する“恋する女性”に成長していることもあるんじゃないのかな?」

「……長い試合で体力が消耗している、早く部屋に戻って体を休めておくんだな」

 自分の動揺をスバルに教えるようなものだと分かってはいるが、達也は彼女との会話を打ち切らずにはいられなかった。勘の良いところのある彼女がそれに気づかないはずもなく、不敵な笑みを浮かべるも特に何も言わずにその場を去っていった。

 スバルの姿が見えなくなり、達也は大きく溜息を吐いた。

 と、そのとき、ズボンのポケットにしまっていた携帯端末が震えた。それを取って画面を見ると、エリの名前と番号が表示されている。

「どうした、エリ? もうすぐほのかの試合が終わるぞ。早く会場に来ないと――」

『ごめん、達也さん。私のエントリーを取り消してくれないかな』

 端末の向こうから聞こえてきたその声は、まるで感情を抑え込んでいるかのように抑揚の無いものだった。それを聞いた達也にも緊迫感が伝わるほどであり、けっして彼女がふざけて先程の台詞を言ったのではないことが分かる。

「……何を言ってるんだ、エリ? まさか試合直前になって怖じ気づいたとか言うんじゃないだろうな?」

『時間が無いから手短に話すね。――森崎さん達が怪我をした』

「怪我だと? モノリス・コードの試合中ということか?」

 エリに質問をぶつけながらも、達也の頭はフル回転していた。モノリス・コードは魔法を用いた直接戦闘を行う競技だ、怪我がつきまとうことは出場の段階ですでに覚悟していることである。彼女がそれを分からないはずがなく、単なる怪我でこのような電話を掛けてくるとは思えない。

 つまり、森崎達は“単なる怪我”ではないということだろうか。

「――相手チームが、反則でもしたか?」

『ごめん、あんまり話してる時間が無いの。今森崎さん達が運ばれていくところだから、私も一緒についていくね』

 そのまま電話を切りそうな勢いのエリを、達也が慌てて止めた。

「待て、エリ! 森崎達が怪我をしたことは確かに残念だが、エリが彼らの治療に立ち会う必要は無いだろう! そもそもエリは、後少しでミラージ・バットに出場するんだぞ! それを棄権してまで治療に立ち会うなんて、そんな勝手な行動が許されると――」

『大丈夫だよ、達也さん。十文字さんが許可してるから』

「なっ――!」

 エリの言葉は、達也を混乱させるには充分すぎるものだった。あの克人が、自分の試合を棄権してまで森崎に付き添うことを許可するなど考えられなかった。しかもエリはミラージ・バットの優勝候補だ、克人でなくともそのような行動を許せるはずがない。

『疑うんなら、直接十文字さんに確かめても構わないよ。とにかく、私は森崎さんの所に行くから。――あ! それと、ミラージ・バットは“棄権”じゃなくて“登録抹消”だからね! そこを間違えないでよ!』

 達也が呆然としている間に、エリはさっさと電話を切ってしまった。プープーと気の抜けた電子音のみが鳴る端末から耳を離した達也だが、再びエリに電話を掛け直す気にはなれなかった。かといって、克人に事の真相を確かめる気にもなれない。

 とにかく、今の達也には疑問が多すぎた。なぜエリが試合を放棄してまで森崎に付き添う必要があるのか。なぜ克人がそれを許可したのか。なぜエリは“登録抹消”という形に拘っているのか。

 考えたところで、答えなど出てくるはずがなかった。もう少しでほのかの試合が終わる頃だが、達也はその場を離れて運営スタッフのテントへと向かい始めた。

 理由はもちろん、エリの言った通りに登録抹消を行うためである。

 ――何が狙いなのかは分からんが、エリが意味の無い行動をするとは思えない……。ましてや、十文字会頭がそれを許可しているんだ。ここはエリの言う通りにした方が良いのだろう。

 この行動が後に自分の首を絞めることになろうとは、このとき達也は微塵も思っていなかった。

 

 

 

 エリの登録抹消を行い、試合を終えたほのかを部屋に送り届けた達也は、そのまま一高の天幕へとやって来た。

「お兄様!」

 中へ入った途端、深雪が一直線に達也の元へ駆け寄ってきた。その隣には、雫の姿もある。

 天幕の中は、パニック一歩手前の動揺に包まれていた。ここに来るまでに通った各校の天幕でも似たような雰囲気ではあったが、一高の場合はそれが顕著である。

「森崎達が怪我をしたと聞いたが?」

「相手の四高による、故意の過剰攻撃(オーバー・アタック)。明確なルール違反だよ」

「雫……、まだ故意のものと決まったわけじゃ――」

「どういう状況だったんだ?」

 深雪が雫の言葉を窘めようとするが、達也はあえてそれを遮って雫に尋ねた。

「市街地フィールドの試合で、四高の選手が“破城槌”で森崎さん達のいたビルを破壊して瓦礫の下敷きにした。試合開始直後に奇襲を受けたことから、試合開始前から魔法で策敵をしていたことは明白」

 普段あまり感情を表に出す性格ではない雫だが、説明をしているこのときは肩を震わせて怒りを露わにしていた。九校戦の中でも最も好きな競技だっただけに、それを穢されたと思っているのだろう。

 確かに彼女の言う通り、相手が建物にいるときに使用された“破城槌”は殺傷ランクAに格上げされる。いくら軍用の保護服(プロテクション・スーツ)を着用しているとはいえ、分厚いコンクリートの下敷きになっては気休めにしかならない。ヘルメットと立会人が咄嗟に加重軽減の魔法を掛けたとはいえ、森崎の治療に付き添っているエリの話によると、3人共全治2週間、最低でも3日は絶対安静らしい。

「それにしても、この事態は大会委員も慌てているだろうな……」

「それは、簡単に崩れるようなビルをスタート地点に選んだことですか?」

 深雪の問い掛けに、達也は首を横に振った。

「それもあるが、一番の問題は選手のフライングを大会委員が見抜けなかったことだろう。確かにフィールドの安全管理も重要なことだとは思うが、そもそも選手のフライングに気づけていたら起こらなかったことだからな。大会委員からしたら、新人戦のモノリス・コード自体を中止にしたいんじゃないのかな?」

「でも実際は、うちと四高を除く形で予選は続行中よ。最悪の場合は、2校共予選敗退なんてことも有り得るわ」

 そう言って3人の会話に入ってきたのは、沈痛な表情を浮かべる真由美だった。

「森崎くん達の様子を見てきたわ。3人共、想像以上に酷い状態だったわよ。思わず目を逸らしたくなるくらい」

「……エリには会いましたか?」

「ええ、会ったわ。私が話し掛けてきても返事しないで、じっと森崎くん達の治療を眺めているの。ほとんど無表情でね。なんだか私、エリちゃんを見ていて凄く心が苦しくなったわ」

 真由美はそう言って、ぎゅっと服の胸辺りを掴んだ。それを聞いた深雪と雫に彼女の思いが伝播するように、2人の表情がみるみる暗くなっていく。

 それにしても、

「先程“最悪の場合”と仰いましたが、残念ながら棄権する以外に方法は無いのでは?」

「それについては、今は十文字くんが大会委員と交渉中よ」

「……十文字会頭が、ですか」

 その名前を聞いて、達也は先程のエリとの遣り取りを思い出した。おそらく彼は、エリの企みについて何か知っている。できればそれを聞きたかったのだが、本人がいないのなら仕方ない。

「ところで達也くん、ちょっと話したいことがあるんだけど、良いかしら?」

 そう言って微笑む真由美の声には、ほんの少しだけ媚びるような響きが隠されていた。おそらく本人でも知らない内に、頼りになる後輩に甘えたいという感情が芽生えているからだろう。達也がそんなことを考えていたのは、けっして深雪の責めるような視線から逃れるためではない。

 真由美に手招きされて、達也は天幕の外へと出た。彼女がちょこちょこっと魔法を掛けると、たちまち外界から音が遮断されたフィールドが出来上がった。ここならば、内緒の話もすることができる。

「今回の件も、摩利が巻き込まれたような“妨害”によるものかしら?」

 真由美の質問に、達也の脳裏に昨日ミルココ達が捕らえた犯人のことが浮かんだ。少し考え、彼女にはそれを伝えないことを決めた。

「……肯定も否定もできませんね。確かにその可能性も考えられますが、七高も四高も何も言ってこないところを見ると、CADに証拠が残る類の細工ではないのでしょう」

「そうよね……。ねぇ、やっぱりこれって、私達一高を狙った犯行なのかしら? もしかして、春の一件による報復とか……」

「いえ、おそらく違うでしょう。単純に自分達への報復が狙いなら、九校戦なんて人目につく場所をわざわざ選ぶことはしないでしょう。春の一件とは別ですよ」

 達也がここまで断言できるのは、ホテルに侵入した犯人を捕らえているからであるが、それを話すようなことはしない。下手に話して心配されたり怪しまれたりするのを防ぐためである。

「そう……、達也くんがそう言うなら、信じてみようかしら? ――それじゃ、もう1つの質問」

 真由美はそう言うと、改めて達也に向き直った。

「もし達也くんがこのチームのキャプテンだったら、今回の事故に対してどう対処する?」

「どう、とは?」

「今、十文字くんが大会委員に交渉していることは言ったわよね? それは森崎くん達の代わりに選手をたてて試合を続行するためなんだけど、達也くんだったら同じことをするかしら?」

「……モノリス・コードは、1年男子の中でもエース級の生徒が出場します。代わりをたてても、勝ち抜くのは難しいでしょう。それよりは、モノリス・コードのポイントを全体集計から外す方がこちらの有利に働きます」

「ふふ、さすが達也くん。十文字くんも、最初はそれを考えていたわ」

 “最初は”ということは、何か考えを変えるきっかけがあったということだ。

 そこまで考えて、達也はふと或る人物の顔が脳裏に浮かんだ。

「――もしかして、エリが何か言ったんですか?」

「……本当、達也くんは凄いわね」

 真由美のその言葉は、達也の予想が当たっていることを表している。

「本当はまだ言えないんだけど、達也くんだから話すわね。――エリちゃんが十文字くんに頼んだのよ。『モノリス・コードに自分を出場させてほしい』って」

「それって――!」

 真由美の言葉に、達也は思わず声を大きくした。モノリス・コードは男子のみが出場できる競技であり、女子であるエリが出場することはできないはずだ。

「それすらも“相手の不正行為による事故”を理由に、強引に認めさせるらしいわよ。大会委員は自分達が間接的に事故を引き起こした罪悪感があるから、十文字くんが“頼めば”認めてくれるって言ってたわ」

「……エリがミラージ・バットに出なかったのは、モノリス・コードに出るためですか?」

「その通りよ。あのとき“棄権”じゃなくて“登録抹消”をするように頼んだでしょ? 下手に棄権という形にすると、もしかしたら“試合に出場していないが参加はした”って取られるかもしれないからだって」

 真由美の言葉は、というよりエリの言葉は確かにもっともだ。もしモノリス・コードに出場するのだとしたら、彼女の行動が一番の近道といえるだろう。

 しかし問題なのは、

「……そこまでして、エリはなぜモノリス・コードに出場したいのでしょうか?」

「さぁ、そこまでは……。ひょっとしたら、森崎くんの無念を晴らすためとか?」

「十文字会頭は、彼女の出場を認めていると?」

「多分ね。そうじゃなかったら、エリちゃんの行動を許可するはずがないもの」

「……そうですか」

 真由美の答えを聞きながら、達也は何だか胸の辺りがざわつく心地がした。自分に対する好意には鈍感な彼だが、自分に対する“悪意”や“危機”には敏感である。

 ――何だか、嫌な予感がするな。

 残念ながらこの手の予感が外れたことのない達也は、憂鬱な気分になるのを止められなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「どういうことだ? モノリス・コードに介入する予定は無かったはずだが?」

 横浜中華街のとあるホテルの最上階にて、茶器の並んだ円卓を囲む5人の男が目つきの悪い顔で取り囲んでいる。

「あれは我々の部下の仕業ではない。CADの細工を担当してた奴は、どこかの誰かに捕まってしまったからな。あれは完全に、四高の選手が勝手にやった事故だ」

「何はともあれ、我々に有利に働いていることは事実だ。モノリス・コードの点数は他の2倍だ、その影響はけっして小さくはないだろう」

 そう言って笑う5人だが、その表情はどこかぎこちない。強がりや空元気といった類のものであることは、傍から見れば明らかだった。

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