モノリス・コードでどのような事故が起こったとしても、エリが何かを企んでいたとしても、達也が今できることに変わりは無い。ミラージ・バットの決勝に進んだほのかとスバルのために、CADを調整することだけである。
達也は未だパニックの収まらない一高の天幕にて、1人黙々とCADを調整していた。しかし決勝戦とはいえ作戦が変わることはなく、CADの不調が無いかをチェックするに留まってはいるが。
するとそんな彼の周りに、1年女子の選手が集まっていた。リーダー格である深雪が彼に貼りついているからと見ることもできるが、彼女達の興味は明らかに彼へと向いている。
しかしそれは、彼に対して色めきたった感情を持っているからではない。
彼女達は不安だったのである。ここまで様々な事故に遭遇してきたのだ、勘の良い者なら一高が誰かに狙われていることはすぐに分かることだった。しかしそんな中、達也は“いつも通りに”CADの調整を行っている。普段と違う状況で普段と同じ彼の姿は、彼女達の心を落ち着かせるのには充分だった。
そしてそれは、これからミラージ・バットの決勝戦に出場するほのかやスバルも同じことだった。森崎達の事故を聞いて多かれ少なかれ動揺していた彼女達だが、何事も無いかのようにCADの調整を始める達也の姿に、みるみる落ち着きを取り戻していった。その変貌ぶりは、達也の方が心配してしまうほどだった。
「予選と戦い方は変わらない。とにかく、持久力が勝負だ」
達也が2人にCADを手渡した。
「“気力で勝負”は厳禁だ。必要なのは、無理のないペース配分」
ほのかとスバルはそれを受け取り、それぞれCADの挙動をチェックする。
「余計な細工も無しだ。練習のように幻影魔法でダミーをばらまくなんて作戦は、スタミナを消費するだけでしかないからな」
その言葉に、ほのかの肩がぴくりと跳ねる。
「2人共、自分の持ち味を発揮することだけを考えれば良い。それだけで、ワンツーフィニッシュは頂きだ」
達也の強気な発言に2人は最初面食らったが、すぐにその目に力を宿して頷いた。
決勝戦は、午後7時から行われる。いくら真夏とはいえ太陽はすっかり落ちており、今は星空が選手達の頭上に広がっている。
そもそもミラージ・バットという競技は、ナイター向けのものである。空中に投影したホログラム球体をスティックで打つこの競技は、ホログラム球体を見分けられることが必要不可欠だ。太陽の下ではその強烈な光のせいで見分けることが困難なため、昼になると飛行船で太陽を遮る処置も行われるほどである。
フィールドは湖面の上に足場となる円柱が点在しており、その周りを照明塔が取り囲んでいる。そしてそれぞれの円柱の上に立つ6人の選手は、体の線を際立たせる薄手のコスチュームにも拘わらず、水面に揺らめく光で幻想的な光景となっているおかげか不思議と生々しさは無かった。
この競技に勝利するためのスキルは2つ。いかに早く球体の投影位置まで辿り着くか、そしていかに早く球体の投影位置を把握するか。
空中立体映像は、映像として現れるまでにコンマ数秒のタイムラグがある。それまでに光波の揺らぎを感知することができれば、実際に映像が投影されるよりも先に動くことができる。
この光波の揺らぎに敏感なほのかは、この競技において圧倒的なアドバンテージを有していた。ホログラム球体が現れる前に動き出し、他の選手は諦めたようにそれを見送るという場面が何回も見られている。
しかしそんな彼女でも、球体が現れる前に動くことができないタイミングというものが存在する。そういう場合はいかに早くそこに辿り着くかの勝負になるのだが、同時に起動処理を始めても真っ先に跳び上がるのは決まってスバルだった。これに関してはフィールドで戦う選手よりも、フィールドの外でそれを観戦している他校のエンジニアの方が悔しそうに歯噛みしていた。
CADのハード性能には明確なレギュレーションがあるため、CADに差が表れるとすればそれはエンジニアが調整したソフト面に原因があることになる。つまりそれは、エンジニアの技術の差ということになる。
しかもほのかもスバルも、一旦跳び上がってから着地するまでの間、一度もCADを操作していなかった。つまりそれは、重力加速度を無視して一直線に跳び上がり、球体の前で静止し、得点後に放物線を描いて足場に向かい、慣性をキャンセルして着地するという一連の流れが、すべて1つの起動式に集約されていることを意味している。しかもそれを実現する起動式は、他校のエンジニアが驚くほどに小さなものだった。
起動式が小さいほど、魔法師の負担は軽くなる。起動処理の回数が少ないほど、魔法師の負担は軽くなる。
「最小の魔法力で最大の事象改変なんて、まるで“トーラス・シルバー”じゃないか!」
他校のエンジニアの1人が、忌々しげにそう吐き捨てた。
喧騒に紛れて消えるような些細なものだったが、とある1人の女子生徒にはそれがはっきりと聞こえた。
「……どうしたの、あーちゃん? 急に立ち上がっちゃって」
「い、いえ、何でもありません……」
急にはっとしたように立ち上がってそのまま硬直してしまったあずさは、真由美にそう言ってすごすごと元の席に座った。真由美は彼女を不思議そうに眺めていたが、彼女がこのような行動をするのは初めてではなかったので、特に気にすることはなかった。
――「まるで“トーラス・シルバー”じゃないか」?
先程の言葉をきっかけに、彼女の頭がフル回転を始める。
起動式の完全マニュアルアレンジ。
汎用型のメインシステムに特化型のサブシステムを繋ぐ最新研究成果の利用。
汎用型CADにループ・キャストを組み込む技術力。
“インフェルノ”に“フォノン・メーザー”に“ニブルヘイム”と、どれもこれも起動式の公開されていない高等魔法のプログラム。
今まであずさが見てきた達也の偉業が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
これだけの偉業を成し遂げることのできる達也は、もはや“まるでトーラス・シルバー”というよりも――
――「案外、達也さんみたいな人だったりして!」
と、そのとき、かつて生徒会室でエリが発言したこの台詞が唐突に頭に浮かんできた。
もしエリのこの発言が、単なる冗談じゃなかったとしたら、
――まさか? まさかまさかまさかまさか!
期待と混乱で頭の中が同じフレーズで占領されるあずさをよそに、第一ピリオドはほのかとスバルの圧倒的リードで終わった。
* * *
結局ダークホースによる大どんでん返しということもなく、新人戦ミラージ・バットはほのかとスバルのワンツーフィニッシュで幕を閉じた。達也は自身の担当した選手全員をトップ3に導く結果となり、その技術力の高さに関係者は驚きの声をあげていた。
第一高校でもその反響は大きかったが、モノリス・コードにて森崎達が怪我をしていることもあって大っぴらに喜ぶことはできない。とはいえ、新人戦躍進の原動力と言っても良い達也の待遇は、代表選手に選ばれた当初から比べると雲泥の差となっていた。
しかし達也自身はそれを喜ぶ様子は見せず、ミーティングルームへと足を運んでいた。そこにいたのは、真由美・摩利・克人・鈴音といった3年生幹部だけでなく、あずさ・服部・桐原・五十里といった2年生の主要選手の姿も見える。
そしてその中には、今日1日ずっと顔を合わせていなかったエリの姿もあった。彼女は真由美達上級生の後ろで、真剣な表情で腕を組んで何かを考えるように目を瞑っている。
「今日はご苦労様、期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」
一高のリーダーである真由美が口を開いた。それは格式張ったというよりも、形式張った言葉だった。
「……選手が頑張ってくれた、それだけのことです」
「だとしても、この功績に達也くんの力が大きく関わっていることは揺るぎない事実よ。担当した競技で事実上の無敗、現段階で新人戦トップのポイントを獲得できたのは、間違いなく達也くんの力によるものよ」
「……ありがとうございます」
このような言葉は、わざわざミーティングルームに呼び出さなくても言えることだ。ここまでの会話が単なる“前振り”であることは、勘の良い達也でなくとも分かることである。
「達也くんの活躍もあって、我が校はこのままでも充分なほどにポイントを獲得できました。現在2位である第三高校との点差はちょうど100ポイント、仮に我が校が棄権をして第三高校がモノリス・コードを優勝したとしても、第三高校との同率優勝という結果になります」
これについては、達也も充分理解している。女子新人戦に限れば第一高校がすべての競技で優勝を独占しているという過去最高の成績を修めたことが、ここまでの結果を呼び寄せたことは明白である。
「なので、本当ならば無理にモノリス・コードに出る必要は無いのかもしれません。しかし、我々はモノリス・コードの出場を続行することを決めました」
「……怪我をした選手が出られない以上、それは代役を立てるということですか?」
「ええ。本来は怪我をしても選手交代は認められないのだけど、特別な事情ということで認めてもらえたわ」
それを聞いた達也は、ちらりと克人の方へ視線を向けた。克人は達也の視線に気づきながら、それに反応する様子を見せない。
なので達也は克人からの反応を諦めると、エリへと視線を向けた。彼女は克人と違って、達也へ顔を向けてにっこりと笑ってみせた。その笑顔が作り物めいたものでなければ、普段の可愛らしい彼女として片づけることができたのだが。
「達也くんにはいち早く伝えたからもう知ってると思うけど、本人からの強い要望もあって、私達はモノリス・コードの新リーダーに美咲エリさんを指名しました。彼女には作戦立案権だけでなく、他のメンバーの任命権も与えられています」
真由美の言葉に、無表情を貫いていた達也の顔に困惑の色が浮かんだ。ちらりとエリへ視線を向けて、再び真由美へと視線を戻す。
「……自分がこうして呼ばれたということは、つまり……」
「ええ。――美咲エリさんは、あなたを第2のメンバーとして指名しました」
真由美はそう言って、すっと横に移動した。そしてその空いた空間を埋めるように、エリが前へと躍り出る。
「……一応訊く。なんで俺を選んだ?」
「そりゃ、達也さんが一番適してるって思ったからだよ。達也さんが1年生の中で一番“実戦”って面で優秀だし、私が一番よく知ってるのは達也さんと深雪さんだからね」
実戦についてはともかく、明日に残りの予選(そしてそれを通過したならば決勝も)に挑むというタイトなスケジュールである以上、気心の知れた人物と組んだ方がやりやすいという理屈はとてもよく分かる。
「しかし、なぜ選手ではなく“技術スタッフ”である俺なんだ? 新人戦には“新入生の育成”という側面もある。仮に今年は良くても、来年以降に精神的なしこりを残すことになると思うが」
達也の言葉に、しかしエリはにやりと笑って答える。
「一高のリーダーである真由美さんが指名して他のメンバーの任命権も与えた選手が、達也さんを指名した。この決定は相当重いものだよ。たとえ他の選手が納得していなくても、そんなことはまったく関係無いんだよ」
「……エリ、あのな――」
「達也さん、今は九校戦だよ? 技術スタッフだろうと何だろうと、達也さんは一高の代表選手なんだよ? そして今の私はモノリス・コードの選手の任命権において、真由美さんと同等の権力を持っていると言っても良いんだよ? 代表選手としてここに来ている以上、トップの人間の決定には従ってもらわないと駄目だからね」
エリの言葉に、周りの上級生が目を丸くして彼女を見つめていた。自分よりも何歳も年下で、本来ならば中学生になったばかりの年齢であるこの少女から、底知れない威圧感を覚えていた。その威圧感はまるで、今まさにこの部屋で彼女の話を聞いている克人のそれに似たものだった。
「達也さんが技術スタッフだの二科生だの、そんな“些細なこと”はどうでもいいんだよ。私は真由美さんに代表選手に選ばれ、他のメンバーを選任する権利を与えられ、そして私は実際に戦ってもある程度の結果を残せると誰もが認める達也さんを選んだ。――これ以上、何か説明が必要?」
「…………」
エリの言葉は、達也の反論をまったく許さないものだった。理論が完璧だから、という意味ではない。文字通りの意味として、反論を許さないのである。
つまり達也がモノリス・コードに出場することは、もはや決定事項だった。本人の意思すら必要無く、こうして達也を呼び出したのも単なる“形式的”な意味合いしか存在しない。
「……良いだろう。エリの“企み”に付き合ってやる。――それで、3人目の選手はもう決まってるのか?」
「うん、決まってるよ。でも達也さんと一緒に説得した方が良いかなって思って、今はまだ本人には伝えていないんだけど」
「……ここにいる会長達を頼らないってことは、もしかして代表選手ではないのか?」
「えっ!」
達也の指摘に戸惑いの声をあげたのは、今まで黙って事の成り行きを眺めていた服部だった。達也が説得されている間、複雑な表情を見せつつもけっして反対の声をあげなかったのは、彼が技術スタッフとはいえ一高の代表選手だからであろう。
しかしエリが3人目の選手として指名しようとしているのが代表選手ですらないとなると、話は変わってくる。
「エリちゃん、今からでも考え直してもらえないか? 代表選手の中にも、優秀な人材はいくらでもいるだろう?」
「確かに優秀な人はいっぱいいるけど、今私が求めているのとは違うんだよ」
「い、いやしかし、代表でもない者を選手として登用するなんて、いくら何でも――」
「分かりました。認めます」
「ちょっ、七草会長!」
あっさりとエリの要求を受け入れた真由美に、服部は思わず抗議の声をあげた。しかし彼のその声は、鈴音の手振りによって遮られてしまった。
「それでエリちゃん、その3人目の選手って誰なの?」
若干楽しそうな雰囲気を漂わせて問い掛けた真由美に、エリはにっこりと笑ってこう答えた。
「幹比古さんだよ」
「……なぁ、達也。本気なのか?」
「会長はともかく、会頭がこんな冗談を言うと思っているのか?」
「ちょっと達也くん、『会長はともかく』ってどういう意味かしら?」
幹比古が泊まっている部屋――つまり厚志達の泊まっているスイートルームにて、突然部屋にやって来た達也と深雪とエリ、そして真由美・摩利・克人の三巨頭の姿に目を丸くしていた幹比古は、彼らの口から伝えられた“決定事項”にさらに目を丸くしてそわそわと視線を泳がせていた。
ちなみに彼の周りには、この部屋に泊まっている全員の姿があった。つまり厚志・ミルココ・ダッチ・モカ・リカルド・マッド・エリカ・レオ・美月である。これだけ大勢が1つの部屋に集まることができるのも、スイートルームならではの広大な部屋のおかげだろう。ちなみにシャルエルも現在スイートルームにいるのだが、真由美達に見られるのは色々とまずいということで寝室に避難している。
「ミキ、ちょっとは落ち着いたら?」
「僕の名前は幹比古だ」
何十回とやってきた遣り取りのおかげか、幹比古は多少落ち着きを取り戻したように目の前の達也へと顔を向けた。とはいえ、彼の後ろには事の成り行きを見守る(そして何かあればすぐに出てくるであろう)三巨頭の姿も一緒に見えるので、けっして完全に落ち着くことはできないのだが。
「……試合は明日なんだろう? CADどころか、着る物すら準備できていないよ?」
「大丈夫だ。CADは俺が1時間でばっちり仕上げるし、着る物もこちらで用意する。幹比古は何も心配する必要は無い」
「外堀は完全に埋められてるわね。幹比古、諦めなさい」
けらけらと笑ってそう言うミルクを、幹比古はキッと睨みつけた。とはいえ、悔し紛れの八つ当たりみたいなものなので、大して迫力は無かったのだが。
それが分かっている幹比古は、小さく溜息を吐くと達也の隣にいるエリへと顔を向ける。
「……エリちゃん、なんで僕を選手に選んだんだい? 一科生の代表選手の中になら、君のお眼鏡に適う人材もいると思うんだが」
「幹比古さんが“古式魔法”を使うからだよ」
エリの答えに、幹比古は複雑な表情を浮かべた。しかしエリはそれ以上何も答えず、その代わりに達也が口を開く。
「俺は作戦をエリからすでに聞いているが、この作戦には幹比古の古式魔法が必要不可欠だ。幹比古には悪いが、はっきり言って時間が無い。これ以外の作戦を模索している時間も無いし、練習している時間も無いからぶっつけ本番で試すしかない。エリは1年生の代表選手についてほとんど知らないから、今からコミュニケーションを取っている時間も無い」
「あれ? 今回は達也くんは作戦を立てないの?」
「ある程度アドバイスはするが、今回はエリの作戦に従う。このチームのリーダーはエリで、俺はあくまでエリに選ばれただけに過ぎないからな」
「そっかー。てことは、今回は達也くんの悪知恵は無しってことだね」
「……エリカ、その言われようは酷いな」
エリカが冗談めかして達也にちょっかいを出している間も、幹比古は深刻な表情で考え込んでいた。いくら彼の出場が決定事項とはいえ、最後の踏ん切りがなかなかつかないようだ。
そんな彼の背中を後押ししようと、1人の人物が話し掛ける。
「幹比古くん、ちょうど良い機会じゃないか」
「えっ?」
その人物――厚志の言葉に、幹比古は彼へと顔を向けた。
「“あのとき”達也くんに指摘されてから、君なりに一生懸命それについて考えていたんだろう? だったらこのモノリス・コードは、君の“答え”を確かめるための絶好の機会だ。エリちゃん達は君の力を利用しようとしているんだ、だったら君もこの機会を利用すれば良い」
「厚志さん……」
厚志が話しているのは、大会前日にホテルに侵入した賊を捕らえた際に達也に指摘された“魔法の発動スピード”と“術式の無駄”についてである。あれから幹比古もそれについて考え、1人になっては色々と試行錯誤していた。しかしそれはあくまでもひっそりとやっていたことで、誰かに知られているとは思ってもいなかったのだが。
「……分かった。引き受けるよ」
幹比古の力強い返事に、達也とエリ、そしてエリカが笑顔を浮かべた。
「さて、吉田くんが引き受けてくれたことだし、私達はさっさと退散しましょうか」
「そうだな。おそらくここから先は作戦会議だろう? なら我々がいない方が都合が良いだろう」
「健闘を期待している」
幹比古の返事を受けて、結局最後まで待機する結果となった三巨頭がそう言って部屋を後にしていった。けっして彼女達が仕事をさぼったわけではなく、むしろ彼女達が出張らない状況が望ましかったので、これで良かったのである。
「あらあら、何だか面白いことになったわねぇ」
そして3人がいなくなったのを見計らって、寝室にいたシャルエルが姿を現した。にこにこと笑いながらエリの頭を優しく撫で、エリはそれに甘えるように身を任せている。
しかしそんな微笑ましい光景の中、シャルエルの目がほんの少しだけ細められた。
「さて、エリちゃん。そろそろ聞かせてほしいんだけど。――何を企んでるの?」
シャルエルのその言葉に、エリカや美月やレオ、リカルドやマッドといった面々が戸惑うような表情を浮かべた。
「企んでるも何も……、エリちゃんはただ森崎さん達の無念を晴らしたいから、そうしてるんじゃないの?」
「美月、エリは“それだけの理由”で自分の競技をすっぽかしてまで他の競技に出ようとする性格じゃないよ。いつもならば『事故は不運だったけど仕方ないよね』って考えるタイプなんだから」
エリの思考は、言うなれば達也と似たようなものである。まだまだ子供なので感情に流されることも無くはないが、基本的には物事をロジカルに考えて冷静に判断する。そして森崎は、エリが思わず感情に流されてしまうほど親しい間柄とは言えない。
「やだなぁ、ココア。私はそんな大したことは考えてないよ? 美月さんが言ったように、森崎さんの無念を晴らすために試合に出ようと思っただけだよ」
「まぁ、そこは別に後でも良いだろ。問題は作戦だ」
「それで、僕は何をすれば良いんだ?」
達也に後押しされる形で、幹比古がエリに問い掛けた。その目には先程までの迷いは一切無い。
「基本的には、幹比古さんは遊撃だね。オフェンスは達也さん、ディフェンスは私がやるから、幹比古さんは状況に応じてそれぞれの支援をしてほしいの」
「分かった。やってみるよ」
「そういや、幹比古の精霊魔法は基本的に非公開だったな。大勢の目の前で使うのはまずいか?」
「いや、秘密にしているのは魔法そのものじゃなくて発動原理だから、CADに術式をプログラムすれば使うことは可能だ」
「よし、だったらそれは俺が担当しよう。もし幹比古の方で何か要望があったら聞かせてくれ。その通りにアレンジして組み込んでおく」
「……ありがとう、達也」
幹比古の静かな、それでいて力強い返事に、達也も不敵な笑みを浮かべて頷いた。
と、そのとき、エリがふいに厚志へ顔を向けた。
「そうだ、厚志さん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど――」
ホテルのスイートルームは、夜遅くまで電気が灯ったままだった。