魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第32話 『自分にとっての“ホーム”が、相手にとっての“アウェー”とは限らない』

 九校戦8日目。新人戦5日目(最終日)。

 モノリス・コードの会場は、困惑の空気に包まれていた。一高が第2試合で相手選手の悪質な反則行為によって怪我をし、本来ならば残り2試合を不戦敗になるところを、急遽代理の選手を立てて予選を続行することが認められたからである。

 予選は各校がそれぞれ4試合行い、勝利数の多い上位4校が決勝トーナメントに進出する。勝利数が同じ場合は、試合時間の少ない方が上位となる。そしてここまでで一高は四高による反則勝ちも含めて2勝しているが、予選で戦う二高と八高に負けてしまうと決勝トーナメントの進出は叶わなくなる。

 二高と八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・三高・八高・九高。

 二高に勝って八高に負けた場合も同じ。

 二高に負けて八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・二高・三高・八高。

 つまり二高にとっては、本来ならば決勝トーナメントに進出できたにも拘わらず、一高に負けると予選敗退となってしまうのである。かといって八高に勝った後に手を抜くと、九高から八百長だと騒がれるだろう。

「というわけで、八方丸く収めるためには、一高が2敗して予選敗退が望ましいんだろうな」

「分かった。つまり文句が出る隙も生まれないほどに、相手をボコボコにすれば良いんだね?」

「よし、それで行こう」

「えっ?」

 出番間近、フィールド脇の控え室で待機していた達也とエリの会話に、何気なくそれを聞いていた幹比古が戸惑いの声をあげていた。あまりにも自然な流れだったのでスルーしかけ、聞き捨てならないと2人に疑問を投げ掛けようとしたのだが、2人があまりにも純粋な疑問の目でこちらを見つめていたのでつい引っ込んでしまった。

「どうした、幹比古? 準備はもうできたのか?」

「ああ、それは大丈夫だが。――ところで、本当にこの格好で出るのかい?」

「何だ、別におかしくはないだろ。俺も幹比古と同じ格好だし、エリなんてもっと派手だぞ?」

「いや、確かにそうなんだが……」

 幹比古は自分の着ている“それ”を見て、憂鬱そうな表情を浮かべていた。昨日は試合に対してやる気を見せていた彼だったが、思わぬ理由でその心が折れそうになっていた。

「達也さん、幹比古さん、そろそろ出番だから準備して」

「分かった」

「……分かった」

 エリの呼び掛けに達也は即座に、幹比古は若干躊躇いがちに返事をして立ち上がった。

 

 

 

 本日行われる競技はモノリス・コードだけということもあり、観客は全員こちらに集中していた。それは一高生の応援に駆けつけた者も同じであり、厚志達やレオ達といったいつものグループに加え、真由美・摩利・克人・鈴音・あずさ・桐原・紗耶香といった、厚志と面識のある魔法科高校の上級生達も一堂に会して客席に座っていた。

 そして、

「アッハッハッハッ! ミキったら、あんな嫌がってたくせに! アッハッハッハッハッ――」

「エ、エリカちゃん、ちょっと……」

 フィールドにエリ達が姿を現した途端、それを見ていたエリカが大笑いして幹比古を指差して笑っていた。隣にいた美月が恥ずかしそうにそれを止めようとするも、彼女の笑い声は止まりそうにない。

「おや、エリちゃんは随分と可愛らしい格好をしているじゃないか」

「達也くんと吉田くんの格好からして、お姫様とそれを守る従者って感じでしょうか?」

 摩利が興味深そうにエリの姿を眺め、隣の鈴音も微笑ましそうにそれを眺めている。

 3人の格好は、会場中の観客の目を惹いていた。

 エリが着ているのは、いかにも女の子が好みそうな可愛らしい装飾品で彩られ、短いスカートがひらひらと風に靡くピンク色の服だった。その手に持つのは大きなベルがよく目立つステッキであり、全体的に見ると女児アニメでよく見る“魔法少女”が着るような格好をしていた。

 一方そんな彼女に付き従うようにして現れた達也と幹比古は、白いシャツに黒い蝶ネクタイに黒いベストという、執事や召使いを連想させる服装を身に纏っていた。そしてエリカ達にはそれが、ホテルで行われた九校戦懇親会にて着用されたホテルの従業員用の制服だとすぐ気がついた。

 しかしながら、3人共着用を義務づけられたフレーム構造のヘルメットを被っているため、何ともアンバランスなものとなっていた。特にこの格好を嫌がっていた幹比古としては、結果的に1万人以上(中継で見ている人を含むと軽くその100倍)もの人に自分の姿を見られてしまうことになるため、その恥ずかしさもひとしおだろう。

「ははっ、幹比古の奴、災難だったな。そう思いませんか、リカルドさ――」

 レオもエリカのように一頻り笑った後、すぐ近くにいるリカルドに話を振ろうとそちらを振り返って、

「――――!」

 普段は滅多に見せない真剣な顔つきで3人を見つめているリカルドの姿が目に入り、レオは思わず息を呑んだ。その気配を感じたのか、リカルドはレオへと顔を向けるといつものようなお調子者の笑みを浮かべて、

「おう、まったくだな。ありゃあ誰の入れ知恵なんだ? コスプレでもして、相手の注意でも逸らす気なのか?」

「え、ええ、まったくですよね……」

 レオはその反応を不思議に感じながらも、ひょっとしたら気のせいかもしれないと思い、深く追及しないことにした。

 しかしそのような反応を見せているのは、リカルドだけではなかった。

「どうしたんだ、真由美? そんな憂鬱そうな顔をして。十文字も、何だかいつもより表情が固い気がするぞ?」

「へっ? い、いえ、ちょっと心配になってきちゃって」

「ああ。いくら美咲が優秀な生徒とはいえ、まだ年端もいかない少女だ。万が一のことが起こらないかと、つい心配になってしまってな」

「まぁ、確かにその気持ちも分からんではないが……。彼女は自分から選手に名乗り出てきたんだ、きっと勝算があるんだろう。ここは見守ってやろうじゃないか」

「……ええ、そうね」

 摩利の言葉に、真由美はにっこりと笑って再びフィールドへと顔を向けた。

「あの、厚志さん。あの格好には、どういう意味があるのでしょうか?」

「あ、私も気になる! ひょっとして、達也くんの趣味だったり?」

 紗耶香の質問に乗っかる形で、エリカも厚志に問い掛けた。厚志はいつも浮かべている笑顔を崩すことなく、

「あの格好を提案したのはエリちゃんだよ。でもそれ自体に、戦略的な意味合いは無いさ。強いて言うなら『テレビで見るヒロインの格好をすると、身が引き締まる気がする』って感じかな?」

「ああ、成程。エリも何だかんだいって、まだまだ子供なのねぇ」

 エリカがそう言ってにやにやと笑うのを横目に、桐原が厚志に顔を寄せてこそこそと話す。

「……で、実際のところはどうなんすか? あれって、どう見てもプリティ☆ベルですよね?」

「ああ、やっぱり分かるかい? 昨日の夜に貸してくれって頼まれてね……。達也くんと幹比古くんの格好は、おそらくエリちゃんの格好だけに注目されないためのカモフラージュだろう」

「そうですか……。それにしても、よくリィン・ロッドを持ち込めましたね」

「傍目には単なる子供のおもちゃだからね。この大会のレギュレーションでも余裕で通過できる」

「成程……」

 同じように声を潜める厚志の答えに、桐原は納得したように頷いて元の席に戻っていった。紗耶香が会話の内容を気にして問い掛けるが、桐原は「何でもない」と取り合わなかった。

 ――それにしても……。

 厚志はほんの僅かに目を開くと、フィールドをじっと見つめる真由美と克人の姿をちらりと見遣った。

 そして、すぐさまフィールドへと視線を戻した。

 

 

 

「美咲エリ、か……」

「あら、烈ちゃん。気になっちゃう感じ?」

 会場のVIPルームにて観戦していた烈がぽつりと呟いたその言葉に、隣にいたシャルエルがにこにこと笑顔を浮かべて食いついた。

「ええ。彼女が着ているあの服は、プリティ☆ベルの衣装ですな?」

「ええ、そうよ。どうせ知ってるだろうから言うけど、彼女が5代目プリティ☆ベルの“1人”よ」

「そうですか……。いや、私も歴代のプリティ☆ベルを何人かこの目で見ておりましてな、少々懐かしい気持ちになったものですから」

「あら、そうなの?」

「ええ。私が務めていた軍では、彼女達を“幸運と不幸を併せ持つ女神”と称しておりました」

「あらあら、確かにその通りね」

 烈の言葉に、シャルエルはくすくすと笑いを漏らした。そんな彼女から視線を逸らし、烈は再びエリへと注目する。

「――言っておくけど、下手に手を出さない方が良いわよ?」

 それは今までの彼女からは想像もつかない、とても冷たい声だった。烈は思わず、視線を再び彼女へと向ける。

 烈の目に飛び込んできた彼女の表情は、相変わらずの朗らかとした笑顔だった。

「……それは、どういう意味ですかな?」

「あら、烈ちゃんなら分かるでしょ? 彼女達がどんな存在か。まして今のプリティ☆ベルが、私達の住む“世界”に対してどのような存在か」

「……ええ、心得ているつもりですよ」

「ふふ、なら別に良いんだけどね。もし余計なことをしてくれたら、ちょっと困るなぁって。あなた達の勝手な行動で“世界滅亡”なんて、シャレにならないから気をつけてね?」

 語尾にハートマークでもつきそうな弾んだ声だったが、その内容はけっして笑って済ませられるようなものではなかった。もちろん烈がその意味を履き違えるわけもなく、彼はにこりと笑って深く頷いてみせた。

 

 

 

「とうとう出てきたね、彼が。まさか選手として来るとは思わなかったけど」

「…………」

「2丁の拳銃型に加えてブレスレット型のCADか……。彼のことだからハッタリなんてことはないんだろうけど、はたして同時に3つのデバイスなんて使いこなせるのかな?」

「…………」

「異なる系統の魔法を使いたいんなら、普通は汎用型を選ぶところだけど……。わざわざ複数のデバイスを持つその意味を、見せてもらおうか」

「…………」

「……将輝、いい加減反応してくれないと、何だか僕が馬鹿みたいなんだけど」

 厚志達から遠く離れた観客席に、将輝と真紅郎の姿があった。真紅郎が隣にいる将輝に色々と話し掛けているにも拘わらず、彼は一向にそれに答えようとしなかった。周りの観客はフィールドに注目しているのでまだ良いが、もし傍からこれを見ていたら真紅郎が彼からいじめられているように見えるだろう。

 いい加減痺れを切らした真紅郎が将輝へと視線を向けると、彼は食い入るようにフィールドに注目していた。その表情は真紅郎以上に真剣で、鬼気迫ると表現しても差し支えないほどである。

「……どうしたんだ、将輝?」

 真紅郎が将輝の視線の先を追うと、そこにはスタートラインに着く達也たち3人の姿があった。自分と同じ所に注目してるなら返事をしてくれても良いのに、と真紅郎は思いながら、ふと或ることに気がついた。

 その3人の中に、懇親会のときに目を奪われ、そして例の一高生を偵察したときに名前を出され明らかに動揺していた、あの少女の姿があることを。

「……将輝、まさかとは思うけど、あの女の子に心奪われているなんてことはないよね?」

 真紅郎が割と本気で心配するような表情で将輝にそう問い掛けると、

「……ジョージ」

 ここで初めて、将輝から反応があった。とはいえ、どうやら真紅郎の質問に答えるつもりではないようだ。

「……おまえ、3年前の“佐渡侵攻事件”を憶えているか?」

 将輝の質問は突拍子のないものだったが、彼が何の意味も無くそういうことをする人物ではないことを真紅郎は知っている。真紅郎は苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。

「……忘れたくても、忘れられるわけがないだろう。あの事件のせいで、僕の両親は亡くなったんだから」

「俺があの事件のときに、義勇兵として参加していたことは知ってるよな? ……実はそのとき、俺は彼女と出会っている」

「彼女って……、美咲エリとか! 3年前っていったら、彼女はまだ10歳にもなるかどうかって頃だよ! それなのに、彼女は兵士として戦っていたってこと?」

「いや、正確には“兵士”ではなかった。後で調べてみても、彼女の名前は軍の登録リストのどこにも記載されていなかった。……だが俺は、実際に彼女が戦っている姿をこの目で見ている」

 将輝はそう言うと、当時を思い出したのか、ぶるりと震える自分の体を押さえ込むように抱きしめた。

「……彼女は、駄目だ。絶対に喧嘩を売ってはいけない。たとえどんな事態に陥ろうと、彼女だけには敵対してはいけない」

「……ちょっと、どういうことなの? 将輝がそこまで言うなんて、彼女はいったい……」

「悪い、それは言えないんだ。――だが彼女が“ああして”戦うということは、決勝で俺達とぶつかることは決定したようなものだ。今から一高戦に向けて対策を立てなければならない」

「……分かったよ、将輝」

 将輝の尋常でない様子に只事ではない雰囲気を悟ったのか、真紅郎も真剣な顔つきで彼の言葉に応えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 モノリス・コードは、様々な条件付けをされた野外ステージで行われる競技だ。用意されているのは森林・岩場・平原・渓谷・市街地の5種類であり、今回選ばれたのは森林ステージである。

 八高は魔法科高校の中で最も野外実習に力を入れている学校であり、森林ステージは彼らにとってホームステージといえる場所だ。乱数発生プログラムによってステージが選ばれているとされているが、本来なら決勝トーナメントに上がれるはずだったチームに有利なステージが選ばれた、という作為の介入を疑いたくなる選定である。

 とはいえ、それはあくまで達也たちのことを知らない人間による評価である。達也は忍術使いである九重八雲の教えを受けており、このような遮蔽物の多い環境こそ忍術の本領が発揮される場所だった。なのでエリは元々の作戦通り達也をオフェンスに置き、幹比古を達也のサポート、そして自分をモノリスの傍に配置してディフェンスとする戦略を採った。

 互いのモノリスは、直線距離にして約800メートルほど離れている。CADを携えて、生い茂る木々の間を縫い、いつ来るか分からない敵に警戒しながら進むことを考えると、途中戦闘が無かったとしても最低で10分は掛かる距離だと見るのが普通だ。

 しかし試合開始から5分も経たない内に始まった戦闘は、八高のモノリス付近で行われていた。

 加重系の魔法で目の前のディフェンダーに片脚をつかせた達也は、魔法を使わずに持ち前の脚力で八高のモノリスへと疾走する。それを止めようとディフェンダーがCADを達也の背中へと向けるが、起動式が展開されたその瞬間、まるでサイオンが爆発するかのようにそれが掻き消されてしまった。

 ディフェンダーが驚いて立ち尽くしている間に、達也はモノリスの鍵を開く専用の魔法を放った。八高のモノリスが開き、勝利の鍵である512文字のコードが外界に晒された。このコードを審判席に送信すれば、一高の勝利となる。

 しかし達也はコードが現れたことを確認すると、すぐさま森の中へと逃げていった。さすがの彼も、敵の妨害に晒されながらコードを打ち込むのは至難の業だった。

 ディフェンダーは他の一高選手の陰を気にしながら、彼を追い掛けて森の中へと入っていった。

 

 

 

 いくらここが富士演習場とはいえ、実際に富士の樹海を使って競技をしているわけではない。演習場の一部に人工の丘陵を作り、そこに木々を移植した訓練用のステージである。すでに移植から半世紀は経って自生化しているが、たかだか800メートルの道を迷うような密林ではない。

 しかし八高のメンバーであるその選手は、完全に自分の現在位置を見失っていた。

「くそっ! こそこそ隠れてないで出てこい!」

 苛立ちのあまり声を荒げる彼だが、当然ながらそんなことで姿を現す相手ではない。彼は舌打ちをすると、先程から鬱陶しくて仕方のない耳鳴りを打ち消す魔法を発動した。そのときに使ったCADをホルスターにしまい、代わりに携帯端末型のCADを取り出し、断続的に襲い掛かる耳鳴りに対抗しながら一高のモノリスへと進んでいく――

 と、彼自身は思い込んでいるのだろう。

 本人は高周波音ばかりに気を取られて気づいていないが、彼は低周波音によって三半規管を狂わされていた。ヘルメットによって視界が制限されている中、右に左に方向転換をさせられてしまったことで、自分が今どちらを向いているのか分からなくなってしまっている。そして迷うはずのない人工的な環境という思い込みが、自分が迷っていることに気づけなくなっているのである。

 これこそ、幹比古による精霊魔法“木霊迷路”である。

 仮に彼が魔法によって方向感覚を狂わされていることに気づけたとしても、術者がどこにいるのか判別するのは非常に難しいだろう。なぜなら幹比古は精霊という独立情報体を用いて、離れた場所から彼に魔法を仕掛けているからである。

 この奇襲力が、現代魔法には無い大きな利点だ。モノリスに近づいていると思い込みながらどんどん後戻りしていく彼を尾行しながら、幹比古はどうやって彼を行動不能にしようか考えていた。

 

 

 

「……あった、モノリスだ」

 一高のモノリスから50メートルほど離れた所に、3人目の八高選手がいた。彼は木の陰に隠れながら、一高のモノリスとすぐ傍でそれを守る派手な格好をした少女の姿を確認する。

「なんでモノリス・コードに女子が出てるんだ……? しかもどう見ても年下じゃねぇか……」

 文句を垂れるような言葉を呟いてはいるが、その表情はにたにたと気味の悪い笑みを浮かべていた。彼の名誉のために書いておくが、断じて彼女に性的な興奮を覚えているわけではなく、完全に彼女のことを侮っているのである。自分よりも随分と年下、しかも体力的に劣る少女が1人しかいないという状況によって、自分が圧倒的に有利であると思い込んでしまっているのである。

 彼はホルスターからCADを抜きながら、今まで姿を隠していた木から体を離した。ほんの少し横に移動したことで、モノリスを守る少女と彼との間に奇跡的に木々が存在しない隙間が生まれる。

 その瞬間、

「え――」

 単一系移動魔法。

 それによって彼の体は不可視の力で思いっきり引っ張られ、何十本も立ち並ぶ木々の隙間を縫って宙を飛び、本人も気づかない内に一高のモノリスの前へと躍り出ていた。そして突然現れたその選手を、少女はまったく驚いた様子も無く見つめている。

 ずざざざざざ、と彼の体は大きく地面を抉りながらようやく止まった。体中に走る痛みと呼吸を妨げる砂埃に、彼は苦悶の表情を浮かべて地面に寝転がる。そしてすぐさま、モノリスの近くにいた少女――エリが彼の上に馬乗りになり、彼の鳩尾に拳銃型のCADの銃口を押しつけた。

 ずどぉん!

 CADから放たれた衝撃波で彼の体が一瞬だけびくんっと跳ねると、そのまま静かに地面に横たわったまま動かなくなった。すっかり意識を失っていることを確認したエリは、彼の被っているヘルメットを脱がして放り投げた。ヘルメットを敵に取られた選手は、以降の競技行動を禁止される。

「まずは1人。もう1人は幹比古さんの罠に掛かってるから、後は達也さんが倒しちゃえば終わりだね」

 エリは地面に横たわっている選手など気にも留めることなく、じっと森の奥を見据えて呟いた。

 

 

 

 ディフェンダーをモノリスから引き離すことに成功した達也は、“迎撃”と“連携”のどちらを選択するか迫られていた。それはすなわち、コードを打ち込むのに必要な時間ディフェンダーを行動不能にするか、彼を引きつけて幹比古にコードを送信させるか、である。

 数瞬の後、彼は“迎撃”を選択した。

 地面にCADを向けて、引き金を引いた。加重軽減の魔法により、軽く地面を蹴っただけで彼の体は数メートル上にある木の枝の上へと舞い上がった。

 魔法の行使には、エイドスから不可避の反動が生じる。今この瞬間、この場所で魔法が使われたことは八高のディフェンダーに伝わっているはずだ。もし相手が鋭敏な感覚の持ち主なら、加重軽減の魔法が使われたことすらも分かるだろう。

 達也にとっては、そちらの方が望ましいのだが。

 木の枝に着地した達也は、すぐさま隣の木へと“魔法を使わずに”飛び移った。

 そして少しして、達也が魔法を行使した場所にディフェンダーが現れた。どうやら加重軽減の魔法が使われたことも分かっているようで、彼は警戒するように目の前の木を見上げていた。

 そんな彼の背中に向けて、達也はCADの引き金を引いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「……さて、ジョージ。おまえは今の試合をどう見る?」

「それは試合の統括としてかい? それとも“彼”のこと? はたまた“彼女”のこと?」

 第一高校の勝利で幕を閉じた一高対八高の試合会場にて、将輝と真紅郎が真剣な表情を浮かべてそんな会話を交わしていた。

「そうだな……。まずは“彼”の方を頼む」

「彼は凄く戦い慣れているね。身のこなし、先読み、ポジション取り――。魔法の技能よりも、戦闘技術の方を警戒すべきだね」

「魔法技能については?」

「そうだね……。途中で八高の選手の起動式が破壊されたのは、おそらく“術式解体”(グラム・デモリッション)だろうね。確かにあれには驚かされた。――だが試合の最後に使った“共鳴”は、完全に相手の背後を狙い撃ったにも拘わらず気絶には至らなかった……。もしかしたら彼は、それほど強い魔法は使えないんじゃないかな? あるいは普段極めて高性能なデバイスを使用しているせいで、スペックの低い競技用デバイスでは力を発揮できないのかもしれない」

「確かに、あれだけのアレンジスキルがあるんだったら、普段からハードの方も高度にチューンナップされた物を使っていると考える方が自然だ。急な代役だった影響が出ているということだな」

「そう。だから彼の魔法自体に関しては“術式解体”以外の魔法はあまり警戒する必要は無いと思うよ。むしろ彼の駆け引きに嵌ってしまうことを警戒するべきだ」

「真正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、か……。――だったら、“彼女”はどうだ?」

 将輝の質問に、真紅郎は答えにくそうに口元を歪めた。

「……正直言って、分からない。結局あの試合で“彼女が使ったとはっきり分かった”魔法は、八高の選手を引き摺り込んだ移動魔法と、気絶させるのに使った発散魔法の2つだけだ。どちらも初歩的な教科書に載っているような単純なものだが、とても効率良く使われているように思える。おそらく彼女は、威力よりも効率を重視した使い方をするんだろうね」

「……“彼女が使ったとはっきり分かった”って言い回しが、妙に気になるな」

「それについては、将輝も気がついているんじゃない? ――彼女、どうやって八高の選手を見つけたんだろうね? あんな狙い澄ましたようなタイミングでの移動魔法なんて、どう考えても事前に敵の存在に気づいていたとしか思えない」

 真紅郎はそこで一旦言葉を区切ると、ふと将輝へと視線を向けた。

「将輝は彼女のことを知ってるんでしょ? いったいどのタイミングで彼女が敵の存在に気づいたか、何となくで良いから予想できないかな?」

 真紅郎の問い掛けに将輝は真剣な表情で考え、やがて口を開いた。

「……最初から、と言ったらどうする?」

「はっ? それって……どういう意味で?」

「最初から、だよ。試合が始まったその瞬間、ってことさ。もし最初から選手の1人がこちらに近づいていることが分かっていて、あそこにやって来るまでずっと彼を見張っていたんだとしたら、どうする?」

「……可能なのかい?」

「分からない。だが、やりかねない」

 将輝の口振りは、冗談を言っているようには思えなかった。そもそもこんなときに冗談を言うような性格でないことは、彼が一番よく知っている。

「……これはまた、作戦を練り直さなきゃいけないね」

 真紅郎は面倒臭そうに、しかしどこか楽しそうにそう言った。

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