魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第33話 『日々の鍛錬が試合の結果の鍵となり、試合の結果が日々の鍛錬の指針となる』

 次の一高対二高の試合は30分後に指定された。インターバルが少々短すぎる気もするが、そもそも一高の試合自体が急遽組まれたものであり、今日1日で決勝まで終わらせることを考えると致し方ないのかもしれない。

 そのインターバルの時間、一高選手の控え室にて、

「達也さん、なんかいつもより魔法の威力が弱い気がしたんだけど」

「やはり気づいたか。道具のせいにするのは言い訳がましくて見苦しいんだが、普段使っているCADよりもスペックが低い分、魔法の威力に表れているようだ」

「そっかー。オフェンスは幹比古さんに変わってもらう?」

「いや、大丈夫だ。そこまで致命的というわけでもない」

 エリと達也が普通に会話をしている中、同じ部屋にいる幹比古は2人と距離を取って居心地悪そうにしていた。

「どうした、幹比古? もっと近くに座れば良いじゃないか」

「いや……、僕はここで構わないから」

「あら、吉田くんは意外と人見知りなんですね」

 そう言ってくすくす笑ったのは、深雪だった。幹比古は彼女の言葉に、何かを誤魔化すような愛想笑いを浮かべている。

 ――いや、あなた達を見ているのが恥ずかしいんですけど……。

 深雪がなぜ選手控え室にいるかというと、試合を終えたばかりの達也をケアするためである。彼女は現在、椅子の背もたれに寄り掛かってリラックスしている彼の後ろで、その白魚のような綺麗な指で彼の肩を優しく、それでいて凝りがしっかり解れる絶妙な力加減で揉んでいた。にこにこと幸せそうに微笑むその姿は、まるで愛する夫に甲斐甲斐しく奉仕する新妻のようである。

 そんな光景が繰り広げられている控え室に、真由美とあずさの2人が入ってきた。その瞬間、あずさの顔はみるみる真っ赤に茹で上がり、真由美は逆にみるみる目つきを冷たいものにしていく。

「何だか蔑まれているような気がしますが」

「何でもないわよ。――次のステージが決まったわ」

「わざわざ会長が伝えに来たということは、何か問題でもありましたか?」

 達也の言葉に、真由美は一瞬言い淀むように視線を逸らし、すぐに部屋全体を見渡すように顔を上げた。

「次の舞台は……、市街地ステージです」

 その瞬間、エリの肩が跳ねた。

「……昨日の今日で、よく選びましたね」

「ステージの選定はランダムだもの、そういう事情は考慮されないんでしょうね」

 考慮ねえ、と達也は皮肉っぽいことを考えていたが、それを口にすることはせず、ステージに向かうために椅子から立ち上がった。それに倣い、エリと幹比古の2人も立ち上がる。

「頑張ってね、吉田くん」

「は、はい! 頑張ります!」

「エリちゃんも、頑張ってね」

「……分かった」

 すぐに擦れ違ったのでエリの表情は読み取れなかったが、彼女の返事に妙な違和感を覚えた真由美は、心配そうな表情で彼女の背中を見送った。

 

 

 

 昨日の事故にもめげず、両チームのモノリスはそれぞれビルの中層階――5階建てビルの3階に設置された。昨日の事故の責任をあくまでも認めようとしない大会運営側の態度に、達也も幹比古も胸の奥に嫌な感情が渦巻いていくのを感じる。

「とはいえ、こちらとしてはいくらでも隠れられる市街地の方が都合が良いのは確かだけどね」

「……そうだな」

 幹比古の言葉に、達也はなぜか歯切れ悪く答えた。その視線の先には、ビルの窓から外の景色をじっと見つめるエリの姿がある。

 市街地ステージはその名前の通り、まるで本物の街のような構造をしているステージである。もちろん本物ほど広いわけでもなく“箱庭”と表現できるほどのものだが、大小様々なバラエティに富んだ建物(普通のビルから公共施設、果ては学校まで備えている)に、電気や水道などのインフラまで備えつけられているという徹底ぶりである。

 そんな場所だけあって、窓の外に広がる光景もまさに街そのものだった。もしビルの向こう側にうっすらと観客席が見えなかったら、そのまま勘違いを起こしていたかもしれない。

「エリちゃん、もしかして緊張しているの? 大丈夫だよ、僕達なら勝てる」

「幹比古さん……。うん、ありがとう」

 じっと景色を眺めるエリを緊張していると思ったらしい幹比古の言葉に、彼女は一瞬何かを言いたげに口を開きかけたが、すぐに小さな笑みを浮かべて頷いた。それを見ていた達也も何か言いたげだったが、それを口に出すことはしない。

 やがて、もうすぐで試合開始であることを告げるアナウンスが辺りに流れた。幹比古の緊張感が、一気に高まってくる。

 そんな中、達也が幹比古に小声で話し掛けてきた。

「幹比古、通信機はちゃんと持っているか?」

「ああ、ちゃんと言われた通りに持ってるよ。……でも、本当に必要なのか?」

 モノリス・コードでは通信機の使用は禁止されていないが、積極的に使われることはない。電波の発信位置くらいなら簡単に割り出せてしまうし、そもそも僅か3人のチームで通信機を使わなければいけないほど距離を取ってしまうと、意味のある連携はほとんど取れなくなってしまう。

「大丈夫だ、必要となる場面は現れる。――とはいっても、1回だけだがな」

「…………?」

 達也の言葉の真意を図りかねて、幹比古は首をかしげた。

 と、そのとき、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 次の瞬間、

「達也さん、幹比古さん、見つけたよ」

「分かった」

「……えっ? 見つけたって何を?」

 エリの言葉に達也は即座に応え、幹比古は首をかしげた。

「何って、敵の居場所だけど」

「……えっ?」

 あっさりとそう答えたエリに、幹比古は間抜けな声をあげてしまった。

 しかしエリはそんな彼の様子を気にする素振りも見せず、ビルの窓に近づいてそれを開けると、その窓枠に足を掛けて、そこから勢いをつけて飛び出した。

「――エリちゃん!」

 幹比古が思わず叫び声をあげて窓へと駆け寄ると、エリの体がまるで弾丸のように宙を駆け抜けていくのが見えた。その軌道はあくまでまっすぐだったが、まるで計算され尽くしたようにビルの隙間をすれすれで抜けていく。しかし彼女の体から放たれる衝撃波のためか、彼女が通り過ぎた軌道の傍にある窓ガラスは皆ことごとく粉々に砕け散っていた。

 そして彼女の体は、50メートルほど離れた場所に建っていた5階建てのビルの窓へと突っ込んでいった。窓ガラスを粉々に粉砕しながらビルの中へと突入していったエリだが、空中で体勢を立て直すと、ずざざざざ、と床を大きく滑りながら減速をして、やがて止まった。弾丸のような勢いで窓ガラスに突っ込んだというのに、彼女の体にも衣装にも傷1つついていなかった。

 モノリスの傍で作戦会議をしていた二高の選手3人は、突然窓から飛び込んできたエリの姿に目を丸くしていた。しばらく呆然と彼女を見つめていた彼らだったが、やがて我に返ったのかはっとした表情になってホルスターからCADを抜こうと手を掛ける。

 しかし次の瞬間、体中に万力で押さえつけられるような感覚がしたかと思うと、3人は一斉に床に崩れ落ちていった。上から踏みつけられるように全身を床に隙間無く貼りつかせる彼らは、苦悶の表情を浮かべて侵入者であるエリを睨みつける。しかし体はぴくりとも動かず、必死にCADに伸ばそうとしている手もそれ以上動く気配が無かった。

 エリは右手にCADを持ちながら冷たい視線で3人を見下ろすと、衣装に忍ばせていた無線機を取り出した。

「もしもし、達也さん? 制圧したよ」

『お疲れ。今行く』

 それだけの会話で通信を終えると、エリは通信機をしまって再び二高選手へと視線を向けた。

 そして10分後、一切物陰に隠れるようなこともせずに悠々と街を歩いてやって来た達也と幹比古の手によって、モノリスの中に隠されたコードが審判席へと送信された。

 

 

 *         *         *

 

 

「あっはっはっ! さすがエリちゃんだ、一切の容赦が無い」

「試合が始まって相手チームを拘束するまで、30秒掛かってませんからね。達也たちがエリちゃんの所に来るまでの間、二高の生徒はどんな気持ちで見てたんでしょうね?」

「ねーねー、この試合に勝ったんだから、エリ達って決勝トーナメントに行けるんだよねー?」

「予選突破自体は、前の試合ですでに決まってたけどな。えーと、今の試合で勝ったから、一高は4戦全勝なんだよな? 1位突破か?」

「いいえ、三高の方が試合時間が短いから、一高は2位みたいね。ちなみに3位が八高で、4位が九高」

「あれ? ってことは、一高はまた八高と試合をするってこと?」

「いやぁ、さすがに特例で九高と戦うことになるんじゃない?」

「いやいやいや! ちょっと待てよ! 今の試合、エリは何をしたんだよ!」

 試合が終わった途端に平然とそんな会話を交わす厚志達に、むりやり割り込んで疑問の声をあげたのはレオだった。

「何って……、相手チームのビルに飛び込んで、相手チームを拘束したんだろう?」

「いやいや、厚志さん、私達が気になるのはその方法なんですって」

 厚志の答えに、エリカが右手をぴんと縦に伸ばしてふりふりと横に振りながら反論した。彼女の言葉に、周りにいる魔法科高校の生徒達が一斉に頷いてみせる。

「方法といってもね……、移動系魔法でビルまで飛んで、加重系魔法で拘束したんだろう?」

「厚志さん、それは私達にも分かります。私達が問題にしているのは、どうやってエリちゃんが相手チームの居場所を突き止めたか、ということでして」

「それともう1つ、なんであんな移動魔法を生身に掛けて平然としていられたのか」

 摩利と雫の言葉に、他の魔法科高校の生徒が一斉に頷いてみせた。

 それを見て、厚志は顎に手を当てて何かを考える素振りをすると、

「エリちゃんが何をしたか大体想像はつくけど……、残念ながら今のところは教えられないな。どこで誰が聞いてるか分からないからね、下手に教えてエリちゃん達が不利になるといけない」

「……別に居場所を知るタネがばれたからって、それだけで不利になるとは思えないけど」

 厚志の言葉に不満そうな表情を見せる彼らだったが、その中で厚志の味方になる者もいた。

「確かに、下手にエリちゃんの魔法の仕組みを口走るものではないわね。それにこういうのって、自分であれこれ考えるのが楽しいもの」

「その通りだ。どうしても気になるのなら、決勝戦が終わってから本人に訊けば良い」

 真由美と克人だった。三巨頭の内の2人がそう言っている状況で、それでもなお厚志に食い下がるような者はいない。彼らは不満そうな表情を浮かべてはいたが、大人しく席に腰を下ろした。

 厚志がちらりと2人に目配せして軽く頭を下げると、2人も同じように軽く頭を下げた。

「……やっぱり、そういうことだよねぇ」

 そしてそんな彼らの遣り取りを見て、ミルクが小さく呟いた。

 

 

 

 厚志達と同じ会場の観客席に、2人の男女が並んで座っていた。2人共目立たない夏服を着ていたので周りの観客は特に気に留めていなかったが、片方は見た目からも知性を漂わせる中年男性、もう1人は若手の秘書を思わせるような女性という、少し不思議な組み合わせだった。

「……エリちゃんったら、随分と派手なことをするわね。魔法自体は確かに単純なものだけど、あんな使い方、達也くんですらしないわよ」

「いや、いくら単純なものとはいえ、あそこまで無駄の無い魔法はかなりの技術だ。彼女に魔法を教えた“教師”の腕がよほど良いんだろうな。本当に、彼女は天才だ」

 呆れたような感心したような感想を述べるのは藤林少尉であり、フィールドを去るエリをまるで子供のように目を輝かせて見つめているのは山中軍医少佐だった。

 2人がここにいるのは、半分趣味で半分仕事だった。純粋に彼女達の戦いが気になったというものあるが、達也にエリという彼らにとって非常に重要な人物が2人も出場する競技で、万が一機密指定の魔法が衆人環視の下使われてしまったときに迅速な対応を取るためにここにいるのである。

 とはいえ達也は、人目に触れてはならない技術を苦し紛れに披露するほど脆弱な精神をしていない。なので2人は達也に関しては特に心配はしていなかった。

 問題は、エリだった。

 そもそも彼女は、2人の所属する独立魔装大隊の協力者などではない。彼女に限らずプリティ☆ベルやその関係者である天使や魔族は、日本軍に対して“中立”の立場を取っている。いくらエリが達也の仲間とはいえ、彼の仲間である独立魔装大隊も仲間である、といえるほど政治や軍事の世界は単純ではない。今日の仲間ですら、明日も仲間である保証は無いのだから。

 ではなぜ、2人はエリも気に掛けているのか。それは彼女が目をつけられることで、芋蔓式に達也のことも嗅ぎつけられるのを防ぐためである。

 にも拘わらず、エリはプリティ☆ベルとしての力をあまり隠そうとしない。もちろん積極的に見せるようなことはしないが、必要だと判断した場合は衆人の目などまったく気にせずに使ってみせるという気概すらある。

「自宅の電話に盗聴防止の細工をつい最近までやらなかったことと言い、どうして彼らはこうも危機感というものが足りないのだろうか……」

「足りないわけではありませんよ。あくまで、彼らにとっては“危機”ではないだけです」

 山中のぼやきに藤林が苦笑混じりで答えると、彼は大きな溜息をついて首を横に振った。

「とはいえ、エリちゃんの活躍のおかげで達也くんが本気を出さなくても良くなっていることは事実だ。“フラッシュ・キャスト”も“精霊の眼”も、いくら傍目には分からないとはいえ使わないに超したことはないからな」

「ですが、“フラッシュ・キャスト”に関しては、使うのもおそらく時間の問題だと思われますよ? 普段よりも低スペックのCADでは、さすがに“プリンス”と“カーディナル”の相手は難しいでしょうから」

「問題は、そのときエリちゃんがどう動くかだな……」

 2人がそう話しているときの声は、達也やエリが本気を出すのをどこかで期待しているようにも聞こえた。

 

 

 *         *         *

 

 

 厚志達の予想通り、本来なら一高と八高が準決勝を戦うはずだったところを、特例として九高と戦うことになった。その代わり、準決勝第1試合は三高対八高という組み合わせになった。

 準決勝第1試合は正午から行われる。おそらく決勝で戦うことになる(九高に勝たなければ決勝には進めないのだが、一高の誰もが自分達が決勝に進むことを信じて疑っていなかった)三高について少しでも情報を得るために、少々早い昼食を終えて“岩場ステージ”の会場に来ていた。

 カルスト地形を模した“岩場ステージ”は、“平原ステージ”に次いで遮蔽物の少ないステージだ。所々に大きな岩が突き出したり転がったりしているものの、高低差は少なく全体的に視界が広い。

 その岩と岩の間を悠然と進む、1人の選手。

 三高の一条将輝が、その姿をまったく隠すことなく“進軍”していた。当然八高の選手がそれを黙って見ているはずもなく、三高の陣地へと進んでいたオフェンスの選手までも加わって、彼に魔法の集中砲火を浴びせている。

 しかしそれでも、将輝の足は止まらなかった。移動魔法によって将輝へと迫る岩の破片はそれ以上に強力な移動魔法で撃ち落とされ、彼に直接仕掛けられた加重魔法や振動魔法は彼の周囲1メートルに張り巡らされた領域干渉によって無効化される。

「“干渉装甲”ね……。移動型領域干渉は、十文字家のお家芸だったはずだけど」

 真由美はそう呟いて、挑発ともとれる視線を隣の克人へと向けた。彼女と克人を挟む形で座る摩利も同じような視線を向けるが、彼はそれを気にする様子は無い。

「あれだけ継続的に魔法を使いながら、息切れしている様子が無い。単に演算領域の容量が大きいだけでなく、よほど“息継ぎ”が上手いんだろう。もはやセンスとしか言い様が無いな」

 普段から厳しいことで知られる克人がここまで手放しで褒めることに、それを聞いていた魔法科高校の生徒達が驚きで目を丸くしていた。それだけ将輝の魔法師としてのレベルが高いことであり、彼らは一層表情を引き締めてフィールドへと目を向ける。

 ちょうどそのとき、途絶えることのない防御に痺れを切らした八高のオフェンス選手が、攻撃を止めて三高陣地へと走り出した。

 だが、それは迂闊だった。がら空きになった背中を将輝が見逃すはずもなく、至近距離で生じた爆風によって彼は前のめりに吹き飛ばされた。

「今のは“偏倚解放”かしら? 単純に圧縮解放を使えば良いのに、結構派手好きなのね」

「真由美ちゃん、それってどんな魔法なんだい?」

 厚志からの質問に、真由美は快く答える。周りでそれを盗み聞きしようとしている生徒達の気配を感じながら。

「手間の割に効果の少ない、マイナーな魔法です。円筒の一方から空気を詰め込んで蓋をして、もう一方を目標に向けて蓋を外す、というイメージでしょうか。普通に圧縮空気を破裂させるよりも威力が出せるのと、爆発に指向性を持たせられるメリットはありますが、威力を高めるだけなら圧縮空気の量を増やせば良いですし、指向性を持たせたければ直接ぶつければ良いのですから」

「手間の割に効果が少ない、ってことは殺傷性ランクは低い?」

「ええ、Cランクよ」

 その説明を厚志の膝の上で聞いていたココアからの質問に、真由美はにっこりと笑って答えた。

「ということは、殺傷性ランクを下げるためにあえてどっちつかずの魔法を使ってるってことかな?」

「あの一条って選手は、実戦に駆り出されるだけの実力があるんでしょ? だったら“人を殺すことを目的とした魔法”の方が得意だってことだね。力がありすぎるってのも大変だね」

 そう言ってけらけらと笑うミルココに、真由美は納得したように頷き、周りの生徒達は“人を殺すことを~”の辺りで表情を曇らせていた。

 そんな会話を交わしている間にも、ディフェンスの選手2人が将輝へと襲い掛かった。岩が砕かれてその破片が彼を襲い、彼の足元では放出系魔法による鉱物の電子強制放出の影響で火花が散っている。

 どちらも規模や情報改変難度の点で“上級”と言って差し支えない魔法だ。一高との試合ではあっさり負けてしまった感のある八高だが、もし真正面からやり合えば一高はもっと苦労しただろう。

 だが将輝は、その魔法を本当に真正面から無効化した。空気塊の槌が2人に襲い掛かり、破裂と同時に2人の戦闘力と意識が消失した。

 八高選手全員が戦闘不能になったことで、試合が終了した。

 三高のモノリスの前に立っていた真紅郎ともう1人の選手は、この試合結局1歩も動くことがなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「予想以上だな、三高の“プリンス”は……」

 別の場所で先程の試合を観ていた幹比古は、正直な感想としてそんな言葉を漏らしていた。

「ああ、そうだな。……それにしても、あの戦法はどう考えても俺達に対する“挑発”だな」

「えっ?」

 達也の言葉に、幹比古は疑問の声をあげて彼を見遣る。

「一条家の戦闘スタイルは、中距離からの先制飽和攻撃だ。現に予選でも、遠方からの先制攻撃でディフェンスを無力化してる」

「あの人はこう言ってるんだよ。――『俺と正面から撃ち合ってみろ』って」

「……確かにあの防御力を考えると、遠距離からの攻撃は効果が薄い。でもわざわざ正面からの撃ち合いを選ばなくても、他にもっと方法があるだろう? 例えば、予選の市街地ステージでエリちゃんが見せたような移動魔法で、一条選手をスルーして一気に三高のモノリスに接近するとか」

 幹比古の言葉に、達也が小さく首を横に振る。

「仮にそれで一条将輝をスルーできても、今度は吉祥寺真紅郎が立ちはだかる。彼の使う“不可視の弾丸”(インビジブル・ブリット)ならば、エリの移動魔法にも対処できるだろう」

「……その魔法は、どういうものなんだい?」

「彼が発見した“基本コード”である加重系統のプラス・コードを用いて、加重という“作用力そのもの”を発生させる魔法だ」

「……作用力そのもの? いや、そもそも“基本コード”というのは何だ?」

「そうだな。まずはそこからだ」

 “加速”“加重”“移動”“振動”“収束”“発散”“吸収”“放出”の4系統8種にそれぞれ対応したプラスとマイナス、計16種類となる基本の魔法式が存在して、これを組み合わせることですべての系統魔法を構築することができる。

 これが現代わりとよく知られる“基本コード仮説”であり、そしてその基本となる魔法式こそが“基本コード”である。

 結論から言うと、基本コードを組み合わせただけでは完成しない魔法が存在することから仮説そのものは間違っているが、基本コードと呼ばれるものは存在する。

 基本コードは作用力を定義するものなので、作用力そのものを直接発生させることができる。しかも、一般的な魔法に不可欠な事象改変結果を定義する必要が無い。よって情報を書き換える必要が無いために魔法式はずっと小さなもので済むし、情報改変を妨げる“情報強化”では防御することができない。

「欠点があるとすれば、“不可視の弾丸”は作用点を認識しなければいけないというところか。エイドスではなく作用点に直接作用させることにより生まれた欠点だな。“不可視の弾丸”による攻撃は遮蔽物や領域干渉でも防御可能だが、情報強化では防げないから注意しろよ」

「わ、分かった……。それにしても、吉祥寺真紅郎という名前に聞き覚えがあると思ったら、“カーディナル・ジョージ”だったのか……」

「……ねぇ、さっきから気になることがあるんだけど」

 やけに真剣な表情でそう言うエリに、達也と幹比古が固唾を呑んで次の言葉を待つ。

「“プリンス”とか“カーディナル・ジョージ”って、その人の二つ名だよね? 誰が名付けたの? まさか本人じゃないよね?」

「……何を言うかと思えば」

 2人は呆れたように溜息をついていたが、それでもエリの真剣な表情が崩れることはなかった。

 二つ名というのは、たとえどれだけ恥ずかしい名前であろうとも本人が名付けたのではないから許される、という類のものである。本人が二つ名を付けて、しかも周りにそれがばれたときほど恥ずかしいものは無いだろう。

「“カーディナル・ジョージ”についてだが、彼の名前が世界に轟いて“キチジョウジ”も“シンクロウ”も海外の学者には発音しづらくて困っていたときに、日本文化に詳しいアメリカの学者が『キチジョウジはジョージと略すんだ』と語ったのがきっかけらしい。あくまで噂だがな」

「そういえば、“クリムゾン・プリンス”の由来は聞いたことがあるぞ。彼が義勇軍として参加した“佐渡侵攻事件”のときに、敵味方の血に塗れながらも勇敢に戦った姿を評したものらしい。けっして“血に飢えた”とかって意味じゃないからね」

「ふーん……、私も活躍すれば二つ名とかつけてもらえるかな?」

 話が随分と脱線してどうでもいい話題になったそのとき、一高の出番がやって来た。

「二つ名をつけてもらいたかったら、まずは決勝戦に進まなくちゃな。――幹比古、頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」

 幹比古はそう言って、自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 一高対九高の試合は、特筆するようなことは何も無かった。

 なぜなら、1回も戦闘が起こらなかったからである。

 試合が行われた“渓谷ステージ”は、全体が「く」の字形に湾曲した人工の谷間であり、底には水深50センチ前後の湖がある。

 この環境で幹比古が使用したのは、飽和水蒸気量に関係無く空気中の水蒸気を凝結させる古式魔法“結界”である。特定の空間に濃い霧を発生させるこの魔法に、九高の選手は四苦八苦していた。

 風を起こして霧を吹き飛ばそうとしても、“閉鎖”の概念が含まれる魔法の影響でステージ内の空気が循環するだけである。また気温を上げて飽和点を引き上げようとしても、湖からの蒸発を促して余計に霧が濃くなるだけである。そもそもこの魔法に、飽和点は関係無い。

 元々現代魔法は、霧のように実体の掴みにくいものへの対処が苦手という欠点がある。本来ならば幹比古の設定した“結界”ごと認識する必要があるのだが、古式魔法に対してそれほど知識があるわけでもない九高の生徒がそれを思いつけるはずもなかった。

 よって、意図的に周りの霧が薄くなっている達也は、誰にも邪魔されることなく九高のモノリスに辿り着き、専用の魔法でモノリスの鍵を開けた。蓋が落ちる際に大きな音がして九高選手がそれを頼りにやって来るが、すでに達也はそこから離脱していた。

 今回コードを入力するのは、幹比古である。彼は精霊と感覚を同調させて、離れた場所から九高のモノリスに刻まれたコードを読み取っていた。

 ほどなくして、審判席にコードが送信された。

 

 

 

 こうして、決勝のカードが出揃った。

 一高対三高は、午後3時半から行われる。

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