魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第34話 『問:美咲エリの作戦が“いつから”始まっていたのか答えよ』

 横浜中華街にあるビルの最上階にて。

「17号から連絡が入った。第一高校が決勝に進出したらしい」

「何だと! 奴らは急遽用意された代理の選手じゃなかったのか!」

「代理の選手といっても、1人は新人戦のクラウド・ボールで圧倒的な成績で優勝した美咲エリ、もう1人は第一高校の新人戦がここまで躍進する原動力となったエンジニア・司波達也だ。後の1人は選手登録すらされていなかった無名の選手だが、私の記憶が正しければ日本の古式魔法を使う吉田家の人間だ」

「まずいぞ。モノリス・コードのポイントは他の競技の2倍だ。もしここで優勝でもされてしまったら、もはや第一高校の優勝は決定的だぞ」

「そうなってしまっては、我々の負け分は1億ドルを超える。ステイツドルで、だ」

「ここまでの損失だ、楽には死ねんぞ? 良くて生殺しの“ジェネレーター”、適正が無ければ“ブースター”として死んでなお組織に搾り取られる末路を迎える」

「……もはや手段を選んでいる場合ではないと思うが、どうだ?」

「大会が中止になれば、払い戻しは当初の掛け金のみだ。損失ゼロとはいかないが、まだ許容範囲内だろう」

「よし。――実行は17号だけで大丈夫か?」

「多少腕が立つ程度なら、ジェネレーターの敵ではない。武器は持ち込めなかったが、素手でも100人や200人は呼吸をするように簡単に殺せるさ」

「異議は無いな? ならば、ジェネレーターのリミッターを解除しよう」

 

 

 *         *         *

 

 

 モノリス・コード決勝戦が行われる会場では、まだ試合開始まで充分時間があるというのに、すでに観客席は満杯に近くなっていた。少しでも魔法師業界に詳しい者なら誰でも知っている“クリムゾン・プリンス”に、今回の大会で突然台頭してきた天才エンジニアの直接対決だ。この対決を観ずしていったい何を観ろというのだ、と言わんばかりの勢いである。

 そんな観客の中に、じっと観客席に座ってヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)のメッセージを眺めている男がいた。存在感が希薄だからか、周りの誰も彼を気に留める様子は無い。

 そんな彼が、おもむろにHMDを脱いだ。無表情というよりは、表情が欠落しているのではと思わせるほどに“無機質”なものだった。そして彼はゆっくりと立ち上がると、座っていた席から離れて通路へと躍り出る。

 彼の5メートル前方には、母親に手を握られて歩く小学生くらいの男の子が歩いている。

 彼はそれに狙いを定めるようにじっと見つめ、そしてふいに体をびくんっと跳ねさせて自己加速魔法を展開させると、その男の子の背中に向けて1歩足を踏み出し――

「君、ちょっと良いかな?」

 そのとき、後ろから肩を叩かれた彼は、無表情のままゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは、身長2メートルで筋骨隆々、黒々と日に焼けた肌ににっこりと笑っていることで浮かび上がる真っ白な歯。そんな人間が互いの呼吸も感じるほどに顔を近づけて話し掛けてきたのである、普通の人間ならば思わず気圧されても仕方ないシチュエーションであるが、彼はそれでもその無表情を一切崩すことはなかった。

「ミルココから言われて気になったから声を掛けてみたんだが、確かにちょっと異質だね。魔法が掛かっているわけでもないのに、君のいる場所だけ気配が“欠落”している感じがする。君はいったい――」

 肩を叩いたその人物――厚志が話しているまさにそのとき、男が厚志の腹目掛けて手刀を繰り出した。普通の人間だったら右手が消失したように見えるほどに素早い動きをしたそれは、まさしく“手刀”という言葉の通り厚志の腹をその勢いのまま突き破る――

 と、思われた。

「大丈夫かい、君?」

 相変わらずの満面の笑みを浮かべて、厚志が男に話し掛けた。彼の足元には、真っ赤な血がぽたぽたと滴り落ちている。

 しかしその血の出所は、厚志ではなかった。

 男が違和感を覚えて自身の右手を覗き込むと、その右手は本来の形を保っておらず、ぐちゃぐちゃに潰れていた。骨が砕け、あちこちから皮膚を突き破って飛び出している。そして厚志の腹は傷1つついておらず、彼の腹と男の右腕との間には複雑な魔法陣が描かれた半透明のシールドが展開されている。

「おやおや、右手を怪我してるじゃないか。――今、楽にしてあげよう」

 厚志がそう言った次の瞬間、会場から2人の人間が消え失せた。

 

 

 

 一瞬意識を失って次に目を覚ましたときには、男はすでに真っ逆さまに落下している最中であり、地面まで残り3メートルを切っていた。

 通常なら恐怖でパニックになり為す術も無く地面に衝突するところだが、男はその無表情を一切崩すことなく、即座に慣性中和の魔法を発動した。3メートルという短い距離で落下スピードが急激に遅くなり、最終的には脚のバネ、腹筋や背筋や両腕まで使って落下の衝撃をすべて吸収した。

 そして男は即座に立ち上がって空を見上げ、

「あそこから間に合わせるなんて、大したものだね」

 ばきばきばきばきっ!

 落下スピードと自分の体重を乗せた厚志の拳が、男の脇腹に文字通り突き刺さった。立ち上がったばかりの男を再び地面に這い蹲らせ、骨が砕け肉が潰れる音が辺りに鳴り響く。しかしここは満員の会場の外にある人気(ひとけ)の無い広場なので、その音を聞く者は誰もいない。

「ふむ……、どう見てもただの人間には見えないね。君はいったい何者だい?」

 人間離れした手刀を魔法陣で受け止めて、成人男性の体を会場の外まで投げ飛ばし、自身も会場の外まで跳び上がり、着地する勢いでそのまま男を攻撃し、そして自分は一切の怪我無く着地してみせた厚志が、ずたずたの姿で地面に横たわっている男に対して尋ねた。

 しかしながら、男が返事をする様子は無い。

「そうか……、あくまで白を切り通すつもりなんだね」

「いや、単純に返事ができる状態じゃないだけの気もするけどね」

 後ろから聞こえてきた声に厚志が振り返ると、独立魔装大隊の大尉である柳連(やなぎむらじ)が苦笑を浮かべていた。

「というか、今の質問もそのまま君に跳ね返ってくると思うんだが、そこはどう思う?」

「ははは。それはまぁ置いておくとして、柳さんは彼のことを知っていますか?」

「ああ、知ってるよ。彼はおそらく“ジェネレーター”だ」

「ジェネレーター?」

「脳外科手術と呪術的に精製された薬品の投与によって意思と感情を奪い去り、思考活動を特定方向に統制して雑念が発生しないように調整された個体さ。魔法を“発生させる道具”、すなわち“ジェネレーター”として作られた生命兵器ってところだね」

「成程。当然ながら、正規の軍隊で採用されているようなものではないですね」

 厚志と柳がそんな会話を交わしている間にも、その男――ジェネレーター17号はそのボロボロの体に鞭を打って立ち上がった。それは彼らから逃げるためでなく、彼らを撃退するためである。“観客の殺戮”を命令された彼にとって、それ以外の行動をするなどという“プログラム”は設定されていない。

 自己加速魔法で厚志の背中に迫り、右手や全身の怪我に比べれば幾分ましな左手を突き出す。

 そして17号は、再び跳ね返された。まるでダンプカーに激突されたかのような衝撃が17号を襲い、唯一無事だった左手も巻き込んで全身を血塗れにした彼は、そのまま地面に横たわったまま動くことはなかった。

「今のは、何かの魔法かい?」

「いえ、ただの自動防御です」

「つまり意識しないでできるということか……。それでこの威力とは恐ろしいね」

「まったくですよ。おかげで私の出番が無くなってしまいました」

 血塗れのジェネレーターを視界に捉えながら会話を交わす2人に、不満の表情を浮かべながら藤林響子が姿を現した。後方スタッフ用のタイトスカートの軍服を身に纏い、ヒールをかつかつ鳴らすその姿は、やはりとても軍人には見えないというのが正直な感想である。

「それにしても厚志さん、やはりプリティ☆ベルに変身しなくても相当な実力をお持ちですね」

「いやいや、そんなことはないよ。今回は不意打ちが上手くいっただけさ」

「不意打ちを成功させる時点で、ある程度の実力はあると思うのだがね」

 仲良く会話をしている3人の足元で、ジェネレーターは時折体をびくびく痙攣させながら地面に横たわっていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 3位決定戦が終了し、決勝戦の舞台は“草原ステージ”と発表された。このステージはその名の通り、高低差も障害物も無い最もシンプルな構造をしている。

「ひとまずは、こちらの思惑通りということだな」

「ついてるね、将輝」

 その知らせを聞いたとき、三高の天幕はすでに勝利が決まったような騒ぎとなっていた。砲撃戦を得意(しかも高校生のレベルではなく)とするチームが何も阻む物が無いステージで戦うのだから、その気持ちも分からなくはないが。

「後は相手がこちらの誘いに乗ってくれるかどうか、だが……」

「“彼”に関しては、間違いなくこちらの作戦に乗ってくると思うよ。遮蔽物が無い以上、彼が得意とする攪乱は通用しない。何より彼には“術式解体”があるからね、正面から1対1で撃ち合うしか勝機は無いよ。――不安があるとすれば“彼女”の方だけど……。その辺はどうなんだい、将輝?」

「……モノリス・コードでは、殺傷性ランクがB以上の魔法は使用が禁じられている。たとえ公表されていない魔法だったとしても、後で審議されてランクB以上だと判断された場合は失格になる危険性がある。そうなると、彼女が試合で使える魔法はかなり限られてくるはずだ」

「……ということは、将輝がオフェンスとして彼を惹きつけて、僕がモノリスを守って彼女からの奇襲に備えるって作戦で大丈夫だってことだね。ここでも遮蔽物の無い草原ステージが効いてくるね。いつでも相手の様子を確認できるから、彼女が予選で使ってた正体不明の策敵魔法の意味が無い。そしてこちらも、いつでも彼女の様子を確認できる」

 真紅郎の言葉に、将輝が力強く頷いた。

「実戦だったら、おそらく俺は今でも彼女にはまるで歯が立たないだろう。だが、これはあくまでも“競技”だ。様々なルールに制限されたこの形式だったら、もしかしたら俺は彼女に一泡吹かせることができるかもしれない」

「……将輝がそこまで言う相手だ、僕も全力で掛かることにしよう。たとえ新人戦優勝を一高に取られてしまったとしても、モノリス・コードの優勝まで取られるつもりはないさ」

 チームメイトの応援を受けながら、2人は三高の天幕を後にした。

 

 

 

 決勝戦のステージに関する知らせは、一高の天幕にも届いていた。

 他に行われている競技が無いこともあって、現在この場所には代表選手が全員集まっていた。1年女子は自分達を躍進に導いてくれた達也と、女子生徒内でのマスコット的立ち位置のエリが出場していることもあり、皆が心配そうな表情で達也たちを見つめていた。反対に1年男子は、大会が始まった頃よりは露骨ではなくなったものの、未だに複雑な表情を浮かべて彼らを遠巻きに眺めている。

「遮蔽物の無い“草原ステージ”か……。厳しい戦いになったわね、達也くん」

 そしてその中には、3年幹部である真由美達の姿もあった。真由美のこの発言は、今ここにいる生徒達全員の意見を代弁していた。

 しかしながら彼女の言葉に、当の本人である達也とエリは平然とした表情をしていた。

「いえ、むしろ助かりました」

「助かった? どういうことだ? まさか強がりというわけでもあるまい」

 摩利の疑問の声に、達也が丁寧な説明を始める。

「一条家の得意な“爆裂”は、液体を気体に置き換えることによる膨張力を爆発力に利用する魔法です。そんな一条家にとって渓谷ステージや市街地ステージのような水の豊富なフィールドは、いわば大量の爆薬がステージ全域にばらまかれているようなものです。その反面、草原ステージにはそのような液体はありません。さすがの一条選手も、地下水を汲み上げて爆薬に利用するなんて芸当はできないでしょうし」

「そうは言うが、砲撃戦の得意な魔法師を遮蔽物の無いステージで迎え撃たなければいけないことに代わりはない。それに関しては相当な不利を強いられると思うが、何か策はあるのか?」

 達也の言葉に疑問を投げ掛けたのは、天幕の奥でどっしりと構えていた十文字だった。

「本来の戦い方をされたとしたら、手も足も出なかったでしょう。ですが今回の場合、一条選手がどうやら俺のことを過剰に意識しているように見受けられます。そこを突いて接近戦に持ち込められれば、やりようはあります」

「格闘技は禁止されてるぜ?」

 にやにやと笑いながら、桐原がそう言った。もちろん彼は意地悪でそう言ったのではなく、達也ならばこの事態を切り開けるだろうという確信を持っているからこその反応である。

「もちろん、把握していますよ。作戦は考えてあります」

「あら、やっぱりそうなのね? さすが達也くんだわ」

「その“さすが”というのがどういう意味なのかは図りかねますが、今回の作戦を考えたのはエリですよ」

「えぇっ! エリちゃんが!」

 その言葉に天幕中の生徒が驚きの表情を浮かべ、一斉にエリへと視線を向けた。一気に注目を浴びることとなった彼女は、照れ臭そうに頭を掻いている。

「なぁエリちゃん! いったいどんな作戦なんだよ! 勿体ぶらずに教えてくれよ!」

「桐原さん、それは本番までのお楽しみ。――達也さん、そろそろ時間かな?」

「確かにそうだな。よし、そろそろ行こうか。――ほら、幹比古も行くぞ」

「あ、あぁ……」

 達也に促されて、一言も口を開かなかった幹比古が表情を曇らせて立ち上がった。周りの生徒達も彼の様子に気がついていたが、決勝戦を前に緊張しているのだろうと思い、あえて声を掛けるようなことはしなかったのである。

「頑張ってください、お兄様!」

「エリちゃんも頑張って! 私達が応援してるから!」

「吉田くんも、頑張ってー!」

 天幕中の生徒達から応援されながら、達也たち3人は天幕を後にした。騒がしい空間から一転、3人だけの静かな空間へと早変わりする。

 会場までの道すがら、ずっとだんまりを決め込んでいた幹比古が遠慮がちに口を開いた。

「なぁ、達也……。今からでも作戦を変えるわけにはいかないかな……?」

「それを決めるのは、リーダーであるエリの役目だ」

「エリちゃん――」

「ごめんね、幹比古さん。私の我が儘に付き合って」

「幹比古、躊躇う気持ちも分からなくはないが、この作戦はおまえがキーとなる。そろそろ腹を括ってもらうぞ」

「……分かったよ。やるだけやってみるさ」

 幹比古の返事は嫌々というものだったが、それで満足したのか達也もエリも力強く頷いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 両チームの選手がフィールド上に姿を現した途端、会場中の観客が一斉に沸いた。ビリビリと空気が震えるほどの大歓声に、間違いなく今大会1番の盛り上がりであることが確信できる。

 その盛り上がりは、魔法による防音と防弾が施されたガラスに隔てられたVIPルームにも伝わってくるほどだった。その部屋の中には、ここ数日間ですっかり共に行動することが板についたシャルエルと烈の姿があり、彼女の後ろにはエミリオが一切口を開かずに付き従っている。

「さて、いよいよ決勝戦ね」

「大会前までは“クリムゾン・プリンス”と“カーディナル・ジョージ”を擁する三高が優勝すると誰もが思っていたのだが……。いやはや、やはり勝負というのは実際にやってみなければ分からないものですな」

「烈ちゃんは、どっちが勝つと思う?」

「一条将輝も吉祥寺真紅郎も、将来の日本を背負って立つ有望な魔法師です。多少実力がある程度では勝てない……と答えるのが普通なのでしょうが、いかんせん司波達也も美咲エリも実体が掴めない。正直なところ、私にも分からないというのが正直な感想ですな。――シャルエルさんは、どう思いますかな?」

「もちろん、一高よ! 達也ちゃんとエリちゃんが負けるわけないもの!」

「ははは、それでは一条選手にも吉祥寺選手にも頑張ってもらわなければいけませんな」

 シャルエルと烈は実に楽しそうに会話を交わしながら、フィールドに立つ両チームの選手を交互に見遣っていた。その中でも一際目を惹くのはやはり、可愛らしい服に身を包んだエリと、その後ろに付き従う執事のような格好をした達也と幹比古である。

「さーて、どんなことを企んでるのかしらね?」

 にこにこと笑ってそんなことを言うシャルエルの横で、烈はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 試合開始の合図と共に、両陣営の間で挨拶代わりの砲撃が交わされた。魔法による遠距離攻撃の応酬といういかにも“魔法師同士の勝負”な光景に、観客のボルテージが一気に最高潮に達する。

 両陣地の距離は、およそ600メートル。森林ステージや渓谷ステージと比べれば短い距離ではあるものの、実弾銃に照らし合わせれば狙撃銃の領域になる。

 にも拘わらず、三高からは将輝が、一高からは達也が、外見上は自動拳銃そのもののCADを互いに突きつけて撃ち合いながら、お互いに歩み寄っている。達也は予選と同じ(あまり披露する機会は無かったが)2丁拳銃スタイル、対して将輝は準決勝に使っていた汎用型を特化型に切り替えている。つまりそれは、準決勝のときに披露していた絶対防御をあえて捨てたということを意味している。

 その結果、元々大きな差のあった攻撃力がさらに広がっていた。

 将輝の攻撃は1発1発が決定的な打撃力を秘めているのに対し、右手のCADで将輝の攻撃を撃ち落とし左手のCADで攻撃を仕掛ける達也の射撃は、牽制以上のものにはなっていなかった。単に相手に届いているだけで、魔法師が無意識に展開している情報強化の防壁で防がれてしまう程度の振動魔法であり、手数も圧倒的に劣っている。

 しかし驚くべきは、“通常の意味で”総合的な魔法力が劣っている達也が、相手の攻撃に晒されながら肉眼で見ることも難しい距離を的確に狙えることである。現に魔法に詳しい観客は彼を見て、その胆力に目を丸くしている。

 しかしながら、彼をよく知る一高生徒達の顔は優れない。達也と将輝が1歩1歩近づくごとに、達也は防御に力を回すことを強いられ、その分攻撃の手数が減っていることに気がついていたからである。

「もう……! なんでエリちゃんもミキも、達也くんを助けてあげないのよ……!」

 心配そうに眉を寄せて試合を観ていたエリカが、思わず怒りの色を含ませながら呟いていた。

 

 

 

 三高の陣地内で2人が戦う様子を眺めていた真紅郎には、当然ながら将輝の方が優勢であることは分かっていた。

 しかしながらその表情には安堵は無く、むしろ不安で眉を寄せるほどである。

「なんで後ろの2人は、まったく動こうとしないんだ……?」

 達也が厳しい状況に追い込まれていることは、代表選手に選ばれるほどの実力者ならば誰でも分かることだ。しかしエリも幹比古もモノリスから1歩も動く様子は無く、ただじっと達也と将輝の戦いを眺めているだけである。

 もしや彼はただの囮で何かを仕掛けている最中なのか、とも考えたが、それにしても彼女達はあまりにも動かなさすぎる。まさか勝負を諦めているだなんてことはないだろうが、何を企んでいるのか分からないというのはそれだけで恐怖感を煽るものである。

「なぁ、ジョージ。俺もそろそろ攻撃に行こうと思うんだが」

 しかしもう1人の三高選手である彼はそんなことは考えてもいないようで、早く試合に参加したくて堪らないといった感じで体をうずうずさせていた。今まで将輝ばかり目立って自分は何もしていないことに、とうとう我慢の限界が来たのかもしれない。

「分かったよ。でも相手は2人だ、何を仕掛けてくるか分からない以上、あまり無茶はしないようにね」

 今回の試合では、真紅郎はディフェンスに徹することになっている。エリが予選の二高戦で見せた弾丸のような移動魔法による奇襲を警戒しているためであり、それに対抗できるのは即座に“不可視の弾丸”を行使できる彼だけだからである。

「おう、分かってるって。んじゃ、行ってくる」

 三高選手はそう言うと、将輝の背中を迂回して一高陣地へと駆け出した。

 それを見ていた達也が、その瞬間、慎重な歩みだったその足を疾走へと切り替えた。まるで自己加速魔法でも使ったかのようなスピードだが、将輝は慌てることなく圧縮空気弾の魔法を彼目掛けて放っていく。

 ジグザグに走りながら魔法を避ける、なんてことはしない。CADが拳銃型とはいえ、実際に手で照準をつけているわけではないからである。達也は走りながら空気中に生じる事象改変の気配に神経を張り巡らせ、“術式解体”であるサイオンの砲弾をそこにぶつけて将輝の魔法が顕在化する前に潰すということを繰り返しながら、300メートルの距離を一気に駆け抜けようとする。

 しかし相手との距離が近くなるほど、照準をつけるのが容易となる。残り50メートルを切った段階で、達也はとうとう将輝の攻撃を捌ききれなくなった。撃ち落とし損ねた圧縮空気弾が達也を襲い、彼はそれを五感すべてで察知しながら本能レベルで染みついた体術で躱し、なおも将輝へと進もうとする。

 数十メートルの距離が、達也にとって何よりも厚い壁となっていた。

 

 

 

「うーん、とうとう誤魔化しきれなくなった、って感じかな?」

 一方、達也がそんな状態になっているというのに、一高陣地から1歩も動かずにそれを眺めているエリの呟きは何とも呑気なものだった。彼女のその様子からは、今まさに大会の決勝戦が行われている真っ最中だということを微塵も感じない。

「魔法の兆候と透明な空気弾を察知しながら五感だけで攻撃を躱しきるなんて、いくら達也さんでも無理があるよねぇ……。この状況だったら“アレ”を使っても第六感とか何とか言って言い訳が効くと思うけど、達也さんはどうするかな?」

 エリの言う“アレ”とは、俗に“精霊の眼”と呼ばれている魔法である。

 その能力は、イデア(情報体が刻まれるプラットフォーム)の“景色”を見るというもの。

 単純に言えばたったこれだけなのだが、その効果は絶大だ。なぜならこの世界に存在している限りイデアに情報を刻まないものは存在せず、しかもその情報を認識して直接照準を合わせることもできる。この世界に存在している限り、“精霊の眼”から逃れることはできないのである。

 ちなみにダッチの能力として絶対的な強みを持っている“亜空間移動”だが、“精霊の眼”を使っても亜空間そのものを認識することはできないが、亜空間に潜り込んでいる存在を認識することはできる。しかもその範囲は普通の世界で使うときと同じであり、亜空間を認識する能力という限定的な面では、達也の策敵能力はミルココをも凌ぐのである。

 そんな魔法であるだけに、魔界の西軍に所属する或る天才科学者から本気で狙われたこともあるのだが、それは完全な余談である。

「ねぇねぇ、幹比古さん。達也さん、後どれくらいもつと思う?」

「…………」

「さすがに返事をする余裕は無いか。そりゃそうだよね」

 幹比古に無視されたことを気にする様子も無く、エリは再び達也と将輝の戦いへと目を向けた。

 そんな2人に対して、三高の選手が100メートルの距離まで近づいていた。

「何だ、あいつら……? 全然こっちに向かってこないじゃねぇか……。まさかこっちに気づいてないんじゃねぇよな……?」

 普通ここまで近づいたら1人くらいは迎撃に向かうはずなのに、一高のディフェンス2人はモノリスの傍から1歩も動かなかった。もしかしたら誘い込もうとしているのかもしれないと思った彼は、2人から距離を保ったまま起動式を展開する。

 使用するのは、将輝が今使っているものとは比べ物にならないほどに単純な圧縮空気弾。2人がどのような反応をするのかを知るための牽制であり、けっしてこれで仕留めようとは思っていなかった。

 狙うのは、先程からこちらを見ようともしていないエリ。

 本物の弾丸と比べたら見劣りするがそれでも充分早い空気弾が、まっすぐエリへと襲い掛かった。目には見えない透明な弾丸が、まったく防御の構えを取ろうともしない彼女へと衝突する、

 直前、

 

 

 ――バキン。

 

 

 ずどおおおおおおん!

「――――!」

 一高の陣地から100メートルほど離れた場所で突然巻き起こった爆音に、観客だけでなく、達也を攻撃していた将輝やそれを見ていた真紅郎までもが咄嗟に目を向けた。

 そして、全員が例外なく目を丸くした。

 なぜなら、まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターがぽっかりと空き、その中心で三高の選手が気絶していたからである。

「いったい何が起きたんだ……!」

 驚きのあまり一瞬だけ攻撃の手が止まった将輝を、達也が見逃すはずもない。彼は鍛え抜かれた体術を駆使して、50メートル弱はあったその距離を一気に5メートルほどまでに縮めた。

 達也ほどにもなれば、1回の呼吸で詰めることのできる間合いである。

 詰めるまでに、1回の呼吸を必要とする間合いである。

 将輝の顔に、明らかな動揺が走った。それは実戦を経験したことのある魔法師だからこそ抱いた、自分を脅かすかもしれない存在に対する恐怖である。

 そして実戦を経験している戦士は、そういった恐怖に対して、思考を挟まない脊髄反射で対抗するようにできている。

 その結果将輝は、明らかにレギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾を16発、達也に向けて放っていた。

 そしてその弾丸のすべてが、達也の体に衝突して炸裂した。

 着用しているホテルの制服はボロボロになり、体のあちこちから出血しながら地面に崩れ落ちていく達也の姿に、将輝は自分のしたことに気づいて息を呑んだ。

 明らかなルール違反を犯し、それが原因で相手に深刻なダメージを負わせてしまった。いくら衝動的な危機感に襲われて咄嗟にしてしまったこととはいえ、そして魔法による戦闘を行う以上深刻な怪我を負うのも覚悟の上とはいえ、元々正義感の強い彼がそれに対して罪悪感を覚えないはずがない。

 地面に両膝をついてそのまま上半身を倒していく達也に、将輝は思わず駆け寄って抱き留めようとした。

 まるでスローモーションのように、ゆっくりと達也が倒れていくのが分かる。

 その最中、力無く開いた彼の口から、だらりと舌が垂れるのが見えた。

 そしてその舌をよく見ると、こんな文字が描かれていた。

 

 

『ハズレ』

 

 

「――――!」

 罠だ、と将輝が気づいたときには、すでに遅かった。

 達也の体に刻まれた傷から光が漏れだした次の瞬間、達也の体が爆発した。

 爆発といっても、火薬が引火して強烈な炎と共に空気を膨張させたわけではない。彼の体から飛び出したのは、まともに見てしまったらしばらくは目が見えなくなるほどに強烈な光と、まともに聞いたら確実に鼓膜が破れるほどに強烈な音だった。

 そして彼と数メートルほどしか離れてない場所にいた将輝はその両方をまともに受け、鼓膜の破裂と三半規管をやられて意識を刈り取られていた。突然の大音量に静まり返る観客の見ている前で、将輝はどさりとフィールドに倒れたまま動かなくなる。

「……将輝?」

 そして三高の陣地でそんな彼の姿を見ていた真紅郎は、軽いパニック状態に陥っていた。

 相手選手の体が突然爆発した(?)次の瞬間に、将輝が地面に倒れている。

「将輝が……、負けた……?」

 真紅郎にとって、それは信じられない光景だった。たとえチームが負けることはあっても、将輝が負ける可能性など考えたことすらなかった。彼がやたらと警戒していたエリだったらもしかしたら、と思ったかもしれないが、相手はエンジニアとしては天才であっても魔法師としての腕はけっして脅威とは言えない達也である。

 と、そのとき、真紅郎は今更になって気がついた。

 まさかこんな高校生の試合で、彼が自分の命を懸けて自爆攻撃をしたとは思えない。

 ならば、本物の彼がどこかに潜んでいるはずである。

「――――!」

 その瞬間、真紅郎はすぐ隣で人の気配があることに気づき、ばっとそちらへと振り返った。

 先程まで姿の無かった達也がすぐ傍に立ち、こちらへと右腕を伸ばしていた。その手は親指と人差し指の先端をくっつけ、今にも弾かれようと力を溜め込んでいる状態だった。

「――じゃあな、“カーディナル・ジョージ”」

 達也はそう呟いて、指を鳴らした。

 指から放たれた音が達也の魔法によって増幅され、真紅郎の耳に鋭く突き刺さった。

 奇しくも将輝と同じ症状に陥り、真紅郎はその場に崩れ落ちていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「……勝ったの?」

「……勝った、と思う」

 目の前で起こっている出来事であり、実際にこの目で見ているにも拘わらず、ほのかの呟きは疑問形だった。そしてそれに対する雫の答えも、とてもあやふやなものだった。

 それが合図だった。誰かが歓声をあげたのを皮切りに、まるで水面に石を放り込んで出来た波紋のように、一高生の間でみるみる歓声が広がっていき、やがてスタンドを揺るがすほどの叫び声となって歓声が爆発した。それはあまりにも無邪気で純粋に自分の気持ちを表すものであり、同時に敗者である三高生を打ちのめす残酷なお祭り騒ぎであった。

 だがその騒ぎも、1人の生徒によって唐突に終わりを告げる。

 応援席の最前列に座り、両手で口を押さえながら無言で嬉し涙をぽろぽろと流す深雪の姿に、周りの生徒達は叫ぶのを止めて彼女を祝うように拍手をした。

 その拍手はやがて一高の応援席を超え、敵味方の区別無く、激闘を終えた選手を讃える拍手となって会場中に鳴り響いていった。

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