「え、ちょっと待って、どういうこと?」
会場中に鳴り響く拍手に包まれながら、真由美は頭を埋め尽くす数々の疑問に押し潰されそうになっていた。普段ならそんな彼女を止める役割を担う鈴音も、先程の試合で浮かび上がった怒濤の疑問を処理しきれず、真剣な表情で眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「ねぇ、十文字くん。今の試合で、何か分かったことはある?」
「……すまない、俺にもさっぱりだ」
克人のその言葉に、周りの一高生徒が目を丸くした。あの克人ですら、先程の試合で見られた様々な“トリック”を暴けなかったからである。
「ねぇ厚志さん、今の試合、達也くん達は何をしてたの? というか、何が起こったの?」
とうとう考えることに疲れたのか、エリカが投げやりに厚志にそう尋ねた。それと同時に、周りの一高生徒達が彼へと視線を向ける。
「そうだね……。それじゃまず、みんなが何を疑問に思っているのか挙げていこうか」
「達也くんの偽物の正体」
「司波達也がどのように身を隠していたかが気になる」
「達也の偽物が爆発したときの光と音も、考えてみれば不思議だよな。あれは何だ?」
「というか、エリちゃんとミキは何をしてたのよ! 達也くんが大変な目に遭っても、全然動こうとしないで!」
「あ! あと、エリちゃんに攻撃しようとしてた三高の選手が、何かいきなり攻撃を受けて倒れちゃったわよね。あれってなぜかしら?」
厚志の言葉を皮切りに、レオ達が次々と疑問を挙げていく。厚志はそれを聞いて頻りに頷くと、
「それじゃまずは、『達也くんがどうやって身を隠していたか』という疑問から。――とはいっても、みんなはあの魔法をその目で見ているはずだよ」
「見ている……? それっていつのことですか?」
レオの言葉に答えたのは、にやにやと笑みを浮かべるミルクだった。
「ほら、つい最近、同じように自分の姿を隠してた人がいたでしょ?」
「――ひょっとして、九島閣下のことかしら!」
真っ先に気づいたのは、真由美だった。そして彼女の叫び声に、他の面々も次々とはっとした表情になる。
彼女達の頭に浮かぶのは、九校戦が始まる前の懇親会での自分の挨拶のときに見せた、シャルエルを身代わりに立たせて自分の姿を認識させない魔法を掛けた九島烈の姿だった。
「つまり偽物の達也くんを囮として、達也くんは自分の存在を隠していたってことね」
「はぁ、さすが達也だな。いくら目の前で魔法を見ていたからって、よくそんなことを思いつくな。ていうか、よく再現できたな」
「発案者が誰かは分からないけど、その魔法を掛けていたのは幹比古くんだよ」
「えっ!」
厚志の言葉に、特にエリカが驚きの表情を浮かべていた。
「モノリスから1歩も動かないで何をしていたのかと思ったら、そんなことをやってたのかよ!」
「そう。しかもその魔法、会場全体に掛かってたみたいだね。魔法自体が意識を逸らす程度の微弱なものだからできたことだけど、それだけの大規模な魔法を継続して発動できるのは大した腕前だと思うよ」
厚志の手放しでの賞賛にほっとしたような表情を浮かべたのは、幹比古のことを昔から知っているエリカだった。
――そうか……。魔法、使えるようになってたんだね。
1年前の事故により“神童”と呼ばれていた頃の力を失ったと思われていた幹比古だが、どうやらその力はすっかり回復していたようだ。いや、これだけの広さを誇る会場全体を包み込むほどの大規模な魔法は、もしかしたら1年前の彼ですら不可能だったかもしれない。
「それで、幹比古の魔法で身を隠していた達也は、いったいどこに隠れていたんだ?」
「みんながずっと達也くんだと勘違いしていたあの偽物の、すぐ傍だよ」
「えぇっ! 全然気づかなかった!」
「そもそも将輝くんの攻撃に対処していたのは、あの偽物じゃなくて達也くん本人だからね。あの偽物にあれだけの対処は不可能なんだよ。達也くんは偽物の傍でずっと将輝くんの攻撃に対処して、あたかもあの偽物が対処しているかのように見せかけてたのさ」
「へぇ……、凄いですね……」
「そうなると、ますますあの偽物の正体が気になるところだな。あれも吉田の仕業なのか?」
「いいや、あれは幹比古くんじゃないよ。あの偽物を作り出したのは、エリちゃんさ」
厚志の答えに、質問をした克人、その隣にいる真由美、そして厚志のすぐ傍にいた桐原がぴくりと肩を震わせた。しかしそれはほとんど目立たないもので、他の一高生徒の驚きの声に隠れてしまうほどだった。
「エリちゃんが? でも誰かの偽物を作る魔法なんて、現代魔法にありましたっけ……?」
「あぁ……、そのことなんだけどねぇ……」
厚志は少し悩んだような素振りを見せると、内緒話をするようにすっと顔を寄せてきた。その場にいた全員がそれを悟り、同じように顔を寄せる。
「あんまりこれは大きな声で言わないでほしいんだけど……、エリちゃんは現代魔法以外にも別の魔法を使うんだ。むしろそっちの方が得意かな?」
「別の魔法? それってどんな――」
「レオ、厚志さんが『あまり大きな声で言わないでほしい』って言った意味が分からない? あまり詮索しないでほしいって意味よ」
レオが好奇心のまま厚志に尋ねようとしたところ、エリカが普段ではあまり見られない真剣な表情でそれを止めた。レオは思わず文句を言おうと口を開きかけたが、彼女のその表情を見て口を閉ざした。
「“ドッペルゲンガー”って知ってるかい? 自分と瓜二つな存在で、その姿を見ると死ぬって言われてるやつだけど」
厚志の問い掛けに、その場にいた全員が頷いた。魔法によって超常現象の類はほとんど廃れてしまったが、昔から語られている有名なものについては創作という形で人々の記憶に残っている。
「エリちゃんが使っていたのは、それに似た感じの魔法だね。その魔法で達也くんにそっくりな偽物を作って、本物の達也くんの動きに合わせて行動していたんだ。ちなみにその偽物には好きな魔法を仕込むことができて、エリちゃんの好きなタイミングで発動することができる」
「つまり、三高の選手が達也くんの偽物を倒したときに発動したのは、エリちゃんがあらかじめ仕込んでおいた魔法ってことですか?」
真由美の言葉に、厚志はにっこりと笑って頷いた。
「それにしても、随分恐ろしい魔法だな。自分が戦っている相手が、いきなり魔法を発動して爆発するんだろ? しかもそれを操っているエリちゃんは、そこから遠く離れた所で高見の見物ときている」
「それだけではない。任意の魔法を仕込むことができるとするならば、強力だが射程距離の短い魔法をあらかじめ仕込んでおけば、本来よりもかなり離れた場所でその魔法を発動させることができる。戦闘において、射程距離というのはかなり重要な要素だからな」
克人の言葉を聞いて、厚志は思わず感心の表情を浮かべていた。たったこれだけの説明で、エリのドッペルゲンガーの“真の恐ろしさ”に気づけるとは。
「さてと、ここまでで大分みんなの質問に答えられたね。後は――」
「エリちゃんを攻撃した三高の選手が、なぜ逆に攻撃を受けて倒れたのか、です」
厚志の言葉に被せるようにして答えた鈴音に、周りの生徒達が意外そうに目を丸くしていた。普段の冷静沈着な彼女からは考えられないほど、今の彼女は疑問を解消したいという欲求に対して忠実だった。
「でもあれって、三高の選手が攻撃したタイミングで、エリちゃんがそいつを攻撃したってことじゃないのか?」
「いや、美咲はあのとき、攻撃を受ける前も後も攻撃態勢に入った様子は無かった。完全な棒立ちの状態で、司波と一条の戦いを眺めていたはずだ」
克人のその言葉は、断言とも表現できるほどに力強いものだった。会場のほとんどが達也と将輝の勝負に目を奪われていた中、彼はフィールド全体を見渡すことができていたのだろう。おそらく鈴音も同じで、だからこそエリが完全な棒立ちの状態で相手を倒してみせたことに疑問を抱いたのである。
全員の視線が厚志へと向く。それを感じた彼は、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「あれも現代魔法とは違う別の魔法の能力なんだけど……、エリちゃんはあれに関しては、まったく意識していなかったと思うんだよね」
「意識してなかった? それでどうやって魔法を発動させたんですか?」
厚志の言葉に皆が疑問で首をかしげる中、鈴音がぽつりと呟いた。
「……もしかして、自動発動ということですか?」
「その通り。彼女はあの魔法を使っているとき、自動的に見えないシールドに守られているんだ」
「シールド? 防御魔法ってことですか?」
「でも本人の意思に関係無く発動するシールドって、何か凄くずるい気がするんだけど」
「……ん? ちょっと待って。ただの防御魔法なら、三高の選手の攻撃魔法を防いで終わりよね。なのに三高の選手が逆に爆撃を受けて倒れたってことは、まさかそのシールドには反射機能も備わってるとか?」
「えぇっ! ってことは、相手の攻撃を“そのまま”跳ね返すシールドを、エリちゃんは無意識に発動できるってこと?」
「マジかよ、すげぇ便利じゃん!」
厚志のちょっとしたヒントだけで、彼らはエリの魔法についてあれこれ議論を交わしていた。本当は魔法をただ跳ね返すのではなく、魔法の威力を“何倍にも増幅させて”跳ね返すのだが、厚志がそれを指摘することはない。もしこの能力がばれてしまったら、下手をすれば殺傷性ランクの規定に引っ掛かるかもしれないからだ。
と、そのとき、ふいに美月が思い出したように口を開いた。
「あ、あの……、もう1つ疑問に思ったことがあるんですけど、良いですか?」
「うん、良いよ。何かな?」
「三高の選手と戦っていた達也くんがエリちゃんの生み出した偽物だってことは分かりましたが、それじゃ本物の達也くんはいつ偽物とすり替わったんでしょうか? 私はずっと達也くんばかり見ていましたが、すり替わったようにはとても見えませんでしたが……」
「達也くんをずっと見てたって、そんなに美月ちゃんは達也くんに夢中だったの?」
「ち、違うよエリカちゃん! 私はただ達也くんが心配で――」
「それで厚志さん、実際のところ達也はいつ偽物とすり替わったんですか?」
エリカと美月の喧騒を無視してレオがそう尋ねると、厚志は顎に手を当ててしばらく考え込む素振りを見せる。
そして皆が注目している中、厚志は口を開いた。
「さすがに私もそこまでは分からないな。3人共、とても上手くすり替えたようだね」
「なーんだ、厚志さんもさすがにそこまでは分からないか」
「まぁ、後で達也に聞けばいいしな」
「あ! それじゃ達也くんに聞く前に、アタシ達でそのタイミングを暴くってのはどう?」
「おっ、何か面白そうじゃねぇか! そうだな、俺は――」
わいわいと楽しそうに、彼らは先程の試合についてあれこれ考察していた。魔法科高校に入学するだけでも普通の高校でトップレベルの頭脳を持つと評されるだけあって、基本的に何かを考えることに対してはそれほど苦痛には感じないのだろう。
そんな彼女達を横目に、
「…………」
厚志はフィールドに立つエリの姿を、じっと見つめていた。
* * *
森崎が目を覚ましたとき、まず目に飛び込んできたのは、ここ2日間飽きるほど見続けている天井だった。医療系の部屋は壁も天井も真っ白というのが一昔前の常識だったのだが、真っ白な壁は患者に圧迫感を与えることが科学的に証明された背景もあり、現在はほとんどの病院がパステルカラーを主流としている。
「…………」
とはいえ、絶対安静を言い渡されている森崎にとっては、天井が何色だろうと退屈であることには変わりなかった。寝ることしかできないという状態だと、普段からは考えられないほどに頭が回るものである。
もちろん、ネガティブな考えでさえ。
「……くそっ」
スピード・シューティングで準優勝という結果に終わってしまった以上、彼に残された名誉挽回のチャンスはモノリス・コードだけだった。おそらく決勝で当たることになったであろう吉祥寺真紅郎との雪辱戦もそうだが、今の彼にとって“優勝”という2文字は特別な意味を持っていた。
しかしそれは、大会の途中まで胸に渦巻いていた“達也に対する劣等感から来る焦り”といったものではなかった。エリの言葉によってそのような想いから解放された彼にとって、彼女に対する恩返しのためにどうしても優勝という名誉が欲しかったのである。
しかし結果は、大怪我によるリタイアという何ともやるせないものだった。自分のミスで怪我をしたならまだ諦めもついたのだが、その原因が相手選手の反則というのだからやりきれない。
そしてさらに彼の心をざわつかせる原因となっているのが、自分の代わりに出場する選手の1人にあの達也が含まれていることだ。しかも彼は、真由美に指名されたエリが最初にパートナーとして選んだのだという。もちろん、急な代役による試合なのだから気心の知れたパートナーの方が都合が良いのは分かっているし、彼の実力ならば実戦でも充分活躍できることも分かっている。
だが、いくら吹っ切れたとはいえ、元々心の中にあった感情というのはふとしたきっかけで簡単に蘇るものである。特にこうして何もできないときには、嫌でも頭の中がそのような感情で埋め尽くされてしまう。
「……何で僕が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」
「本当、その通りだよね」
「――――!」
突然傍から聞こえてきたその声に、森崎は飛び跳ねるように(絶対安静な彼はもちろんそんなことはできないので、あくまで“それくらいの勢いで”という意味である)隣に目を遣ると、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべるエリの姿があった。
「み、美咲さん! どうしてこんな所に――」
「もちろん、お見舞いだよ。――それに、報告したいこともあるしね」
エリの言葉に、森崎はすぐに悟った。彼女のどこか楽しそうな雰囲気を見ればすぐに分かるし、そもそも彼女が誰かに負ける姿が想像できない。
「……モノリス・コード、優勝したのか」
「まぁね」
「そうか……、おめでとう」
森崎のその言葉は、心の底から本気で思ったことだ。それは間違いない。
だがそれと同時に、森崎の心にずきりと痛みが走ったこともまた事実だった。自分が必死になって目指していたものが、彼女にとっては特に感慨深いものでもなかったという事実が、彼の心にうすら暗いものを残していく。
「……ねぇ、美咲さん」
「んー?」
「美咲さんは、どうしてモノリス・コードに出ようと思ったんだ? 自分の競技を棄権してまで」
「なんでって……、森崎さんが怪我をしたからだよ」
「……僕、が?」
意外な答え(と本人は思っている)に、森崎は思わず変な声をあげてしまった。顔が紅くなり、熱が集まっていくのを自覚する。
「森崎さんが怪我する瞬間を観客席で観て、いても立ってもいられなくなったんだよ。せっかく森崎さんはこの日のために必死に努力したのに、それを相手チームが反則したせいでそれ以上戦うことができなくなっちゃったんだから。だから克人さんにかなり無理を言って、モノリス・コードに出場させてもらったんだよ」
「……そ、そうか、ぼ、僕のため、ね……」
森崎はそう言って、エリから目を逸らして明後日の方を向いてしまった。顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まり、ベタな表現をするならば、やかんを置いたら今すぐにでも沸騰してしまいそうである。
しかしエリはそんな森崎の様子を気にすることなく、部屋の壁に掛かっている時計に目を遣るとおもむろに立ち上がり、
「ごめん、森崎さん。この後ちょっと用事があるんだ、今日はもう帰るね」
「……え? あ、ああ、分かった。君の友人達も、君のことを祝いたいだろうからね。早く帰ってあげると良いよ」
「うん、そうする。じゃあね、森崎さん」
にかっと満面の笑みを浮かべたエリは、手を振ってそう言い残すと部屋を出ていった。
彼女の姿が消えた後も、森崎はドアをじっと見つめていた。
「……そうか、僕のため、か……」
「やはり、ここにいたか」
「あ、克人さん」
エリが森崎の病室を出て少し歩いた所で、克人と出くわした。彼のその口振りからして、どうやら彼女のことを探していたらしい。
試合が終わってからエリが克人と会うのは、これが初めてである。彼女達の活躍もあって、一高は2位の三高を圧倒的に引き離して新人戦優勝を果たした。この戦果は一高総合優勝の大きな原動力となり、克人達3年生の悲願である一高3連覇に大きな望みを繋いだ。
しかし、克人の口からはエリに対する労いの言葉は何一つ無かった。
「どうしたの、克人さん?」
「少し、訊きたいことがあってな」
「訊きたいこと? なーに?」
年相応の純粋な笑みを浮かべてエリがそう言うと、克人はその真剣な表情を崩すことなく口を開いた。
「美咲、おまえ、何か“ルール違反”をしなかったか?」
「ルール違反? どういうこと?」
きょとんと首をかしげるエリに、克人が言葉を続ける。
「先程の試合で、美咲が司波の偽物を魔法で作って、吉田の魔法で本物の司波の姿を隠していたことを聞いた」
「えっへっへー、良い作戦でしょ? 私が考えたんだよー」
「ああ、確かに俺も騙された。おそらくあの会場にいたほぼ全員が騙されただろう。その作戦に関しては、とても素晴らしいと思っている。――だが、腑に落ちないことがある」
「腑に落ちない?」
エリの言葉に、克人が小さく頷く。
「美咲、おまえは“いつから”あの魔法を使っていた?」
「……試合が始まったときからだよ?」
「本当にそうか?」
「……克人さんは、私が“試合前から”魔法を使っていたと思ってるの?」
モノリス・コードに限らず、“試合前に起動式を展開させる”という行為は明確なルール違反だ。森崎達が怪我をした直接的な原因は四高選手の殺傷性ランク制限を逸脱した過剰攻撃だが、そもそも彼らが試合開始前から魔法による策敵行為を行っていたことで、森崎達に完全に不意を突かせたことも要因となっている。
「……克人さんは、私がルール違反を犯したって思ってるの?」
「残念ながら、俺は七草と違って知覚系の能力は無いから、たとえ魔法を仕掛けられても気づくことはできない。懇親会のときに九島閣下が使っていた魔法にも気づけなかった」
「じゃあ、真由美さんなら気づけるってこと?」
「……どうだろうな。九島閣下のときは女性が代わりに立っていたことによる違和感をきっかけに気づけたらしいが、今回は事情が違う。周りの人間からしたら、普通に選手が入場してきたとしか思わないからな。七草に尋ねてみたが、偽物の司波が爆発するまで気づけなかったらしい」
「そっかー、真由美さんにも気づかせなかったって知ったら、幹比古さんも自信がつくかもね!」
エリはそう言って、満面の笑みを浮かべた。その笑顔はどこからどう見ても無邪気そのもので、とても何か企んでいるようには見えない。
「……つまり美咲は、あくまでルール違反を犯してはいないということだな?」
「うん、もちろん!」
「それじゃ、どのタイミングで偽物と本物をすり替えたのか訊いても良いか?」
「それは駄目だよ。自分の手の内を晒すなんて、いくら仲間でも良くないからね!」
「…………、そうか」
克人はそう言って少し目を伏せたが、そのとき、エリがくすくすとおかしそうに笑った。
「……どうした、美咲?」
「ううん。何て言うか、もし私がルール違反を犯していたとしたら、大会のスタッフはそれに気づけなかったってことでしょ? そうすると、今回のスタッフは随分と“無能”だなぁ、って思って」
「……無能、か」
「うん。だってそうでしょ? どうせ克人さんは知ってるだろうから言うけど、大会が始まる前に敷地内に賊が侵入したんだよ。魔法師の卵なんて政治的にも重要な人材が滞在しているこの場所で侵入を許すなんて、普通だったら懲罰ものだよ?」
「確かにそうだな」
「それだけじゃないよ? CADに細工をして選手に危害を加えようとしている人物をスタッフとして紛れ込ませちゃったし、摩利さんが怪我したバトル・ボードではコースに仕掛けられた魔法にも気づかなかったんだよ? レースが終わる度に点検してたはずなのに」
「…………」
「そして挙げ句の果てには、モノリス・コードでの森崎さん達の怪我でしょ? そもそもスタッフが四高のルール違反に気づいていたら、その時点で試合をストップできたんだし、そしたら森崎さん達も怪我することはなかったんだからね。――でもスタッフはあの事故で気を引き締めるどころか、事故のあったステージをわざわざ選んだりして、事故はあくまで偶然起こったことで自分達に責任は無いって主張しているみたいだったよ」
「…………」
「今の時点でこれだけの失態を犯してるってのに、もし私がルール違反なんてしてたとしたら、スタッフは会場全体を包み込むほどの大規模な魔法にも気づかずに、私達を優勝させちゃったことになるよ? もうここまで行くと、九校戦の存続そのものに拘わるほどだよね? だって魔法競技の監督もできないような人達が、大会を運営していることになるんだから」
「……そうだろうな。間違いなく、軍や十師族の“指導”が入ることになるだろう」
克人の言葉に、エリは満足そうな笑みで深く頷いた。
彼女のそんな姿に、自分よりも何歳も年下の少女に対して、克人はぞくりと背筋に寒気が走った、気がした。
「さてと、早くみんなの所に戻らないと。モノリス・コード優勝と新人戦優勝の祝賀会をやるんだって、みんな張り切ってたからね。『選手の僕達よりも張り切ってる気がするのは僕だけかな?』って幹比古さんも言ってたよ。――克人さんも参加する?」
「……いや、俺は遠慮しておこう。祝賀会はすべての競技が終わってからにしよう。俺自身、本戦のモノリス・コードが残ってるからな」
「そっかー。分かったよ」
本当に残念そうな表情を浮かべて、エリは楽しそうに克人の少し前を歩く。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、克人は表情を険しくした。
まるで、自分達の敵と対峙するかのように。
* * *
「おい、どういうことだ! 第一高校が、モノリス・コードを優勝してしまったぞ!」
「17号とも連絡が取れない! まさかやられたとでもいうのか!」
「それこそ“まさか”だ! ジェネレーターに勝てるような実力者が、客の中に紛れていたとは思えない!」
「くそっ! もはや第一高校の優勝は避けられん! このままでは我々は――」
「もはや一刻の猶予も許されない! 違うか!」
いつもの部屋で見るからに狼狽している彼らの内の1人がそう言うと、他の4人はその険しい表情を彼へ向けて一斉に頷いた。
「こうなったらもう、強硬手段に出るしかない」
「たかが高校生の試合でこんなことになるとは、夢にも思わなかったがな」
「何も知らない彼女達には気の毒だが、運が悪かったと思って諦めてもらおう」
「分かった、それでは決まりだな」
すると彼は、ほとんど気配も無く壁際に立っている複数の男へと目を配らせ、こう言った。
「ジェネレーター各位へ告ぐ。――明日のミラージ・バットに出場する第一高校の3選手を、殺害しろ。邪魔する者も同様にな」
その言葉に、彼らは返事も無くゆっくりと動き出した。