魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第36話 『基本的に、常に笑顔を浮かべているような奴を信用してはいけない』

 新人戦単独優勝を決めた一高だったが、総合優勝をするまで祝勝会はお預けとなった。総合優勝が掛かった試合である本戦ミラージ・バットの準備でてんやわんやであり、この段階で浮かれてしまうのはまずいと判断したためである。

 とはいえ、絶対にやってはいけないというわけではない。いわば誰にも迷惑が掛からないようにひっそりとやれば良いのであり、だからこそ達也たちは現在、モノリス・コード出場者と親しい者達同士で部屋に集まり、持ってきた飲み物やお菓子でささやかな祝勝会を行っているのである。

「それじゃ、モノリス・コード優勝と新人戦単独優勝を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 しかし、この状況を“ささやか”と言えるかどうかは疑問だった。

 会場となった部屋は、モノリス・コード出場者の1人である幹比古の泊まっている部屋――つまりこのホテル一番のスイートルームである。そしてこの祝勝会に参加しているのが、達也にエリに幹比古はもちろん、深雪・ほのか・雫・レオ・エリカ・美月のいつもの1年グループに加え、厚志・ミルココ・モカ・ダッチ・リカルド・マッド、そしてさらにはシャルエルという、総勢17人もの割と盛大なパーティーだったからである。

「まぁ、達也とエリちゃんが出場してるんだから、優勝するに決まってるんだけどな!」

「本当本当、出来レースにもほどがあるって言うね!」

「もう、みんな! 幹比古さんがいてくれたから、今回の作戦が成功したんだからね! 予選でも準決勝でも活躍してくれたんだから、活躍した回数ではむしろ達也さんよりも多いんだからね!」

「その通り。だから幹比古、何をそんなに落ち込んでいるんだ? 優勝したんだから、もっと堂々としていれば良いだろう?」

「いや、達也……。別に落ち込んでいるんじゃなくてだね……?」

 祝勝会という非常にめでたい場だというのに、幹比古はまるでお通夜のような暗い雰囲気を携えてジュースをちびちびと飲んでいた。エリカやレオも何度もそれをからかって元気づけようとしたのだが、一向に立ち直る気配が無いので今は放っておいている。

 と、厚志とエリが彼に近づいてきて内緒話をするように顔を近づけてきた。

「ごめんね、幹比古くん。エリちゃんが随分と無茶なお願いをしたみたいで」

「幹比古さん、ごめんね?」

「いえ、最終的にエリちゃんの指示に従うことを決めたのは、自分の意思ですので。――ただ、あんな大勢の人の目の前でああいうことをやるのは初めてだったので……」

「エリちゃんから事情は聞いたよ。――駄目だよ、エリちゃん。腹が立つ気持ちも分かるけど、競技に参加している選手達はあくまで無関係なんだ。彼らを巻き込むことをしないで、運営委員に“直接気持ちをぶつける”ようにしなくちゃ」

「うん、反省してる。――幹比古さんも、本当にごめんね?」

「良いって、エリちゃんは気にしなくて。エリちゃんのお陰で、何だか度胸がついた気がするよ。自分の魔法であれだけ大勢の人達を騙せるんだって分かって、何だか自信が出てきた気がするよ」

 幹比古はそう言って、エリの頭を軽く撫でた。心配そうにしていた彼女もその表情をふにゃりと和らげ、ほっとしたように胸を撫で下ろしている。

 すると、

「あらあら、3人揃って何をしているのー?」

 ジュースを片手に、シャルエルが3人の輪の中に入ってきた。彼女はパーソナルスペースが極端に狭く、今も幹比古に接触しそうなほど間近に迫っており、彼女から香る男の本能を刺激するような匂いに幹比古がどぎまぎしていた。

「いやいや、幹比古くんが何やら落ち込んでたみたいだから、励ましてあげようと思ってね」

「あら、そんなことだったの? だったら、もっと手っ取り早い方法があるわよ? ――はい、ぎゅー!」

「ちょ、ちょっとシャルエルさ――むぐっ!」

 彼女に抱きしめられ、その豊満の体に自身を押しつけられた幹比古は、じたばたともがくも彼女から離れられなかった。しかも幹比古が動く度に、彼女が「あんっ」だの「いやんっ」だの扇情的な声を漏らすものだから、彼の顔はすっかり真っ赤に染まっていた。

 と、そのとき、

「あっ! そういえば!」

 突然エリカが大声をあげ、部屋にいた全員が彼女へと向いた。

「どうしたんだよ、エリカ? いきなり大声出して」

「そういえば、まだエリちゃんの“トリック”を全部暴いてないって思って!」

「トリック?」

「そうそう。ほら、市街地ステージで二高と戦ったとき、試合開始してすぐに二高の選手の居場所を突き止めちゃったじゃない? あれって、どうやったのかなって思って」

「ああ、そういえばその前の八高戦のときも、明らかに相手の存在に気づいてて不意打ち食らわせた場面があったよな。まさかエリには、相手に気づかれないで敵の居場所を探る魔法があるってことか?」

「ねぇねぇ、教えてくれない?」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべて、エリカが躙り寄ってくる。エリは少し困ったように笑いながら、隣にいる厚志をちらりと見遣った。厚志はにこりと笑って小さく頷くと、自分が代わりに答えることを伝えるように小さく咳払いをした。それは問題無く全員に伝わり、全員の視線が厚志へと向く。

「その前に、君達にもう1つ種明かしをしたいと思うんだけど、良いかな?」

「種明かし? もちろん構いませんよ!」

 達也や厚志達の傍には、いつも新鮮な驚きで満ちている。すっかりその驚きの虜になっていたレオ達は、特に何も考えることなくそれに飛びついた。

 そしてそんな彼らの様子を、達也と深雪の2人が少し心配そうな表情で眺めていた。

「ダッチちゃん、見せてあげてくれる?」

「うん、良いよー!」

 すると厚志は、ジュースやお菓子を貪るように口に入れていたダッチへと声を掛けた。彼女は口の中のものをごくりと呑み込むと、厚志の言葉の足りないお願いに対して満面の笑みで了承した。

 いったい何を見せてくれるのだろう、とレオ達の浮かべていた期待の表情は、次の瞬間、驚愕の表情へと早変わりしていた。

 まるで水面に飛び込んだかのように、ダッチの体が床へと潜り込んだからである。彼らの見ている前で彼女は忽然と姿を消し、その気配さえも感じ取れなくなってしまった。

「な――! おい、ダッチはどこに行ったんだ!」

「嘘! さっきまでそこにいたのに!」

「まさか、透明になってどこかに潜んでるとか?」

「いや、精霊に彼女を探させているんだが、どこにも魔法で誰かが隠れている形跡が無い……。もはやこれは、彼女がこの世界から消えてしまったと考えた方が自然なほどだ……」

「そのとーり!」

 その瞬間、無邪気な声と共に幹比古は誰かに後ろから抱きつかれた。「うわぁっ!」と驚きの声をあげて幹比古が振り返ると、そこには悪戯が成功したような悪ガキの笑顔を浮かべたダッチの姿がある。

「ダ、ダッチちゃん! どこにいたんですか!」

「気配すら全然感じなかった」

 面白いように戸惑ってくれている彼らに、それを眺めていたミルココ達が思わず笑みを漏らした。それに気づいた彼らは一瞬顔を紅くするが、そんなことよりも今はダッチのしたことを暴くのが先だ。

「それよりもダッチちゃん、今のはどういうことだ? “世界から消えた”に対して『その通り』って答えるっていうのは……」

「だから、ミッキーの言う通りだって」

「ミ、ミッキー?」

 その瞬間、幹比古の後ろでエリカとレオの2人が「ぶふぅ!」と噴き出していた。幹比古は恨みを込めた目つきで2人を睨みつけるが、2人は目に涙を浮かべるほどに笑みを漏らしながら「ごめんごめん」と全然説得力の無い謝罪をしていた。

「彼女は今自分達がいる世界とは違う、“亜空間”と呼ばれる場所に潜り込むことのできる能力を持っているんだ」

「あ、亜空間?」

「能力ってことは、彼女はBS魔法師ということですか……?」

 美月の言葉に、厚志は頷いた。もちろん本当は違うのだが、ちょうど良い言い訳が転がってきたのだから利用しない手は無い。

「こことは地続きになっている、だが確かに別次元である“亜空間”に潜り込むことで、相手から感知されなくなるというものだ。どんなに強固なセキュリティも亜空間を経由すれば無意味だし、相手に気づかれないから懐まで潜り込むこともできる」

「……おいおいおい、マジかよ……」

「もし彼女が暗殺者か何かだったら、恐ろしいことこの上ないわね……」

 エリカの呟きに、ダッチはにっこりと笑うだけで何も答えなかった。実際はエリカが言っているような職業は現在進行形で就いているのだが、もちろんそんなことは口にしない。

「……それで、今このタイミングでそれを教えるということは、エリちゃんの魔法もそれに関係があるということですか?」

 その質問には、エリ本人が答えた。

「私の魔法――現代魔法とは違う魔法の1つに、亜空間からこの世界を監視できる魔法っていうのがあるの。それを使って、相手チームの選手やモノリスがどこにあるのか調べてたんだよ」

「亜空間から、こちらの様子を覗くことができるのかい?」

「できるよ? もうばっちり!」

 Vサインを作ってにかっと笑ってみせるエリに、彼らは背筋の凍る想いがした。

「……俺、今まで達也のことをチートだって思ってたけど、もしかしたらエリの方がよっぽどチートかもしんねぇな……」

「おい、レオ。人のことを捕まえてチート呼ばわりとは、どういうことだ」

 達也がそのような不満を漏らしていたが、彼のその不満に同意した者は1人もいなかった。あの深雪でさえ、苦笑いのみで達也を擁護しようとはしなかったのである。

「それにしても、亜空間を移動する能力か……。もしこんな能力を持ってる奴が敵にいたら、いつどこで自分に襲い掛かってくるか分かんねぇんだろ? しかも気づいたときには、敵は自分の懐に潜り込んでるんだから……」

「本当、ダッチがまだ子供で良かったわ……。良いこと、ダッチ? あんたは大人になっても、その能力を犯罪に使っちゃ駄目だからね? そういう能力は、世のため人のために使うのよ?」

「うん、分かったー!」

 魔界の北軍斥候部隊のリーダー、つまり軍隊の部隊長という意味では風間少佐と同じ位置にいるダッチは、そんなことはおくびにも出さずにエリカの言葉に頷いてみせた。彼女の正体を知るミルココ達は、やっぱ軍人って怖いわー、と感心するような呆れるような感想を抱いていた。

 今まさに、自分達にとって身近な存在であるエリが、それ以上に恐ろしいことをしているのを知っていながら。

 

 

 

「……相変わらず、彼女の能力は恐ろしい」

 ホテルの敷地の隅っこ、ほとんどの人間が寝静まっていることもあってまったく人気(ひとけ)が無いその場所にて、独立魔装大隊の風間少佐とその部下達は、目の前で繰り広げられている光景に顔を引きつらせていた。

「……あれは、ジェネレーターか?」

「はい、“彼ら”が好き勝手にやらかしてしまったせいで判別は難しいですが、おそらくそうではないかと」

「そうか……。何か様子がおかしいと思って駆けつけてみたら、すでにこうなっていたとは思わなかったよ」

「自主的に警戒してくれたエリちゃんに感謝、といったところでしょうか?」

「日本の軍人としても、1人の大人としても、この状況は些か恥ずかしいことではあるがね」

 風間の呟きに、部下達は目の前の光景から目を逸らさずに頷いた。

 彼らの目の前では、すでに人の形をしていない肉塊を楽しそうに貪っている複数の生物がいた。体高は人間の腰くらいしかないそいつらは、まるで大昔に絶滅したはずの肉食恐竜のような見た目をしていた。しかし本来目玉があるはずの場所には何も無く、鋭く尖った牙を覗かせる大きな口をにたにたと歪ませている。

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ――」

 そしてその生物――ティンダロスの猟犬は、今自分達が食べているジェネレーター、そして今自分達を眺めている風間達を嘲笑うかのように、一斉に笑い声をあげていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 九校戦9日目。新人戦が終了したことで、今まで中断していた本戦が再開する。

 今日の空は昨日までの晴天から一転、今にも雨が降りそうな分厚い雲に覆われた曇天となった。今日行われるミラージ・バットにとっては絶好の試合日和なのだが、やはりこういう天気だと憂鬱な気分になってしまうのも仕方がない。

「……どうにも、波乱の予感がする」

 空を見上げながらぽつりと呟いた達也の言葉に、隣に寄り添っていた深雪が不思議そうに首をかしげる。

「ですがお兄様、昨日の不審者はエリが倒してしまったのでしょう? あれだけの人数で攻め込んだことを考えれば、あれが敵の全戦力と考えられると思うのですが」

 深雪の言う通り、選手を狙う武力はすでに無力化されていると考えて良いし、摩利が事故に巻き込まれるきっかけとなったCADの工作員もすでに捕獲されている。普通に考えれば、すでに敵には妨害工作を行うだけの力は残されていないと考えるのが自然だ。

「戦争において、相手が無力化したと安心したところを叩くのは常套手段だ。何も起こらないという保証が無い以上、警戒しておくに越したことはないのさ。――だが、深雪が心配することはない。何があろうとも、深雪は俺が守ってみせる」

「お兄様……」

 まるで恋人に語り掛けるような言葉に、深雪はとろけるような至福の笑顔を浮かべて彼に身を寄せる。

 そしてそんな2人を呼びに来たあずさが、まるで恋人のような雰囲気に顔を真っ赤にしておろおろしていた。

 

 

 

 深雪の出番は、第2試合に決まった。本当は少しでも長く休息が取れる第1試合の方が良かったのだが、さすがにくじ運まではどうすることもできないので致し方ない。それに深雪ほどの実力ならば、多少の休憩時間程度でひっくり返されるようなものでもないだろう。

 第1試合に出場した小早川という先輩選手は、早々に決勝進出を決めた。朝に見掛けたときは自分の手で総合優勝を決められるかもしれないという気負いが強すぎる印象だったが、どうやら試合に影響するほどのものではなかったらしい。チームメイトの中には当然ながら、小早川に続いて深雪も、という雰囲気が漂っていた。

 試合開始直前のフィールド脇にて、達也は空を見上げた。空を覆う雲は消える気配が無い。

「この天気が夜まで続けば良いんだが……」

「夕方から晴れると、天気予報で言っていましたよ」

「星明かりも結構邪魔になるんだが……。まぁ、雨が降り出すよりはましか」

 まるで決勝進出がすでに決まったような司波兄妹の会話だったが、近くにいたあずさはそれを油断だとかで注意する気にはなれなかった。普通は1年生とそれ以上との実力差が激しく、決勝進出どころか予選すら突破が難しいと言われているにも拘わらず、である。

 ――この2人に、そのような常識は通用しないでしょうね……。

 あずさは気の弱いところを除けば、同年代の魔法科高校の生徒の中では間違いなくトップクラスの実力の持ち主だ。何せ去年の新入生総代こそが彼女であるし、その臆病な性格にも拘わらず生徒会役員に選ばれていること自体が彼女の能力を証明していることになる。

 そんな彼女が、確信しているのである。

 深雪には、本気で優勝を狙えるだけの実力があると。

 しかも今回は、この大会で数々の“伝説”を残している兄が全力でサポートするのだ。たとえ摩利が万全の状態だったとしても、もしかしたら勝てないとさえ思ってしまう。

 司波達也は、確かに“劣等生”と言える生徒である。実技試験の成績は赤点をぎりぎり回避しているというレベルであり、彼の成績ははっきりと“悪い”と言えるものだ。

 しかしこれが、魔法師が現実で直面する状況への対応能力で考えると、彼の評価は一変する。

 エンジニアという面で見たら、自身が担当する選手でトップ3を独占する。選手という面で見たら、八高との戦いでは格上の選手を終始翻弄してみせ、決勝の一条将輝との戦いでは彼の怒濤の攻撃を捌ききってみせる。その姿はまさに、あずさ達一科生が常日頃目指している“優等生”そのものだった。

 ――だとしたら、“成績”とか“一科生”って何の意味があるんだろう……?

 当然ながら、あずさは二科生をウィードと罵るような、エリが毛嫌いしている類のエリート意識は持ち合わせていない。しかしながら、自身の魔法技術が優秀であるという“自負”に無縁であるわけではない。

 けっしてそれ自体が悪いということではない。正確に自身の実力を把握し、それに相応しい態度を取るということは、自身の実力や立場に対する責任を全うするという点で正しく作用されるのだから。

 しかしその自負も、達也を前にすると無意味なもののように思えてくる。実戦魔法師としても魔工技師としても魔法研究者としても、自分が達也に勝てる気がまったくしない。真由美や摩利にも負けないと秘かに思っている自身のレアスキルに関しても、彼の前では意味を成さないのでは、とさえ思ってしまう。

 しかし自分はまだマシな方だ、とあずさは思った。なぜなら彼女は、達也の正体に心当たりがあるからだ。もしこれが本当ならば、“彼”に対して劣等感を持つこと自体がおこがましい。

 だが他の一科生は、そのことに気づいていない。もしそんな状態で達也を目の当たりにしたら、二科生より劣る一科生の自分はいったい何なのだろうか、と思い悩んでしまうのではないか。

「あーちゃん、あまり思い詰めない方が良いわよ?」

 そんな彼女に背後から声を掛けたのは、苦笑いを浮かべた真由美だった。

「アレはね、はっきり言って“特別”なの。あんな特例中の特例に一喜一憂してるなんて、ちょっときつい言い方すると“時間の無駄”だから、あんまり考えない方が良いわよ」

 あんまりな言い方だったが、その声色や表情はそれに反して暖かかった。

「私だって、彼には勝てないと思ってる部分はあるわ。CAD関係の技術は間違いなく彼の方が上だし、魔法に関する知識もおそらく彼の方が上。だけど、全部が全部負けてるわけじゃないわよ? 総合的な魔法技能はこっちが上だし、まともな撃ち合いになったら距離さえ保てば充分にこちらに分がある」

 真由美は優しく微笑んで、あずさの瞳を覗き込むようにじっと見つめる。

「誰にも得意不得意があるんだから、ある一面だけ見て自分が劣ってるって悲観する必要は無いの。問題なのは、“相手よりも自分の方が上”って思い込んで、何もかも相手に勝っていないと気が済まなくなっちゃうことね。――あーちゃん、知ってる? 実は入学試験のクラス割り振りのときって、実技の成績しか考慮されていないのよ?」

 初耳の事実に、あずさは目を丸くして驚いた。

「……そ、そうなんですか?」

「え、知らなかった? 実技の授業の都合上、便宜的に一科生と二科生って感じに分けてるだけなのよ? やっぱり名前のつけ方が悪いのよね……。“実技科”と“理論科”みたいに、いっそのこと綺麗に分けちゃった方が余計な軋轢を生まなくて済むと思うんだけど……」

「…………」

「そもそも二科生の制服にエンブレムをつけないって、余計な手間でしかないと思うのよ。制服を2種類用意しなきゃいけないってことだし、デザインを統一した方がコスト的にも良いと思うんだけど……。やっぱり無理な定員増加で制服の発注をミスしちゃったのを、“補欠扱いだから”ってむりやり押し通しちゃったのがまずかったのよね……」

「――えっ?」

 一科生と二科生の対立を生む遠因となっていたエンブレムの意外な事実に、あずさは開いた口が塞がらなかった。

「ひょっとしてあーちゃん、これも知らなかった? じゃあこのことは、他の人には内緒ね? 特に深雪さん辺りに知られたら、どんな反応を見せるか分からないわ」

「はい! 分かりました!」

 ぶんぶんと勢いよく首を縦に振るあずさに、真由美は微笑ましそうにくすりと笑った。

 ――それに本当に劣等感を抱くのなら、達也くんじゃなくて“彼女”だものね……。

 そしてその笑顔の陰で、真由美は秘かにそんなことを思っていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 ミラージ・バットのコスチュームを身に纏った深雪がフィールドに姿を現した途端、観客のボルテージがむりやり引き上げられた。体のラインが丸見えでありながら嫌らしさが微塵も感じられない神秘的な姿に、観客席の青少年は揃って動悸や息切れを起こし、選手にではなく観客に担架が用意されるという自体になりかねない。

 それに釣られたわけではないだろうが、予定時間よりも数秒早く試合開始のブザーが鳴った。

 光のホログラムが空中に現れた瞬間、選手達が一斉にそこへと向かって飛び立っていく。

 その中でも観客の目を惹いたのは、やはり深雪だった。細く長い手足に緩やかな曲線を描く胸や腰、そして花のように咲き誇るその美貌に、観客はまるで本物の妖精を見ているような心地になった。たとえ彼女が誰にも劣らぬスピードでホログラムに向かって飛び立ったとしても、彼女だけは“ふわっ”という擬態語が似合うことだろう。

 こうして深雪が観客の視線を独り占めにしながら、第1ピリオドが終了した。

 もしこの競技が空中を飛び上がる美しさを競うなら深雪が間違いなく1位だろうが、残念ながら本戦はそこまで甘くはないらしい。

「まさか、深雪さんがリードされるなんて……」

 固唾を呑んで試合を見守っていた美月が、詰めていた空気を吐き出しながら呟いた。

「今のところ、トップは二高の選手か……。BS魔法師とまではいかないけど、“跳躍”の魔法に特化した魔法性能を持っているみたいだな……」

「しかも飛び上がるコースを計算して、深雪を徹底的にブロックしてるわね……。ここまで来ると、ミラージ・バットのスペシャリストって表現した方がしっくり来るんじゃない?」

 幹比古とエリカの2人も、深刻な表情で互いの考えを言い合っていた。

「元々あの選手も、渡辺先輩と並んで優勝候補と言われてた選手ですからね……」

「そう簡単に、ぽっと出の選手に優勝をかっ攫われるわけにはいかないってことか。――まっ! あの2人がこのまま終わるなんてあり得ないけどな! そうでしょう、厚志さん!」

 そんな彼らに反して、1人だけ楽観的な表情でそう言い放ったレオが、期待を込めた目で隣の厚志(当然ながら、今日も膝の上にはミルココとダッチが座っている)へと視線を向けた。

「ははは、確かにその通りだ。彼らにはまだ切り札がある。――それも、反則級の“切り札”がね」

 厚志の言葉が気になった彼らだったが、実際に試合を観てのお楽しみということで、彼らは試合観戦に集中することにした。

 

 

 

 次に行われた第2ピリオドで深雪が逆転してトップに立ったが、2位の二高選手とはほんの僅かしかポイント差がない。深雪もまだまだ余力は残しているが、相手もそれは同じようで、第2ピリオドはペースを調整していた節も感じられる。

 限定された状況下とはいえ、まさか深雪と張り合う魔法師が高校生に存在していたとは思っていなかった達也は、相手が他校の選手であることも忘れて素直に賞賛していた。無意識に二高のブースへと視線を向け、いったいどのような選手だろうと興味を向ける。

 しかし彼のそのような行動は、くいくいと深雪に袖を引っ張られることで中断した。

「お兄様、“あれ”を使わせていただけませんか?」

 その目に強い光を宿しながら、深雪は達也にそう問い掛けた。その表情からは相手選手に負けたくないという思いがありありと滲み出ており、可愛いだけの“お人形さん”ではないことを示すこの顔が達也はとりわけ好きだった。

「良いよ。すべてはおまえの望むがままに」

 それは今後の作戦や打算などを一切度外視した、おおよそ達也らしくない、しかし極めて達也らしい行動だった。

 

 

 

「あれ? 深雪のホウキが変わってる……」

 最初にそれに気づいたのは、エリカだった。先程までいつもの携帯型CADを使っていた深雪が、今回はブレスレット型のCADを身につけている。左手にもCADを持っていることが、ますます彼らに深雪の狙いを分からなくしていた。

 しかし魔法科高校の生徒の中では1人だけ、ほのかが感慨深そうな表情を浮かべて頷いていた。

「そっか……、深雪、とうとう使うんだね……」

「おや? ひょっとして、ほのかちゃんは知ってるのかい?」

「はい、練習のときに深雪が使っているのを見ていましたから。――最初見たとき、思わず呆然としましたよ」

 そのときを思い出したのか、ほのかは少し恥ずかしそうに笑っていた。いったいどのような秘策なのか俄然気になってきた彼らは、食い入るように深雪のことを見守っていた。

 やがてブザーが鳴り、最終ピリオドが始まった。

 ホログラムが空中に現れ、深雪がそこに向かって飛び立った。すぐさま二高の選手も向かい、絶妙なタイミングで深雪の行く手を遮った。このままでは、深雪の方から選手に激突することになってしまう。

 深雪は自らのスピードを上げることで、それを回避した。観客からどよめきがあがるのを聞きながら、深雪は体を反転させてその場に急停止、すぐさま次のターゲットへ向けて飛んでいった。

「……ん?」

 最初にその違和感に気づいたのは、幹比古だった。

「どうしたの?」

「いや……、いつ足場に“下りる”んだろうって思って……」

 その答えにエリカも少し考え、彼と同じくそれに気づいた。

 そして深雪が一向に足場へと下りていく様子も無く、そのまま次々と別のターゲットへと向かっていくその光景に、観客も徐々にそのことに気づき、歓声を絶句へと変えていく。

「……まさか深雪、“飛んでる”の?」

 他の選手が10メートルほどの高さを何度も往復しているのに対し、深雪は高度10メートルを維持しながら自由自在に方向やスピードを変え、次々とホログラムを消して得点を重ねていく。そもそも移動しなければいけない距離が違うのだから、あの優勝候補の二高選手でさえ、今の深雪では相手にもなっていなかった。

「おい……、まさか飛行魔法か……?」

「まさかあのCAD、トーラス・シルバーの……?」

「そんな……。あれは先月発表されたばかりだぞ……」

「でもあれは、間違いない……! 飛行魔法だ……!」

 呆然と彼女を見つめていた観客が、次々と囁き始める。その囁きが波紋となって広がり、それぞれの心に大きな衝撃となって降り注いでいく。

 バランスや方向転換のために手足を振り出す深雪の姿が、まるで風と手を取り合って踊る天女のように見えた。空を飛ぶという、現代魔法で不可能と言われた技術が今まさに目の前で繰り広げられていること、そしてそれを実現している少女の美しさに、年齢を超えて、性別を超えて、そして敵味方すら超えて、文字通り空を舞う彼女の姿に見惚れていた。

 そしてそれは、試合終了のブザーが鳴り、彼女が地面に足をつけるその瞬間まで途絶えることはなかった。

 ミラージ・バット予選第2試合は、深雪の圧倒的勝利に終わった。

 

 

 *         *         *

 

 

「凄いわぁ、深雪ちゃん。空を飛べるようになったのねぇ」

 ミラージ・バット会場のVIPルームにいる2人は、対照的な反応を見せていた。楽しそうにけらけら笑っているシャルエルに対し、その隣に座る烈はほとんど表情を変えることなく深雪の姿をじっと見つめている。

「あらあら、烈ちゃん。深雪ちゃんに惚れちゃったぁ? やっぱり男の人って、若い子の方が好きなのね」

「……いやいや、それは誤解です。彼女が使っていた魔法に興味があっただけですよ」

 にやにやと笑みを浮かべて詰め寄るシャルエルに、烈は苦笑いを浮かべて首を横に振った。

「それって、空を飛ぶ魔法のこと? 観客も驚いてたみたいだけど、それって難しいことなの?」

「難しいどころか、つい最近まで不可能だと言われていたことですよ。1ヶ月ほど前にF・L・T(フォア・リーブス・テクノロジー)という会社に所属する技術者が飛行魔法術式を開発したというニュースは、それはもう全世界に大きな衝撃を与えたものです」

「ふーん、そうなの……」

 烈の言葉に対して、シャルエルの反応は何とも淡泊なものだった。

「やはり魔界の人達にとっては、空を飛ぶなんてことは何てことないものなのですかな?」

「私は飛べないけど、空を飛べる魔族なんていっぱいいるからねぇ、いまいち凄さがよく分からないって感じかしら? 私の知り合いの魔王には、マッハ8以上で空を飛ぶ子もいるから」

「マッハ……、成程、確かにそれに比べたら、我々人間の魔法など恐るるに足りませんな」

「そんなことないわよ? 使う人と条件によっては充分魔族の脅威になる魔法もあるし、そこは得意不得意の問題ね。――さてと、決勝って確か夜だったわよね? それまでどこかに散歩でもしていようかしら?」

「魔王様、勝手な行動は慎んでください。危険です」

 その瞬間、今まで黙ってシャルエルの傍に控えていたエミリオが口を開いた。その言葉にシャルエルが口を尖らせて不満を訴えるが、エミリオはいつものことだと聞く耳を持たない。

 しかし今回は、思わぬところから彼女に味方する者が現れた。

「エミリオ様、我々がついておりますので、シャルエル様の自由にさせては如何でしょうか?」

 それはVIPルームに警備として配置されていた大会スタッフだった。エミリオが疑惑の目を彼に向けるが、スタッフは怯むことなく言葉を続ける。

「自慢になってしまいますが、私は他のスタッフに比べて実戦経験があります。だからこそ今回、皆様の護衛役を務めさせていただいております。私ならば、たとえ賊相手でも遅れを取ることはありません」

「……それならば、私もついていきましょう」

「何よエミリオ、私ってそんなに信用無いわけ? それにあなた、ここに来てからずーっと働きづめじゃない。少しの間だけど、私から少し離れて休んでみるのも良いんじゃない?」

「……しかし魔王様、私は――」

「ご安心ください、エミリオ様! シャルエル様は、私がしっかりとお守り致します!」

「まぁ、なんて頼もしい!」

 胸を叩いて力説するスタッフに、にっこりと笑顔を浮かべてそれに乗っかるシャルエルに、エミリオは若干眉間に眉を寄せて頭を抱えていた。

「どうするんだね、エミリオくん?」

 楽しそうにその光景を眺めていた烈に促され、エミリオは少しの間考え、

「……魔王様に万が一のことがあれば、どうなるか分かっているだろうな?」

「はい! 精一杯、務めさせていただきます!」

「きゃー! ありがとう、エミリオ! それじゃ行きましょっか!」

 エミリオから許しの言葉を貰った途端、シャルエルはそのスタッフを連れてVIPルームを出ていった。楽しそうな彼女のはしゃぎ声が徐々に小さくなっていき、やがて消えた。

「……君も色々大変だね」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 取り残された烈とエミリオの男性2人組は、すっかり静かになったその部屋でそんな会話を交わしていた。

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