魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第37話 『逆に考えるんだ、“責任を追及されても良いさ”と』

「まったく……! 何なんだ、今年の大会は……!」

 大会運営委員の中でもそれなりに立場のあるその男は、忌々しげにそう吐き捨てた。彼の手元には錠剤状の胃薬が置かれており、目の下にはくっきりと隈が刻み込まれている。

 九校戦が始まる数日前から、彼にとって心安まる時間というものは皆無だった。運営委員という立場上次から次へと仕事が舞い込んでくるから、という理由も無くはないが、しかしそれだけだったら彼がここまで苛立ちを顕わにすることはなかっただろう。

 彼の頭を悩ませている目下の原因は、今回の大会で度々起こっている“騒動”だった。

 事の始まりは大会の2日前、会場に向かっていた第一高校のバスが何者かに襲撃されるという事件だった。当時会場でその情報を聞いた彼らは、まさか魔法師を狙ったテロ集団かと息を呑んだ。幸いにもその場にいた生徒達による迅速な対応のおかげで大事には至らなかったが、今思えばこれが全ての始まりだった。

 次に事件が起こったのは、大会前日。あろうことか、会場の敷地内に賊が侵入したのである。幸いにも深夜だったので、誰にも知られずに軍の関係者が捕らえることができたのだが、場合によっては安全管理不行き届きで責任を追及されていたことだろう。

 そして九校戦が開催されて3日目、今度は女子バトル・ボードで事件が起きた。第七高校の選手がCADの操作ミスを起こし、優勝候補筆頭だった第一高校の選手を巻き添えにしてクラッシュを起こしたのである。幸いにも深刻な怪我をせずに済んだが、後の調査でコースに遅効性の魔法が仕掛けられていたことが発覚し、幾度にも渡って検査をしていたのに気づけなかったスタッフの責任追及を避けるために、彼らはその情報を徹底的にシャットアウトする羽目になった。

 そしてその事件に関連して、第七高校のCAD操作ミスが悪意ある人間によってCADに細工をされていたことによるものだと発覚した。しかもその犯人は、大会のスタッフに紛れ込んでいたというのだから、彼らの胃もキリキリと痛くなったことだろう。いくら人事に関しては現場に丸投げしているとはいえ、最終的に責任を追及されるのはトップである運営委員なのだから。

 そして極めつけは大会7日目、新人戦モノリス・コードで第四高校のルール違反によって第一高校の選手が大怪我を負ったことである。原因はレギュレーション違反の高威力魔法であるが、試合開始前に魔法を使っていたために不意打ちとなったことも遠因だろう。つまりスタッフが違反に気づければ防げたかもしれない事故であり、魔法競技という危険なものを管理する立場である運営委員としてはあるまじき失態である。第一高校の選手でもある十文字家当主代理が直々に乗り込んできたときには、さすがの彼らも覚悟したという。

 ――まったく、第一高校め……! あいつらは疫病神か……!

 今回の一連の事件に第一高校が大きく絡んでいることを読めたまでは良かったが、彼はそこで被害者であるはずの第一高校に怒りの矛先を向けるという選択をしてしまっていた。このことが物事の核心に彼らが気づけないこと、そして現在進行形でとんでもない大失態を犯していることに気づけないことの原因となっているのだが、もちろんそんなことは彼の知る由ではない。

 なんで俺がスタッフのときにこんなことばかり、と彼が再び愚痴を零しそうになったそのとき、

「失礼します! た……、大変なことが!」

 彼の部下である若い男が、顔をすっかり青ざめさせながら部屋へと駆け込んできた。

「あぁ? 大変なことだと? またどっかの生徒が怪我でもしたか? 何が起こっても構わないが、俺らの責任問題に発展することだけは避けてくれよ」

「そ、それが……! 来賓のシャルエル様が、行方不明となりました……!」

「――――!」

 部下のその言葉に、男は顔を引き攣らせて唖然とした。

 

 

 

「え、ええと……、只今シャルエル様の足取りと、原因を調査しているところでして、何か判明するまでは我々に任せていただけないかと……」

「…………」

 ミラージ・バットのVIPルームは現在、冷えきった空気に支配されていた。“冷えきった”といっても冷却魔法が使われているわけではなく、1人の男が放つプレッシャーにスタッフが完全に気圧されていることによるものである。

 その男とは、今回シャルエルの付き人(正確には違うのだが、周りの人間にはそのような認識をされている)として彼女に付き従っていたエミリオだった。彼は現在険しい表情でソファーに座り込み、事情を説明するためにやって来たスタッフ2人をぎろりと睨みつけている。

 そしてそんな3人の光景を、離れたところから烈が眺めていた。何を思っているのか分からない、一切の感情を読み取れない無表情で。

「……シャルエル様がここを出るとき、警備をしていたスタッフの人間が付き添っていた。あいつは何者だ?」

「か、彼は我々の中でも特に実力のある者でして、そんじょそこらの不審者などには引けを取らない、と思われます……」

「……彼がシャルエル様誘拐を企てたという可能性は?」

「そ、そんなことは! 彼は何年も前から我々のスタッフとして働いておりますし、そのようなことを示す証拠も見つかっておりません! そ、それに、今回の件もまだ事件だとはっきりしたわけではございませんので、現在は様々な可能性を考慮に入れたうえで慎重に捜査を――」

「とにかく、一刻も早くシャルエル様を見つけろ。言い訳はその後で聞く」

 エミリオは冷たくそう吐き捨てると、ソファーから立ち上がって部屋を出ていった。

 一方、スタッフの2人は肩を震わせて今にも泣きそうになっていた。シャルエルの正体については聞かされていないが、烈と同等の扱いを受けているということはそれだけ重要な人物だということだ。もし彼女の身に何か起これば、自分達だけの責任問題で済む話ではない。場合によっては、外交問題にまで発展しかねない大事になる可能性だって充分にある。

「……ふむ」

 エミリオが出ていったドアを眺めながら、烈は何かを考えるように顎に手を当てていた。

 

 

 

「彼らには少し、悪いことをしたかな……?」

 誰もいない廊下を歩きながら、エミリオは1人口元に笑みを浮かべていた。その表情は悪戯が成就したことを喜ぶ子供のようでもあり、悪戯に振り回される者を思って不憫に感じる大人のようでもあった。

「いや、スタッフに犯罪組織の一員が紛れ込んだことにも気づけず、それどころかそいつを要人警護に就かせるような失態を犯したんだ。少しは彼らにも反省してもらわなければ、その内取り返しのつかない失敗を犯すことになる」

 エミリオは自分で自分を納得させるようにそう独りごちると、ポケットから携帯端末を取り出してどこかに電話を掛け始めた。しばらくして、相手がそれを取る。

『もしもし、エミリオさん』

「そちらの様子はどうですか、達也様」

 その相手とは、達也だった。シャルエルが行方不明になったというのに、エミリオも達也も声が落ち着きすぎているように思える。

 しかし、それも当然だった。

『シャルエルさんなら、ミルココがとっくに捕捉しています。ここから南に30分ほど行ったところを、車で走行していますね。ルートから考えて、おそらく高速にでも乗るつもりなんでしょう。ちなみにシャルエルさんは、気絶させられて後部座席に寝かされているので無事ですよ』

「申し訳ございません、達也様。シャルエル様の思いつきで皆さんにご迷惑を」

『……確かにかなり危なっかしい手ではありますが、有効であることは間違いありませんからね』

 2人の会話を見てすでに察しているだろうが、今回の騒動はいわば“罠”だった。発案者はシャルエルであり、簡単に言ってしまえば“シャルエルが誘拐されて連れて行かれるのを追っていけば、敵の本拠地も割り出せるよね”といったものである。

 もちろんこれは、確実性の無いうえに大変危険なものである。そもそもシャルエルが狙われるかどうかも分からないし、狙われたところで敵がアジトまで連行するかどうかも分からない。もしかしたら見つかったその場で殺されることだって有り得るし、アジトとは関係無い場所に連れ込まれる可能性だって充分にある。そして何より、シャルエルの身に大変な危険が及ぶ。

 最初に彼女からこの作戦を聞かされたとき、エミリオだけでなく他の面々も当然反対した。しかし今回の相手はあくまで人間であり、ミルココの策敵能力を駆使して敵のアジトを割り出すことが難しいことも事実だった。魔族や天使だったら気配も不変で目立つので探すこともできるが、人間の気配は曖昧で常に変化しているために誰が自分達を狙っているのか区別できないのである。

 そして何より、シャルエルには彼女特有の“能力”がある。たとえ万が一のことが起ころうとも、彼女ならば万が一の事態にはならないだろうという安心感があった。それに彼女ならば、ミルココの能力で常に居場所を捕捉することができる。よって最後まで渋っていたエミリオも、最終的には熱心に説得する彼女に折れてその作戦を了承したのである。どうせ彼女が誘拐されると決まったわけではない、という想いと共に。

 しかし実際はエミリオの思惑と違って、シャルエルは実際に誘拐された。どういう意図でしているのかは定かではないが、ジェネレーターを会場に送り込んだりしていることから、相手は九校戦自体を中止にしようとしているように思える。そしてそれをエリ達にことごとく阻止されているために、なりふり構っていられなくなっているのかもしれない。

「シャルエル様の実力からして、ただの人間に遅れを取ることはないと思います。しかし、心配であることに代わりはありません。もしものことが起こったら――」

『分かっています。こちらでもいつでも動けるようにしていますので、たとえアジトに着く前であろうとも、シャルエルさんに命の危険が迫る事態になりましたら助けに行きます』

「……お願いします」

 エミリオは実際に頭を下げながら達也にそう言うと、電話を切った。辺りを見渡し、今の会話が聞かれていないことを確認する。

「まったく、シャルエル様も人騒がせな……」

 頭を抱えてそう愚痴を零すエミリオのその姿は、完全に悪戯好きのご主人様に振り回される従者の姿だった。

 そして彼の様子からは、シャルエル自身の安全を憂えている感じは一切無い。

 

 

 *         *         *

 

 

「只今ターゲットは国道を東に移動中、そのまま首都圏へ入っていくものと思われます、どうぞ」

「了解、引き続き追跡を続けます、どうぞ」

 ミルクとココアが無線での会話を真似して遊んでいるこの場所は、コートを広げているために元々大柄な体がさらに大きく見えるマッドの背中の上だった。彼は現在ムササビのようにコートを広げて空を飛び、ミルクとココア、さらにはリカルドも彼の背中に座っていた。

 “囮”(デコイ)、マッド。

 彼の能力はただ1つ、“万能の布を織って操る”というものである。しかしこの能力はもの凄く汎用性が高く、現在のように服を広げて微細に動かすことで空を飛ぶだけでなく、敵の攻撃に対しては硬化することで盾となり、さらにはその布を味方に巻きつけて防護服とすることもできる。その上硬化した布による遠距離攻撃、野営のときのテント設営、布を用いた止血などの手当など、まさに“万能”と呼ぶことのできる多彩な能力が持ち味だ。

 そんな彼が、なぜ“囮”の二つ名で呼ばれるのか。それは彼の兄であるリカルドと関係があるのだが、この話はまた後ですることにしよう。

 彼ら4人はシャルエルを乗せた車を追跡しているが、彼らの視界にはそれらしき車はどこにも無い。そもそも圧倒的な策敵能力を持っているミルココはわざわざターゲットを尾行して追跡する必要は無く、こうして空から車を尾行しているのはシャルエルにもしものことがあったときにすぐさま駆けつけられるようにである。

「んでミルココ、シャルエルさんの様子は?」

「ああ、さっき目を覚ましたみたいだよ。今は誘拐犯と仲良くお喋りしてる」

「……ん?」

 ミルクの意外な言葉に、リカルドが首をかしげた。

「お喋り? いやいや、そりゃ自分から罠に嵌めたようなものだけど、だからって普通犯人とお喋りなんてするか?」

「シャルエルさんは普通じゃないからねぇ。ていうか、お喋りっていうよりも“誘惑”してる」

「ゆ、誘惑?」

 その単語に反応したのは、彼ら3人を乗せて空を飛ぶマッドだった。

「シャルエルさんを攫った奴って若いし、鍛えてるから体も引き締まってるしねぇ。早い話が“盛っちゃった”んじゃない?」

「あぁ、そう言えばシャルエルさんが愚痴ってたわ。仮にも自分達が招待されている立場なんだから、“そういう事”とするのはさすがに失礼だって、エミリオさんに止められてるって」

「そりゃまぁ、シャルエルさんは毎日私達の部屋に泊まってるからねぇ。未成年がいる部屋で“そういう事”をやるのは、さすがのシャルエルさんも気が引けるだろうし」

「ね、ねぇちょっと……、さっきから言ってる“そういう事”ってのは、……そういう事なの?」

「そういう事だろうねぇ――あ、向こうが誘いに乗った」

「は、はぁっ!」

 ココアの言葉に、マッドが信じられないといった感じで叫び声をあげた。彼女の実況により、シャルエルを乗せた車が国道を外れ、どんどん人気(ひとけ)の無い場所へと進んでいく様子が分かる。

「ちょ――! 今って、誘拐した人間をアジトに運んでいる最中だよね! なのに寄り道して“そういう事”をするって、そいつは何を考えてるの?」

「とりあえず今は、いやらしいことしか考えてないんだろうね」

「そういうことを訊いてるんじゃなくて!」

「しっ! 静かにして! 今、車が止まったところだから!」

「おいおい、車止めた途端に襲い掛かるとか、どんだけ我慢できなかったんだよ」

「ね、ねぇ! 何真剣な顔して見てるの!」

「マッド、別に私達はいやらしい気持ちで見てるわけじゃないよ? 私はただシャルエルさんにもしものことがあったときにすぐさま駆けつけられるように、こうして監視をしているだけであって――」

「ミルクの言う通りだ、マッド。というわけでミルココ、実況よろしく」

「ちょ、兄者! 何考えてんの!」

「いやいや、マッド。別に俺はシャルエルさんにもしものことがあったときに――」

「それはもう聞いたよ! だからってそんな――」

「うわぁ、さっきから情熱的だなぁ、シャルエルさん。襲い掛かった勢いのまま、もう上の服を脱がせちゃったよ」

「えっ、何! 襲い掛かったのって、シャルエルさんの方なの!」

 ミルココの口から紡がれる生々しい一部始終に、リカルドは興奮し、マッドはただただ狼狽えていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 太陽はとっくに地平線の向こう側へと落ちて、空には上弦の月が他の星を圧倒するほどに輝いていた。普通の人から見れば“良い天気”だが、ホログラムの球体を見分ける必要のある選手にとってはけっして良いコンディションとは言えなかった。

「……シャルエルさんは、どうなったのでしょうか?」

 そんな中もうすぐ出番がやって来る深雪は、試合以外のことに気を取られていた。その程度のことで深雪が負けるとは達也も思っていないが、心配そうな表情を浮かべる彼女が単純に忍びなかったため励ますことにする。

「シャルエルさんならば万が一の事態になることもないし、それに何より今はリカルド達が彼女を見守っている。そもそも今回の件にそこまで強力な魔法師が関わっているとは思えないし、この程度の奴らにリカルド達が後れを取るとも思えない。深雪が心配するようなことは、何1つ起こらないさ」

「……お兄様がそこまで仰るということは、そうなのでしょうね。ありがとうございます」

「ああ、それよりも深雪は、目の前の試合に集中するべきだ。自分達のせいで深雪が優勝を逃したとなれば、リカルド達が悲しむぞ」

「……分かりました。それでお兄様、気力も充実していますし、最初から飛行魔法を使いたいと思うのですが」

「良いよ。思いっきり、飛んできなさい」

「はい! 行ってまいります!」

 勢いよくフィールドへと飛び出していく深雪を、達也はサムズアップで見送った。

 

 

 

「そういえば、飛行魔法を使ったことで何か言われなかったの?」

 観客席で決勝戦を今か今かと待っていたエリカが、ふいにそんな疑問を口にした。ちなみに彼女の周りには、予選のときと同じメンバー(ただしミルココとリカルド・マッドは“所用”によりいない)が集まっている。

「CADを検査させろって大会委員の人が来たから、その人にそれを渡したらしいよ。CAD自体は大会の規定に収まったものだから、提出しても困る代物じゃないしね」

 エリの言葉に、エリカは「ふーん」と納得したように頷いた。

 そしてちらりと隣に目を遣り、ふっと苦笑いを浮かべると、

「美月ちゃーん、何をそんなに緊張してるの! 美月ちゃんが出場するわけじゃないのに!」

「エ、エリカちゃん! だって、この試合の結果によっては第一高校が総合優勝を決めるかもしれない、すっごく大事な試合なんだよ! 見てるこっちだって緊張してくるよ!」

「ははは、美月は心配性だなぁ! どうせ深雪の優勝に決まってるだろ! 何せ深雪には飛行魔法があるんだからな、アドバンテージがそもそも違うんだぜ!」

「うーん、それはどうだろうねぇ……」

 レオも言葉に異を唱えたのは、厚志だった。彼の発言に、レオ達が一斉に彼へと視線を向ける。

「どういうことですか、厚志さん?」

「簡単な話さ。予選から今までの間で、他の選手も飛行魔法を使えるようになってるかもしれない、ということだよ」

「でも、たった数時間ですよ? それまでの時間で、飛行魔法を使えるようになるんですか?」

「飛行魔法の術式はトーラス・シルバーによって公表されているから、解析の手間は必要無い。そもそも飛行魔法自体が“誰でも使用できる”ことを目的として開発されたものだから、技術的な課題はそれほど高くないと思うよ」

「そっかー……。それじゃ今回の試合、どう転ぶかはやってみないと分からないってことね」

 エリカがうんうんと頷きながらそう言うと、

「いや、試合自体は深雪ちゃんの圧勝だと思うよ?」

「えっ?」

 先程とはまるで違うように思える厚志の発言に、再び彼へと視線が集中した。

「いやいや、厚志さん。さっきレオの言ったことを否定したじゃないですか」

「私が否定したのは“飛行魔法の有無がアドバンテージになる”ということであって、深雪ちゃんが圧勝すること自体は否定していないよ?」

「でも飛行魔法は他の選手も使えるのに、どうして深雪が圧勝すると思うんですか?」

「そろそろ試合が始まるみたいだし、実際に見てみた方が早いんじゃないかな?」

 厚志の言う通り、フィールドには全選手が登場しており、そろそろ試合が始まる雰囲気となっていた。厚志の考えも確かに気になったが、自分の目で確かめながら考えてみようという結論に達したのか、全員素直にフィールドへと顔を向ける。

 それとほぼ同時、試合開始のブザーが鳴った。

 そしてその瞬間、6人の選手が一斉に空へと飛び上がった。

 そして一高の小早川を除く5人が、そのまま足場へと降りなかった。

「やっぱり、飛行魔法を使ってきたか……」

「あれ? でもなんで小早川先輩は使わないんだろう?」

「使えるようにならなかったから、とか?」

「いや、小早川先輩も相当な実力者だ。他の選手が使えているのに、彼女だけ使えないということはないだろう。きっと何か理由があるはずだ」

「理由か……。何だろ……?」

 レオ達が考えている間にも、試合はどんどん進んでいく。空を舞う6人の少女の姿は、綺麗な星空と相まってまさしく“妖精のダンス”と評される美しさを秘めている。観客は1人の例外も無く、その試合に夢中となっていた。

 だが幻想的な光景に興奮していた観客達は、徐々に或る事実に気づいていった。

 同じ飛行魔法を使用しているはずなのに、得点を重ねるのは一高の選手だけである、と。

 他の選手がおっかなびっくりで初めての飛行魔法を使っているのに対し、深雪の動きは素人目で見ても分かるほどに洗練されていた。素早く優雅に滑らかに身を翻し宙を滑り上昇して下降する、という自由奔放な舞に誰1人ついていけなかった。

 そして慣れない飛行魔法のせいで挙動に無駄が生じた他の選手は、飛行魔法すら使っていない一高の小早川にすら得点を許してしまっていた。彼女は予選で自分達が使っていた“足場から飛び上がり、綺麗な放物線を描きながら別の足場に着地する”という基本的な動きを忠実に反復し、飛行魔法を使う他の選手よりも早くホログラムへと辿り着いていた。

 だが彼女達は、今更元の戦術に戻すことはできない。なぜなら彼女達が使っているCADには、飛行魔法以外の起動式が記録されていないからである。

 そうしている内に、選手の1人が空中でぐらりと体勢を崩して僅かに高度を下げた。その表情は苦悶に満ち、疲れ切っているのがよく分かる。

 まさかサイオンが枯渇したのか、と観客が悲鳴をあげるが、その選手はゆっくりとした動きで徐々に高度を下げ、そのままゆっくりと足場へと下り立った。会場のあちこちから、ほっと溜息を吐くのが聞こえる。

「……ん? 今のは何だ?」

「安全装置が作動したんだよ。良かった、変なアレンジとかしてなくて」

 公表されている飛行魔法の術式には、術者からのサイオン供給効率が半減すると自動的に10分の1Gの軟着陸モードへと変更される“安全装置”が組み込まれている。

「それにしても、今の場面は良い宣伝効果になるね」

「宣伝?」

 エリの言葉に美月が首をかしげると、エリはじっと試合を見つめながら口を開いた。

「今ここにいるのは1万人、中継映像を含めると視聴者はざっと数えただけでも100万人は確実に超えてる。しかも魔法競技の大会だから、魔法関係者の人間はほぼ注目していると考えて良い。そんな注目されている場所で、新製品の安全装置が正確に作動したことを証明した今の場面は、多分何十億円って資金を投入して打たれる広告と同じくらいかそれ以上の宣伝効果があると思うよ」

 エリの言葉に、雫がうんうんと頷いていた。さすが事業で名を上げた北山家の人間だけあって、そのような経済的な物の考え方に慣れた様子である。

 エリの解説に皆が感心している間にも、また別の選手がゆるゆると足場へと着地していった。

 

 

 

 第1ピリオドでの脱落者は、この2人だった。そしてこの2人は、そのまま試合を棄権する。

 第2ピリオドでも1人が脱落、そのまま棄権。

 結局第3ピリオドは、深雪と小早川、そしてもう1人の選手との三つ巴となった。

 とはいえ、結果はほぼ決まったようなものだろう。

 深雪は圧倒的な点差でトップ、序盤から着実に点数を重ねてきた小早川が次点、そして今にも脱落しそうなほどに疲労困憊な様子の他校の選手。おそらくこの順番でこの決勝は決まりだろう。

 だが深雪はけっして、力を抜くことをしなかった。最後の最後まで、優雅に空を舞って点数を稼いでいく。

 まるで、自分の兄が開発した飛行魔法を一番使えるのは自分だ、と主張するかのように。

 とはいえ、そんな印象を抱くのは、飛行魔法を開発したのが達也であることを知るごく一部の者だけだろう。他の大多数の観客は、彼女の姿が無邪気に遊ぶ妖精のように見え、まるで現実世界のものではないかのようにうっとりと見つめていることだろう。

 やがて最後のホログラムが彼女の手によって掻き消され、試合は終了した。

 一高選手のワンツーフィニッシュという、一高関係者にとって最高の結果と共に。

 そしてその瞬間、一高の総合優勝が決定した。

「いやぁ、さすが深雪。圧倒的だったわね」

「試合前に厚志さんが言っていたのは、このことだったんですね」

「確かに飛行魔法は常時術者からサイオンを吸収し続ける魔法だ、普通の魔法師ならば長時間使用するなんて無茶ができる代物じゃないな」

「“誰でも使える”術式ではあっても、“誰でも使いこなせる”術式ではないということか。これが分かってたから、小早川先輩は飛行魔法に手を伸ばさなかったわけか」

 試合が終わった後も、レオ達は興奮した様子で先程の試合について熱心に会話を交わしていた。そしてそんな彼らの姿を見て、厚志やモカが微笑ましい笑みを浮かべている。

 だが、

「あーあ、こんな凄い試合だったんだから、ミルココ達も生で観られれば良かったのにね」

 エリカのこの発言によって、2人の笑顔がぴくりと引き攣った。

「仕方ないよ、4人共急な用事が入っちゃったみたいだし」

「うーん……、でもあの4人が一斉に急用が入るって、何だか想像しづらいのよねー。あの4人の仲が良いのは分かるけどさ、厚志さん達全員じゃなくて“あの4人だけ”っていうのが引っ掛かるというか。――ねぇねぇ厚志さん、急用って結局何だったの?」

「あっはっはっ、私も彼らの全部を知ってるわけじゃないからね、そこまでは分からないかなぁ」

 厚志の答えにエリカは明らかに不満そうだったが、試合による興奮の方が勝っているのだろう、そのままレオ達と飛行魔法について熱く語り合い始めた。

「……そりゃ彼女達も、試合を観たかっただろうけどね」

 周りの声に掻き消されるほど小さな声でぽつりと呟いた厚志に、モカが苦笑いで応えた。

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