魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第38話 『“力による抑止”とは、互いの戦力が拮抗して初めて成立することである』

 横浜市内にある高台――今世紀半ばまで“海の見える丘公園”と呼ばれていたそこには現在、横浜港とその沖合を一望できるほどの超高層ビル“横浜ベイヒルズタワー”が建てられている。ホテル・ショッピングモール・民間オフィス・テレビ局などが居を構える複合施設であり、京都に本部を置く魔法師の親睦団体“日本魔法協会”の関東支部もここに置かれている。

 しかしここが純粋な民間施設ではないという事実は公然の秘密というものであり、ここには東京湾を出入りする船舶を監視する目的で、国防海軍や海上警察が民間会社に偽装したオフィスを置いている。魔法協会の支部がここに置かれているのも、有事に対する防衛手段であるというのがもっぱらの噂であり、そして紛れもない事実である。

 そんなビルの屋上には、テレビ局の放映アンテナだけでなく、無線通信の中継装置が置かれている。そしてそんな装置に何やら小型の情報端末を押しつけ、もう片方の手でCADを操作する女性の姿があった。

 藤林だった。

「よし、ハッキング完了。無線通信は全部こちらに繋がるように書き換えたわよ」

「……あーあ、もう完全に試合終わっちゃったよ。まさかアジトに着くのが、こんなに遅くなるなんて」

「まさかあの勢いのまま、5ラウンドもやるとは思わなかった……。相当溜まってたんだな、シャルエルさん……」

「ま、まあ! そのおかげで、こっちもゆっくりと準備することができたと思って! あ! ひょっとしてシャルエルさん、そこまで考えて誘拐犯を足止めしてくれたんじゃ――」

「いや、絶対自分の本能に従っただけでしょ……」

 そして藤林の隣にいるのが、シャルエルを乗せた車を追っていたミルココにリカルドにマッドの4人だった。皆揃ってうんざりしたような顔をしているのは、組織のアジトに奇襲を掛けるだけの“簡単な仕事”に長時間拘束されているせいだろう。

 そして彼らの怒りの矛先は、シャルエルだけではなく藤林にも向けられていた。

「まったく……、こっちは敵のアジトさえ分かれば、さっさと突入して殲滅したかったんだよ? 普通に殺せば済む話なのに、なんでこんな回りくどいことを……」

「うっ……! その点に関しては、申し訳ないと言わざるを得ないわ……。でもこっちも、“無頭竜”に関しては色々と調べたいことがあるのよ」

「まぁそれは理解できるし、それが巡り巡ってこっちの利益にもなるってことは分かるから、こうして協力しているわけだけど……。そもそもこっちには、達也みたいにあんた達に協力してやる“理由”は無いってことは憶えておいてよ?」

「……善処するわ」

 ミルクとココアに睨まれて、藤林は居心地悪そうに目を逸らした。ここの部分だけ切り取ると、彼女も普通の女性であるかのように見える。

「さてと、準備ができたってことは、もう行って良いってことでしょ? ――それじゃマッド、よろしく」

「はいはーい、それじゃ、行ってくるねー」

 ミルクの呼び掛けにマッドが応えると、彼はコートを大きく広げ、ふわりと宙に浮き上がり、そのまま空を飛んでいった。

 彼の行く先――直線距離にして1キロ以上した場所には、今世紀前半に香港資本によって建てられた高層ホテルである“横浜グランドホテル”(ニューグランドホテルの前身である同名のホテルとは何の関係も無い)が、夜の闇に侵されることなく光り輝いていた。

 彼はそのホテル――正確には最上階の1つ上、一般には知られていない“本当の最上階”へと向かっていく。

 

 

 

「ふふふ……、まさか本当に来賓者を誘拐できるとはな……」

「どうやら天は、まだ我々を見離していないようだな」

「それにしても、こいつは何者なんだ? 九島烈と同等の扱いを受けていたようだが……」

「様々な国のデータベースに侵入してみたんだが、こいつに関する情報はどこにも見当たらなかった。スタッフの大部分も、彼女が何者なのかについては聞かされていなかったようだが」

「何者でも構わない。重要なのは、今こうして我々の手に墜ちているという事実だけだ」

 高級ブランドスーツに身を包み、金銀宝石で煌びやかな指輪を嵌めた初老の男性5人に取り囲まれているのは、手錠や拘束具で体の自由を奪われているシャルエルだった。もちろんただの手錠などではなく、ちょっとやそっとの魔法ではびくともしない情報強化が施された特注品である。

「それにしても日帝軍め……、ふざけた真似をしてくれる」

「まさかジェネレーターを全滅させられるとは思わなかった……。日帝軍の分際で……」

「一度我々に勝ったくらいで増長しおって……」

「だが、これで日帝軍の鼻を明かすことができるってものだ。何てったって、自分達のお膝元で来賓者を誘拐され、むざむざ殺されるんだからな。自分達のゲストも碌に守れないと、外交的にも大ダメージとなることは必至だろう」

「そういう訳だ。運が悪かったということで、諦めてくれたまえ」

 にたにたと気味の悪い笑みを浮かべながら、男達がシャルエルへと顔を向ける。

 しかし今まさに命の危機が迫っているはずの彼女は、まるで平然としていた。

 それどころか、

「ねぇねぇ、あなた達。最近ご無沙汰なんじゃない?」

「――――は?」

 あろうことか、彼女は自分を殺そうとしている奴らを“誘惑”し始めたのである。

「何を言っているんだ、貴様は! 自分の状況が分かって――」

「分かってるわよぅ。つまり私はもうすぐ死ぬってことでしょ? だったら最後くらい気持ちいい想いをしたって良いじゃない。それにあなた達だって、最近は色々と準備しなきゃいけないこと続きで“ストレス発散”できてないんでしょ?」

「…………」

「ねぇねぇ、良いじゃない。自分で言うのも何だけど、私“そういう事”にはちょっと自信があるんだから。あなた達が望むなら、どーんなことだってしてあげるわよ? どーんなことだって、ね?」

 シャルエルはそう言うと、舌なめずりする仕草を見せる。ふわふわと柔らかい唇から真っ赤な舌が顔を出して唇を艶やかに濡らしていくその光景に、男達は自身の意思とは無関係に“反応”を見せる。“男”としての本能を呼び起こされる感覚に、男達の鼻息も徐々に荒くなっていく。

「ふ、ふむ……、君がそれを望むのなら、私としてはそれに応えてやらないことも――」

「な、何を言ってるんだ! 一刻も早くこいつを殺して、九校戦自体を中止に追い込まなければ――」

「いや、しかし、我々は監視システムを潜り抜けてここまで来たわけだし、日帝軍も警察も我々のことは感知していないと考えられる」

「そ、そうだ! むしろ我々には“そういう事”をする余裕すらあったにも関わらず、日帝軍は彼女を助けることができなかったということになれば、よりダメージは大きくなると思うのだが」

 色々と理屈をつけながら自分で自分を納得させる作業に入っていった彼らを見て、シャルエルは1人ほくそ笑んでいた。このまま行けば、彼らが自分に飛びついてくるのも時間の問題だろう。

 そしてとうとう彼らが“結論”を導きだし、欲望を隠すことのないぎらぎらした目を彼女へと向け、彼女が期待を込めた笑みを浮かべたそのとき、

 

 

 どごぉん!

 

 

「な、何だ!」

 突如部屋の壁が破壊され、男達は一斉に驚きの表情でそちらへと顔を向けた。

 ぽっかりと穴の空いた壁の向こう側で宙に浮いていたのは、全身を厚手のコートで覆った大男だった。ゆっくりと床に下り立って部屋中を見渡す彼の顔は、その大柄な体に反して少々童顔っぽく見える。

「何だ貴様は――」

 CADを構えて臨戦態勢に入ろうとしていた彼らだが、その目論見はあっさりと崩れ去った。

 大男から飛び出した布のような何かが男達に襲い掛かり、彼らの脚をそれぞれ一本ずつ、脛の辺りからすっぱりと切り落としたからである。

「――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 断面から血を吹き出しながら、男達は人間とは思えない叫び声をあげてその場をのたうち回った。いかにも高級であることが分かるカーペットが、彼らの血でどす黒く染まっていく。

「あら、マッドちゃん。もう来たの?」

 そしてそんな状況にも拘わらず、シャルエルは相変わらずの呑気な表情のままだった。

「もう来たのって……、シャルエルさんを助けに来たんでしょ……」

「せっかくこの人達もやる気になってくれて、さぁこれからってときだったのに……」

 そう言って残念そうにする彼女の様子からは、演技だとか騙そうだとかいう感情を一切感じなかった。助けが来るまでの時間稼ぎだとかそういったものではなく、ただ純粋に彼らと“お楽しみ”に興じようとしていたのが一目で分かる表情だった。

 一方、脚を切断されて床に転がっている男達だが、苦痛に脂汗を掻きながらも懸命に携帯端末で外部と連絡を取ろうとしている最中だった。

「ねぇマッドちゃん、何か連絡を取ろうとしてるみたいだけど、放っておいて良いの?」

「ああ、何か藤林さんが細工をしたみたいだから大丈夫らしいですよ。電波を収束してるんですって、よく分かりませんけど」

 マッド本人はよく分からないと言っているが、男達にはその意味を理解する知識を持っていた。知識があるがゆえに、彼らにもたらされたのは絶望だけであったが。

 と、そのとき、プルルルル、と電話の着信音が部屋のどこかから聞こえてきた。つい先程電話はできないと言われたばかりのこの部屋で。

「あ、俺のだ」

 しかしその正体は、あっさりと判明した。マッドがポケットから取り出した携帯端末が鳴っていたのである。彼は画面をちらりと見遣ると、彼らの内の1人へとそれを差し出した。

「……何だ?」

「あんたに電話だよ」

 不審に思いながらもその男はマッドから端末を受け取り、それを耳に当てた。

『はいはーい、無頭竜の皆さーん! お元気してますかー?』

 そこから聞こえてきたのは、ひどく陽気な少女の声だった。

「……貴様、何者だ?」

『いやいや、富士では色々とプレゼントありがとねー! “電子金蚕”だっけか? あれってなかなか面白い魔法だね-!』

「……成程、すべて貴様の仕業だったわけか」

『私だけじゃないよ? みーんなの協力があって、初めてできたことなんだからー!』

「……それで、何が目的だ?」

『いやいや、目的だなんてそんな大それたもんじゃないよー! ――単なる“お礼”なんだからさ』

「お礼、だと……?」

『そうそう。単なるお礼なんだから、素直に受け取ってよ? じゃないと、――マッド』

「はいはーい」

 電話の向こうから呼び掛けられた大男――マッドは、まるで『ちょっとそこの醤油取って』という頼みに応えたかのような気軽な返事をすると、先程男達の脚を切断した布を繰り出し、床に転がっている男の1人を背中から深く突き刺した。

「がっ――!」

 突き刺した箇所はちょうど心臓の部分であり、ドガッと固いものに突き刺す音がしたことから布は床にまで及んでいることが分かる。突き刺された男は小さな悲鳴をあげてぴくぴくと痙攣した後、静かに息を引き取った。

「――貴様!」

『まぁまぁ、そんなに怒らないでよ、ダグラス=(ウォン)さん?』

「――なぜ私の名を知っている!」

『そんなことはどうでもいいでしょー。今重要なのは、あなた達が今どんな状況に置かれているか、でしょ?』

「……ま、待て! 我々はこれ以上、九校戦に手出ししない!」

『いや、九校戦は明日で終わりなんだけど』

「九校戦だけではない! 我々はすぐにでもこの国から出ていく! 二度とこの国には戻ってこないし、他の連中にもこの国を手出しさせたりしない! もちろんここだけでなく、西日本総支部も引き上げさせる!」

『黄さーん、あなたにそこまでの権限があるのー?』

「私はボスの側近だ! しかも私にはボスの命を救った“貸し”がある! 命の借りは、救われた数だけ望みを叶えることで返されるのが我々の掟だ!」

『ああ、成程。でも今それを使っちゃって大丈夫なの? 向こうに戻ったとき、自分の命を見逃してもらうことに使った方が良いんじゃないの?』

 2人の会話は、周りにいる3人の男にも聞こえている。電話の言葉に、彼らは一斉に黄へと殺意と憎悪の視線を向けた。

「違う! そんなことをしなくても、ボスは私を切り捨てたりはしない!」

『ふーん、あなたにそれだけの影響力があるんだー』

「そ、その通りだ! だから――」

『で、それをどうやって証明するの?』

「しょ、証明……?」

『だって口先だけなら、何とでも言えるでしょ? 絶対に約束を守るって証拠を見せてくれないと、こっちとしても「はいそうですか」なんて言えないでしょー?』

「そ、それは……」

『そういえば、“無頭竜”って元々自分達で名乗ったものじゃないんだよね? 何でも、ボスが部下の前にすら姿を現さないことからそう呼ばれるようになったとか。部下を直々に粛正するときも、意識を奪ってから自分の部屋に連れてこさせる徹底ぶりだそうで』

 自分の名前だけならまだしも、電話の相手はあまりにも自分達のことを知りすぎている。

 いったい何に手を出してしまったのか、と黄は戦慄した。

『でさ、あなたがボスの側近だっていうなら、当然ボスの顔は見たことがあるよね?』

「……私は拝謁を許されている」

『誰?』

「……そ、それは……」

 長年にわたって刷り込まれた恐怖心が、今目の前に広がる恐怖を僅かに上回った。

 だが、

『マッド』

「はい、2人目ね」

 マッドの布が目にも止まらぬ早さで繰り出され、もう1人の男の心臓を容易く貫いた。

「ジェームス!」

『あ、ひょっとして今のジェームス=(チュー)だった? 手配中の国際警察には悪いことしたかな?』

 悪いことをしたなんて微塵も思っていないであろう陽気な声に、そして何の躊躇いも気概も無く人を殺してみせる目の前の男に、黄は自らのボスと同じくらいの恐怖を味わっていた。

『さてさて、次の犠牲者は誰かなー? だ・れ・に・し・よ・う・か・な――』

「ま、待て! ボスの名前は、リチャード=(スン)だ!」

『表の名前は?』

「……孫公明(そんこうめい)

 この後も黄は電話口の相手に言われるがままに、ボスの住所やオフィスビルの名称から行きつけのクラブまで、ボスに関するあらゆる情報を話した。

「……私の知っている情報は、これで全てだ」

『うん、こっちも訊きたいことはそんなものかな? うん、ありがとう。これであなたが、本当にボスの側近だってことが証明されました』

「そ、それじゃ――!」

『うん良いよー、助けてあげる。――マッド、シャルエルさんを連れてそこから退散ね』

「了解」

 電話の声にマッドが応えると、手錠や拘束具をつけたままのシャルエルを背中に乗せて、自分が空けた壁の穴から飛び下りていった。

 海風が容赦無く中に入り込んでくる部屋に取り残されたのは、片脚を切断された男3人と、片脚と心臓を切断された男の死体が2つだけだった。

「ぐっ……! くそ……、とんでもない目に遭った……」

 黄が忌々しく吐き捨て、片脚だけで立ち上がろうとしていたそのとき、

『あ、そうそう』

 マッドが置いていった端末から、先程の少女の声が聞こえてきた。恐怖から解放された安堵で頭がいっぱいで、電話が切れたかどうかすら確認していなかったのである。

『さっき「助けてあげる」と言ったな? ――あれは嘘だ』

「へっ――?」

 その言葉を聞いた瞬間、黄の意識はそこで途切れた。

 彼らのいた部屋で、突如爆発が巻き起こって何もかも吹き飛ばした。

 物も、死体も、命さえも。

 

 

 

「はい、命中。ざっとこんなもんよ」

「相変わらず、見事な腕前ね。とはいえ、たかが1200メートル程度じゃ物足りない距離かもしれないけど」

「そんなことはねぇよ。たとえ100メートルだろうと4キロだろうと、狙撃の心構えが変わることはねぇ」

「……さすがね」

 ベイヒルズの屋上にある落下防止柵の手前に立つリカルドに、藤林が驚嘆の声を漏らして彼を見つめていた。彼の右手にはバレットライフルに酷似した銃器が握られており、その銃口からほんの微かに煙が上がっている。

 “狙撃”(スナイプ)、リカルド。

 その二つ名の通り、彼は狙撃手だ。50口径対物狙撃銃を操り、最大射程距離は4キロ、その破壊力は巡航ミサイルにも匹敵する。その秘密は彼が自身の魔力で生成する弾丸にあり、50口径重機関銃弾の1つ1つに彼の持つ全魔力を注ぎ込み、保存する。最大保有弾数は20発、つまり彼は自身の魔力を全て注ぎ込んだ渾身の攻撃を一度に20発まで撃ち込めるということだ。よって彼は中級魔族でありながら、魔王レベルと比較しても遜色ない攻撃力を有している。

 しかしそんな彼にも弱点がある。前述のように弾丸に魔力を込めており、さらに魔力が逃げないように彼の魔力でそれを保守しなければいけないため、他の攻撃に魔力を使うことができないのである。よって運動能力も防御力も普通の人間とほとんど変わりなく、だからこそひたすらタフで万能な能力を持つマッドとコンビを組むことで、その能力を100パーセント遺憾なく発揮できるのである。

 もっとも、今回使用したのはそんな大それた弾丸ではない。そんなものを使ってしまっては、男達の階下にいる一般客も犠牲になってしまう。なので先程の狙撃に使用した弾丸は、リカルドがこの数時間で急遽用意した簡易的なものであり、普段の攻撃と比べてもその破壊力は微々たるものである。

 しかし微々たるものとはいえ、人間数人を巻き込んで部屋を破壊するには充分な威力を持っている。現に彼が望むグランドホテルの屋上付近には黒い煙が立ち上り、中の様子が丸わかりなほどにぽっかりと壁に穴が空いているのがよく見える。

「生存者はゼロ、完璧に殲滅したよ。これで一安心だね」

 そして彼と一緒にグランドホテルを眺めていたミルココが、笑みを浮かべて太鼓判を押した。

「え、ええ、そうね。こちらとしても、無頭竜のボスについて重要な情報が聞けたから満足よ」

「たかが犯罪シンジケートのボスの情報に、そこまで価値があるとは思えないけどねぇ」

「あれはただの犯罪組織じゃないの。――みんなは、“ソーサリー・ブースター”って知ってる?」

 藤林の問い掛けに、ミルココとリカルドは揃って首を横に振った。

「ここ数年で犯罪組織の間で急激に広まっている、魔法増幅装置のことよ」

「増幅? そりゃまた随分と胡散臭いもので……」

「だけど、ソーサリー・ブースターは実在するわ。そして或る意味では“画期的な魔法増幅装置”であることは間違いないの。魔法の設計図を提供するだけではなく、それを構築する過程も補助してくれるもの、と言った方が分かりやすいかしら。術者本来のキャパシティを超える規模の魔法式形成を可能にする装置よ」

「それって“ブースター”っていうよりも“増設メモリ”だよね?」

「まぁ、俗称なんてそんなもんよ。――問題はこの装置の“原料”で、真っ当な企業ならまず手に入れることはできないし、国家でもばれたときのリスクがでかすぎる。だからこの装置は現在のところ、事実上無頭竜の独占供給状態なのよ」

「ははーん、つまりおたくらはその装置を買い付けたいがために、ボスの情報が必要だったってわけだな?」

 リカルドの指摘に、藤林は即座に首を横に振って否定した。

「いいえ、我々はその装置の製造と供給を止めるために動いてるわ。私だったら絶対に使いたくないし、軍で使わせるわけにもいかない代物なの」

「つまりその原料は、倫理に反したものだってことだね?」

 ココアの指摘に、藤林は今度は深く頷いた。

「ソーサリー・ブースター製造に必要なもの、それは――魔法師の大脳よ」

「……そんなこと、できるの?」

「人工ニューロンを用いた通常の感応石(電子信号をサイオン波動に、サイオン波動を電子信号に変換する合成物)とは仕様が違うけどね。1つのブースターでは1つの特定の魔法しか使えないし、その魔法も個々によって違う。だけど、ある程度のパターン化は可能なようね。製造時の残留思念によって魔法が変わるのならば、おそらく同じ種類の強い感情を与えれば、同じような魔法に設定することは可能みたいね」

「……脳を摘出する直前に、大きな苦痛や恐怖を与えるってこと?」

「おそらくは」

「……そりゃまた、随分と悪趣味だね」

 先程は“胡散臭い”だったソーサリー・ブースターに対する感想が“悪趣味”へと変わった。

「私達は魔法を武器とし、魔法師を軍事システムに組み込むことを目的とした実験部隊だけど、魔法師を文字通りの“部品”にすることを認めるわけにはいかないわ。その一線を踏み越えてしまったら、我々はもう“人間”ではいられなくなる」

「まぁ、そういう感情を抜きにしても、魔法師の実力を拡張するなんて軍事的にも脅威だろうね」

「その通り。北米情報局(NAIA)も同様の見解を持っていたらしく、内情に協力を求めていたわ。今回のみんなへの“お願い”に関しては、そのような事情もあったのよ。ご協力、ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げる藤林に、3人は気にするなと軽く手を挙げて応えた。

 と、ちょうどそのとき、

「やっほー、みんなー」

 シャルエルを連れたマッドが、屋上に姿を現した。にこにこと笑いながら手を振る彼女の姿に、ミルココ達は呑気なものだと苦笑いを浮かべた。

「シャルエルさん、もうこんな危なっかしい真似は止めてくださいよ」

「ごめんごめん、でもこうして達也ちゃん達にちょっかい出してた人達を殲滅できたでしょう?」

「……いや、そりゃそうですけど」

「だったら良いじゃない! それより私、お腹空いちゃったのよ! 昼間に“激しい運動”をしたせいかしら!」

 そう言って呑気に笑うシャルエルに、ミルココ達は大きな溜息を吐き、マッドは顔を真っ赤にして俯いていた。

「あーと、それじゃ何かテキトーに食べて帰ろっか」

「はいはーい! せっかく横浜に来たんだから、中華料理が食べたいでーす!」

 シャルエルが手を挙げて提案するが、それに難色を示したのは藤林だった。

「いや、さすがにこのタイミングで中華街に行くのは……」

「大丈夫だって! 知らんぷりしてたらばれないわよ! だって私達のこと知ってる人、全員死んじゃったもの!」

「まぁ、確かにその通りだね。――よし! こうなったら中華料理フルコースだ!」

「おーっ!」

「え? あの、ちょっと、だったら私はこの辺で――」

「はいはい、響子ちゃーん! 冷めるようなこと言わなーい! はいしゅっぱーつ!」

「ちょ、え、あの、待って――」

 戸惑う藤林をむりやり引きずりながら、6人は突然の爆発事故で混乱している横浜中華街へ繰り出していった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ミルココ達が中華料理に舌鼓を打っているそのとき、九校戦会場のホテルでは風間がとある客人を部屋に招き入れていた。

 その人物とは、九島烈だった。

 まだ“十師族は表立って高位高官にならない”という原則が確立されていなかった頃、国防陸軍で少将の地位まで上り詰めた男である。そもそもこの原則自体、烈が現役時代に様々な軋轢を経験した末に作られたようなものなのだが。

 つまり風間にとっては、たとえ退役後だとしても公的な秩序に則って礼儀を見せるべき人物だということだ。

 しかし彼にとって烈という人物は、あくまでそれだけの存在だった。

 風間はB級ライセンスを持つ魔法師であり、十師族を頂点とするコミュニティのメンバーに数えられる。しかし彼は九重八雲の弟子として“忍術使い”に分類される古式魔法の魔法師であり、現代魔法が象徴とする十師族に対しては冷ややかな感情を抱いている。もちろん、部下に対するものとは区別されるが。

 風間は飲み物を持ってきた従卒を部屋の外へ下がらせると、改めて烈へと向き直った。

「本日はどのようなご用件でしょうか。藤林でしたら、生憎今は使いに出しておりまして」

「自分の孫に会うために、わざわざ上官を通す必要は感じんな。何、君が珍しく土浦から顔を出していると聞いてな、久し振りに“独り身”になったこの機会に顔を合わせようと思ってな」

「そうですか、光栄です」

 口ではそう言いながら、風間からは恭しさというものをまるで感じなかった。

「十師族嫌いは相変わらずのようだな」

「それは誤解だと申し上げたはずですが」

「隠す必要は無いと、以前にも言ったはずだが。元々“兵器”として開発された我々と違い、君達は先人の教えを受け継いだだけの“ニンゲン”だ。我々の在り方に嫌悪感を抱くのも無理はない」

「……自らを武器と成す、という考え方は現代も古式も変わりません。私が嫌悪感を抱くとするならば、“自分は人間ではない”という認識を子供や若者に強要するやり口です」

「ふむ、だから“彼”を引き取ろうとしたのかね?」

「……彼、とは?」

「司波達也くんだよ。3年前、君が四葉から引き抜こうとした深夜(みや)の息子だ。――もっとも、君の企みは高田厚志に遮られてしまったようだがね」

「…………」

 風間の沈黙は言葉に詰まったというよりも、“ムッとした”と表現する方が適切だろう。

 しかし彼が知っていたとしても、別段不思議ではない。なぜなら3年前には彼が師族会議議長の席にあり、今なお国防軍魔法顧問の地位にあり、そして一時期とはいえ四葉深夜と四葉真夜(まや)は彼の教え子だったのだから。

「君だから正直に言うが、現在の彼の立場というのは“十師族の枠組み”においては良好であると思っている。十師族は互いに牽制し合って魔法師の暴走を止めるという意味合いもあるが、彼が四葉に縛られたままだと、ただでさえ十師族の中でも突出した存在である四葉家が、完全に十師族の一段上に君臨する存在となってしまう。――だが別の見方をした場合、状況は一気に“最悪”なものになる」

 烈の言葉に、風間は口を挟もうとしない。よって烈は、言葉を続ける。

「彼は事もあろうに、“プリティ☆ベル”と手を組んでしまった。そもそも30年ほど前に初代プリティ☆ベルの桃地美雪(ももちみゆき)が現れて以来、我々とは予測不能で微妙な関係性だったというのに、当代のプリティ☆ベルに関してはもはや手に負えん」

「…………」

「我々人類の力を結集しても勝てるかどうかという難攻不落“美咲エリ”に、そんな彼女を的確に運用する能力と自身も反則的な実力を秘めている“高田厚志”。そんな2人の周りには粒揃いの実力者が民族の壁を越えて集い、そして今は四葉家の秘蔵っ子である“司波達也”に、四葉家の次期当主候補筆頭である“司波深雪”までもが彼らの仲間として動いている。極めつけには、プリティ☆ベルと同等、あるいはそれ以上に危険視されている“黒の女王”(クイーン・オブ・ナイトメア)とも密接に繋がっている」

「…………」

「確かに今はギブアンドテイクの関係を築けており、彼らも君達に協力的なのかもしれない。――だが忘れてはならんのは、彼らは“中立”だということだ。中立とは“八方美人”などではなく、“利害の衝突が生まれたら、たとえ誰であろうと戦うことに躊躇しない”という意味だ。そして彼らはそのことを充分理解しているし、実際に成し遂げられるだけの実力を持っている」

「…………」

「なぜ軍隊や警察が“組織”という形を取るか分かるか? 軍事も警察も行政システムに組み込まれた“暴力”であり、その行使には“決定する者”“命令する者”“実行する者”“監督する者”など、多種多様な人間がそれぞれ“責任”を分かち合うためだ。――だが彼らはおそらく、1人の意思でのみ決定し、行動し、責任を負う。そんな奴らが、世界をも滅ぼしうる可能性を秘めた奴らが、そんな行動をしたらどうなると思う?」

「……1つ、訂正がございます」

 今までずっと黙っていた風間が、ここに来て初めて口を開いた。

「……言ってみたまえ」

「高田厚志という人間は、強大な戦力を自身の支配下に置きたいとか、ましてや世界征服の真似事がしたいがために美咲エリや司波達也に近づいたわけではありません。むしろその逆、不用意な混乱を招かないために彼らを抑制する役割を果たしています」

「ほう」

「もちろんそれは、彼らの自由を奪い拘束するといったものではありません。むしろ彼らの自主性を尊重しています。いざというときに余計な軋轢で行動が鈍ることのないように、しかし最低限の節度は守れるように。――そして高田厚志という人間はとても懐が深く、“取り返しのつく範囲内”であれば、たとえこちらが間違いを犯しても許容できる人間です。こちらが譲れば譲っただけ食いついて奪っていくような卑劣な性格ではなく、誠意をもって接すれば必ず誠意で返してくれるような人間です」

「随分と君は高田厚志を買っているようだな。――だがそれは、あくまで彼本人と交流のある君だからこそ言えることだ。すべての人間がそういう考えを持っているわけではない。そして悪意を持って高田厚志と接した人間が、もし君の言う“取り返しのつく範囲内”から逸脱した行為をした場合、はたして何が起こるのだろうね?」

「…………」

「まぁ、君だって“プロ”の人間だ。今更私がとやかく言うようなものでもないだろう。――だが、けっして忘れるな。彼らは、あくまで“中立”だ」

 烈の忠告に対し、風間はとうとう最後まで意味のある反論を返すことができなかった。

 なぜなら、彼の言っていることが紛れもない事実だからである。

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