魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第4話 『“空気を読めない奴”よりも、“空気を読もうとしない奴”の方が圧倒的に質が悪い』

「悪いが君達、ここを空けてもらえるかな? 今から深雪さんと僕達が、ここの席を使うんだ」

 達也たちのテーブルに近づいてそう言い放った少年――森崎俊に、周辺の空気がにわかに緊張を帯びていく。

「あの、森崎さん……。私達はこれからお兄様達と一緒に――」

「司波さん、あなたは新入生総代、いわば我々一科生の見本となる存在なんですよ? 見たところ、彼らはただの“二科生(ウィード)”ではないですか? あんな奴らに“一科生(ブルーム)”が連んでいるなんて、示しがつかないではありませんか」

「何だと、おい!」

 森崎のあまりな言い分に、レオは思わず声を荒げた。

 先程彼が言った“ブルーム”や“ウィード”という単語は、ここ第一高校の生徒の間で浸透しているものである。ブルームは“花冠”、ウィードは“雑草”を意味し、エンブレムに花が有るか無いかがその由来であり、一科生による二科生への蔑視がいかに深刻かを物語っている。

 森崎の主張はあまりにも身勝手で、深雪本人の想いすらも軽視したものである。しかし他の一科生はそれを窘めるどころか「身の程を知れよ!」だの「俺達の邪魔をするな!」だの、むしろ森崎の主張に同調する動きを見せていた。

 とはいえ、取り巻きの連中全員が同じ行動をしているわけではない。

「な、なんでこんなことに……?」

「一科生になったという誇りが、間違った方向に増長してる」

 ほのかは周りの豹変振りにただ狼狽え、雫は普段よりも目つきを鋭くして周りを見渡していた。

 その間にも、森崎の主張は続いていた。

「良いかい、君達? ウィードは所詮、僕らブルームの“スペア”でしかないんだ。授業でも食堂でも、一科生が使いたいといえば譲るのが常識だろう? 本当ならば実力で黙らせてやっても良いんだが、あいにくCADの使用が禁じられているからな。分かってくれるかい?」

「……森崎さん、あなた――」

 とうとう我慢の限界に達した深雪が森崎に向き直ろうとしたそのとき、わざと大きな音をたてて達也が席から立ち上がった。その場にいる全員が、彼に注目する。

「俺はもう終わったから、そろそろ行くよ」

「あ、おい、達也!」

「ははは、良い心掛けだ。他の3人にも見習ってほしいものだな」

 どうやら達也は、この場を穏便に済ませるつもりらしい。彼はまだ少し料理の残っているお盆を持ってその場を立ち去ろうと――

 

 

「ねぇ」

 

 

 その声はこれだけの喧騒にも拘わらず、やけに皆の耳に届くものだった。皆が一斉に、声のした方へと顔を向ける。

 そこにいたのは、エリだった。

「ああ、エリちゃん。どうかしたかな?」

「森崎さんは、どうしてそんなに二科生を蔑むの?」

 その質問は幼い子供らしい、なかなか直球なものだった。しかし森崎はそれを気にする様子も無く、先程から浮かべている嫌みったらしい笑みのまま答える。

「なぁに、それは簡単さ。ここ第一高校は実力主義だ。そして彼ら二科生は試験によって、僕ら一科生よりも実力が劣ると判断された。それはつまり、彼らの存在自体が僕らより劣るということに他ならない。違うかな?」

「てめぇ……!」

 森崎の言葉にレオが思わず立ち上がろうとしたが、それは達也に肩を押さえられることによって止められた。

 なぜ止めるのか、とレオが達也に食って掛かろうとしたそのとき、

「違うよ」

 森崎に質問されたエリが、はっきりとそう断言した。先程まで自信満々だった森崎の口元が、ぴくりと引きつる。

「……違う? なぜそう言える?」

「うーん、そもそも“実力が劣る”ことと“存在が劣る”ことに論理的な繋がりが見えないんだけど……。まぁそこにはあえて目を瞑るとして、それじゃなんで学校はそんな二科生をわざわざ生徒として迎えたのかな?」

「え?」

 森崎があげた疑問の声は、その場にいるほとんどの人間にとっても同じことだった。

「だってそうでしょ? もし存在自体が劣るんだったら、わざわざそんな人達を学校が世話する必要なんて無いよね? 教師の数が不足していて、学校にはそんなに余裕は無いんだから」

「そ、それはだね、一科生にもしものことがあったときに、二科生から補充をするためであって――」

「だとしたら、100人なんて多すぎると思わない? この学校だってそれなりに歴史はあるんだから、だいたい一学年で何人の再起不能者が出るかの統計は分かってるでしょ? いくら何でも、一年間に何十人も再起不能になるとは思えないし、もしそうだとしたらそれは教育システム自体に問題があるよ」

「……だ、だったら! なぜ君は、二科生が存在していると思うんだね!」

「そんなの簡単だよ。“存在価値があるから”だよ」

 あっさりと言い放ったその言葉に、取り巻きの一科生だけでなく、レオ達二科生ですらもぽかんと口を開けていた。普段通りの表情でそれを聞いているのは、達也と深雪くらいだろう。

「そこで問題なのは、二科生にどんな“存在価値”があるかってことだけど……。さっき森崎さんが言ってたスペアっていうのも、実際のところまったく無いってわけじゃないんだよね。多分学校側としては、そういう目的も考えての制度だと思うし」

 だからここから先は私の憶測でしかないんだけど、と前置きしてから、エリはまるで食堂中にいる一科生全員に言い聞かせるように次の言葉を放った。

「二科生の存在は、いわば一科生に対する“脅し”だよ」

「お、脅し……?」

 思いも寄らない言葉に、誰かから戸惑いの声が漏れた。

「……な、何を言うんだエリちゃん! なんで二科生の存在で、我々一科生が脅されることになるんだ!」

「深雪さん、試験の結果によって一科生と二科生って分かれているんだよね?」

「え? ええ、そうよ」

 突然振られたことで一瞬戸惑った深雪だったが、すぐに気を取り直すとエリの問いに答えた。

「試験の結果って、どこまで見ることができる?」

「えっと……、実名つきで公表されてるのは上位何人かだけで、あとは点数だけ公表されていたはずだけど」

「それってつまり、“100位”と“101位”の点数を確認することもできるよね? その2人の点差ってどれくらい?」

「!」

 エリの言葉に、深雪ははっとなって手持ちのタブレットを即座に取り出した。100位と101位とはすなわち、一科生と二科生の境界線である。

「2人の点差は……、15点だったわ」

 深雪の言葉に、その場にいた一科生全員が息を呑んだ。入試試験の満点が大体2000点くらいであることを考えると、その割合はたった1パーセントにも満たない。

「そう、15点。それが今の、一科生と二科生との“差”なの。たったそれだけ。今の一科生が過剰なまでに誇り、そして二科生を蔑んでいることが許されると思い込んでいるものが、たった15点の差でしかないの」

「15点……」

 誰かが気の抜けた声でそう呟くのが聞こえたが、エリは構わずに話を続ける。

「そういえば、第一高校って学年が上がるごとにクラス替えがあるんだよね? それで、その結果によっては一科生に上がるチャンスもあるってわけだよね? ――それとは逆に、二科生に落ちる場合もあるんだよね?」

 エリがここで挙げた“クラス替え”の制度だが、実はつい10年ほど前までは二科から一科への転籍は認められていなかった。しかし或る1人の二科生が一科生をも凌駕する実力を見せつけたことで、急遽学校側が“クラス替え”の制度を設けたという逸話がある。

 ちなみにこの生徒、3年生になる頃には一科生の中でもトップの座に君臨し続け、教師達からは魔法師として将来を期待されていたのだが、その生徒は「実験は終わった」と言い残して何の躊躇も無く普通科の大学に進学、風の噂では小学校の教師をやっているという。

 閑話休題。

「生徒を一科生と二科生に分けることで、学院は一科生のみんなにこう言ってるんだよ。――まさか“教師からの個人指導すら受けていない”二科生に負けるなんてことはないよな? 一科生になった“程度”であぐらを掻いて、実力が落ちるようなことにはならないよな? おまえ達が油断している間に、二科生によってその座を“奪われる”なんてことはないよな? ――自分達が散々やってきた二科生に対する冷遇を、“自分が受けることになる”覚悟はあるよな?」

「――――!」

 エリの言葉に、一科生は説明のできない寒気に襲われた。先程まで声を荒げて二科生を蔑んでいた一科生の誰もが、その勢いをまるで失っていた。それだけではない。食堂にいて何となくエリの話を聞いていた一科生のほとんどが、彼らと同じ感情を抱いていた。

 そんな中、森崎が再び口を開いた。

「……た、確かに、成績がギリギリの一科生なら、そういった可能性もあるだろう。だが、我々はA組だ。一科生の中でも、特に成績の良かった者が入れるクラスだ。に、二科生ごときに脅かされる立場だとは思えないがね」

 それを聞いたエリが、森崎へ向き直る。たったそれだけの動作なのに、森崎達一科生は体をびくつかせて彼女から離れるように一歩後ずさりした。

「森崎さん、気づいてる? 今、前提が変わったよ?」

「え? ど、どういうことだ?」

「さっきまで森崎さんは『一科生と二科生には絶対的な違いがあって、だからこそ二科生は一科生に蔑まれても文句は言えない』って論調だった。だけど今の質問だと『一科生の中でも特にA組くらい成績の良い人達じゃければ二科生とほとんど変わらない』って感じだったけど?」

「そ、それは――」

「つまり今の森崎さんは“すでに破綻した理論に縋りついている奴”ってことになるね。しかも自分と同じ“一科生”の人達をばっさり切り捨てたうえで……ね」

 エリの言葉にはっとなった森崎が、食堂を見渡した。あらゆる場所から、明らかに怒りを込めた視線を向ける生徒達の姿が見え、彼は顔を引きつらせた。おそらく彼らはA組ではない一科生なんだろう。そしてその中には、新入生の森崎よりも魔法の扱いに長けた上級生もいるだろう。

「……司波さん、大変申し訳ないのですが、急用を思い出したので失礼します。それでは、また午後に」

 森崎はそれだけ言い残すと、早足で食堂を後にした。煽動していた森崎がいなくなったことで所在を失った一科生達も、戸惑いながらも1人また1人と食堂を後にしていった。

 

 

 

「な、なぁ達也、あの子本当に中学生か……?」

「中学生じゃなくて高校生だな、彼女はもうこの学校の生徒なんだから」

「そういうことを言ってるんじゃないよ、達也くん! そりゃ飛び級なんだから只者じゃないとは思ってたけど、何というか、こう度胸が据わってるというか……!」

「そうですね……。私だったら、年上の人に対してあそこまで言えません……」

「度胸、か……。確かにエリはとんでもなく度胸が据わってると言えるだろうな。なんせ、彼女の周りにいるのが“あの人達”なんだから……」

 口元に笑みを浮かべてどこか遠くを見るような目をしている達也に、エリカ達3人は不思議そうに首をかしげた。

 と、そのとき、

「あ、あの……」

 弱々しく掛けられた声に、4人が一斉にそちらを向く。

 そこにいたのは、ほのかと雫だった。彼女の左胸にある八枚花弁のエンブレムに、レオとエリカの目つきが自然と鋭くなる。

 しかし、

「す、すみませんでした! クラスメイトが、あなた達を馬鹿にするようなことを言って!」

「まさかあそこまで、二科生を蔑んでるとは思わなかった。ごめんなさい」

 叫びながら勢いよく頭を下げるほのかと、ほとんど無表情ながら苦しそうに眉間に皺を寄せて頭を下げる雫の姿に、2人は毒気を抜かれたようにぽかんと口を開いていた。

「2人が謝る必要は無いわ、ほのか、雫」

「そうだよ。ちゃんと分かってるよ、2人はあいつらみたいに達也さんたちを蔑んでたりはしてないって」

 そんな彼女達に優しく声を掛ける深雪とエリの姿を見て、達也たちはほっと胸を撫で下ろした。

「深雪、彼女達は?」

「はい。光井ほのかさんと、北山雫さん。2人共、私の大切な友達です」

「私の友達でもあるよー!」

 達也の問い掛けにそう答える深雪とエリに、ほのかは感動のあまり泣きそうになっていた。そしてそれを隣で見ていた雫が、ほんの少し笑みを浮かべて溜息をついた。

「なぁ、早いとこ飯にしたらどうだ? 早く食わないと、午後の授業が始まっちゃうぜ」

「そうよ、ただでさえ変な奴らのせいで、貴重な時間を取られちゃったんだからさ!」

「そうですね。ちょっとテーブルが狭いかもしれませんけど……、詰めれば大丈夫ですよね?」

「ああ、そうだな。他のテーブルから椅子を持ってこよう」

 そんな会話を交わしながら自分達を迎え入れてくれる4人に、ほのかと雫は改めて頭を下げた。

 こうして4人での食事は、8人での食事となった。

 公衆の面前であれだけの騒ぎとなったのだ、森崎達もしばらくは何か仕掛けるようなことはないだろう。

 

 

 *         *         *

 

 

「……と、思ったんだけどなぁ……」

 エリカの呟きに、他の面々は無言で頷いた。

 今日の授業がすべて終わり、生徒達が下校する時間となった。そのときに達也や深雪から、厚志達が開く入学記念パーティーに招待されたエリカ達5人はもちろんとばかりに了承、司波兄妹やエリと一緒に厚志の家へ向かおうとするところだった。

 しかしちょうど校門に差し掛かった所で、彼らは後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、先程の森崎と何人かの生徒(全員左胸にエンブレムがあることから一科生)が、やたらと敵意剥き出しな視線をこちらに向けている。

「……エリちゃん、食堂のときは悪かった。ちゃんと君の質問に答えてあげられなくて」

「えっと……」

「あのときは動揺していたが、少し考えればすぐに分かることだったんだ……。おそらくエリちゃんは、魔法師同士が戦う姿をまともに見たことが無いんだろ? だから一科生と二科生の実力の差を見せつけてやれば、エリちゃんもすぐに“真実”に気がつくはずさ」

「……ごめん、何言ってるの?」

 思わずエリが口に出してしまった言葉に、達也たちは心の中で同意した。

「確かに一科生と二科生の差は、たったの15点かもしれない。しかしそれはあくまで“試験”の中での出来事だ。“戦場”に立てば、その15点が決定的な差として表れることもあるんだよ、エリちゃん。今から僕達がそれを証明して、エリちゃんと深雪さんの目を覚まさせてあげよう」

 森崎の言葉に、一行はもはや呆れて物も言えなかった。特に達也と深雪とエリに至っては、彼が口にした“戦場”というキーワードに対する個人的な想いもあり、呆れや怒りを通り越して哀れみにも似た感情を抱いていた。

 ところが、意外な人物が森崎に食って掛かる。

「……いい加減にしてください! いったい何の権利があって、達也くんと深雪さんの仲を引き裂こうとするんですか!」

「み、美月?」

 それはこのグループの中でも一番大人しいと思われていた、美月だった。意外な彼女の姿に、達也たちは思わず目を丸くして彼女を見遣る。

「それに“実力”って何ですか! 同じ新入生なのに、今の時点であなた達のどこが優れてるっていうんですか!」

 ――まずいな……。

 ほんの少し目を細めた達也は、ふっと校舎の屋上辺りに目を遣った。双子の少女と、真っ赤なコートを羽織る男と、真冬に着るような厚手のジャンパーを着込む大男がこちらを覗き込んでいるのが見える。

 ――いくら荒事とはいえ、ミルココ達を出張らせるわけにはいかない……。仕方ないか、ここは……。

「よーし、だったら見せてやる……! これが一科生と二科生の実力の差であり、“才能”の差だ!」

 森崎がそう叫びながら取り出したのは、魔法師の代名詞と言っても良いCADだった。しかも攻撃特化にアレンジされたものであり、あっという間にグループの1人にターゲットを絞り込む。

 ターゲットとなったのは、たまたま正面にいたレオだった。

「うおっ! しま――」

「食らえ――」

 がきんっ。

 そのままレオに魔法が撃ち込まれるかと思ったが、その瞬間、森崎のCADは彼の手から離れ、綺麗な放物線を描いて遠く離れた地面に落下していた。

「……この間合いなら、体動かした方が早いのよ、“一科生”さん?」

 いつの間にか森崎の目の前に移動していたエリカが、不敵な笑みを浮かべて左手に持つ警棒のようなものを見せつける。その警棒で自分のCADを弾き飛ばされたことを悟った森崎は、悔しそうに歯噛みして彼女を睨みつけていた。

 森崎へ向かって右腕を伸ばしていた達也は、ほっと胸を撫で下ろしてその腕をゆっくりと下げた。

 と、そのとき、

「調子に乗ってんじゃねーぞ、ウィードが!」

「なめてんじゃないわよ!」

 先程まで静観を決め込んでいた一科生達が、次々とCADを取り出して魔法を構築し始めた。

「――まずい!」

 達也たちが顔色を変え、各々で対処しようと構えの姿勢を――

 

 

「何だい、この騒ぎは?」

 

 

 ぞくり。

 ただ声を掛けられただけだというのに、一科生達は背筋を凍らせて次々と魔法の構築を止めた。皆が怯えた表情を見せながら、声のした方へと恐る恐る視線を向ける。

 そこにいたのは、2メートルという尋常でなく大柄な体躯に、人間はここまで鍛えられるのかと男ならば思わず惚れ惚れとするような筋肉、さらにそれを魅せるために黒々と日に焼けた肌、それとは相反した真っ白な歯、そして綺麗に揃えられた角刈りの頭。

「一般生徒は授業以外での攻撃魔法の使用が認められていないと聞いていたんだが、私の思い違いだったかな?」

「厚志さん!」

 その男――厚志の登場に、エリは笑顔で声をあげ、深雪はほっとしたように顔を綻ばせ、達也は静かに口元に笑みを浮かべた。

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