魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第39話 『“平和”は次の“戦争”までの準備期間であり、“戦争”はそのお披露目会である』

 九校戦10日目。つまり、最終日。

 この日行われる競技は、モノリス・コードの決勝トーナメントのみである。九校戦でもトップクラスの人気を誇る競技であるだけに、会場は文句なしの満員御礼となっていた。残念ながら会場に入ることができなかった観客も、別の会場でライブ中継という形で試合を楽しんでいる。

 現在“岩場ステージ”で行われているのは、決勝トーナメントの第1試合。対戦カードは一高対九高であり、奇しくも新人戦と同じ組み合わせとなった。その雪辱を狙っているのか、九高の選手は皆闘志を漲らせて対戦相手を睨みつけている。

 そんな彼らに対し、対戦相手――一高のメンバーは、いつも通りだった。

 部活連会頭の十文字克人は悠然と構え、風紀委員の辰巳鋼太郎はどこかとぼけた雰囲気を漂わせ、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵は生真面目に九高選手の挑発に鋭い視線で応戦している。

「やはり俺達とは安心感が違うな」

 一高の応援席(最後の競技ということもあり、代表選手全員で応援しようということになった)に座って3人を眺めていた達也が、ぽつりとそう呟いた。

「そんなことはありません! 私はお兄様の勝利に不安を覚えたりなどしませんでした!」

「達也さんたちも立派でした! とても堂々としていたと思います!」

 すると彼の言葉を耳聡く拾い上げた深雪とほのかが、慰めだか激励だか分かりにくい返事をした。思わぬ行動に面食らった達也は、“口は災いの元”という言葉を胸に刻んで再びフィールドの3人に注目する。

 と、そのとき、

「達也さん、私のサポートじゃ不安だった?」

 深雪とは反対方向で隣に座るエリが、じっと達也を見つめながらそんなことを尋ねてきた。身長差もあって上目遣いになっている彼女の姿は、可愛らしく甘えているようにも見えた。もちろん、本人にそんなつもりは微塵も無いが。

「そんなことはない、エリ。エリ以上に頼りになる相棒もそうそういないだろうな」

「あら、お兄様。私では頼りになりませんか?」

 達也の言葉に、深雪が即座に疑問を投げつけた。

「いや、深雪。別にそういうつもりで言ったわけじゃ――」

「ひどい、達也さん! 私のことは遊びだったのね!」

「エリ、いったいどこからそんな言葉を憶えて――」

「はいはい、3人共。仲良く遊ぶのも良いけど、そろそろ試合が始まるからね」

 どんどんヒートアップしていく3人の会話を止めたのは、苦笑いを浮かべる真由美だった。3人が気づいて辺りを見渡してみると、一高の上級生達がこちらを向いて面白がるような同情するような笑みを浮かべていた。

 達也は明らかに自分をからかう表情をしていた深雪とエリを一睨みすると、改めてフィールドへと意識を集中させる。

 それを待っていたかのように、試合開始のブザーが鳴った。

 と同時に、服部が真っ先に一高陣地から飛び出した。時々跳躍の魔法を交えながら、けっして脚力だけでは出せない速さで敵陣へと突っ込んでいく。

 自分達こそが先手必勝を、と考えていた九高の選手達は完全に出鼻を挫かれた形となり、その動きを鈍らせてしまっている。突出したオフェンスを集中攻撃するか、最初の作戦通りに迎撃をディフェンスに任せて一高陣地へ突撃するか迷っている隙に、服部が最初の攻撃魔法を繰り出した。

 上昇気流と共に九高選手の頭上に霧が生じ、自らの重さに耐えかねたように彼らの頭上に降り注いでいく。

 ドライアイスの雹となって。

 収束・発散・移動系の複合魔法である“ドライ・ブリザード”は、真由美がスピード・シューティングで披露した魔法の原型である。真上から降り注ぐために岩陰に隠れてやり過ごすこともできず、たとえ指で摘める程度の大きさだろうと何発も当たれば軽い脳震盪くらいは引き起こす。

 九高選手の1人が、防御として落下速度をゼロにする仮想障壁を作り出した。ドライアイスの雹は一瞬だけぴたりと止まると、重力に従って自然落下を行う。周りの水蒸気を凝結させながら地上へと落ちるドライアイスにより、彼らの周りだけ炭酸ガスを溶かし込んだ霧が発生する。

 別の選手がその霧を追い払おうとするが、それよりも早く服部が第2の魔法を繰り出した。

 土砂の粒子を細かく振動させることによって発生した摩擦電流を、土砂の電気的性質を改変することによって増幅、それが一気に地表に放出されたために彼らの周りの地面が発光し、まるで無数に絡み合うヘビのように入り組んだ電光が明滅を繰り返した。

 二酸化炭素が溶けて導電性が高まっている地面を伝って、同じように二酸化炭素が溶けている水蒸気で体を濡らしていた九高選手に襲い掛かった。

 これこそが、複数の魔法が生み出す現象を組み合わせて、個々の魔法の総和よりも大きな効果を生み出す“コンビネーション魔法”であり、その中でも服部が得意とする“這い寄る雷蛇”(スリザリン・シザーズ)である。

 1人は空中に飛び上がったために無事だったが、シールドを展開していた選手は電流をもろに食らって気絶、霧を吹き飛ばそうとしていた選手も咄嗟に霧の雫を振り払うことで威力を弱めたものの、片膝をつくほどの大ダメージを負った。

 と、そのとき、空中に逃げた選手がくぐもった悲鳴をあげて不自然な速さで地面に激突した。単一系統の術式において卓越した出力を誇る辰巳による加速魔法で、下方向へのGを掛けられたからである。

 残り1人となった九高選手だが、倒れていく仲間に気を取られることなく服部へ向けて圧縮空気を撃ち出した。

 しかしあと少しで服部に届くところで、圧縮空気は突如現れた“反射障壁”(リフレクター)に阻まれた。それは服部の仕業ではなく、彼の400メートル後方にいる克人によるものだった。

 克人の魔法に守られながら、服部は一切の防御姿勢を取ることなく攻撃魔法を構築した。地面から舞い上がった砂が徐々に風を纏い、それらは加速度的に量と速さを増していき、やがて砂の濁流となって九高選手に襲い掛かった。彼は為す術も無くそれに巻き込まれ、意識を刈り取られた。

 非常にレベルの高い魔法を見せつけて、一高が勝利を収めた。

 

 

 *         *         *

 

 

「十文字くん、いる?」

 選手控え室のインターホンを鳴らした真由美がドアに呼び掛けると、少しして上半身がタンクトップ、下半身がプロテクトスーツ姿の克人が姿を現した。

「すまないな、こんな格好で」

「気にしないで。別に裸ってわけじゃないんだから」

 克人の言葉に、真由美はにっこりと笑ってそう言った。ほのかに香る制汗剤特有のアルコールの匂いが、彼に対する印象を好ましくさせる。

「決戦のステージが決まったわ。ちょっと良いかしら」

「ああ」

 それを伝えるためだけだったら、その場で言えば済む話だ。しかし真由美がわざわざ場所を移そうとしているということは、その話題が単なる隠れ蓑であることを意味している。克人はそれを即座に理解し、彼女の背中をついていった。

 人気の無い場所まで移動したうえで遮音障壁を作り出した真由美が、ようやく口を開いた。

「父から暗号メールが来てたわ。師族会議の通達だって」

「ほう。俺のところには来ていないな」

 克人の言葉に真由美は意外そうな表情を見せたが、暗号を解くには結構な時間1人になる必要があることを考え、チームメイトに怪しまれると十文字家が判断したのだろう。

「まぁ簡単に言うと『十師族の威厳を保つために、力を誇示するような派手な勝ち方をしろ』ってものだったわ」

 一昨日のモノリス・コードにて、一条将輝が(表向きは)十師族と関係の無い一高選手に倒されてしまった。

 十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在であり、常に最強の存在でなくてはならない。たとえ高校生の競技大会であろうとも、十師族の実力に疑いを残すような結果を放置しておくわけにはいかないのだろう。

 とはいえ、

「あの試合に関しては、一条将輝が負けたとしても不思議ではないんだがな。何せ相手の中にあの――」

「まぁ、それは普通の観客達は知らないことだしね。それに彼らとしては“牽制”の意味合いもあるんでしょ」

「……“彼女達”相手に牽制か。はたしてそれが成立するのかどうかは分からんが、やれるだけやってみよう」

「ごめんね。こんな馬鹿馬鹿しいことを頼んじゃって」

「いや、七草が謝ることではない」

 そう言い残して、克人はその場を去っていった。

 申し訳なさそうに眉を寄せる真由美を置いて。

 

 

 

 渓谷ステージで行われているモノリス・コード決勝戦は、まさしく一方的な試合だった。

 対戦カードは一高対三高。三高選手は先程から“1人”の一高選手に対し、氷の礫を飛ばしたり崖を崩して岩を落としたり沸騰させたお湯をぶつけたりと、ありとあらゆる攻撃を集中して浴びせていた。

 しかしその一高選手――克人は、まるで何も起こっていないかのように平然とした表情で、悠々とステージを闊歩していた。彼の周囲に展開している障壁が、質量体の運動ベクトルを逆転させ、電磁波や音波を屈折させ、分子の振動数を一定に抑え込み、サイオンの侵入を阻害する。

 十文字家の魔法師は、卓越した空間把握能力を磨き上げて数々の領域防御魔法を駆使することから“鉄壁”の異名を取っている。そしてその真骨頂とも言えるのが、現在克人が展開している多重移動防御魔法“ファランクス”である。

 単に魔法防壁を維持するだけではなく、何種類もの防壁を絶えず更新し続けていることにより、あらゆる攻撃魔法を無効化しながら進軍する魔法である。その姿はまさに、何列もの兵士が一塊となって行進することで、集団としての防御力を高めながら、先頭の兵士が倒れても即座に次の兵士が攻撃を始める重装歩兵密集陣営を彷彿とさせる。

 まるで集団の兵士に迫られているプレッシャーを覚えた三高選手は、1歩1歩確実に近づいてくる克人に対して攻撃の手を休めることができなかった。少しでも手を休めた途端に襲い掛かってくるのではないか、という強迫観念が彼らに“逃走”も“無視”も選択させないでいた。

 しかし、彼らは甘かった。

 克人と彼らとの距離が10メートルほどにまで近づいた頃、克人は彼らから怒濤の攻撃を受けているにも拘わらず、地面を勢いよく蹴って彼らとの距離を詰めた。巌のような体が加速・移動魔法も相まって水平に宙を飛び、内部への侵入を許さない障壁を張ったまま彼らにショルダータックルをぶちかました。

 まるでトラックにでも撥ねられたかのような衝撃を受けて、三高選手は次々と吹っ飛ばされ、地面に勢いよく激突して意識を失っていく。

 結局克人に1回たりとも有効なダメージが通らないまま、そして克人以外の一高選手を1歩も動かさないまま、一高チームが総合優勝に華を添える完全な勝利を収めた。

 観客席からも惜しみない拍手が贈られた。“圧倒的”というよりも“凄まじい”と表現した方が適切な試合を目の当たりにしたせいか、その拍手はどこか夢見心地で曖昧なものだった。

「凄いですね……、あれが十文字家の“ファランクス”……」

 一高の応援席で試合を観ていた深雪も、拍手をしながら凡庸な感想を呟くしかなかった。

 達也も同じように拍手をしながら、しかし深雪とは違う感想を抱く。

「いや、あれは本来の“ファランクス”ではない気がする」

「そうなのですか?」

「今までに見たことがないから憶測でしかないが、最後の攻撃は“ファランクス”本来の使い方ではないように思える。だとしたら、十文字先輩の力量はもの凄いものだと言わざるをえないな」

 達也の言葉に深雪が頷いたそのとき、観客の拍手に右腕を突き上げて応えていた克人がふいにこちらに視線を向けた。

 いや、正確には“こちら”ではない。“こちらよりも少し横に”である。

 その視線を目で追うと、達也の隣に座るエリにぶつかった。

 そんな克人に対し、エリは満面の笑みで手を振って応えていた。

「…………」

 傍目から見れば、勝利の立役者である克人に気づいてもらおうと懸命に手を振っているように見えるだろう。

 しかし彼女を隣で見ていた達也は、彼女のことをよく知るがために、そのような純粋な考えには至らなかった。

 彼女は間違いなく、克人の“挑発”に気づいている。気づいていながら、表にはそれを出すことをしない。

 その遣り取りは、さながら優秀な政治家同士による腹の探り合いである。

「…………」

 エリと克人を交互にちらちらと見遣りながら、達也は思わず大きな溜息を吐いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 表彰式と閉会式は午後3時半から行われ、午後5時には終了した。これをもって、“競技場での”九校戦は終了したことになる。

 なぜわざわざこんな回りくどい表現をしたかというと、正確には“九校戦”は終わっていないからである。とはいえ、互いの威信を賭けて競い合うようなものではなく、むしろ互いの健闘を称え合う場だといえるだろう。

 午後7時から開始されたのは、“後夜祭”とも呼ばれる合同パーティーである。大会前に行われた懇親会とは違って純粋な親睦会であり、毎年少なからぬ遠距離恋愛カップルが誕生するほどである。また参加者は高校生だけでなく、魔法師社会で有力者と称される魔法師関連企業の社長や魔法大学の関係者も含まれるため、将来魔法師として活躍することを目指している彼らにとっては自分を売り込むまたとないチャンスでもある。

 そうでなくとも、選手達は長い期間緊張に晒され続けていたため、その反動からか多くの生徒達が過度にフレンドリーな精神状態となっている。

「だから深雪が大勢の人間に取り囲まれるのも或る意味必然であり、それに対して俺が不満を抱くというのはお門違いなんだよ、エリ」

「明らかに不満そうな顔でそう言われても、全然説得力無いよ」

 自分の言葉をエリにばっさりと切り捨てられた達也は、それ以上何も言えなかった。

 達也の言う通り、九校共通の女子生徒用正装であるシルクテイスト・オーガンジーのインナーガウンをドレスのように着こなす深雪の周りには、他校の生徒が大勢詰め掛けていた。中には生徒だけでなく、大会の主催者、基地の高官、大会を支援している企業の幹部までいる。

 ここまでなら、まだ達也も納得しているのだが、

「ねぇねぇ、あれって芸能プロダクションの人だよね? この前テレビに出てるのを見たよ」

「あそこの人も、広告会社の人らしいよ? さっき自分で名乗ってるのを聞いたよ」

「魔法師は美形が多いって言うけど、深雪は別格だからねぇ」

 そんな風に他人事のように騒いでいるのは、懇親会と同じように給仕服に身を包むミルココの2人だった。彼女達も懇親会と同じようにスタッフとして潜入しており、少し遠くを見渡すと執事のような服装に身を包んだ厚志がテーブルを片づけているのも見える。

 ちなみに幹比古はモノリス・コードに出場した選手として参加を呼び掛けられたのだが、それを断って今回もスタッフとなっている。ちなみに今回は本人の希望通り厨房のスタッフとして働いているので、ここからは姿が見えない。

「でもさ、深雪もそうだけど、達也だって人気者じゃん」

「そうそう、さっきから結構な頻度で話し掛けるし。さっきの人だって、ローゼンの日本支社長でしょ? 1年生が声を掛けられるのは前代未聞だって、さっき真由美が話してたよ」

「……過去の例なんて、俺は知らないよ。九校戦に来たのだって、今回が初めてなんだから」

「ああ、そういえばそうだったね。まぁ、毎年この時期は私達と一緒に旅行してたもんねぇ。――あ、そうだ。何かタイミング逃してたから言えなかったけど、今年もちゃんと旅行はあるから安心してね」

「安心って……。別に俺は旅行を楽しみにしているわけじゃ――」

「はいはい、そんな反抗期の子供みたいなこと言わないのー。んじゃ、私達はそろそろ仕事に戻るとしますか。もうすぐダンスパーティーの時間だろうし」

 けらけら笑いながら、ミルココは達也の傍を離れていった。その後ろ姿を忌々しげに眺めていた達也だったが、やがて何かを諦めたように大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 大人達が次々と退場したことで、生徒達はますます気分が浮ついていった。そして生演奏による管弦の音を皮切りに、先程までの懸命な話術で見事親交を勝ち取った女子の手を取って、生徒達が続々とホールの中央へと集まっていく。

 ミルココの言っていた、ダンスパーティーの始まりである。

 達也がちらりと深雪へ視線を向けると、彼女の周りには先程にも増して大勢の男子生徒の姿があったが、未だ誰1人彼女の手を取れる者はいなかった。直前まで来賓者に囲まれていたために親交を深める時間が無かったのもあるし、彼女の近寄りがたいほどの容姿に気後れしているのもある。

 彼女の様子も少し気になったが、舞踏会のマナーをしっかりと教え込まれている彼女が何か問題を起こすわけでもないと思い、今は別の人物のもとへと向かうことにした。壁から背中を離し、人垣をするすると器用に擦り抜けて、彼女(と彼女と会話を交わす彼)へと近づいていく。

「やあ、エリ。――一条将輝も、2日ぶりだな」

「あっ、達也さん」

「むっ、司波達也か」

 達也に声を掛けられ、エリは嬉しそうに満面の笑みで、将輝はぶっきらぼうにそう返した。2人共互いのことは友人とは考えていなかったが、堅苦しい礼儀を必要とするほどのものでもない。

「耳の調子はどうだ?」

「心配はいらんし、心配をされる筋合いも無い」

「確かに、おまえの耳をそうしたのは俺じゃなくてエリだもんな」

「ごめんね、将輝さん。大丈夫?」

「い、いや、そんなに心配しなくても大丈夫だ」

 達也のときには随分と失礼な物言いをするのに、エリに対してはあくまで紳士的な態度を崩さない将輝だった。まぁ、中学生くらいの少女に対して敵意を見せる人物がいるとすれば、そっちの方が問題なのだが。

「それにしても、やはりエリちゃんの実力は大したものだな。“あれから”俺も少しは成長したつもりだったんだが、まるで敵う気がしないよ」

「そんなことないよ。達也さんがいなかったら、何回ドッペルゲンガーを解除されてたか分からないもん」

 “達也”という言葉が出た途端、将輝は再びむっとした表情で達也へと顔を向けた。

「ずっと気になっていたが、やはり君はエリちゃんと知り合いなのか」

「まぁな。とはいえ、知り合った時期からしたらおまえとほとんど変わらないさ」

「……ということは、まさかおまえも佐渡島にいたということか?」

 将輝が心持ちこちらに身を寄せて、小声でそんなことを聞いてきた。あまり大っぴらに会話できるような内容ではないからだろう。

「いや、そっちじゃない。――沖縄の方だ」

「……成程、こんな偶然もあるものなんだな。――それじゃ、俺はそろそろ失礼する」

「良いのか?」

「用事なら、おまえが話し掛けてくる前に粗方済んださ」

「そうじゃなく、エリをダンスに誘わなくて良いのか?」

「……いや、確かに彼女は魔法科高校の1年生だが、年齢的には俺よりも何歳も年下なんだぞ。そんな彼女をダンスに誘うなんて――」

「ええっ? 将輝さん、誘ってくれないの? もしかしたら踊れるかもしれないって思って、秘かに練習していたのに……」

 やけにオーバーな身振りで残念がるエリに、将輝は明らかに慌てた様子でエリへと駆け寄った。

「えっと……、それじゃ、1曲お相手願えませんか」

「はい! お願いします!」

 ちらちらと周りに目を遣りながら差し伸べられた手に、エリはにっこりと笑って自分の手を添えた。それは将輝に誘われたことを喜ぶというよりも、悪戯が成功して喜ぶといった方がしっくりくるものだった。

 ホールの中央へと移動するのを、達也は何と無しに見送った。

 すると、

「……ん?」

 思い思いに踊る生徒達に紛れて、1人だけやけに目立つ人間がいることに気づいた。その人物は周りの生徒と比べても極端に体が大きく、周りの生徒と比べてもこういうパーティーに或る意味相応しい格好で、周りの生徒と比べても圧倒的に年上だった。

 厚志だった。

 そして彼と一緒に踊っているのは、ほのかだった。体格差が半端ではないためにかなりぎこちなかったが、彼と一緒に踊っているほのかは本当に楽しそうだった。

「……どういうことだ?」

「そういうことよ、達也くん」

 独り言に対して後ろから返事が聞こえてきたことで、達也は咄嗟に後ろを振り返った。そこにいたのは、ウエイトレス姿で大人っぽいメイクをしているエリカだった。

「前々からもしかしてって思ってたけど、やっぱりほのかちゃんって厚志さんに惚れてたんだね」

「……スタッフと一緒に踊るってのは、ありなのか?」

「本来は想定してなかったと思うけど、だからってむりやり止めるほどここの人達も野暮じゃないでしょ」

「……そうか。それなら別に良いんだが」

 そう呟く達也に、エリカがにやにやと笑みを浮かべながら近づいていく。

「どうしたの、達也くん? 納得できない感じ?」

「いや、そんなことはないさ。厚志さんならば、ほのかがそういう感情を抱くのも納得だ」

「あらら、随分と厚志さんを評価してるのね」

「まぁな。厚志さん以上に、人間として尊敬できる大人もいない」

「ありゃりゃ、随分とベタ惚れじゃない? ほのかちゃんが終わったら、厚志さんにダンスのお誘いでもしてみる?」

「……別にそういう意味ではないからな?」

 真剣な表情でそう言う達也に、エリカは「そんなの分かってるって!」と腹を抱えて笑い出した。一頻り笑った後「達也くんも早くパートナーを見つけて踊ってきなさい」と言い残してこの場を去っていった。

「……ダンスのパートナーね。そう簡単に見つかれば苦労はしないさ」

「あら、じゃあ私と踊る?」

 まるでタイミングを見計らっていたかのように声を掛けてきたのは、真由美だった。

「……会長ならば、わざわざ俺なんか選ばなくても引く手数多なのでは?」

「私は達也くんと踊りたいの。もう、女性から誘うのは本来有り得ないんだからね?」

「……そうですね、失礼しました。――俺と踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」

 達也に手を取られながら、真由美はホールの中央へとやって来た。言わずと知れた有力選手である真由美に、この大会で急激に名を上げた達也という組み合わせに、周りの生徒も自然と2人に視線を奪われている。演奏を担当している楽団の人々も、2人がやって来たことで改めて曲の演奏を始めた。

 正直なところ、達也はダンスが得意ではない。パートナーとぶつかったり足を踏んでしまうようなことはないし、まるで機械のように正確にステップを踏むのだが、言ってみればそれだけであり、本当に機械のように感情の籠もっていないダンスなのである。

 それに比べて、真由美のダンスはまさに対極だった。曲に対してまったくステップを合わせないのである。音感が無いわけではなく“溜め”に対して独特の感性を持っているためであり、全体で見るととても優雅なダンスとなっているのである。

 おかげで達也は演奏と真由美それぞれのリズムと摺り合わせなければならず、ダンスが終わる頃にはすっかり精神的に疲労困憊となっていた。鼻歌でも口ずさみそうな雰囲気でその場を去っていった真由美を見たところ、一応彼女を満足させることはできたようだが、その代わりに失ったものが大きい気がする。

 そんな彼に近づく、1人の少年がいた。

「疲れているようだな。試合のようにかいかんか」

 そう声を掛けながら飲み物を差し出してきた克人に、達也は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、慌てたようにそれを受け取った。もう片方の手に持っていたノンアルコールビールを一気に飲み干す克人に合わせて、達也もそれを一気に飲み干す。

「……ええまぁ、このようなパーティーもダンスも、慣れていませんので。十文字会頭は、まったく苦にしていないようですね」

「まぁ、慣れているからな。――司波、少し付き合え」

 克人はそう言うと、空いたグラスを通りすがりのウエイトレスに渡し、達也の答えも聞かない内に出口へ向かって歩き出した。達也に拒否権が無いことを言外に表しているのだろう。

「…………」

 同じウエイトレスに空のグラスを渡し、達也は無言で彼の後をついていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 大会開幕直前の夜に賊を捉えたその庭は、今は忍び寄る人影も気配も無く静まり返っていた。とはいえ完全な静寂ではなく、誰かが窓を開けたらしく微かにパーティーの音楽が聞こえてくる。しかしその音が、かえってここの静けさをより深いものにしていた。

 一度もこちらを振り返ることなくずんずんと歩いていく克人の背中を眺めながら、達也は彼の真意について考えを巡らせていた。

 ここに来るまでの道中、達也は一度だけ克人に話し掛けた。

 現在行われているパーティーの後には、同じ会場を貸し切って第一高校優勝祝賀会が行われる。毎年九校戦優勝校に与えられる些細な特権であり、表でも裏でも中心として尽力してきた克人が出ないわけにはいかない。

 しかし彼にそのことを指摘すると、彼はこちらを振り返ることなく「すぐに終わる」とだけ答えた。“大した用事ではないから”という意味にも取れるが、ならばわざわざ会場を抜け出す理由が説明できない。それよりも“すぐに決着がつくから”という意味合いで考えた方が自然だ。少なくとも、克人はそう考えているようだ。

 やがて克人が足を止め、それに倣って達也も足を止めた。

 克人が振り返り、まっすぐに達也を見据える。

「司波、おまえは十師族の一員だな?」

 そして間髪入れずに投げ掛けられた克人の問い掛けに、達也は思わず身構えそうになった。比喩表現などではなく、戦闘態勢という意味で。

「……なぜそういう推論になったのかは分かりませんが、俺は十師族ではありません」

 達也本人としては、嘘を言っているつもりはなかった。少なくとも今の自分の立場は、「十師族の一員か?」と問われて素直に「はい」と答えられるものではなかった。

「そうか。それでは、十師族とゆかりのある家系か?」

「……いいえ、違います。俺は十師族とは何の関わりもありません」

「――――そうか」

 達也の答えを吟味するようにじっと黙っていた克人だったが、やがて無表情のままぽつりとそう呟いた。

 そして、続ける。

「ならば司波、おまえは十師族になるべきだ」

「……一応、訳を聞かせていただけませんか?」

「それほど大した理由ではない。おまえの能力を見て、純粋に十師族として国の発展に尽力してほしいと思っただけだ。おまえほど優秀な人間だと、一般社会では様々な軋轢に合うだろう。それならばいっそ十師族となって、そういった軋轢から解放された環境の方が、おまえの能力は遺憾なく発揮されるだろう」

 一瞬たりとも達也から視線を外すことなく答えてみせる克人に、達也は思わず視線を逸らしかけて、すんでのところでそれを止めた。

「……そう簡単に、十師族になれるものではないでしょう」

「そんなことはない。十師族の人間と婚姻関係を結べば良い。――そうだな、七草はどうだ?」

「……それはつまり、『結婚相手としてどうだ?』ということですか?」

「そうだ」

「…………」

 何の前触れも無くあまりにも意外なことをあっさりと言ってのける克人に、達也は次にどんな言葉を言えば良いのかたっぷり悩んで、

「……会長のお相手には、むしろ十文字会頭の名前が挙がっているのでは?」

「確かにそうだな」

「……タイプではありませんか?」

「いや、あれでなかなか可愛らしいところがある。もしや、司波は年齢を気にするタイプか? ならば七草の妹はどうだ? 最後に会ったのは2年前だが、2人共将来が楽しみな美形だった」

「……いや、あの、十文字会頭――」

「それとも、司波はすでに婚約者がいたりするのか?」

「……いえ、自分は一介の高校生なので、そういったものはまだ――」

「そうなのか。俺はてっきり――

 

 

 ――美咲エリと婚約でも結んでいるのかと思ったのだが」

 

 

「……十文字会頭、なぜそこでエリの名前が出てくるのですか?」

「むっ、そろそろパーティーが終わる頃か。戻らなければならんな。――呼び出して悪かったな」

 達也の質問に答えず、克人はそう言ってその場を離れていった。

 暗闇に紛れて消えていく彼の背中を、達也は鋭く冷たい眼差しで睨みつける。

 と、そのとき、

「はい、どーん!」

 達也とはあまりにも対照的に陽気な声と共に、彼の足元の地面からいきなりダッチが姿を現し、そのままの勢いで彼へと抱きついた。突然のことで目を丸くする達也だったが、持ち前の反射神経で素早くダッチの体を抱き留めると、そっと地面に下ろしてやった。

「何をしてるんだ、ダッチ……」

「だって達也と克人、急に会場からいなくなるんだもん! 『これが告白イベントってやつか!』って思って、亜空間から様子を見守ってたんだ!」

「……告白イベントって、そんなわけないだろ……」

「え? でもミルココの2人はそう言って盛り上がってたよ? 色んな人に言い触らしてたし」

「……あいつら、戻ったら憶えてろよ」

 とはいえ、今戻ったら間違いなくネタにされる。ほとぼりが冷めるまではこのまま外にいた方が良いだろう。

「さーてと、それじゃ私はそろそろ戻るね! まだまだお仕事があるからさ!」

 ダッチはそう言って今着ているウエイトレスの制服を見せびらかすようにくるりと1回転すると、再び地面に体を潜り込ませて姿を消した。たったそれだけのことで、人の気配に敏感な達也でさえまったく所在を探れなくなった。とはいえ“精霊の眼”を使えばダッチの居場所が分かるのだが、別にそうまでして彼女を探る必要は無いのでそんなことはしない。

 それに、先程から“彼女”がこちらに近づいてくるのが分かる。

「どうした、深雪? こんな所にまで来て」

「……お兄様、十文字会頭はどのようなお話を?」

「……大した話じゃないさ」

「そうですか。――ラストの曲が始まりましたね」

 深雪の言葉に、達也は遠くで聞こえる楽団の音に耳を傾けた。確かに先程と違う曲だが、これが最後の曲かどうかは残念ながら知識に無い。

「お兄様、ラストダンスは私と踊っていただけませんか?」

 月明かりと星明かりに照らされ、達也でも滅多に見ることのない透き通った笑みを浮かべて、深雪が優雅に一礼した。

「じゃあ、曲が終わらない内に戻ろうか」

「いいえ、お兄様。それでは時間が勿体ないです」

 深雪はそう言って、すっと達也に近づいた。互いの吐息が感じられるほど、近くに。

「ここでも、曲は聞こえます」

 達也は何も言わず、その腕を深雪の背中に回した。

 深雪は体を預けるように、達也の肩に手を置いた。

 2人の体が触れ、手を優しく包み込み、背中を深く抱きしめ、ステップを踏み出す。

 音楽に合わせて、2人の体がくるくる回る。くるくる回る視界の中で、達也の視線は常に深雪を捉え、深雪の視線は常に達也を捉えていた。

 月明かりと星明かりに照らされたこの場所は、間違いなく2人だけの世界だった。

 

 

 

「いやぁ、どう考えても兄妹同士の触れ合いじゃないでしょアレは」

「何してんの、深雪! ほら、そこでガッといっちゃえYO!」

「うわぁ……、完全に2人きりの世界ね……」

「何だか、凄く素敵です……」

「本当ね。深雪さんも、すっかり嬉しそうな顔してるわ」

「兄妹同士の禁断の愛か……。社会的には許されないかもしれんが、当人が望むならそれもまた幸せの1つの形ということだな……」

「……みんな、早く戻った方が良いんじゃないのかい? 多分達也くんにばれてるよ」

 たとえ茂みに紛れて、無粋な奴らが2人を覗き見していたとしても。

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