魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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夏休み+1編
第40話 『友達と海に行くとか都市伝説、まして別荘に招待とかオカルトの域』


「ねぇみんな、今年の旅行のことだけど、雫の別荘に行かない?」

 事の発端は、深雪のその一言だった。

 九校戦が終了して10日ほど経ったある日の夜、いつものように司波兄妹が厚志の家にお邪魔して皆で夕飯を食べ終えた後、それぞれがテレビを観たり談笑したり洗い物をしたりと思い思いに過ごしていたときの出来事だった。

「何々、雫の家って別荘があるの? すげー!」

「そうなの。小笠原の無人島に別荘があるらしいわ」

「ってことは、もしかしてプライベートビーチ! ブルジョワじゃん!」

 そう言ってキャッキャとはしゃぐミルココ達の表情には、嫉妬だとか怒りなどといった負の感情は微塵も見当たらなかった。それを見て、深雪がほっと胸を撫で下ろす。

 なぜ彼女がそんなことを気にするかというと、近年資産家の間で流行となっている小笠原の無人島に別荘を持つという行為が、テレビなどの評論家が“自然破壊の成金趣味”と僻みを込めて非難されているからである。

 しかし資産家が別荘地として選ぶのは“元有人島”であり、管理されなくなったせいで荒れ果てているのが現状だ。そしてそこにゼロエミッション(太陽光エネルギーを利用している点から、エネルギー面では完全なゼロエミッションではないが)を実現している別荘を建てて島全体を管理することは、国土の有効利用という点でも環境保護という点でも非常に有意義である。

 雫がこの話を切り出してきたときも、どこかそれを不安に感じている節があった。とはいえ、厚志達がそのような意見に惑わされる人間でないことは深雪も分かっていたので、完全に杞憂だったと言えるだろう。

 閑話休題。

「その話が出てきたってことは、雫ちゃんの方から誘いがあったのかい?」

「はい。雫のお父様が私達に会いたいと仰っているらしく……」

「……私達に?」

 自然と目つきが鋭くなるミルココ達に、深雪は慌てたように首を横に振る。

「あ、別にそういうことじゃなくて、単純に雫から私達の話を色々と聞いている内に、私達に対して興味が出てきたらしいんです。それに雫のお父様もかなりお忙しいらしく、数時間空けるのが精一杯だから、会うといっても最初の方だけとも言ってました」

 ちなみにこの話題が挙がったのは、深雪とほのかと雫の3人でテレビ電話をしているときのことだった。そして雫の父親が最初の方にしか顔を出せないと知ったとき、ほのかが明らかにほっとしたような表情をしていたのが印象的だった。

「それで、いつ頃の予定なんだ?」

「向こうはいつでも大丈夫だそうです。私達の予定に合わせてくれると」

「ふーん。まぁ、所詮私達は職も無く居候してるだけの身だから、予定があるのは厚志さんか達也くらいだよね」

「……あれ? 何だか気分が沈んできたぞ?」

 自虐的なことを自分から言っといて勝手に落ち込んでいるミルココ達は放っておいて、深雪は厚志と達也に顔を向けた。

「私は特に問題無いよ。他のスタッフが頑張ってくれているし、数日くらいならジムを空けても大丈夫さ」

「俺の方は……、そうだな、今度の金土日が空いてる。それ以降になると少し厳しいな」

「おぉっ! さすが達也、まるで優秀なビジネスマンのようですな!」

「ミルク、“~のよう”じゃなくて実際そうなんだって」

 ミルココの言葉に達也は居心地悪そうに頬を掻いていたが、彼女達の言っていることは何も間違っていなかった。ただでさえ九校戦のせいで実質的な夏休みの期間が短くなっている中で、F・L・T開発第3課で行われる飛行デバイス商品化の打合せ、さらには独立魔装大隊の野外演習及びミーティングに参加することが決まっており、学生が存分に羽を伸ばすための夏休みにも関わらず、達也はここ最近まともに休めていなかった。

「では来週の金土日ということで、雫にはそのように言っておきます」

「それにしても、プライベートビーチかぁ。こりゃガーネット達がまた羨ましがるだろうねぇ」

「まぁ、向こうは向こうで楽しくやるだろうから、別に心配することはないでしょ」

「あ、そうだ! お母さんにも話しておかなくちゃ!」

 エリはそう言うと、どたどたと居間を出て自分の部屋へと入っていった。

「そういえば、俺達と雫とほのかで行くのか?」

「いえ、西城くん達も誘いたいそうです。なので私から声を掛けようと思うのですが……」

「それじゃ、レオと幹比古には俺から電話しよう」

「ありがとうございます。申し訳ございません、お手を煩わせてしまって」

「そんなことないさ。俺だって楽しみなんだからな」

「お兄様……」

 深雪がうっとりとした表情で達也を見つめる横で、ミルココ達が「新しい水着買わなきゃなぁ」とか「ここはスク水が基本だよねぇ」などと話していたが2人は無視した。

 

 

 *         *         *

 

 

 そうこうする内に、あっという間に旅行当日。

 厚志達の姿は空港ではなく、葉山のマリーナにあった。レオ達も誰1人欠けることなく、こうして全員集合している。

「ということは、空路じゃなく海で別荘に向かうってことだね」

「良いね良いね! いかにも“旅行”って感じがして好きだよ!」

「あ! ひょっとして、あのクルーザーがそうかな!」

「わぁ……! 素敵なクルーザーですね!」

 ホットパンツから白い脚を惜しみなく露出させたエリカを筆頭に、女性陣がそのクルーザーへと駆けていった。

 そしてそんな彼女達の後ろをゆっくりとついていく、よくよく見れば彼女達よりも年上だと分かる、見た目にはとても若い大人の女性がいた。

「いやぁ、何だか悪いねぇ。あたしまで誘ってもらっちゃってさ」

「そんなことありません。いつもエリちゃんにはお世話になっていますし、エリちゃんのお母様とも仲良くなりたいと思ってたので」

「おおー! 嬉しいこと言ってくれるねぇ、このこのー!」

 長い髪を後ろに縛った、見た目にも性格にもさばさばした雰囲気が滲み出ている女性――美咲あかねは、雫のその言葉に嬉しくなったのか勢いよく抱きついて撫で回していた。雫は目を丸くしながらも無下にすることができず、周りで見ていた者は同情的ながら微笑ましい目を向けていた。

「この見た目は……、フレミング推進機関か……」

「でもエアダクトが見当たらないから、ガスタービンではないよね?」

「ええ。光触媒の水素プラントに燃料電池をプラス、といったところでしょうか?」

 一方達也を筆頭とした男性陣は、クルーザーに興味津々な様子だったのは女性陣と一緒だが、その方向性はメカニック方面に特化したものだった。

 と、そのとき、

「念の為に、水素吸蔵タンクも積んでいるよ」

 意外にも答えが返ってきたことに驚きながら、彼らは声のした方へ視線を向けた。

 そこにいたのは、“船長”だった。ギリシャ帽を目深に被り、飾りボタンのついたジャケットを着込み、ご丁寧にパイプまで咥えている。もう少し横幅に恰幅があれば、完璧な“船長”となれるに違いない。

 どう反応して良いか達也たちが困惑していると、向こうの方から手を差し出してきた。

「君が司波達也くんだね? 私は北山潮、雫の父親だ」

「……初めまして、司波達也です。お名前はかねがね伺っております。本日は大勢で押し掛けてしまい申し訳ございませんが、何とぞよろしくお願い致します」

 予想よりも随分気さくな人柄に戸惑ったものの、達也は巧妙にそれを隠しながら彼の手を握った。すると潮からがっしりとその手に力を込め、まっすぐ達也に視線を向ける。値踏みするものでありながら不快感を感じさせないのは、人の上に立ち、そして同じように人の上に立つ者と渡り合う指導者たる所以だろうか。

「……成程、ただの秀才ではなさそうだ。とはいえ、小手先の技に優れただけの技術者でもない。実に頼り甲斐のある風貌をしている。――どうやら、雫の目は確かなようだな。我が娘ながらなかなかしっかりしてるじゃないか」

 潮はそう言って満足そうに笑っていた。晩婚だったせいですでに50歳を超えているはずなのだが、この雰囲気からは厚志と同年代くらいに見えても不思議ではなかった。いや、落ち着きだとか顔の濃さとかいったことを考えると、むしろ厚志の方が年上に見られてもおかしくない。

 と、そうしていると、今度はその厚志に対して握手を求めてきた。厚志も達也と同じように、軽く挨拶を交わしながらその手を握り返す。

 すると、潮の顔つきがその瞬間に変わった。

「……君、仕事は何をしているのかな?」

「プロのボディービルダーとして活動する傍ら、ジムを主宰してトレーニングの指導やエアロビを教えています」

「……会社の経営に興味は無いかね?」

「ははは、私にはそのような重責はとてもとても」

「……そうかね。ならば仕方がないか」

 そのような会話を交わしている間に、深雪が彼らの元へと駆け寄ってきた。

「深雪、挨拶をすると良い」

 達也のその一言に、深雪は潮へ向き直って優雅に一礼した。

「初めまして、司波深雪です。この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」

「ご丁寧にありがとう、レディ。北山潮です。あなたのような美しいお嬢さんをお招きできるとは、この船にとっても当家のあばら屋にとっても望外の名誉となりましょう」

「あら、小父様。私のときには、そんなこと仰らなかったと思いますが」

「お父さん、みっともないから鼻の下を伸ばさないで」

 胸に手を当てて芝居掛かった一礼をした潮に対して、ほのかと雫が横からそんな言葉を投げ掛けてきた。ほのかはからかいの意味合いが多分に含まれたものだが、雫の場合は割と本気の言葉のようにも聞こえる。

「いや、そんな鼻の下を伸ばしてなんて……。――ああっ! 他のお友達も歓迎するよ、存分に楽しんでくれたまえ。私は残念ながらもう行かなければならないが、自分の家と思って寛いでくれたまえ」

 最後の方がやけに早足だったのは、おそらくこの後の予定が差し迫ってきたからだろう。そそくさと大型乗用車に乗り込んでしまった。

 ちなみに彼は車の中で、脱いだギリシャ帽を未練がましく眺めていた。「娘と船旅をした気分になりたかったんだろうな……」という達也の同情的な呟きは、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

「随分と気さくな方だったじゃない。ほのかが苦手そうな顔をしていたから、もっと厳格な方だと思っていたわ」

「うん、私にも凄く優しくしてくれるし、とっても良い人だよ。……だけどあの人、会う度に結構な額のお小遣いを渡そうとしてくるから、それがちょっと心苦しくて……」

「……ああ、そういうことね」

 そんな会話を交わす深雪やほのか達を乗せながら、クルーザーは目的地へと進んでいく。クルーザーはとても広いだけでなく、スタビライザーと揺動吸収システムのおかげで船酔いの心配が無い。さらには空気抵抗や過剰な光線をカットするために、甲板全体が流線型の透明なドームで覆われているのでかなり快適である。

 ちなみにクルーザーを操縦しているのは、宿泊先の別荘では身の回りの世話もしてくれるマルチなハウスキーパー、黒沢女史である。見た目の年齢は20代半ばほどだが、真夏の太陽が照りつける海の上でもきっちりとスーツを着こなすその姿は、同じく長袖のサマージャケットをしっかり着込んでいる達也から見ても流石と言えるものだった。

 そんな優秀な操舵手のおかげで、特に事故が起こることなく目的地の無人島に到着した。そして一行は荷物を黒沢に任せると、早々にビーチへと繰り出したのである。

「……達也、眩しいな!」

「……リカルドさん、太陽のことを言っているにしては、随分と目線が低すぎるような気がするんですが」

「ははは! そりゃ太陽のことを言ってるわけじゃないからな!」

 開き直って笑うリカルドを白い目で見る達也だったが、彼の言葉自体は素直に認めるしかない達也だった。

 波打ち際では現在、女性陣が仲睦まじく遊んでいた。

 真っ先に目を惹くのは、派手な原色のワンピースタイプを着たエリカだった。そのシンプルなデザインは、彼女のスレンダーなプロポーションをさらに引き立たせている。

 その隣にいる深雪は、大きな花のデザインがプリントされたワンピースタイプ。女性らしさを増していくプロポーションを派手な絵柄で視覚的にぼかし、生々しさの無い妖精的な魅力を醸し出している。

 意外なのが美月で、水玉模様のセパレートタイプはビキニほど露出は少ないものの、大胆に胸元がカットされているせいで豊かな胸が強調され、いつもの大人しいイメージからは想像できない艶めかしさがある。

 そして彼女の隣にいるほのかは、同じくセパレートタイプながらワンショルダーにパレオでアシンメトリーに決めている。体のメリハリという観点からしたら、彼女が一番に挙げられるかもしれない。ちなみに彼女は先程からちらちらとどこかに視線を投げ掛けているが、それについては後で触れることにしよう。

 雫はそれとは対照的に、フリルを多用した少女らしいワンピースタイプだった。しかし表情に乏しい大人びた顔立ちの彼女がそれを着ると、やけに倒錯的な魅力が生まれるのはなぜだろうか。

 ここまでが、魔法科高校の面々である。

 ダッチはワンショルダーのセパレートタイプと、ほのかとほとんど同じデザインの水着を着ているが、その見た目の幼さから凹凸などといったものとは無縁だった。最初に水着姿を披露したときに「ねぇねぇ、セクシーでしょ!」とアピールしていたが、その振る舞いも相まって完全に“ませた子供”でしかない彼女を見る目は微笑ましいものだった。

 一方モカは、言うなればほのかとも勝負できるほどのプロポーションを、厚手の布で作られたセパレートタイプで最低限覆うに留めていたため、その豊かな胸やくびれた腰回りが惜しげもなく披露されていた。どうやら本人が選んだものではないようで、何度も恨めしそうにミルココの方を睨んでいた。

 そしてあかりは、ともすれば10代でも充分通用しそうな健康的な肢体を、モカと同じセパレートタイプの水着(+ほのかがつけているようなパレオ)で飾り立てていた。エリカ達はそれを見て「あかりさん、わかーい!」と口々に絶賛していたが、娘であるエリだけはモカと見比べて若干残念そうな表情を見せていた。少々ボリュームの足りない胸の辺りに目を向けたときにそんな表情を浮かべていたのは、残念ながら偶然ではないだろう。

 そして最後に残ったのがミルココの2人だが、何を思ったのか彼女達は前世紀が終わる頃にはすっかり見られなくなったデザインの古いスクール水着を着用していた。しかも胸の辺りにでかでかと“みるく”“ここあ”と平仮名で名前まで書かれた徹底ぶりである。完全にふざけている。

 以上が、女性陣の水着事情である。

 ちなみに厚志を始めとした面々も、今は各々が選んだ水着を着用している。パラソルの下に腰を下ろす達也だけは、今も上着として七分袖のヨットパーカーを着ているが。

「……あれ? なぜ私達の描写は、女性陣と比べてあっさりしているんだね?」

「そりゃあ、野郎の水着姿なんて興味ある奴いないからですよ」

 達也とリカルドが遠くから女性陣を眺めていると、厚志とマッドが2人に近づいてきた。ちなみにレオと幹比古は少し沖合いの方で派手な水飛沫をあげながら競泳していた。

「厚志さん達は泳がないんですか?」

「私達もそろそろ海に入るつもりだよ。達也くんはどうするんだい?」

「俺ですか? ……しばらくはこうしていますよ」

「ふむ、別に無理強いはしないけど……。彼女達はそれを許すかな?」

 厚志がそう言って前を見遣り、達也がそれを視線で追うと、先程までキャッキャと遊んでいたはずの女性陣が全員こちらへ顔を向けていた。その中にはミルココやエリカのように、明らかに獲物か何かを見つけたかのようなニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 達也はまるで助けを求めるように厚志達へ視線を向けたが、彼らは苦笑いを浮かべて「まぁ、覚悟決めとけ」というリカルドの言葉だけ残してその場を去っていった。そして彼らと入れ替わるように、女性陣が達也の前へとやって来る。

「お兄様、せっかく海に来たんですから泳ぎませんか?」

「そうですよ、パラソルの下にいるだけじゃ勿体ないです」

 深雪の言葉に、美月が続いた。彼女達は純粋に達也のことを想っていることが分かるが、人の悪い笑みを浮かべるエリカやミルココ達を放っておくのは得策ではないと思ったのか、達也は「そうだな、泳ぐか」と立ち上がってパーカーに手を掛け――

「…………」

 ふと、その姿勢のまま動きを止めた。

「ん? どうしたの、達也くん?」

「……いや」

 エリカが首をかしげて問い掛けるが、達也は言葉を濁すだけで答えることも動くこともしない。

「…………」

 すると、エリカ達とは1歩離れた所からそれを見ていたあかねが、ずんずんと大股で達也に歩み寄ると、

「はいはい達也、何恥ずかしがってんの! ほら、さっさと脱ぐ!」

 達也のパーカーに手を掛けると、そのままそれを脱がしに掛かった。達也が必死に抵抗するのを、エリカはお腹を抱えて大笑いし、美月やほのかは顔を紅くして口を手で押さえ、雫は戸惑いから普段より目を大きく見開いている。

 力では圧倒的に達也が勝っているにも拘わらず、達也のパーカーは呆気なく彼女に剥ぎ取られてしまった。

 その瞬間、エリカ・美月・ほのか・雫の4人の表情が緊張で固まった。

 成人ほどのボリュームは無いが、達也の体は鍛え上げられて引き締まっていた。腹筋も胸筋もみっしりと重く固く、まるでルネサンス彫刻のようにはっきりと筋が刻まれている。

 しかし、刻まれているのは筋だけではなかった。

 彼の体には、幾つもの傷痕が刻まれていた。一番多いのが切り傷、それに匹敵するほどに多いのが刺し傷、そして所々に火傷の痕。骨折の痕は見当たらないが、それにしても尋常でない鍛えられ方をしなければこんな肉体にはならないだろう。それこそ、文字通り“血の滲むような”努力をしなければ。

 いや、この傷から察するに“血の滲む”程度では済まないだろう。拷問のような鍛錬を乗り越えなければ、ここまでの体にはなり得ない。それが分かっているからこそ、分かってしまったからこそ、エリカ達は思わず表情を強張らせてしまったのだろう。

 しかし息を呑むその時間は、本来とは比べ物にならないほど短い時間で終わった。

「ほら、達也さん! 早く泳ぎに行こうよ!」

「たつや! はやく!」

 右腕をエリが、左腕をダッチが引っ張りながら、達也を海へと連れて行く。幼い(ように見える)少女2人ごときでは本来達也を引っ張ることなどできないのだが、彼は下手に抵抗することなくよろめきながら2人の後をついていく。

 そんな微笑ましい光景に、エリカ達の緊張も自然と解けていった。彼女達は互いに顔を見合わせると、3人を追い掛けるように再び海へと向かっていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 その日の夜は、バーベキューだった。最高級の肉が塊で並ぶ光景は、育ち盛りの男子であるレオや幹比古はもちろん、エリカやミルココ達女性陣、さらには厚志や達也ですら目を見張るものがあった。

 ちなみに“最高級の肉”と聞くと霜降り肉を思い浮かべる人が多いかもしれないが、今回は油の摂取が厳しく制限されている厚志を考慮して赤身が用意された。しかしそこはさすが資産家、一定の温度や湿度を保ったまま空気を循環させた部屋で乾燥熟成させたドライエイジドビーフだった。通常の熟成肉よりも圧倒的に味も良く柔らかいが高価な代物を、達也たちが思わず面食らうほどに用意できるのは流石である。

 しかし雫も黒沢もそんなことを自慢するような性格ではないし、達也たちも肉に対して特別な知識を持っているわけではない。なのでそれに対しては特に触れられることもなく、皆が遠慮無しにバクバク食べていた。女性陣は仲良く談笑しながら、達也と幹比古を除く男性陣はさながらフードファイトのように食べまくり、黒沢も彼らの給仕に集中していた。ちなみにその2人は一通り肉を食べ終え、現在は将棋に興じている。

 部屋中に和やかな空気が流れている、そんなときだった。

 ふいに雫が立ち上がり、近くにいたモカへと歩み寄る。

「モカ、少し外に出ない?」

「私? 別に良いけど」

 知り合って数ヶ月経つとはいえ、2人きりで散歩に出掛けられるほど親しいというわけでもない。なのでモカはほんの少しだけ不思議そうな表情を浮かべたものの、特に考えることもなくそれに乗っかった。

 ちなみに雫がモカを誘ったとき、エリカやあかりはにやりと嫌らしい笑みを浮かべ、美月とエリはきょとんとした表情で首をかしげ、ほのかは口を引き結んで顔を強張らせ、そしてミルココの2人は真剣な表情で互いに顔を見合わせた。

 やがて、雫とモカが部屋を出ていった。遠くからそれを見ていた男性陣も、何やら微妙な空気が流れていることに気づいて、互いに顔を見合わせていた。ゲームの途中だった幹比古も、ぼんやりと2人が部屋を出ていくのを目で追い、

「王手。あと10手で詰みだ」

「えぇっ!」

 達也の無慈悲な宣告に、悲鳴をあげることとなった。

 

 

 

 寄せては返す波を左手に見据えながら、雫とモカは暗がりを歩いていく。しかし横に並んでというわけではなく、先を行く雫をモカが戸惑いながらついていく形となっている。

 やがて別荘の明かりも届かなくなり、2人を照らすのが月明かりのみとなった頃、雫が振り返ってモカに向き直った。普段から表情の変化に乏しい彼女だが、それなりに付き合いのあるモカから見て、今の彼女は何か覚悟を決めようとしているかのように感じた。

 自然と、モカの表情も引き締まる。

「モカ、教えてほしいんだけど」

「何?」

「厚志さんのこと、どう想ってる?」

「……もちろん、好きよ」

 雫からの問い掛けに、モカは引き締めていた表情を緩めて、にこりと笑みを浮かべて答えた。

「それって、男の人として、ってこと?」

「ええ、もちろん」

 はっきりと言い切るモカに、雫は面食らったように目を見開いた。普段の彼女からしてほのかと同じタイプだと考えていた雫は、一切動揺する様子を見せずに自分の想いを伝える彼女の姿が意外に思えたのである。

 一方モカは、今のシチュエーションが今更ながら不思議に感じてきて、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。

「それにしても、なんで雫は急にそんなことを訊いたの? しかもわざわざこんな人気(ひとけ)の無い場所まで連れ出して――」

 そして不自然に言葉を中断したモカは、あちこちに向けていたその顔を、ゆっくりとした動きで雫へと戻した。

「――――!」

 それは、いつもと何の変哲も無い笑顔、のはずだった。

 なのにそれを向けられた途端、雫の背中に尋常でない寒気が走った。真夏とはいえ海風が心地良いビーチにいるにも拘わらず、全身から嫌な汗が噴き出していく。

 そして雫は咄嗟に上着の内側に手を差し入れ、自分が今CADを持ち歩いていないことに気がついた。自分が戦闘態勢に入ろうとしていたことに気づいたのはそのときであり、つまり彼女は脳を介さない反射的な反応で目の前のモカに敵意を向けたということになる。

 そして雫がそんなことをしている間にも、モカは笑顔を貼りつけたままゆっくりと雫に近づいていった。

「……成程、雫は私を嵌めたのね。もしかして今頃、ほのかが厚志さんに告白しているとか?」

「……モカを騙したことは悪いと思ってる。でも私は親友として、ほのかを応援したいと――」

「別にそれは良いのよ」

 雫の言葉を遮って発せられたモカの声は、別段叫んだわけでもないのに、まるで耳元で囁かれたようにはっきりと雫の耳に届いた。

「ほのかが厚志さんにどんな想いを抱いているのかも知ってたし、あなたがこういうことをした気持ちも分かるわ。それに3年間も一緒に暮らしながら何の進展も無かった私にも落ち度があることは理解してる。でもね――」

 元々笑顔だったモカの口元が、さらに吊り上げられた。そこまで行くともはや自然な笑顔とは言えず、雫はそれを見ても安心どころか恐怖しか湧き上がってこなかった。

「理解はできても、納得できないことって、あるでしょ?」

 そしてとうとう腕を伸ばせば届く距離まで近づいたモカは、そのまま雫の細くて白い首へと腕を伸ばして――

 

 

「モカ、止めろ」

 

 

 その声は子供のように幼いものだったが、なぜか聞く者に威厳を感じさせるものだった。

 雫が後ろを振り返ると、鋭い視線をこちらへ向けているダッチと、彼女ほど鋭くはないものの真剣な表情をしているミルココの3人がいた。それを見た雫は、なぜ彼女達がここに、という疑問よりも先に、彼女達が来てくれて良かった、という安堵が湧き上がってきた。

 そして同じように3人の存在に気づいた、というより自分を睨みつけるダッチの存在に気づいたモカは、

「……申し訳ございませんでした、お嬢。――雫もごめんなさい、怖がらせてしまって」

 普段の彼女に戻って、心から反省している様子で雫に頭を下げた。突然の変わりように雫は戸惑いながらも、「こっちも騙してごめんなさい」と頭を下げた。

「――さて! 喧嘩も解決したことだし、改めて部屋に戻るよ! 何と、黒沢さんがデザートを用意してくれたのだぁ!」

「ええっ、そうなの? はやく行こ、モカ!」

 すっかり暗くなってしまった雰囲気を払拭するかのように、ミルココは雫の手を、ダッチはモカの手を取って、月明かりのビーチを努めて明るく駆け抜けていった。

 

 

 

「いやぁ、良い島だよね。すっかり気に入っちゃったよ」

「そ、そうですか。雫が喜ぶと思います」

 一方その頃、波打ち際を右手に浜辺を歩くほのかは、すぐ隣にいる厚志のことが気になって仕方がなかった。何とか会話は続けられているが、今にも口から心臓が飛び出して(人間の構造上絶対に有り得ないことだが)しまいそうなほどだ。

 雫とモカが部屋を出て少しした後、今度はほのかが厚志を散歩に誘った。ほのかが厚志に対して親愛以上の想いを抱いていることは周りの人間にはとっくにバレバレ(何せ初対面だったあかねにすらばれていたくらいである)なので、部屋のあちこちからほのかをからかうような視線が彼女に襲い掛かった。穴があったら入りたいほどの羞恥に顔を真っ赤にするほのかだったが、厚志はそんなことは気にする様子も無く二つ返事で了承、今に至るというわけである。

 しばらく浜辺をぶらぶらと歩いていた2人だったが、先程から交わされる会話はわざわざ散歩に出掛けてまでするほどではない他愛ないものばかりで、“そういったこと”が話題に挙がる気配は無い。厚志は間違いなくほのかの真意に気づいてるだろうが、今回は散歩に誘ったほのかが口火を切るべきだろう。

「あ、あの!」

 ふいに、ほのかが足を止めて大声をあげた。厚志は足を止め、ほのかに向き直る。

 しかし彼女は、なかなか次の言葉を出せずにいた。何度も深呼吸をして何か言おうとするが、喉に何かが詰まっているかのように声が出ない。しかし厚志はそれに対して何か言うことはなく、口元に笑みを浮かべながらじっと彼女のことを待っていた。

 顔を上げて話を切り出そうとしてはうっかり厚志と目を合わせて俯く、というのを何回か繰り返した後、

「あ、厚志さん……! わ、私、厚志さんのことが好きです!」

 ほのかの口から飛び出した告白は、先程までの躊躇いに反してやけに大声だった。もしかしたら、別荘にいるエリカ達に聞こえてしまったかもしれないと思うほどに。

「あ、厚志さんからしたら、私なんてまだまだ子供で眼中に無いかもしれませんけど……、でも私、厚志さんのことが好きなんです!」

「…………」

「迷惑……でしたか?」

 なかなか返事が来ないことで怖くなったほのかは、先程とは違う理由で厚志と顔を合わせることができなかった。

「……迷惑なはずはないさ。ただこうして面と向かって言われると、やっぱり少し照れるね」

 厚志はそう言って、どこか乾いた笑い声をあげた。

 たったそれだけで、ほのかは悟った。

 自分の告白が、上手くいかなかったことを。

「ほのかちゃんが真正面から告白してきたんだ、私も逃げずに答えよう。――正直に言ってしまうと、ほのかちゃんを“そういう風に”見ることはできない」

「……やっぱりそれって、年齢のせいですか?」

「……そうだね。ほのかちゃんに告白されて改めて真剣に考えてみたけど、やっぱり十代半ばの女の子を好きになるというのは考えにくいかな」

「……つまり、もしエリカさんや美月さん達が告白してきたとしても――」

「ああ。同じように、断るだろうね」

「……そうですか。分かりました」

 ほのかはそう言って、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「とりあえず、ほっとしました。私自身の問題で振られたわけじゃないってことですもんね」

 ほのかの言葉に、厚志は何も答えなかった。どう答えるのが正解か分からない、といった感じだった。

「だったら大丈夫です! いつか私が大人になって、厚志さんが思わず好きになるような魅力的な女性になれば、まだまだ私にもチャンスがあるってことですもんね!」

 そう言って笑うほのかは、つい先程振られたとは思えないほどに晴れやかな笑顔だった。彼女の性格からしてもしかしたら泣き崩れるかもしれないと考えていた厚志は、彼女の強い精神に感銘を受けると同時に、まだまだ自分も人を見る目が無いと秘かに反省していた。

「待っててくださいね、厚志さん! 厚志さんの方から告白したくなるような女性になりますから!」

 ぐっと拳を握りしめて、ほのかは高らかにそう宣言した。

 そんな彼女の笑顔に、厚志も同じように笑みを返す。

 その笑顔はまだ、健気に頑張る娘を見守る父親のそれだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 次の日は、早朝から30度を超える猛暑だった。

「厚志さん! ジュース飲みませんか! 私取ってきますね!」

「厚志さん! 雫がジェットスキーを貸してくれるみたいですよ! 一緒に乗りませんか!」

「厚志さん! 沖にダイビングスポットがあるらしいです! 一緒に行きましょう!」

 刺すような日差しが照り返す白い砂浜で、厚志にべったりなほのかの姿が見られた。最初ミルココ達はもしや厚志がほのかの告白を受け入れたのかと思ったが、困ったように苦笑いを浮かべる厚志の様子を見て、どうやらそうではないことが分かった。

「成程、厚志を振り向かせる方向にシフトしたってことね」

「こりゃあ、モカに強力なライバル出現ってところかなぁ?」

「…………」

「ちょっとモカ。描写できない顔になってるから」

「そんなに嫌なら、モカも厚志さんにアピールすれば良いじゃない」

「……そうね、行ってくる」

 そう言い残してパラソルの下から立ち上がって駆けていくモカの背中を、あかねがニコニコと笑って見送った。

「モカちゃんもほのかちゃんも、いっぱい悩むと良いさ。悩むのは若者の特権だからね」

「お母さん、何だかお婆さんみたい」

「おば……! そ、そんな年取ってないから!」

 エリの頬を引っ張るあかねを微笑ましく眺める女性陣に対し、厚志とほのかに合流するモカを眺めているのは、海で一緒に泳いでいる男性陣だった。

「あの2人、どっちが厚志さんの恋人になるかな?」

「どっちもならない可能性が一番高いかな。いくら何でも、年の差が大きすぎる気がするし」

「なぁなぁ、達也はどう思う?」

 レオが何の気無しに達也へ話題を振ると、達也は厚志達をじっと見つめ、

「……悪い、俺には“そういうこと”は分からないよ」

 どこか寂しそうな表情を浮かべて、そう答えた。

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