魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第42話 『戦闘における最大の敵は、“油断”と“思い込み”である』

 待ち合わせているというリンの知り合いから連絡が来るまで、3人は人で賑わっているレストランに入ることにした。ここならば人目を気にしていると思われる襲撃者から襲われる心配は無いが、ふとした瞬間に纏わり付く視線を感じることから、相手はまだ彼女を諦めていないらしい。

 しかし、常に気を張り詰めて精神的に疲弊するのも好ましくない。なので森崎と景はそれを気にする素振りを見せずに、リンとの会話を楽しんでいた。

「ってことは、リンは魔法師じゃないの?」

「ええ。どうして2人がそう思ったのか分からないんだけど……」

 リンはそう言って、少し困り顔で笑った。一時たりとも同じ表情を見せずにコロコロと変わる表情が、彼女の魅力を何割増しにも引き立てている。

「あ、もしかしてこれかな?」

 リンはふと何かに気づくと、胸元からペンダントを引っ張り出してみせた。そのときにボタンを外したシャツから柔らかそうな膨らみがちらりと見え、うっかり見てしまった森崎は顔を紅くして視線を逸らした。

「あらあら、駿くんったらむっちりスケベー」

「……景さん、余計なことを言わないでください」

「何よ、別に恥ずかしがることじゃないでしょ? 駿くんの年頃なら、そういうことに興味を持つのはむしろ自然なことなんだから。私の知り合いの男子なんて、あなたと同じ歳なのに女の子に全然興味が無くていっつも澄まし顔なもんだから、全然からかい甲斐が無くって――」

「そんなことより! そのペンダントって何ですか?」

「マジックアイテム」

「はっ?」

「身につけてると、人目を惹かなくなるんだって。色々な目的の人攫いが横行していたときに作られた、悪い人に目をつけられないようにするためのお守り……本物よ?」

 元々現代魔法は古式魔法を研究して体系化したものであり、古来の魔法具(マジックアイテム)と称する物の中には本当に魔法力があるのも少なくない。とはいえ、偽物がその数十倍も多く出回っていることも事実であり、特に現代魔法一筋の若者ほど“マジックアイテム”というものに懐疑的なイメージを持っている。

「ふーん、魔法師じゃないのにマジックアイテムは持ってるのね」

 景の一言に、リンは明らかに動揺したような表情を見せた。

「えっと……、前に知り合いが『ストーカー除けに』ってくれたものなの」

「ストーカー? 前にもこんなことがあったの?」

「え、ええ、まぁ」

「しかしどうやら、奴らにはこれが通用しないようですね」

 真面目な表情でペンダントを見つめてそう言う森崎に、リンは縋るように彼へと視線を向けた。

「シュン達にも通用しなかったみたいだし、やっぱり魔法師って特別なの?」

「特別っていうか、普段から魔法を使っているからそういうことに敏感にはなるわね。完全に気配を消しているわけじゃないから、魔法師には“魔法を使って気配を消している痕跡がある”ってのが分かるのよ」

「ふーん……、やっぱり魔法師って普通の人間とは違うのね」

「……そんなこと、ないですよ」

 森崎の呟くような言葉に、リンと景の視線が彼へと向いた。

「魔法というのは、人間の持つ“技能”です。リンの持っている魔法具も、人が魔法の力を使えるようにするための物という点では魔法師の術式と同じです」

「……そうよね。魔法師も、私達と同じ人間よね」

 リンのその言葉は本人も気づいていないが、魔法師とそうでない人間を別の種と認識したうえでのものである。森崎はそれに気づかなかったが、景だけはそのことにしっかりと気づいており、そしてそれを口に出すことは無かった。

 と、そのとき、リンの表情が強張った。森崎と景が彼女を見遣る中、リンは携帯端末を取り出した。どうやら待ち合わせの相手からメールが届いたらしいが、それで安心するのではなく緊張するというのはどう解釈すれば良いのか、森崎には判断しかねていた。

「レインボーブリッジの真下。そこに船をつけるって」

「あらま、随分と派手な待ち合わせね」

 景の冗談めかした言葉にも、リンは笑みを浮かべようとはしない。

「……行きましょうか」

 森崎の言葉を合図に、3人は立ち上がった。

 ちなみにこの場の会計は、一番年上ということで景が支払った。

 

 

 *         *         *

 

 

 リンの言った“レインボーブリッジの真下”というのは、おそらく橋台の脇に作られた広場のことを指すと思われる。表通りから行った方が短い距離で済むが、彼らはあえて遠回りとなる公園経由の道を選んだ。襲撃者が使う術式は、人々が行き交う大通りよりも人の動きが滞留する公園の方が効果は薄いと考えたからである。

 よって、リンのペンダントもハンドバックにしまわせた。今のシチュエーションで、他人の注意を逸らす術式は逆効果だからである。

 それがまさか、このようなトラブルに見舞われる結果になろうとは。

「…………」

 自分達の目の前にいる彼らを、森崎達3人は呆れた表情で眺めていた。

 サッカーのフリーキックでも止めそうな密集度で横に並んでいるのは、素肌に光沢のあるベストを羽織った、手首やら肘やらに金属のリングを嵌めている少年グループだった。そのベストは防弾・防刃性能のある防護服だが、通気性が極端に悪いためか前を空けて袖を切り落としている。もちろんそんな服に実用性など皆無であり、つまりそれは単なるファッションで着用しているだけであり、彼ら自身も単なるファッションの域を出ない不良だということだ。

 ちなみに腕につけているリングは筋肉の収縮速度を高める微弱な電流が流れるものであり、お手軽にパンチを強化できることから中途半端な喧嘩屋の間で流行っている代物だ。

「こいつら……確か“ウォリアーズ”とかいうチンピラ集団だったかな」

「景さん、知ってるんですか?」

「まぁ、小学校の教師たるもの、子供に危害を加えそうな輩は一通り知ってないとね」

 森崎と景がこそこそ話している間も、少年達は何も言わずにやにやと笑っている。しかし森崎がリンの肩を取って道を引き返そうとすると、ヒューヒューと挑発するような口笛と共に、予想外に統率の取れた動きで2人の前に先回りした。3人を阻む壁が、3人を囲む柵となる。

「急いでるんです。通してください」

「まぁまぁ、そんなこと言わないで俺達と遊んでよ」

「そうそう。そこの坊やより、もっと楽しいこと知ってるよ?」

 リンの言葉に、少年達は気持ち悪い猫なで声で彼女達に近づいてくる。

「ちょっと、本当に止めて――」

「無駄よ、リンちゃん。こいつらは、最初から話を聞く気なんて無いんだから」

 リンを庇うように前へ躍り出た景に、少年達が下品な笑い声をあげた。

「おーおー、言ってくれんねぇオバチャン。まぁ、最初からオハナシする気なんて無いのは確かだけどな」

「……そう。だったら仕方ないわね」

 景はそう言うと、おもむろにスカートのポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。

 ブレスレット型のCADを、手首に取りつける。

「……てめぇ、まさか魔法師か!」

 目の前の少年が驚きの声をあげて後ずさるが、その瞬間「びびんじゃねぇ!」と一際大きな体つきをした少年が声を荒げる。

「おい魔法師、知ってんぜ? てめぇらのマホーは拳銃と同じで、素手相手の奴に使ったら牢屋にぶち込まれんだろ? そんな見え見えのハッタリに引っ掛かるかよ」

「おう、そういえばそうだったな! マホーを使えねぇ魔法師なんか、ただの木偶の坊だ!」

 どうやらリーダーらしいその少年の言葉により、他の少年達も調子を取り戻して再び笑い声をあげた。

 しかしそんな彼らに、景はふっと笑みを漏らした。それを見た少年の笑みが消える。

「……てめぇ、何がおかしい?」

「いえ、別に? ただ、本当に私が魔法を使わないとでも思うのかしら?」

「……おもしれぇじゃねーか。やってみろよ」

 腕を伸ばせば届くほどの至近距離で、少年と景が向かい合う。少年が怒りを露わにして睨みつけているのに対し、景は口元に笑みを携えたまま平然としている。そしてそんな2人の様子を、少年達はにやにやと笑いながら、森崎とリンは心配そうに眺めている。

 そして景は皆の注目を集める中、

「――――」

 

 一切の予備動作無しで、少年の股間を蹴り上げた。

 

「はぅ――!」

 意味を成さない声をあげて、少年は苦悶の表情で地面に崩れ落ちた。周りの少年達、そして森崎は思わず股間を押さえながらその少年に心底同情するような視線を向けている。

 そして少年達の同情は、やがて怒りとなって景に降り注ぐ。

「てめぇ! よくも!」

「魔法を使わないとでも思うのかしら? 括弧、魔法を使うとは言っていない、括弧閉じ」

「ふざけんな、糞アマ!」

 怒りの臨界点に達した1人の少年が、景めがけて拳を振り下ろそうとする。

 と、次の瞬間、いつの間にかその少年の懐に潜り込んだ景が、人差し指と中指を立てた手を少年の顔に鋭く突き出した。2本の指が、少年の両目に深く突き刺さった。

「――あああああああああああああああああ!」

 両目を手で押さえながら、少年は叫び声をあげながら地面に蹲った。両目を押さえる手の指の隙間から、真っ赤な液体が流れ出ているのが分かる。

「駿!」

「――――!」

 景の呼び掛けに、森崎が戸惑ったのはほんの一瞬だった。たったそれだけの間で彼女の意図を汲み取り、リンの手を握ると、仲間がやられて呆然としている少年達の間を擦り抜けてその場を走り去っていく。

「あ! おい、てめぇ!」

 そして少年達が逃げていく森崎達に目を奪われている隙に、景も同じように少年達の間を擦り抜けてその場を逃げ出した。もちろん、森崎達とは反対側に。

「くそっ! ふざけんじゃねぇぞ、糞がぁ! ぶっ殺してやる!」

「おい、タカ! こいつら、どうすんだよ!」

 リーダーの少年――タカに、地面に転がる2人の少年を指差して別の少年が問い掛ける。股間を蹴られた少年は口からブクブクと泡を出して気絶し、両目を潰された少年はどんどん呻き声が小さくなっていく。早く病院に連れて行かなければ、取り返しのつかないことになるだろう。

「……くそっ!」

 タカは悔しそうに、そう吐き捨てた。

 

 

 

「はぁ――はぁ――」

 待ち合わせ場所の広場まで、森崎とリンの2人は手を繋いだまま走った。リンは苦しそうに息を荒げているが、森崎はこの程度の運動は運動にも入らないので特に疲れた様子は無い。ちなみに広場にいたカップル達は2人のことをちらりと見遣っただけで、すぐさま“何事も無かったように”視線を逸らしていた。

 遊覧船の乗り場になっている桟橋までやって来たところで、2人は手を離して立ち止まった。

「……さっきの仲間が追ってくるかもしれません。念の為、警戒していてください」

「分かったわ。――それにしても、凄かったわね」

「……はい」

 リンのその言葉は主語を抜かした曖昧なものだったが、森崎がその意味を取り違えることはなかった。

「魔法師って、てっきり魔法を使って戦うものだと思ってたけど、そうとは限らないのね」

「……ええ、そうですね。人によると思いますが、実戦を想定した魔法師の中には、魔法の腕を磨くのと同時に基本的な戦闘訓練も積んでいる者もいます」

「そうなんだ……。あの子達、大丈夫かしら……?」

「今の医療技術なら、あの程度の怪我は問題無く完治します。だからこそ、景さんはあのような行動に出られたのでしょう」

 森崎はリンの質問に答えながら、頭の中で考えを巡らせていた。

 景は小学校の教師であり、魔法科高校に入学したときは二科生だと聞いている。なので森崎は、彼女の魔法の腕自体は大したものではないと考えていた。

 いや、大したものではないからこそ、それ以外の戦闘技術を磨いたということだろうか。しかしいくら当時の経験があったとしても、魔法とまったく関係無い職業に就いて久しい彼女が、何の躊躇いも無くあそこまで動くことができるのだろうか。

 それに、疑問に思う点はまだまだある。景が少年の股間を蹴り上げたとき、森崎には彼女が攻撃する予兆をまったく感じ取ることができなかった。自己加速魔法によって知覚スピードの限界を日常的に体験しているために、普通の人と比べて速さに慣れている森崎が、である。あの動きは“昔取った杵柄”程度で再現できるものではなく、つまり今でも日常的に戦闘訓練を積んでいることを意味している。

 しかし、小学校の教師がそんな訓練を積む必要性があるのだろうか。あるいは“小学校の教師”というのが嘘なのかもしれないが、残念ながらそれを証明する手段は無い。

 それに、気になることはもう1つある。

「……リン、あのペンダントは使っていませんよね?」

「え? ええ、もちろんよ」

「そうですか。……ならば、おかしいと思いませんか? あれだけの騒ぎを起こしているにも拘わらず、周りの人達の反応が無さすぎでした」

「……もしかして?」

「――――!」

 その瞬間、森崎は周りを睨みつけるように見回すと、デイバッグから幅広のブレスレットを取り出して手首に嵌め、空のホルスターを右腰のポケットに引っ掛ける。それはまさに、彼の戦闘態勢だった。

 そしてそれを待っていたかのように、黒の上下に黒のサングラスを掛けた、まるでMIB(メン・イン・ブラック)の都市伝説を具現化したような奴らがどこからともなく現れて、森崎とリンを反包囲に取り囲む。

 むざむざ敵に取り囲まれてしまったことに森崎は悔しそうに歯を食いしばるが、彼らからリンを庇うように前へ躍り出る。

「我々は、情報管理局の者だ」

 黒ずくめの男はそう言って、黒い皮の手帳を取り出した。中を開いて、それを森崎に見せる。確かにそこには内閣府情報管理局のマークが、見る角度によって色と模様が変化する特殊印刷で刷り込まれていた。その変化のパターンに催眠効果があることを知っている森崎は、マークを確認すると早々にそれから目を逸らした。

「ミス・リチャードソンの護衛は我々が引き継ぐ。これより先は公務につき、ご遠慮願いたい」

「……リン、彼らについて行きますか?」

 森崎の後ろに隠れて彼のベストを掴んでいるリンに尋ねると、彼女は勢いよく首を横に振った。

「申し訳ありませんが、お断りします」

「……公務だと、言ったはずだが?」

「護衛ならば、本人の意思に反して強制することはできません。――それとも、逮捕状でもお持ちですか? 内情に逮捕権は無いはずですが」

 森崎の言葉に、黒ずくめは「仕方ないな」と言いたげな笑みを浮かべた。

 その男達の袖口から、銃口が覗く。

 その瞬間、森崎は左手でリンを抱きしめ、右手でブレスレット型のCADを操作しながら海面に向かってダイブした。突然のことで悲鳴をあげるリンによって、2人が直前までいた空間を引き裂く小さな針(麻酔薬つき)の音が掻き消される。

 そして2人の体が海面にぶつかる寸前、2人の体に魔法が発動し、空中スレスレを移動して隣の桟橋へとジャンプした。そして着地の瞬間にリンをしゃがませ、自身も身を低くしながらブレスレットを待機状態にして、懐から拳銃形態のCADを取り出す。

 ――確認した限りだと、敵は8人か。

 彼の頭の中には、すでにこの場から逃げ出すという選択肢も、敵の素性を探るという選択肢も存在していなかった。背後にいるリンを守る、ただそれだけである。

 おそらく敵8人の内、魔法師は2人。まずはそれを無力化するべく、森崎は最初にリンを襲った襲撃者に対して使用した加速魔法を、魔法師に向かって2発続けざまに放った。1発は当たり、1発は防がれた。そして森崎の魔法を防いだ魔法師がCADに指を走らせているのが見え、他の黒服が麻酔銃をこちらに向けているのが見える。

 それを確認するや否や、森崎は手品のような鮮やかな手捌きで拳銃形態のCADをしまい、ブレスレットを起動させる。自身の体に加速魔法が発動しているのを無視して、移動系魔法の起動式を呼び出す。それによって自身に向かっていた麻酔針を空中に静止させ、その代償として彼の体に横殴りの加速が発動した。

 森崎の体が地面を離れて吹っ飛び、海面に落下する。叫び声をあげるリン目掛けて、黒服の男達が殺到する。

 と、そのとき、後方にいたもう1人の魔法師が突然地面に崩れ落ちた。

 男達がそれに気づいて振り返ったのと同時、水面から森崎が姿を現した。しかもただ顔を出すのではなく、イルカ顔負けの大ジャンプで水飛沫を上げながら登場した森崎に、男達が慌てた様子で麻酔銃を彼へと向ける。

 しかし、自由落下の最中に拳銃型のCADを取り出して6発の魔法を放つ森崎には敵わず、彼らは苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちていった。しかし森崎の方も自由落下を減速する魔法が間に合わず、着地の勢いを殺しきれずに舗装道路に転がる羽目となった。

「シュン!」

 リンが心配そうな表情を浮かべて、森崎へと駆け寄っていく。森崎は立ち上がろうとするが、脚に激痛が走り苦悶の表情を浮かべ、再び地面に腰を下ろした。

「ごめんなさい、シュン。私のせいで、シュンが危ない目に……」

「大丈夫ですよ、リン。無事で何よりです。――それよりリン、待ち合わせの船はアレではないですか?」

「え? 多分、そうだと思う……」

 森崎が海に向かって指を差すので目で追うと、2人のいる桟橋に向かって喫水の浅い海河両用の高速クルーザーが近づいてきていた。やがてクルーザーが桟橋付近で止まり、中からスーツ姿の男性2人が降りてきてお辞儀をしていた。

「行ってください、リン」

「で、でも、ケイがまだ……」

「良いんです。早くしないと、仲間がやって来るかもしれません」

 リンは迷うように森崎とスーツ姿の男性達を交互に見遣っていたが、やがて森崎に深々とお辞儀をするとクルーザーへと駆けていった。お別れのキスは無かったが、しっかりと彼女を守れたという“現実”が損なわれなくて済むと強がりでなく考えていた。

 船上から手を振るリンに、森崎は地面にあぐらを掻きながら手を振り返す。そしてそれは、クルーザーの姿がはっきりと見えなくなるまで続けられた。

「……あれ? もしかして、もう迎えが来ちゃった?」

 そんな中、いつの間にか森崎の背後に立っていた景が、辺りを見渡しながらそう言った。森崎がちらりと彼女を見遣るが、見たところ彼女には傷どころか目立った汚れすら無かった。彼はほっと胸を撫で下ろした。

「ええ、先程クルーザーに乗っていきました」

「ふーん。――で、結局彼女は何者だったの?」

「……別に良いじゃないですか、そんなこと。無事に彼女を守ることができたのですから」

「……ところで、あそこに転がってるのって、もしかして駿が1人で倒したの? やるじゃない」

 景の言葉に、森崎は「別に大したことじゃないですよ」と素っ気ない素振りで答えた。しかし口元の笑みが隠しきれておらず、内心喜んでいることは彼女にはバレバレだった。

 それを見た景がからかってやろうかと口を開き――

「ところで景さん、あなたこそ何者なんですか?」

 かけたところで森崎にこの質問をぶつけられ、景は口を閉じた。

「小学校の教師をやっているという話でしたが、あの動きはどう考えてもつい最近まで戦闘訓練を受けていた、あるいは現在も受けているとしか思えない動きでした。そもそも複数の男性相手に、あそこまで物怖じせずに動けることの方がおかしいんです。――景さん、あなた本当は何者なんですか?」

「…………」

 景はじっと、森崎のことを見つめた。彼から視線を逸らすことなく、腰を落として膝を抱え、未だに地面に座っている彼と同じ目線になる。間近で女性に見つめられる形となった彼は、思わず頬を紅くして緊張した表情になっていた。

 そして景は、何の予備動作も無く森崎にデコピンを食らわせた。

「――いったぁ!」

「ふん、女性の秘密を暴こうなんて10年早いのよ」

 景はそう言いながら、ブレスレット型のCADを操作した。森崎の体に加速系の魔法が発動し、ふわりと1メートルほどの高さまで浮かんで静止する。

「えっ、ちょっと景さん! 何するんですか!」

「何って、怪我をしてるようだから病院まで運んであげようと」

「いや、僕は大丈夫ですから下ろしてください! というか、こんな格好で街に出るなんて恥ずかしい!」

「何? もしかして私に、あなたをおんぶしろとでも言いたいの? どうせあの子にお別れのキスか何か貰ったんでしょ? だったらこれくらい我慢しなさい」

「そんなもの貰うわけないでしょ! いいからさっさと――」

 森崎の叫びを無視して、景は魔法で森崎をふわふわと浮かせながら歩き出した。彼女の歩行に合わせて、彼の体も一定の高さを保ちながらふわふわとついていく。途中擦れ違う通行人が一斉に奇異の目で2人のことを見ていたが、ぎゃーぎゃーと騒ぐ森崎と違って景は至って冷静だった。

「…………」

 そして彼女は、1度だけ後ろを振り返った。

 それはリンを乗せたクルーザーが去っていった方向と、寸分違わなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「メイリン様、ご無事で何よりです」

「ええ、あの2人が助けてくれましたから」

 岸を離れたクルーザーの上で、リンは森崎達と接していたときとはまるで別人の冷たい表情で、スーツ姿の男性の1人が口にした言葉にそう答えた。

 するとそこへ、髪がすべて銀色になった老紳士が姿を現した。

「メイリン様……、このような時期に1人でこの国に来られるなど、立場を弁えてください」

「私に指図する気?」

「そんな、滅相もございません」

 リンの言葉に、老紳士は恭しく一礼した。物腰こそ非の打ち所がないが、どこか空々しい印象を与えるものだった。

 その証拠に、老紳士はすぐさま顔を上げて、獰猛な本性を隠しきれていない鋭い目線をリンに向けた。

「しかし、この国の政府は我々と徹底的に争うつもりのようですな。今回のメイリン様に対する非礼、相応の報復が必要だと存じますが」

「許しません」

 しかし老紳士の言葉を、リンはばっさりと切り捨てた。

「成程、日本政府のやり方は横暴にして非礼千万。ですが私は、それを補って余りある厚情を彼らから受けました。あなた方が魔法をまったく使えない私をリーダーとして祭り上げるというならば、私はこの国に手を出すことを禁じます。それが不服なら、私をカリフォルニアへ帰してちょうだい」

「いえ、すべてはメイリン様のお心のままに」

 リンのおおよそ若い女性が出せるとは思えない威圧感は、老紳士に思わず頭を下げさせる力があった。

 そんな彼女を乗せたクルーザーは、誰にも邪魔されることなく海路で日本を後に――

 

「成程ねぇ、そういうことだったの」

 

「ああああああああああああああああああ!」

 その瞬間、どこからともなく現れた脇差しほどの大きさはある金色の剣が弾丸のようにクルーザーに襲い掛かり、船上に現れていた者(リンを除く)の太股辺りに深々と突き刺さった。中には剣の先端が太股から覗かせているものもあり、彼らは一斉に苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちていく。

 さらには、上の騒ぎを聞きつけて船上にやって来た男性達も、狙い澄ましたように金色の剣が次々と襲い掛かり、そのどれもが彼らの太股に突き刺さり、彼らも先程の男性達と同じ運命を辿ることとなった。

「な、何! 何なの!」

 自分を出迎えた男性達が次々と倒れていく光景に、当然ながらリンはパニック1歩手前まで追い込まれていた。それでも完全にパニックにはならずに辺りを警戒している様子を見ると、やはり彼女には普通の女性とは違う精神が備わっているのかもしれない。

「どうも、リンちゃん。いや、メイリンちゃんって言った方が良いのかな?」

「……あなた」

 そしてリンの目の前に姿を現した“それ”に、リンは呆然としたように目を丸くした。

 それはパッと見れば少し大きめの鳥でしかないが、顔と上半身の胴体がまるで人間のような造りになっていた。若い女性のような可愛らしい顔つきをしているが、現在の表情は悪巧みを企む悪役のように歪んでいる。

 そしてリンは、その生物を見るのは初めてではなかった。森崎達と初めて出会ったとき、森崎がまさに撃たれそうになっていた絶妙のタイミングで空からやって来て襲撃者の視界を遮った鳥がいた。あのときははっきりと姿を見たわけではないので確証は無かったが、確かに顔の部分を見たときに妙な違和感に襲われたのを憶えている。

「ハルピュイア……」

「あら、博識ね」

 その声はまさに、自分の目の前にいる人面鳥から放たれたものだった。空想上でしか存在していないはずの生物に、リンは足元に男性達が転がって呻き声をあげているのも忘れて見入っていた。

 そして、察した。

「……ケイの仕業ね」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「こんな魔法、現代魔法じゃ聞いたことがないわ。だけどシュンは現代魔法しか使わない。――それに、この鳥から感じる雰囲気が、どことなくケイに似ている気がする」

「……ふふふ、やっぱりあなた只者じゃなかったのね。まぁ、タイミングとしては“これから只者じゃなくなろうとしている”って感じだけど。リンちゃんには悪いけど“善良な市民”としては、あなた達みたいな犯罪者集団の存在を見過ごすわけにはいかないわ」

「ま、待ってケイ! 私は――」

「ええ、もちろん分かってるわ。あなたはただ、この人達に“巻き込まれた”だけだものね。――もっとも、このままこの人達についていくと話は変わってくるけど」

「…………」

 リンはちらりと、足元で呻く男達へと視線を向けた。彼らは脂汗を掻きながら、縋るような目で彼女を見上げている。

 それを見たリンは、目の前にいるハルピュイアに視線を戻し、

「……ええ、そうよ。私はこの人達に攫われたの。私の本名は孫美鈴(スン・メイリン)で、“無頭竜”の首領であるリチャード=孫の娘だけど、だからって私はグループとは何の関係も無いわ」

「メイリン様――!」

「勝手に私を様付けで呼ばないで。あなた達と私は何の関係も無いんだから」

 冷たい声でそうつけ離すリンの表情には、一切の感情が籠もっていなかった。

「今警察に通報したから、もうすぐここにやって来るわ。大丈夫、私はちょーっと日本政府に顔が利くから、リンには一切の危害を加えずに元のカリフォルニアに帰してあげる。――そこに転がってるあなた達も、大人しくしていた方が良いわよ。少なくとも、あなた達の元ボスに捕まるよりは遥かに安全なんだから」

 そう話すハルピュイアに男性達は恨みの籠もった目で睨みつけるが、太股の痛みのせいで反撃することすらできなかった。仮に反撃したところでハルピュイア自身は単なる伝達係でしかなく、倒したとしてもすぐさま金色の剣と別のハルピュイアによる反撃に遭うため無駄に終わるだろうが。

「……ありがとう、ケイ」

 そう言って笑うリンの姿は、仮にも自分の部下になろうとしていた男達を裏切って笑うその姿は、歩む道こそまっとうなものだが、間違いなく国際犯罪シンジケートのボスの娘だった。

 そしてそんな彼女と向かい合うハルピュイアの浮かべる笑みも、彼女と同質のものだった。

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