魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第43話 『強烈な記憶というのは、いつまでも色濃く残るものである』

 佐渡侵攻事件。

 ほんの少し前に起きた沖縄海戦に歩調を合わせるようにして行われた、新ソビエト連邦と思われる侵攻部隊が佐渡島に上陸した事件である。彼らの目的はサイオンの性質を解明するための研究施設とされ、真っ先に奇襲攻撃を受けた研究施設は侵攻軍と守備隊の戦闘に巻き込まれて半数以上の研究員が命を落としたという。

 当時若干13歳だった一条将輝も、義勇軍として侵攻部隊の鎮圧に参加していた。一条家に代々伝わる秘術、対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法“爆裂”は、相手にとって相当な脅威となったであろう。人体に使えばあらゆる体液が瞬時に気化して皮膚や筋肉が四散、内燃機関動力の機械ならば燃料が気化して爆発するこの魔法は、文句なしに殺傷性Aランクに該当する、まさに戦争向きの魔法だった。

 将輝も戦場で数多の敵をこの魔法で屠りながら、同時に味方の血に塗れるのも構わずに戦い続けた。けっして小説やゲームの世界では描ききることのできない凄惨な光景が目の前で繰り広げられ、13歳の精神に拭いようのないトラウマが刻み込まれてもおかしくない状況にも拘わらず、こういったときのために訓練を重ね、そしてその歳ですでに十師族としての自覚と責任を持ち合わせていた彼は、けっして弱音を吐くことなく敵に向かって“爆裂”を掛けていた。

 とはいえ、人を殺す人間の精神状態というものが正常であるはずがない。よく映画とかで兵士がジョークを言いながら戦闘している描写があるが、あれは何もフィクションに限った話ではなく実際に見られる現象である。人を殺す、そしていつ自分が殺されるか分からないという過酷な現実から目を背けるための防衛手段だと見られている。

 そしてそれは将輝も同じで、彼は自覚こそしていなかったが普段よりもテンションが高かった。心の奥底から湧き上がる恐怖から逃れるために、目の前の敵に集中して感情を昂ぶらせていた。

 だからだろう。横から自分を狙う魔法師の存在に気づかなかったのは。

「――――!」

 第六感ともいうべき嫌な予感を察知した将輝は、咄嗟に身を翻してその場から離れた。しかしそれでも相手の魔法を避けきることはできず、脚に鋭い痛みを覚えた彼は身を翻す勢いのまま地面に転がり込んでしまった。

「くそっ……!」

 CADを構えながら自分へと迫ってくる魔法師に、将輝はぎりっと奥歯を鳴らした。逃げようにも脚が言うことを聞かず、また“逃げることが恥”だという若者特有の英雄的感覚を持ち合わせていた彼にとって、死に対する恐怖よりも悔しさの方が上回っていた。

 どうやら自分もここまでか、と将輝が覚悟を決めたそのとき、

 

 

「――神威召喚」

 

 

 その瞬間、突然地面から姿を現した恐竜みたいな謎の生物が、将輝を狙っていた魔法師に噛みついた。魔法師は文字に起こせないような悲鳴をあげながら噛み砕かれ、ただの肉塊として咀嚼されて呑み込まれた。

 あまりに突然のことだったので、将輝は唖然としてそれを見つめるしかできなかった。地面から現れたはずなのに地面に掘り返されたような跡が無いことなど、彼にとっては些細な疑問だった。

「大丈夫?」

 そんな彼の背後から聞こえてきたその声は、およそ戦場では似つかわしくない、声変わりすらしていない少女の声だった。恐る恐る、将輝は振り返る。

 そこにいたのは、いかにも女の子が好みそうな可愛らしい装飾品で彩られ、短いスカートがひらひらと風に靡くピンク色の服を着た、どう見ても小学生としか思えない年齢の少女だった。その手に持つのは大きなベルがよく目立つステッキであり、全体的に見ると女児アニメでよく見る“魔法少女”が着るような格好をしていた。

 戦場どころか街中でも浮いてしまうような格好をしたその少女は、汚れ1つ無い真っ白な馬に乗っていた。しかしその馬は体高だけでも常人の数倍というとんでもない大きさで、極めつけは背中から対照的な2枚の大きな翼を広げていた。それはまさしく空想世界の住人であるペガサスであるが、その表情は空想世界でよく見られるものとは正反対に獰猛で荒々しい。まるで、今にも将輝に噛みつきそうな勢いで。

「脚を怪我してるね。大丈夫?」

「へっ? だ、大丈夫だ……。応急処置は心得ている……」

「良かった。空から見掛けたときに、もしかして子供かなって思ったんだ」

「……そ、そうか」

 自分よりも子供であろう少女に助けられて、将輝は何とも複雑な気分だった。

 と、そのとき、

「えいっ」

「――――!」

 少女が何かを投げつけるようなジェスチャーをしたかと思いきや、突然将輝のすぐ傍を高速で何かが通り抜けた。彼が驚きの表情で振り返ると、自分のすぐ傍まで迫っていた敵の魔法師が苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちていくところだった。そして魔法師の胸には、綺麗な装飾の施された金色の剣が深々と突き刺さっていた。

「自軍の拠点の位置は分かるよね? その怪我だと、一旦下がった方が良いよ? 頃合いを見て撤退するのだって、立派な作戦の1つなんだから」

「……ああ、分かった。それにしても、君はいったい何者なんだ?」

 自分を襲う魔法師を食らった生物も彼女が乗っていた生物も実在のものではなく、何も無い所から金色の剣を生成する魔法なんて現代魔法では聞いたこともない。古式魔法やBS魔法の類かとも思ったが、ここまで来るともはや自分の知っている魔法とはまったくの別物と考える方が自然なように思える。

 そして少女は彼の質問に答えることなく、何かを確認するように辺りを見渡すと、

「じゃあ、私はそろそろ行くね。ちょっと会いたい人がいるから」

 そう言い残して、少女はその場を離れていこうとする。まるで近所のコンビニにでも行こうとするかのような気軽さだが、あくまでここは戦場だ。

「ま、待て! ここは戦場だぞ! 君が腕の立つ魔法師だということは分かるが、いつどこでどんな危険が迫ってくるか分からないんだ! だからここは――」

 パキン――すどぉんっ!

 将輝が少女を説得している最中、少女の背後で突然爆発が巻き起こった。数人の敵魔法師が巻き込まれて炎上しているのが分かる。

「な、何だ!」

「あー、多分私のオートガードだと思う。さっき何か触ったような感覚があったから」

「オ、オートガード?」

「攻撃されたら、自動で防いでくれるの。だから大丈夫だよ、心配しなくても。――じゃあね!」

 少女はそう言うとペガサスに乗り込んで、そのまま空を飛び立っていった。途中で敵の魔法師から集中的に攻撃を受けているが、半透明のシールドのようなものでことごとく防がれ、しかもその全てが跳ね返されて大惨事を生み出していた。どうやらあのシールドには、受けた魔法の威力を増幅する効果があるらしい。

「……何なんだ、あの子は」

 突然戦場にやって来て自分を助けて数人の魔法師を呼吸するように倒した小学生ほどの少女の姿に、将輝は言い様の無い恐怖を抱いていた。

 その恐怖の正体が、自分ではけっして敵わない存在に対する本能的な恐怖だと気がついたのは、事件が終結してしばらく経ってからのことだった。

 

 

 *         *         *

 

 

「ジョージ!」

 夏休みにも拘わらず第三高校の資料室に閉じ籠もっていた真紅郎は、学校を出ようとしたところで後ろから声を掛けられた。おそらく真紅郎の中で一番聞き慣れているであろうその声は、もはや直接見なくても誰か分かるほどになっているが、一応真紅郎は後ろを振り返った。

「やぁ、将輝。今から帰るのかい?」

 そして真紅郎の予想通り、その声の主は将輝だった。

「ああ。ジョージもだろ? 今日は特に用事は無いんだ、久し振りにウチに寄ってけよ」

「いきなりじゃ、迷惑じゃない?」

「おいおい、水臭いこと言うなよ。俺とジョージの仲だろ?」

「……分かった。お邪魔するよ」

 真紅郎にとっては将輝の好意を無碍にできない事情があるし、それを抜きにしても彼の誘いを断る理由は無い。なので2人は一緒に帰ることにした。

 三高から一条家まで歩いて30分ほどだ。三高設立時に一条家が立地に口出しした、とかいうことは全然なく、完全に偶然である。そもそも十師族は表向き単なる民間人でしかないので、そのようなことに口出しする余地は無いのである。というより、十師族の権限はそのようなことには使われない。

 一条家は一般家庭の10倍ほどの広さを有しているが、世間では日本海の海底資源採掘会社を家業とした地元名家として通している。十師族を含む28の家は魔法師のリーダーとして必要な私的戦力を維持するために、有名になりすぎない範囲で経済活動を行い、資産を有する必要がある。中には表向き“地方の名士”レベルでありながら名だたる大企業を“株主の株主の株主――”という形で実質支配しているケースもあるが、一条家はそこまで手を広げていない。

 そしてそんな一条家は、住み込みの召使いやメイドの類はいない。大勢の客を招くときは懇意にしている地元旅館や割烹から人員を呼ぶことで対応しているし、専門的な知識を要する庭の手入れも定期的に業者を呼んで済ませている。

 よって当主の一条剛毅が仕事中、妻の美登里(みどり)は買い物中の現在、真紅郎は将輝の部屋に通されるまでの間誰からも声を掛けられないと思っていた。よって門を潜ったときに「いらっしゃい、真紅郎くん!」と声を掛けられたとき、真紅郎は無駄に驚いて体を震わせてしまい、将輝と声の主に笑われてしまった。

 ちなみに声の主は、将輝の妹で小学6年生・茜だった。彼女はどうやら真紅郎に懐いているらしく、どこまで本気か分からないが「将来は真紅郎くんのお嫁さんになってあげる」と宣言されている。当初は戸惑いを感じていた真紅郎も、ここ最近は特に何も感じなくなっていた。着々と外堀を埋められていることに、彼は気づいているのだろうか。

 彼女との挨拶を終えた2人は、将輝の部屋へと向かった。広さはだいたい6畳ほどで、一般的な家庭と比べてもごく普通である。とはいえ、現代のベッドやクローゼットは壁面収納方式になっているため、6畳でも充分な広さを確保できるのである。

「原稿の方はどうだ、ジョージ?」

 部屋に入ってくるなり、将輝がそんなことを尋ねてきた。彼の言う“原稿”とは、10月末に開催される日本魔法協会主催の“全国高校生魔法学論文コンペティション”で発表する論文のことである。当然のように三高代表に選ばれている真紅郎は、九校戦が終わってからますます熱が入っているように将輝は感じていた。

「順調だよ。――そっちはどうなの? 噂では、結構無茶をやってるみたいだけど」

 そして九校戦を境に変化したのは将輝も同じで、こちらは九校戦後かなりハードなトレーニングを自分に課していることを、真紅郎は風の噂で聞いていた。

「俺の方は、ぼちぼちってところだな。すぐに結果が出るものでもないし」

「それもそうだね。――せっかく来たんだし、ゲームでもする?」

「ああ、良いぞ。今日こそ一泡吹かせてやる」

 張り切って準備を始める将輝の姿に、真紅郎は秘かに笑みを零した。

 

 

 

「ジョージ、タイムだ」

「これで最後だよ? こんな中盤でタイムを使い切って良いの?」

 背中合わせに立てたモニター越しに真紅郎が確認すると、将輝は力無く頷いた。そして目の前にある画面を上空からの俯瞰映像に切り替えて、真剣な表情でモニターを食い入るように見つめる。

 彼らがやっているのは、魔法師の軍団を操って市街戦を行うリアルタイム・シミュレーションゲームだ。たかがゲーム、と侮らないでほしい。これのシナリオを作ったのは魔法大学の軍事学部戦術研究室であり、アルゴリズムをそのまま高度化すれば国軍でも訓練に採用できるほどの完成度なのである。

「……あそこで待ち伏せなんて性格悪すぎだろ。しかもわざわざ魔法を使わずに、ロープで降下するなんて……」

「待ち伏せのポイントはともかく、相手の意識を魔法に惹きつけておいて魔法を使わずに移動する、という戦術はつい最近見たはずだよ」

「……確かに、そうだな」

 真紅郎の言葉に、将輝は苦虫を噛み潰したような顔つきになった。おそらく彼の頭には、先の九校戦の新人戦モノリス・コード予選、一高対八高で司波達也が使用した戦法が浮かんでいることだろう。

 真紅郎はゲームのメニュー画面を開いて途中終了を選択した。将輝の意識がゲームから離れたことに気づいたからである。

「将輝は良くも悪くも王道すぎるんだと思う」

「耳が痛いな」

「王道なのは悪いことじゃない、一番整備されてて一番早く目的地に辿り着けるからね。それに将輝の性格的に、奇手奇策を多用するなんて無理でしょ?」

 真紅郎の言葉に、将輝は「確かにそうだ」と笑った。

「だから将輝は奇策を憶えるよりも、奇策を使われたときの対処法を憶えるべきだ」

「……それはゲームに限った話じゃないな?」

「あえて遠慮無く言わせてもらうと、がむしゃらにトレーニングするだけじゃ、来年の九校戦も今年の二の舞だと思うよ」

 真紅郎の言葉から次の将輝の発言まで、少しだけ間があった。

「……俺のやり方は、間違ってるということか?」

「いや、無駄ではないよ。鍛えれば、それだけ将輝の血肉になる。――だけど、勝負は力の強さだけで決まるものではない」

 ある程度覚悟はしていたが、こうして面と向かって指摘されると結構クルものがある。

「確かに将輝の言う通り、美咲エリは相当な実力者だったと思う。だけどあの試合に関しては、完全に僕達の“作戦負け”だ。僕達は、まんまと彼女達の術中に嵌ったんだと思う」

「術中?」

「そう。――僕達は美咲エリと司波達也、両方の選手を警戒しすぎたんだ」

 真紅郎の言葉を聞いても、将輝はいまいちピンと来なかった。

「それはどういう意味だ? 警戒するのは悪いことじゃないと思うが」

「ああ、確かにその通りだ。しかしあの試合の場合、その警戒は“作られたもの”だったんだ。――そうだな、彼らの試合を1つ1つ見てみようか」

 真紅郎はそう言って、ほんの少しだけ視線を上に向けて宙を眺め、そして将輝に戻した。

「まず第一試合、森林ステージでの対八高戦だ。僕達はその試合を観て、司波達也が魔法に頼りきらない知将タイプだということ、そして“術式解体”(グラム・デモリッション)という切り札があること、そしてそれ以外の魔法は大したものではないことを知った」

「ああ。だからこそジョージは、俺とあいつが撃ち合いになるような状況になる作戦を立てたんだよな?」

「その通り。――そして次の試合、市街地ステージでの対二高戦だ。その試合で活躍したのは美咲エリだ。彼女が一高の拠点から一直線に二高の拠点に攻め込んだことで、僕達は彼女に尋常でない突破力があることを知った」

「だからこそ、万一あの魔法が使われたときのために、ジョージがディフェンスとして留まることを選んだ」

「そう。――つまり僕達は彼らの予選を観て、まんまと戦力を分散させられたというわけさ」

 真紅郎の言葉に、将輝はギリッと奥歯を噛みしめた。彼らは予選の段階から自分達と戦うことを想定しており、予選の段階ですでに作戦を開始しており、そしてまんまと自分達がそれに引っ掛かったことが悔しかったのだろう。

「……とはいえ、あの場面ではジョージがディフェンスにならざるを得なかっただろう? どちらかに戦力を集中すれば、たちまちもう片方に攻め込まれるんだから」

「将輝の言う通り、あの試合ではあの布陣以上にこちらが勝つ可能性の高いものは無かったと思う。でも、やりようはあったんだよ。例えば将輝は遠距離での射撃に徹して、けっして司波達也に近づこうとしなければあんな風につけ込まれることはなかったんだ。――でも僕達の最大の失敗は、吉田幹比古の存在を忘れていたことだ」

「……古式魔法の使い手、だったな」

「そう。司波達也と美咲エリに気を取られて、僕達は彼の存在をすっかり忘れていた。攪乱こそが古式魔法の神髄だというのに、僕達はまったくそれを警戒することがなかったんだ。だからこそ、僕も将輝もまんまと偽物の司波達也に騙されてしまった」

「成程、そういう意味での“警戒しすぎた”だったのか」

 少し前の真紅郎の発言を思い出した将輝は、その真意に気づいて納得したように頷いた。

「分かりやすい戦力をちらつかせることでこちらの戦力を分散すると同時に、作戦の要である存在に気づかせないようにする。正直彼らがどこまで狙っていたのか知らないが、全てが偶然だと片づけるには都合が良すぎる」

「……くそ、完全に俺達はあの2人の掌で踊らされてたってことか」

「そうだね、その点に関しては僕の作戦ミスだし、敗因もそこにあると思う。――でも、将輝にも反省してほしい点はあるよ」

「おっと、今度は俺の番か」

 真紅郎が話しやすいように、将輝はオーバーにおどけてみせる。

「作戦通りだったとはいえ、司波達也の偽物による奇襲に関しては、将輝が警戒して近づきすぎなければ回避できたことだ。彼に白兵戦の間合いに飛び込まれて将輝は迎撃を選択したけど、あそこで一旦退くとかして距離を取れば違う結果になってたよ」

「本当に耳が痛いな……。つまりジョージは俺に『猪武者になるな』と言いたいわけだな」

「ちょっと違うな。さっきも言ったけど、将輝は小細工には向いていない。だから将輝が鍛えるべきは、小細工されたときの対処法だね。咄嗟に退くか迎撃するか参謀に相談するかという状況判断を鍛えたり、何かあると気づく感性を磨いたり」

 将輝は苦い顔をしながらも、真紅郎の言葉を熱心に聞いていた。自分に対する否定的な言葉も拒絶することなく受け入れる器量こそが、将輝が将の器たる最大の理由と言えるだろう。

「というわけで、今は体よりも頭を鍛えよう。こんなゲームじゃなく、もっと実戦に近いシミュレーションを探しておくよ」

「うぇ……」

 本気で嫌そうな呻き声をあげる将輝に、真紅郎は思わず声を出して笑った。

 と、そのとき、

「楽しそうだね、真紅郎くん。また兄さんが愉快なことをやらかした?」

 ノックと同時にドアを開けて入ってきた茜が、そのまま流れるような動きで真紅郎の隣へと座った。彼女の手に持つお盆の上には、2つのアイスコーヒーと1つのアイスココアが置かれている。

「茜、実の兄に向かってその言い草は無いだろ……」

「兄さんに向かってじゃないもーん。真紅郎くんに聞いてるんだもーん」

「屁理屈だって達者になって……。おまえも少しはあいつの妹を見習ったらどうだ……」

 最後の方はほとんど独り言のような呟きだったが、茜は耳聡くその言葉を聞き取った。

「あいつの妹、って誰のこと?」

「将輝。それってひょっとして、司波深雪さんのこと?」

「司波深雪って……ああ! テレビの中継でも、度々話題になってたよ。凄く綺麗な人だったよねぇ。そりゃあ、男の人からしたらああいうのが理想だとは思うけど、いくら何でもあれは無いでしょ。ハードル高すぎ」

「あはは、茜ちゃんはそのままでも充分魅力的だと思うよ」

「本当? やったぁ! 真紅郎くんに褒められちゃったぁ!」

 語尾にハートマークでもつきそうなほどにご機嫌になる茜に対し、将輝は戦慄と警戒が綯い交ぜになった表情を真紅郎に向ける。

「ジョージ、おまえ……。交際はせめて、妹が小学校を卒業するまで待ってくれよ……?」

「えっ? ちょっと、将輝? 別にそういうつもりで言ったんじゃ――」

「えぇっ、私は別に今すぐでも構わないよ?」

「いや、茜ちゃん! 僕は別にそういうつもりは……ああいや! 別に茜ちゃんが嫌いだっていう意味じゃ――」

 わたわたと慌てるように弁明する真紅郎の姿に、将輝は腹を抱えて大笑いしていた。さすがに先程の仕返しということはないだろうが、それを疑ってしまいそうになる。

「……将輝、君だって人のことが言えるのかい?」

「ん? どういうこと、真紅郎くん?」

「おい、ジョージ。おまえ、何を――」

「将輝なんか、九校戦のときはずっと美咲エリにご執心だったじゃないか。口を開けばいつも『美咲エリ、美咲エリ――』って……。僕は親友が誤った道に進むんじゃないかって冷や冷やしてたんだから――」

「……え? 美咲エリって、もしかしてモノリス・コードの決勝戦で兄さん達を倒したチームにいた、あの美咲エリ……? ――兄さん、熱戦を繰り広げた敵と和解して仲間になるのは少年漫画では定番だけど、だからって惚れるのはどうかと思うよ? あの子って、確か飛び級なんだよね?」

「そうだよ。茜ちゃんと、ほとんど年齢は変わらないはずだ」

「うわぁ……、兄さんそれはちょっと……」

「何だよ茜! おまえ、さっきはジョージに『今すぐ付き合っても構わない』とか言ってたじゃないか!」

「そりゃ、私は真紅郎くん好きだもん。その女の子は、兄さんのことどう思ってるの?」

 茜の質問に、将輝は居心地悪そうに視線を明後日の方へと向けて、

「……知らん」

「知らないって……。話しているときは、どんな感じなの?」

「ほとんど話さなかった。九校戦でも、まともに会話したのはダンスのときだけだ」

「でもその後、連絡先ぐらいは交換したんだよね? ……えっ、してないの?」

 信じられない、と言いたげな真紅郎の問い掛けに、将輝は小さくこくりと頷いた。

「うっわ、ヘタレ」

 茜が思わず漏らした心の底からの言葉に、将輝は深く傷ついて頭を項垂れ――かけたところでハッとなった。

「いやいやいや、別に俺は美咲エリのことは何とも思ってないからな!」

「えー、本当にぃ?」

「当たり前だ! 確かに俺は彼女に興味を持っているが、それは単純に彼女の強さに興味があるだけで――」

 自分の妹に必死になって弁明する将輝に、からかいながらそれを聞く茜。

 そんな光景を、真紅郎はどこか遠くを見るような目つきで眺めていた。

 彼の両親は魔法研究者であり、佐渡島にあった実験施設の職員だった。そしてあの日、正体不明の軍隊による奇襲で命を落とした。学校近くのシェルターで無力感に震えていた真紅郎を救ったのが、一条家の率いる義勇兵団だった。その後、一条剛毅の口添えにより魔法理学研究所に見習い研究員として働くこととなった真紅郎は、その恩に応えるように“基本コード”を発見するという偉業を成し遂げた。

 しかし真紅郎は、それで恩を返したとは思っていない。一生の内に返しきれるとも思っていない。一条家の恩に報いることが、自分の生涯を掛けた使命だと考えている。

「――なぁ、ジョージ! おまえからも何か言ってくれよ!」

 とはいえ、

「……将輝、自分の気持ちに正直になることも大事だよ?」

「ちょ、ジョージ!」

 たまには親友らしくからかうのも許されるだろう、と真紅郎は思った。

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