魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第46話 『愚鈍な民衆による民主政治は、愚鈍な王による独裁政治より質が悪い』

 その日の校内は、朝から地に足がついていないような空気に包まれていた。それもそのはず、今日は午後の授業を潰して、生徒総会・立会演説会・投票まで行われるからである。

 クラス単位の集会さえほとんど無くなった現代では“集会”というだけで非日常イベントだというのに、今回の生徒総会では生徒自治制度に大きくメスを入れる提案がなされることもあって、生徒達の間では『何か嫌なことでも起こるのでは……』と緊張感に包まれている。

 現生徒会長・七草真由美の人気、建前上反対のしにくい提案、そして新人戦モノリス・コードでの二科生2人の活躍もあって、数の上では賛成派が圧倒している。それでも頑なに反対派であり続けるという点に、現在の状況を察している人間の目には危ういものに映るのだろう。

「全員揃ったな? それでは、配置の最終確認を行う」

 その“察している人間”の筆頭である風紀委員のメンバーは、委員会本部にて真剣な表情で風紀委員長・摩利の言葉に耳を傾けていた。基本的にバラバラで行動することの多い風紀委員が一堂に会する、数少ないイベントの1つが生徒総会である。

「我々の持ち回りは講堂内だ。外はシステム監視になっていて、そちらは自治委員会がサポートする。大扉に私と千代田、通用口に辰巳と森崎――」

 摩利の言葉を聞きながら、達也は秘かに『気合いが入っているな』という感想を抱いていた。

「演壇の上手(かみて)が美咲、下手(しもて)が司波、以上だ」

 エリと達也の2人が配置されたのは、舞台袖。もし壇上の役員に襲い掛かろうとする跳ね返りが現れた場合、ここが最終防衛線となる。普通ならば1年生に任せられるようなポジションではないように思えるが、この2人は普段の活動における検挙数のトップ2人(ついでに事件の遭遇率もトップ2人)であるため、咄嗟の動きが重要となるここを任されることとなった。

 とはいえ、今回はそのような事態になることは無いだろう。昨日真由美を秘かに見守っていたミルココの話によると、校内では常に彼女のファンクラブが目を光らせており、彼らの目をかいくぐって彼女に闇討ちを仕掛けるなんてとても不可能だったらしい。おそらく真由美にCADを向けた時点で、ファンクラブの人間達に袋叩きに遭うだろう。

 というわけで実際に配置に立った現在も、達也のやる気はほとんど上がらなかった。

 そもそも今回の提案は生徒会入りに当たっての“選任資格”に関する問題であり、“生徒会長”ならいざ知らず“副会長”や“書記”にさして意味など無い。その証拠に副会長や書記の人数は会長のさじ加減でどうとでもなり、副会長が2人いたとしても何ら不思議は無い。

 要は二科生を生徒会役員にしたところで、全体的にはほとんど影響など無いのである。

 ――エリには、今の光景がどんな風に映っているのだろうな……。

 そんな“些細な問題”を理性的な話し合いで大真面目に説得しようとしている真由美と、それを自身のプライドというひどくちっぽけな理由で潰そうとしている連中との攻防を、達也にはどこか非現実的な映画でも観ているような心地で眺めていた。そんな彼の興味は、自分と反対側の舞台袖に立っているエリへと向けられた。

「――以上の理由を以て、生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」

 真由美の説明が終わった途端、一科生の1人が手を挙げた。九校戦には出場していない3年生の女子が質問席に立つ。現代の集音マイクは日常会話レベルの音を50メートルの距離から拾い上げるほどの性能なので、そもそも質問席を設けること自体が形式的な意味合いしか持たない。その事実が、ますます達也から現実感を奪っていく。

「……建前としては、正論だと思います。しかし現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? もしかして、二科生の中に役員に採用したい人物がいるのですか?」

 随分と意図が見え見えの質問だったが、真由美は真正面からその質問に立ち向かう。

「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えてもいません」

「ですが、次の生徒会長に“意中の”二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」

「私は院政を敷くつもりはありませんよ」

 少しおどけたような真由美の口調に、会場のあちこちから笑い声が漏れた。

「次の生徒会長の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません」

「ということは、次期生徒会長に傍で囲っておきたい二科生がいて、その意向を受けて今回の制度変更を言い出した、ということですね?」

 おいおい、と達也はさすがに呆れ果てた。他の生徒達もそう思ったのか、会場のあちこちでざわめきが起こる。

「その質問に対する答えは“いいえ”です。今回私がこの提案を行ったのは、対立の火種を後輩に残さないことが生徒会長の責務であると考えたからです」

「実際に役員へ任命すべき二科生がいなければ、そもそもその制度に意味が無いのでは?」

「候補者のいる・いないの問題ではありません。制度というのは、その組織の方針を表すものです。二科生は生徒会役員になれないということは、二科生には生徒会役員になる資格は無いという意思表明となります。そのような“選民思想”が、許されるはずがありません」

 随分と思い切った表現に達也はひやっとしたが、会場は大きな拍手に包まれていた。それは必ずしも二科生だけから起こったものではなく、一科生の中からも一定数の支持者がいた。

「……そんなの、詭弁です!」

 形勢が不利であることを自覚したのか、一科生の少女は見るからに焦っていた。そのせいか、口調もヒステリックなものとなる。

「会長は生徒会に入れたい二科生がいるから、資格制限を撤廃したいんでしょう! 本当の動機は依怙贔屓(えこひいき)なんじゃないですか!」

 女子生徒の言葉に乗っかるように「そうだ!」と叫ぶ生徒もいたが、その声はたちまちブーイングによって潰された。しかし彼らの引き起こした混乱は、着実に会場全体へと波及していく。

「七草会長! あなたの本当の目的は、そこの1年生を生徒会に入れることじゃないの!」

 女子生徒の指差した先には、達也の姿があった。

「私、知ってるんです! その1年生は、会長の“お気に入り”なんでしょう! いつも昼休みに生徒会室に連れ込んでるのは分かってるんですよ!」

 女子生徒にとっては破れかぶれの発言だったのかもしれないが、ブーイングの嵐が一気に静まり返るほどには効果があった。全校生徒の視線が真由美と達也の間を往復する中、真由美は顔を真っ赤にして俯くという誤解を招くようなリアクションをしていた。達也は今すぐにでも止めたかったが、注目の的となっている今では不用意な言動はできない。

 このまま女子生徒が勢いで押しきるか、と思われたそのとき、

「仰りたいことは、それだけですか?」

 進行を補佐するために壇上の奥に立っていた深雪が、冷ややかな声で言い放った。何の魔法も発動した形跡が無く、サイオンすら揺らいでいないにも拘わらず、まるで会場全体が冷却魔法に包まれているかのようなプレッシャーを放つ彼女に、女子生徒はすっかり萎縮しきってしまった。

「先程からの発言は、個人的主観に基づいた根拠の無い中傷と見受けられます。先程の発言を裏付けるような客観的事実がおありなのでしょうか?」

「えっ……? えっと、その……」

「もしそれが無いのでしたら、あなたの発言は健全な議論の妨げとなる、看過しがたい個人的中傷と判断致します。よって議事進行係補佐としての権限を以て、あなたの退場を命じます」

「……そ、そんなの横暴です! あなた方は、私達の意見を弾圧するつもりで――」

「あなたの発言に客観的根拠がおありでしたら、我々も耳を傾けます。しかしそれが無いのでしたら、あなたの発言は“意見”ではなくただの“野次”です。議論に野次は必要ありませんし、むしろ邪魔でしかありません。邪魔をする者を排除するのは、至極当然のことだと思うのですが?」

「……そ、それは……」

 もはや冷ややかを通り越して凍りつくような冷たい視線に、女子生徒は完全に押し黙ってしまった。社会経験が無く、権威や序列や階級といったものに疎い高校生ですら、“威厳”というものがどういったものに対して使われるのかを本能的に感じ取ってしまう光景だった。

 そんな中、服部が慌てたようにマイクに口を近づける。

『――訂正します、退場の必要はありません。しかし質問は打ち切らせていただきます。席にお戻りください』

 女子生徒をつけ離すような、しかしその実彼女に助け船を出したその言葉をきっかけに、女子生徒はギクシャクとした動きで戻っていった。

 結局反対派の妨害は不発に終わり、気軽に野次も飛ばせない雰囲気に包まれた会場中を覆い、なし崩し的に電子投票が行われ、真由美の提案は賛成多数で可決されることとなった。

 

 

 

 生徒総会に続いて、あずさによる選挙演説の時間となった。立候補者が1人しかいないので実質所信表明みたいなものだが、形式上とはいえ投票が行われる。

 やる気と緊張の入り混じった表情のあずさが演台へ上がり、ぴょこんと一礼したところで、会場中から大きな拍手が沸き起こった。真由美とは違うベクトルで、彼女もかなりの人気者らしい。

 それもそのはず、実技・理論共にトップクラスの成績を打ち立てながら、それをまったく鼻に掛けず謙虚で人当たりの良い彼女は、小さく可愛らしい容姿も相まって“親しみやすいアイドル”としての地位を校内で築き上げているのである。

 だからなのか、まるでアイドルのライブにでも参加しているかのような口笛と歓声が、拍手に紛れて聞こえてきていた。しかしそれも、あずさが演説を始めることでぴたりと止む。

 意外と言っては失礼かもしれないが、あずさはスラスラと“政見”と“政策”を発表していた。基本は現生徒会のスタンスを継承したものであり、高校生らしく観念論に傾いているきらいがあるものの、概ね無難に進んでいた。時々「頑張れー」とか「しっかりー」などといった妙な応援が入るのは、まぁご愛嬌ということで許されるだろう。

 しかしその空気が一変したのは、次期生徒会役員に言及したときだった。

「――本日の決定を尊重し、次期生徒会役員には一科生・二科生の枠に囚われることなく、優秀な人材を登用していきたいと思います」

「優秀な人材って、そこの二科生のことー?」

「あずさちゃんは、ワイルドな年下が好みなのー?」

 それは、実にレベルの低い野次だった。頭から抑えつけられて不完全燃焼のまま燻っていた反対派の不満が、最も低劣な形で噴出してしまった。おそらく彼らの頭には、真由美ならともかくあずさなら反論せずにスルーしてくれるだろうという期待があったのかもしれない。

 確かに期待通り、あずさはその野次に対して何も言わなかった。

「誰だ、今のは!」

「中条さんにふざけた真似を!」

「言いたいことがあるなら、前に出て言いなさい!」

「卑怯者を吊し上げろ!」

 会場のあちこちで声があがり、あっという間に大騒ぎへと発展してしまったために、あずさが口を挟む暇すら無かっただけだが。

「お静かに願います! ご着席ください!」

「静粛に! 静粛に!」

「落ち着いてください、皆さん!」

 深雪や服部や真由美が必死に声を張り上げるも、生徒達は大人しくなるどころかどんどん騒ぎを大きくしていく。野次は聞くに堪えないものとなり、あちこちで掴み合いの喧嘩まで起こっている。最初はあずさを想って反対派を糾弾していた生徒達も、あずさ本人の言葉すらそっちのけで喧嘩に没頭している始末だった。

 ――怪我をさせても構わないなら静めるのは簡単だが、そうはいかないだろうな……。

 達也はこめかみを指で押さえながら深い溜息を吐くと、同じ風紀委員である沢木や辰巳とアイコンタクトを取り、そして自分と反対側に立つエリへと視線を向けた。

 しかし、アイコンタクトは成立しなかった。

 エリは、ただじっと会場を見渡していた。

 怒りの表情で。

 

 

 どおぉん――!

 

 

「――――!」

 まるで爆発でも起こったかのような大音量が突如響き渡り、深雪や服部ら生徒会役員、達也や辰巳ら風紀委員、そして取っ組み合いの喧嘩をしていた生徒達すらも目を丸くして静まり返り、一斉に音のした方へと顔を向けた。

 そこにいたのは、先程の深雪とは対照的に、今にも周りを炎で焼き尽くしそうなほどに怒りを顕わにしたエリだった。右脚をステージに捻り込むように踏みしめていることから、思いっきりステージを踏みつけてその音を魔法で増幅したと思われる。

 しかし、彼女が音を出した方法などどうでもよかった。

「……みんなは、私よりも年上なんだよね?」

 特に声を張り上げているわけでもないのに、彼女の声は会場中の生徒の耳に届いていた。怒りを顕わにする表情には似つかわしくない静かな声に、誰もが口を挟めずに耳を傾けている。

「今、ここでは何をしているのか分かってる? みんなのこれからの1年間がどういうものになるかを左右する、第一高校の顔とも言える生徒会長を決めるための演説なんだよ? 目の前にいるのが自分達に道を示してくれる“先導者”か、自分達を貶めようとする“詐欺師”かを見極めるための時間なんだよ?」

 あずさが演説しているとき以上に、生徒達は彼女の話に聞き入っていた。誰1人野次を飛ばす者はいない。そんな命知らず、いるはずがない。

「それなのに、この体たらくは何? みんな、ここをアイドルのコンサートか、スポーツの試合か何かと勘違いしてるんじゃないの? 自分達の言いたいことだけ言ってスッキリする場所じゃないってことくらい、選挙に参加したことのない私でもよく知ってることなんだけど」

 自分よりも何歳も下の少女に怒られ、そしてその内容が至極ごもっともだという事実が、生徒達の心をみるみる沈めていった。皆が明らかに落ち込んだ表情をしており、それは暴れる生徒達を抑えようとしていた(つまりエリに怒られるようなことはしていない)はずの真由美や服部すらも、肩を狭くして彼女の言葉を受け止めている。

「みんなは日本っていう先進国に住んでいるんだから、民主的な選挙のやり方は勉強しているはずだよね? あと何年かしたら本当の選挙に参加して、日本の将来を左右する政治家を自分の判断で選ばなきゃいけなくなるんだよ? みんなはそのときも同じように騒いで野次を飛ばすつもりなの? 騒いだり野次を飛ばしたりして、その人の何が理解できるの? 信じて任せられる人間だって、どうやって判断するつもりなの?」

「エリ、気持ちは分かるが、そろそろ……」

 本格的に会場中の空気が死にかけてきた頃、普段はどれだけの悪意に晒されても平然としている達也が遠慮がちに声を掛けてきた。顔見知りに話し掛けられて冷静になったのか、エリはハッと我に返ったように目を見開いて辺りを見渡した。

 申し訳なさそうに顔を俯かせている生徒達が講堂の座席で、舞台袖で、壇上で見受けられた。

「……みんな、今度はちゃんとしてね。――あずささん、どうぞ」

「えっ! ここでっ!」

 壇上の一番目立つ演台の上で「ごめんなさい、あんな騒ぎを止められない駄目な候補者で……」と教会で神様に懺悔するかのように呟いていたあずさが、思わず顔をがばりと上げて素でツッコミを入れてしまった。

「頑張って、あずささん! 今度はみんな、ちゃんと聞いてくれると思うよ! それでちゃんとあずささんの演説を聞いた上で、あずささんが“先導者”か“詐欺師”か判断してくれるから!」

「場合によっては、私、詐欺師になっちゃうんですかっ!」

 再びツッコミを入れたあずさだが、いつまでもここで漫才を続けるわけにはいかない。前を見渡すと、先程とは比べることすら馬鹿馬鹿しいほどの真剣な顔つきで、じっとこちらを見つめている生徒達が見える。

「せっかくだから、最初からどうぞ」

「……はい、この度次期生徒会長に立候補した、中条あずさです」

 その年の選挙演説は過去に類を見ないほどに熱が入っていたと、生徒会所蔵の記録には残っているという。

 

 

 *         *         *

 

 

 生徒会長選挙の投票は、この時代には珍しい紙媒体でのものだった。演説会が終わった後に投票用紙が配られ、自分の意思を書いたそれを持って投票箱へと列を作る。その後生徒会費で雇った第三者の手によって即日開票が行われ、その結果は翌日の朝に発表される。

 今回は立候補があずさ1人のため、有効投票の半数の賛同を得られれば晴れて当選となる。

 その結果、

「おめでとう、あーちゃん」

「おめでとう、中条」

「おめでとうございます、中条さん」

 苦笑いを浮かべる真由美、明らかに面白がっている摩利、心の底から労っている鈴音の拍手を浴びながら、あずさは投票結果を目にしていた。彼女の手には現在、集計表を印刷した紙が握られている。

 投票数、554票。

 有効投票数、173票。

 内、中条あずさの信任投票、173票。

 よってあずさの次期生徒会就任が決定したわけだが、投票数に対して有効投票数がやけに少ないように思える。

 その原因となっている2人の人物は、現在彼女達と同じ生徒会室にいた。

「……でもまさか、こんな結果になるとはねぇ」

 司波深雪、187票。

 美咲エリ、194票。

「正直なところ、あずさの次の生徒会長は司波以外いないかと思ってたんだが、ここに来てエリちゃんが名乗りをあげてきたか。これは来年の生徒会長選挙が楽しみになってくるな」

「……あの、渡辺先輩」

 にやにやと笑みを浮かべる摩利に、深雪がぷるぷると震えながら抑揚の無い声で手を挙げた。

「百歩譲って、勘違いして私に投票してしまった人がいることは認めます。――しかし、“女王様”とか“女王陛下”とか“スノークイーン”とかいう票まで私の得票になるのはなぜですか!」

「“深雪女王様”みたいに、ちゃんと個人を特定できる名称が記載されているからです」

 鈴音がしれっとした表情でそう言うと、深雪は納得できるはずもなく子供のように頬を膨らませていた。

「深雪さん、そんなこと言ったら私だって“鬼軍曹”とか“マフィアのボス”とか“ラスト・エンペラー”とか書かれてるよ? むしろ私の方がひどい言い草だと思うんだけど」

「……お兄様、私はみんなから変態じみた性癖の持ち主だと思われたのでしょうか……?」

 深雪は失意のどん底という雰囲気を醸し出しながら、最愛の兄・達也へと縋りついた。

「いや、そんなことはないさ。先輩に対しても毅然とした態度で立ち向かう深雪の姿は、とても立派だったぞ」

「それでは、私はそんなに偉そうに見えたのでしょうか? そんなに鼻持ちならない態度だったのでしょうか?」

「いや、それも違う。深雪は当たり前のことを、当たり前のように怒っただけだ。もしあれを見て“上から目線”だという印象を受ける奴がいるとすれば、それはそいつが勝手に自分の立ち位置を低くして相手を見上げているだけさ」

「……うぅ、お兄様ぁ……」

 とうとう泣き出してしまった深雪は、周りの目など頭の中からすっぽりと抜け落ちて、達也の胸に自身の顔を押しつけるように抱きついた。達也はそんな深雪を咎めることなどせず、優しく彼女を抱き寄せるとぽんぽんと優しく彼女の頭を撫でつけていた。

 ナチュラルにいちゃつき始めた兄妹を放っておいて、真由美はあずさへと視線を向けた。

「ええと、あーちゃん。生徒会長就任、おめでとう」

「……ですが、得票数は最下位です」

 集計表をじっと見据えたまま、あずさはぽつりと呟いた。

「……いや、別に気にすることないじゃない! 結局は無投票なんだから――」

 真由美が懸命にあずさを励まそうとしたそのとき、あずさは集計表から目を離して真由美へと顔を向けた。

 その表情は、真由美の予想に反して力強かった。

「……これが、生徒達にとっての私の評価です。今はこれを素直に受け取ります。――これからの1年間で、みんなの支持を集められるようになれば良いんです。そうですよね、“真由美さん”?」

 そう言い切ってにっこりと笑うあずさに、真由美はガツンと何かに殴られるような衝撃を受け、そして嬉しそうに、ほんの少しだけ寂しそうに表情を崩して笑みを浮かべた。

「ええ、その通りよ。――頑張ってね、“中条生徒会長”」

 真由美の激励に、あずさは「はいっ!」と満面の笑みで返事をした。

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