魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

55 / 105
第54話 『ミステリーのように冷静に偽装工作できる犯人なんていない』

 次の日、日曜日。

 さすがにこの曜日は魔法科高校も休みなのだが、論文コンペの代表に選ばれている達也はこの日も登校しなければいけない。いつもと同じ時間に家を出た司波兄妹の2人だが、制服姿ではなくライダースーツとフルフェイスのヘルメットという格好で、公共の交通機関ではなく達也の愛車である大型二輪を使っている。そして極めつけは、2人を乗せたバイクは学校とはまるで別の方向へと走っていた。

 2人の目的地は、F・L・Tの開発第三課。達也がトーラス・シルバーの片割れとして働いている部署であり、達也が預かったレリックの解析作業を行う場でもある。よって現物であるレリックをそこへ届ける必要があるのだが、再度の襲撃を警戒して、民間の流通業者や公共交通機関を使わず直接運んでいるのである。

「……尾行がついてるな」

「えっ?」

 運転する達也の体に腕を回してぴったり体をくっつけていた(安全のためであり、けっして彼の体温を全身で感じるためではない。断じて)深雪が、ふいに呟いた彼の言葉に短い疑問の声をあげた。きょろきょろと辺りを見渡すが、それらしい人物は見当たらない。

「車ですか? それともバイク?」

「カラスだ」

「はい?」

 達也の答えに深雪は一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐさまその真意に気づいた。

「……使い魔、ですか?」

「ああ。しかも“化成体”だ」

 化成体とは、霊的エネルギーを仮に実体化させたものである。現代魔法で作るならば、サイオンの塊を土台に光の反射をコントロールする幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重・加速・移動魔法で肉体を持っているように見せかけることで完成する。

 とはいえ、実際にこの術式を使うのは古式魔法に限定される。それに日本で古式魔法を使う流派は、すでに実体性を有しない術式にシフトしている。

 つまり、

「日本の魔法師ではありませんね。一体どこでしょうか?」

「さあ、正体までは分からないな。しかしこのままラボまで尾行されるのは宜しくない」

 達也はそう言うと、片手をハンドルから離して自身の腰に回されている深雪の手に触れた。一瞬ぴくりと彼女の手が反応するが、達也の手を通してサイオンの信号が送られてきたことでその動きも止まった。

「深雪、座標はここだ。――撃ち落とせ」

「かしこまりました」

 顔も視線も正面に固定したまま達也が深雪に命じると、深雪は喜色の籠もった声で返事をした。

 そして次の瞬間、達也の言われた通りの場所にいたカラスが一瞬の内に凍りつき、術式を維持できなくなったことで仮初めの肉体を構成していたサイオンが散り散りに拡散していった。

「見事」

 たった一言でしかない達也の言葉に、深雪はにっこりと笑って応えた。

 その様子は主人の命令に忠実な部下というよりは、親に褒められて嬉しい子供のようだった。

 

 

 

「ぐずぐず悩む前に、さっさと回線を切れ! バックアップだぁ? んなもん、できてるところだけで充分だろうが!」

「10番台、切断完了しました! 再接続します!」

「馬鹿野郎! 侵入されてるときに再接続するな!」

「侵入経路、確定しました!」

「っしゃあ! カウンタープログラムをお見舞いしてやれ!」

 達也と深雪が開発第三課のラボに到着したとき、そこは今までにない喧騒に包まれていた。主任である牛山の指示の下、研究員達があちらこちらへと忙しなく走り回っていた。

「お兄様、これは……」

「…………」

 深雪の心配そうな声に応えることなく達也が部屋の奥へと進むと、牛山が「御曹司!」と彼らの存在に気づいて駆け寄ってきた。彼らがここに来てから声を掛けられるまで、大体1分。普段なら10秒以上待たされることなど無いことから、今がいかに緊急事態かがよく分かる。

「すいません、いらしているのに気づきませんで……。――おい! 御曹司がいらっしゃったのを知らせなかったのは、どこのどいつだ!」

「ひぃっ!」

 今までで一番大きな怒鳴り声に、端末と格闘していた研究員の半数が驚いて手を止めた。

「――手を止めるな! モニターを続行!」

「は、はい!」

 そしてその瞬間に今度は達也に怒鳴られ、彼らは再び端末を睨みつけることとなった。

「ハッキングですか?」

「……確かにハッキングなんでしょうが、どうも様子が変でして」

「変?」

「技術自体はかなりのものなんですが、何が目的なのかがどうにもはっきりしなくて……。何か狙いがあるわけじゃなく、とにかく手当たり次第って感じで……」

「文字通りの意味での“興味本位”(ハッカー)ということですか?」

「個人の仕業とは思えませんね。侵入の手口は、かなりの人数を組織的に動かさなきゃできないものです。相手が国家組織だとしても不思議じゃないですよ」

「……流出が予想されるデータの一覧はありますか?」

「いえ、今のところ流出したデータはありません」

 牛山の答えは、達也の頭を悩ませるものだった。一見手当たり次第に見えて何か規則性は無いか調べようと思ったのだが、どうやらそれもできないらしい。

「ハッキングは、いつからですか?」

「10分くらい前からです」

 つまり、達也たちがここに来る直前である。まるで彼らが来るのを見計らったかのようなタイミングで侵入し、しかし何かのデータを盗み出す様子は無い。

「不正アクセスが、停止しました!」

「油断すんなよ! 今日1日は、今の監視体制を維持すっかんな! ――っと、失礼しました。御曹司、今日は一体どんなご用件で?」

「…………」

 達也は少しだけ悩む素振りを見せた後、小百合から預かったレリックについて牛山に話した。

 

 

 *         *         *

 

 

「F・L・Tのカウンターアタックです!」

「予定通り、回線を遮断しろ!」

 (チェン)の指示でハッキングに使用されていた回線が“物理的に”切断されるのを確認して、陳は隣の部屋へ移動して副官の呂剛虎(リュウ・カンフウ)に話し掛けた。

「どう出ると思う?」

「……不明です」

「10分以上にわたって不正アクセスを遮断できなかったのだ。司波達也はラボのセキュリティに疑念を抱いたことだろう」

「確かに」

 呂の返事は素っ気ないまでに簡素なものだったが、陳はそれを気にする様子は無い。

「司波達也がF・L・Tの関係者だとしても、レリックの(ぎょく)をセキュリティの不確かな研究施設に預けようとは思うまい」

「論理的に考えるならば、そうでしょう」

「確かに、司波達也はまだ高校生だ。狙われていると分かっている物をいつまでも手元に置いておきたくない、という心理が働いても不思議ではない。そのときは改めて、ラボからデータを盗み出す手立てを考えれば良い」

 陳はそこまで言ったところで、ふいに何かを思い出したかのような表情を見せた。

「そういえば、今日は(チュウ)が例の小娘の様子を見に行くらしい」

 その声は好意的ではないどころか、小馬鹿にしているのが滲み出たものだった。感情を抑制してこれなのだから、いかに陳が彼を好ましく思っていないか分かるというものだ。

「その前に消せ」

(シー)

 ともすれば貴重な協力者を失いかねない命令にも拘わらず、呂は思念を差し挟む様子も無く命令に応えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 いくら休日とはいえ、学校に行くときは制服を着用しなければいけない。なので司波兄妹は一旦家へと戻り、そしてそこでエリと合流して学校へと向かった。

 しかし学校に着く直前に雨が降り出してしまい、3人はほんの少しだけだが濡れてしまった。深雪の魔法によって即座に服を乾かすと、深雪は生徒会室へ、達也とエリはロボット研究部の部室がある実験棟へと向かった。

 雨で野外作業が中止になったとしても、達也には論文コンペに使う起動式のデバッグ作業という重要な仕事が待っている。機体を制御する大型計算機にプラズマ核融合炉のデモ機を接続する作業は、すでにロボ研の部員によって終了しているようだった。

「何か、重役出勤になっちゃったね」

「……まぁ、確かにその通りだな」

 特に皮肉を意図したわけではないエリの言葉を苦笑いで受け止め、達也はロボ研のガレージへと入っていった。デバッグ自体は達也1人でもできるのでエリがいる必要は無いのだが、彼女は達也の護衛ということになっているので付き合ってもらっている。

 2人がガレージに入室すると、“人間ではない存在”が出迎えた。

『お帰りなさいませ』

「……まったく、良い趣味してるよ」

 2人の目の前にいるのは、膝上10センチのバルーンスリーブワンピースに、フリルのついた白いエプロン、白のストッキングに黒のローファー、そして頭にはフリルのついたホワイトブリム――長々と描写したが早い話が“メイド服”を着た“少女”だった。

「1年E組、司波達也」

「1年A組、美咲エリ」

 じっと2人の顔を見つめながら、“少女”が動きを止めた。顔認証と声紋認証を行っているためだろう。

『コーヒーとココアを、ご用意致します』

 頭を下げて飲み物を用意するその言動は少しぎこちないが、よく観察しなければ気づかない程度である。

 彼女の名前は“3HタイプP94(3Hのパーソナルユース94年型)”で、ロボ研では型番をもじって“ピクシー”と呼ばれている。当代のロボ研3年生に大手製造会社の関係者がいるらしく、AI改良を目的としたモニター用として貸し出されているらしい。高校という環境に合わせて十代後半に設定されたその外見は、そのまま立っていればクールビューティーと評される美少女だ。メイド服のせいで何もかも台無しになっている気がするが。

 達也とエリがコンソールデスクの前に座って端末を立ち上げたところで、ピクシーが2人の飲み物を持ってきた。ことり、と小さな音をたててグラスが置かれる。

 ――マニュピレーターの制御ソフトに改善の余地があるな。

 達也がCADの開発者らしい視点でピクシーを観察している横で、エリがピクシーに律儀にお礼を言っていた。

「ピクシー、サスペンドモードで待機」

『かしこまりました』

 定型文のためスムーズに発音したピクシーは、入口近くの椅子に座ると微動だにしなくなった。

 煩わしい視線が無くなったことで、達也はキーボードに指を置いて打鍵音代わりの電子音を部屋に響かせ始めた。最初はそれを観察していたエリも早々に飽き、鞄から携帯ゲーム機を取り出してゲームを始めた。隣で作業する達也のために、片耳だけにワイヤレスのイヤホンをつけている。

 達也はキーボードを操作しながら、時々左手をデモ機の大型CADのパネルに置く。術者がパネルにサイオンを送り込み、CADがそれを素に起動式を形成、術者がその起動式を受け取って魔法式に変換する。そして実際に本番で行われるその行程をワンステップごとに分解し、魔法式を未発の段階で解除したときの反動で意図通りの結果が得られているか確認する――と見せかけて、実際には魔法式の発動状況を直接“眼”で確認していた。

 これは情報体(エイドス)を直接眼で見ることのできる達也だからこそできる芸当であり、これのおかげで達也は魔法を開発する効率が異常に高い。言ってしまえば“インチキ”をしているのだが、せっかく与えられた能力なのだから存分に利用しない手は無い。

 そんなことを繰り返して1時間ほど経った頃、

「ん……」

「ふあぁ……」

 コンソールをじっと見つめていた達也が突然の倦怠感を覚え、ゲームに熱中していたエリが大きなあくびをした。根を詰めすぎたか、と達也が深呼吸をするが、眠気は覚めるどころかますます強くなった。外で一休みしようと立ち上がろうとするが、鉛のように手足が重く体も覚醒しない。

「達也さん」

 目をぐしぐしと擦っていたエリに呼び掛けられ、達也は今の状況が異常であることを確信した。

【身体機能:異常低下】

 達也の体が“自動的に”異常を探知した。ただの睡眠欲ならば別段有害なものではないが、本人の意思に無関係である強制的な睡眠欲は戦闘において有害となる。

【自己修復術式:半自動(セミオート)スタート】

【魔法式:ロード】

【コア・エイドス・データ:バックアップよりロード】

【修復:開始――終了】

 そして達也の体は、瞬時に“眠気に囚われる前の状態”に戻った。

 しかし、まだ問題は解決していない。先程の飲み物に異物が混入していないことは“視て”確認している以上、空調システムに細工をされて催眠ガスを送り込まれているのだろう。

「エリ!」

 達也がエリの方を向くと、彼女は今にも目を閉じそうな苦しげな表情で顔を俯かせていた。さてどうするか、と達也が対応策を考え始めたそのとき、

「ピクシー! 強制換気システムを動かして!」

『強制換気装置を・作動させます』

 エリの命令に反応したピクシーによって、空調システムとは別系統で設置されている災害時対応の強制換気システムが作動した。

 その光景を眺めながら、達也は思い出した。ピクシーのような3Hの本分はホーム・オートメーションの音声対話型インターフェイスとしての機能であり、建物内に設置されたあらゆるシステムを遠隔制御することにある。つまり家事機能は後付けでしかないのだが、なまじそれが便利なために本来の機能が忘れられがちである。正直、達也もすっかり忘れていた。

 エリの機転により催眠ガスが部屋の外に排出されるも、吸ってしまったガスの影響が消えるわけではない。ガスは毒性が低く持続時間も短い代わりに、即効性が高くなるように調合されている。達也が見つめているその間にも、エリはどんどん目を細めて力無くテーブルに体を預けていく。

 達也はそんなエリの姿を見遣りながら、ピクシーに呼び掛ける。

「ピクシー、俺達は避難時の二次災害を考え、ここに留まることにした。監視モードで待機。救助者の入室に備え、排除行動は禁止する」

『二次災害回避を・合理的と判断します』

 3Hの機能からして、今頃は空調システムの復旧も行われているはずだ。

 そんなことを考えながら、達也もエリと同じくテーブルに突っ伏して目を閉じた。

 

 

 

 達也とエリが目を閉じて突っ伏すその部屋に、足音を忍ばせて入る1人の生徒がいた。

「司波? 美咲?」

 聞き覚えのある声が、2人へと声を掛ける。本当に眠っているのか確かめるのと、仮に2人が目を覚ましたときに言い訳できるようにするためだろう。こんなタイミングで部屋に入ってきて言い訳も何も無いと思うが、そこまで相手に期待するのは酷というものだろう。彼だって、こんな犯罪は初めてなのだろうから。

 その生徒――関本は、デモ機へと視線を移すとおもむろにそちらへと歩いていった。そしてポケットから取り出した小型の機械を使って、あれこれと悪戦苦闘しているようである。

 と、そのとき、

「関本さん、何をしてるんですか?」

 入口からふいに声を掛けられ、関本はあからさまに体を震わせて大きなリアクションを見せた。ぎこちない仕草で、ゆっくりと入口へと顔を向ける。

 そこにいたのは、現風紀委員長の千代田花音だった。

「千代田! どうしてここに!」

「どうして? あたしがここに来たのは、この部屋で異常が見られたと知らせを受けたものですから。そう言う関本さんはどうしてここに? それと、手に持ってるそれは何ですか?」

「知らせだと! 確かに警報は切ったはず――あっ」

 よっぽど動揺していたのか、それとも想定外の事態に弱いのか、その一言はあまりにも不用意すぎた。傍目には凄く間抜けに見える行為だが、そもそも犯罪をしているときは過度の緊張状態にあるものなので、普段からは考えられない行動を取っても不思議ではない。

「ええ、確かに警報は作動しませんでしたね。何せあたしが受けた知らせっていうのは、“彼女”が直接教えてくれたものですから」

 千代田はそう言って、入口から少しだけ体をずらした。それによってできた隙間から、1人の少女が顔を出す。

「やっほー、関本さん」

「――な、なんで美咲が!」

 その少女は、今まさに部屋の中で眠っている真っ最中のはずの美咲エリだった。当然ながら、関本は口をあんぐりと開けて驚愕の表情を見せる。

 そして彼はすぐさま、部屋の中へと顔を向ける。部屋の中では、先程とまったく同じ姿勢で眠りについているエリの姿がある。

 しかし次の瞬間、ぽん、と軽い音をたててエリの姿が消え失せた。まるで霧のようにいなくなり、初めからそこには誰もいなかったように思えるほどである。

「――な、何だ今のは! こんな魔法、見たこと無いぞ!」

「ええ、確かにあたしも気になるところですが、今はそれよりももっと気になることがあるんですよね。――関本さん、さっき『警報を切った』と言いませんでしたか?」

「うぐっ――!」

「そこで答えに詰まっちゃったら、自分が犯人ですって自白してるようなもんだよね」

 花音の追及とエリの追い討ちに、関本は完全に追い詰められていた。花音が左腕に装着しているCADを見せつけるように胸の前に掲げ、しかもすでに起動式を展開できるだけのサイオンがチャージされているという状況が、さらに彼の焦りを加速させていく。

「……は、はははっ! 千代田も美咲も冗談がきついな! 一体僕が、何の犯人だというんだ?」

「エアコンに細工して、催眠ガスを流し込んだ犯人ですよ。それに、産学スパイの現行犯でもありますね」

「失礼な! 僕は事故によるデータ滅失を恐れて、こうしてバックアップを取ってだな――」

「バックアップって、ハッキングツールでやるものなの? ――達也さん、普通そういうことってする?」

「いや、俺は聞いたことが無いな」

 すぐ背後で聞こえてきたその声に、関本は何度目になるか分からない驚愕の表情を浮かべて後ろを振り返った。そこには先程眠ったはずの達也が、悠然と立ってこちらを見据えていた。

「馬鹿な! 催眠ガスが効かなかったのか!」

「彼は催眠ガスで大人しく眠ってくれるような、そんな可愛いタマではありませんよ」

「というか関本さん、もはや隠す気も無いよね」

「まったくね。――関本勲。CADを外して、床に置きなさい」

 花音の口調が、がらりと変わった。それは同じ高校の先輩に対してではなく、1人の犯罪者に対する投降勧告だった。

 ぎりっ、と関本は奥歯を噛みしめる。そしてちらりと、CADどころかまともな構えすらしていないエリへと視線を向けた。

「――美咲っ!」

 その瞬間、関本はCADに手を触れて起動式を展開した。2年生の後半からとはいえ風紀委員に選ばれただけあって、魔法式を構築するまでのスピードは九校戦の選手と比べても遜色が無い。

 しかし、

「単純ですね、関本さん」

 花音がそう呟いた次の瞬間、花音の振動系魔法が地面を媒介として関本に作用し、彼は魔法を発動させることなく意識を刈り取られて床に倒れ込んだ。

 普通ならば、それも風紀委員に任命されるほどの実力者が、犯人を目の前にして何の構えも取らないなど有り得ない。もし構えを取っていないとしたら、構えていると悟らせないように臨戦態勢に入っているか、あえて自分を狙わせるように誘い込んでいるか、である。

 そしてエリ達の思惑通り、関本は実際に臨戦態勢に入っている花音ではなく、ただ突っ立っているだけのエリに狙いを定めてしまった。言ってみれば彼の行為は、こめかみに銃口を突きつけられた状態で別の人物に殴り掛かるようなものである。

「さすが花音さん、すごーい!」

 満面の笑みで手を叩くエリに、花音はなぜか不機嫌なようにも見える表情を浮かべた。

「……部屋にいたエリちゃんの偽物って、確か九校戦のモノリス・コードでエリちゃんが披露してたやつよね?」

「うん、そうだよ。よくできてるでしょ?」

「ええ、そうね。事前に聞かされたあたしですら、本物と見分けがつかなかったんだから。それで、なんでエリちゃんはわざわざ自分の偽物を達也くんの傍に置いたの? というか、達也くんもグルでしょ?」

「ええ、まぁ」

「こうやって2人っきりになれば、関本さんがデータを盗みに何かしてくるかなって思って」

 エリの答えに、花音は頭を抱えたい心地になった。

「……つまりあなた達は関本さんが怪しいと睨んでいて、罠を張っていたってこと?」

「はい、そうです。エリを離れた場所で待機させることで、何か起こったときに対処できるようにしてありました」

 達也の答えは、わざわざ説明されなくても分かることだった。現にこうして花音が“本物の”エリに呼ばれたことが、この作戦が成功したことの何よりの証明となるのだから。

 それよりも花音は、気になることがあった。

「……2人は、なんで関本さんが怪しいと思ったの?」

「…………」

「…………」

 大して難しい問い掛けではないはずなのに、2人は揃って口を噤んだ。花音がじっと睨みつけてもびくともしない様子から、絶対に答える気は無いのだろう。

「……そうやって何でもかんでも秘密にされると、こっちとしてもいまいち信用できないんだけどね。まぁ良いわ、犯人は捕まったわけだし。それじゃ、生徒指導室に連れて行きましょ」

 花音はそう言うと、関本の体に加速系の魔法を掛けて浮き上がらせ、高さ1メートルの辺りで静止させたまま自身の後を追うようにふわふわと宙を漂わせた。

 エリも彼女の後に続いて部屋を出ていく中、達也だけは部屋に残って、部屋の端で立ったまま待機していたピクシーへと歩み寄る。

「ピクシー、監視モードを解除。監視命令時点から現在までの映像と音声をメモリーキューブに保存した後、マスターファイルを破棄しろ」

『かしこまりました。データを・メモリーキューブに・複写します。――複写・完了しました。マスターファイルを・完全削除・します』

 こうして手に入れた映像と音声ファイルを達也は上着のポケットにしまうと、ピクシーに待機を命令して部屋を出ていった。そして廊下を歩きながら携帯端末を取り出し、周りに人の気配や監視カメラの類が無いことを確認して或るアドレスに電話を掛けた。

『もしもし? 達也くんから電話してくれるなんて、珍しいじゃないの』

 2コールもしない内に聞こえてきたのは、少女と呼ぶには少々年上の、しかし充分に若い女性の声だった。

 独立魔装大隊に所属する、藤林響子少尉である。

「周りが随分と騒がしいようですが、ひょっとしてプライベートでしたか?」

『大丈夫よ、ちゃんとお仕事の最中だから。それで、どうしたの?』

 周りに人がいると情報漏洩の心配があるように思えるが、藤林がそれを気にする様子が無いことから何かしら細工を施してあるのだろう。達也は彼女の言葉を受けて、用件を話し始めた。

「実は今日、学校で強盗に遭いまして。睡眠ガスを使われてしまいましたよ」

『あらあら、大丈夫だったの? って、大丈夫だからこうして電話してるのよね』

「ええ、まぁ。それで、そのときに犯人の映像を記録しておいたので、それをお送りしようかと思いまして」

『映像?』

「はい。犯人が使っていたツールも映っていますので、解析をお願いします」

 達也がそう言うと、藤林は数秒間口を閉ざし、再び口を開いた。

『……つまり達也くんは「そろそろ狐を仕留めろ」と言いたいのね?』

「そんな偉そうな言い方をするつもりはありませんが、概ねその通りです。街路カメラから犯人の立ち回り先を調査してください。一般には手に入らないハードウェアを持っていたからには、必ず生身での接触があるはずです」

『……達也くん、簡単に言うけどそれって結構難しいのよ? 1ヶ月、2ヶ月ともなればその人の立ち寄る場所なんて無数にあるし、その中から怪しい場所をピックアップするなんて――』

「確かに大変そうですね。頑張ってください」

『……達也くん、あなた本当に良い性格になったわよね』

「そうかもしれませんね。知り合いの影響でしょうか?」

『あなた、事あるごとにそう言ってるけど、絶対に本人の資質も含まれてると思うわよ?』

 そう言って深い溜息を吐く藤林だが、達也が自分の意見を変えることは無い。

『……分かったわ。隊長からも、そろそろ片を付けるように言われてたのよ。幸い今は“人手”もあることだしね』

 うんざりしたように藤林はそう言うが、達也は彼女ならば近い内に窃盗団を一網打尽にできるだろう、という確信があった。

 “電子の魔女”(エレクトロン・ソーサリス)

 彼女に与えられたこの称号は、電子・電波に干渉する魔法に長けた魔法師という意味の他に、情報ネットワークを手玉に取る悪魔的なハッカーという意味もある。上書きされて消去された磁気・光学ストレージのデータさえ再構築してしまう彼女の特殊スキルをもってすれば、1回でも電子情報ネットワークに痕跡を残したものをどこまでも追い掛けて突き止めることができる。彼女にとって、世界中のネットワークが自分のテリトリーとなる。

 さてと今度の敵は何日保つかな、と達也は意地の悪いことを考えながら藤林との電話を切った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。