魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

59 / 105
第58話 『料理も手品も悪戯も、大事なのは“仕込み”である』

 10月30日。全国高校生魔法学論文コンペティション開催当日。

 達也と深雪とエリ、そして厚志達一行は道中これといったトラブルも無く、予定通りの時刻に会場に到着した。舞台装置を乗せたトレーラーもすでに到着して荷台を下ろした後であり、五十里や花音、そして紗耶香と一緒にいる桐原の姿も見える。

 そして彼らの中に、よく知る人物達で構成されたグループの姿も確認できた。

「やっほー、幹比古達も着いてたんだね。もしかして、私達が最後?」

「あ、おはよう、ミルココ。他の皆さんも。――ほとんど差は無いし時間には間に合ってるから、あまり気にするほどじゃないと思うよ」

 最初に口を開いた幹比古を筆頭に、その場にいた美月・ほのか・雫の3人も揃って頭を下げて挨拶した。厚志やミルココだけでなく、モカ・ダッチ・リカルド・マッドといった最早お馴染みの面々が挨拶を返す。

「千秋さんに平河先輩も、おはようございます」

「おはよう、柴田さん」

「……おはよう」

 そして彼らの後ろに隠れるようにしていた千秋と、そんな彼女の傍にいた小春にも、同じように挨拶が掛けられた。

「随分と早く来たんだな。他のクラスのみんなは、確か午後に来るとか聞いてたが」

「そりゃ僕達は警備を手伝わせてもらうために来たからね。光井さんと北山さんにうっかりそれを話したら、連れてってくれって言われちゃって」

「エリカ達だけでそんな面白そうなことさせられない」

「わ、私はあまり役に立てないかもしれないですけど、精一杯頑張ります!」

 幹比古の言葉に、雫はいつもの無表情ながらどこか得意気に、ほのかも気合い充分といった感じに拳を握りしめていた。ほのかの言葉はこの場にいる全員に向けて言っているようだが、そして本人もそのつもりなのだが、その視線はちらちらと厚志の方へ向いていた。

「おーおー、頼もしい限りじゃーん」

「それじゃ、もしものときは宜しくねー。――モカ、殺気を振りまかない」

 ココアの小声での注意に、無表情を貼りつけていたモカの肩がぴくりと跳ねた。

「ところで、一番張り切っていたエリカとレオの姿が見えないんだが」

 達也がそう尋ねると、幹比古達は気まずそうな苦い顔をして、先程五十里達を見掛けた辺りを指差した。

 その集団の中心に、エリカとレオの姿があった。

 花音とエリカが険悪な顔で睨み合い、レオが傍で所在悪そうに佇んでいる光景つきで。

「ほら達也、ゴー」

 にやにやと笑みを浮かべながら背中を押すミルクに、達也は苦い顔で問い掛ける。

「……俺が止めなきゃいけないのか?」

「私達は部外者だし、あの子の恋人っぽい男の子じゃ第三者の立場になれないし、深雪の言葉で止まるような感じじゃないでしょ?」

「……仕方ない、行ってくる」

 達也は肩を落として力無く歩いていくと、睨み合っている2人の間に割って入った。

「どうしたんですか?」

「あ、達也くん! おはよー!」

 達也の登場に、エリカは目の前の相手を無視して笑顔で挨拶をした。その態度が、花音の神経をますます逆撫でさせる。

「……司波くん。この聞き分けの無いお嬢さんに、あなたの方から何か言ってくれない?」

 ――あなたから“も”じゃなくて、か……。

 本人が意識しているかどうかはともかく、彼女は達也にこの事態の収拾を丸投げするつもりらしい。とはいえ達也としても、誰かの介入があるよりは自分1人で仕切った方が手っ取り早い。なので達也は、すべて自分に任せるという条件付きでそれを引き受けた。花音は一瞬嫌な顔をするが、隣にいる五十里が何も言わないことで渋々同意した。

「やっほー、エリカ、レオ。先輩相手にメンチ切るとか、やるじゃーん」

「いやココア、俺は別に喧嘩してたわけじゃねぇよ。喧嘩してたのはエリカだけ――」

「余計なこと言わない」

 レオの言い分を僅か一言で黙らせたエリカは、達也へと顔を向けると途端にしおらしくなった。

「……ごめん、達也くんの手を患わせちゃって」

 どうやら手伝おうと思って足を運んだ相手に手間を掛けさせたことを気まずく思っているらしい。普段の彼女のマイペースな振る舞いは、すべてを分かったうえで行ういわば故意犯のようなものなので、気まずいと感じたらこのような反応を見せるのは当たり前と言える。

「まぁ、事情はだいたい察したよ。何も真正面からぶつかることは無いだろうに」

「だってあの女、あたし達が警備の手伝いに来たって言ったら『部外者は大人しくしてなさい』って言うのよ!」

「そりゃ言うでしょ。向こうからしたら、部外者にうろちょろされるのが一番迷惑なんだから」

 しれっとした表情でそう言い放ったミルクに、エリカは一瞬だけ彼女を睨もうとして、すぐさま勢いを無くして顔を俯かせた。冷静になって考えてみた結果、自分達の方が分が悪いと気づいたのだろう。

「まぁまぁ、エリカちゃんもレオくんも、せっかく来たんなら論文コンペを楽しんでいこうよ」

 そんな彼女達に優しく声を掛けたのは、黙って見守っていた厚志だった。

「達也くんとしても、2人が客席で見守ってくれた方が心強いだろうしね。万が一何かが起こったときにも、客席にいてもらった方がいざというときに協力をお願いできるかもしれないし」

「……厚志さん」

 エリカもレオも彼の言葉にピンときたようで、いかにも悪巧みしているような不敵な笑みを浮かべていた。先程までのしおらしい態度が嘘のようである。

「達也くんも、そう思うよね?」

「ええ、そうですね。――そうだ。俺達の発表は大分後になってからだから、もし暇になったら俺の楽屋に遊びに来ると良い。友達なんだから、それくらいは普通だろ?」

「……そうよね。友達なんだから、当たり前よね?」

「そうだな、達也。後で邪魔させてもらうぜ」

 声をたてずに笑う2人に、達也も同じような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 発表の順番が後の方である学校は何時間も待つことになるが、論文コンペに参加するような生徒は、演壇に上がる代表から裏方をこなすサポートも含めて他校の発表にも関心のある生徒がほとんどだ。ロビーでは他校の生徒同士が仲良く話している光景が随所で見られ、ちょっとした交流会の相を呈している。

 達也・深雪・エリと分かれたエリカ達・厚志達のグループは、そんなロビーを素通りしてホールへとやって来た。先程「論文コンペを楽しんでくれ」と言われたエリカ達だが、だからといって客席で他の客と一緒にのほほんと楽しむだけなんて考えは持ち合わせていない。先程から客席をきょろきょろと見渡して席を見定めているのも、“発表を見やすい場所”よりも“不審者の存在に気づきやすい場所”を優先的に探しているからである。

 そのおかげか、客席に座る観客の中に、ここ最近では最も顔を合わせていたであろう人物の存在に気がついた。

「げ」

 その瞬間、エリカは喜ぶではなく顔をしかめるという反応だったが。

「あら、エリカちゃんにレオくん。それに厚志さん達も」

「久し振りだね、景ちゃん。――他のみんなも、お変わりなく」

「おぉ、厚志さん! 久し振り!」

「景が来るのは毎年のことだから良いとして、2人も来てたんだね」

「そりゃまぁ、達也の晴れ舞台だからな!」

「横浜なんて久し振りだから、昨日からずっとはしゃいでましたよ!」

「あんた達に魔法学の論文なんて分かるのー?」

「それはミルココだって同じでしょ!」

 エリカが見つけたその人物――大田景の両隣には、見知らぬ女性が2人座っていた。長い髪を後ろで縛った気の強そうな印象を持つ30代前半の女性に、長い金髪にバンダナをつけたおっとりとした印象を持つ20代中頃ほどの女性は、厚志達と仲睦まじくお喋りしていることから仲の良い知り合いと思われる。

「あ、もしかしてこの女性の方が、エリちゃんの言っていた“大田景”って人ですか?」

「おお、もうエリちゃんから話は聞いてる? だったら話は早いわね。私は大田景、一高のOGだからみんなの先輩に当たるわね。ここにいるのは私の友人で、鹿島洋子さんと田中沙希ちゃん」

「おう、宜しくなー」

「宜しくね、みんな」

 初めて見る顔に最初は戸惑いを覗かせていた彼らだが、その人当たりの良い印象ですぐさまそれは無くなり、1つのグループとして溶け込んでいくのにそれほど時間は掛からなかった。

 そんな中、エリカは会場の隅にもう1人“顔見知り”を見つけ、そして景を見つけたときと同じように苦い顔をした。

「ん、どうしたのエリカ? ――あれ? あそこにいるのって……」

 そしてそれを目敏く見つけた幹比古が首をかしげ、彼女の視線を追うようにそちらへと目を向けた。彼女にとっての顔見知りは、幹比古にとっての顔見知りでもあった。

「寿和さん、どうしてこんな所にいるんだろう?」

「さあ。どうせどっかの女と待ち合わせでもしてるんじゃないの?」

 仮にも兄である千葉寿和に対して辛辣な言葉を吐いたエリカは、そのままふいと目を逸らして厚志達との会話に参加していった。幹比古としても、2人の関係があまり良好でない(エリカが一方的に寿和を嫌っている)のを知っているため、特に彼女に対して何か言うことは無かった。

 

 

 *         *         *

 

 

 ホールで彼らが交流を深めているその頃、ロビーには遥の姿があった。生徒達による喧騒に紛れてコーヒーを飲む彼女の視線の先には、達也たち第一高校の控え室へと繋がるドアがあった。

 4月の事件以来、彼女の所属する公安の部署では達也やエリ達の正体について深い関心を寄せていた。彼女の上司の話によると、身辺調査をしようとした矢先に上から圧力が掛かったらしい。やるなと言われるとかえってやりたくなるのが人間というもので、かといって正規の調査員を動かすわけにもいかず、彼らの通う第一高校に潜入している遥に自然とその役目が回ってきた。

 不本意とはいえ組織の人間である遥がそれを断れるわけもなく、彼女は仕方なくそれを受けることにした。しかし結果は芳しくない。元々彼女が得意としていた“カウンセリングと称して様々な情報を聞き出す”という手法は、本人がカウンセリングに来ない以上進展のしようがない。よって彼女は遠巻きに彼らの動向に目を光らせるという、何ともアナログで効果も疑わしい消極的な方法しか採ることができなかった。

 しかし今回に限って言えば、それも一応の成果があった。

「あの人、まさか……」

 一高の控え室に足を運んだ1人の女性に、遥は思わず独り言を漏らしていた。おそらく自分と同世代であろう彼女に見覚えのあった遥は、公安御用達の隠しカメラで撮影した映像を端末に読み込ませて画像検索を掛けた。

「やっぱり……、“電子の魔女”(エレクトロン・ソーサリス)……」

 遥が学生のとき、第二高校を九校戦優勝に導いた彼女はまさにヒーローだった。魔法科高校の入学試験に落ちたことで魔法師としての夢を絶たれた遥にとって、藤林響子というのは嫉妬と憧れの的だった。

 そんな彼女が母校である二高ではなく、達也たちのいる一高の控え室へとやって来た。もしかしたら九校戦で活躍した彼らを青田買いに来たのかもしれないし、単に目当ての人物が部屋にいないことを知らずに来たのかもしれない。

 しかし遥の直感は、達也たちとの密接な関係を疑わずにはいられなかった。

 

 

 

「久し振りね、深雪さん。直接お会いしたのは半年以上ぶりかしら?」

「ええ、2月にお目に掛かって以来です。ご無沙汰しておりました」

「九校戦は観に行ってたのよ。達也くんとエリちゃんを誘って、ちょっとしたお茶会をね。――なんで深雪さんを連れてきてくれなかったのかしら?」

 冗談交じりで達也を睨む藤林に、達也は軽く笑みを浮かべて、

「深雪と一緒だと目立ってしまいますからね。“藤林さん”としても、それは不本意でしょう?」

「まぁ、そうね。それじゃ仕方ないか」

 普段の少尉呼びではない達也の言葉に、藤林は特に気にする様子も無く納得していた。盗聴や盗撮の類はチェック済みとはいえ、安易に自分達の関係を悟らせるような会話は慎むべきである。

「それにしても、一高の控え室に来ても大丈夫なんですか?」

「ええ、もちろん。こういうときに肩書きがいっぱいあると便利よね。“防衛省技術本部兵器開発部所属の技術士官”である私が達也くんに会いに来たところで、将来有望な学生に唾をつけに来たって説明ができるんだから」

「藤林家の人間としても、ですか?」

「その通り。だから達也くんは“藤林少尉”でも“藤林さん”でも“藤林お姉さま”でも、好きな呼び方をしてちょうだいね?」

「分かりました、藤林お姉さま」

「来てくれてありがとね、藤林お姉さまー」

 達也が真顔でふざけると、横で聞いていたエリが真っ先に乗っかった。

「……達也くん、最初に会った頃は冗談なんて言う性格じゃなかったのに、随分と変わったわね」

「そうでしょうか? 自分ではそうは思わないのですが」

「私は今の達也さん好きだよ? 最初なんて全然こっちの会話に入ってこなかったし、何をしても無反応だったし」

「……やめてくれ、エリ」

 本気で嫌がっている達也の姿に、藤林は口元に手を遣って笑い声をあげていた。

「――さてと、前置きはこのくらいにして、達也くんたちにニュースを持ってきたのよ。良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちが良い?」

「藤林さんの話しやすい順番で」

「分かったわ、それじゃ良いニュースから。――例のムーバルスーツ、完成したわよ。今日の夜にはこっちに持って来るって真田大尉からの伝言」

「さすがですね。しかし明日東京に戻ってからでも……」

「明日こっちでデモがあるからね。でもその予定だって真田大尉が強引にねじ込んだものだから、結局はあなたに自慢したかったんじゃない? 基幹部品はあなたの方に完全依存だから、せめて完成品はって意気込んでたから」

「こちらでは実戦に堪えるものを作れなかったんですから、真田大尉には感謝しています」

「その言葉、真田大尉に言ってあげてね。喜ぶから」

 そう言ってウインクする藤林に、達也は苦笑を浮かべて頷いた。

「――それじゃ、今度は悪いニュース。例の事件、どうにもこのまま終わりそうにないみたい」

 その瞬間、達也だけでなくエリや深雪の表情も真剣なものになった。そんな彼らに藤林は「詳しいことはここに」とデータカードを渡してきた。無線伝送すら憚られる内容らしい。

「私の方でも幾つか保険は掛けておいたけど、もしかしたらキナ臭いことになるかもしれないわ」

「分かりました。こちらでも、もしもに備えておきます」

「何も起きないのが一番なんだけど……。もしものときは――」

「そのときは、厚志さんにご相談を」

 間髪入れずにそう言い放った達也に、藤林は苦笑を浮かべて「やっぱりそうなるわよねぇ……」と呟いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 時刻は8時45分。そろそろ客席も埋まりかけているであろう頃。

 達也たち3人で藤林から渡されたデータを確認していると、五十里が花音を連れて控え室に入ってきた。彼は2番目に行われる第四高校のプレゼンに興味があるらしく、最初の第二高校のときは彼が見張りを行うことは事前に打ち合わせ済みである。特に順番にこだわりの無い達也は、交代しようと声を掛けた五十里に頭を下げて部屋を出ていった。

 すると、

「あ」

 最初に見つけたのはエリだった。嬉しそうな顔で駆け寄っていく。一方相手は自分に近づく彼女の姿に気づくと、驚きと緊張が綯い交ぜになったような表情を浮かべていた。

「将輝さーん! 久し振りー!」

「……エリちゃん、久し振り」

 エリに声を掛けられた少年――一条将輝の腕には、“警備”と書かれた腕章があった。どうやら彼は第三高校のサポートではなく、克人をトップとした九校共同会場警備隊のメンバーとして参加しているらしい。隣に同じく腕章をつけた第一高校の生徒がいることから、会場の警備として見回りをしていたのだろう。

「お久し振りです、一条さん。九校戦以来ですね」

「あっ、深雪さん……。どうも、ご無沙汰してます」

 深雪が丁寧な所作で挨拶をすると、将輝も緊張したようにお辞儀で返した。こちらの緊張はエリのときと違い、単純に彼女の美貌を間近で見てしまったことによるものだろう。

「将輝さん、会場の見回り?」

「ああ、そうだ。もしかしたらエリちゃんも警備に参加するかも、って思ってたんだけどな……」

「私は今回は、達也さんのボディーガードだよ」

「そうか。お互いに頑張ろうな」

「うん! ――十三束(とみつか)さんも、頑張ってね」

「ありがとう、エリちゃん」

 エリが視線を隣の一高生徒に移してそう言うと、将輝よりも頭1つ分は背の低い彼――十三束鋼は、にっこりと柔らかな笑みを浮かべてそう応えた。

 2人と別れた後、達也たちの話題は自然と先程の一高生徒のことになった。

「エリ、十三束鋼のことを知ってたのか?」

「うん。隣のクラスだから、顔と名前くらいだけど。達也さんも知ってるってことは、やっぱり十三束さんって凄い人なの?」

「沢木先輩のクラブの後輩だから、というのもあるが、そうでなくても十三束家の“レンジ・ゼロ”は有名だな」

「へぇ、どんな魔法なのか今度見せてもらおうかな――あっ」

 話している途中でまた別の何かを見つけたのか、エリは会話を中断して嬉しそうに駆け寄っていく。一方相手は自分に近づく彼女の姿に気づくと、「ああ、君か」と実に落ち着いた反応を見せていた。

「会場警備隊のメンバーだったのか、森崎」

「……その通りだ、司波達也。第一高校風紀委員の1人として、この人を任されている」

 達也に声を掛けられた少年――森崎駿は、一瞬だけ複雑な表情を見せたものの素直に彼の質問に答えた。最初の頃は顔を合わせただけで「おまえを認めない」発言していたと考えると、かなりの進歩である。

 森崎はエリへ視線を移すと、

「そういえば、“エリちゃん”は司波の護衛だったか。エリちゃんが暇を持て余すように、僕達が頑張って会場を警備しないといけないな」

「期待してるよ、森崎さん!」

「ああ、エリちゃんは安心して論文コンペを楽しむと良い。深雪さんも、楽しんできてください」

「宜しくお願いしますね、森崎くん」

 深雪の言葉に森崎は力強く頷くと、「それでは失礼する」とその場を離れていった。

 そして彼の姿が見えなくなった頃、深雪がぽつりと呟いた。

「……何だか彼、最初の頃と大分変わりましたね」

「ああ、俺も気になっていた。九校戦の頃から兆候はあったが、夏休みを境に吹っ切れたような気がするな。――というかエリ、森崎はいつの間にか“エリちゃん”呼びに戻ってたんだな。何かあったのか?」

「えっ? 呼び方なんて気にしなかったからなぁ……、よく分からないや」

 ロビーの真ん中で、達也と深雪とエリは揃って首をかしげていた。

 

 

 

 一方森崎は、エリ達と別れた後にホールへと足を運んでいた。巡回のコースに含まれているとはいえ、発表している生徒の気が散る真似を避けるため、ホールほど頻繁に足を踏み入れたりはしない。しかし今のような開会間近や発表のインターバルのような人の出入りが激しいときには、その人混みに乗じて悪さをする輩を見つけるためにこのようにホールを見回ったりする。

 九校戦が華やかな雰囲気で行われるのに対し、論文コンペは厳粛な空気で執り行われる。これは論文コンペが大学や企業や研究機関など“大人を相手にした”発表会であり、審査員や観客としてやって来る魔法学の権威を意識しているためである。そのような人物を狙う輩が現れる可能性もある以上、警備を担当する森崎としては一瞬たりとも気の抜けない状況である。

 しかし、

「あら、久し振りね」

 背後から突然声を掛けられ振り返った瞬間、森崎は警備の仕事など頭から抜け落ちてしまうほどの衝撃に襲われた。

「――け、景さん!」

「良かったわ、憶えててくれて。『あんた誰?』とか言われたらショックで泣いちゃうところだったわ」

 目を丸くして思わず大声をあげてしまった森崎に、景はにやにやと笑みを浮かべながらそう言った。その表情は“泣く”などといった負の感情とは一切無縁だった。

「なんで景さんがここに!」

「私は毎年、論文コンペには足を運んでいるのよ。あなたは……ああ、会場の警備ね。ご苦労様」

「どうしたの、景? トイレに行ったんじゃなかったの――って、あれ?」

 と、そのとき、景の背後から小学校低学年くらいの少女2人がやって来た。雰囲気からして双子っぽいその少女は、一方が透き通るように白い肌でもう一方が日に焼けたような小麦色の肌と、どちらも日本人離れした容姿をしている。

「景って、その子と知り合いだったの?」

「少し前に一度だけ顔を合わせてね、それ以来ぱったり」

 少なくとも森崎は、その双子と会ったことは無かった。あったとすれば、これほど特徴的な容姿を忘れるはずがない。しかし景と知り合いらしいその双子は、その口振りからしてこちらのことを知っているようだった。しかし今の森崎は景との再会の衝撃が強すぎて、それに気づけるほどの余裕は無かった。

「せっかくだから、私達と一緒に発表観てく?」

 だから、双子のこの発言も咄嗟に反応することができなかった。

「――へっ?」

「そうね」

 そして景は双子の提案に言葉短く同意すると、森崎の腕を引っ張って客席へと連れ込んでいく。

「って、ちょっと待ってください景さん! 僕はこれから会場の警備っていう大事な仕事が――」

「克人とか桐原とかがやってくれるんでしょ? だったら1人くらい抜けたって大丈夫だって」

「ちょ、なんで君達が十文字先輩のことを――っていうか、景さんも引っ張らないでください! って、何コレ力強い! 全然振り解けない!」

 周りの生徒や一般の観客に白い目で見られながら、森崎は客席の一番奥へとむりやり連れてこられた。

 そしてそこには、

「……えっ? なんであんたがこんな所に来てるのよ?」

「その腕章って、会場警備隊のメンバーがつけてるやつだよな? サボりか?」

「森崎くん、他校の発表に興味があるのかもしれないけど、自分の仕事はちゃんとやらなきゃ駄目だよ?」

 達也とよく一緒に行動している二科生の面々と、同じく達也と仲の良いA組のほのかと雫の姿があった。二科生のメンバーは4月に衝突したときの印象のまま更新されていないので彼に敵意の目を向け、そのとき現場にはいなかった幹比古は他の友人達からその話を聞いていたためにあまり良い顔はせず、そして同じクラスのほのかと雫は最近彼の印象が変わりつつあることを知ってはいるものの、最初の印象をいまいち拭いきれていないために余所余所しい態度だった。

 そして彼らに囲まれるようにして座っていたのが、

「……あれ? 君って確か――」

 その“4月に衝突したとき”にたまたま現場に居合わせ、頭に血が上っていたために思わずCADを向けてしまい、そのせいで純度の高い殺気をもろにぶつけられてしまった、忘れたくても忘れられないほどに強く記憶に刻まれている、あの筋骨隆々の大男だった。

「……あの、ご無沙汰しております。あのときは、本当に申し訳ございませんでした……」

「ああ、大丈夫だよ。全然気にしていないから。君もあれから改心したようだしね」

 まるであのときの殺気が嘘だったかのように、その大男は朗らかな笑みを浮かべて快活にそう答えた。

「おっと、私はトイレに行くんだった。それじゃ森崎くん、空いてる所にテキトーに座って良いからね」

 そして森崎をこの場所にむりやり連れてきた景は、席を立った本来の用事を思い出してさっさとこの場を離れてしまった。居心地が悪くて仕方のない彼のことを放っておいて。

「何あんた、あたし達と一緒に発表観るの?」

「……僕だって、そんなつもりじゃなかったよ」

 エリカの辛辣な言葉に森崎はもはや反論する余裕も無いのか、空いている客席に力無く腰を下ろしながらそう呟くのが精一杯だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。