午後3時。第一高校のプレゼンは、予定通りの時刻に始まった。
「核融合発電の実用化には何が必要か。この点については、前世紀より明らかになっています」
自然色のライトが大道具の並ぶ舞台を照らし、鈴音の口から奏でられる抑制の効いたアルトが会場の音響設備によって淀みなく客席に届けられる。舞台上では五十里が鈴音の隣でデモンストレーション機器を操作し、達也は舞台裏でCADのモニターと起動式の切り替えを行う。そしてエリが彼の傍に立ち、その様子をじっと見守っている。
鈴音が巨大なガラス球の傍に立ち、達也が放出系魔法の起動式を指定する。彼女がCADのアクセスパネルに手を置いた瞬間、中に封入されている重水素ガスがプラズマ化し、内側に塗られた塗料に反応して閃光を放つ。その演出に、客席が小さく沸いた。
「1つは、重水素ガスをプラズマ化して、反応に必要な時間その状態を維持すること。これは放出系魔法によって解決しています。核融合発電を阻む主な原因は、プラズマ化された電子核の電気的斥力に逆らって融合反応が起こる時間、原子核同士を接触させることにあります」
鈴音がアクセスパネルから手を離すことで、ガラス球に沈黙が戻った。それと入れ替わるように、巨大なスクリーンが舞台中央に下りてくる。
「非魔法技術により核融合を実現しようとした先人は、強い圧力を加えることでその斥力に打ち勝とうとしてきました」
その言葉と共に、今世紀前半まで繰り返されてきた実験の映像とシミュレーション動画がスクリーンに分割表示される。
「しかし超高温による機体圧力の増大も、表面物質の気化を利用した爆縮の圧力も、安定的な核融合を実現するには至りませんでした。格納容器の耐久力の問題、燃料の補充の問題――。核融合の維持には成功したものの、生み出される莫大なエネルギーを制御できないという例もありました。――しかしすべての問題は、取り出そうとするエネルギーに対して融合可能距離における電気的斥力が大きすぎるという点に収束します」
スクリーンが上がると、巨大な円筒形の電磁石が2つ、それぞれが4本のロープで向かい合わせに吊された、原始的に見える実験機器が姿を現した。
五十里が円筒の一方を引き上げる。もちろん魔法で引っ張っているのだが、彼は演出のためにわざわざ手で引っ張り上げるジェスチャーを加えた。そして彼が手を離すと、円筒は勢いよくスイングしてもう一方の円筒に衝突する――直前、もう一方の円筒がそれから逃げるように勢いよく振り上がった。
「電気的斥力は、互いの距離が接近することでその力を幾何級数的に増大させます。強い同極のクーロン力を持つ物体は、接近することでその斥力を増大させるため衝突することはありません」
と、ここまで説明したところで鈴音がおもむろにヘッドセットを装着した。そして支柱に設えられたアクセスパネルに手を置いた瞬間、あれほど互いに逃げ続けていた2つの円筒が突如衝突し、まるで銅鑼でも打ち鳴らすかのような大音量が会場中に鳴り響いた。
「しかし、電気的斥力は魔法によって弱めることができます。今回私達は、限定空間内における見掛け上のクーロン力を10万分の1までに低下させる魔法式の開発に成功しました」
彼女の言葉に会場からどよめきが起こるのも束の間、メインの装置が舞台の下から迫り上がってきた。透明の素材で作られたピストンエンジンとも言えるそれは、鏡面加工されたピストンが下から差し込まれ、それはクランクと弾み車に繋がっている。円筒の上部には2つのバルブがあり、そこから伸びた透明の管が水を湛えた水槽を突っ切っている。
「この装置では中性子線の有害性を考慮して、重水素ガスではなく水素ガスを使用しています。水素ガスを放出系魔法によってプラズマ化し、重力制御魔法とクーロン力制御魔法を同時に発動します。クーロン力制御魔法によって斥力の低下した水素プラズマは、重力制御魔法によって円筒中央に集められ、核融合反応が発生します」
観客が自分の説明に聞き入ってるのを確認し、鈴音は再び口を開く。
「核融合反応に必要な時間は0.1秒。核融合反応が自律的に継続することはないので、外から作用を加え続けなければ反応はすぐに停止してしまいます。――当校は、この性質に着目しました」
鈴音が目で合図をし、五十里が実験機のアクセスパネルへと歩いていく。
「核融合反応が停止した後、水素ガスを振動系魔法によって容器が堪えられる温度まで冷却させます。このときに回収したエネルギーは重力制御魔法とクーロン力制御魔法に充当され、重力制御魔法によって下に引き寄せられたピストンが慣性で上昇を続け、適温に冷却された水素ガスを熱交換用の水槽へと送り込みます」
五十里がアクセスパネルに手を置いた。プラズマ化、クーロン力制御、重力制御、冷却、エネルギー回収、プラズマ化、クーロン力制御、重力制御、冷却、エネルギー回収――と、目まぐるしくループする魔法を、五十里は安定的に発動していた。
「現時点ではこの実験機を動かし続けるには高ランクの魔法師が必須です。しかしエネルギー回収効率向上と設置型魔法による代替で、点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法式核融合炉が実現すると確信しています」
鈴音がそう締めくくって頭を下げると、会場中から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
重力制御型の熱核融合炉が技術的に不可能と言われるのは、魔法の対象である質量が核融合反応中に減少していくためである。起動式を展開するときに設定された質量から変化することで“対象不存在”のエラーが発生してしまう。よって“継続的核融合”は不可能とされてきた。
そしてそれは、今回の実験でも変わらない。“ループ・キャスト”によって“継続的”反応ではなく“断続的”反応を実現させることで、重力制御型の熱核融合炉を実現するのに大きな壁となっていた問題を解決してみせたのである。
その斬新な発想と実現に至った確かな技術に、観客は惜しみない拍手を壇上の生徒達に贈った。
そしてその拍手が一際大きかったのが、客席の一番後ろに陣取るグループだった。
「さすが達也くん、“ループ・キャスト”はお手の物、って感じかしら?」
「いやぁ、凄かったなぁ! 何がどう凄いのかはさっぱりだけど、何となく凄いのは分かった!」
「私も途中から頭が痛くなってきましたけど、何だか夢のある話だっていうのは理解できました」
客席からは姿の見えない少年を労う景に、とりあえず拍手を贈っている洋子と沙希。
「やっぱり、達也くんって凄かったんだ……!」
「でしょう? 達也くんに代表を譲って正解だったね」
興奮したように顔を上気させる千秋に、しみじみと頷いてみせる小春。
「いやぁ、さすがは達也って感じだな!」
「そんなこと言って、あんた本当に何が凄いのか分かってんの?」
「あ、当たり前だろ! その、ほら、あれだよ!」
舞台を見据えて拍手を贈りながらもレオをからかうのを忘れないエリカに、調子の良いことを言って自爆するレオ。
皆がそれぞれ違った想いを抱いて、言葉にならない賞賛を投げ掛けていた。
「やってくれたね。見事だった、と言わせてもらうよ」
一方その頃、舞台袖では次の出番を待っていた真紅郎が達也に声を掛けていた。不敵な笑みを浮かべる彼に、達也は口を噤んだまま彼を見遣る。
「重力制御術式は、飛行魔法にも使われている一般的な術式の応用。クーロン力制御魔法は先代のシリウス、故ウィリアム=シリウスが開発した分子結合力中和術式のアレンジ版。そして何より、あれだけ洗練されたループ・キャストは並みの技術じゃない。素晴らしいアレンジ力だ」
「さすがは“カーディナル・ジョージ”。素晴らしい洞察力だな」
機材の片付けを終えた達也が、ゆっくりと立ち上がって真紅郎へと体を向ける。互いに向かい合って見つめる2人に、エリは口を挟むことなくその行方を見守っている。
「でも、僕達だって負けないよ。――いや、今度こそ勝つ」
その言葉は、ともすれば“子供っぽい”と評されるような負けず嫌いの発露だった。しかしそれをぶつけられた達也も悪い気はせず、知らぬ内に口角を上げていた。
ここは何か気の利いたことでも言った方が良いだろう、と達也が口を開き――
* * *
現地時間にて、西暦2095年10月30日午後3時30分。
後世において歴史の転換点とされる“灼熱のハロウィン”の発端となった“横浜事変”は、この時刻に発生したと記録されている。
* * *
一高の発表が終わってロビーに出ていた藤林と寿和は、会場全体を揺るがす振動と轟音に、即座に表情を引き締めて辺りを見渡した。その瞬間、2人の携帯端末がほぼ同時に鳴り、2人がほぼ同時にそれを取る。
「どうした、稲垣――何だとっ! ……分かった、すぐに向かう」
寿和が電話を切って振り返ると、藤林もちょうど電話を切るところだった。
「本官は現場に向かわなければいけなくなりました」
「分かりました。私はここに残ります」
「すみません! 何かあれば連絡を!」
言葉少なく意思の疎通を図ると、寿和は魔法を使って全力以上の速さで会場を飛び出し、駐車場に止めていた車に滑るように乗り込むと現場へと急行した。その間にもフリーハンドの通信機で情報収集を忘れない。
「状況は!」
『管制ビルに突っ込んだ車は炎上中。追加の特攻はありません』
稲垣からの返信に、寿和は思わず舌打ちをした。
ターゲットは、山下埠頭にある出入国管制ビル。建物自体は爆発の衝撃と熱を跳ね返したためほぼ無傷だが、公務員であっても非戦闘員である以上、テロが実行された場所で職員を働かせるわけにはいかない。つまり、職員が避難して港湾警備員に業務が引き継がれるまでの間、入港の監視に一時的な穴が空くことになる。
――文民に拘りすぎだ!
軍や警察の勢力が拡大するのを恐れた政治家の抵抗により、港湾・空港管理には一般の公務員が充てられていた。島国にとってはそのまま国境警備になる以上、軍まではいかなくとも武装警察くらいは配備させるべきだと千葉家はかねがね主張していたが、このような形で理論武装されるのは不本意だった。
と、そのとき、通信機からまたしても嫌な情報が寄せられた。
『停泊中の貨物船よりロケット弾が発射されました! 歩兵用ランチャーを使用した模様!』
「船籍は!」
『登録上はオーストラリアの貨物船ですが、形状からして機動部隊の揚陸艦と思われます!』
どいつもこいつも何やってんだ、と寿和は悪態を吐きそうになるのを寸前で堪え、通信先を切り替えた。
「親父か! 寿和だ! 横浜の山下埠頭にて国籍不明の偽装戦艦が侵攻中! 国防軍を出動させてくれ! ――それから
何を寝言を言ってるんだ、とでも言いたげなニュアンスで、寿和は通信機に怒鳴りつけた。
「エリカに使わせるに決まってるだろうが!」
突然の爆音と振動に、ホールの聴衆はパニック1歩手前まで追い詰められていた。何が起こっているのか、どうすれば良いのか、答えを求めてあてもなく騒いでいる。
そんな中、前もって心の準備をしていた最後方のグループの行動は早かった。行動が著しく制限される客席から離れるべく、即座に立ち上がって通路へと飛び出した。そしてそれは前から2列目の関係者席に座っていた深雪も同じで、彼女も即座にステージ下へと駆け寄っていく。
「深雪!」
そしてそれに応えたのは、ステージ袖から2歩で彼女の傍まで到達した達也だった。エリは逆にステージから下りることなく、先程までプレゼンに使っていた実験装置の近くで入口付近に目を光らせている。
「お兄様、これは」
「会場の入口付近で、グレネードか何かが爆発したんだろう」
予想していたこととはいえ、実際に達也の口から聞かされたことで深雪の顔に衝撃が走る。
「先輩方は大丈夫でしょうか!」
「正面は協会が手配した正規の警備員が配置されていたはずだ。実戦経験のある魔法師も投入されているから、ちょっとやそっとのテロリストには遅れを取らないと思うが――」
「どうだろうね」
達也の言葉に異議を唱えたのは、壇上から客席全体を見渡すエリだった。それを示すように、ドアの向こうから複数の銃声が聞こえてくる。
「この音からして……、対魔法使用のハイパワーライフルか!」
通常よりも弾丸の慣性力を強めることで障壁魔法さえぶち抜くその武器は、それ故に普通の重火器よりも数段高度な製造技術を必要とするものだ。当然ながら“ちょっとやそっとのテロリスト”ごときが使えるような代物ではない。
そして達也は、つい最近同じ武器を使用した武装集団の存在をエリから聞かされている。
達也はちらりと、客席の奥へと目を遣った。遥や平河姉妹はあちこちに目を泳がせて震えていたが、レオやエリカなどはすでに通路に待避して身構えていた。そしてその中で一際目立つ大柄な男性と目を合わせ、向こうが小さく頷くのに応えるように達也も小さく頷いた。
荒々しく靴音を響かせて、ライフルを構えた集団がホールに雪崩れ込んできたのは、ちょうどそのときだった。
だらしない、と達也が正規の警備員であるはずの魔法師に舌打ちしている間に、ステージ上にいた三高の生徒(エリのように自分で陣地を選んだのではなく、突然の出来事にあたふたとしている内に取り残されただけである)が、おそらくプレゼンで使うものだったであろうCADを操作して攻撃魔法を展開――
ずどぉんっ!
しようとしていた矢先、その三高生を掠めて銃弾がステージの壁に食い込んだ。その破壊力からして、達也の予想通りそれはハイパワーライフルだった。
「大人しくしろっ!」
少々辿々しい日本語を話すそいつらは、おそらく日本に“来て”まだ日の浅い外国人だ。制服や軍服ではないものの統一感のある丈夫な服を身に纏うそいつらは、おそらく軍やそれに準ずる組織で集団訓練を受けていることが雰囲気から伝わってくる。
「デバイスを外して床に置け」
たとえ現代魔法が銃器と対等なスピードを手に入れたといっても、すでに銃を構えられている状態でそれを覆すほどの速さではない。最初は立ち向かおうとしていた生徒達も、悔しそうな表情を隠すことなく次々とデバイスを床に置いていく。
しかしそんな中、ステージ下にいた司波兄妹とステージ上にいたエリはCADを外さなかった。
「おい、おまえらもだ」
当然ながらそいつらの1人が目敏くそれを見つけ、銃口を突きつけながら慎重な足取りで近づいていく。
達也はちらりと、ステージ上のエリに目を遣った。リラックスしたように腕をだらりと下げる彼女だが、その指先にはほんの少しだけ力が込められている。おそらく、彼女の思考1つで即座に何も無い場所から
――これほどの目がある場所では、エリの魔法はさすがにまずい……。
「おい、早くしろ!」
ライフルを突きつけられながら苛立たしげに怒鳴られても、達也は動じることなくエリのことを案じていた。そしてついでとばかりに、目の前のそいつを値踏みするように観察する。
その目が、あまりにも感情の籠もっていないものだったからか。
そいつは思わず、引き金に置いていた人差し指に力を込めてしまった。
「おい、待て――」
仲間の静止も虚しく、そいつの構えるライフルからやかましい発砲音と共に銃弾が発射された。音速よりも遥かに速い銃弾が、3メートルという至近距離から達也目掛けて一直線に空を切り裂いてくる。
しかしその銃弾は、包み込むようにして握りしめられた達也の拳に隠れて見えなくなった。
「――――へっ?」
まるで銃弾を掴み取ったような、それでいて1滴たりとも血を流していない達也に、発砲したテロリストだけでなく、そいつの仲間、果ては会場中の観客が唖然としたように眺めていた。発砲した奴が頻りに床や壁や天井に目を遣るが、どこにも弾痕らしき穴は見当たらない。
男は恐怖で顔を引き攣らせながら、2発目、3発目と立て続けに銃弾を発射した。しかしそのいずれもが、銃弾の軌道に先回りした達也の手によって阻まれ、彼を傷つけるには至らなかった。
「――ば、化け物が!」
パニックになった男はライフルを投げ捨てると、懐のコンバットナイフを抜いて達也に襲い掛かった。パニックになりながらも攻撃を加えようとする辺り、彼もなかなか訓練を積んでいるといえるだろう。
しかし訓練を積んでいるのは、彼だけではなかった。達也は向かってくる男に対して逆に間合いを詰めると、握り込んでいた拳を手刀の形に変えると、ナイフを持つ彼の腕に打ち込んだ。
彼の腕は何の抵抗も無く、達也が手刀を打ち込んだ箇所でばっさりと切り落とされた。
「――――!」
それを見ていた観衆が驚愕に目を見開き、腕を切り落とされた男が痛みに悲鳴をあげる直前、達也はすかさず男の鳩尾に拳を叩き込んだ。彼は静かに床に崩れ落ち、腕の断面から血を流しながら動かなくなった。その際に血飛沫が達也に襲い掛かったが、達也は華麗な体捌きでそれを避けた。敵の血液などという何が入っているか分からないものを、たとえ魔法ですぐに払い落とせるとしても被る気にはなれなかった。
「――き、貴様!」
いち早く我に返ったテロリストの1人が、迅速な動きでライフルを達也に向けた。
達也と深雪がそちらに意識を向け――
「確保っ!」
突然横から飛び掛かってきた1人の人物によって、そいつが取り押さえられたのを目撃した。素早くライフルを遠くに放り投げ、あっという間にそいつを後ろ手に抑え込む彼を合図に、会場のあちこちで魔法科高校の生徒達が一斉にテロリストに襲い掛かった。CADを捨てさせたことで油断していた彼らは、呆気なく生徒達に拘束されることとなった。
会場にいるテロリストが全員無力化されたのを確認すると、達也と深雪は最初にテロリストを取り押さえた彼の下へと歩み寄る。
「ナイスファイトでしたよ、――森崎さん」
深雪がその生徒――森崎に声を掛けると、彼は一瞬だけ表情を緩め、そしてすぐに引き締めた。
「敵はまた襲ってくるかもしれない、くれぐれも油断しないように。――司波達也、おまえもだ」
「ああ、心得ている」
達也の短い返答に森崎は真剣な表情で頷くと、取り押さえたテロリストをロープで縛り始めた。
すると、
「達也くん、大丈夫かい?」
「達也くん! 手は怪我してない?」
厚志やエリカ達が、2人の下へと駆け寄っていった。心配そうな表情を見せるエリカに達也は「大丈夫だよ、ほら」と掌を見せて何回も閉じたり開いたりしてみせた。その仕草にエリカだけでなく、他の面々もホッとしたように胸を撫で下ろす。
とはいえ、それは魔法科高校の面々だけであり、“からくり”を知っている厚志やミルココ達は平然とした表情のままだった。達也は銃弾を素手でキャッチしたのではなく、達也お得意の“分解魔法”によって銃弾の運動エネルギーや銃弾そのものを分解して無力化したのだから、その反応も当然だろう。
とはいえ、至近距離から銃弾を撃たれて即座に反応できる辺り、達也も充分人外に足を踏み入れていると言えるのだが。
「んで、これからどうする?」
「逃げるにしろ追い返すにしろ、とりあえずは正面入口の敵を片づけないとな」
「待ってろ、なんて言わないよな?」
そう言って獰猛な笑みを浮かべるのは、レオとエリカだった。おまえらは護身術で何を学んできたんだ、とツッコミを入れたくなった達也だが、2人の師匠である景が口を開かないので自分が口を挟むことではないと判断して何も言わなかった。
「……別行動して突撃されるよりマシか」
その言葉にレオやエリカはともかく、普段大人しいほのかや美月まで喜色の表情を浮かべるのは如何なものだろうか。
何も起こらなければ良いが、と達也が気を揉んでいると、
「それじゃ、入口の敵を片づけるメンバーを決めようか」
厚志がすかさず、その場の皆にそう提案した。一部のメンバーは不満の表情を顕わにするが、厚志の言葉とあって全員素直に納得しているようだった。
「正面の敵を相手にしている間に、別の部隊がこちらにやって来るかもしれない。だからここは最低限の人数で行こう。そうだね、達也くんと深雪ちゃん、レオくんとエリカちゃん。それと……」
厚志はそこで一旦言葉を区切ると、こちらを見つめる面々をぐるりと見渡し、
「ダッチちゃん、頼めるかな?」
「うん、分かった!」
この中で最年少の見た目をしているダッチを指名したことに、事情を知らない全員が信じられないといった感じに目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って! なんでダッチちゃんを――」
「大丈夫だよ、ダッチちゃんは強いから。――それじゃ達也くん、よろしくね」
厚志の言葉に達也は小さく頷いて応えると、指名された4人を引き連れて会場を後にした。レオとエリカは未だに納得していない様子だったが、彼女をよく知っている達也と深雪が何も言わないところを見て、おそらく何かあるのだろうとそれ以上何も言わなかった。
「それで厚志さん、僕達はここで次の敵に備えますか?」
5人の姿が見えなくなったところで、幹比古が厚志に問い掛けた。本来厚志は魔法師でも何でもない一般人なのだが、もはやそう考えている者は誰1人いなかった。
「とりあえず、情報が欲しいところだね。この様子からして、かなり大規模な戦闘が行われている。下手に動いたら泥沼に嵌るかもしれない」
「だったら、VIP会議室を使ったら良いと思う」
手を挙げた雫の発言に、その場にいる全員が彼女へと顔を向けた。
「あそこは閣僚級の政治家や経済団体トップの会合に使われるような部屋だから、大抵の情報にはアクセスできると思う」
「そんな部屋があるの? 聞いたことないんだけど」
「成程、お父さん絡みの部屋だね?」
確かに雫の父親である北山潮ならば、そのような部屋に出入りしていても不思議ではない。厚志の言葉に、雫はこくりと頷いた。
「暗証キーも、アクセスコードも知ってる」
「……小父様、雫を溺愛してるから」
「よし、それじゃそこに行こう。メンバーは雫ちゃんはもちろん行くとして……、私と幹比古くん、それとミルココにエリちゃんにモカちゃん――この7人で行こう」
「あの、厚志さん! 私達は!」
縋りつくようにして厚志に問い掛けたのは、ここまで名前を呼ばれていないほのかだった。彼女の傍にいる美月も、不安そうな表情でこちらを見遣っている。
「君達には、一番重要な仕事を頼もうと思う。――真由美ちゃん、いるかな!」
「はい、います! どうしましたか!」
あずさや鈴音と集まって何やら話していた真由美が、厚志の呼び掛けに即座に反応して傍まで駆け寄ってきた。
「ここにいる人達を全員避難させるのに、最も効率的なルートは分かるかな?」
「……地下通路を使って駅の避難シェルターに行くのが、おそらく最も確実かと思われます。しかし敵部隊に遭遇したときは逃げることができませんので正面衝突になりますし、地下通路そのものを破壊されて生き埋めになる危険性もあります。しかしこれだけの人数を地上のルートで避難させるというのも、はぐれる危険もありますし何より目立つので――」
「よし、地下で行こう」
真由美の話を聞いて、厚志は迷うことなく地下を進むことを決めた。そしてその場にいる全員へと向き直り、
「リカルド、マッド。それから洋子さん達も、彼らが避難するのを手伝ってもらえますか? 美月ちゃんとほのかちゃんも、みんなのサポートをお願いできる?」
「分かりました」
「……了解です! 厚志さん達も、無事に戻ってきてください!」
ほのかの返事が一瞬遅れたのは、厚志と行動を共にできないことと、共に行動するには実力が足りないことを気に病んだからかもしれない。しかしすぐに気を持ち直して返事をしたことから、彼女に関しては何も心配することはないだろう。
「小野さんも、小春ちゃんと千秋ちゃんと一緒に避難してください」
「……はい、了解しました」
こちらも返事に少しだけ間があったが、おそらくほのかと違う理由からだろう。厚志は彼女の返事に頷くと、視線だけを別の方へと向けた。今まで気配を消して席に座っていた1人の男が、小さく頷いて腰を上げた。
「厚志さん、私はここに残ろうと思います。十師族の一員として、私にはこの戦いに参加する義務がありますので」
「分かった。それじゃまずは、会場に残ってるプレゼンのデータを破壊してくれるかな? テロリストの狙いはそれかもしれないし」
「了解しました。避難の指揮はあーちゃ……中条会長に取らせます」
真由美はそう言うと小さく頭を下げ、すぐさまあずさ達のいる場所へと戻っていった。
「良いかい、みんな。これは演習じゃなく、実戦だ。実戦で重要なことは、とにかく“生きて帰ること”だ。――絶対に、生きて戻ってくるように」
「――はいっ!」
全員の力強い返事をきっかけに、皆がそれぞれ行動を開始した。
【現在状況】
達也・深雪・ダッチ・レオ・エリカ……正面入口の敵を殲滅するべく行動開始
厚志・ミルク・ココア・エリ・モカ・幹比古・雫……VIPルームにて情報を取得するべく行動開始
洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……観客を避難させるべく行動開始