魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第61話 『※注意 彼は別にふざけているわけではありません』

 達也や厚志達が行動を開始してホールから姿を消した直後、一際大きい爆音と振動がホールに襲い掛かった。無秩序な叫び声や怒鳴り声が人々の神経をすり減らし、このままでは暴動にも似たパニックが引き起こされるまで時間の問題である。

「――中条生徒会長」

 危うい状態の彼らを前に右往左往していたあずさは、普段の“あーちゃん”呼びとは違う真由美の凛としたその声にハッとなって振り返った。

「このままだと怪我人が出るパニック状態になるし、避難をすることもできない。だからあなたの魔法で、この人達を落ち着かせてちょうだい」

 そしてその声に違わぬ真剣な表情で告げられた真由美の言葉に、あずさは思わず息を呑む。

「で、でも、あの魔法は――」

「こういうときのために、あなたの魔法は存在しているはずよ。私でも摩利でも鈴音でもない、あずさ、あなたの魔法が今必要なの」

「……分かりました」

「大丈夫、責任は私が取るわ。“七草”の名前が伊達じゃないってことを、見せてあげるわ」

 そう言ってコミカルにウィンクをしてみせる真由美に、あずさは力強く頷いて客席へと向き直った。すでにあちこちで押し合いの問答が始まっており、全体に波及するまで一刻の猶予も無い。

「おっ、何かやる気か?」

 そしてあずさの様子に只事ではないと悟った洋子が、面白半分に笑みを浮かべて真由美に尋ねてきた。

「ええ。彼女には、彼女だけにしか使えない“情動干渉魔法”があります」

「ジョードー……って、何だ?」

「情動、です。いわば精神干渉魔法の1つですよ。他の魔法よりも使用に著しい規制が掛かっています」

 首をかしげる洋子に景が説明を入れている間にも、あずさは襟元から手に隠れるほどに小さなロケットを取り出していた。チェーンを外して握り込んだそれにサイオンを流し込むと、そこを基点としてサイオンが噴き出して弓の形を作り出した。

 そしてあずさが、サイオンで出来た弓の弦部分に指を引っ掛け、弾いた。

 その瞬間、霊子(プシオン)を震わせた波動がホール全体に波紋のように伝わった。まるで砂漠を歩く旅人が1滴の雨粒に足を止めて見上げるように、観客は無意識に働きかけたその波動に手を止め、口を止め、思考を止め、僅か3秒ほどの間にホール内は静まり返った。

 これこそが、中条あずさのみが使用できる情動干渉魔法“梓弓”(あずさゆみ)である。

「成程ねぇ、確かにこれは強力だわ」

「もし戦闘中に使われでもしたら、強制的に隙を作らされるんでしょう? そりゃ命取りだわ」

 何やら物騒な会話をしている洋子と景を無視して、真由美がスピーカーを通して会場全体に呼び掛ける。

『私は第一高校前生徒会長、七草真由美です』

 落ち着きを取り戻した観客が、一斉に彼女の方を向く。

『現在この街は、侵略を受けています。港に停泊中の所属不明艦からロケット砲による攻撃が行われ、それに呼応するように市街に潜伏していたゲリラ兵が蜂起したと思われます』

 その言葉には観客だけでなく、あずさや鈴音ですら驚きの表情を浮かべた。しかし十師族の一員である彼女がそう言ったということは、たとえどれだけ信じがたいことだとしてもそれが事実なのである。それだけ、十師族としての言葉は重い意味を持つ。

『皆さんがご存知の通り、ここは駅のシェルターに地下通路で繋がっています。そこならば、充分な収容力があるでしょう。しかしシェルターは災害と空襲に備えたものであり、このような陸上歩兵に対しては万全とはいえません。しかしこのままここに留まることも、ましてや市外に脱出するなど危険極まります』

 真由美の言葉に生徒だけでなく、本来ならこういった混乱を率先して収束させるはずの大人達でさえ呆然と聞き入っていた。

『各校の代表はすぐに生徒を集めて行動を開始してください! 一刻の猶予もありません! 九校関係者以外の方につきましては、残念ながらこちらでは身の安全を保障できません! 各自で判断して行動してもらいたいと思います! シェルターへ行くなら我々と共に地下通路へ! 脱出をお考えなら、沿岸防衛隊が瑞穂埠頭に輸送船を向かわせているとの情報が入っています!』

 真由美はそこでスピーカーを切ると、あずさへと顔を向けた。

「それじゃあーちゃん、後は頼んだわね」

「えっ、会ちょ――じゃなくて、真由美さん?」

「そう、よく分かってるわね。今の一高生徒会長はあなたよ。大丈夫、あなたは私が直々に鍛え上げたんだから。――私は、私のできることをしに行ってくるわ」

 

 

 *         *         *

 

 

 正面出入口の前は、ライフルと魔法の撃ち合いになっていた。ゲリラ兵を迎撃しているのは協会が手配したプロの魔法師だが、すでに正面ゲートを突破されていることから分かる通り、ゲリラ兵の持つ対魔法師用装備もあって劣勢であり、すでに何人もの魔法師が負傷して倒れている。

 先頭を走っていた達也が、出入口の扉の前で足を止めた。深雪とダッチはそれに倣って即座に立ち止まり、我先にと走っていたレオとエリカもすんでのところでブレーキが間に合った。

 残っている敵の数、実に30。

「どうする、達也くん? さすがにこのまま突っ込むのはまずいでしょ?」

「そうだな。――深雪、銃を黙らせてくれ」

 達也の言葉にレオとエリカが「えっ?」と戸惑いの表情を浮かべる中、深雪はなぜか照れたように頬を紅く染めて、

「かしこまりました。ですがお兄様、30人を1度にとなると……」

「ああ、分かっているさ」

 達也はそう言って左手を差し出し、深雪はそっとその手に自分の右手の指を絡めた。どこか恍惚としたような表情はどう考えても肉親に対するものではなかったが、レオとエリカがそれに触れる直前に深雪の表情が引き締まったのでツッコミを入れるタイミングを失ってしまった。

 いつの間にか握られていたCADを、ドアの陰からゲリラ兵達に向ける。

 そして魔法が発動した瞬間、ライフルが突然沈黙した。当然ながら、ゲリラ兵達は驚いたような表情を見せる。

 深雪が使用したのは“凍火”(フリーズ・フレイム)という、対象物の熱量を一定以下に抑制する魔法である。銃とは火薬を燃焼させて生じるガス圧によって銃弾を発射させる武器であり、つまりはその火薬が燃焼しなければ銃弾は発射されない。深雪の魔法は、ゲリラ兵が持つ30丁のライフルを使い物にならなくしたのである。

「よし!」

 ライフルが使えなくなったと知るや即座に飛び出そうとしたレオとエリカだったが、達也が右腕を横に伸ばすことでそれは遮られた。

 2人が抗議しようと口を開きかけ、

「ダッチ」

「オッケー」

 達也が短くダッチに呼び掛け、彼女はそれに気楽な声で応えると、彼女の体はまるで水面に飛び込むように床に潜り込んでその姿を消してしまった。

「――――!」

「……今のって、確か“亜空間移動”だっけ?」

 レオは驚きで息を呑み、エリカが達也に問い掛けた。

 そして達也が、彼女の質問に首肯で答えたそのとき、

「ぎゃっ――」

 短い悲鳴が正面入口から聞こえ、レオとエリカはドアの陰から僅かに顔を出して様子を伺った。

「え――」

 2人が見たのは、30人ものゲリラ兵が1人残らず体を切り裂かれて地面に倒れ伏す光景だった。床を自分の血で真っ赤に染めて呻き声をあげる彼らは、おそらくこのまま放っておけばそう時間も掛からずに命が尽きるだろう。

 そしてそんな惨状のど真ん中に、小学校低学年ほどにしか見えない少女――ダッチが堂々と立っていた。自分の周りに今にも死体になりそうな人間が転がっているというのに、彼女はまるでそれに怯えた様子は無いどころか、それを見届けるように冷徹な表情で見下ろしていた。

「……達也、まさかこれ、ダッチがやったのか?」

 目の前で起こっている出来事なのに、レオはそれを信じることができなかった。

「…………」

 そしてレオの隣では、普段は気の強いエリカが顔を真っ青にしていた。幼い少女が数十人を一度に屠ったことも驚きだが、それ以上に彼女はダッチの“危険性”に気がついていた。

 ――もしあたしが、彼女に命を狙われたら……。

 亜空間能力の恐ろしさは、九校戦にて能力を披露されたときに実感済みだ。どんなセキュリティも意味を成さず、自分の懐で姿を現すまで気配を感じ取ることもできないその能力は、まさに“暗殺”に打って付けだ。そして自分の実力では彼女の攻撃を防ぐことができないと、なまじ剣術を学んできたからこそエリカは気づいてしまったのである。

 彼女が背筋を震わせている間にも、ダッチは再び床にその身を潜り込ませて達也たちの下へと戻ってきた。プールを泳ぐように楽しげな表情を見せる彼女に薄ら寒い感情を抱きながら、ふとレオが思ったことを口にした。

「っていうか、俺達必要無かったんじゃね……?」

「そんなことはない。そもそもダッチだけで片がつくほどの戦力だったとは限らないんだ。集団行動に支障をきたさない程度で戦力に余裕を持たせれば、いざというときに対処がしやすくなる」

「つまりあたし達は“予備”だったってことね……」

「落ち込むな。俺だって“予備”だ」

 恨みがましい視線を向けるレオとエリカに、達也は涼しい顔を崩すことなくいなす。彼がこの程度で取り乱すような性格ではないことは散々知っているので、2人は早々に諦めたように溜息を吐いた。

「まぁ、別に良いけど……。んで、これからどうするの?」

「おそらく厚志さん達の誰かが、プレゼンのデータを破壊しているだろう。敵の狙いがそれである可能性も充分にあるからな。だから俺達も、とりあえずはそこに向かおう」

「うし、それじゃさっさと行こうぜ」

 レオの言葉を皮切りに、5人はすぐさま奥へと引き返していった。

 

 

 

 ちょうどその頃、雫のアクセスコードを使ってVIP会議室に足を踏み入れた厚志達は、警察から受信したマップデータをスクリーンに投影していた。東京湾沿いに広がる街を一望できるその地図は現在、海に面する一帯が危険区域を示す真っ赤な色に染まっていた。そしてその赤は、彼らが見ている間にも内陸部へと拡大している。

「具体的な数は分からないけど、この侵攻速度からして相当の兵力がつぎ込まれていると見て間違いないね。少なくとも1000人、下手すると2000人はいるかもしれない」

「まさかここまでとは……」

 厚志やミルココ達はまだ冷静な反応ができているが、幹比古や雫といった荒事には慣れていない面々は不安な表情を隠し切れていなかった。

「この様子だと、国防軍が到着するよりも敵に捕捉される方が早いだろうね」

「陸路は……無理か。そもそも交通機関が動いてない」

「それじゃ、海?」

「いや、それも厳しいだろうね。出動した船じゃ全員を収容するのは無理だ」

「じゃあ、やっぱりシェルターが一番現実的か……」

「私達も地下通路を使う?」

「この程度の人数だったら、地下通路よりも地上を行った方が確実だろうね」

「よし、それじゃ達也くんたちと連絡を取ってみよう。向こうもそろそろ片付いたかもしれない」

 あっという間に今後の行動指針を決めると、厚志は携帯端末を使って達也に電話を掛けた。市販の携帯端末に見えるそれは独立魔装大隊特製の衛星電話であり、このような非常時でも普段と何ら変わりない速さで電話が繋がる。

『もしもし。どうですか?』

「やっぱり、シェルターに行くのが確実だね。私達は地上から向かおう」

『了解。俺達はプレゼンのデータを破壊してから向かいます』

「それなら、真由美ちゃん達が今やっているところだから、彼女達と落ち合うと良い。私達もそっちに向かうから、そこで今後の行動について話し合おう」

『了解』

 厚志は電話を切って端末をポケットにしまうと、こちらを見遣るミルココ達に視線を向けて小さく頷いた。彼女達も同じように頷くと、素早くVIP会議室から出て廊下を早歩きで進んでいく。

 すると、沢木と服部を従えた克人と出くわした。彼はほんの少しの時間だけ厚志と視線を合わせると、

「沢木、服部。おまえ達は地下通路に向かえ」

「十文字先輩、しかし――」

「この方達は俺が連れて行く。地下通路で避難してる中条達が敵と遭遇するかもしれない」

「はっ!」

「分かりました!」

 最初は戸惑いを見せていた2人だったが、リーダーである克人の決定とあれば聞かないわけにはいかない。2人は踵を返して廊下を駆け抜けていき、やがて姿が見えなくなった。

「厚志さん、どちらへ?」

「プレゼンのデータを破壊してる真由美ちゃん達の所に。達也くんたちともそこで合流することになっているんだ」

「分かりました。俺は会場に逃げ遅れた者がいないか確認してきます」

 克人はそう言って、早足でその場を離れていった。常に誰かの上に立って迅速な判断で誰かに指示を出す姿が印象的な克人の、まるで厚志に全幅の信頼を寄せているかのような行動に、幹比古と雫は驚いたように目を丸くしていた。

「……厚志さん、あなた本当に何者なんですか……?」

「はいはい、気になるのは分かるけど、今はそんな場合じゃないでしょー?」

 ミルクの指摘をもっともだと思ったのか、幹比古はそれ以上何も訊かなかった。それからは誰も口を開くことなく、誰の姿も無い廊下を早足で進んで、各校のデモ機が放置されているステージ裏へとやって来た。

「――厚志さん」

 そしてすでに到着している達也たちの姿を見つけ、厚志達は彼の下へと駆け寄った。

「首尾は?」

「今、全部のデータを消去したところです」

「お疲れ様、達也くん――って、そちらの方は?」

 そう言って会話に割り込んできたのは、花音に五十里という婚約者コンビだった。

「彼らは俺達の知り合いです。心配はいりません」

「……まぁ、達也くんがそう言うなら、そうなんだろうけど……」

「おお、さすが達也。信頼されてるじゃん」

「……いや、この場合“信頼”というのとは少し違う気がするが――」

「みんな揃ったようね。それじゃ、これからどうするか話し合いましょう」

 緩みかけた雰囲気を引き締める真剣な声を発したのは、おそらく控え室に残っていたデモ機のデータを消去していたと思われる真由美だった。彼女の後ろには摩利と鈴音という、何だか懐かしい気分になるメンツが揃っている。

「まずは、全体の状況ね。湾内に侵入した敵艦は1隻、他の敵艦は見当たらないそうよ。上陸した兵力の規模は具体的には分からないけど、海岸近くはほぼ敵に占領されちゃったみたい。陸上の交通機関は完全に麻痺、こっちはゲリラの仕業ね」

「目的は、やっぱり魔法協会支部のメインデータバンクかな?」

 当然のように真由美に質問をしてきた厚志に、事情を知らない面々が訝しげに彼へと視線を向けた。花音と五十里は当然として、摩利と鈴音も面識こそあるものの、未だに避難せずにここにいる彼に首をかしげている。

 しかし真由美は戸惑う素振りも見せずに、厚志の質問に即座に答える。

「おそらくは。重要なデータは京都と横浜で集中管理していますからね。論文コンペに集まった学者さんを狙った、と考えられなくもありませんが……」

「だとすると、もっと敵が襲ってきても良いね」

「そうですね。なので敵の狙いは、魔法協会支部でほぼ間違いないでしょう」

 真由美が厚志の存在に疑問を抱かずに会話を続けたことで、他の面々も自然と彼のことを受け入れるようになった。

「避難船はいつ到着する?」

 摩利の口から出た質問というより確認の意味合いが強い問い掛けに、

「沿岸防衛隊の輸送船はあと10分ほどで到着する見込みだけど、人数に対してキャパが充分じゃないみたい」

「だ、そうだ。シェルターがどの程度余裕があるか分からないが、船を頼れない以上そちらに向かうのが現実的だと思うのだが、どうだろう?」

 全体を見渡しての摩利の言葉に、その場にいた者達は次々と賛同を示すように頷いていた。

 レオ達1年生の視線は、達也に集中していた。

 そんな彼らの視線に応えるように、達也の視線は――まったく別の方を向いていた。

「達也」

 呼び掛けるような、それでいてどこか心配するようなココアの声に達也は答えず、ホルスターからCADを抜いてそれを壁に向けた。

 

 

 *         *         *

 

 

『国際会議場突入部隊から定時連絡無し。――確保を諦め、殲滅にプランを移行しろ』

「了解」

 トラックの運転手は、その通信を合図に行動を開始した。

 道路規格が向上したことにより、トラックなどの業務運搬用の車両はより一層の大型化が実現した。このトラックもその恩恵を受けたものであり、高さ4メートル、幅3メートルと元々大型なうえに、何層もの装甲板を取りつけたことで総重量は30トンという規格外である。

 しかしそれは、荷物を運ぶという目的で改造されたものではない。そもそも荷物の運搬に装甲板は必要無い。

 その男は国際会議場を視界に捉えると、文字通り“まっすぐ”建物へとトラックを走らせていく。みるみる近づいていく会議場に、男はそれでもスピードを緩める気配は無く、それどころかアクセルを踏んでエンジンを吹かしながらスピードを上げた。

 あと数秒ほどで、男の乗ったトラックは会議場の壁に激突するだろう。男はにやりと獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 しかし次の瞬間、男の乗っていたトラックが消失した。

 

 

「――――!」

 トラックが一瞬の内に金属と樹脂の塵と化し、走っていたトラックの慣性に従って運転手(だった男)が空中に放り出された。男はそのままの勢いで地面を転がって壁に激突、金属と樹脂の塵もその勢いで壁を叩いたが、表面に細かい傷を作っただけで内部にダメージは無かった。

 

 

 *         *         *

 

 

「……今、のは?」

 知覚系魔法“マルチスコープ”によって壁の向こう側の景色を見ていた真由美は、建物に突っ込もうとしていたトラックが突然塵となって消え失せた光景を目の当たりにし、呆然とした表情を浮かべていた。その視線は自然と、トラックが向かってきていた方向へまっすぐCADを突きつけていた達也へと向けられる。

 そんな彼女の反応を受け、魔法科高校の生徒達も恐る恐るといった感じで達也に目を向ける。達也は舌打ちをしたい気分になったが、幸いというか、それどころでは無くなった。

「まだ攻撃は続いているわ!」

 真由美が叫んだ通り、今度は小型のミサイルが数発こちらに向かっていた。どうやら敵側は、ここに残っている自分達を危険勢力と判断したらしい。

 しかし達也は今度はCADを向けることなく、今にも飛び出そうと身構えていた厚志とエリに顔を向け「心配いりません」と短く声を掛けた。情報体次元(イデア)に直接アクセスして視界を拡大していた達也の目には、おそらく逃げ遅れた者がいないか探していたであろう克人がミサイルに対処しようと動いているのが見えた。

 しかし達也が「心配ない」と言ったのは、克人が対処してくれるから、ではなかった。

 克人が障壁魔法を展開する直前、ミサイルが空中で突然爆発した。横合いから打ち込まれたソニックブームによるものであり、このような芸当ができるのは国防軍の中でも特殊な兵器に限られる。案の定、会場のすぐ傍にスーパー・ソニック・ランチャーがあった。

 それを確認した達也と真由美が、拡張していた視界を元に戻したそのとき、

「お待たせ」

 突然声を掛けられ、その場にいた全員が声のした方へと顔を向けた。そしてそこに立っていた軍服姿の藤林に、彼らのリアクションは大きく2つに分かれた。達也や厚志達、そして真由美は覚悟を決めるように表情を引き締め、残りのメンバーは軍の関係者が突然現れたことにただただ驚いていた。

 しかし、姿を現したのは彼女だけではなかった。同じ国防陸軍の軍服に身を纏い、少佐の階級章をつけた壮年の男性がやって来たことで、達也は困惑の表情を隠そうともせずに立ち尽くしている。しかも彼が厚志の前までまっすぐ歩いていき、厚志もそれに応えるように背筋を正すものだから尚更である。

「――特尉、情報規制は一時的に解除されています」

 彼の隣に立った藤林の言葉に、達也は困惑を消して姿勢を正し、男性に対して敬礼で応えた。その姿を深雪やミルココ達、つまり魔法科高校に入る前から達也を知っている面々は平然とした表情で見守り、そうでない面々(ちょうどステージ裏にやって来た克人も含めて)は驚きで目を丸くしている。

 ちなみに達也と同じように敬礼をする厚志に対しては、特に彼らは驚いた様子を見せなかった。達也のことでそれどころではなかったのか、あるいは彼ならばさほど不思議ではないと思ったのか、少し気になるところではあるが事態はそれほど悠長ではない。

「国防陸軍少佐、風間玄信(はるのぶ)です。訳あって、所属についてはご勘弁願いたい」

「貴官が、あの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 その場にいる全員に呼び掛けるように名乗った風間に、返事をしたのは克人1人だけだった。風間は彼に小さく一礼すると、隣にいる藤林に「状況を説明してさしあげろ」と命令した。

「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各1個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 藤林の説明に風間は「ご苦労」と短く労いの言葉を掛けると、その体を厚志へと向けた。

「さて、高田厚志殿。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出勤中だった我が隊も防衛に加わるよう命令が下った。隊長として、貴公と特尉に出動を要請したい。許可を頂けますか?」

 軍人が一民間人に出動を要請する(“命令”ではなく)という信じられない光景に摩利やエリカが口を開きかけたが、風間は視線1つでその動きを封じた。

「国防軍は皆さんに対し、高田厚志殿並びに特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であることをご理解されたい」

 彼から放たれるプレッシャーで彼女達が口を閉ざしたそのとき、

「了解した。高田厚志並びに“大黒竜也”は風間少佐の出動要請に応じる」

 いつもニコニコと笑っていた厚志の真剣で重苦しいその声に、今まで彼のそんな姿を見たことのなかったエリカ達がヒュッと息を呑む音が聞こえた。

 そしてそれと同時に、その成り行きを見つめていた達也が小さく溜息を吐いて襟を正した。

「特尉、君の考案したムーバル・スーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう。――厚志さんもご一緒に」

 それを待っていたかのように真田大尉が達也の傍へと駆け寄り、2人の行動を促した。

 しかし、厚志は手を挙げてそれを制した。

「いや、私はここで大丈夫。

 

 

 ――ここで、変身しよう」

 

 

「――――! しかし厚志さん、ここには大勢の目が――」

「いずれ彼らには明かそうと思っていました。そしてそのタイミングが、今やって来ただけのことですよ」

 そう言って皆へと視線を向け笑い掛けるその姿は、エリカ達が常日頃見慣れている厚志の姿そのものだった。

 しかし、彼女達は理解していた。

 おそらく今から、これまでの自分達の関係を大きく変質させる出来事が待ち構えている、と。

 真田は困惑するように風間へと視線を向けたが、彼が何も言わず小さく頷くのを見てそれ以上何も言わずに引き下がった。そうしている間にも、厚志はポケットからペンダントのようなものを取り出した。小さなベルとリボンをあしらったそれは、厚志よりも少女が持っていた方が様になるような気がする。

「な、なぁ……。今から何が始まるんだ? 厚志さん、“変身”とか言ってた気がするけど……」

「分からない……。変身ってことは、実は厚志さんは普通の人間じゃなくて、変身することで戦力が高まるって感じかしら……?」

 ひそひそと話すエリカとレオの傍で、幹比古も厚志の動向に注目していた。

 と、そのとき、彼は唐突に数ヶ月前の出来事を思い出した。

 それは九校戦が始まる前の懇親会、厚志と共にスタッフとして会場に潜り込んでいたとき、只者ではないと感じた彼に幹比古が何者か尋ねたときのことだった。

 そのとき彼は、こう答えていた。

 ――「幹比古くん、実は私……、“魔法少女”なんだ」

「…………、えっ?」

 そのときは、答えをはぐらかされたのだと幹比古は感じた。なぜなら彼の話していたことは荒唐無稽で、とても信用できるものではなかったからである。

 ――「今から3年前にミルココと出会って、彼女達の持ってた魔法の杖で魔法少女になったんだ」

 だがしかし、

「ちょっと待って……」

 ――「彼女達は元々天界に所属している天使だったんだが色々あって堕天使となり、今は魔法少女である私のサポートをしてくれている」

 もしも彼の言っていたことが、

「いやいや、嘘でしょ……?」

 ――「ダッチやモカ、リカルドやマッドは元々私と対立していた魔族だったんだが、根はとても良い子達でね、今は私と共に戦ってくれているよ」

 一字一句、すべて本当のことだとしたら、

「厚志さ――」

「マジカル・トラアアアアアアアアアアアアアアンス!」

 幹比古の声を塗り潰す厚志の叫びが、ステージ裏を突き抜けてホール中に鳴り響いた。幹比古を始めとしてエリカやレオや雫、それから摩利と鈴音といったメンバーが突然光り出した厚志の姿に目を奪われ、真由美と克人がこれから目の前に現れるであろう彼の姿に備えて自然と身構える姿勢を取る。

 そして厚志は彼らの前で一瞬だけ真っ裸になり、彼の体に布が纏われていき、徐々にそれが服へと変貌を遂げていく。全体的にピンク色をした、短いスカートをどこからか吹き込んでくる風でひらひらと可愛らしくたなびかせ、小さな女の子が好みそうな可愛らしい装飾品をきらきらと輝かせている。

 そんな服を着ているのは、身長が2メートルにもなる、限界まで鍛え上げられた体を持つ大男(30代後半)だった。

 そして厚志は、“変身”を完了した。手には大きなベルが特徴のステッキを持ち、昔のアニメで見るような“魔法少女”の格好をした高田厚志の姿が、悠然とそこに存在していた。

 

 

「魔法少女プリティ☆ベル――推参!」

「ちょっと待って! 頭がついていかない!」

 

 

 変身が終わった途端、エリカが思わず叫び声をあげた。彼女の傍では、レオや幹比古といった事情を知らない面々が顔色を悪くして頭を抱えていた。

「えっ! 何、今どういう状況なの! 誰か説明して!」

「残念ながら説明している時間は無い。今は一刻を争うんだ」

「いや、それは分かってるけど! このまま混乱した頭で戦場に向かうのはさすがに――」

「もう、エリカさん。今は遊んでる場合じゃないんだよ?」

「えぇっ! エリちゃんにマジなトーンで怒られた! なんで! あたしがおかしいの?」

「とりあえずこの騒動が終わったら後でちゃんと話すから、それまで我慢してくれないかな?」

「そりゃそれが一番なのは分かってますけど、今まで自分達が頼りにしてきた大人が突然魔法少女の姿になったのを目の当たりにしたあたし達の気持ちも考えて――」

「待ってください、お兄様! 深雪を連れて行ってくださらないのなら、せめて――」

「こっちはこっちで何かドラマ始まってるし! ああもう面倒くせぇな!」

 怒濤の展開にとうとう口調までおかしくなってしまったエリカを放って、深雪は達也の傍へと駆け寄っていった。その場を離れようとしていた達也は振り返ると、ゆっくりと片膝をついて彼女を出迎える。

 そして深雪は彼の頬に両手を添えると、彼の額に優しく口づけた。名残惜しそうに唇を離し、彼から少しも目を離さずにゆっくりと後ずさる。

 すると次の瞬間、彼の体が眩い光に包まれた。

 皆が思わず目を逸らすその光は、物理的なものではなく魔法の根源と呼ばれる粒子だった。普通では考えられないほどに活性化したサイオンが、達也の体を包み込むように吹き荒れている。やがてその光が収まった後も、サイオンは彼の周囲で静かに渦巻いている。

「ご存分に」

「ああ、征ってくる」

 スカートを摘んで優雅に膝を折る深雪に、達也は力強く返事をした。そして魔法少女姿の厚志へと顔を向け、

「俺はトレーラーにある新兵器の準備をしてから向かいます」

「分かった。私は先に行ってるよ。――“ダブル・バイセップス”!」

 厚志がそう叫んで胸を大きく反らしながら腕を肩の高さまで上げて肘を上に曲げた瞬間、厚志の体から極太のレーザーが真上に発射され、天井を突き抜けてなおも勢いが弱まることはなく、最終的に屋根を突き破って天空を貫いた。おそらく敵にも勘づかれたであろうそのレーザーが消えると、屋内にも拘わらず厚志の真上には空が見えた。

 そして厚志はその穴へと飛び込み、まるで打ち上げられたミサイルのように外へ飛び出していった。それを見送った達也は、真田に連れられてその場を離れていった。

 2人がいなくなってしばらくの間、誰もその場を動き出すことはなかった。エリやミルココ達はいつでも動くことができるのだが、ショックから立ち直っていないであろうメンバーのことを考えて待機している。

 やがて、エリカがぽつりと呟くように言った。

「……達也くんが光り出したとき、『まさか達也くんも魔法少女に……?』って思った」

「ああ、一瞬覚悟を決めた自分を殴りたくなったよ」

 彼女に続いたレオの言葉に、幹比古達は沈痛な表情を浮かべたまま小さく頷き、ミルココ達は苦笑いを浮かべて彼らに同情した。




【現在状況】

厚志……プリティ☆ベルに変身し、出陣

達也……独立魔装大隊と合流、出撃準備中

深雪・レオ・エリカ・幹比古・雫・ミルク・ココア・エリ・ダッチ・モカ……国際会議場ステージ裏にて、厚志と達也の出撃を見送る

真由美・克人・摩利・鈴音・五十里・花音……深雪達のチームと合流、厚志と達也の出撃を見送る

洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……他の観客と共に、地下通路にて駅シェルターへと移動中
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