沢木と服部は現在、地下道を全速力で走っているところだった。地下道を使って駅のシェルターまで避難している人々が敵と遭遇したときに対処するよう、克人から命令されたからである。
地下道といっても洞窟のような薄汚い場所ではなく、しっかりと整備されているため幅は広く、非常灯も備えつけられているため明るい。しかしそれは、余計な遮蔽物が無く視界も明るいために身を隠す場所が無いということにもなる。元々自然災害や空襲に対する避難ルートとして作られたので、通路内で戦闘することを想定していないのである。
と、そのとき、2人は十字路を曲がった先が何やら騒がしいことに気がついた。衝突音や破裂音、そして人々の悲鳴が聞こえるその辺りは、避難を始めた時間とグループの移動速度からして、あずさ達のグループが現在いると予測できる地点と非常に近い。
「――まさか、ゲリラと戦闘しているのか!」
「急ぐぞ、服部!」
緊急事態ということで、2人は温存していた魔法力を解放して自己加速術式を発動した。全速力以上のスピードで走る2人は、その勢いを殺すことなく十字路を曲がって飛び出していく。
そんな2人の目の前に文字通り飛び込んできたのは、ハイネックのセーターにジャンパーにカーゴパンツという出で立ちの男だった。奇襲かと待ち構えた2人だったが、そいつはこちらに背中を向けており、手足を無気力に投げ出していることから、何かしらの攻撃を受けて吹っ飛ばされている最中だということが分かる。
2人が体を僅かにずらしたことで、男は何物にも受け止められることなく床に衝突した。べしゃり、と気持ちの悪い音と赤い液体が撒き散らされたことに2人は疑問に思ったが、それは男を見たときにすぐに解消された。
男の腹部には、大きな穴が空いていた。穴は背中まで貫通しており、仰向けに転がっている男によって隠されるはずの床がよく見えている。実戦で鍛えている2人ですら、男の姿に顔をしかめるほどだった。
そして2人が前に目を向けると、そこには“惨劇”と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。
しかしそれは“自分達にとって”という意味ではなかったことが、何よりの救いだっただろう。
「おいおい、何ふぬけてんだよ! てめぇらから吹っ掛けてきた“喧嘩”だろうが!」
「人を殺しても良いのは殺される覚悟のある奴だけだ、なんてね」
「まぁまぁ、何事も穏便に済ませられればそれが一番ですから」
ゲリラを相手にしているのは、魔法科高校の生徒でも教師でも、ましてや論文コンペに招待されていた学者でもなく、何の変哲も無い一般の女性3人だった。長い髪を後ろで縛った気の強そうな女性、眼鏡を掛けた気怠げな女性、長い金髪にバンダナをつけたおっとりとした女性の手にはそれぞれ、柄の長いハンマー、金色の剣、金色の槍が握られている。そして彼女達の周りには、頭部と胴体部分が人間の女性の形をした鳥のような不思議な生物が飛び交っている。
そして彼女達の後ろを守るのは、普通の人間の何倍もの大きさに膨れ上がっているコートを着た大男だった。彼の背後には、彼からはみ出さないように縦長に並んで座る避難者達がおり、時々3人の女性を掠めて飛んでくる銃弾を完璧に防いでいた。
そして3人の女性の前方は、地獄絵図となっていた。床や壁には真っ赤な液体がべっとりと貼りつき、通路のあちこちにはゲリラ兵らしき者達が転がっていた(“らしき”としか表現できないのは、つまりそういうことである)。ゲリラ兵達も必死にハイパワーライフルで応戦しているようだが、彼女達のハンマーや剣や槍によって次々と悲鳴をあげて倒れていく。特に剣と槍は、どこからともなく空中に現れて恐ろしいスピードで飛んでくるのだから避けようがない。
沢木と服部が唖然としている間に、どうやら戦闘が終わったらしい。目の前に立っているゲリラ兵がいなくなったのを確認した3人がやれやれといった感じに溜息を吐くと、手に握っていた武器が一瞬だけ光ってどこかへと消えていった。彼女達の周りを飛び交う鳥のような生物も、同じタイミングで姿を消す。
魔法科高校の中でも成績優秀者である沢木と服部ですら、目の前で行われていることがまるで理解できなかった。何も無い所から武器を出し、必要が無くなればまた影も形も無く消すことができる魔法など、現代魔法でも古式魔法でも聞いたことがない。地球上に存在しているとは思えない先程の生物も合わせて、何もかもが常識の埒外だった。
「……森崎、彼女達は何者なんだ?」
湧き上がってくる疑問に堪えきれなくなったのか、沢木が群衆の中からたまたま目に着いた森崎に近づいて問い掛けた。同じように呆然と女性達を見ていた彼は、戸惑いながらも口を開く。
「え、えっと、僕はあの中にいる眼鏡の女性と元々顔見知りだったのですが……、僕も彼女のあんな姿を見たのは初めてです……。正直、分からないことばかり起きてて何が何だか……」
「ゲリラ兵に遭遇したときは、どんな様子だったんだ?」
「えっと……、僕や中条会長が何とか食い止めようとCADを構えようとしたら、彼女達が『子供は後ろに下がってなさい』と言って真っ先に飛び出して、……気がついたらこうなりました」
「……訳が分からんな」
「彼女達が味方だったことがせめてもの救い、ということでしょうか……?」
自分達の敵ではないと分かっていながらも、彼女達を見つめる沢木と服部の目つきは鋭かった。
* * *
藤林が引き連れている部隊は、オフロード車2台に本人も含めて8人という分隊にも満たない小規模なものだった。しかし彼らの姿を見た真由美達は、それを見て不安に思うことはなかった。人数を補って余りあるほどの手練れであることが、雰囲気からして疑う余地のないものだと分かったからである。
「真由美さん、残念ですが全員は乗れません」
「……いえ、大丈夫です。最初から徒歩で向かうつもりでしたので」
「しかしそれでは、あまり長距離は進めません。どちらへ向かう予定ですか?」
藤林が克人ではなく真由美に話し掛けたのは、単純に彼女が顔見知りだからだろう。しかし真由美としては、明らかに自分よりこういうシチュエーションに慣れているだろう克人に相談してほしかった。
「ところで、敵と味方の配置ってどんな感じ?」
するとミルクが、横から割り込んで藤林に質問した。
「保土ヶ谷の部隊は野毛山を本陣として、小隊単位でゲリラの掃討に当たっているわ。山下埠頭の敵偽装艦も、小規模ながら機動部隊を上陸させ始めている。そうなればじきに海岸地区は戦火の真っ只中に置かれることになるから、内陸へ避難した方が良いでしょうね」
「えっと……、それじゃ、予定通り駅のシェルターに避難する……?」
真由美は不安そうな表情で克人へと視線を向け、彼が力強く頷いたことでホッと胸を撫で下ろした。その遣り取りを見ていた藤林が、前と後ろを車で固めながらゆっくりと移動することを提案、真由美はそれを了承して全員で駅へと向かおうとした、
まさにそのときだった。
「藤林少尉、誠に勝手ではありますが、車を1台貸していただけますか?」
背後から声を掛けられた藤林は、タイムラグ無しで振り返った。反応が早いというよりも、声を掛けられることを予期していたといった感じだった。
「理由は?」
「魔法協会支部へ行き、戦闘に参加するためです」
聞く者の体にずっしりとのし掛かるような重い声には、年若い少年が抱きがちな薄っぺらいヒロイズムとはまるで違う、いわば“覚悟”が滲み出ていた。
しかしながら、摩利は声をあげずにはいられなかった。
「なぜだ、十文字! あたし達と一緒にシェルターに行けば良いじゃないか!」
「俺は代理とはいえ、師族会議の一員として魔法協会に対する責務を果たさなければならない」
「しかし、十文字はまだ――」
なおも食い下がろうとする摩利を止めたのは、真由美だった。普段はニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼女が、口を引き結んだまま黙って首を横に振る様子に、摩利は彼女の制止を振り払うことができなかった。
「――分かりました。楯岡軍曹、音羽伍長。十文字さんを護衛なさい」
藤林の命令に部下2人が敬礼で返すと、2台しかない貴重な車の内1台を克人に分け与えた。
彼女に頭を下げる克人に、エリが近づいていく。
「……どうした、美咲?」
「克人さん、死なないでね」
それはとてもシンプルな言葉であり、それを口にした彼女の表情も平時と何ら変わりなかった。しかし克人は、その言葉に込められた想いを履き違えることはなかった。
「――ああ」
克人はエリの目をまっすぐ見つめ、短くそう答えた。藤林の部下2人と車に乗り込むのを見送ったエリ達に、もう一方の車の荷台に立って呼び掛ける藤林の声が届く。
「さて、行きましょう。無駄にできる時間はありませんよ」
* * *
第三高校の代表団とその応援団は、来たときに利用したバスで避難する方針だった。バスは国際会議場から離れた大型車両専用の駐車場に停められており、避難の船が到着する予定の埠頭よりも近いとはいえ、結構な距離を歩かなければいけなかった。
「まったく、なんでこんな離れた所に……」
「そういう街の構造なんだから仕方ないでしょ。日帰りのつもりで運転手を待機させてただけでも幸運だったんだから、文句言わないの」
つい愚痴を零してしまった将輝に、真紅郎が割と本気のトーンで怒っていた。
しかし真紅郎は口ではそう言っているものの、駐車場の位置が敵の偽装戦闘艦が接岸している埠頭に近いというのは不安に思っていた。とはいえ尚武の気風が強い第三高校の生徒にとっては、『卑劣な侵略者が怖くて魔法師ができるか』とばかりに気勢を上げる要員となっているようだ。
だからこそ、真紅郎は不安だった。いくら第三高校のカリキュラムが実戦向きとはいえ、実際に人を殺すような戦闘を経験した生徒などごく少数だ。今回引率している教師もイベントの性質上学者肌の人間ばかりで、いざというときに動けるかどうかは疑問が残る。
そんなことを考えている内に、ようやく自分達の乗ってきたバスが姿を現した。耐熱耐衝撃の軍事車両と同じ装甲板を取りつけているあのバスならば、一旦乗ってしまえばよほどの集中攻撃を受けない限り街からの脱出は可能だ。
将輝と真紅郎がホッと一息吐いた、その瞬間、
「あ」
「あ」
2人の目の前で、バスがロケット砲の爆撃を受けた。幸いにも着弾地点は最後尾付近だったので、運転手は即座に脱出して無事だったし、車体も若干焼け焦げているが穴の空いた様子は無い。
その代わり、タイヤは無惨なことになっているが。
「――この野郎!」
一瞬で臨界点に達した将輝を真紅郎は落ち着かせようとし、すぐに放っておくことにした。タイヤを交換するまでの間、敵をバスに近づけさせてはいけない。だったら将輝を好きに暴れさせておいた方が都合が良い。
「先生、敵は将輝に任せてタイヤの交換をしましょう」
「き、吉祥寺。そうは言っても――」
「ここは大型車両や特殊車両専用の駐車場です。簡単な整備をするための施設も併設されているので、タイヤのストックくらいは常備しているはずですよ」
「そ、そうか! ――よし、手の空いてる者は交換用のタイヤを探してきてくれ!」
教師の呼び掛ける声と共に、その場にいたほとんどの生徒が動き出した。上級生も教師も、皆が1年生の真紅郎を中心に動き始める。
そして彼らの声を背後で聞きながら、将輝はホルスターからCADを取り出した。
* * *
実態はどうであれ、名目上はあずさが率いてきた国際会議場からの避難者集団は、ようやく駅のシェルター入口まで辿り着いた。100人規模もの集団を1人の取り零しも無く、いつやって来るか分からないゲリラ兵の警戒と撃退をしながらの移動は想像以上の困難さであった。
災害時ならば自由に出入りできるドアも、敵の勢力が
そんなときだった。
「皆さん! 頭を庇って伏せてください!」
最初に異変に気づいた廿楽の叫びと共に、地下通路の天井に嫌な音が響いた。コンクリートが軋み、照明が突然途絶え、天井や床に亀裂が走る。
その瞬間、皆の反応は様々だった。悲鳴をあげる者、ただしゃがみ込む者、落ちてくる鉄とコンクリートを土砂に変えようと魔法を試みる者――。それら全員が、天井が崩壊する轟音と共に土埃に巻き込まれてその姿を隠していった。
「えっ――」
中にいる人間との交渉のため入口に一番近い場所にいたあずさは、その轟音で異変に気づいて後ろを振り返った。そして、つい先程自分達が通ってきた地下通路が土埃を巻き起こして見えなくなっていくのを目撃した。
いくら扉の外とはいえ、自分はシェルターの近くにいるから問題ない。
しかし、他の者は――
最悪の事態を想定したあずさだが、それは土埃が晴れてシェルター入口に続く通路の明かりで照らされることで否定された。
崩落した天井のコンクリート破片が、円弧状に噛み合って絶妙なバランスで互いの重量を支え、人が中腰で立てるほどの空間を作り出していたのである。まるで奇跡のような偶然だが、あずさはこの出来事が偶然なんかではないことにすぐ思い至った。
――そうか! 廿楽先生の“ポリヒドラ・ハンドル”で!
廿楽の専攻は魔法幾何学、その中でも多面体理論と呼ばれる分野を研究している。マクロ現象を三角錐や四角柱などの単純な多面体の集合で捉え、仮想多面体の運動で現象の変動を把握し、仮想多面体の運動を制御する魔法式で事象を改変する理論である。
つまり廿楽は1つの出来事を多数の要素によって成立する結果として捉え、その要素の一部を改変することで結果をも改変させることができる。地下通路の崩壊を避けられないと悟った彼の手により、土砂の圧力によってアーチが形成されるように破片をビリヤードのようにコントロールしたのだろう。
しかしこの魔法は、破片そのものの耐久力が上がったわけではない。地下通路の崩壊に生じる圧力を利用しているだけであり、破片そのものが壊れてしまえばどうしようもない。
「早くシェルターへ!」
廿楽の悲痛の叫びが、生き埋めを覚悟して放心状態になっていた人々を動かした。あずさも必死に中の人間を説得し、その甲斐あってようやく扉が開かれた。人々が一気にシェルターへと雪崩れ込み、入口周辺はちょっとしたパニック状態になっている。
しかしこれで、ひとまずは安心だ。
廿楽がそう思ってホッと胸を撫で下ろしたそのとき、アーチを形成していたコンクリート破片に亀裂が走った。まだ全体の3割ほどが地下通路に取り残されたままである。
「しまっ――」
廿楽の表情に焦りが浮かんだその瞬間、圧力に耐えきれなくなった破片がさらに細かい破片へと崩れ、今度こそ地下通路は人々を巻き込んで崩壊――
「させるかぁ!」
する直前、気合いの雄叫びと共にマッドが飛び出した。それと共に彼の体から飛び出した短冊状の布が辺りに張り巡らされていき、崩れ落ちていく破片を受け止めた。布はコンクリートの破片を幾つも支えながら破れる様子は無く、廿楽が作ったアーチをそのままの形に留めた。
「君は――」
「良いから、早く避難!」
苦しそうな表情を見せるマッドに、我に返った廿楽が避難を促した。残りの人々も次々とシェルターへと逃げ込み、残るは廿楽とマッドのみとなった。後ろに誰も残っていないことを確認した2人は、マッドが天井の支えを解いた瞬間にシェルター入口へと駆け込んでいく。
そして2人の体がシェルターに続く通路へ到達した瞬間、地下通路は崩壊した。先程まで自分達がいた場所がコンクリートの破片や土砂によって埋め尽くされていく様子が、2人の眼前でスローモーションのようにゆっくりと展開されていく。
「やったじゃねぇか、マッド」
「……兄者」
後ろから労いの言葉を掛けてきたリカルドに、マッドは気の抜けた笑みを浮かべて応えた。リカルドの後ろには景やほのかなどの顔見知りも並んでおり、皆が笑顔でこちらを見つめている。
「マッドくん、という名前で良いのかな? さっきは助かった。ありがとう」
隣にいた廿楽が、マッドにそう声を掛けて手を差し出してきた。
「いいえ、最初にあなたがアーチを作ってくれなかったら、間に合わなかったかもしれません」
マッドはその手を取り、互いにぎゅっと力を込めた。
「そう言ってもらえると助かるよ。――ところで、さっきの君が使った布のようなものについて、幾つか訊きたいことがあるんだけど――」
あぁまたか、とマッドは乾いた笑みを浮かべた。どうやら学者肌の人間にはマッドの能力が好奇心に駆られるものらしく、廿楽のような人物の前で能力を使っては後でしつこく質問攻めされる、という経験が何度もあった。確かに伸縮自在で尋常でなく頑丈な布ともなれば、様々な分野で重宝される素材だろうから仕方ないのかもしれない。
とはいえ、普段ならば最悪逃げることもできたが、今回はシェルターの中だ。逃げようにも、逃げ道は先程潰されたばかりだ。
「ははっ、まぁ頑張れ」
兄からの苦笑混じりの言葉に、多くの人々を救った英雄は力無く肩を落とした。
* * *
藤林達に先導されてシェルターが地下に設置されている駅前広場に辿り着いた真由美達は、その惨状に息を呑んだ。
大きく陥没した広場に君臨する、巨大な金属塊。
「直立戦車……、一体どこから……?」
藤林としても予想外な敵だったのか、呻くような声が零れた。
複合装甲板で覆われた人型の移動砲塔であるそれは、太く短い2本の脚に無限軌道のローラースケートを履かせたようなフォルムの下部構造と、1人乗りの小型自走車に様々な種類の火器がセットされた長い両腕と首の無い頭部をつけた上部構造で構成されている。全高約3メートル半、肩高約3メートル、横幅約2メートル半、長さ約2メートル半という、人間からしたら巨大だが兵器としてはそれほど大きくはないそれは、市街地で歩兵を掃討することを想定して東欧で開発されたものだ。
弾薬フル搭載、兵員搭乗時の総重量は約8トン、広場には2機いるので合計で16トンとなるが、それだけで舗装された路面が陥没するものではない。シェルターや地下通路に向けて攻撃が加えられたことは明白だ。
「このっ――!」
真っ先に飛び出したのは、やはりというか花音だった。
「花音、“地雷原”はまずいよ!」
「分かってるわよ、啓!」
地下がどうなっているか分からない状況で地面を震動させる魔法を使うのは、余計な惨劇を生む可能性が非常に高い。もちろんそれは花音も織り込み済みで、それとは違う別の魔法を発動させようと直立戦車に目を向けた。
直立戦車は、すでに直立できない状態になっていた。人型と称されるだけあって、腕や脚に該当する部分には関節が存在する。その関節のことごとくが千切れ、支えられるものが無くなった胴体部分が垂直に落下して地面に衝突した。おそらくそこに搭乗しているであろう兵士もただでは済まないだろう。
花音は唖然としたように目を丸くし、すぐさま後ろを振り返った。真由美や深雪ですら花音と同じような表情をしていることから、2人がやったのではないことが分かる。しかし、2人の他に直立戦車を倒せるような者など――
「さすがエリちゃんね、手を貸す暇も無かったわ」
そう言ってエリの頭を撫でる藤林に、照れたようにニカッと笑うエリ。傍目には微笑ましい光景に見えるそれも、周りの人間には背筋に寒気が走る光景でしかなかった。
と、そんなときでも目を閉じたまま平静を保っていた幹比古が目を開けた。
「……地下道を通っていたみんなは大丈夫です。誰かが生き埋めになった様子はありません」
「吉田家の方がそう仰るなら確かでしょうね。ご苦労様でした」
「それで、これからどうするんですか?」
エリカの問い掛けに、藤林は広場に転がる“元”直立戦車に目を向けて、
「こんな所にまで直立戦車が入り込んでいることからして、事態は想像以上に急展開しているようですね。私としては、野毛山の陣内に避難することをお勧めしますが」
「しかしそれでは、敵軍の攻撃目標になるのでは?」
「相手は戦闘員とそれ以外の区別はつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らないし、むしろ危ないと思うわ」
真由美のその言葉は戦場における原則論とは外れているが、最初に国際会議場を占拠しようとしたり、今のように地下シェルターに攻撃を加えているところから考えても、真由美の言葉が正しいことが分かるだろう。
「それでは七草先輩は、野毛山に向かうべきだと?」
五十里の質問に真由美は小さく首を横に振り、視線を駅の方へ向けた。そこには先程の崩落によってシェルターに逃げることができずに取り残された市民の姿があった。
「私は逃げ遅れた市民のために、輸送ヘリを呼ぶつもりです」
「な――! おまえも避難せずに残ると言うのか!」
すかさず摩利が(克人のときと同じように)声を荒げるが、真由美の決意は固かった。
「私達十師族は様々な便宜を享受し、そして時には法律の束縛すら受けずに自由な振る舞いをすることが許されている。だけどそれは、こういうときに自分の力を役立てることを対価として得られる権利なの。私がここで避難せずに残ることは、いわば十師族としての義務なのよ」
「そんな……」
普段の生活ではほとんど感じることはないが、真由美は十師族の直系である。その立場がどれほど重いものかを改めて思い知った摩利は、真由美の覚悟に呑まれて口を閉ざすしかなかった。
そんな中、五十里が真っ先に手を挙げて口を開いた。
「ならば、僕もここに残りますよ。数字を持つ百家の一員として、政府から色々な便宜を受けていますから」
彼のその言葉に、他の生徒達も次々と手を挙げる。
「啓が残るんならあたしも! あたしだって“千代田”っていう百家の一員なんだから!」
「なら、あたしもそうね。あたしも“千葉”の娘だから」
「私も残ります! お兄様が戦っているのに、私だけが何もしないわけにはいきません!」
「私も残るー! 私も達也さんと一緒に戦うよ!」
「あらら、エリちゃんが残るんだったら、エリちゃんのボディーガードをやってる私達が残らないわけにはいかないよね?」
「私だって戦うぞー! 亜空間能力者舐めんなー!」
「俺は十師族でも何でもないけど、これだけ名乗りを上げてる中で俺だけ尻尾撒いて逃げるなんて真似、出来るわけがないですよ!」
「私も、お父様にヘリを寄越すように頼んでみます」
「僕も残ります。“吉田家”は百家ではありませんが、政府から便宜を受けている立場は一緒です」
「下級生が全員残ると言っているのに、あたし達だけが避難するわけにはいかないよな、市原?」
「ええ、そうですね。それに真由美さんは意外と抜けたところがありますし、真由美さん1人では不安です」
結局その場にいた全員が残ると言い出した事態に、真由美は「あなた達……みんな馬鹿ね」と嘆きの表情を浮かべていた。しかし口元に笑みを浮かべていては、どんな言葉も説得力皆無だろう。
「申し訳ございません、藤林さん。せっかくのご厚意ですが……」
「いいえ、皆さん頼もしいですね。それでは、私の部下を置いていきますので――」
「それには及びませんよ、藤林少尉!」
その言葉は目の前の一高生達ではなく、藤林の背後から掛けられたものだった。
「あら、警部さん」
「か、
その声の主を見て、藤林は含みのある笑みを、エリカは心の底からの驚愕を浮かべた。
「軍の仕事は敵の排除です! 市民の保護は、我々警察にお任せを!」
「了解しました。我々は本隊と合流しますので、後はよろしくお願いします」
あまりにもタイミングの良すぎる登場に、まるでリハーサルでもしていたかのような決め台詞を口にする千葉寿和だが、藤林はそれを意に介する様子も無く敬礼をして颯爽とこの場を去っていった。彼女の部下達も、それに続く。
そしてその後ろ姿を、寿和はじっと見つめていた。
「うーん……、やっぱり良い女だねぇ」
「和兄貴の手に負える人じゃないから、無理っしょ」
「ぎゃふん」
* * *
防衛側から見ればまんまと奇襲を成功させたかのように見える偽装揚陸艇の艦橋(つまり司令部)だが、彼らの立場からしたらとても順風満帆とは言い難い状況だった。
「シェルター確保に向かっていた工作員の連絡、途絶えました。直立戦車も応答無しです」
侵攻部隊の総指揮官を兼ねている偽装揚陸艦の艦長は、通信士官の報告に苦い顔を浮かべた。事前に潜り込ませた工作員が人質を確保したところで一気に機動部隊を投入する予定だというのに、肝心の“人質の確保”が未だに手間取っている。
その最大の原因は、平服工作員の予想以上の消耗にあった。特に国際会議場やその近辺に差し向けた部隊は甚大な被害を出している。いくら機動部隊を一部上陸させているとはいえ、それを上回るペースでやられていては意味が無い。
「……仕方ない。残りの機動部隊を上陸させろ」
彼は“自国の”直立戦車と装甲車の出動を命じ――
「お待ちを! 前方仰角50度付近にて、謎の飛行物体を発見! こちらに接近しています!」
その直後、緊迫した様子の部下からの報告に、艦長は訝しげな表情を浮かべて言われた場所へと目を遣った。
そして次の瞬間、彼の表情が凍りついた。
謎の飛行物体の正体は、生身の人間だった。周辺に大きさを比較できるものが無いので一概には言えないが、筋骨隆々の大男が何の機械もつけずに空を飛んでいた。
それだけならまだしも、彼はまるで日本のアニメに出てくる“魔法少女”のような可愛らしい服を身に纏っていた。その服は彼に絶望的なまでに似合っておらず、しかもサイズも合っていないために常時パンチラ状態という、何とも度し難い光景だった。
しかし艦長が表情を凍りつかせたのは、その奇天烈な格好が理由ではなかった。いや、確かにそれも少なからず影響しているのだが、彼はそいつの格好を見た瞬間、脳裏にこびりついている“あの出来事”が瞬時にフラッシュバックしていた。
「……スシェン」
「はい?」
艦長の呟きに、近くにいた若い兵士が反応する。
そして次の瞬間、艦長の感情が爆発した。
「
「えっ! 機動部隊の上陸はどうしますか!」
「そんなもんは後回しだ! 今は一刻も早く、あの“死神”を殺せ! ミサイルでも何でも使え! この後の戦闘のことは気にするな! とにかく今は、あいつを殺すことだけ考えろ!」
艦長の悲痛の叫びにより、艦内の兵士が一斉に動き出した。砲撃部隊も急ピッチで作業を終え、空中からこちらに向かって来る女装した大男に向けて何発ものミサイルが飛んでいった。そしてそれらのすべてが、男に着弾して炸裂した。
空に突如咲いた爆撃という名の花火が、戦火に混乱する横浜市街の上空で巻き起こった。相手基地に対して行うような集中攻撃が、たった1人のために行われた。この攻撃を実行した誰もが、明らかなオーバーキルだと思ったことだろう。
しかしその考えは、次の瞬間に間違いだったことに誰もが気づいた。
爆発によって発生した煙が晴れたそこには、自分達が撃ち殺したはずの男が平然とその場に浮かんでいた。そしてそいつは、上半身を90度捻り、片方の手でもう片方の手首を握りながら全身に力を込めて筋肉を盛り上がらせるポーズを取っていた。ボディービルの“サイド・チェスト”と呼ばれるポージングなのだが、それどころではない彼らが気づくはずもなかった。
「うわぁ! 撃て、撃てぇ!」
「とにかく撃て! 動けなくなるまで撃てぇ!」
あっという間にパニック状態に陥ってしまった彼らは、ロケット砲の雨(地上から空中に発射されるので、この比喩表現は適切でないかもしれないが)を男に撃ち続けた。中には地上から直立戦車で砲撃するという、少し冷静になれば絶対に届かないであろうことはすぐに分かる攻撃を続ける者もいた。
しかしそれでも、男は撃墜されることはなかった。ミサイルの爆撃にも体を仰け反らせることすらせずに、服がほんのりと煤けているだけで碌なダメージが通ることもなく、そいつはミサイルの爆撃に晒され続けながらも、ゆっくりとその両腕を徐々に頭上へと挙げていった。そしてそいつは、胸を大きく反らしながら腕を肩の高さまで上げて肘を上に曲げる“ダブル・バイセップス”のポージングへと移行していった。
次の瞬間、男の体からレーザーが射出された。超極太なスポットライトのようなそれが、自分達の乗っている偽装揚陸艦へと撃ち込まれた。ちょうどそこにいた兵士の姿が、レーザーの圧倒的な光に呑み込まれて見えなくなる。
そしてレーザーが撃ち込まれたその箇所には、傷1つついていなかった。
しかしそこにいた兵士は、1人の例外も無く倒れ伏したままぴくりとも動かなくなっていた。
「あああああああああああああああああああああ!」
一斉に悲鳴をあげる兵士達などお構いなしに、2発目のレーザーが発射された。
【現在状況】
厚志……プリティ☆ベルに変身して単独行動中、敵偽装揚陸艦に攻撃開始
達也……独立魔装大隊と合流、出撃準備中
克人……藤林の部下2人と共に、魔法協会支部へ移動中
深雪・レオ・エリカ・幹比古・雫・真由美・摩利・鈴音・五十里・花音・ミルク・ココア・エリ・ダッチ・モカ……藤林の部隊と共に行動、駅前広場に到着
藤林……深雪達のグループと共に駅前広場に到着、本隊と合流するためグループを離脱
寿和・稲垣……藤林と入れ替わるように、部下達を引き連れて深雪達のグループと合流
洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……他の観客と共に駅シェルターに到着
将輝・真紅郎……将輝が大型車両駐車場にてゲリラ兵と戦闘開始、その隙に真紅郎達がバスのタイヤを探す