魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第63話 『人は皆、何かしらの“役割”を背負って生活している』

「……で、なんで和兄貴がここにいるわけ?」

「おいおい、随分な言い草だな。愛する妹の窮地に駆けつけるのは、心優しい兄としては当然のことだろう?」

「心優しい? どの面下げてそんな空々しい台詞を」

「こらこら、エリカ。女の子が“どの面”なんて汚い言葉を使ってはいけないよ」

「あんたが! 今更! このあたしに! お嬢様らしく振る舞えなんて言えた義理?」

「やれやれ、悲しいなぁ……。俺はこんなに妹のことを愛しているのに」

 駅前広場の片隅で、千葉兄妹による心温まるとは程遠い会話が繰り広げられていた。ちなみに現在、駅前広場では直立戦車の残骸を片づけてヘリの発着スペースを確保、ついでに直立戦車のパイロットを尋問する作業をしているのだが、2人はそのどちらにも向いていなかったのであぶれてしまっていた。現役警官が尋問に向いていない、というのは些かどうかと思うが。

 エリカの表情がいよいよ冷たいを通り越して氷のようになってきた辺りで、寿和はふぅっと大きな溜息を吐いてエリカを見遣った。にやにやと含みを持たせた笑みと共に。

「良いのかエリカ、そんな態度で? せっかく良い物を持ってきたというのに」

「いらないわよ、そんなの」

「まぁまぁ、そう言うな。今のおまえには必要なものだ」

 寿和はそう言って、自分が乗ってきたワゴン車から何かを取り出した。細長い袋に入った緩やかなカーブを描く長い得物に、胡散臭げに彼を眺めていたエリカの目が見開かれる。

 袋から取り出したそれは、エリカの身長を軽々上回る全長180センチの大太刀だった。刃渡りだけで140センチもするそれは、太刀にしては極端に反りが少ない。

大蛇丸(オロチマル)……! なんで――」

「愚問だぞ、エリカ。大蛇丸は“山津波”を生み出すための刀だ。だったら“山津波”を使える奴が持つのが道理だ。そして“山津波”を使えるのは、親父でも修次でも、ましてや俺でもない。今の千葉家で“山津波”を使えるのは、エリカ1人だけだ。――故に大蛇丸は、おまえのための刀だ」

 寿和から説明されながら渡されたその刀を、エリカは震える手で受け止めた。白兵専用の武器を製造している千葉家が、雷丸(イカヅチマル)と並んで刀剣型武器デバイスの最高傑作と自負するほどの秘密兵器。たとえほんの一時だとしても自由に振るうことが許されたことに、エリカは心奪われたように刀に魅入っていた。

「……自分の分身である愛刀を手にしてそんなに嬉しいか、エリカ? たとえ親父がどう思おうと、修次が何を考えていようとも、やっぱりおまえは“千葉家”の娘だよ」

「……今回は礼を言ってやるわ」

 そんな捨て台詞を残して足取り軽く去っていく妹の姿に、寿和は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 一方その頃、パイロットを引きずり出した直立戦車のコックピットには、上半身を突っ込んだ五十里が敵の正体を特定するものが無いか確認していた。

「五十里くん、何か分かった?」

 真由美の問い掛けに、五十里は上半身を引き抜いて首を横に振った。

「駄目ですね。僕もこういった兵器に詳しいわけではありませんが、中古市場に出回っている旧型機だと思います。国籍を特定するのは難しいでしょう」

「兵器にも中古市場があるの?」

「ありますよ。局地戦や途上国の内戦では、大戦期の兵器が今でも現役です。――とはいえ、同盟国の兵器の方が中古でも手に入りやすい、という事情もあります。この兵器は東欧製なので、大亜連合の工作員である可能性は高いでしょうが……、やはりパイロットから直接聞き出すのが確実でしょうね」

「やっぱりそうよね……。――あ、摩利が戻ってきたわ」

 パイロットの尋問を担当していた摩利がこちらに戻ってくるのに気づいた真由美が、五十里(と彼にぴったり貼りついている花音)と別れてそちらへと向かった。

「どうだった?」

 その質問に、摩利は悔しそうに首を横に振った。

「だんまりだ。こうなることが分かってたら、もっと強い香水を持ってくるんだったな」

「仕方ないわ。薬を使わない、というのが関本くんを尋問する条件だったから」

「……いっそのこと、拷問でもしてみるか」

「ちょっと、それはいくら何でも――」

「そうだよ、摩利さん。話す気の無い人に使っても無駄だから」

 真由美が摩利の提案を否定する言葉を掛けようとしたそのとき、別方向から真由美を手助けする言葉が投げ掛けられた。もっとも、そのニュアンスは真由美とは違ったものだったが。

 2人が声のした方に目を向けると、そこにはもう1人のパイロットの尋問を請け負っていたエリとモカがいた。

 しかし2人の視線は、彼女達の“足元”に固定されていた。

 彼女達の足元に転がっているのは、もう1人のパイロットだった。そして彼の体は、直立戦車から引きずり出したときには見られなかった血痕が体中にこびりついていた。もはや血に濡れていない箇所を探すのが難しいほどになっている彼は、地面に横たわったままぴくりとも動かない。

「エリちゃん、モカさん……、まさかとは思うけど――」

「心配いらないわ。ちゃんと“1歩手前”で止めたから」

 つまり1歩手前までは追い込んだのか、と真由美・摩利の背筋が凍った。それを紛らわすように2人は周辺に視線を遣り、ベンチに座ってノート型端末で地図を広げている鈴音の姿が目に映り、とりあえず2人はそちらに移動することにした。エリとモカもその後に続く。

「鈴音、そっちは何か分かったか?」

「ええ、こちらを」

 鈴音はそう言って、摩利達に見えるように端末を向けた。画面に映し出されている横浜市街周辺の地図には、現在戦闘が行われている地点がリアルタイムで表示されている。

「戦線が派手に広がっている割には、兵力が少ないように見えるな」

「現在、戦線と呼べるものは存在していません。内陸部で行われている戦闘は、すべて点で展開されています。おそらく潜入したゲリラ兵が交通や通信を麻痺させ、上陸部隊が直線的に目標を制圧するスタイルだと思われます」

「だとしたら……、敵の目標って何かしら?」

「1つは真由美さんの推測通り、魔法協会支部のデータベースでしょう。もう1つは脱出を試みている市民を狙っているようですが、こちらはおそらく人質を目的としたものでしょう」

「人質、か……」

「もし市民の殺傷を目的とするならば、揚陸艦ではなく砲撃艦で侵入するでしょう。人質交換か身代金か、目的は不明ですが……」

「ということは、少なくともいきなり砲弾やミサイルが飛んでくることはないということか?」

「それもどうでしょう……。先程、敵の揚陸艦が停泊している方角でミサイルと思われる爆発がありましたから……。もっとも、それは市街を狙ったものではなく空中で爆発しましたので、摩利さんの推測もおそらく正しいと思われます。――そうなると、おそらくここも標的になる可能性が高いですね」

 そう言って鈴音がちらりと視線を遣ったのは、改札前に集まった市民だった。こうしている間にも、シェルターに逃げ遅れた市民がどんどんと集まり、その数を増やしていく。

「エリちゃん、どう思う?」

 真由美はそう言って、今まで無言を貫いていたエリに話題を振った。それは上級生が下級生に問題を出して状況判断を鍛えさせるというよりは、同等の仲間として意見を仰いでいると受け取れる行動だった。

「さっきの響子さんの話を考えると、鶴見の援軍ってもう少しで到着するんだよね? ルートからすると、瑞穂埠頭に集まった人達を保護して余った戦力で掃討戦って感じだと思う。そしたら、守りが手薄になってるここに流れてくるんじゃないかな?」

「ということは、真由美と北山のヘリが到着するまで、ここを守る必要があるってことだな?」

 こくり、とエリは力強く頷いた。真由美も鈴音もモカも、彼女の意見に異論は無いようだ。

「よし、分かった。――集合!」

 摩利が広場中に響き渡るほどの大声で呼び掛けると、その場にいた全員が作業を中断して摩利の下に集まってくる。

「敵はおそらく、ここに集まっている市民を人質に取ることが狙いだと考えられる! 真由美と北山が輸送ヘリを用意してくれたから、それが到着するまで敵をここに寄せ付けてはいけない! 今から幾つかのグループに分かれて、ここを守り通すぞ!」

 摩利の呼び掛けに、全員が戦意を顕わにする強い眼差しで頷いた。

「真由美と北山は、ヘリと連絡を取るためにもここに残った方が良いだろう。後は、戦闘に不安のある者も広場に残るべきだが……」

「あ、摩利。私とココアは残っても良いかな? 正直私達って、あんまり戦闘力無いんだよね」

「分かった。それじゃミルココの2人と、いざというときのために市原も残ってくれるか?」

 摩利の頼みに、鈴音は何も言わずに首を縦に振った。

 と、そのとき、

「摩利さん。私もここに残る」

 手を挙げてそう言ったエリに、摩利は眉を寄せて考え込む素振りを見せる。

「……うーむ、確かに迷いどころではあるな。あたしとしては、エリちゃんほどの戦力ならば、拠点の守りよりも矢面に立って迎撃する方が向いてると思うんだが」

 摩利の言うことは、他の面々からしても納得のいくものだった。しかしそれでも、エリは彼女の言葉に首を横に振って否定する。

「ここを守るんだったら、どこから敵がやって来るか見張る役割が必要でしょ? 多分私が一番適任だと思うよ?」

「エリちゃんが? それはまた――」

 摩利は反論をしようとして、エリが特殊鑑別所で侵入者を撃退するときに見せた、偽物のエリを何体も作る魔法を思い出した。

「成程、“ドッペルゲンガー”か。それを使って周囲を見張るというわけだな?」

「そう。偽物同士で感覚を繋げて警戒チームごとに1人置いておけば、敵を発見したときに的確に指示を出せると思うよ?」

「そんなことができるの?」

 信じられないと言いたげな真由美の質問に、エリは自信満々に頷いた。彼女はできもしないことをできると豪語するような性格ではないので、おそらく本当に可能なのだろうと真由美は結論づけた。確かにその役目を担うのなら、本物のエリが最終ラインにいた方が良いだろう。

「よし、それじゃエリちゃん、頼めるかな?」

「うん、良いよ。――それじゃ“みんな”、宜しくね!」

『あいあいさー!』

 その瞬間、何十もの同じ声が広場に響いたのと同時に、本物のエリを起点として偽物のエリが一気に空中へと飛び出していった。その数は数十体にも及び、それらすべてが加速魔法によって宙を浮きながら、広場から伸びる道路へと配置されていった。その姿はさながら、群れを成して異国の地を目指して飛んでいく渡り鳥のようである。

「……エリちゃんは、これらの全部を操ることができるのか?」

「“操る”っていうのとは少し違うかな? こっちから指示を出すことはできるけど、基本的にはみんな“自分で”判断することができるから」

 口をあんぐりと開けて呆然とした表情を浮かべた摩利は、彼女の答えに対して再び驚く羽目になった。使い魔のように操るならまだしも、自分で判断して動く兵力など、もはや“軍隊”を形成できる魔法であるといっても過言ではないのだから、彼女の驚きも当然だろう。

 実際にはこれでもまだ彼女にとっては本気でないし、プリティ☆ベルに変身できればこんな程度では済まないのだが、今そんなことを告白する必要は無いだろう。この“騒動”が終結すれば、たっぷりと説明する時間はあるのだから。

「それで摩利さん、警戒チームはどんな編成にするの?」

 摩利の意識は戻ったのは、首をかしげるエリにそう尋ねられた後だった。

「え? あ、そ、そうだな……。あたしとしては、司波・西城・千葉・吉田の4人に、あたし・五十里・花音と寿和さんの4人で2チームの編成で行こうと思うんだが」

「あれ? 私とモカは?」

 摩利の言葉に疑問が生まれたのは、ここまで名前を呼ばれていないダッチだった。

「ダッチちゃんは、ここに残ってくれ。何かあったらまずいからな」

「いや、ダッチなら大丈夫だろ」

「そうね。よほどのことが無ければ不覚を取ったりしないでしょ」

「えっ?」

 摩利としては当然のことを言ってるはずなのに、レオとエリカが当たり前のようにそんなことを言ってきたので戸惑わずにはいられなかった。

「そうね。だったらダッチとモカは一緒になるとして、それじゃ私達のグループから1人貸す?」

「そうだな。人数的にもピッタリになるし」

「それじゃ、ミキ宜しく」

「えっ?」

 そしてさらに摩利を戸惑わせたのは、2人の言葉に対して深雪が当たり前のように肯定したことである。ちなみに最後の「えっ?」は摩利ではなく、突然自分を指名された幹比古の台詞である。

「……摩利、どうするの?」

「……彼女達と一番付き合いのある司波がああ言ってるんだ、信じるしかないだろ」

 この短時間に自分の予想を裏切られることが相次いだせいか、真由美に問い掛けられた質問にも投げやりな様子で答える摩利だった。そしてそんな彼女の目の前で、「それじゃ全部で3チームだね」と実にあっさりと3人の偽物を生み出したエリに対しては、もはや何も言う気になれない摩利だった。

「……ええと、それじゃみんな宜しくね」

「――はい!」

 すっかりいじけてしまった摩利に代わって皆に呼び掛けた真由美に、若干戸惑いを隠せない声が返ってきた。

 

 

 *         *         *

 

 

 国際会議場の大型特殊車両専用駐車場は現在、第三高校の生徒とゲリラ兵が衝突していた。激しい戦闘の末、三高の生徒のほとんどが戦闘不能に陥っている。

 しかしそれは、ゲリラ兵にやられたからではなく、

「ちょ、一条! 少しは手加減してくれ!」

「先輩こそ、下がっていてください!」

 将輝の攻撃によって繰り広げられている光景に、皆が吐き気を催していたからである。

 彼の得意とする魔法は“爆裂”。対象物内部の水分を瞬時に気化する魔法である。もしそれを人体に対して使えば、血漿が瞬時に気化して、その圧力で筋肉と皮膚が弾け飛ぶ。

 先程から駐車場では、ゲリラ兵による真っ赤な花火が地上で次々と咲き誇っていた。彼が敵を1人屠る度に、敵も味方もどんどん戦意が下がっていく。将輝としては『この程度で気分が悪くなるようなら、最初から戦場に立つなよ』と言いたい気分だが、いくら歴戦の兵士だとしても人間が破裂して鮮血を撒き散らす光景を見て平然としていられるだろうか。

 そうやって敵を片づけてきた将輝だが、ふいに敵軍の攻撃が途絶えたことに気がついた。彼には情報を手に入れる手段が無いので、戦線と呼ばれるものが存在しないほどに敵陣が薄いことが分からないのである。

「……もう終わりか?」

「終わりかどうかなんて、僕達には分からないよ。でも、脱出するなら今だ」

 将輝の独り言に答えたのは、いつの間にか彼の背後にいた真紅郎だった。ちなみに彼以外の三高生徒は、すでにタイヤの交換を終えたバスの近くに集まっていた。将輝を放っておいて。

「行こう。できるだけ早く出発した方が良い」

 真紅郎のその誘いに、将輝はCADをホルスターにしまって振り返り、首を横に振った。

「……いや、俺はこのまま魔法協会支部に向かう」

「そんな、無茶だ! そもそも、何のために!」

「もちろん、援軍に加わるためだ。協会の魔法師がこの状況を黙って見ているはずがない。義勇軍を組織して防衛戦に参加しているだろう」

「だからって――」

 将輝が参加する必要は無い、と続けようとした真紅郎は、

「俺は“一条”だからな」

 当たり前のように放たれた将輝の言葉に、それ以上続けることができなかった。

「俺達十師族の人間は、魔法協会に対する責任がある。一条家の長男として、この状況で自分だけ逃げ出すわけにはいかないんだよ」

「……だったら、せめて僕も――」

「ジョージは、みんなを無事に脱出させてくれ。先生や先輩達だけでは、戦場となったこの街から無事に脱出できるかどうか心配でならない」

 そう言って、将輝は真紅郎に背中を向けた。これ以上何も言うことは無い、と言いたげに。

「……分かったよ。その代わり、将輝も必ず戻ってきてよ」

 将輝は僕にとってたった1人の“将”なんだから、と真紅郎は心の中で付け加えた。

 それを知ってか知らずか、将輝は振り返らずに片手を挙げて応え、1人戦場の奥地へと突き進んでいった。

 

 

 *         *         *

 

 

 独立魔装大隊は、独立した作戦単位として名前こそ“大隊”となっているが、構成人数はせいぜい2個中隊の規模でしかない。それに今回は元々魔法技術を利用した新装備の運用テストのために出動準備を行っていたため、導入された人員は50名ほどであり、その人数分の装備だけがトレーラーに搭載されている。

「どうだい、特尉! 防弾・耐熱・緩衝・対BC兵器はもとより、簡単なパワーアシスト機能も設計通りに組み込んでいる! 飛行ユニットはベルトに搭載、緩衝機能と組み合わせて射撃時の反動相殺としても機能するように作ったから、空中での射撃も思いのままだ!」

 まるで深夜のテレビショッピングのような真田大尉の説明を聞きながら、彼が開発した新装備――ムーバルスーツに身を包んだ達也がまじまじとそれを見つめている。プロテクター付きのライダースーツのような外観にフルフェイスのヘルメットという、すべて着用すると全身が黒で包まれるデザインとなっている。

「お見事としか言い様がありません。自分が設計した以上の性能です」

「いやいや、僕としても良い仕事をさせてもらったよ」

 そのままがっしりと握手を交わす2人に風間が近づいて咳払いをすると、真田は我に返ったように手を離して上官に敬礼をした。

「さてと、特尉にはさっそく任務を言い渡す。瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で、敵部隊の足止めをしている柳の部隊と合流してくれ」

「任務、了解しました。――ところで厚志さんは今、何をしているのでしょうか?」

 達也が軽い気持ちでそう尋ねると、風間は困ったような呆れているような複雑な表情で目を逸らし、少し経ってから再び達也に視線を向けた。

「……どうやら厚志さんは、真っ先に山下埠頭の敵揚陸艦に攻撃を仕掛けたらしくてな」

「な――!」

 その言葉に、さすがの達也も目を丸くした。確かに敵の逃走手段であり追加戦力の拠点でもあり部隊の司令塔も兼ねているそれを潰せたらかなり優位になるが、だからといって港内で撃沈でもしてしまったら港湾機能に対する影響が大きすぎる。それにもしも有害物質を積んでいた場合、環境への影響は計り知れないものになる。

「まさか、撃沈してしまったんですか?」

「いや、彼もその辺りは考えてくれたらしい。空中から何発か“例のレーザー”を撃ち込んではいるが、揚陸艦自体には傷1つついていない。おそらく、そこにいる人間だけを無力化して制圧するつもりだろう」

「…………、成程」

 周りに一切の被害を出さず、敵を1人も殺めることなく、自分の目的を達成する。普通なら理想ではあっても実現するなんて夢物語でしかない偉業も、プリティ☆ベルのような“理不尽を踏みにじる理不尽”ならば可能にしてしまう。

 なぜならプリティ☆ベル自体が、1人の少女の“夢物語”から生まれたものなのだから。

 改めてその力に圧倒された達也だったが、すぐに気を取り直すようにマスクを着け直した。バイザーに表示されている柳の部隊との相対位置を確認し、トレーラーの外へと勢いよく飛び出した。その勢いが消えない内にベルトのバックルを叩き、飛行魔法用のCADを作動させる。

 軽く地面を蹴った達也の体は、そのまま空へと駆け上がっていった。

 

 

 

 瑞穂埠頭へと向かうその部隊は、機動性を重視した装輪式装甲戦闘車両6台から成る2列縦隊だった。彼らが目指しているのは、海路による街からの脱出を図る民間人が必ず通るであろう大きな橋だった。ちょっとした障害物などいとも容易く踏みつぶすそのパワーは、市街地においてはまさに脅威といえるだろう。

 そんな装甲車の行く手を阻むように現れたのは、アーマースーツとヘルメットを着用した1人の兵士だった。他に仲間も武器も見当たらないことから、装甲車は砲塔から火を噴くこともなくきゅらきゅらと突き進んでいく。おそらくその巨大な車輪で踏み潰すつもりなのだろう。

 しかし、何の勝算も無く彼が1人でやって来るはずはない。その男――柳連(やなぎむらじ)は獰猛な笑みをヘルメットの裏に隠しながら、銃剣付きのライフルを模したCADの引き金を引いて、すぐさま遮蔽物の陰へとその身を隠した。

 まっすぐに上がった土埃が道路を直線に刻んだ次の瞬間、その直線に触れた装甲車の車輪がふわりと地面から離れた。直線の東側を走っていた装甲車が西側を走る別の装甲車にのし掛かるように横転し、地面を揺るがすほどの轟音を辺りに響かせる。

 加重系魔法“千畳返し”。地球の重力を南北に走る“線上”で瞬間的に遮断することにより、対象物が地球自転の遠心力に引っ張られて横転するという魔法である。相手の運動ベクトルを利用して戦う白兵戦技術に優れた古式術者の柳が、CADという現代魔法の技術により大規模で高速な魔法を可能にしたことによって誕生したものだ。

 装甲車が横転した瞬間、空中に飛び出した別の魔法師がライフル形態のCADから銃弾を発射した。貫通力を向上させる魔法を付与された銃弾が、横転したことで晒される装甲車の底面部にある燃料タンクを撃ち抜き、装甲車は爆発して跳ね飛んだ。

 その衝撃によって、のし掛かられていた装甲車も押し潰された――かに思えたが、意外にもその姿には傷1つついていなかった。どうやら敵の中に反発の魔法を得意とする者がいるらしく、機銃砲塔が上を向いたかと思うと即座に大口径の機銃弾がばらまかれた。宙に浮いていた魔法師の内2人がその攻撃を食らい、体勢を崩して地上へと落下していく。アーマースーツのおかげで体が千切れるまでには至っていないが、一刻を争う大怪我であることに変わりは無い。

 と、ここで、柳が再び遮蔽物から姿を現すと“千畳返し”を発動させた。敵も負けじと防御魔法を展開させるが、柳の魔法は地球の重力に働きかけるものであって対象物の情報に干渉するものではないので、敵の装甲車は激しく横転し、その衝撃で防御魔法も解除された。

 その隙を狙って空にいる魔法師が狙撃、装甲車の燃料タンクを貫いて残りの3台も最初の3台の後を追った。

 

 

 

 飛行魔法によって達也が空からやって来たのは、最初の戦闘が終結して柳が怪我人の応急処置に当たっていたときだった。本当ならば達也がその戦闘に助太刀で入ることも考えられたのだが、さすがは独立魔装大隊に選ばれるだけはある、といったところか。

 達也は柳の傍に下り立ってサッと敬礼をすると、スーツを脱がされて横たわっている負傷者を覗き込む。

「撃たれたんですか?」

「あ、ああ……。一応弾は抜いてあるが――」

「どいてもらえますか?」

 達也は柳の返事を聞かずに膝を折って負傷者に近寄ると、左腰から銀色のCADを取り出した。

「待ってくれ、特尉! その魔法は――」

 そして柳の言葉を無視して、達也はCADの引き金を引いた。負傷者の低い呻き声が安らかな吐息へと変化し、その代わり達也の閉ざされた口から奥歯の軋む微かな音が聞こえ、彼の額に脂汗が滲み出る。そして達也は小さく息を吐くと、もう1人の負傷者にも同じことを繰り返す。

「……良いのか、特尉? その魔法は厚志さんから止められているはずだぞ?」

「柳さんが頼んだわけではないので、構わないですよ。――それにしても、揚陸艦は厚志さんが制圧したものだと思ってましたが」

 達也はそう言って、もうもうと黒い煙を吐き出して燃えさかる装甲車へと目を向けた。

「厚志さんが向かう前に、何割かはすでに出撃した後だったらしいな。他にも幾つか街に流れ出てるらしい。とはいえ、揚陸艦に待機していたと思われる戦力からしたら大した数ではない。厚志さんに感謝だな」

 柳の言葉に達也が同意を示していると、通信端末から2人を呼ぶ声が聞こえた。

 風間だった。

『特尉。駅前広場にて、民間人が避難民脱出用のヘリを手配しているとの情報が入った。現在地点の監視を鶴見の先行部隊に引き継いだ後、駅へ向かい脱出を援護せよ』

「了解しました」

 柳と共に敬礼をしながら、随分と勇気のある民間人がいたものだ、と達也は秘かに感心していた。自分が脱出するついでとはいえ、この状況で他の民間人も一緒に連れて行こうと考えられる者はそうそういない。

 なので、

『ちなみにヘリを呼んだ民間人の氏名は、七草真由美と北山雫だ。両人から要請があった場合は、助力を惜しまぬよう全員に徹底してくれ』

 思わぬところで聞き覚えのあるどころではない名前が耳に入ってきたため、達也は思わず咳き込みそうになった。




【現在状況】


厚志……敵偽装揚陸艦を攻撃中

達也……独立魔装大隊と合流して出撃、駅前広場へ向かう

克人……藤林の部下2人と共に、魔法協会支部へ移動中

深雪・レオ・エリカ……警戒チームA、駅前広場周辺の警戒に当たる

摩利・五十里・花音・寿和……警戒チームB、駅前広場周辺の警戒に当たる

幹比古・ダッチ・モカ……警戒チームC、駅前広場周辺の警戒に当たる

雫・真由美・鈴音・ミルク・ココア……駅前広場にて、ヘリの到着を待つ

エリ……駅前広場にいながら、ドッペルゲンガーにて周囲を警戒中

洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……他の観客と共に駅シェルターに避難中

将輝……大型車両駐車場にてゲリラ兵を殲滅、魔法協会支部へ向かう

真紅郎……将輝以外の三高生と共に、市街からの脱出を図る
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