魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第64話 『馬鹿と煙と参謀は、高い所を好む』

「もしもし、達也くん?」

 敵の本陣である揚陸艦のど真ん中でどっかりと腰を下ろした厚志は、おもむろにポケットから携帯端末を取り出して達也に電話を掛けていた。これだけ隙だらけな姿を晒しているにも拘わらず、一向に敵が攻撃を仕掛けてくる気配が無い。

 それもそのはず、厚志の周りにいる敵はすでに無力化されていた。ほとんどの敵が気絶しており、数少ない意識のはっきりしている兵士も甲板に寝そべったまま動こうとしない。プリティ☆ベルに変身した厚志が放つレーザー攻撃には、それに触れた者を厚志の意思で動きを封じたり操ったりできる効果があるからだ。

「ああ、敵の本陣は制圧したよ。司令塔もだ。私は次の目標に向かう予定だけど、万が一にも逃げ出すといけないから、誰かが来てくれると助かるんだけど。――うん、分かった、ありがとう。達也くんも気をつけてね。それじゃ」

 まるで世間話でもするかのような気楽さで電話を切った厚志は、その場を立ち上がって周りを見渡した。たったそれだけのことで、辺りに転がっている兵士から息を呑む音が聞こえた。

「もう少しでここに別の人達がやって来ると思うけど、ちゃんと言うことを聞けば悪いようにはしないよ。――だから、ここを動かないでね」

 ほんの少しだけ威圧感を込めたその声に、答える者はいなかった。しかしそれは、彼の言葉を蔑ろにしているわけではなく、むしろ重く受け止めたからこその反応であることは、兵士達の青ざめた表情からも明らかだ。

 厚志はその反応に満足そうに頷くと、まるでミサイルのように突然空へと飛び上がっていった。

 彼の向かう先には、魔法協会支部の入った横浜ベイヒルズタワーがあった。

 

 

 

 国際会議場から横浜ベイヒルズタワーへ、海沿いの道をオフロード車で向かっている克人一行は、現在敵による猛攻を受けていた。目的地に近づくにつれて直立戦車や装甲車が増えていき、克人達に向けられる攻撃の威力も跳ね上がっていく。

 しかし彼らを乗せた車両は、多くの敵を前に迂回するという選択肢を採らなかった。たとえ至近距離から対戦車ミサイル4発が向かってきていても、車両はまっすぐ敵陣へと突っ込んでいく。

 そしてミサイルは、車両前方5メートルの空中にて爆発した。車両を覆う半球状の障壁を舐めるように爆炎が襲い掛かるが、車両には爆発の衝撃も熱も届いていない。そしてその隙に障壁の内側から放たれた銃弾が、敵兵を薙ぎ払っていく。

 外からの攻撃を通さず、内からの攻撃を妨げない。自分を中心とした半球面状の空間を一定以上の熱量と酸素分子以上の大きさの物質を許さない障壁に変えるその領域魔法は、言うまでもなく克人によるものである。たとえ高速で移動する車両内で展開しようと、“鉄壁”の称号を与えられる克人の魔法に揺らぎは無い。

 そしてようやく、目的地であるタワーの全景が見えてきた頃、

「――な、何だあれは!」

 助手席に座る楯岡軍曹が身を乗り出すように空を見上げて叫び、克人がそれに釣られて同じように空を見上げる。

 魔法少女の服を着た40歳手前のおじさんが、ミサイル顔負けのスピードで飛んでいった。

「…………」

 緊迫感溢れる戦場にどこまでも似つかわしくない光景に、普段から冷静沈着な克人もさすがに驚きを隠せず呆然とした表情を浮かべていた。

 しかし彼の向かう先に横浜ベイヒルズタワーがあることに気づくと、克人は再びその表情を引き締めた。

「我々も、急ぎましょう」

「はい!」

 克人の呼び掛けに、楯岡軍曹と音羽伍長は揃って返事をして、車両のスピードをさらに上げた。

 

 

 *         *         *

 

 

「来たよ」

 エリ(に化けたドッペルゲンガー)の言葉に、深雪とレオとエリカの表情が引き締まった。それから数秒後にビルの陰から姿を現した直立戦車の姿に、3人は一斉に構えの姿勢を取り、そしてそれを崩さぬまま3人の表情に疑問の色が浮かんだ。

 直立戦車は市街戦を想定して作られた兵器であり、完全な戦闘用ロボットとして作られたものではない。狭い路地に入れるように移動砲塔を上に向けられるようにし、階段や瓦礫を越えられるように無限軌道に短い脚部を装着しただけだ。たとえ直立戦車が“人型”と称されているとはいえ、人間の動きを完全に再現できているわけではない。

 しかし彼女達の前に姿を現したその直立戦車は、明らかに先程見たものとは違っていた。右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機、さらには右肩に榴弾砲、左肩に重機関銃を備えつけられたそれは、ロボットであることを感じさせないほどに滑らかな動きを実現していた。

「嘘っ! 戦闘用ロボット?」

 自分の妄想が現実のものになったかのような驚きを顕わにするエリカの隣で、深雪はその冷たい眼差しを直立戦車(仮)に向けていた。

 そして、すでに魔法を発動させていた。

 直立戦車の足元が突然凍りつき、動きをむりやり停止させた。前のめりになって倒れるようなことが無かったのは、おそらく優秀なバランス制御システムを搭載しているからだろうが、残念ながら直立戦車が深雪に反撃することはできなかった。

 凍結魔法で動きを封じるのと同時に、深雪は“凍火”(フリーズ・フレイム)を発動していた。熱量の増加を禁じるこの魔法により、直立戦車の榴弾砲も機関銃も火を噴くことなく沈黙している。

 そしてそれを確認するや、エリカが動き出した。鼓膜保護用の耳当てを即座に装着し、左腕で抱くように立てていた大蛇丸の柄を掴んで鯉口を切った。刀身の長い鞘を抜くのではなく蝶番でパカッと開き、ほとんど反りの無い刀身を顕わにする。

 全長180センチ、重さ10キロにもなる刀を、エリカはいとも軽々と肩に担ぎ上げた。もちろんこれは彼女が力持ちなのではなく、このときにはすでに魔法を発動させているからである。

 そして次の瞬間、エリカの姿が消えた。

 直後、直立戦車の“向こう側”に彼女の姿があった。

 大太刀を地面まで振り下ろした姿勢のエリカの背後で、前面の装甲を唐竹割で真っ二つに断ち切られ、そのままの勢いで仰向けに倒れている直立戦車。断面から機械油に混ざって流れ落ちる真っ赤な液体は、おそらく搭乗者だった兵士の血液だろう。

 これこそがエリカの切り札である、加重系・慣性系魔法“山津波”。自分と刀に掛かる慣性を極小化して拘束接近、インパクトの瞬間に消していた慣性を上乗せして刀身を対象物に叩きつける秘剣である。この偽りの慣性質量は助走が長ければ長いほど増大し、慣性を消して得たスピードに乗せて叩きつけることにより、最終的には10トンものギロチンを空高くから叩き落とすかの如き破壊力を生み出す。これほどの攻撃力に堪えられる装甲は、少なくとも今の人間界では存在しないと断言できる。

 慣性消去から慣性増大へと切り替えるタイミングを見極める目に、慣性の無い不安定な状態で相手に接近する足捌きに、刀身をぶれさせない技術が合わさって初めて可能になるこの技は、エリカの先天的な才能に加えて努力に努力を重ねた末に辿り着いた境地が具現化したものといえる。

「さすがエリカ、見事に一撃ね」

「すごーい、エリカさん!」

 エリカの技に素直に賞賛の言葉を並べる深雪とエリの後ろで、今の戦闘で唯一出番の無かったレオがいじけていた。

「ちくしょー、エリカの奴……。しっかりロボット用の必殺技を持ってるんじゃねぇか……。対人戦の訓練しかしてこなかった俺じゃ、ロボット相手じゃ何もできねぇし……」

「あっはっはー、残念だったわねー。まぁ、ロボットはあたしが全部倒しちゃうから、あんたはそのまま待機してなさーい」

 からかうような調子でそう言うエリカに、レオは悔しそうに奥歯を噛んでいた。仮にも戦場での会話とは思えない2人の遣り取りを無視して、エリが動かなくなった直立戦車へと近づいてよじ登っていく。

「エリちゃん……で良いか、何してるの?」

「何か手掛かりになるものは無いかなぁ、って思って。――あ、あった」

 エリはそう言うと、搭乗席の辺りから箱を取り出した。それは1辺が30センチほどの大きさで、取っ手がついている以外は特に変わった様子の無いものだった。

「何だ、それ? 何が入ってるんだ?」

「うーん、開けることはできないけど……。でもこれが何なのかは、何となく予想はつくよ」

 レオとエリカに見えるように箱を掲げていたエリに、深雪が深刻な表情で問い掛ける。

「エリ……、それってまさか……、“ソーサリー・ブースター”?」

「何それ? 深雪の反応からして、碌でもないものなのは間違いなさそうだけど」

「起動式を提供するだけじゃなくて、魔法式の構築も手伝ってくれるCADの一種だよ」

「おお、何かすげぇ便利なやつじゃねぇか! 俺も欲しいぜ!」

「レオさんも使ってみる? 魔法師の“大脳”が原料なんだけど」

「……前言撤回で」

 顔を引き攣らせて拒否反応を示すレオに、エリはにこりと笑って再び箱に視線を戻す。

「それにしても、これは確かに凄いね。機械的な部品がまったく無いよ? 多分呪術的な回路で接続も操作もできるんだろうね」

「ちょ、ちょっとエリちゃん、平気なの? 人の大脳が入ってるんでしょ?」

「別にそのまま丸ごと入ってるわけじゃないよ。ちゃんと加工してるから」

 何とか開けられないかな、と四苦八苦しているエリの姿に、彼女ならばたとえ大脳がそのまま入ってたとしても同じことをするんだろうな、とレオとエリカは確信にも似た想いを抱いていた。

「ところで、それが直立戦車に入ってたってことは……、つまりどういうことだ?」

「さっきの直立戦車、やけに人間的な動きをしていたでしょう? それはおそらくこれを使って何らかの魔法を発動させて、ロボットの動きを補助していたからだと思うわ」

 深雪の説明に、エリカとレオが納得したように頷いていた。

「それともう1つ。これを開発したのは大亜連合だから、今回の敵は大亜連合か、あるいはそれに近い同盟国の可能性が高いわね」

「まぁ、だからといって私達の対応が変わることは無いんだけどねぇ」

 深雪の説明に、直立戦車から降りたエリが補足を加えた。

「確かに、今のあたし達は広場の市民が無事に避難できるようにすることしかできないしね」

「そういうこと――ん?」

 エリカの言葉に答えている最中、ふいにエリが何かに気づいたように広場の方へ顔を向けた。

「どうしたの、エリ?」

 深雪の問い掛けに、エリはにっこりと笑って「ううん、何でもない」と答えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 一方その頃、広場にいる雫が装着している通信ユニットにも着信が入った。

「黒沢さん? ……うん、そう。……ううん、ありがとう」

 雫が通信ユニットを耳から離すのとほぼ同時、遠くの空からヘリのローター音が聞こえてきた。

「七草先輩、ウチのヘリがもうすぐ到着するそうです」

「……そう、分かりました」

 雫の報告を受けた真由美は、本来なら嬉しいニュースのはずなのにどこか浮かない表情をしていた。彼女の手には情報端末が握られており、彼女は雫に話し掛けられる直前まで険しい顔でそれを睨んでいた。

「……何か問題でも?」

「……正直に言うと、2機のヘリが同時に到着するのが理想だったのよ。どちらかが先に到着すると、避難を後回しにされる市民が出てくるでしょう? ただでさえこんな子供に主導権を握られている今の状況に不満を抱いている人がいるというのに、そんな扱いをされて不満が爆発する人がいるかもしれないわ」

 真由美の言葉に雫は納得した素振りを見せ、近くにいたミルココが反応した。

「でもまぁ、雫のヘリに待機してくれって言える状況でもないしねぇ」

「こんな時こそ、警察の出番でしょ。頼りにしてますよ、稲垣さーん」

 ぽんぽんと背中を叩かれた稲垣は、戸惑いの表情を見せながらも「ええ、混乱が起きないように我々警察がしっかりと見守っておきますが……」と答えた。

 そんな会話で改めて覚悟を決めたのか、真由美は大きく深呼吸をして雫に向き直った。

「それでは北山さん、女性と子供連れの家族を優先してヘリに収容して脱出してください。稲垣さん達は先に避難する人とそうでない人の誘導をお願いします。それと稲垣さんは、北山さんと一緒にヘリに乗って彼女のサポートをお願いします」

「了解しました」

 雫と稲垣が同時に返事をして、市民の集まっている場所へと歩いていった。まだまだ予断を許さない状況であることには変わりは無いが、少なくともこれで懸案事項の“半分”が達成されたと言っても良い。

 そうこうしている内に、雫の呼んだヘリが上空から姿を現した。ダブルローターの輸送ヘリであるそれは、確かに人を運ぶには打って付けだ。

「さすが北山家、ヘリの運転手も即座に手配できるなんて」

「あれ運転してるの、黒沢さんだって。さっき雫さんが話してた」

 ミルクが何の気も無しに呟いた言葉にエリがそう返すと、ミルココの2人は驚愕の表情を彼女に向けていた。

「黒沢さんって、私達が雫の別荘に行ったときにお世話してくれたハウスキーパーだよね?」

「えぇ……、あの人、クルーザーだけじゃなくてヘリの操縦もできるんだ……」

 まさか北山家は普通のお金持ちのフリをした裏家業集団じゃないよね、とミルココが馬鹿馬鹿しい想像をしている間にも、黒沢の操縦するヘリは徐々に高度を落として駅前広場へと着陸の準備を進めていた。

 しかしその最中、突如として事件が起こった。

 何も無い空間から湧いて出たとしか思えないほどに突然、まるで黒い雲のようなイナゴの大群が現れた。ミルココの2人は一瞬昔の記憶がフラッシュバックしてギョッとしたが、少なくとも“それ”ではないことが分かってホッと溜息を吐く。

 しかしたかがイナゴとはいえ、エンジンの吸気口に入り込まれたら厄介なことになる。そもそもこんな不自然なタイミングで現れたイナゴが、野生の生物であるはずがない。

 最初に動いたのは、市民を誘導していた雫だった。ポーチから取り出した銀色の特化型CAD(九校戦が終わった直後に購入したシルバー・モデルのセカンドマシン)に登録されている“フォノン・メーザー”が、ループ・キャストによって連続してイナゴの大群に襲い掛かる。

 音による熱線が、イナゴを次々と消失させていく。

 しかし、

「……数が多すぎる!」

 魔法によって消失しているのは大群のほんの一部だけで、大部分が熱線をかいくぐってヘリに迫っていく。真由美や鈴音もCADを取り出して対処しようとしたが、雫の魔法と相克を起こすのを恐れて手が出せない。

 そしてイナゴの大群がヘリに取りつく――と思われたそのとき、

 

 

 突如としてイナゴの大群がその輪郭を曖昧にし、まるで幻のようにスッと消えていった。

 

 

「――――!」

 信じられない光景に雫・真由美・鈴音は目を丸くし、ミルココは口元に笑みを携えた。

 彼女達が、空を仰ぐ。

 その視線の先には、全身黒ずくめのプロテクトスーツに身を包んだ人影が、銀色のCADをイナゴの大群が先程までいた空間へと突きつけていた。

「……達也、さん?」

 雫がぽつりと呟く中、その人影と同じ黒ずくめの集団がヘリを取り囲み、ヘリは再び降下を開始した。やがてヘリが広場に到着し、市民が次々と乗り込んでいく。

 そしてその間にも、達也(らしき人物)を筆頭とした黒ずくめの集団が上空を飛び回っていた。プロテクトスーツ以外これといった装備が無いにも拘わらず、その集団は自由自在に空中を飛び回り、その動きにはまったく疲れを感じさせない。全員がハイレベルな魔法師であることは間違いないだろう。

 その集団を食い入るように眺めていた真由美は、ふと或る噂を思い出した。

 特定分野に突出している癖の強い魔法師を集めて作った、国防陸軍所属の実験部隊。個々の魔法師のランクは大したことのないように見えるが、実戦では戦局を左右するほどに強大な力を発揮する部隊である、と。

 成程、確かにこの性質は“彼”のそれとぴったり一致する。

「……何者ですかね、彼らは」

 正体不明の黒ずくめの集団。その見た目からすれば、確かに何の事情も知らない者の目には不気味に映るだろう。

 しかし稲垣のその問い掛けに、真由美はにこりと笑って自信満々に――

「大丈夫、味方だよ」

 答えようとしたところで、その台詞を後ろにいたエリに奪われてしまった。

 真由美は不満を隠そうともせず、口を尖らせて彼女に非難の視線を向けた。

 

 

 *         *         *

 

 

「化成体による攻撃を撃退。ヘリの降下を護衛します」

『護衛は他の者に任せ、特尉は術者の排除に移れ』

「了解」

 通信を終えた達也は、先程のイナゴを作り出した術者を捜すべく“眼”を凝らした。彼が先程分解したのはイナゴの個体ではなく、イナゴを作り出した魔法式そのものである。術式が分解されてイナゴがサイオンの粒子へと返っていく過程で、達也は魔法式の出所を掴んでいた。

 そして達也はほぼ同時に、ここから離れていくように逃走を図る魔法師を見つけた。ここからでも充分に排除は可能だが、直接視認した方がより確実だ。

 達也はちらりと駅前広場へ視線を向け、そこにいる見慣れた人物1人1人を見遣ると、すぐさま逃走する魔法師の頭上へと向かっていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 3つに分かれた警戒チーム(と銘打った迎撃チーム)の1つ、五十里と花音と寿和のチームは、すでに直立戦車に対する最も効率的な戦い方を確立していた。

 まずは五十里が、地下3メートルの地層に振動を遮断する壁を作り出す。これは地面を媒体とする振動魔法が得意な花音が、地下通路を気にせずに魔法を使えるようにするためである。

 とはいえ、万全を期するためにもあまり強力な魔法は使えない。なので花音は、“地雷原”のバリエーション魔法の1つである“振動地雷”という魔法を発動した。舗装された地面に細かいヒビが入って砂となり、地面から水が滲み出て水溜まりが作られる。そして液状化した地面が直立戦車のキャタピラを苦も無く呑み込み、頭1つ分沈ませた。

 直立戦車の無限軌道が唸りをあげて泥水を掻き出そうとするが、数秒もしない内に地面の水が抜けて凝固した。花音が水分子を振動させて蒸発させたからだが、単に水を含んでいた砂が固まった状態なので完全に拘束したとは言い難い。

 しかし、戦闘の最中に敵の目の前で数秒間身動きが取れなくなるというのは、それだけで致命的である。

 直立戦車が捕らえられた瞬間、寿和が空中から姿を現した。

 そしてその場にいる誰もが彼の動きを認識できないまま、寿和が振り下ろした刀が直立戦車を真っ二つに切り裂いた。

 千葉家に伝わる秘剣“斬鉄”は、刀を単一概念として定義することで折れることも曲がることも欠けることもなく物体を切り裂く魔法だが、彼が今持っている雷丸(イカヅチマル)でそれを使うと、刀を持つ剣士自体が集合概念として定義される。それによって、僅かなブレも無い高速の襲撃が可能となった。

 雷丸による斬鉄――“迅雷斬鉄”(じんらいざんてつ)は、刀を振り下ろすときに自分がどのような動きをするのか隅々まで把握する必要がある。なので寿和は何千、何万、何十万回と素振りを繰り返してきた。つまり“迅雷斬鉄”は型を極めたことで可能となる技であり、攻撃の最中は型通りの動きしかできない。なので寿和は型を読まれないためにも人目を盗んで練習するしかなく、故に彼を怠け者と誤解する者が多かった(その筆頭がエリカだった)のである。

 この布陣によって、彼らはすでに5輌もの直立戦車を沈黙させた。彼らの眼前には、鉄クズと化した“元”直立戦車が山のように積み上がっている。

 しかし、彼らの表情はけっして明るいものではなかった。

「……この状況は、不自然ですね」

 確認するように呟かれた五十里の言葉に、花音と寿和が同時に頷いた。

「敵はわざわざ、あたし達が待ち構えてるここを選んでやって来ている。もし駅前の広場に行きたいんだったら、ここ以外の狭い路地を使うという選択肢も当然存在するはず」

「なのに奴らは、直立戦車を使ってまでここを通ろうとしている。――あるいは、ここを通ることで僕達に対処させようとしている」

「……やはり、彼らは足止めを狙っているということですか」

 3人は真剣な表情で言葉を交わすと、揃って後ろを振り返った。彼らが戦っている間もずっと後方で待機しているエリ(に化けたドッペルゲンガー)と目が合い、彼女はにこりと笑ってみせる。

「大丈夫だよ。3人はここで直立戦車を倒すことに集中して」

「……エリちゃん。それってつまり――」

「ほら、3人共! また来たよ! 今度は2輌!」

 五十里がエリに問い質そうとするのを遮るように叫んだエリに、3人は再び表情を引き締めて戦闘の構えを取った。

 ビルの陰から、人間の数倍はある大きさの直立戦車が顔を出し、彼らを威嚇するように腕を振り上げた。

 

 

 

「こちら歩兵部隊A、敵には捕捉されていない模様。どうぞ」

『了解。そのまま任務を続行せよ』

 無線による短い会話を交わしたその兵士は、通信を切ってちらりと後ろを振り返った。彼の後ろには同様の服装と装備をした数人の兵士がおり、全員が戦意を顕わにしながら小さく彼に頷いてみせる。

 彼らは直立戦車が大通りで敵の目を惹きつけている間、こっそりと裏路地から駅前広場へと侵入し、市民を人質に取る役目を担っていた。建物を2棟ほど挟んだ向こう側では、仲間の兵士が命掛けの囮役を買って出ている。だからこそ、彼らは何としてでもこの任務を成功させなければならなかった。

 と、そのとき、上空からヘリのローター音が聞こえてきた。彼らが空を見上げると、おそらく市民を脱出させるために駆けつけたであろう輸送ヘリが下降を始めていた。途中魔法による妨害こそあったものの、それはすぐに不発に終わって下降を再開する。

「くそっ、救援が到着してしまったか」

「あの大きさでは、広場にいる全員を乗せることは不可能だ。ならば救援に呼んだヘリは1機だけではないはずだ。ここはあえて、あのヘリが救援を終了して去った後に踏み込むのはどうだ?」

「確かに、人質が少ない方がこちらとしては好都合だ」

「よし。そうと決まったら、いつでも踏み出せるようにもう少し近づいておこう」

 おそらくリーダーであろうその兵士の言葉により、兵士達は再び移動を開始――

「待て」

 しようとしたところで、リーダーの兵士が腕を横に伸ばして仲間を制止した。

 彼らから10メートルほど離れた前方に、1人の妙齢の女性が立っていた。武器も持っていない丸腰の彼女は、こちらの存在に気づいているにも拘わらず逃げようとも怖がろうともしない。

 兵士としての第六感として危険を感じ取った彼らは、相手が女性だからと油断することなく、銃器を彼女に向けながらじわじわと近づいていく。

 だがしかし、“異変”はすぐさま訪れた。

「――――!」

 気温の変化が生じたわけでもないのに、突然寒気を感じて体が震えだした。全身に力が入らずにその場に崩れ落ち、まるでカビでも生えたかのように肌が変色し始める。激しい痒みに襲われ、それに合わせて唐突に肌が泡立つようにブクブクと膨れ上がって発疹が表れる。

 ――この感じ……、まさかウイルスか!

 兵士が目を丸くして女性へと目を向け、そして彼女の姿にさらに大きく目を見開いた。

 その女性――モカの、普段は眼帯によって隠されている左目が顕わになっていた。

 そして彼女の左目は、まるで彼女の顔の左半分を占領するかのように大きかった。右目と比べても極端に黒目の面積が小さく、瞼が無いために常に剥き出しの状態である。その左目で兵士をギロリと睨みつけながら、その腕をまっすぐ兵士へと向けている。まるで指を差すように。

 “邪眼の病魔”モカ。

 ダッチの部下“ザイニン”の1人であり、主な能力は左目で相手の動きを封じる“束縛の邪眼”と、指差した人物を病気にする“病害呪指”(ガンド)の2つ。

 特にガンドは生物・化学兵器に分類される“BC能力”であり、即効性だが感染力の低い“A”と、遅効性だが感染力の強い“Z”を組み合わせることで、その気になれば大都市まるまる死滅させることも容易いほどに危険な能力だ。普段つけている眼帯はその能力を封印するためのもので、ダッチの許可があって初めて使用可能となる。

 もちろん、兵士達はそのような詳しい情報を知らない。しかし彼らは、今自分達に起こっている状況と、それを目の当たりにしながら顔色一つ変えない彼女の様子に、本能的に悟っていた。

 自分達はおそらく助からない、と。

「……俺達を倒したところで、他の部隊が広場に到達するだろう。おまえ達に、その全部を防ぐことができるのか?」

「できるわ」

 兵士の苦し紛れの問い掛けに、モカは平然とした表情で即答した。

「あなた達が直立戦車を囮にしていたことは、すでに分かっている。あなた達のような奇襲部隊がどれくらいいて、今どこを歩いているのかも全て余すことなく把握している。そしてこちらには、そいつら全員を殺すことのできる能力と実力がある。――あなた達が広場に到達することは、絶対に無い」

 モカの言葉を聞きながら、すでに地面に仰向けになって転がるほどに衰弱していた彼らは、そこで初めて気がついた。

 ビルの屋上からじっとこちらを見つめる、“同じ姿をした何人もの少女”の存在を。

 ――そうか……。俺達は最初から掌の上だったか……。

 意識が途切れる直前、彼らはそんなことを考えていた。

 

 

 

 そして、ちょうどその頃。

「頑張って、幹比古さん! 幹比古さんがここで敵を食い止めないと、広場にいる真由美さん達がピンチだよ!」

「無茶言わないでよ、エリちゃん! 僕はダッチちゃんほどの機動力も無ければ、モカさんみたいな制圧能力も無いんだから!」

 幹比古はエリ(に化けたドッペルゲンガー)に急かされながら、たった1人で奇襲部隊に立ち向かっていた。




【現在状況】

厚志……敵偽装揚陸艦を制圧、魔法協会支部へ向かう

達也……独立魔装大隊と合流して出撃、駅前広場にて輸送ヘリを支援中

克人……藤林の部下2人と共に、魔法協会支部へ移動中

深雪・レオ・エリカ……警戒チームA(直立戦車担当)、駅前広場周辺の警戒に当たる

摩利・五十里・花音・寿和……警戒チームB(直立戦車担当)、駅前広場周辺の警戒に当たる

幹比古・ダッチ・モカ……警戒チームC(奇襲部隊担当)、駅前広場周辺の警戒に当たる

真由美・鈴音・ミルク・ココア……駅前広場にて、ヘリの到着を待つ

雫……稲垣と共に、輸送ヘリに市民を誘導中

エリ……駅前広場にいながら、ドッペルゲンガーにて周囲を警戒中

洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……他の観客と共に駅シェルターに避難中

将輝……大型車両駐車場にてゲリラ兵を殲滅、魔法協会支部へ向かう

真紅郎……将輝以外の三高生と共に、市街からの脱出を図る
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