魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第65話 『不意打ちの極意は、“誰にも気づかれないこと”である』

 魔法協会の組織した義勇軍は、現在苦戦を余儀なくされていた。

 北上した部隊は直立戦車と装甲車の混合部隊であり、どちらかというと装甲車の方に主力が割り振られている。しかし協会を攻めている部隊は白兵専用に改造された直立戦車が主力であり、さらには多数の魔法師が同行していることが特徴的だった。

 そんな彼らの使っている主な魔法は、犬に似た獣が炎の塊となって爆ぜる“禍斗”(かと)に、一本足の鶴に似た鳥が火の粉を撒き散らす“畢方”(ひっぽう)の2つである。どちらも大陸系の古式魔法であり、魔物に似せた化成体を作り出して使い魔とする魔法である。化成体による攻撃は義勇兵に強烈なダメージを与えるが、仮に化成体を攻撃したとしてもそれを操る魔法師には一切のダメージが無い。

 対する日本の魔法師が使うのは、もはやすっかり世界のスタンダードとなった現代魔法。早さ、つまり手数では古式魔法に対して圧倒的に勝るが、侵攻軍はそれを化成体の数で補っていた。そして時間が経つにつれて、頭数の多さによるアドバンテージが表面化してきたのである。

「くそっ、撤退するぞ!」

「後退して、防衛ラインを立て直す!」

 義勇兵の1人が叫んだその提案に賛同するムードが、義勇軍全体に流れ始めた。確かにこのまま陣営を保って戦い続けるのは無理があるが、一度後退してしまうとズルズルと押し込まれてしまうのが常である。それが分からない彼らではなかったが、背に腹は代えられないと考えたのだろう。

 しかし、次の瞬間、

 

「ダブル・バイセップス!」

 

 人間にとっては巨大な直立戦車が丸ごと包み込まれるほどに極太なレーザーが、義勇軍の眼前を横殴りに通過していった。そしてレーザーが晴れると、獣の姿をした化成体はホログラムのように掻き消え、侵攻兵は気を失ってその場に崩れ落ち、直立戦車は動きを止めて激しい音をたててその場に倒れ込んだ。

 突然の出来事に義勇兵は戸惑い、そしてレーザーが撃ち出された方へと顔を向ける。

 そこにいたのは、アニメで見るような魔法少女の姿をした、身長2メートルの筋骨隆々の大男・厚志だった。

「――――!」

 義勇兵全員が、咄嗟にCADを構えて彼に敵意を向ける。

 しかし、

「彼は敵ではない! それに、卑劣な侵略者はまだ残っているぞ!」

 彼の背後から姿を現した、プロテクトスーツのせいで鎧武者のような出で立ちをしている克人に、彼らは厚志への敵意を侵攻軍へと向け直した。

 それと同時に、突然仲間をやられた侵攻軍の混乱が解け、今度は彼らが厚志に敵意を向けた。厚志自身やその攻撃の正体は謎のままだが、彼が何かしたことは状況から見て明らかだった。

 そしてCADを向けられた厚志は、動く気配も無く彼らをじっと見つめ、

「ぐっ――」

 侵攻軍が何の前触れも無く地面に倒れ伏すのを目撃した。その光景は、まるで目に見えない巨大なハンマーに押し潰されたかのようである。

 そんな厚志の背後では、克人が彼らに向けて掌を突き出している。

 十文字家の代名詞、“ファランクス”。

 絶対の防御力を有する多重障壁魔法だが、その真価はむしろそれを用いた攻撃にある。言うなれば“障壁で対象を叩き潰している”だけなのだが、シンプルだからこそ問答無用の攻撃性能を誇る。

 対物非透過という性能のみに絞り込んだ攻撃用の障壁は、物質を対象としたものでありながら、その干渉力により他の魔法の存在を許さない。射程距離の短さ、実体化・具現化した現象にしか通用しないという欠点はあるものの、面による敵の制圧、さらには対物・対魔法防御を兼ねたこの攻撃は、近距離集団戦において絶大な威力を発揮する。

「ダブル・バイセップス!」

 そしてファランクスの届かない場所にいる敵には、厚志によるレーザー攻撃が襲い掛かった。その見た目通り光の性質を持つその攻撃は、光速で襲い掛かるため避けようが無く、さらには最低限の視界を確保している装甲車や直立戦車に乗る兵士にも有効である。

 たった2人の人間の登場で、あれだけ劣勢だった戦況がいとも容易くひっくり返った。最初はそれを呆然と見つめていた義勇兵だが、彼らに遅れを取ってはならないと(とき)の声をあげて侵攻軍に襲い掛かっていった。単純なように思えるかもしれないが、戦いというのは案外そんなものである。

 あれだけ義勇軍を攻めていた侵攻軍が、今度は逆に後退を強いられていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 雫と稲垣、それから多数の市民を乗せた輸送ヘリが狙撃の届かない高度にまで上昇したのを見届けた独立魔装大隊の飛行歩兵隊は、周囲を警戒すべくビル街へと散らばっていった。残された市民達も、子供に主導権を握られるよりは安心できるのか、大人しく次のヘリを待っている。

 とはいえ、このまま市民を待たせていると、いつ不満が爆発するか分からない。なので空の向こうからヘリのローター音が聞こえてきたときは、正直なところ「やっと来たか……」というのが真由美の偽らざる感想だった。

 軍用の双発ヘリは、雫が呼んだものより一回り大きい。これならば残った市民も全員問題無く乗せられることだろう。

 しかし、やって来たヘリはそれ1台だけではなかった。戦闘ヘリがそれに随従しているのに真由美が気づいたのと同時に、彼女の通信ユニットに着信を知らせるコール音が鳴った。

『お嬢様、ご無事でいらっしゃいますか』

「――名倉?」

 そこから聞こえてきたのは、彼女のボディーガードを務める老紳士の声だった。

『私は戦闘ヘリの方に乗っております。お嬢様はこちらの機体で脱出するように、と旦那様から仰せつかっております』

「……分かりました」

 十師族の一員である以上戦場に残るのが望ましい、というのはあくまで真由美個人の想いであり、当主である七草弘一はそう思わなかったようだ。むりやり残ろうとも思ったが、残念ながら近接戦闘では名倉の方が一枚上手だし、だからといって救援に来たヘリを撃つわけにはいかない。

「……リンちゃんは、市民の皆さんをお願いね」

「分かりました。真由美さんは?」

「私達はあのヘリに乗って、他のみんなを拾ってから脱出するわ」

 真由美のその言葉に反応したのは、ミルココの2人だった。

「ん? それって、みんなの所にあのヘリが向かうってこと?」

「ええ、そうだけど……。何かまずいかしら?」

「いやぁ、さすがにそれは目立つでしょ。市民が脱出した後に、みんなにここまで来てもらえば良いじゃない」

「でも、みんなはここを守るために戦ってる最中でしょ? そんな余裕あるの?」

「大丈夫だって、みんな優秀だから。――というわけで、エリちゃんお願いね」

 ミルクの言葉に、エリはにっこりと笑って頷いた。おそらく今頃は、彼女を通じてドッペルゲンガーから皆に説明が行われていることだろう。

 それを眺めていた真由美は、ふと視線を逸らして顔を上げた。周辺のビルの内の1つ、広場に下りようとしているヘリを容易に見渡せる位置にいるその兵士は、先程雫の呼んだヘリを襲ったイナゴの大群を掻き消したあの兵士である。

 真由美はその人物を頼もしそうに、それでいて心配そうに眺めていた。

 

 

 

「そうか。おそらく七草先輩達の脱出が完了したら、こちらから反転攻勢に出るだろうな」

 ビルの屋上でエリからの報告を受けた達也は、特に何の感情も抱いていないような声でそう答えた。もちろん、このエリもドッペルゲンガーに化けた偽物である。

「達也さんもそれに参加するの?」

「まぁ、今の俺は独立魔装大隊の特尉・大黒竜也だからな。当然それにも参加する。――エリ達は別にこのまま脱出しても構わないんだぞ? エリ達はあくまでも、今回の戦闘に巻き込まれただけなんだからな」

 達也はそう言いながら屋上の端に移動し、CADの銃口を下に向けて引き金を引いた。建物の角でポッと火が上がり、そしてすぐに消える。ミサイルランチャーが路面に転がるのが見えたが、現在の携行兵器はその程度で暴発するほどちゃちな造りをしていないので気にしない。

 それを5回ほど繰り返し、ヘリを狙おうとしている輩を排除したところで、達也とエリはほぼ同じタイミングで後ろを振り返った。

 そこには、抜き身の刀を持つ寿和の姿があった。顔見知りであるエリの姿に少なからぬ動揺を抱いているようだが、それでも隙の無い“無形の構え”を解くことはない。

「エリちゃん、その男は何者だ?」

 寿和は本人にではなく、傍にいるエリにその質問をぶつけた。本人に訊いても素直に答えないと思ったのだろう。

「国防陸軍第101旅団、独立魔装大隊特務士官、大黒竜也」

 しかし寿和の予想に反して、達也はあっさりと自分の素性を明かした。自分で質問をしたくせに、寿和は答えが返ってきたことに驚きを隠せないでいた。

「寿和さん、どうやってここまで来たの? 空飛べるの?」

「へっ? いや、その――」

「このビル、隣のビルと距離が近いだろ? おそらく交互に壁を蹴ってビルの間を駆け上がってきたんだろう」

「成程、そういう方法もあるのかぁ。さすがだね、寿和さん!」

「えっ? あの、エリちゃん――」

 この場には関係の無い話に寿和が戸惑っている間に、達也はビルの外側へと跳んだ。そして達也の左手がベルトのバックルを叩くと、彼の体は重力の支配から解き放たれてふわりと浮き上がる。

 そして寿和が反応する暇も与えずに、彼は拳銃の弾が届かない上空まで飛び上がっていった。

 それを呆然とした様子で見送った寿和は、やがてその表情を疑惑の色に染めてエリへと向けた。

「……エリちゃん、彼は何者なんだ? 君は彼とどんな関係だ?」

「さっき名乗ったでしょ? 軍の人間だよ」

「なぜ君は、そんな人間と親しく話していたんだ? いや、そもそも君達の正体も気に掛かる。いきなり戦闘に巻き込まれたのにそんなに平然としているだけに留まらず、侵攻軍に対して互角以上に渡り合っている。――君達は、本当は何者なんだ?」

 まっすぐ見据えて尋ねてくる寿和に、エリは口元に笑みを携えたまま彼に向き直る。

「寿和さんが今ここにいるってことは、花音さん達を置いてきたってことだよね。大丈夫なの?」

「問題無い。敵の攻撃は収まってきている」

「そういう油断を突いて不意打ちを仕掛けるのが、ゲリラ兵の真骨頂でしょう? こんな所で油を売ってる場合じゃないでしょ。警察の仕事は、市民の安全を守ることなんだから」

「……すまなかった。すぐに持ち場に戻る」

 そう言ってその場を去ろうとする寿和に、エリが思い出したように声を掛けた。

「寿和さん、広場に真由美さんが呼んだヘリが2機あるでしょ? 今から私達、あのヘリで脱出することになってるの。市民を脱出させたら広場に行くから、協力お願いね」

「……分かった」

 寿和がそう言ってビルから飛び下りるのを確認して、エリに化けたドッペルゲンガーはにやりと笑って、まるで霧のようにその姿を掻き消した。

 

 

 *         *         *

 

 

「というわけで、幹比古さん。頑張って広場まで戻ってきてね」

「無茶言わないでくれるかな! この状況を見てよ!」

 エリ(の偽物)にしれっとした表情で言われた幹比古は、緊迫した表情で思わず叫んでいた。

 他のチームと違って奇襲目的の歩兵部隊を迎撃する役目を担っている幹比古・ダッチ・モカのチームだが、現在彼女達は単独行動を取っている。亜空間を利用して素早く動き回れるダッチ、ウイルスによる圧倒的な空間制圧能力を持つモカは、チームで動くよりも単独で動いた方が成果を上げられるからである。

 そのせいで、幹比古は慣れない戦場下で単独行動を強いられていた。古式魔法を使うことで、ビルの陰に隠れて敵部隊に姿を現すことなく奇襲攻撃を仕掛けられるというアドバンテージはあるものの、次から次へとやって来る歩兵部隊に対処し続けなければいけない彼の肉体的・精神的疲労は計り知れないものだろう。

 もちろん、いざとなればすぐ傍にいるエリを通じて援軍が駆けつけるのだろうが、今のところ彼女にそんな様子は見られない。同じ1年の中でも単独行動を任される程度には信頼されている、とポジティブなことを考えて幹比古は奇襲部隊を迎撃し続けるのであった。

 しかしながら、幹比古はなかなか撤退のタイミングを掴めなかった。幹比古が撃退するのと同じペースで追加の部隊が現れるため、攻撃の手を休めることができないのである。

「エリちゃん、他のみんなはどんな様子?」

「他のみんなは、広場に向かって動き始めてるね。後は幹比古さんだけだよ」

「そうか……。せめて今いる奴らを一掃できれば……」

 そのような広範囲の攻撃を繰り出すとなれば、発動までにそれなりの時間が掛かる。その間に部隊が広場に向かってしまうのを恐れて、幹比古はなかなか決定打を出すことができなかった。

 すると、

「幹比古さん、手伝った方が良い?」

「えっ? そりゃまぁ、それに越したことはないけど……。できるの?」

「大丈夫だよ、“本物”に頼めば。――うん、お願いね」

 最後の台詞は、おそらく広場にいる本物のエリと会話したものだろう。

 幹比古がそう思った、次の瞬間、

「えっ――」

 幹比古が精霊を介して眺めていたその視界で、突然空中に現れた幾つもの金色の槍が、まるで弾丸のような勢いで奇襲部隊に襲い掛かっていくのが見えた。為す術も無く打ち倒されていく兵士を前に、幹比古は開いた口を塞ぐことができなかった。

 そしてあっという間に、幹比古が迎撃していた部隊は全滅した。2本足で立つ者は1人もおらず、追加の部隊が現れる様子も無い。

「よし、行こうか」

「……うん」

 幹比古は何か言いたげにエリに視線を向けていたが、やがて溜息と共に目を逸らしてその場から離れ始めた。

 

 

 

 残りの市民を乗せたヘリが脱出を成功させてからしばらくして、広場の周辺を警戒(実質迎撃)していたチームの面々が続々と戻ってきた。

「それにしても、あたし達のためにもう1台ヘリを用意してくれるとか、さすが七草は太っ腹ね」

「こういうのって、“太っ腹”って言うのかな? 真由美を確実に脱出させるためのものでしょ?」

「とはいえ、これのおかげで私達も避難の目処が立ったから、七草先輩に感謝ね」

 エリカ達が呑気にそんな会話ができるのも、戦闘が最初と比べて沈静化していることの表れだった。厚志が揚陸艦を制圧して機動部隊の上陸を阻止したことや、独立魔装大隊や義勇軍などの活躍により敵部隊が中華街の周辺へと追い込まれ、広場周辺ではすでに大きな戦闘が行われなくなったことが大きな要因なのだが、情報を逐一収集できる状況にない彼女達には残念ながらそこまでは分からなかった。

 と、そのとき、ようやく幹比古が広場に姿を現した。怪我をした様子も無くこちらに歩いてくる彼の姿に、魔法科高校の面々は安堵の溜息を吐いた。ちなみに彼と一緒にやって来たエリ(の偽物)は、広場に到着した時点で幻のように姿を掻き消した。

「よし、幹比古も来たし、私達も脱出するか」

「そういえば、シェルターにいる人達はこのまま残して大丈夫なの?」

「下手にヘリで脱出しようとするよりも、ここでこのまま引き籠もってた方が安全でしょ? いざとなったら、リカルド達もいるし」

「それもそっか」

 そんな会話を交わしながら、皆が次々とヘリへと乗り込んでいく。皆が安堵の表情を浮かべているのは、いくら彼女達が同世代の魔法師達に比べて実戦慣れしているとはいえ、戦場という緊張に塗れた場所から離れることができる安堵感からだろう。

 そして、最後まで周囲の警戒役を買って出たエリが全員乗ったのを確認して、自らもヘリに向かおうと後ろを振り返った、

 そのとき、

 

 エリの左胸を、銃弾が貫いた。

 

 その瞬間、ミルココを始めとした全ての人間が顔を真っ青に染めた。

 左胸を撃たれたそのエリは、皆と一緒に広場へとやって来て、警戒チームを結成する際にドッペルゲンガーを召喚し、偽物達が広場から散らばった後もずっとここにいて、偽物やチームのメンバーを統括する立場にいた。

 つまり、

「――エリちゃん!」

 ヘリに乗っていたミルココやエリカ達がヘリから勢いよく飛び出し、左胸に空いた穴から真っ赤な液体を吹き出して地面に崩れ落ちていく彼女へと駆け寄っていった。他の皆がエリに集中している中、深雪だけはヘリから降り立った後もその鋭い視線を周辺へと向けている。

 そして、

「――あいつね」

 エリを狙撃したと思われる兵士の姿を見つけた途端、深雪は心を怒りに震わせて、しかし頭はあくまでも冷静を保ったまま、CADすら持っていない右手を兵士に向けた。

 達也が出撃する際に深雪が彼の額にキスをしたのは、彼女の力によって抑制されていた達也本来の力を解放するためである。しかしそれによって本来の力を取り戻すのは達也だけでなく、彼の力を拘束するため本来の魔法制御力の半分を常に費やしている深雪も同じことだった。

 本来の力を取り戻した深雪から放たれる、CADすら必要とせずに編み上げられる得意魔法。

 系統外・精神系干渉魔法“コキュートス”。

 ギリシャ神話における地獄の最下層の名を冠したその魔法を受けたその兵士は、その瞬間に精神が凍りついたように動かなくなった。凍りついた精神が蘇ることはなく、死を認識することができないので肉体も死を自覚することができなくなる。その兵士は魔法を受けたときの姿勢のまま、まるで氷の彫像のようにその場に転がった。

 大半がエリに気を取られていたが、深雪の魔法の一部始終を目の当たりにした真由美やエリカなどは、まるで世界全体が凍りついたかのような幻影を見た。

「エリちゃん! エリちゃん!」

「ちょ、嘘でしょ! もう少しで脱出できるってときに、なんで――」

「エリちゃん、しっかりして! こんな所で、そんな――」

「おい、しっかりしろよ! ここでエリちゃんが死んじまったら、意味が無いだろ!」

 胸から血を流すエリを抱き起こしながら、皆が一斉に喚き散らしていた。普段は冷静沈着な者も血相を変えて青ざめ、胸から溢れ出る血にどうすれば良いのか分からずに狼狽えていた。

「お兄様! エリが撃たれて――」

 そして深雪も周囲のビルの屋上辺りを見渡して、姿の見えない達也に向かって必死に呼び掛けていた。

「――みんな」

 ふと、エリが口を開いた。その声は弱々しく今にも消え入りそうだが、誰1人それを聞き漏らすことなく、一斉に彼女へとその憔悴した表情を向ける。

 そしてエリは、皆が注目しているそのタイミングで、

 

 ぽんっ。

 

 間抜けな音をたてて、その姿を霧のように掻き消した。

「…………、…………、……えっ?」

 たっぷり10秒ほどの時間を掛けて、ココアが疑問の声をあげて考えを巡らせ始めた。

 そして何も抱いていない自分の腕から顔を上げ、

「――ちょっと、“本物”のエリちゃんはどこに行ったの!」

 その絶叫に、その場にいた全員が先程とは違う意味で顔を真っ青に染めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 十師族直系の義務感から義勇兵として動いている将輝は、現在中華街の手前で克人とは別の義勇軍に加わっていた。敵が往来する真っ只中を堂々と歩きながら、時折真紅の華を咲かせながら踏破していった結果、たまたま侵攻軍と交戦中だった彼らと居合わせたからである。

 負傷者から譲り受けたプロテクターを身に纏い、赤味を帯びた光沢を放つCADを握りしめる彼は、大きく肩を上下させて息をしていた。彼の得意魔法“爆裂”を連発したこと、そして敵の攻撃が機甲兵器から魔法によるものに切り替わったことへの対処により、彼の体に疲労が蓄積していったからである。

 しかも現在の相手は、将輝の疲労をさらに倍加させるような戦法を採っていた。

「くそっ、卑怯な……」

 将輝の前に立ち塞がるのは、隊列を組んだ“幽鬼”だった。これは比喩ではない。かといって、本物でもない。

 これは古式魔法によって作られた、いわば幻影だ。

 しかし、将輝の“爆裂”に対しては非常に有効な戦法となる。“爆裂”は対象物内部の液体を瞬時に気化させる魔法であるため、対象物に液体が無ければそもそも成立しない。なので将輝が幽鬼に対応するためには、普段使っている特化型CADではなく汎用型CADを使って、干渉力を放射させることで幽鬼を消滅させる他ない。

 そしてこの幽鬼自体には、攻撃力が備わっている。催眠術、あるいはプラシーボ効果と同じような理屈で、幻影に斬られた者は赤い線を残して絶命する。魔法師ならば情報強化でそれを防げるが、魔法師ではない一般市民も混じっている義勇兵ではそうもいかない。

 この攻撃を打ち倒すためには、魔法式を展開している魔法師そのものを叩かなければならない。将輝は得意の魔法を封じられた状態で、幻影の攻撃を凌ぎながら、敵がどこにいるのかを探し当てなければならない。

「……こうなったら」

 一向に打破できない状況に嫌気が差したのか、将輝は発想を変えることにした。今までは市民の巻き添えを恐れて、単体のみを対象とした攻撃しか行わなかった。しかしこのまま事態を長引かせては、かえって市民に被害が拡大すると考えたのである。ということにしたのである。

 将輝が今から繰り出そうとしているのは、“叫喚地獄”。威力自体は“爆裂”の劣化板であり、本来なら一瞬で液体を気化できるものを30秒から1分の時間を掛けて気化させる。その代わり、“爆裂”の対象があくまで物であることに対し、こちらの対象は“領域”だ。将輝が設定したエリアはその名の通り地獄と化し、対象物の内部に干渉するため情報強化も利かない。

 将輝は比較的敵が密集している辺りを魔法領域に設定して、起動式を発動――

「ドッペルゲンガー! やぁっておしまい!」

『あらほらさっさー!』

 戦場にはおよそ似つかわしくない掛け声と共に、戦場にはおよそ似つかわしくない少女の大群が侵攻軍に襲い掛かっていった。空中を縦横無尽に飛び回って、時々手足を光らせながらその可愛らしい外見からは想像もつかないパワーを繰り出すその少女は、その全員がまったく同じ見た目をしていた。

 突然乱入してきたその少女に、将輝は最初驚きに目を丸くしていたが、その少女が顔見知りであることに気づくとその驚きも消え、緊張するように口を引き結んでいた。そんな変化の間に、将輝に立ち塞がっていた幽鬼の部隊は1人残らず掻き消え、どうやらそれらを操っていたと思われる魔法師も一気に倒していた。

 気絶して地面に転がっている魔法師をじっと眺めるその少女――エリに、将輝が恐る恐る近づいていく。

「……エリちゃん」

「将輝さん、今何かやろうとしてたでしょ」

「――――!」

 エリの言葉に、将輝は思わず息を呑んでいた。可愛らしく頬を膨らませ、こちらに向ける視線もたいして鋭くはないが、将輝にはそれが何よりも責められているように思えたのである。

「……す、すまなかった。僕にはどうも、ああいう手合いは苦手なんだ」

「まぁ、それは仕方ないか。確かに、あれ以上長引かせてたら危なかっただろうし」

「正直、エリちゃんが来てくれて助かったよ。――ところで、君は“本物”か?」

 そう尋ねる将輝の態度がどこか恐る恐るといった感じなのは、ひょっとしたら、九校戦のときに彼女のドッペルゲンガーにやられた記憶が蘇ってきたからかもしれない。

 そして彼の質問に、エリはいたずらっぽく笑みを浮かべて、

「さぁ、どっちでしょうか?」

「……勘弁してくれ、エリちゃん」

 頭に手を遣って溜息を吐く将輝に、彼の目の前にいるエリ、そして2人の周りを遠巻きに取り囲んでいるエリが一斉にニカッと笑った。

「ところで、どうしてエリちゃんはここに?」

「私の偽物が飛び回ってるときに、偶然将輝さんを見掛けたの。それで、何か苦戦してるっぽいなって思ったから、みんなに黙ってここに来ちゃった」

 “みんなに黙って”ということは目の前のエリが本物か、と将輝は疑問に思ったが、たとえ彼女が本物だろうと偽物だろうと大した問題ではないことに気づき、それを尋ねることはしなかった。

「頑張って、将輝さん。敵の部隊はもうほとんど崩壊寸前だから。山下埠頭の揚陸艦も制圧したし、支部を襲ってた部隊も敗走してるし、あとは中華街の辺りに追いやられた連中だけだよ。“単独行動してる奴ら”も他の人達が何とかしてくれるだろうし、私達は中華街の方に行こう」

「……分かった、そうしよう」

 十師族直系として、そして単純に1人の男の子として、年下の女の子に戦場で指示をされるというのは些か屈辱的ではあったが、目の前の彼女に対してちっぽけなプライドを振りかざすのは得策ではない。

 そう思った将輝は、エリの言葉に素直に頷いて、中華街の方へと歩みを進めていった。




【現在状況】

厚志・克人……魔法協会支部を襲撃していた部隊を迎撃中

達也……独立魔装大隊と合流して出撃、駅前広場にて輸送ヘリを支援中

深雪・レオ・エリカ・幹比古・真由美・鈴音・摩利・五十里・花音・ミルク・ココア・ダッチ・モカ……広場の市民を避難させ、自身達も避難に向けて行動中

寿和……取り残された市民の安全確保のため単独行動中

雫……稲垣と共に、輸送ヘリにて市民と避難中

エリ・将輝……義勇軍と合流、横浜中華街へと向かう

洋子・景・沙希・リカルド・マッド・美月・ほのか・遥・小春・千秋……他の観客と共に駅シェルターに避難中

真紅郎……将輝以外の三高生と共に、市街からの脱出を図る
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