「敵は怯んだぞ! 一気に押し戻せ!」
克人の追撃命令に、義勇軍の兵士達は次々と雄叫びをあげて侵攻軍に襲い掛かっていった。克人はこの義勇軍の中でも最も若い部類に属していたが、彼がリーダーの立場となることに反対する者はいなかった。
それは十師族直系という政治的立ち位置、あるいは彼の参戦によって戦況が一変したという単純な実力からそうなったのではない。若くして人の上に立ち、叱咤激励しながら部下の士気を高めていく彼のカリスマ性に、義勇兵達が自然と惹かれていったことが理由と言えるだろう。
しかし当の克人自身は、口では義勇軍に攻勢を仕掛けるように命令したものの、現在の状況に疑念を抱かざるをえなかった。
彼の予想では、侵攻軍はもっと抵抗するものだと思っていた。わざわざゲリラを潜伏させてまで協会支部に攻撃を仕掛けた彼らにしては、随分とあっさり敗走に転じたように感じる。まさか別の部隊がこの隙に支部を攻めようと思っているのか、と克人は思ったが、残念ながら今の義勇軍を2つに分けて支部に向かわせるほどの余裕は無かった。
と、そこまで考えて、克人ははたと思い直した。
今はそんな常識をやすやすと破壊する“規格外”がすぐ傍にいるではないか、と。
「厚志さん」
「分かってる。多分、別部隊が支部に向かってるだろうね」
「すみません。お願いします」
頭を下げる克人に軽く右腕を挙げて、厚志は義勇軍から離れて踵を返した。
そしてそのまま飛んでいこうと脚に力を入れた、そのとき、
「――電話か」
ポケットの携帯端末が鳴り、厚志は行動を中断して画面に目を遣った。
そこに書かれていた名前に厚志は表情を引き締め、電話を取った。
「もしもし、ジローくん。どうしたんだい?」
『厚志さん、見つけました』
電話の相手――某国の
しかしそれだけで、厚志には充分だった。
「どこだい?」
『魔法協会支部の傍に潜んでいます。一緒に引き連れているのは20人程度ですが、いずれも手練ればかりです。その中に、
「……そうか。分かった。すぐに向かおう」
『了解です。――では』
そう言い残して、ジローは電話を切った。厚志はすぐさま、別の相手へと電話を掛け始める。
『厚志さん、何かありましたか?』
「
『……別にそちらに行くのは構いませんが、厚志さん1人でも事足りるのでは?』
「全員が“真正面から向かってくる”んだったら、私1人でも大丈夫なんだけどね。そうとは限らないだろう? だから達也くんにも手伝ってもらおうと思ってね」
『分かりました。そちらに向かいます』
達也の返事に厚志は満足そうな笑みを浮かべて、電話を切った。
「ちょっと、エリちゃん! 離れるなら離れるで、ちゃんと連絡してよね!」
『ごめんごめん。将輝さんを見掛けたから、つい』
「もう! とにかく、将輝から離れちゃ駄目だからね! 後で合流するときに面倒臭いから!」
『はーい』
真由美の用意したヘリの中で電話越しにそんな会話を交わしたミルクは、通話を切った後に思いっきり溜息を吐いた。
「ねぇ、エリちゃんを迎えに行かなくて大丈夫なの?」
「エリちゃんほどの実力があれば、まぁ大丈夫だとは思うけど……。あぁもう、最初の頃はあんなに素直だったのに、何だか最近お転婆になってきた気がするよ……。これが反抗期なのか……?」
「反抗期、とは違うんじゃないかしら……?」
ヘリの中央で和気藹々と話すミルココや真由美達の陰で、深雪が心配そうな表情でヘリの窓から外を眺めていた。それに気づいたエリカが、彼女の傍へと近づいていく。
「どうしたの、深雪? 達也くんが気になる?」
「……えぇ、そうね。お兄様が卑劣な侵略者に遅れを取ることはないと分かってはいるけど、どうしても心配になってしまうわ」
その答えを聞いたエリカは、にやりと口角を上げて、
「あらあら、厚志さんとエリちゃんは心配じゃないんだぁ。薄情だなぁ」
「あの2人は心配無いわ。絶対に」
「……そう」
あまりにも淀みの無い即答に、エリカは逆に戸惑いながらそう返事をするしかなかった。
そして深雪は彼女のそんな反応に、フッと笑みを漏らした。
「大丈夫よ、エリカ。この戦いが終わったら、厚志さん達の方からみんなに説明がされると思うわ。――でも、もしあなた達がそれを聞けば、これから先何が起こったとしても、もはや他人事では済まされなくなるわ。それでも良いなら――」
「深雪、今更何を言ってるのよ。あたし達はそういう事態になっても大丈夫なように、この何日間か修行してきたのよ」
「そうだぜ。むしろここで引き下がったら、何のために修行してきたのか分からねぇじゃねぇか」
2人の会話に割り込んできたのは、たまたま近くでそれを聞いていたレオだった。
するとエリカは、そんな彼に意地の悪い笑みを向けて、
「そうは言うけど、レオ、あんた今回の戦闘で何の役にも立たなかったじゃないの」
「――んな! 無茶言うんじゃねぇよ! あんなロボット相手に、素手でどうやって立ち向かえっていうんだよ! っていうか、おめぇはずるいよな! あんな必殺技とか持っちゃって!」
「あら、だったらあんたも必殺技でも習得してみる? そうね、あんたは硬化魔法が得意みたいだから、
「おおっ! 何かよく分かんねぇけど、格好良い響きじゃねぇか! よし、それにするぜ!」
いくらヘリの中とはいえ、ここはまだ戦場のど真ん中である。とてもそうとは思えない気の抜けた会話の多いヘリの中を見渡して、真由美は苦笑いを止めることができなかった。ヘリを運転している名倉も、沈黙を貫いてはいるものの何か言いたげな表情をしている。
と、そんなとき、
「――ん?」
ミルココの2人が、まったく同じタイミングで魔法協会支部の方向へ顔を向けた。
「どうした、2人共?」
「いや、あっちの方で何か大規模な魔法が仕掛けられたのを感じてね」
「大規模な魔法?」
誰かの問いにミルココが答えるのも待たずに、幹比古が懐から呪符を取り出して目の前にかざした。ヘリの窓からはすでに肉眼での確認が困難なほどに小さくなっている横浜ベイヒルズタワーを、呪符越しに見遣る。
そして次の瞬間、幹比古の表情が強張った。
「敵襲!」
「えっ! でも、さっきは義勇軍が押し返してたじゃない!」
花音の言う“さっき”とは、ヘリが広場から飛び立った直後のことである。ヘリの窓から協会支部を確認した彼らは、克人と厚志のいる義勇軍が侵攻軍を迎撃しているのをこの目で見ていた。
「別部隊が回り込んで背後から奇襲をしているんです。人数こそ少ないですが、恐ろしい呪力を感じます。戻りましょう、協会が危ない」
幹比古にそう呼び掛けられ、真由美は迷いの表情を見せた。そして運転席の名倉が十師族共同回線にて緊急通信が入ったことを知らせ、それにより幹比古の言った通りの状況であることを知ると、真由美はすぐさま自分達のヘリを協会支部へと向かわせ――
「大丈夫でしょ」
ようとしたそのとき、ココアがあっけらかんとした声で真由美にそう言った。
「幹比古、協会支部に厚志さんと達也が向かってるでしょ?」
「えっ? ――あっ、確かに!」
ココアに言われて呪符越しに周辺を捜索した幹比古が声をあげると、深雪やモカ達がホッと胸を撫で下ろした。
「その2人に任せておけば大丈夫でしょ。私達はこのまま避難するよ」
「で、でも――」
「確かに片方だけだったら、付け入る隙があるのかもしれない。でも“あの2人”が揃ったのなら、もはやこの戦場で2人に敵う奴はいない。むしろ私達が下手にその辺をうろちょろしている方が、足手纏いなんじゃないの?」
「……分かったわ」
名倉に「このまま避難してちょうだい」と言ってその場に座る真由美に、摩利が心配そうに声を掛ける。
「良いのか、真由美?」
「あの2人と長い付き合いの彼女がああ言うのなら、私達が口を挟むことではないわ」
「…………、そうか、分かった」
摩利には真由美が他に何か隠しているような雰囲気を感じ取ったが、ここで尋ねても答えてはくれないだろうと思い、それを口にすることはしなかった。
彼女達を乗せたヘリは、当初の予定通りに市街へ向けて飛び立っていった。
* * *
はっきり言って、現在の大亜連合軍は直視できないほどの体たらくだった。
潜伏していたゲリラ兵による人質確保は早々に失敗、交通網の麻痺こそ成功したものの市民の避難を防ぐには至らず、挙げ句の果てには司令塔であり戦力の補給地点でもあり万が一の逃走経路でもある揚陸艦を制圧されてしまった。つまり、もしここで魔法協会支部の情報窃取に成功したとしても、国外に脱出する手段が存在しない以上は無意味だということである。
しかし、現在魔法協会支部に奇襲を掛けている20人の少数精鋭の中心人物である呂剛虎は、それに関してはまったく問題にしていなかった。自らの主である陳祥山から命令された以上、彼にとってはそれを遂行することが何よりも重要懸案であるし、陳がそんなことも考えずに任務を言い渡すはずがないという信頼があった。
ちなみに彼は現在、博物館にでも展示されているような甲冑姿をしていた。白と金を基調としたデザインのそれは、
バリケードとして並べられた装甲車の機関砲が、呂に襲い掛かった。ハイパワーライフル以上の攻撃力を持つ銃弾が、自身の体を覆う鉄壁の防御術式がさらに強化された呂によって次々と跳ね返されていく。
呂を先頭とした奇襲部隊が、悠然と支部に迫ってくる。
と、そのとき、
「ダブル・バイセップス!」
呂の背後を掠めるようにして飛んできた極太のレーザーが、彼の後ろを歩く仲間に襲い掛かった。彼らは断末魔をあげる暇も無く、無言でバタバタとその場に倒れ込んでいく。
「何――!」
突然のことに呂は目を丸くし、倒れている仲間の安否を確認する。彼らは絶命こそしていないものの意識を失っており、しばらく目を覚ます気配は無い。
呂はレーザーの飛んできた方へ顔を向け、歓喜のあまり獰猛な笑みを浮かべた。
彼の前に姿を現したのは、平河千秋殺害を実行しようとした際に邪魔をされた高田厚志だった。思わぬ形で訪れた復讐の機会に、なぜ彼が日本アニメの魔法少女のような服装をしているのか疑問に浮かべることもなかった。エリと戦ったときのダメージはまだ癒えていないが、白虎甲を身につけている間は戦闘の妨げにはならない。
次の瞬間、呂の体が弾け飛ぶような勢いで厚志へと迫っていった。その大柄な体によって弾丸というよりも砲弾という印象を受ける彼の姿が、ほんの数秒で厚志の眼前へと到達する。
それに対して厚志が取った行動は、“何もしない”だった。
ガキィンッ!
まるで金属同士がぶつかり合ったような甲高い音をたてて、呂の虎形拳が厚志を包む透明なバリアに阻まれた。自身の攻撃が通用しなかったことに呂は僅かながら顔をしかめるが、敵の前で動きを止めるなんて愚行を犯すような素人ではない。すぐさま2撃目、3撃目と続けざまに攻撃を放つが、それでも厚志の体を捉えるには至らない。
一旦立て直すためか、呂が厚志と距離を取った。憤りを隠すことのない鋭い目を、まっすぐ厚志へと向ける。
厚志は呂の攻撃を噛みしめるように、攻撃を受けた箇所をじっと眺めていた。
「ふむ……、この前のときよりも明らかに威力が上がっているね。ひょっとしてその甲冑には、君の魔法を補助する役割があるのかな? でも残念ながら、姿を変えることで魔法の威力が上がるのはこちらも一緒なんだ」
厚志のその言葉に、呂は今更ながらに彼の格好をまじまじと観察した。その姿はどこからどう見ても道化にしか思えないが、その裏に隠された実力は先程の遣り取りで実証済みだ。
呂は昂ぶりかけている気分を落ち着かせると、姿勢を正して深呼吸を始めた。
彼の使う“剛気功”のルーツとなっている気功は、体内の気を循環させて質を高めたりコントロールする能力を養う“内気功”と、外から良い気を取り込んで体内の悪い気を排出する“外気功”に大別される。その独特な方法によって行われる呼吸法によって、呂の体を纏うサイオンが研ぎ澄まされていき、見る者に自身の肌がヒリヒリと焼き付くような錯覚を起こさせるほどに活性化していく。
普段の戦闘ならば準備に時間が掛かりすぎるためにまず使われることの無いものだが、正面に立つ厚志は動く様子も無くじっとこちらを観察し続けている。呂はそれを、圧倒的優位にいる現状から来る余裕だと結論づけた。『接近戦闘では大亜連合随一』と謳われる自分が何とも情けない立場に追いやられたと思わなくもないが、その油断につけ込んで必殺の一撃をかまそうとする呂にとっては都合が良かった。
最後の1呼吸を終えて、呂の攻撃準備が整った。
地面を蹴って、跳び掛かる。
研ぎ澄まされた“剛気功”によって、呂のスピードはただでさえ速かった初撃の比ではなくなった。もはや目に留めることすら困難なその突撃は、ちょっとした建物ならば1発で粉砕するほどの威力が込められている。その姿はまさしく、人類が手にした“魔法”というものの1つの到達点だと表現して差し支えないものだろう。
しかしこのとき、油断していたのは彼の方だった。
目の前の男が何もしてこないのを油断だと結論づけたことこそ、まさしく彼にとっての“油断”だった。
「ふむ、さすがだ」
呂の放った渾身の一撃は、届かなかった。
透明なバリアに遮られた呂の拳は、バリアの持つ反射機能によって、相手に与えるはずだったダメージをそっくりそのまま返された。今までは無意識の内に剛気功で耐えられる程度の攻撃力に抑えていたものが、この一撃で仕留めるという意気込みで放たれたことにより、剛気功の鎧を越えて拳を傷つけていった。肉が潰れて骨が砕け、彼の右腕は見るも無惨なものに成り果てた。
その右腕から伝わる鮮烈な痛覚に、呂は一瞬意識を持って行かれそうになったが、その持ち前の精神力を駆使して何とか踏み留まらせた。
しかし、
「終わりだ」
強烈なプレッシャーと共に、厚志の光り輝く拳が彼の鳩尾目掛けて放たれた。彼の拳は白虎甲を粉砕してもなお止まらず、目に映るほどに活性化したサイオンの鎧を突き破ってもなお止まらず、彼の鳩尾に深々とめり込んで内臓に深いダメージを刻み込んでいった。
その瞬間、呂の体はショックのあまり数瞬ほど生命活動を途切れさせ、それが再開してもなお呂自身の意識を取り戻すには至らなかった。呂はぐりんと白目を剥き、スローモーションのようにゆっくりとその場に崩れ落ちていった。
それを最後まで見届けた厚志は、辺りを見渡した。バリケードを作っていた味方の魔法師以外には、動いている者も物も無い。
「さてと、後は達也くんか」
固唾を呑んで見つめてくる味方の視線を無視して、厚志は魔法協会支部へと視線を遣って、そう呟いた。
* * *
厚志と呂が表で顔を付き合わせている頃、陳は魔法協会支部へと続く廊下を悠然と歩いていた。特に急ぐでも隠れるでもなく堂々とした佇まいにも拘わらず、彼を見咎める者は未だ現れない。
それもそのはず、協会の人間は今頃表で暴れている部下に気を取られている真っ最中だ。陳はそれを露ほども疑っていないし、そもそもそうなるように仕組んだのは彼だった。
表向きは方位の吉凶を占う術であるが、その正体は方位を操って人々を術者の望む方位へ認識を誘導する魔法である。この術に掛かった者は方向感覚を狂わされ、いつまで経っても目的地に辿り着くことのできない迷路に迷い込むことになる。この魔法に加えて、自身の部下達という“格好の囮”を正面入口に配置することで、陳は普通の足取りで協会支部へと辿り着いた。
入口のドアには鍵が掛かっているが、陳は慌てることなく懐から取り出した端末をカードキーのパネルに押しつけた。端末を介してシステムに取り憑いた
しかし陳は、それにも動揺する様子を見せない。職員が戻ってくるまでにはまだ充分な時間があるし、戻ってくる頃には全て事は終わっている。彼は勝手知ったる我が家のような気概で、協会支部の内部へ足を踏み入れた。
そして次の瞬間、彼の両肘と両膝に穴が空いた。
「――――!」
体を動かすにあたって、関節というのは非常に重要な役目を担う。それを突然奪われた陳は、何かが起こったことを理解する前に床へと崩れ落ちた。鮮血が床に広がり、血溜まりにその身を横たわらせる彼は、自分を攻撃した魔法と術者の正体を探ろうと辺りに視線をさ迷わせた。
その術者は、驚くほど近くにいた。
僅か数メートル離れた柱の陰からこちらを見つめるのは、プロテクター付きのライダースーツのような服にフルフェイスのヘルメットという出で立ちの人物だった。こうして視界に捉えているのに、少し気が緩むと途端に見失いそうになるほどに存在が希薄なそいつの姿に、陳は昔どこかで聞いたことのある忍者を連想した。
「……なぜ、貴様がここにいる? 術が通用しなかったのか?」
「結論から言うと、そうだ。からくりまで教えてやる義理は無いがな」
陳の苦し紛れな問い掛けに、黒ずくめの彼――達也は答えた。
トリックは、非常に単純なものである。彼の
鬼門遁甲が魔法である以上、イデア領域に情報を刻まなければいけない。つまりイデア領域には、『魔法によってそこにいるはずの人物がいないことになっている』という情報改竄の痕跡が残っている。達也はそれを辿って彼の存在を確認し、八雲直伝の忍術を応用して気配を消して待ち伏せ、柱の陰から陳の関節を狙って
と、そのとき、陳が突如思い出したように目を見開いた。
「貴様……、まさか司波達也か……」
「……やはり今回の一連の“騒動”は、貴様の手によるものだったか。ならば貴様がいなくなれば、当面は平穏な生活が戻ってくるというわけだな」
もしこれをミルココ辺りが聞いていたら「トラブルの神様に愛されてる達也じゃ無理でしょ」とでも言われるかもしれないが、そんな茶々を気にする必要の無い達也はゆっくりとした足取りで陳へと近づいていく。
「別に俺はこのまま貴様を殺しても良いんだが、軍は貴様から色々と情報を貰いたいらしい。少し面倒臭いが、貴様には少し眠ってもらおう」
達也はそう言ってCADを向けると、その引き金を引いた。
4月の模擬戦以来となる、振動数の異なる3つのサイオン波を撃ち出して脳震盪を起こす魔法。
これによって、陳の意識は刈り取られた。
* * *
十師族の直系で、義勇軍に合流しているという点では同じでも、克人と将輝では軍との関わり方が違った。克人は積極的に主導権を握って士気を高めることに重点を置いているが、将輝は指揮を執ることなくむしろ義勇兵をかばうように前線に出ているのが特徴である。
そしてそれは、エリと合流してからさらに顕著となった。圧倒的な突破力を持つ将輝とエリが敵を迎え撃ち、後ろを固める義勇兵が別方向からの不意打ちなどに対処している。様々な要因により敵の陣営がほとんど崩壊しかかっていることも相まって、彼らはほとんど止まることなく侵攻軍を追い詰めていた。
しかし現在、彼らは足止めを余儀なくされていた。
彼らの目の前には、横浜中華街の北門である玄武門が悠然と構えていた。この中華街は戦後の再開発によって、ビルが壁の役目を果たして東西南北の門からしか出入りできないようになっていた。他国の地で自分達だけで集まって要塞化するというのは将輝個人としては少し気に入らないが、普段ならばそれにケチをつけるつもりは無かった。
しかし侵攻軍がこの中華街に逃げ込み、そして門が内側から固く閉ざされているとなれば、話は別だ。
「門を開けろ! さもなくば、侵略者と内通していたものと見なす!」
玄武門の前に立つ将輝が、勇ましい声で門の中へと呼び掛けた。ちなみに義勇兵は彼の希望によってここからは見えない場所で待機しており、唯一エリが彼の隣に立っているのみである。
いつ銃弾が、はたまた魔法か榴弾が飛んでくるか分からず、もしかしたら自分の防御力を超えるものが降り掛かってくるかもしれない。
そんな状況であるため、将輝の表情は自然と緊張で強張っていった。いつでも魔法を発動できる状態にしておき、目の前の変化を見逃さないために意識を集中して観察する。それに対してエリは実にリラックスしており、「何かラーメン食べたくなってきた」などと呟くほどである。
と、そのとき、軋むような音をたてて門が開き始めた。
その光景に、門を開けろと要求していた将輝は目を丸くして驚いた。たとえ敵と内通していなくても、門の開閉は侵攻軍が真っ先に掌握しているはずであり、将輝の要求に素直に応じるとは思っていなかったのである。
そして開かれた門の向こう側から出てきたのは、将輝よりも6歳くらいは年上に見える、貴公子のような雰囲気を漂わせる青年を先頭とした集団だった。
そして彼らの傍らには、中華街に逃げ込んだ兵士が拘束された姿で付き従っていた。
「
「……周公瑾?」
「すごーい! 三国志に出てくる軍師と一緒だ!」
青年の名乗りに将輝は訝しげに首をかしげ、エリは面白そうに笑ってみせた。2人の反応に、その青年は困ったように「本名ですよ」と笑みを浮かべる。
「失礼した。一条将輝だ」
「美咲エリだよ」
「わざわざご丁寧に、ありがとうございます。私達は侵略者とは関係していません。むしろ被害者です。それをご理解いただくために、協力させていただきました」
周はあくまでその低姿勢を崩すことなく、一点の曇りも無い誠実な態度でそう言った。
だからこそ、将輝は彼に疑念を抱いた。
彼の言っていることは、一見すると理に適っているように思える。門を閉じたことについても、敵を油断させるためだとすれば納得もできる。
しかしここで問題となるのは、どうやって武装した兵士を捕らえたか、だ。とはいえ、今の将輝に民間人を取り調べる権限は無い。一般的な見方に則れば、民間人の協力によって戦闘が終結したのだから。
将輝はその疑念を隠すことなく周を見つめた後、様子を伺うようにエリへと視線を向けた。
「わぁ、周さんすごーい! ねぇねぇ、どうやって捕まえたのー?」
エリはまるで年相応の少女らしい(とても失礼な表現に思えるが、普段が普段なので仕方がない)振る舞いで、その大きな目をキラキラさせて周に尋ねていた。
「ふふふ、お恥ずかしながら、自分も少しだけ魔法に心得がありまして」
「へぇ、そうなんだ! どんなの? 見せてみせてー!」
「いえいえ、そんな。軍を率いるほどのお2人に比べましたら、私の魔法なんてとてもお見せできるものではありません」
仲睦まじい様子で会話を交わすエリと周に、将輝は戸惑いを覚えながらそれを見守っている。
「それじゃさ、今度周さんのお店にご飯食べに行くよ! お店の名前教えて!」
「お店に、ですか? ええ、もちろん。歓迎致しますよ」
エリは周から店の名前を聞き出し、そのついでに彼から被捕縛者を受け取った。それを見た義勇兵達が恐る恐る駆け寄っていき(おそらく被捕縛者を受け取るタイミングで奇襲を受けることを警戒したのだろう)、彼らを引き連れてその場を去っていく。
「じゃあ、またね。周さん」
「はい。ご来店を、お待ちしております」
そしてエリは義勇兵に続く形で後ろを振り返り、そのまま立ち去っていった。将輝はエリと周の間で視線をさ迷わせていたが、やがてエリの後を追っていった。
そんな彼女達の姿が見えなくなるまで見送った周は、
「成程、彼女が――」
口元に笑みを浮かべて、ぽつりとそう呟いた。
* * *
「あれ? ひょっとして、もう終わってる?」
「え? あ、本当だ」
真由美の手配したヘリの中で、ミルココが窓の外を眺めてそう言った。
* * *
こうして横浜事変は、一体いつ終結したか定義するのに迷うほど自然消滅的に終結した。
後世の歴史書では、便宜上“午後6時”となっている。