横浜から避難した深雪達はそのままの流れで東京の八王子へと戻り、第一高校へと到着した後にその場で解散となった。いつもの通学路をいつものように歩き、いつものように自宅へと帰っていく。深雪も同様だった。
そして現在、太陽が沈んですっかり暗くなった頃、司波家には深雪1人の姿だけがあった。達也は未だに帰ってきていないが、彼が今どこで何をしているのかはすでに向こうからの連絡で把握済みであるし、そうでなくても2人には比喩的な意味ではない“繋がり”がある。
達也の力が常に深雪の周囲を見張り、彼女を脅威から守っているのは、たとえ深雪が彼本来の力を解放したとしても変わらない。いつでも無意識に自分のことを見守ってくれている最愛の兄に、深雪は知らず知らずの内に笑みを浮かべるのであった。
しかしその笑みも、次の瞬間に消えることとなる。
突然部屋に鳴った、電話の呼び出しメロディー。
普段鳴るものとは違うその旋律は、“或る人物”からの電話を知らせるものである。
すると深雪は急いで立ち上がり身なりを軽く整えると、カメラの前に立って通信回線を開いた。
『夜分にすみません、深雪さん』
「いえ、滅相もございません」
画面に現れた不思議な印象を持つ女性に、深雪は深々と頭を下げる。
その女性は、ほとんど黒に近い色合いのロングドレスを身に纏う、上品な佇まいをした人物だった。異性を妖しく惹きつけずにおかない妖艶な魅力と、思春期の少女を連想させるような可愛らしさという相反した印象を同居させる彼女は、実年齢は40歳を超えているはずなのに、どう上に見積もっても三十代前半くらいにしか見えない。
彼女こそが、達也と深雪の母である四葉
『深雪さん、今日は随分と大変な目に遭いましたね』
「ご心配をお掛け致しました」
『あなたのお元気そうな顔を見て安心しました。まぁ、あなたには達也さんや厚志さんがついていたから、心配はいらないと思っていましたけど……。そういえば、達也さんは今どちらへ?』
本当についでであるかのように尋ねた真夜だが、深雪はけっして騙されなかった。
おそらく、こちらが彼女の“本命”だ。
「恐れ入ります。兄は事後処理のため、まだ帰宅しておりません」
『まぁ! 達也さんったら、こんなに可愛い妹を放ってどこで油を売っているのかしら?』
頬に手を当てるという、何とも浮世離れした仕草で困惑を表現する真夜に、深雪はあくまで礼節を崩すことなく恭しく返事をする。
「ですが叔母様、ご懸念には及びません。兄の力は、常に私を守護しておりますので」
『ああ、そうだったわね。深雪さんの方から鎖を解くことはできても、達也さんの方から誓約を破棄することはできませんものね』
「仰る通りですわ、叔母様。たとえ兄がガーディアンの任から解き放たれたとしても、兄が私を守護することを止めることはありません」
深雪が真夜の許可無く達也の枷を外したことを笑顔の裏で指摘した真夜に、深雪はそれでもその慇懃な態度に綻びを生じさせることはない。
『それを聞いて安心しました。――そうそう、今度の日曜日にでも、厚志さんと一緒に屋敷にいらっしゃいな。久し振りに直接あなた達に会いたいわ』
「恐縮です。お2人には、私から申し伝えます」
『楽しみにしているわ。それじゃお休みなさい、深雪さん』
「お休みなさい、叔母様」
画面がブラックアウトして回線が完全に切れたことを確認して、深雪は緊張の糸が切れるようにソファーに崩れ落ちて溜息を吐いた。彼女との対話はいつも神経を使う。しかも達也や厚志が不在なときに限っていつも電話してくるのだから、彼女があえてそのときを狙っているのは明白だ。
そして彼女のことだ、きっと深雪の知らないことまで把握しているに違いない。しかしそれでも、真夜の前で不用意な発言はできない。そんなことをすれば、兄の立場が悪くなる。
深雪の顔は自然と、おそらく兄がいるであろう西の方角へと向いていた。
達也が今ここにいないのは、彼が必要とされているため。
それ自体は喜ばしい限りだったが、それでも深雪の本音としては、今夜だけは自分の傍にいてほしかった。
と、そのとき、ピンポーン、と玄関から来客を知らせるお馴染みのメロディーが鳴った。深雪はハッとなったように顔を上げると、慌てたように立ち上がって玄関へと駆けていく。
そしてドアを開けると、
「やっほー、深雪。お邪魔するねー」
「今日、達也いないんでしょ? 久し振りに女子水入らずでお泊まり会するよー!」
「ゲーム持ってきたよ、ゲーム! 久し振りにトーナメントやろうよ!」
「アタシはトランプ持ってきた!」
「お嬢、深雪は明日学校なんですから、あまり夜更かしさせないでくださいね」
ミルココ、エリ、ダッチ、モカの5人が、家主(正確には家主代理)である深雪の返事も聞かず、どかどかと上がり込んでリビングへと歩いていった。それぞれの手には、着替えが入っていると思われるバッグが握られている。
深雪は最初ぽかんと口を開けてそれを眺めていたが、やがて呆れるような、しかし明らかに安心したような笑みを浮かべた。
「……もう、うちにはそんなに布団無いわよ」
そして深雪はそう呟きながら、彼女達に続いてリビングへと歩いていった。
* * *
戦闘が終結して静けさを取り戻した横浜だが、侵攻軍の残党が潜んでいることを考え、現在街中では警察や軍による捜索が続いている。
交通網がストップしていることもあり、横浜は都市としての本来の機能を十全に発揮しているとは言い難かった。確かに人や街そのものにこれといって取り上げるほどの被害が無かったことは事実だが、事変前の生活を取り戻すのはもう少し先のことだろう。
そんな中、比較的影響の少ない中華街の或る店にて、
いや、仮に日本が敗北したとしても、彼は同じように“祝宴”を挙げていただろう。
彼にとって国とは、自分達の金儲けを邪魔する害悪でしかなかった。国としての力が弱くなれば、それだけ金の持つ力がより大きな意味を持つようになる。国による締め付けも減り、自分達もより“自由に”活動できるようになる。そのためには大亜連合も日本も、それ以外のあらゆる国が彼にとって邪魔物だ。
残念ながら日本に関しては大した被害が無かったが、大亜連合に関してはそうもいかない。それに大亜連合はこの後、最後の切り札である“戦略級魔法師”を導入する予定である。そうなれば日本も戦略級魔法師で迎え撃たざるを得ず、少なくともどちらかはここで果てることとなるだろう。
周がそんなことを考えて笑みを浮かべていたそのとき、周の携帯端末が着信を知らせるメロディーを鳴らした。アドレス帳に登録されていないため番号しか表示されないが、その番号はここ最近それなりに連絡を取っていたものなので憶えていた。
「もしもし」
『やぁ、周。首尾はどうだい?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、声変わりもしていないような幼い少女の声だった。
「あなたのことですから、すでに情報は得ているでしょう? ――ルラ」
周のその言葉に、電話の相手――ルラと呼ばれた少女は、「くくく」と声から連想される年齢とはとても釣り合わないシニカルな笑い声をあげて、
『確かにその通りだが、ボクが求めているのはそういうことじゃない。現地の人間だからこそ分かる、空気感とかそういうのがあるだろう?』
「確かに。――そちらにはどう伝わっているのか分かりませんが、他人事ながら情けなくなってくるほどの大敗北ですね。まともに成功したのは交通網の麻痺だけで、市民を人質に取ることもできなければ優秀な魔法師を殺害することもできない。挙げ句の果てには、成人すらしていない少年少女に手玉に取られる始末。“接近戦ならば大亜連合随一”と言われるような工作員を導入したにしては、噛ませ犬にすらなれませんでしたね」
『あっはっはっ、何とも辛辣な意見だね。あんまり彼らのことを悪く言わないでくれ。そもそも今回の作戦自体“負けることを前提にしたもの”だったんだから、彼らは立派に任務を果たしてくれたと言えるんだ。もっとも、本人達にはそのことは知らされていないんだけどね』
それに、とルラは一旦そこで言葉を区切り、話を続けた。
『今回あそこにいたのは戦略級魔法師にプリティ☆ベルという、規格外中の規格外だ。しかも正直な話、2代目と4代目まであそこに行くとは想定外だった。RPGで例えるならば“歴代のラスボスが一同に終結したアジトに、たいしてレベルも上がってない序盤のパーティで挑む”ようなものさ。いわば負けイベントだよ』
沙希・景・洋子の場合は最初の方に市民と一緒にシェルターに避難してしまったため、それほど今回の戦闘に関わったわけではない。だがもし彼女達まで参戦したとなれば、もはやあの戦闘は歴史に名を残すことすら無い“些細な出来事”に成り果てていたことだろう。
「私はあまりゲームに詳しくないので、その例えはあまりピンと来ませんが……。しかしあの少女が、それほどまでの力をねぇ……」
『……ん? どういう意味だ?』
周の何気ない呟きに、ルラが反応した。
「いえ、侵攻軍の連中が中華街に逃げ込んだので、捕縛して日本軍に引き渡したんですよ。少年の方は一条家の長男で、もう1人が美咲エリでした。確かに一条家の長男と行動を共にできるほどの実力はあるように思えますが、会話の様子からそこまで警戒するほどでは――」
『おまえ、美咲エリと会ったのか!』
その瞬間、今までの連絡で声を荒げることすらなかったルラが、明らかに動揺した様子で叫び声をあげた。突然の大音量に顔をしかめる周だが、それに文句を言うことはなかった。
「会ったと言っても、侵攻軍を引き渡すときに少々会話をしただけで――」
『なんで兵士を引き渡すのに、わざわざおまえが出てきたんだ! 他の奴にやらせれば良かっただろう! おまえは美咲エリに「自分は兵士を捕まえるだけの実力があります」と吹聴したようなもんだぞ!』
「……確かに一条家の長男は不審に思っていたようですが、“軍に協力した善良な市民”を確証も無く取り調べるなんてできませんよ。美咲エリに至っては、疑う様子すら見せませんでしたしね」
『……今度おまえの店に行く、とか言わなかったか?』
「はい、言っていましたね」
あっさりと答える周に、ルラは電話越しでも呆れているのが分かるほどに大きな溜息を吐いた。
「そんなに心配することではありません。たとえ私を不審に思っていたとしても、それだけで家宅捜索紛いのことに踏み切るようなことはできませんよ。所詮彼らはどこの組織にも所属していない、一般人と何ら変わりない人間なんですから」
『組織に所属していない一般人が脅威と見なされないのは、単純にそいつに物事を動かすだけの力が無いからだ。単騎で世界をも滅ぼしうる一般人は、“組織の都合”に振り回されることなく通常では有り得ない早さで決断し、実行することができる。確かに彼らは無闇に無関係な人間を攻撃するような性格では無いが、だからこそ“関係している”と分かったときの行動は容赦が無いぞ』
「……成程、そうですか」
『もし彼女達がおまえの店に来たとしても、絶対に何か企むんじゃないぞ。脳裏に過ぎらせた時点でばれると思え。あくまでも“中華料理屋のオーナー”として接しろ。おまえが相手にしようとしているのは、そういう連中だ』
「……元より、そのつもりですよ」
『なら、それで良い。トチるなよ』
ルラのその言葉を最後に、通話は途切れた。
周はふぅっと大きく息を吐き、再び酒の入ったグラスに手を伸ばした。
* * *
時刻は午後12時を回り、日付は10月31日となった。世間ではハロウィンを連想させるこの日だが、キリスト教徒ではない達也にとっては特にこれといった感想は無い。
彼が今いるのは、対馬要塞だ。今から35年前の第三次世界大戦の後期、大亜連合高麗自治区軍の襲撃を受け、住民の7割が殺されるという痛ましい事件が起きた。相手国を無闇に刺激しないためという理由で国境付近にも拘わらず最低限の守備隊しか置かなかったためであり、それを補うかのように政府は対馬奪還後この島を要塞化した。
大規模な軍港、堅固な防壁、最新鋭の対空対艦兵装を備えたその基地に、達也を始めとした独立魔装大隊の面々が揃っていた。
「予想通り、敵海軍が出撃準備に入っている。――これを見てくれ」
風間の言葉と共に壁一面の大型ディスプレイが映し出したのは、衛星から撮ったと思われる写真だった。そこには2桁に上る大型艦船と、その2倍にはなるであろう駆逐艦や水雷艇の艦隊が出撃準備に取り掛かっている。
「今から5分前の写真だ。おそらく、遅くとも2時間後には出撃するだろう。動員規模から見て一時的な攻撃ではなく、北部九州、山陰、北陸のいずれかを占領する意図があると思われる」
「本格的に戦争を始めるつもりでしょうか?」
風間の言葉に、おそらくここに配属されたばかりであろう若い少尉から疑問の声があがった。
「3年前から、彼らは戦争中のつもりなんだろうな」
それに答えたのは風間ではなく、柳だった。少尉の顔が、羞恥で真っ赤になる。
「すまない。我が隊の者は礼儀に疎いようだ。――だが、柳大尉の言う通りだろう。大亜連合とは講和条約どころか休戦協定も結ばれていない現状で、艦隊の動員について一言の通告も無いということは、我々が攻撃準備と解釈しても構わないと考えているんだろう」
対してこちらは、海軍が昨日動員を開始したばかりだ。論文コンペでエリが摩利に言ったように、いくら国家とはいえ動員を始めてすぐさま戦闘準備が整うなんて有り得ない。逆に言えば、大亜連合は初めから海軍を出撃させる腹積もりだったのである。
「現状では敵の海上兵力に陸と空で対応するという、苦戦は免れない状況となっている。そこでこれを打破すべく、我が独立魔装大隊は“戦略魔法兵器”を投入する。本件はすでに統合幕僚会議の認可を受けている作戦である」
風間の言葉に要塞のスタッフが期待を込めた目を彼へと向け、独立魔装大隊のメンバーは心配そうな目を達也へと向ける。
しかし当の本人――ムーバル・スーツとヘルメットとマスクという出で立ちをしている達也は、周りの人間に一切の感情を読み取らせない平然とした佇まいで、風間の説明する作戦内容を半分聞き流していた。
けっして、達也が不真面目だからではない。彼の役目は“戦略魔法兵器”による攻撃だけであり、そこから先は他の人間の管轄だからである。
達也はムーバル・スーツを身につけたまま、第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。これは衛星の映像を三次元処理することで、任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようになっているしたものだ。今は達也の希望により、水平距離100メートル、海面上30メートルの高さから見下ろした映像を映し出している。
そして現在彼の手に握られているのは、“サード・アイ”と呼ばれる小銃形態のCADである。長距離微細精密照準補助機能を強化しており、成層圏プラットフォームや低軌道衛星とリンクして映像を受信する機能も備わっている。達也の“戦略魔法兵器”には欠かせないアイテムである。
「大黒特尉、準備は良いですか?」
『準備完了。衛星とのリンクも良好です』
真田からの問い掛けに、ヘルメットによって変調された声で達也が答える。
「マテリアル・バースト、発動準備」
風間の声に、達也はサード・アイを構えた。
その銃口の先にあるのは、鎮海軍港にある
『準備完了』
「マテリアル・バースト、発動」
『マテリアル・バースト、発動します』
達也が得意とする魔法の1つ、分解魔法。
構造情報への直接干渉という最高難易度に位置する魔法であり、物体であればその構造情報を構成要素へと分解し、情報体であれば構造そのものを分解する。達也が敵の体に穴を空けた“雲散霧消”も、体を構成している組織を原子レベルに分解することによって可能となる。
そして達也が今から行おうとしている魔法――
その効果は単純明快、“質量をエネルギーに分解する”である。
質量を直接エネルギーに変換するため、対消滅反応のようにニュートリノ発生によるエネルギーロスが起こることも無く、アインシュタイン公式の通りに質量を光速定数の二乗の倍率でエネルギーに変換される。
戦闘旗の質量は、目算でおよそ1キロ。
それだけの質量をエネルギーに変換したときに発生する熱量は、TNT換算で約20メガトン。ちなみに、広島に投下された原子爆弾によって実際に消滅した質量は約0.7グラム程度だと推測されている。もちろん性質が違うものなので単純に比較することはできないが、その規格外の威力の一端だけでも垣間見ることができる。
それだけの攻撃を加えたらどうなるか、わざわざ記すまでもないことだ。
唯一書くとしたら、近くに民間人の住む都市が無かったことが不幸中の幸いだった、といったところか。
「敵の状況は?」
「……敵艦隊は全滅、いや、消滅しました。攻勢を掛けますか?」
「不要だ。以降の作戦を省略し、作戦行動を終了する」
「全員、帰投準備に入れ!」
衛星からの映像に、対馬要塞のスタッフは1人残らず息を呑んだ。若い士官の中にはトイレに駆け込んで吐く者もいたが、誰もそれを咎めることはしなかった。独立魔装大隊の面々ですら、その青ざめた顔を隠すことができなかったのだから。
「…………」
ただ1人、マテリアル・バーストを発動した張本人である達也だけが、一切の動揺を見せることのない冷めた目で、その映像に広がる地獄絵図を眺めていた。
と、達也のその目が、一瞬だけ明後日の方へと向いた。
* * *
「成程、これが3年前にもあった“マテリアル・バースト”か。リアルタイムで見たのは初めてだが、かなりのものだ」
魔界の東軍が統治している国家の中心都市。その中心部にある、日本で言う首相官邸のような役割を果たす建物の一室にて、1人の女性が映像を観ながら呟いた。その女性は長い金髪を後ろで縛り眼鏡を掛けた切れ長の目が特徴で、ともすれば優秀なキャリアウーマンにも見える。
しかしこの女性こそが、東軍を指揮する魔王――イタカその人である。
「対象となる物質を選ぶことで、爆発の規模を思い通りに変えられる。場合によっては、世界そのものを滅ぼすことも可能な威力だ。しかも発動しているのは人間だから、通常の兵器を開発するような莫大なコストも掛からない。もっとも、他の兵器に比べて“射程距離”という点では些か心許ないが、相手に気取られないように近くまで移動することができれば、今回のような完全なる不意打ちも可能になる……」
思い浮かべたことを改めて口にして、イタカは呆れるような溜息を吐いて椅子に寄り掛かった。
「なんて規格外な奴だ……。人間が魔法の開発を本格的に始めた頃は、正直魔族の脅威にはなり得ないと高を括っていたが、この能力に関しては魔王軍としても警戒を怠ってはいけないな……。幸い、厚志さん達が彼らの心の支えとなってくれているおかげで、少なくとも個人的な感情であれを発動させることはないだろうが……」
イタカはそう言って、真夜中にも拘わらず昼間のような明るさで燃えさかる要塞(があった場所)の映像へと視線を移した。
「今回こうして発動したことで、おそらく人間界の様々な国家でこの攻撃の真相を図ろうとする奴らが出てくるだろう。もしそれで達也くんの存在が公にでもなれば、全世界で彼の争奪戦が始まるに違いない。――そうなったら、達也くんは、厚志さん達は、どう出るのだろうか……」
部屋に側近の姿が無い以上、これは完全なる独り言である。イタカが自分の考えを口にして、それを耳に入れることで、客観的な立場でこれを聞いたときにどう考えるかをシミュレーションしているのである。
そしてシミュレーションした結果導き出された結論に、イタカの顔は自然と青ざめていく。
「……まずいな、かなりまずい。どう転ぶか分からない不確定要素が多いうえに、場合によっては人間界や魔界や天界すらも巻き込む大混乱に陥る。今までは人間界の国家にはよほどのことがない限り積極的に干渉してこようとはしなかったが、もはやそんなことは言っていられない状況になってきたのかもしれない。……いや、しかしここで下手に突けば、それこそ取り返しのつかないことに――」
イタカは頭を抱えたい気分になった。自分は諸々の事情のために後3年で魔王の座を退くことが決定しており、自分が退いた後も国が存続していけるように根回しをしている最中である。そんな中で出てきたこの問題は、まさしく世界を滅ぼしかねない“爆弾”だ。
と、そのとき、タイトスカートのポケットにしまっていた携帯端末が突如鳴った。こんな夜中に掛けてくるなんて非常識だとも思ったが、緊急の連絡だといけないので素直にそれを取り出して画面に目を遣った。
着信の相手は、南の魔王――シャルエルだった。
自由奔放に見えて実は相手の機微に敏感な彼女が、もはや予言とも呼べるほどの“女の勘”を持つ彼女が、こんな時間にこのタイミングで電話を掛けてきた。
「…………、はぁ」
これだけの事実で、イタカは大きな溜息を吐かずにはいられなかった。
もしもここに東軍先代魔王である、常に作り笑いを浮かべていたあの人がいたら、おそらく同じ行動をしていたに違いないと思いながら。
* * *
2095年10月31日。
この日に起こった出来事は、後に“灼熱のハロウィン”と呼ばれるようになる。
軍事史の、そして歴史の転換点と位置づけられているこの日は、魔法師という“種族”の栄光と苦難の歴史の、真の始まりの日であった。
そして、人間界と天界と魔界との関係が変化していく、きっかけとも言える日でもあった。