魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第-105話 『過去話の話数にマイナスをつけるのは、誰が最初に始めたのだろうか』

 西暦2030年頃を境に始まった急激な寒冷化は、世界の食糧事情に大打撃を与えました。先進国は太陽光を用いた工場化農業のおかげでさほど影響はありませんでしたが、急激な経済成長によって人口爆発を起こしていた途上国はそうもいきませんでした。

 最初に深刻な事態に直面したのは、不運にも寒冷化と砂漠化が重なった華北地域。彼らは伝統的な手段(越境植民。つまり不法入植)でそれを乗り切ろうとして、その対象であったロシアが武力で徹底抗戦。両国の対立はやがて国境を越えて広がり、食糧事情に端を発したエネルギー争奪戦との相乗効果によって、まさに傍観者が1人もいない“世界大戦”へと発展していきました。

 第三次世界大戦。別名、20年世界群発戦争。

 2045年から2065年まで行われたこの戦争によって、世界の人口は90億人から一気に30億人にまで減りました。世界の勢力図が大きく入れ替わるほどの戦争でしたが、この戦争で熱核兵器が使われたことは1度もありませんでした。

 2046年に設立された“国際魔法協会”。

 放射性物質によって地球環境を回復不能までに汚染する兵器の使用を阻止することを目的に、世界中の魔法師が国の垣根を越えて協力することを目的に作られた機関。

 彼らの活躍が認められ、魔法協会は国際的な平和機関として大戦後も名誉ある地位を占めるようになったのです。

 

 

 

 と、私――司波深雪がなぜこんなことを思い描いているかというと、“待ち合わせ”の時間までの暇潰しとして情報端末で本を読んでいたからです。『読本・現代史』という魔法師向けのかなり本格的な教材で、先程の内容はかなり掻い摘んだもので実際にはもっと詳しく書いており、中学生になったばかりの私には少し難しすぎる気もしますが、暇潰しとしてはむしろこれくらいの方が良いのです。

 私達が今いるのは、東京の羽田空港です。

 前世紀から空の玄関口として活躍していたこの空港ですが、私がここに来るのは数えるほどしかありません。旅行をしないわけではないのですが、旅行するときには飛行機以外の手段を使うことが多いのです。魔法師の海外渡航が著しく制限されていることが、理由の1つであることは間違いないでしょう。

「……もうすぐ約束の時間なのに、姿が見えないわね」

 私の隣でロビーの椅子に座る司波深夜(みや)お母様が、少し疲れたような口調でそう呟きました。私もお母様の言葉に時計へと視線を移し、心の中でお母様に同意しました。一昔前(といっても、私が生まれるよりも前の話だけれど)ならば“交通渋滞”という理由も考えられますが、今や徹底管理された交通システムによって死語になったその言葉が理由とは考えられません。

「達也、約束の時間まではまだ時間があるのよね?」

「はい」

「そう。なら仕方ないわ。もう少し待ちましょう」

 ふとお母様が視線を一切向けることなく、先程からずっと後ろで待機している“彼”へと問い掛けると、それに返事をする少年の声が聞こえました。

 それに釣られるように、私の視線がちらりと“彼”の方へと向きました。

 私の実兄――司波達也。

 私と同じ年齢にも拘わらず、私と同じ血が流れているにも拘わらず、同じ椅子に座ることも許されない使用人同然の扱いを受ける少年。そして、それに対して不満を漏らすどころか、人並みの感情すら表に出すことのない少年。

 正直に言うと、私は兄が苦手です。

 嫌いではありません。しかし何を考えているのか分からず、私を見る目から一切の感情が読み取れないことが、まるで兄が“感情の欠落した人形”のように思えてならず、本能的な恐怖を感じずにはいられないのです。

 そしてそれを分かっていながら、ふと気づくと兄のことを目で追っている自分に腹が立ってくるのです。今も私達の後ろでじっと立って荷物の番をしている兄を、私は気づかれないように視界に収め、そしてすぐに前へと向き直ります。

 そして兄への感情を振り払うかのように、私は数日前の出来事を思い出すことにしました。

 

 

 *         *         *

 

 

 それは四葉本家でのこと。

 お母様に呼ばれて私がやって来たのは、普段は公務のときに使用する“謁見室”と呼ばれる部屋でした。普段の会話ならば応接室でも充分なのにわざわざそこを使用するということは、今から行われる話が“四葉の人間”としてのものだということを意味しています。

 緊張した表情で部屋へとやって来た私を出迎えたのは、私を呼んだお母様と、お母様の妹で現四葉家当主である四葉真夜様と、お母様の“ガーディアン”である桜井穂波さん。――そして、兄。

 滅多なことでもない限り一緒になることのないお母様と叔母様のツーショットに、私の緊張も跳ね上がりました。そしてそんな場所に、私の“ガーディアン”とはいえなぜ兄がいるのか分からず、私の心の中は不安でいっぱいになります。

 そんな私の心境を察してか、叔母様はにこりと笑って、

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。さぁ、こちらに座りなさい」

 叔母様のその言葉に、私は「し、失礼します……」と言って、お母様と叔母様が並んで座るソファーの正面に恐る恐る腰を下ろしました。そして穂波さんはお母様の後ろに、兄は私の後ろにつきます。

 緊張のあまり口の中がカラカラになってしまっている私に対して、叔母様の第一声は、

「5日後、あなた達4人で旅行に行きなさい」

「…………、はい?」

 あまりに唐突なそれに、私は思わず変な声をあげてしまいました。我ながらはしたないと思いますが、わざわざ呼びつけてまで言うような内容とは思えず、戸惑いの気持ちが大きかったのです。

 すると叔母様は、私の反応が可笑しかったのかクスクスと笑って、

「ごめんなさい。正確に言うと、旅行に行くのはあなた達4人だけではないのですよ。その人達と一緒に旅行してほしい、という意味です」

 事態を呑み込めていない私のために説明してくれたのは良いですが、残念ながらその説明でも分かりませんでした。

 すると、叔母様の隣に座るお母様が見かねたように口を開きました。

「まぁ、もっと正確に言うと、私達でその人達を“接待”しろってことですね」

「……接待?」

 接待? 私達が?

 自分の家を自慢するようで心苦しいですが、私の生まれた“四葉”というのは、十師族という制度ができてから1度も選定に落ちたことのない、七草家と並んで最有力と称される一族です。言ってみれば、他の様々な人達から接待されることが普通の家です。私もこの歳ではありますが、そのような場に何回も同席したことがあります。

 そんな私達が、接待する? しかも、現当主の妹という重要なポジションにいるお母様が?

「本当は私が行けば良いんでしょうけど、どうしても外せない用事があるのよ。羨ましいわ」

 大きな溜息を吐いて本当にそう思っているかのように嘆いてみせる叔母様に、私は尋ねずにはいられませんでした。

「あの……、その人達というのは、どういった方なのでしょうか……?」

 私の質問に、叔母様とお母様は少し悩む素振りを見せて、

「一言で表すなら、“世界を救った英雄達”かしら?」

「え、英雄?」

 その単語に、私は再び大きな困惑に襲われました。世界を救った英雄なんて大それた人達なら、私がそれを知らないなんて有り得ないからです。

「まぁ、あなた達が知らなくても当然ですね。彼らや彼らに関するものの存在を知る者は、私を含めてもごく僅かですから。だから『実は数日前に世界は終わりを宣告されていた』ことも、ごく一部の人間しか把握していませんでした」

「世界が……、終わり……?」

 まるで安いフィクションのような言葉が並べられていきますが、それを口にしているのが四葉家当主というだけで途端に重みを増していきます。十師族の当主の言葉というのはそれだけ大きな意味を持ち、だからこそ安易な気持ちで冗談を口にしてはいけないのです。特に、謁見室なんて“公の場”で話をするときには。

「魔法少女プリティ☆ベル」

「――――!」

 安易な気持ちで冗談を口にしてはいけない、はずなのです。

「そう呼ばれる“彼女達”は、人間に危害を加える魔族や一部の天使と人知れず戦ってきました。最初にプリティ☆ベルが現れた30年ほど前から、彼女達は時に世界を滅亡の危機に晒すほどの大事件にも果敢に立ち向かい、そして私達を救ってきました」

「…………」

「そしてついこの間まで、まさに世界は今までにないほどの“滅亡の危機”でした。詳しくは言えませんが、今回は本当に滅亡1歩手前まで行きました。ですが現在のプリティ☆ベルである“5代目”の活躍によって、それを見事に解決してくれました」

「…………」

「だから彼女達は冗談でも比喩でもなく、まさしく“世界を救った英雄”なのです。私達も、それに相応しい対応をしなくてはいけません」

「……そう、ですか」

「信じていませんね?」

 いたずらっぽく微笑む叔母様に、私は慌てて首を横に振って否定しました。正直半分ほども信じていませんが、叔母様はそのような無意味な嘘をつく方ではありません。……ありませんよね?

「別に接待と言っても、それほど難しいものではありません。ただ普通に、彼女達と一緒に旅行を楽しんでくれればそれで構いません。今回のこの旅行自体、私達を救ってくれた彼女達へのせめてもの感謝の気持ち、みたいなものですからね」

「楽しむ……」

「大丈夫ですよ。まっすぐな性格の方ばかりですし、彼女達の中には小学4年生の女の子がいますから、きっとその子とは仲良くなれるでしょう」

「小学――! そんな子供が、世界を――!」

 ますます叔母様の話に現実味が無くなっていきますが、もしそれが本当だとしたら、一体どれほどの力を持っていることでしょう。確かにそれほどの力があるのなら、どのような真意があるにせよ、叔母様が放っておくはずがありません。

「さっきも言いましたけど、あまり深く考えなくても良いですよ。むしろ“友達”のような感覚で接した方が、向こうも喜ぶでしょう。ただし――」

 叔母様はそこで一旦言葉を区切ると、口元に浮かべていた笑みをフッと消して、

「彼女達には、真摯な態度で接しなさい。けっして“口先だけでごまかそう”だなんて思わないこと。良いですね?」

「……はい、分かりました」

 叔母様の言ったその言葉の意味がよく分かりませんが、私は頷いてそれに答えました。

 そして私達3人の会話を、兄は身じろぎもせずにずっと無言で聞いていました。

 

 

 *         *         *

 

 

「来たわね」

 情報端末に意識を取られていた私は、お母様のその一言で現実世界へと帰ってきました。後で思い返してみると、そのときのお母様の声は、旅行相手に長い時間待たされたにしては随分と明るかったように感じます。

 私は情報端末から目を離し、こちらに近づいてくる1つの集団へと顔を向けました。

 その集団は、全員で8人。

 双子のように似た印象を持つ、真っ白な肌をした小さな女の子と、日に焼けたような黒い肌をした小さな女の子。左目を眼帯で隠した十代後半くらいの少女に、彼女に甘えるように寄り掛かる長い黒髪の女の子。どこか少しチャラチャラした雰囲気を感じる金髪の男性に、彼の傍に寄り添う大柄で穏和そうな男性。

 そしてそんな彼女達を従えるように歩くのは、“美女と野獣”ならぬ“少女と野獣”と表現できそうなアンバランスな2人組でした。

 1人は、ニコニコと楽しそうに笑っている女の子。短いツインテールがぴょこぴょこと動く様子は、とても可愛らしいものでした。

 そしてもう1人は、思わず後退りしてしまいそうなほどに迫力のある大柄な男性でした。2メートルになろうかという身長もそうですが、極限まで鍛え上げられた鎧のような筋肉が大きな要因でしょう。

「申し訳ありません、深夜さん。遅れてしまいました」

「大丈夫ですよ、厚志さん。私達も今来たところですから」

 こんがりと焼けた黒い肌とは対照的な真っ白い歯を見せて謝罪をするその男性――厚志さんに、お母様は待ち合わせに遅れた相手を気遣う常套句で答えました。その雰囲気から、どうやら2人は初めて会ったわけではないようです。おそらく“プリティ☆ベル”絡みでしょう。

「紹介しますわ。この子が私の娘、深雪です」

「司波深雪と申します。今回の旅行、大変楽しみにしておりました」

 お母様の紹介に合わせて、私は腰を折ってそう言いました。小さい頃から躾けられてきたことを最大限に活かし、できるだけ丁寧な所作になるように心掛けたつもりです。

 にも拘わらず、厚志さんの後ろにいた双子っぽい女の子2人が、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見つめてきました。私が首をかしげていると、

「深雪ちゃん、本当はちょっと前に旅行に行くように言われたばかりなんでしょ?」

「――――! そ、そんなことは――」

 慌てて否定しようとして、その反応自体が何よりも肯定を意味していることに気づきましたが、全ては後の祭りでした。恥ずかしさのあまり私は顔を伏せましたが、隣のお母様から責めるような視線を向けられていることは見なくても分かりました。

 ちらりと先程の女の子2人に目を向けると、その子達は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて小さく頭を下げていました。ちょっとした悪戯のつもりが母親に怒られる結果となってしまったことを、申し訳なく思ってくれているのでしょうか。叔母様が言っていた“まっすぐな性格の方”という言葉は、どうやら間違いではなさそうです。

 それからしばらくは、向こうの自己紹介が続きました。双子の女の子は肌の白い方がミルクちゃん、黒い方がココアちゃんで、眼帯の少女がモカさん、黒髪の女の子がダッチちゃん、金髪の男性がリカルドさんで、穏和そうな男性がマッドさんという名前でした。

 最初に見たときから感じていたことですが、どうやら純粋な日本人ではない方が何人か混じっているようです。おそらく彼女達は、親や祖父の世代に日本に渡ってきたのでしょう。一般の人は海外渡航に制限はありませんが、世界を救った英雄というからには魔法師であることは間違いないのでそれは無いでしょう。

 とにかくこれで揃ったことですし、ようやく旅行の始まり――

「ああ、そうそう」

 と思ったそのとき、お母様が思い出したように後ろへと顔を向けました。

 そこにいたのは、今の遣り取りを黙ってじっと眺めていた、兄でした。

「そこにいるのが、私の息子の達也です。――達也、挨拶なさい」

「――――!」

 お母様の言葉に、私は驚きを隠すことができませんでした。

 兄は“ガーディアン”。いわば使用人であり、上流階級では使用人は“存在しないもの”として扱うのが通例です。兄もそれを当たり前に思っていたのか、普段の無表情とは違って大きく目を見開いて驚きを顕わにしていました。

 私が初めて見た、兄の“感情”でした。

「達也」

「――はい」

 お母様に促され、兄は1歩前へと躍り出ました。

 そして厚志さんへ、その周りにいる全員に向けて、

「司波達也です。今回の旅行が良いものになるよう、心から願っております」

 深々と頭を下げ、よく通る声でそう言いました。それに対して厚志さんは「うん、よろしくね」と返事をして、他の皆さんも「よろしくー!」と次々と言葉を返していました。そしてミルクちゃんとココアちゃんも「うん、あれは本心だね」と感心するように頷いていました。

「さてと、それじゃそろそろ搭乗の時間ですし、飛行機に乗りましょうか」

 そしてお母様のその言葉で、この場にいる全員が移動を始めました。向こうの荷物は厚志さんを始めとした男性陣が手に持って、こちらの荷物は兄がカートに乗せて運んでいきます。途中でお母様が「そちらの荷物も達也に運ばせますが?」と提案しましたが、厚志さんは「トレーニングと思えば軽いものですよ」と快活に笑って断っていました。

 

 

 

 私の今後の人生を大きく変化させた旅行は、こうして幕を開けました。

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